月下に悪意の慟哭が響き渡る

    作者:波多野志郎

     人口三十人程度、山間部にあるその小さな村には山での仕事に従事する地元の人々が日々生活を営んでいた。穏やかな尊い日々――それは、わずかな間に滅ぼされる事となる。
     バチン! 夜天を焦がす炎、村を飲み込んだ炎の中を蒼い異形があてもなくさ迷い続けていた。
    「オ、オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
     咆哮と言うよりも、慟哭と呼ぶのが相応しい叫び。蒼い異形、デモノイドは再び歩き出した。奪った命に何の興味もなかったように、ただただ蹂躪するのみ――デモノイドは、理性ではなく本能で知っているのだ。そうする事で、自身の目的が果たせるのだ、と……。

    「朱雀門のロード・パラジウムを、決戦の末に灼滅する事に成功したんすけどね?」
     そう湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は切り出した。その表情が晴れないのは、今度の事件がその出来事に関連しているからだ。
    「その結果、パラジウム配下のデモノイド達が、制御を離れて暴れだしたんすよ。暴れだしたデモノイドの多くは、クロムナイトによって鎮圧させられたようっすけど、そこから逃れて人里に辿り着くデモノイドがでてきてしまったんす」
     デモノイドは主が殺された憤怒からなのか、一般人を虐殺して暴れるだけ暴れるような行動をとる。これを見逃せば、多くの一般人が犠牲になってしまうだろう。
    「だから、そこに至る前に迎撃して灼滅してほしいんす」
     そのデモノイドは、とある山間部の村へと至り、虐殺を行なう。そうなってしまえば、一般人ではひとたまりもない――そこに至る前に、戦って倒す必要がある。
    「村の手前、この道路で迎え撃ってほしいっす。時間が夜なので、光源は必須。ESPによる人払いもしっかりとお願いするっす」
     相手は、デモノイド一体。ダークネスであり、そこまでの強敵とはないが油断すれば返り討ちにあう可能性もある事を理解して挑んでほしい。
    「きちんと連携を念頭において作戦を練ってくださいっす。一般人にとっては、回避不可能な天災のような相手っすから。犠牲者が出るか否かの瀬戸際っすから、その事を忘れないで挑んでくださいっす」


    参加者
    勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    逢瀬・奏夢(ブルーフラクション・d05485)
    戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)
    クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    クレンド・シュヴァリエ(ワールドオブシールド・d32295)

    ■リプレイ


     黒い空、灰色の雲。星々の美しさも、月の儚さも地上とは無縁だ。
    「いやー……、重傷なんてなるものじゃないですね。久々に儘ならない日々を過ごしましたが、漸く本調子ですか。長かったですよ、本当に」
     手足を動かし、調子を確認しながら戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)は呟く。自身は竜種ファフニールと戦い、重傷を負った。しかし、仲間がロード・パラジウムを討つのに成功してくれた――その結果が、現状ではあるのだが。
    「色々と妙な企みが動いているみたいですね断片的ですが、把握した感じだと。僕が酷い目に遭ったのは、ダークネスの思惑に上手く利用されたからで間違い無いようです」
     ムカつきますねぇ、と言い捨てる蔵乃祐に、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)もしみじみと呟いた。
    「立つ鳥が後を濁しまくってくれたわね……まぁ、私たちにも責任の一端はあると思えば、しっかり片づけて罪なき人々に累が及ばないようにしないとね」
    「関係ない人間を巻き込むのは勘弁だが、弔い合戦ってのは……あんまり否定できねえな。特にオレは」
     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)がそう吐き捨て、仲間達の視線に気づく。布都乃は、自嘲気味に笑って答えた。
    「戦闘には支障出さねえよ。いつでも全力で当たるさ」
     そんな会話をしていた時だ、クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)がふと視線を上げた。
    「聞こえた、かしら?」
    「あぁ」
     勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)が、小さくうなずく。風の音に混じった慟哭が、確かに聞こえた。その声に、みをきはこぼす。
    「家族。恋人。自分自身。これは一体、誰に聞かせたい声なのだろう」
    (「件のデモノイドである可能性があるのが問題だ。実際の所属や、先達各位が灼滅した上位種などはどうでも良い」)
     片倉・純也(ソウク・d16862)は、下賜の刃銃の刃部分を専用持ち手に換装した解体ナイフは右手に、拾い物の槍を左手に構えた。
     その時、夜空からその異形は降ってきた。跳躍してきたのだろう、ガゴン! と地面を踏み砕き、デモノイドは吼える。
    「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
    「デモノイドの、灼滅を」
     怒りか、歓喜か、悲嘆か、デモノイドの咆哮に純也は言い捨てた。クレンド・シュヴァリエ(ワールドオブシールド・d32295)は目を細め、猛るデモノイドに口を開く。
    「命令電波を発していたパラジウムがいなくなっての暴走か……それでもこいつからは何か悲しみを感じるな」
     怒りと呼ぶには暗く、喜びからは程遠く――そして、悲しみと嘆きには、苛烈すぎる。こちらを敵と認識したのだろう、ズンズンと歩み寄ってくるデモノイドへ、逢瀬・奏夢(ブルーフラクション・d05485)が言い放った。
    「お前のその本能というものを、目ェ覚ましてやるよ」
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
     その慟哭が、禁呪となる。視界が赤く染め上げられる――そう思った直後、爆音が鳴り響いた。


     ゴォ!! とアスファルトの上を舐めるようにゲシュタルトバスターの炎が撒き散らされる。
    「いいゴングね」
     その炎の中を突っ切ったのは、新調したリングコスチューム姿の晴香だ。お腹と背中の特徴的な大きなメッシュがあり、涼しげではあるが――。
    「特に胸元の南半球辺りがセクシーでしょ?」
     それに見惚れていれば、晴香のラリアットに首を刈られていただろう。しかし、構わず踏み込んだデモノイドは、首に当たる前に胸板で晴香の一撃を受け止めた。
    「パラジウム討伐の責任もあるしな。確実にココで終わらせる!」
     そこへ、布都乃の跳び蹴りがデモノイドの顔面を捉える。ズン! と布都乃のスターゲイザーの重圧がデモノイドにのしかかるが、蒼き異形は構わない――強引になお踏み出そうとしたところをウイングキャットであるサヤが宙を滑り、その肉球で殴打した。
    「オオ――ッ!!」
    「好き勝手攻撃させて貰うぜ、ちっと痛いかもな」
     踏ん張ったデモノイドへ、狙いをすました奏夢の左拳が放たれる。異形の怪腕と化した奏夢の鬼神変の殴打に、デモノイドがのけぞった。
    「とりあえずは、目の前の後始末ですがこの借りは何れキッチリ返します。先ずは慣らし運転ですね。憂さ晴らしでもありますが」
     そこへ、蔵乃祐が半獣化したその鉤爪を振るう。幻狼銀爪撃、獲物を切り裂く鋭い蔵乃祐が、デモノイドを穿った。
    「忌まわしき細胞に支配されし同胞よ。魂の解放のため、貴様を滅する!」
     ヒュゴ――! とクレンドが剣を振るい、セイクリッドウインドを吹かせる。その風に乗ってビハインドのプリューヌが疾走、その白銀の盾でデモノイドを押すように打撃した。
    「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     デモノイドが、強引に腕を振るって薙ぎ払う。その腕を掻い潜り、純也が間合いを詰めた。足元から伸びる無数の異形の腕――影が、デモノイドを引き裂いていく。
    「主人扱いも理解は可能だ。だが俺が看過可能かというのはまた別の話だ。貴様の主人は、創造主は、誰だ?」
     デモノイドにのみ聞こえる純也の囁きに、しかしデモノイドは答えない。巨大な刃と化した腕をデモノイドは振り下ろし、純也は槍とナイフを交差させ受け止め、ギギギギギギギギギン! と火花を散らして、後方へ下がった。
     追おうとしたデモノイド、それを遮ったのはビハインドの薙ぎ払いの霊撃だ。デモノイドは、咄嗟に後方へ跳び、その斬撃を避ける。
    「彼か、彼女か。……人であったのか」
     どんな人間であったのか? その異形から窺い知れる情報はない。みをきはヴァンパイアミストの魔力の霧を展開した。
    「デモノイドって嫌いなのよ、ね。本当に、つまらないんだもの。あんなものにならなくてよかったと思うほどに、ね――心も言葉も通じない、なんて、つまならい」
     クラウディオもまたヴァンパイアミストを発動させ、霊犬のシュビドゥビも浄霊眼でサポートする。
    「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     デモノイドが、慟哭した。その声の響きに、みをきはクラウディオに視線を向ける。辛辣な物言い、その裏に憐憫を感じたのは、気のせいだろうか?
    「まるで赤子のようだ」
     デモノイドへ視線を戻して、みをきは呟く。ここにいると、ここにあるのだ、と泣く事でしか伝えならない赤子の産声のような――みをきは、ビハインドを……兄へと、視線を向けてしまう。
     声が出して死に向かったモノ。声を出せず生き永らえるモノ。どちらの歪みが幸せだと言えるのだろうか――その答えは、きっと永遠にわからない……。


     クレンドのESPサウンドシャッターによって外界へと音の漏れなくなったそこで、激しい戦いが繰り広げられていた。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
     袈裟懸けから返しの切り上げ、そこから横に回転しバックハンドの横一閃――デモノイドが、猛攻をしかけてくる。その袈裟懸けの一撃を布都乃が右のハイキックで軌道を逸らし、布都乃の胴を狙った切り上げを奏夢の膝蹴りが受け止める――そして、横一閃の斬撃を、クレンドが不死贄によって防御した。
    「く――!」
     しかし、デモノイドは構わない。そのまま強引に振り抜こうとする!
    「誰かを失う気持ちは……良く分かるよ」
     真正面、デモノイドの視線を合わせクレンドが囁いた。フラッシュバックするのは、デモノイド寄生体に取り憑かれ暴走した時の記憶。血の海を。奪った命を。妹や孤児院の子供達の姿が、脳裏をかすめる。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     強引に、デモノイドはクレンドを切り裂きながら吹き飛ばした。舞い散る鮮血に、奏夢の右手に痺れを覚える。なおも追おうとするデモノイドをプリューヌが霊障波で迎撃する。なおも進もうとするデモノイドへ、奏夢は痺れる右手を硬く握り締めながら言い放った。
    「させるか」
     ゴォ! と風の刃が巻き起こり、デモノイドの動きを一瞬止める。奏夢の神薙刃に切り刻まれたデモノイドへ、サヤの猫魔法が更に縛り付けた。
    「ナイス、サヤ!」
     そこへ放たれた布都乃の緋色のオーラに包まれた回し蹴りが、デモノイドの巨体を吹き飛ばす! ダ、ダン、と地面を転がりながらも跳ね起きたデモノイドへ、蔵乃祐はすぐさま間合いを詰めた。
    「おひとつ、どうぞ!」
     殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――殺意に彩られた殺戮処刑人鏖殺血祭が、振り払われる。デモノイドは剣状にした腕で受け止めるが、蔵乃祐はそのまま前蹴りでデモノイドの顎先を蹴り上げた。
    「オ――!?」
    「落ちろ」
     強制的に見上げられた上にあったのは、巨大な氷柱だ。純也が槍を振り下ろした瞬間、ドン! とデモノイドへ妖冷弾が落とされた。
    「にいさん」
     みをきの言葉にビハインドは小さなうなずきをひとつ、刀を構えデモノイドへと挑みかかる。その隙に、みをきは祭霊光によってクレンドを回復させた。
    「よろしく、ね」
    「任せて」
     ダイダロスベルトを躍らせラビリンスアーマーで回復するクラウディオに、シュビドゥビの浄霊眼も受けて晴香が駆け込む。ビハインドの霊撃に斬られたデモノイドへ、晴香は遠心力を利用してエルボーを放ち、デモノイドもそれを振り下ろしの肘で返した。
    「ハハッ」
     しかし、晴香は小揺るぎひとつしない。敵の技を受け止め、それ以上の力を魅せつける――プロレスにおいて必要なのは、一も二もなくその覚悟だ。足を止めての打撃戦、晴香が引き付けているその隙に仲間達が包囲の体勢を整えていく。
     ――戦況は、灼滅者達が優位に進んでいる。特にみをきとクラウディオ、二人がメディックに回りそれをシュビドゥビがフォローするという手堅い状況をデモノイドは覆し切れない。加えて手が足りないと判断すれば、クレンドも回復に助勢するのだ。デモノイドがダークネスでも、この厚い回復陣を破るには至らない。
     だからこそ、時間が灼滅者達に味方した。それでもなおあがくデモノイドは、慟哭と共に純也へ襲い掛かる。
    「来るか」
     純也は、ナイフを逆手に構える。デモノイドのDMWセイバー――その一撃を軌道を読み切り、変形したナイフで相殺、弾き飛ばした。
    「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオ――!!」
    「これで、楽になれるのなら――何だってやってやる」
     大きくのけぞったデモノイドへ、みをきの前蹴り――スターゲイザーが炸裂した。ガクリ、と膝を揺らしたデモノイドへ、ビハインドの霊障波が捉える。
    「ガ、ハ!?」
    「そろそろ、楽になれ」
     そこへ、奏夢の燃え盛る回し蹴りがデモノイドを蹴り飛ばした。焼き斬られ、宙を舞うデモノイド。回り込んでいた蔵乃祐が跳び、半獣化した腕を振りかぶる。
    「あなたが如何なる経緯でデモノイドにされたのか? 窺い知る事は出来ませんが。ロードにはならなかったということは、善性が備わっていた人間だったのでしょうね」
     それでも、否、だからこそだ。
    「それだけは覚えておきましょう」
     ズザン! と蔵乃祐の幻狼銀爪撃が大きくデモノイドを引き裂き、アスファルトへ叩き付ける! デモノイドは、なおも立ち上がる――不死贄をデモノイド寄生体で飲み込んだクレンドと銀の盾を構えたプリューヌが同時に駆けた。
    「押すぞ!」
     そして、クレンドのDMWセイバーとプリューヌの霊撃に押され、デモノイドが吹き飛ばされる。踏ん張ろう、そうしたデモノイドが咄嗟に振り返った。
    「ねぇ、貴方は何を求め、何処に行きたかった、の?」
     既にクラウディオとシュビドゥビが、そこで待ち構えている。クラウディオの問いかけに、デモノイドはしかし答えない……答えられない。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
    「……やっぱり、デモノイドって嫌いだわ」
     シュビドゥビが斬魔刀を繰り出し、クロスグレイブを振り回しクラウディオが言い捨てる。切り裂かれ、殴打されたデモノイドが地面を転がった。それでも立ち上がるデモノイドの懐へ、布都乃はサヤと共に潜り込む。
    「アンタにとっちゃあの高飛車女もイイ主人だったのかね敵にも正義あり、ってヤツか……そりゃそうだわな」
     サヤの肉球パンチ、それに間髪入れず布都乃の零距離での燃える膝蹴りがデモノイドの顎を強打した。歯を食いしばり耐えようとするデモノイドへ、布都乃は呟く。
    「済まねえとは言わないぜ。その慟哭、地獄に聞き届けな」
     不意に、がしっとデモノイドが背後から掴まれた――晴香だ。
    「私の必殺技はバックドロップ。古典的な技だけど、路上で使えばどうなるか……想像は容易いわよね?」
     本能で察したのだろう、デモノイドがもがく。しかし、そこを純也のDMWセイバーが横一閃に薙ぎ払われた。
    「もう、終われ」
    「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     呟きを掻き消すような、慟哭――ツープラトンとなった晴香のバックドロップの地獄投げが、虹の軌道を描いてデモノイドを地面へと叩き付けた。


    「どうやら、他の異常はなさそうだ」
     山村の安全を確認し終えた奏夢の言葉に、仲間達もようやく安堵を得る。小さな山村には、これで昨日と今日が訪れるだろう。
    「殺す以外で救えなくて……ごめんな」
     クレンドの呟きは、山の吹き降ろしの風に掻き消された。あるいは、風がその呟きを運んでくれるかもしれない――結局、どこにも届かなかった慟哭ごと、あるべき場所へと……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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