足柄山の猛獣と破戒僧

    作者:彩乃鳩

    ●動物型眷属と僧の羅刹
    「グオオオオオ!」
     体長四メートルはあろうかという、大型の猛獣。熊のようにも見えるが、放たれる殺気は尋常ではない。背に担ぐは巨大なマサカリ。
     これに喰われた人間は数知れず。
     ワノツキという名で畏れられた動物型眷属だった。
    「おーおー。随分気が立っているのー、ワノツキ」
     そんなものに威嚇されながら。
     足柄山に入った羅刹の僧の一人、純宗は呑気に笑った。
    「純宗殿、早く!」
    「分かっとる、分かっとる。そう焦りなさんな」
     後ろに控える仲間の焦る声に、のんびり答えて。
     山の麓に作った、護摩壇の前に陣取り直す。
    「悪いがな、ここを通すわけにはいかぬのよ。どれ、ありがたくもない経文をまた詠んでやるとするか。お前たちも、合わせろよ」
    「はっ!」
     純宗達、羅刹は一斉に読経を始めた。見事な声量で歌い上げるような言葉の波は、意味を知らずとも何か圧倒されるものがある。
    「グルルルル……」
     ワノツキの動きが途端に鈍くなっていく。
     忌々しげに、護摩壇に向かって唸り声をあげるが。その声はどこか弱弱しく。やがて、諦めたように来た道を引き返していく。
    「ふう、何とかお帰り願えたか」
    「……純宗殿、お疲れ様です」
     仲間からの深々とした礼に対して、純宗は大欠伸をして応えた。
    「はいよ、お疲れちゃん。グラビアでも見ながら昼寝しているから、また何か来たら起こしてくれや」

    「先日使者を送ってきた天海大僧正の勢力に動きがあったよ」
     遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)が集まった灼滅者達に説明を始める。
    「僧型の羅刹達が、神奈川県の金時山周辺から一般人を追い出して、周囲の立ち入りを禁止にしてしまったらしいの。追い出し自体は穏便で、一般人に怪我人とかはいないんだけど」
     どうやら僧型の羅刹は、殺界形成のような力を使って人々を追い出したらしい。
    「金時山では、強力な動物型の眷属が活動していて。僧型の羅刹は、この眷属を金時山から移動させないようにしているようね。目的は不明だけど」
     金時山に向かい、動物型眷属か僧型の羅刹、あるいはその両方を灼滅すること。それが本件の依頼内容だった。
     何を相手取るかは、現場に向かう者の判断に委ねられる。 
     今回の相手となる可能性があるのは、ワノツキという名の熊に似た動物型眷属と、純宗を始めとする僧型羅刹達。
    「ワノツキの力は、眷属の中でもかなり強力だよ。ダークネスに匹敵すると言って良いぐらい。逆に純宗達の方は特殊能力に特化しているせいか、戦闘力自体は低いみたい」
     ワノツキを倒した場合は、純宗達は護摩壇を抱えて京都方面へと帰っていく。逆に純宗達を倒した場合は、ワノツキは金時山を出て、何処かへと去っていくことだろう。
    「この事件は、一般人の被害者は今のところ出ていないよ。でも、ワノツキが自由になれば人里で被害が出るかもしれない。天海大僧正の配下の動きも、かなり怪しいし」
    「……この事件をどう考えるか、難しいところだね」
     今回依頼に参加する遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)は思わず考え込んだ。
    「両方灼滅するっていう選択肢も勿論あるよ。力技だし、上手くいくかは分からないけど……どの方法を取るにしても、良い結果が得られるように頑張ってね!」


    参加者
    東谷・円(ルーンアルクス・d02468)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)
    阿久沢・木菟(八門継承者・d12081)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)
    南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)

    ■リプレイ

    ●道中
    (「羅刹を討つか、ワノツキを討つか。本当はどちらかなんて選べない気持ちだよ」)
     足柄山の山道を歩む中。
     小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)の心中は、複雑であった。
    (「でも羅刹達が何をしようとしているのか気になるし、ここで見逃してしまうのも気掛かりだ。欲を言えば両方解決したいと願ってしまうんだけどな」)
     今回の方針は、天海大僧正の羅刹側を先に優先して叩くというものだった。最終的に協調と合意をみたものの、これは灼滅者達の間でも意見が分かれたところだった。
    「まずは羅刹と戦闘。ワノツキは放置して、戦う気はないと思わせられると良いね」
    「その後、余裕が有れば眷属と連戦でござるな」
     大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)や阿久沢・木菟(八門継承者・d12081)は当初から羅刹を倒す派。
    「ワノツキとの戦いでは、逃げたら回り込んで退路を塞げないかな?」
    「連戦の場合は一度休憩を挟んで、必要があれば心霊手術も検討だな」
    「あ、それは、わたしも思ったよ!」
     彩の横。
     帽子をいじる月村・アヅマ(風刃・d13869)などは、一般人に被害が出るという理由で、ワノツキを先にという意見だった。無論、全員で決めた方針に協力を惜しむつもりはない。
    「今のところ一般人に被害が無くても、この先どうなるか判らないし。きっちり叩いておきましょ!」
    「相手の目的が不明なのが不安やけど、一般人に迷惑が出とるのは事実や。なら、ちゃっちゃと片付けるのみや!」
     南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)がDSKノーズで索敵して、動物型眷属との交戦を避けるように注意し。小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)が意気込む。
     一つ幸運な材料は、羅刹達が山の麓で待機している点だ。そこをタイミング良く狙えば、とりあえず各個撃破を狙える。
    「やれやれ、どっちも同時に相手するハメにならないで本当良かったぜ。しかし何の目的で……?」
     東谷・円(ルーンアルクス・d02468)が隠された森の小路を使用し、山道を歩きやすくする。早く移動できるように心がけて、足元も靴は登山用だ。
     此度の依頼。
     どちらの敵を優先するべきか。絶対的に正しい答えなど、ありはしないのだろう。羅刹を先にと言う側にも、眷属を先にと言う側にも、それぞれの理がある。後は全力であたるしかない。
     植物が避けて通りやすくなった道すがら、楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)は皆との会話に加わりつつも、自問を繰り返していた。
    (「……ちょっと前の自分は、まさに羅刹だった。だから、今回の一件は、己を捉え直すためのいい機会……なの、かな」)
     ハレルヤ・シオンを取り戻す戦いでの闇堕ち。そして、仲間の手による復帰。改めて己の中の羅刹と向き合うことにしたばかりの、梗花にとっても試練の時だった。

    ●開戦
     甘美なまでに爽涼な大気が肌に触れる。
     緩やかな登り坂は、どこからか清流のせせらぎの音をたてている。
    「この先から、業の匂いがするよ」
     春陽のDSKノーズが反応した。
     いくつかのカーブの先、羅刹達は護摩壇を中心に陣取っていた。
    「お前達は!」
    「武蔵坂の灼滅者!」
    「純宗殿、起きて下さい!」
     僧羅刹達は、灼滅者に対していきり立つ。
     寝転んで何やら雑誌を読んでいた、大柄の男――純宗は大欠伸をしながら身を起こした。
    「ふぁああ……何だ。畜生ばかりでなく、今度は暴漢のお出ましかい」
     坊主頭とは対照的な無精髭を撫でつけながら、純宗はにやりと笑う。
    「お前達の企みはもうお見通しだよ!」
    「そちらの動きが知れた以上、見逃すわけにもいかないからね」 
     彩と葵の言葉に。
     法衣を着崩した僧羅刹は肩をすくめる。
    「武蔵坂学園ってのは、暴力的でいかんなあ。先日の大僧正の申し出も蹴っちまうし。もっとラブアンドピースを大事にできぬものかなあ」
    「温いこと言ってくれるなでござるよ」
    「ふぬ?」
     木菟はにべもない。
    「交渉は保留中でござるし、その間でお互いに利害の不一致あれば今まで通りに戦うだけって話でござる」
    「ははあ、なるほど」
    「ま、交渉進めるんでござったら早めに頼むでござるわ。それまではやりたい様にやるだけでござる」
    「うーん。拙僧のようなはみ出し者としては、即答しかねるでござるな……忍者殿。いや、忍者の末裔といったところかな」
     決して見えない木菟の右目に注目するようにして、純宗は口調を真似て返してみせた。
    「天海は一体何を考えているの? 動物型眷属が発生した理由や、彼らを山に留める目的は? その護摩壇も、何か特別なものなのかしら」
     春陽は可能ならばと、情報収集のために探りを入れる。羅刹達の後ろには、何か妖気じみたものを醸し出す護摩壇が鎮座する。
    「おいおい」
     純宗は毛のない頭を、痒そうにしてから壇を叩いた。
    「おいおいおいおいおいおいおい! そりゃあ、美人と楽しくお喋りというのは、生臭坊主としては願ったり叶ったり。でも、そいつは戦意満々で訊く事じゃねえのよなあ……えーと、古き民のお嬢ちゃん?」
     自称か弱い少女の出自を、敵はあっさりと見破る。
    「この純宗、破戒僧を自認しちゃいるが。良心は売っても、仲間の情報は売れぬのよなあ。いやあ、我ながら些事にこだわって、悟りの道は遙か遠い」
     紙袋から何やら取り出す――身構える灼滅者達の前に出てきたのは、特大サイズのハンバーガーとコーラだった。純宗は、勢いよくそれを齧り始める。
    「腹が減っては戦はできぬ。まあ、知りたいことがあるなら、己が拳で掴みとるのだなあ」
    「結局それか。羅刹というよりは、アンブレイカブルのような言い草だな」
     相手の発言に対し真面目に突っ込み。アヅマは徐に帽子を被りなおす。
     これは、戦闘開始という本人にも無自覚の癖だった。両陣営ともに戦意が高まり、ぶつかり合う。
     最も先に動いたのは、予め警戒をしていた円だ。
    (「狙い撃つ」)
     育った環境故にプレッシャーには慣れている。本番に強いタイプであることを十二分に発揮して、先手を取ってイチイの木を弓で射放つ――妖冷弾の一撃が、羅刹の一人に命中して出鼻をくじく。
    「さぁさ、死神様のお通りやでぇ!」
     小町がスレイヤーカードを開放。
     スイッチが切り替わったように、好戦的に高速の動きで敵前衛の死角に回り込みながら斬りかかった。
    「何だか、久しぶりな感じ、だね」
     梗花は起動台詞を言わない。
     しっくりくることばを、改めて探しているところだった。息を吐き、気持ちを落ち着け。最も確実度の高いものを選択。まずは、フォースブレイクで内側から相手の爆破をはかる。
    「くっ!」
    「純宗殿!」
     戦闘には不慣れの様子の、僧羅刹達は呻いて後退した。純宗は、ファーストフードを手早く胃に収めると指を舐めた。
    「はひはひ。慌てない、慌てない。一休みするくらいの気分でいった方が、物事は上手くいくものだぞいと……ほい。こういう時こそ、ありがたくもないお経の出番であろう」
    「はっ!」
     純宗の音頭により、羅刹達は読経に移る。
    「―――――――――――――――――――――――――――――!」
     朗々とした語り口が、不思議なハーモニーとなって歌っているような。それでいて、言葉で責められているような。精神と肉体を削る、呪文の洪水だった。
    「っ!」
    「大丈夫、いけるいける!」
     負けじと春陽が、春の鍵から竜巻の魔術を引き起こし。敵前衛を烈風が巻き込み、防御ごと崩す。更に服破りを受けた敵を狙って、葵が縛霊撃を繰り出す。
    「一体ずつ集中して攻撃していこう」
    「了解。それじゃ、いきますか」
     葵の声掛けにアヅマが応えて、同じ相手に定めてスターゲイザーを叩き込む。
    「狙うは短期決戦でござる」
     高速で鋼糸を繰り、木菟は敵を斬り裂く。味方の攻撃陣のアシストを心掛け、殺傷ダメージを少しでも減らす。
    「遠野先輩は、スナイパーでトラウマと毒をばらまいでね。合間に七不思議の言霊で回復もお願い」
    「分かったよ、サポートは任せて」
     彩は司に指示を出して、仲間を庇って回復重視で行動する。サーヴァントのシロも主人と同じ条件で動いた。
    「ふーむ……これは、旗色が悪いのよなあ」
     純宗は状況を呑気に眺めつつ。
     戦場に身を置き、指揮を執り――何やらブツブツと念仏を唱え続けていた。

    ●増援
    「癒しは任せな、アンタらは攻撃に専念してくれよッ!」
     回復の要である円は、弓を射りながら癒しの対象を正確に見極め。戦線を支える。
    「分かっている、斬って斬って斬りまくるのみや」
     後ろは任せて。
     小町は斬影刃で大きく斬りつける。梗花が仲間の狙った相手に攻撃を合わせた。春陽は寄生体の肉片から、生成した強酸性の液体を飛ばし、敵の装甲を腐食させる。
     仲間との連携を取り、逃がさぬよう。
     弱っている敵から数を減らさんとする。
     群青のマテリアルロッドが、葵の魔力を敵に流し込み。アヅマは蒼い炎の闘志を身に纏って、凄まじい連打を繰り出す。木菟はウイングキャットの良心回路と共に、敵ディフェンダーを削っていく。
    「やれやれ。お前さん方、大僧正にちと厳しすぎるのじゃないかねえ。他に相手すべきものが、あると思うがのう」
    (「怪しい羅刹と危険な眷属、どちらも放っては置けない。両方倒す覚悟で、それを悟らせないようにしないと」)
     彩は味方の盾となりつつ、神霊剣を振るう。僧羅刹達は、純宗へ攻撃が向かおうとすると、積極的にこれを庇った。
    「純宗殿!」
    「ここは我らが食い止めますれば!」
    「後ろへお控え下さい!」
     使命感を露わにする仲間に。
     破戒僧を自称する男はどちらかと言えば呆れているようだった。
    「おーおー、敵も味方も真面目なこったなあ……もう少し肩の力を抜いてなあ。まあ、あれだ。無理はするなよう」
    「はっ! 一命に代えましても!」
    「……いや、だから。全然わかってないな、お前達」
     石頭共め、と頭を抱えてみせる純宗だった。それでも、やはり敵の柱がこの男なのは間違いない。
    「ほれ。オフェンスはディフェンスから、守備を固めていくのよな」
    「はっ!」
     羅刹達が集中すると、法力の力で身体が光に包まれ。
     身体の傷が癒えていく。純宗の鼓舞で、敵の僧羅刹達は粘り強く抵抗を続けた。読経でこちらにプレッシャーをかけ、固く守りに徹する。
     ……その間にも、そっと純宗は何か念仏を口元で唱えていた。
    「面倒な連中だぜ」
     不思議な読経の力が、直接頭に響いて集中力をかき乱し。攻撃の威力と精度を否応なく落としてくる。円はシニカルに言い放ち、花のレースのダイダロスベルトで味方を覆う。
     梗花が祭霊光で、彩がセイクリッドウインドで回復を補助する。
     小町も闇の契約を使用しつつ、得物を手にした。
    「死神の鎌、とくと味わえや!」
     三日月の刃の部分が真っ赤に染まった大鎌――紅の三日月が、死の力を宿して振り下ろされる。断罪の刃を直に受けた、一体の僧羅刹の首が飛ぶ。
    「こいつは、驚いたな。死と日常、二つの面を見る死神モドキ……お嬢ちゃんには、どうやら死が見えるらしい」
    「!」
     ずばり言い当てられて、小町は目を見開く。
     言葉とは裏腹に。純宗は驚きより、憐みを感じているようだった。
    「さぞや苦しんだことだろうなあ。それでも、今まで生きていられたのは、誰かが心の中に住まっているからか……人を救うのは神でも仏でもなく、結局は人ということかのう」
    (「こいつは……一体?」)
     純宗は一人で納得すると、消え行く仲間をちらりと見やった。
    「救われた者が、他の者を傷つける……これも、また救われ難い循環の業よなあ、灼滅者」
    「だから、交渉を進めるなら早めにと言ったでござろう」
     木菟がトラウナックルで追撃する。
     ここが戦場である以上、手を抜けばこちらの身の方が危うくなる。葵も冷静さを決して崩さず、自分の役割に集中する。
    「相手のディフェンダーは、残り二人。守りが薄くなっている方を、落としていこう」
    「うん、大丈夫。私がまた、向こうの防御を崩すからね。頼りにしているよ、月村くん」
    「南谷先輩も、よろしくお願いします」
     葵の閃光百裂拳が、打ち乱れる。
     春陽が、ヴォルテックスの魔術で相手の守備を削りにかかった。
     破砕機構【荒御霊】による、アヅマの尖烈のドグマスパイクが荒々しく決まる。
     灼滅者達は攻勢をかけて、僧羅刹達と押していく。
     救われ難い循環の業。
     先程の純宗の言葉に対して、梗花は自分なりの答えを巡らせる。
    (「力で好き勝手されたくないから、守る。守るため、力を振るう――その循環を、感じるために」)
     闇堕ちから復帰してからの、僅かな躊躇。
     羅刹に堕ちた自分。
     それを脱ぎ捨てるように。己の片腕を異形巨大化させ、凄まじい膂力で振り抜く。
    「っ!」
     決意の鬼神変の一撃が、僧羅刹を吹き飛ばし。
     地面へと沈める。
    「じゅ、純宗殿!」
    「そちらの御仁は、何やら悩んでいたようだが。吹っ切れた顔よのう。これは、いよいよ覚悟を決めねばならぬかなあ……ふむ」
     後は純宗と僧羅刹が一人。
     形勢は大きく傾きかけ――そして、また流転する。
    「! 業の匂いが、凄い速さで近付いて来ているよっ」
    「……まさか」 
     春陽のDSKノーズが、激しく反応する。
     どの方向から攻撃が来てもいいように、常に気を配っていた葵も緊急事態に気付いた。
    「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     腹の底から響く雄叫び。
     山の奥から巨大な影が姿を現す。
     体長四メートルはあろうかという、大型の猛獣。熊のようにも見えるが、放たれる殺気は尋常ではない。背に担ぐは巨大なマサカリ。
     これに喰われた人間は数知れず。
    「おーおー。ようやく来たか、獣寄せの念を送っていた甲斐があったものよ」
     足柄山の猛獣たる動物型眷属――ワノツキだった。

    ●撤退
    「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     ワノツキの腕が巨大化して、誰彼構わず暴力の嵐に巻き込んでいく。灼滅者達が紙一重で躱すと、樹木がダース単位で薙ぎ倒される。
    「ははっ! ご立腹だのー、ワノツキ。拙僧達が、ずっと通せんぼしていたのだから、無理もない。存分に暴れるのだな!」
     動物型眷属の暴れっぷりに、純宗は愉快そうに大笑いする。
    「動物型眷属と羅刹、同時に相手するハメになるとはな」
     円が清めの風で味方を回復しつつ、粗野に吐き捨てる。灼滅者達の計画としては、僧羅刹戦を完了し準備を整えてからワノツキとの戦いに臨むつもりであったのだ。
     途中までは上手くいっていた。それが、蓋を開けてみれば最後の最後で二正面から敵と対峙する事態となってしまったのである。
    「眷属じゃあ普通の熊とは勝手違うでござるよなぁ……」
     木菟が防御に専念し、傷付いた仲間を最優先で庇った。回復の手が間に合わず、集気法で自身の傷を癒す。
    (「やられたな。敵の僧羅刹は、最初からこの形を狙っていたのか。唱えていた念仏は、動物型眷属を誘っていたということなのか?」)
     不利に陥った状況でも、葵は冷静に何を成すべきか考える。
     僧羅刹達が、守りを固めて時間を稼ぐような動きをしていたのは、ワノツキが襲撃してくることを読んでのことだろう。
    「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
    「お前も仲間の元へは行かせないよ!」
     彩がレーヴァテインを叩き付けて眷属へと相対する――が、一方にばかり集中してはいられない。
    「おっと、そっちにばかり気を取られて良いのかな?」
    「!」
     純宗は、灼滅者とワノツキの間隙につけこむ。
     上手く立ち回って、自分達に火の粉が降りかからない距離で被害を拡大させていく。今までの戦いで消耗し、ジャマ―行為を受けてきた灼滅者達の動きはどうしても鈍くならざるを得ない。
    「この!」
    「まずは純宗、お前達からだっ」
     小町が影縛りで援護し。
     アヅマによる呪装棍【天津甕星】でのフォースブレイクが直撃し、最後のディフェンダーが片膝をつく。
    「ぐっ!」
    「おいおい、大丈夫か?」
    「わ、私はもう駄目です……純宗殿だけでも」
    「馬鹿を言いなさんな。拙僧はもう二人も同胞を失った。せっかく、ここまで生き残ったんだ。絶対に、お主だけでも連れ帰らせてもらうぞ」
     純宗は、傷付いた仲間を背負い。
     護摩壇をひょいと担ぐ。
    「逃げる気かっ」
    「左様。大僧正の命を果たせぬのは、心苦しいが。まあ、命あっての物種よ」
     何とか逃亡を阻止しようとするが、ワノツキが無差別に怪力を振るってくるので進路を塞がれて上手くいかない。
    「さんざん、邪魔をした敵に助けられるというのも皮肉なものよ……義の犬士たる主人の元へ行くが良い、ワノツキ」
     春陽はディフェンダーに移り、自分達の退路を確保する。
    「大丈夫、傷付いた人は私の後ろに!」
    「僕も手伝うよ」
     梗花も、負傷者の盾になって庇うことを意識する。
     守るために戦う……その想いに偽りはない。
    「……ここは退くが得策だ」
     苦々しく円が呟く。
     最低限の目的は達した。このままでは、想定以上の被害が出かねない。灼滅者達も撤退に移った。
    「グオオオオオオオオオ!」
     執拗に追い縋ろうとするワノツキの手が――止まる。純宗が何やら唱え、眷属が苦しみ出した。
    「今の内にお互い逃げるとしましょうや。殺生は敵味方問わず少ないに限る」
    「……羅刹の所持品の調査や、ワノツキの動きも追尾したかったんだが」
     三陣営の距離が開く。
     山の天気は気紛れで、曇天が漂い始めていた。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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