縁葬

    作者:菖蒲

    ●とりべの
     ぞろりと伸び切った髪先がにびいろに反射した。
     彼女の求めた永縁は、恋しさと侘びしさは、呪いに変わって反射した。
     無縁仏は、侘びしさから人を呪い続ける。
     だからこそ、人が寄らないと言う事さえも気付かずに。
     ぐしゃぐしゃになったラブレター、草臥れたワイシャツに首の取れた人形。意味のない『いのち』ない存在は周囲に無造作に転げまわっていた。
     滴る赤に沈む白いてのひらが。
    「あは」
     唇から漏れだす笑みによって隠された。

     あなたもあなたもあなたもあなたもあなたもあなたもあなたもおまえもわたしもきみも――御縁に結ばれました、しあわせですね、そうですね?
     彼女は絶縁の殺人鬼。好意を寄せれば呪詛が不幸を呼んでくる。
     繋いだ縁は絶命と共に断たれて行く。嗚呼、人恋しいや、人殺し。
    「……繋がった?」
     
    ●拝啓、絶縁鬼様へ
     びくりと肩を揺らし青ざめた侭に不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は云う。
     鳥辺野・祝(架空線・d23681)が見つかった、と。
    「京都にある地名で、鳥辺野といえば葬送の地だと言われてたの。
     鳥葬とか、風葬とか……。マナのみた鳥辺野さんはまるで『縁葬』なの」
     ジョークに織り交ぜられた真鶴の言葉は祝が闇堕ちし、六六六人衆として凶行へと赴いているという様子がありありと受け取れた。
    「絶縁の殺人鬼――赤い糸で御縁を結ぶ鳥辺野さんの闇堕ちした姿なの。
     彼女は、人殺しだけど人恋しくて、縁を結んでいくの。何だって御縁だものね。すれ違っただけでも、その場に共に居ただけでも、同じ空気を吸っただけでも」
     無茶のある話かもしれない、しかし、そう捉える人間が居てもおかしくは無い。
     悪縁を断ち切る神社には不吉な話しがつきものだ。その話しが具現化したかのような祝の姿は、常に明るく楽しげな彼女からは掛け離れて居て。
    「縁を繋いで、寂しくなって、堪らなくなって、殺してしまうの」
     なんで、と。誰かが聞いた。
    「『しんだらずっとそばにいてくれる』」
     それは魔性の言葉だった。恋焦がれる少女には似合わぬ響きは夕焼け空に融ける様に姿を眩ました祝の大人びた一面の様にも思えて。
    「だから、殺したの。彼女は心を閉ざして自分とみんなの間にあった『縁』を隠したの。
     みんなを――大切なひとたちを、殺したくないから……でも、放置して誰かが死んで、鳥辺野さんが帰って来ないのは……堪えられない」
     エクスブレインは、予測した自分の不甲斐なさを責める様に掌に力を込めた。
     だからこそ、逢いに行く。
     夕闇の向こう側、からんと下駄を鳴らし笑う『絶縁の殺人鬼』へと。
    「彼女とは純粋に力比べになるの。でも、何かヒントはあるはず――力を弱める事が出来たら、きっと鳥辺野さんが戻ってくるきっかけだって作られる筈なの」
     それが何かは解らない。彼女が大切にしたものかもしれないし、そうではないかもしれない。
     心を閉ざした彼女が戻りたいと思うような『何か』――それが何処にあるのかは定かではない。
    「でも、マナはひとつだけ言えるの」

    「――しなないで」

     きっと、戻って来れなくなってしまうから。
     ぞろりと伸びた黒髪の間から濁って淀んだ金の瞳が笑んでいる。
     千切れて解けた赤い糸が、足元でだらんと垂れ下がり、髪の先に見えた刃が獲物を待つ様にてらてらと輝いていた。
     足元でずるずると延びる翳は己の領域だと告げる様に一歩足りとも近づけさせない。誰も『生きて』は居られぬ『絶縁』の地――それが、鳥辺野・祝のとなりだった。
    「近づけば、きっと凶暴になるかもしれない。でも、近付かないと届かないかもしれない。
     マナに断言はしかねるけど……みんななら、鳥辺野さんを良く知ってるみんななら」
     きっと、彼女を救う最善策を知っている筈だから。
     だから、「帰ってきてね。ここで、まってる」とエクスブレインは笑った。


    参加者
    泉二・虚(月待燈・d00052)
    椎葉・花色(手を伸ばす・d03099)
    式守・太郎(ブラウニー・d04726)
    青和・イチ(藍色夜灯・d08927)
    白石・翌檜(持たざる者・d18573)
    ヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    藤原・漣(とシエロ・d28511)

    ■リプレイ


     鬼さん、こちら。
     笑い声がする――くすくす、と。狂った少女の楽しげな『叫声』が。
    「……鳥辺野さん」
     響き渡る鴉の声に、帰り道を喪った子供の様に蹲る少女の上で三日月が笑っている。
     悍ましささえ感じてしまうその風景に、青和・イチ(藍色夜灯・d08927)は心地よい筈の星明りが今はどうしてこうも冴え冴えとした冷たさを持っているのだろうかと考えた。僅かに下がった目尻は蹲り笑みを漏らす少女を発見できた安堵と、こうして相見えた喜びを感じさせて。
    「あは、」
    「ご機嫌だな?」
     くすんだ月色の瞳は、歪み笑う三日月にも似て――弧を描く紅い唇に、白石・翌檜(持たざる者・d18573)は響くを込めて告げた。鋭い闇色の瞳は彼女を捉えて離さない。
    「ごきげん、かなあ?」
    「何時にも増して。……はじめまして、いや、はじめまして、とも違うか」
     翌檜の言葉に少女は嬉しそうに丸い瞳を細めて笑う。ぞろりと揃った鈍色の刃(かみ)へ向け、青く輝きを増した髪(やいば)を揺らしたヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)は二人の投げかけ合う言葉を耳にしながら、初対面では無い――『絶縁の殺人鬼』との思い出を懐古しているかのように瞳を伏せった。
    「……絶縁の殺人鬼さん、今宵はいい夜ですか?」
     ヴィアの言葉に、少女は笑う。
     その笑みに背を凍らせたメロと朋恵が唇を引き結ぶ。クラブの友人、クラスメイト、大切な『一人』――変貌した姿に、瞳を克ち合わせて『縁』を手繰り寄せる貪欲な殺人鬼に藤原・漣(とシエロ・d28511)はむ、とした様に唇を尖らせて金の瞳を細めて笑った。
    「そんな風に誰とでも縁を結ばないでくれよ。……妬けちゃうだろ?」
    「はは、妬いてくれるの?」
     幼い子供の様な言葉遣い。少年の様に振る舞う鳥辺野・祝とは違った縋る様な言葉のひとつ、ふたつ。
     漣は彼女のその言葉に歓喜し、絶望を覚えた事だろう。彼の知る祝は『ここにはいない』
    「妬けるよ。とってもね」
     砕けた口調は今は必要ない。取り繕う事さえいらない。鳥辺野・祝という少女を迎えに行くのに『仮面』なぞ。
    「ハジメ、ヤナのことはおぼえてる? 隠しちゃったご縁は、どこにあるのかしら」
     こてり、と首を傾げた白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)は青み掛かった白銀の髪を夜風に遊ばせて不安げに問い掛ける。白手袋で握りしめた分刻みの長剣の柄は何時もよりも冷たく感じられて。
    (「ダークネス――ハジメ、」)
     爪先が、宙を掻くような感覚は夜奈にとっても奇妙なもので。愛しい祖父を奪った『闇』、慈悲すらなく殺すべき相手となった友人。彼女が『彼女』であると認識しながらも、嗚呼――殺したくて、堪らない。


    「あそびましょ」
     くす、と唇に乗せた声音に式守・太郎(ブラウニー・d04726)は首を振る。
    『何して遊ぶんだ?』と明るく言い放つ祝の姿にブレて被った闇人格。手を伸ばし、こっちだと呼ぶ彼女の動きに合わせて下駄が鳴る。
    「いつも明るく元気だったとりべのは、実は寂しがり屋だったんですね……」
     太郎の言葉に謡や錠がそうだと言う様に口元に笑みを浮かべる。
     思い出すたびに、七号は不安げに唇を引き結んだ。密室で、己を庇った絶縁の殺人鬼。
     地面を蹴り、鴉の鳴き声を背に受けて刃を揺らした彼女を前線で受けとめて、椎葉・花色(手を伸ばす・d03099)はへらりと笑った。
    「勇気を持って仲間を助けるため、よく頑張りましたね。お姉さんがハナマルを付けてあげますよ」
     真珠星を芯に置き、白い花を咲かすひかりの盾。ぶつかる刃の鋭さに誠意と信頼が揺らぐ事は無く。
     夕暮れの放課後から追い求めた黒鴉。死装束に包まれた土色の手がだらりと垂れ下がり、花色の伸ばした手を弾く様に身を捻る。
    「あの放課後がまだ終わってないんだ。下校の時間はとっくに過ぎただろ?」
    「きみがいないと、俺の人生はまた少し味気なくなる。砂を噛むみたいなこのグレイな人生から、色がまた一つ消えてしまう」
    「なら、花色位なら差し色にしてあげますよ? 勿論、『祝色』も!」
     伊織の言葉に耳を傾け、悔しげに吐き捨てる恢へと花色が茶化す様に声を掛けた。
     闇に身を委ねんとした放課後――密室に閉じ込められた凶行に七号や杏理とて己が闇が語りかける感覚を覚えていた事だろう。
    (「彼女のおかげで拾えた命がある。それに――彼女でなければ、おそらく僕だったのだろう、と、思う」)
     救われた。
     聖書をなぞる訳ではない、救世主だと崇める訳でもない。ただ、『鳥辺野・祝』だったから。
     杏理の唇に浮かんだ笑みの意味を、泉二・虚(月待燈・d00052)は知っていた事だろう。恐らくは、あの場で命を擲ってもいいと彼は実感していた。生は虚にとって常に隣り合わせであったから。
    「……泉二・虚という。お前は?」
    「ぜ――つえん」『鳥辺野・祝だ! よろしくな!』
     嗚呼――彼女ではない。
     踏み込む一歩と共に砂利が舞い上がった。動作に会わせ捲れ上がる着物の端が地面に擦れて埃を纏う。
     直刃を緩める事は無く、虚は少女へと瞬時に飛び込んだ。
    「目的はなんだ?」
    「ねえねえねえねえあそびましょ、ねえねえしんだらここにいてくれるよね、ねえ――とりべのに、ようこそ」
    「お前の口から『鳥辺野』なんざ聞きたかねえな。逢いにきてやった。逢いたかったんだ『オマエ』に」
     ぐん、と体を捻り上げる。その動作と共に落ちてゆく鬼火の冷たさに焔とは別の感覚を覚えた虚が身を引いた。翌檜は、彼女の瞳を覗きこむ、握りしめた『約束』が何処か震えている気がした。
     守手として前へと飛び込んで、『惹きつける力』は少女の歪んだ月色を奪ってゆく。伸びた前髪の影から覗いた月色は、確かに微笑んでいるかのようで。
    「あは」
     ぞっとしたと背筋に冷たい物が伝う感覚を海島・汐(高校生殺人鬼・dn0214)は堪える様に唇を引き結んだ。
    「海島先輩。……彼女は、殺したいわけじゃないと思います。
     喪うのが怖いんですよね、きっと。生きていればまた逢えると思いますが、そうでもない。自分と繋いだ『縁』が途切れる事が不安なんだと思います」
     励ます様に、そして、彼女の言葉を分析する様に太郎は言葉を投げかける。
     白いマフラーを靡かせ、構えたサンライトブレイド。『Library of a bun's Curator』の紋章が入った空色を生温い夜風に遊ばせた太郎の瞳はしっかりと祝を捉えて居て。
     確かにと頷く漣は、不安ならば不安じゃなくなる位に遊んでやればいいと常と変らぬ人好きする笑みを浮かべて「祝ちゃん」と彼女を呼んだ。
    「満足するまで相手すっからさ、終わったらちゃんと体返してやってくれよな。
     俺達全員が相手するんだから、寂しくなんてないだろ?」
    「みんな、友達だね。くす――くすくすくす、死んだらここにいてね。どこにもいかないでね」
     ちら、と視線を向けた彼女にとって漣は特異な縁ある相手だったのだろう。葬送の地に立つ墓――彼との奇異な縁は幼さを持つ殺人鬼にとって、消し難いもので。
    「そこに居るのが寂しいのなら、早くこちらに来ればいい。
     わたしがいつかきっとあっけなく死ぬでしょうが、なあにきみに殺されやしませんよ」
     へら、と笑った花色は花弁の散るパーカーのフードを大きく揺らす。地面を蹴り飛ばすその瞬発力だけで体をぐんと前へと進めてゆく。
     ついで、イチが「くろ丸!」と鋭く一声呼べば尻尾を揺らした彼の相棒は強面に緊張を走らせたまま主人に続き飛びこんだ。
    「簡単には死なないし、殺させないよ。全員で学園に帰る。でないと、君は悲しいでしょ」
     生きていれば十分。死ななければそれでいい。
     祝の言葉を反芻してイチが困った様に眉根を下げる。途切れ途切れに紡ぐ言葉は何処か熱が籠っている様で。
     くつくつと咽喉鳴らした翌檜は「死ねないな」と小さく呟く。『約束』は遂行されてこそだと胸に抱いて。
    「お前には感謝してる。お前がいなければ、俺はアイツと逢うこともなかっただろう。
     今回だってそうだ。お前の力を借りなければ、きっと誰かが死んでいた。だから、ありがとう」
    『絶縁』だなんて呼び名は似合わない。死んで傍に居てと乞い願うのも幼さが故だと知るかのように。
     約束は縁の糸よりも強い鎖にも似ていて。付かず離れず、己の心を縛りつけて離さない。
     それは、『救い』とも同等で。ヴィアにとって共に在る存在は、心の拠り所にも近かった。
    「簡単には倒れませんよ。貴女がそれを一番よく知ってるでしょう?
     僕は貴女のことをずっといいライバルだと認識してましたが、それは知ってましたか? 知らないなら、覚えて下さい。僕の特別枠を一つ貰っておいて、今更無かった事になんてしないでください」
     それは、告白にも似た心の叫び。誰よりも素直に己が内を曝け出したヴィアは漆黒に染まる髪先を眺め、地面を蹴った。


     紫王は友人らが求めるその願いの先を知っている。だからこそ、協力は惜しまない。翡桜は闇から舞い戻った己が想いを振り返りながら、その時に耳にした仲間達の声を思い出し祝を眺める。
    「鳥辺野、お前あのメールの直後に堕ちてんじゃねェよ!」
    「愛して愛して、だからこそ殺さないように見ないようにした鳥辺野。
     ……そんなに私達はヤワか? 殺されそうになった位で拒絶する程冷淡か?」
     錠の声に、セレスの苛立ちが混ざり込む。唇を噛み締めて涙を溜めた叶世の肩をぽんと叩き、夜奈は「だいじょうぶ」と小さく呟いた。
    「戻ってきて、ねえ、知ってる――?」
     苦しみだけでなく出会った人の数をを、喜びを――
    「アイスを奢ってやる約束だっただろう?」
    「あの時、鳥辺野の言葉が僕に力を与えたんだ。だから、今度は僕の番」
     貢の声に、小さく呟く徹が前線へと飛び出した。
     ぬるり、と伸びる影が拒絶する様に太郎へと、後衛へと向けて伸び上がる。
    「にゃろっ」
    「誰も死なせないさ、この場でなんて」
     汐のサポートとして立ち回る謡とひよりは絶縁の殺人鬼がもがき苦しむ様子がありありと見て分かる。
    『縁』は簡単には隠せない。拒絶できない。届いてしまった――『想い(こうげき)』
     祝の隠した縁を敢えて手繰り寄せた灼滅者達は、攻撃を届かせて、多数の力を持って彼女へと声(なぐ)り続けた。
    「ハジメ、ハジメ」
     ぎょろ、と向いた金の瞳は戸惑いを抱いている。殴りつけられた物理的な痛み、心へと直接響き渡る声(いたみ)。
    「明るくて、楽しくて、かわいくて、そんなハジメが、だいすきよ。
     ヤナたちがしんだらハジメは哀しむって、しってる」
     ねえ、生きて――死ななければ、それでいい。
    「祝さん。待ってます。勝手に信じて、勝手に、勝手に、大好き、です」
    「駄々なんて捏ねないで! ららはねぇ、祝ちゃんのこと尊敬してるんだよ?
     死に誓い場所に居て、何時だって小さな下駄の歯で踏ん張って、無茶しいで、最善をとって命を繋いで、カッコイイ人なんだから!」
     声を震わせるマギの背を押して、ららが歯を食いしばる。頭を抱えて嫌だと駄々を捏ねる様に首を振る祝の刃が襲い往く前線を支えんと彼女達とて声を掛け続けていた。
     殺したいと願ったのは――彼女が『ダークネス』だから。
     死なないと決意したのは――彼女が『友人』だから。
    「安心して、ころしにきて。
     何度、あなたにころされようとヤナは、ぜったいしなないよ」
    「あ、あ――あ」
     バトンタッチと夜奈が背後に下がり漣が前へと飛び出した。
     逃がさんと言う様に伸び上がる髪先を弾いた翌檜が「どうした、祝」と小さく笑う。
    「殺したいんだろ? ちゃんと心臓(ここ)を狙えよ。
     死んだらずっと一緒? そうだな、死ななくったって――」

     がしゃんと落ちた絶ち鋏。錆び付いたそれを拾い上げることなく頭を抱えて声を震わせる。
    「あ」と言葉も知らぬ子供の様に繰り返し駄々を捏ねる子供の様に涙を零した彼女は地面を蹴り飛ばす。
    「ずっと一緒にいてやるよ。お前は大切な家族だ。
     ごめんな、それでも俺はアイツと一緒に居たいんだ。返してくれよ」

     助けやしない、勝手に戻ってくるだけだ。

     嗚呼、それならば戻って来ない彼女はなんてタチが悪い。
     知っている癖に、気付いてる癖に、皆が苦しんでるって解ってる癖に。
    「祝ちゃん、聞いてくれよ。意地悪なんてしないで、さ」
     手を伸ばせば、何時だって『どうしたんだ?』とへらりと笑ってくれた彼女が居た。
    「こんな終わり方、寂しいからさ……戻って来てくれよ。オレ、もっかい祝ちゃんに伝えないといけない事があるんだ」
     がむしゃらに強さを求めて、歪んでも、歪みきれなくて。踏み込む彼の背を押すシエロが追い求めろと言う様に両の手を上げる。
    「絶縁、祝は焼き肉を食べる任務が残っているんだ。残念だが、お前ももう満足しただろう」
    「厭――厭だ。ずっと、あはは、あはっ、ヒッ、ヒヒヒ、ヒッ――ずっと一緒にあ そ びま ショ……?」
     首を振る。びゅん、と風を切る音に小さく息を吐きだした花色が拳を固め想いを届ける。
    「宣言いたしましょう、きみ。
     そのかわいいおくちで帰りたいって言うまでブン殴り続けますからね!」
    「ア――アアアアアア、厭っ、此処にいて! 此処で、此処ッ」
    「ッ――」
     ぐん、と弾き飛ばされた体に花色が強かに腰を打ちつける。
     蓄積するダメージから溢れた血を拭い、ゆっくりと立ち上がって彼女は笑った。
     クソヤンキーがヒーローになる物語? 在るわきゃない。格好悪い処を見せたくない『格好つけヒーローもどき』にくらいなら、きっと。
    「倒れるとかァ……できるわきゃ、ない、っての……」
    「当たり前でしょ、こんなところで、死ぬわけない」
     花色の腕を掴み立たせたイチは無表情の侭「伝えたい事があるんだ」と金の瞳を覗きこむ。
     怜悧なその色に歪んで滲んだ金色が不安を抱いた様に涙を溜めた。
    「一人じゃ凍えないって、教えてくれたじゃないですか――ずっと傍に居ます。解りますか? 傍に、いらせてください」
     嗚呼、依存してるのはきっと『僕』
     彼女を必要としてるのはきっと――
    「みんな、とりべのが必要なんですよ。とりべのが居ないと泉二も花色先生も青和も白石先輩もヴィアも白星も藤原も海島先輩も寂しくて、堪らなくなるんです」
    「罪作りなおんな」
     くす、と笑った花色が太郎の言葉に面白いと言う様に血を拭う。
     踏み込んだその背を追い掛けて翌檜が絶縁の殺人鬼の腕を掴む。地面を擦り、烏の鳴き声と共に強襲する『影』を蹴り飛ばした漣が「祝ちゃんッ!」と大きく呼べば、息を吸うひとつの音。

    「起きて鳥辺野さん――君の大切なひと達が、死にそう」


     ぽた、と雫が落ちる。
     だらんと垂れさがった刃の髪先の隙間からのぞいた月色の瞳がぼやけて往く。
     笑う三日月の下、土色の膚に浮かびあがる熱は確かに人のそれで。
    「あ、」
    「よお、起きたか」
     掴んだ指先が、微かに震えているのを翌檜は知っていた。
     イチの言葉に戸惑いを覚えたのだと確かに気付いてしまったから。
    (「しんだら、ずっといっしょ――ヤナだって、」)
     肯定してしまう程に甘く優しい世界。ずっと一緒だと願いたい仮初の安寧。
    「い、いや」
     しなないで、と掠れて出た声音に翌檜が「死なない」と一つ零す。
    「ハジメ、こんにちは。ヤナがわかる?」
     夜奈の声に、ほっと胸を撫で下ろした太郎が「おかえりなさい」と小さく彼女へと囁いた。
     ぼたぼたと落ちる涙は、彼女の想いの欠片。虚は「これで放課後は終わりか」と沈み切った夕陽の向こう側――けらけらと笑う三日月に消え失せた鴉の影を茫と眺める。
    「翌檜先輩、やったね! ほら、ららが応援したからだよ!」
    「あ、ああ」
     どうどう、と胸を張るららに翌檜がぼりぼりと髪を掻く。可笑しそうに笑いながらも安堵した様に表情をほころばせた伊織はそうだと優しく笑いかけた。
    「やあ、焼き肉、予約を取り直したいんだけどスケジュールは?」
     ゆっくりとしゃがみこんだ夜奈の声に顔を上げた絶縁の殺人鬼――空っぽの鳥辺野・祝は丸い眸で伊織を見詰め「かんがえる」と小さく零す。
    「ど、して」
    「聞いて欲しい事が、あるんだ。祝ちゃん」
     どうせ、くだらないことだろうと茶化す様に笑った祝はぼろぼろと溢れる涙を止める術なく項垂れる。
     ぐしゃぐしゃだった。頭の中、空っぽになる位。わざと封じ込めた縁の依り糸の先。
     膝を付いて震える指先を伸ばす夜奈がゆっくりと祝の身体を抱き締める。細く土色の生気のない彼女に戻るぬくもりが愛しくて。
    「ハジメ、ねえ、ハジメ」
     いきてる? しないで、だれも――ずっと一緒にいるから。
     殺さなくったって、生きて居たって絆の糸は解けないから。
     二人の肩を叩き「安心しましたよ」と囁いた花色の声に祝は小さく息を吐く。
    「……ハジメの、ばか」
     呟く言葉に「ゴメン」と一つ返した彼女は少女の温もりに身を委ね目を伏せた。

     ――とりべのへ、ようこそ。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 15/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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