獣と山、あるいは鬼

    作者:灰紫黄

     その山の名を金時山、またの名を足柄山といった。
     難度の低いことから登山者も多く、普段なら客の姿が見えるはずだった。だが、今は様子がおかしい。登山客の姿はなく、代わりに僧服を着た男が麓で熱心に読経を続けていた。
     時折、樹の向こうから獣の唸り声が聞こえるが、僧はそれを気に留めることはない。あるいは、単にその余裕がないのかもしれないが。
     しばらく同じような状況が続いていたが、獣はやがて山の奥へと引き返していった。魔獣のごとき、雄々しき猪であった。

     天海大僧正に動きがあった。天海配下羅刹が神奈川の金時山周辺で、一般人を締め出してしまったらしい。ESPらしき力を使ったようで怪我人などはいないが、当然、登山客含め周囲の人々の邪魔になっている。
    「あと、これはついでに分かったことなんだけど、金時山には動物型の眷属が潜伏しているようなの」
     と口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)。
     理由は分からないが、羅刹はこの眷属を移動させないようにしているようだ。
     眷属もまた、解き放たれれば一般人にとって脅威である。
     よって、灼滅者にはどちらか片方、あるいは両方の対処をお願いしたい。具体的にどうするかは、灼滅者の判断に委ねられる。
     眷属は猪型だが、通常のものよりかなり大きい。戦闘能力はダークネスに準じるため、かなり強力な眷属と言えるだろう。使用するサイキックはシャウト、バベルブレイカーに相似している。
    「羅刹の方は、かえって能力は低いわ。こいつを倒すのが確実と言えば確実かも」
     羅刹は神薙使いのものに加えて、護符揃えのサイキックを使う。戦闘能力はそれほどたかくはない。
     また、片方を灼滅したのち、もう片方も灼滅することも不可能ではない。
    「天海の方は何を考えてるか分からないし、眷属の方も放ってはおけない。ただ、両方を倒すのも、少し厳しいかもしれない」
     選択肢は常に灼滅者の手の中にある。けれど、その選択肢にどのような意味があるかは、まだ分からなかった。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    泉明寺・綾(とにかくアレ・d17420)
    シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)
    氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)

    ■リプレイ

    ●金時山
     灼滅者は登山道から金時山に入った。そこから少し道から逸れ、さらに進む。やがて、荒々しく拓かれた獣道を見付けた。なるほど、登山道からは遠くはない。一般人がいれば、迷って眷属に襲われることもありえなくはない。
    「ここだな」
     地図を懐にしまいながら、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)が呟く。この地点こそが、エクスブレインの示した場所だった。いつでも戦えるよう、神経を研ぎ澄ます。
    「紅葉狩りにはちょっと早いけど絶好の猪狩り日和やね、いえいいえい!!」
     やたらめったらテンションの高い泉明寺・綾(とにかくアレ・d17420)。まるで遠足にでも来たかようだ。高い戦意の表れであるならいいのだが。いや、きっとそうに違いない。
    「さて、どう転ぶかね」
     手近な樹にもたれながら、シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)は時を待つ。天海と、おそらくラゴウ。バベルの鎖が見た予兆は完全に信用できるものではないが、しかし戦いが新たな局面を迎えようというのは確かだろう。
    「ダークネス同士の抗争の一端、なのでしょうが少しでも見極めたいところですね」
     と月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)。一般人の存在を気に留めないダークネスが圧倒的大多数である中で、人払いを行う天海。先の約定が結ばれたならともかく、拒否されたのにこれだ。果たして何を考えているのか。
    「んー、反応なし。まだ近付いてへんか、業がないんか……」
     氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)は絶えず鼻をうごめかすが、業の臭いは感じられない。そもそも眷属が業を負っているかは分からないが、何もしないよりはましだ。
    「っ、……何か聞こえんかったか?」
     先頭に位置した館・美咲(四神纏身・d01118)が、耳に手を当てる。ほどなくして、どっどっど、と前方から足音らしき鳴音。当然ながら、次第に大きくなる。
    「おやまぁ、ずいぶんと大物ですね」
     眷属を遠目に見て、思わず独り言ちるリーファ・エア(夢追い人・d07755)。もう少し近付いてみないと確実ではないが、軽自動車ほどはあるのではないだろうか。よくもこんなに大きくなったものだ、と他人事みたいに思った。
    「来ます!」
     大猪が跳躍するのと同時、結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)が叫んだ。気になることはあるが、今は目の前の戦いに集中するしかない。瞳に炎が宿る。細く見えて、意外と肝は太くて心は熱い。
    「ブオオオオオオオォォォォッ!!」
     山を揺るがすような雄叫び。大猪を狩る伝説は各地に散見される。今は、灼滅者こそがその体験者だった。

    ●大牙
     猪の牙は眷属化の影響で、通常のものよりはるかに巨大になっていた。長さは一メートルを超え、太さも人の腕くらいはありそうだ。そして何よりの違いは、前に向けて生えていることだ。
     加速のままに突っ込んでくるのを、美咲が身を挺して受け止める。衝撃に全身が痺れ、踵が地面にめり込むが、それすら楽しいと笑う。
    「ほう、さすがに豚とは違うようじゃな」
     にやり、と白い歯が光る。ついでにおでこも。
    「ほな、恨みはないけど!」
     エナジーを帯びた絃をかき鳴らす燎。大気の振動によって生まれるそれは、単なる音以上の存在となって眷属を苛む。突然、脈絡もなく手に入れた力。それでも使える限りは、何かに使うだけだ。
    「力比べする気はねぇが……まずこれでも喰らってけ」
     シグマは正面を避け、木の間を縫って側面に回る。そして手を伸ばせば、それに従って木陰から真っ黒い影が伸びた。影は次第に膨れ上がって、大きな口となって大猪を飲み込む。トラウマが何を見せているのか、全身の毛が逆立っていた。
    「さすがにダークネス並み、と言われるだけはありますね」
     間近で感じる気迫ははぐれ眷属の比ではない。一対一なら易々と食い破られると、体が警告する。けれど、仲間がいれば恐るるには足りないのだ。彩歌は蒼い炎が刻まれた縛霊手で、眷属を切り裂く。
    「ブアアアアァァッ!!」
     再びの咆哮。体毛が波打ち、巻き付いた影やらを吹き飛ばす。大猪は同じ系統の攻撃しか持たず、連続攻撃は精度に欠ける。獣とはいえ、ある程度の戦い方は本能で分かるのかもしれない。
    「でも、攻撃してこないなら好都合ですよ?」
     静菜の足元から影が蠢き、無数の触手となって眷属を狙う。大猪は木々に身を隠そうとするが、それよりも早く、脚を捉える。動きが鈍った隙に、さらに一本二本と巻き付く影は増えていく。
    「あなたのご主人様には思いっきりぶん殴られましたからね。江戸の仇じゃないですが、これもひとつの縁ということで」
     反動を抑えながら、大型ガンナイフに引き金を引くリーファ。弾丸はいくつか外れるが、しかし空中で反転し、眷属の四方八方から突き刺さる。威力はそれほどでもないものの、積み重ねればいずれ打倒できるはずだ。
    「お手並み拝見といこう。猪に手はないだろうが」
     蝶胡蘭は地を蹴り、真正面から躍りかかる。難しいことを考えるのは後でいい。今は拳の猛りをぶつけるのみ。湧き上がる闘気が左手に宿り、爆発的に加速させる。機関銃じみた連打が猪の眉間を強かに打ち抜いた。
    「早よ死ねボタン鍋!」
     戦闘が始まってもノリノリ、緊張感の欠片もない。元よりそういう性格なのだろう。綾の影が伸び、猪の手前で浮き上がる。先端が釘の刺さった鈍器、いわゆる釘バットになって毛皮をバリバリと引き裂いた。
     大猪の一撃は重い。けれど、灼滅者もまたそれに劣らぬ反撃を繰り返す。戦況は、少しずつこちら側に傾いていた。

    ●猪狩り
     よく狙われる前衛に練度の高い灼滅者が配置されたせいか、灼滅者側はなんとか深手はない。対して、眷属は時間経過に伴って傷を増やしていった。
    「明らかに普通の眷属より強力だ、しかし所詮は知恵の無い獣だな!」
     獰猛に笑い、蝶胡蘭はハートのロッドを力ずくで叩き付ける。押しているとはいえ、無傷ではない。腕は少し虚脱感があるし、血が出た分だけ頭もふらつく。けれど、それらは彼女の拳を弱らせる理由にはならなかった。
    「どうです? もうずいぶん苦しいと思いますけど」
     リーファのエアシューズが地を切り裂き、赤い軌跡を残す。限界ギリギリまで近付き、ターン。すれ違いざまに回し蹴りを入れ、その反動で距離を取る。分厚い毛皮が炎に包まれ、生き物が焼ける臭いがした。
    「グゥオオオオオオオ!!」
     追い詰められようと、獣の闘争本能は衰えない。飛び出そうと身をかがめ、しかしその動きが突然止まる。否、突然ではない。それは綾がまいた種だ。
    「ほらほら効いてきた!! 痺れてるかな??」
     やかましく喚いて、ダメ押しとばかりに指輪から魔弾を放つ。結果、眷属の動きがますます鈍っていく。
    「よい牙じゃったが、こちらの方が役者が上じゃったな」
     光の盾を展開し、目の前に飛び込む美咲。血沸き肉躍るとはよく言ったもの。全身の筋肉が、限界近くまで躍動する感覚は生きている実感を呼び起こす。力の限りぶん殴れば、敵が固くて拳がびりびりする。それも、いい。
    「そろそろ、沈んでもらおうかね」
     漆黒の弦楽器をぶつけ、傷を抉るシグマ。衝撃で絃が揺らめき、淡く残響を残す。眷属を倒した後は、羅刹に接触する予定だ。だが、あまり傷付けばそれも叶わない。早く倒れてほしいのが本当のところだ。
    「ブオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     最後の抵抗だろう。大猪が一際、大きく鳴いた。隕石みたいに突っ込んでくる。さっきの攻撃に腹が据えかねているのか、狙いは綾だった。
    「通しません」
     その前に、彩歌が立ち塞がる。両腕を交差し、さらに勿忘草色のスカーフを絡め硬質化させて受け止める。全身に電気が走ったような衝撃。けれど耐えられぬものではない。距離をとられぬうちに抜刀、一太刀浴びせる。
    「堪忍な、成仏してや」
     回復ももう不要と判断し、燎は攻撃に移る。途端、片腕が寄生体の包まれ異形の大剣となった。青い筋肉でできていて、有機的。しかしその鋭さは鉄にも勝る。大猪の毛皮さえ断ち切った。
    「これで、終わりです」
     敵の頭上に跳び、静菜は縛霊手を振り上げた。落下の勢いも合わせ、一気に叩き込む。めきりと何かが砕けた感触があり、一瞬遅れてそれが眷属の頭蓋だと理解する。大猪は大きく音を立てて倒れ、そのまま地面に溶けるように消えた。

    ●護摩の鬼
     眷属を倒したのち、森の小路とスーパーGPSにより、灼滅者は速やかに山を降りた。羅刹がいつまで留まっているか、それが気掛かりだった。
     灼滅者が麓に就くと、一人の僧が護摩壇を片付けている最中だった。
    「灼滅者……か? 獣を倒したのもお主らか」
     こちらに気付くと、羅刹は手を留めぬまま視線を向けてくる。一般人は遠ざけられているため、灼滅者ということくらいはすぐ分かるだろう。
    「交渉の件だけどもう待てないんだよね~、どうしたいの??」
     好戦的な笑みを浮かべ、綾が口火を切る。灼滅者の目的は情報収集であった。とはいえ、思い通りに何か得られるかは別の話だ。
     実際、羅刹は訝しげにこちらを見ている。末端の構成員に組織の方針など語れないだろう。ダークネスや灼滅者である以前の常識の問題だ。
    「ぶっちゃけ、決裂でもこっちは構わんからここで死……」
    「ラゴウの眷属の抑え、ありがとうございます。とりあえず、今のところは敵対する意思はありません」
     先走る綾を抑え、リーファは早口で礼を告げた。ついで、眷属を勝手に灼滅したことも謝っておく。
    「……他の者も何か言いたげだな」
     じろり、と羅刹の眼球が動く。こちらは武装をスレイヤーカードに収納しているが、すぐ取り出せると分かっている以上、それは警戒を解く理由になどならない。
     では、と彩歌が口を開く。
    「一般人の扱いに考慮したように見受けられますが、どういった意図なのでしょう?」
    「天海大僧正の御意である」
     面倒そうに、羅刹は答えた。言うまでもない、という風に。
    「眷属除けなんて見たことないけれど便利なサイキックですね。秘伝でしょうか? それとも私達も習得出来るものですか?」
    「それは俺も気になってた。お経唱えたらなんで眷属出てこうへんの?」
    「……護摩を焚いたから獣が出ぬのではない。獣を出さぬために護摩を焚いたのだ」
     静菜に燎が続いた。羅刹に誤魔化している様子はない。ただひたすら面倒そうだ。
    「それだって、永続とはいかない以上、一体どうするつもりだったんだ? 見たところ実力は劣ってるようだし、逃せば人払いも意味をなさねぇよな」
    「なぜ限りがあると思う? 拙僧の修行を軽んじるか!」
     シグマの問いは、逆に噛み付かれた。質問攻めのせいか、かなり苛立っているようにも見える。
    「目的はラゴウの眷属集めの妨害か? 私達を利用するような真似は少々気にくわないな」
     と蝶胡蘭。けれど、羅刹は無反応だ。何も答えるつもりはないだろう。信用できない相手に、答えを与える理由がない。
    「学生なら、下らん問答など教師に相手してもらえばよかろう」
     そう言って、羅刹は踵を返す。が、咄嗟に追う姿勢を見せたのは綾と美咲のみ。いかに能力が高くないといっても、二人では間違いなく返り討ちだ。これ以上は進めず、結果として羅刹は見逃すこととなった。
    「くっ、逃がしてしもうたか……」
     拳を固く握る。元より決裂した話し合いだ。簡単に情報を得ることはでできないだろうとは思っていた。
     獣の声も読経も絶え、山には静寂が戻る。それを成果とし、灼滅者は帰路に就いた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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