狂争戯画

    作者:麻人

     山を駆けるバネのような脚と、行く手を遮る茂みを突き払う巨大な角。何も怖いものはないと言いたげな力強さで山を駆け下りる牡鹿の眷属がいた。
     ――!!
     鼻先を掠める嫌な臭い。
     組み上げられた護摩壇の手前で牡鹿の進撃は止まってしまった。数珠を手に巻き読経を続けるのは黒曜石の角を持つ若い僧だ。俺の方が強い、と牡鹿は思ったのかもしれない。角を振り回して威嚇するが、僧は身じろぎすらせずにひたすら経を読む。
     ガッ、ガッ、ガッーー!!
     手近にあった木に角をぶつけて怒りを発散させた牡鹿は、それでも諦めて引き返すしかなかった。

    「…………」
     村上・麻人(高校生エクスブレイン・dn0224)は顎に手を当てて思案している風である。
    「さて、どちちを倒そうか?」
     と、集まった灼滅者たちに話を振った。

     発端は先日使者を送ってきた天海大僧正絡みの事件である。彼の配下にあたる僧型の羅刹が殺界形成のような力を使って神奈川県の金時山周辺から一般人を追い出して、何やら画策を始めたらしい。
    「それで、何をするかと思えばこの山で活動している強力な眷属の足止めという話。何が目的なのかは不明。皆には眷属か僧型の羅刹か、あるいはその両方の灼滅をお願いしたいっていうわけ」

     まずは、僧型の羅刹。
     若く慎重な性格で、神薙使いと似たような神秘系の遠距離攻撃を得意とする。護符揃えを使った牽制も得意とした、中衛と考えていいだろう。ただし、今回は山の封鎖という任務に合致した人選であるらしく、戦闘能力自体は高くない。

     次に、牡鹿型の眷属。
     見事な角を持つ強力な眷属で、遠近どちらにしてもその角を用いた単体攻撃を得意とする。目に入る敵から排除する傾向が高く、一度組み合えば自ら退くことないだろう。

    「僧型の羅刹は麓のこの辺りに護摩壇を設置してる。辺りは木々が生い茂っていて視界がよくない。牡鹿の眷属は隙あらば、と護摩壇の周囲から様子を窺っているみたいだ」
     両方灼滅する場合、どちらかを倒してから、というのは難しいだろう。
    「倒すなら、同時に相手取るしかないね。ちょっと乱暴かもしれないけれど」
     眷属が倒されれば僧型の羅刹は護摩壇を片付けて京都方面へ逃げ去ってしまうし、逆に僧型の羅刹が倒されればその隙をついて、眷属は山を降りてしまうからだ。

    「眷属を山から逃せば町に降りて被害が出るかもしれない。だからといって天海大僧正の配下たちの動きも怪しい……となれば、どちらを倒すのがよい選択となるのかは難しいところだね」
     任せた、とそこは言い切って、いってらっしゃいと送り出す。秋深まる山中にて、果たしてどのような結末が導き出されるのかは皆の選択にゆだねられている。


    参加者
    ジュラル・ニート(デビルハンター・d02576)
    八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)
    黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)
    アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)
    鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    志乃原・ちゆ(トワイライト・d16072)
    幡谷・妙覚(動脈にラー油注射するマン・d32035)

    ■リプレイ

    ●山中へ
     狩家・利戈(無領無民の王・d15666)はしっかりと登山靴で険しい山道を踏みしめる。ジュラル・ニート(デビルハンター・d02576)はやれやれと肩を竦めた。遠路はるばる出張する羅刹に呆れと歓心のないまぜになった感情を抱けば、鼻先を掠める護摩壇の香ばしい匂い――。
    「あっちっぽいですな」
    「隠れる気はないっていうか、誰か来るとも思ってないのかもしれないけど」
     八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)は耳を澄ます。
     聞こえてくる読経の声。
     間違いない、この山を封鎖している羅刹だ。
     ちょうどいい機会だ、と黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)は思う。
    「あの申し出を断った後で話せるというのは良い機会です。目的や考えを聞ければいいのですが……」
    「ああ、交渉は任せた!」
     鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)は頷き、その手の方面は仲間に任せることを表明しておく。
    「そのかわり奇襲の警戒は任せてくれ!」
    「はい! 頼もしいです」
     志乃原・ちゆ(トワイライト・d16072)は茂みをかきわけ、幡谷・妙覚(動脈にラー油注射するマン・d32035)と肩を並べて先を急いだ。
    「…………」
     妙覚の表情はサングラスに隠れてわからない。
     一方、アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)はわくわくと辺りを見回した。既に殺界を完成させて万が一にも人を巻き込むことはないはずだ。
    「――誰だ!?」
     人の気配に気づいた羅刹が、読経を中断して誰何の声をあげる。
    「敵ではありません」
     ちゆが落ち着いて答えた。
     景瞬が後を継ぐ。
    「そちらの名前を伺っても構わないかな! 私は武蔵坂学園所属の鳳蔵院景瞬」
     羅刹はじっとこちらを見つめ、小さく「武蔵坂の……」と呟いた。
    「おっと、ぎすぎすしなさんな。そっちに敵意がないならこっちも手出さんよ。こんな遠くまではるばる出張お疲れさん。手当とかでんの?」
     ジュラルが冗談まじりに返せば、羅刹はふんと鼻を鳴らした。
    「こちらの申し出を断っておいてよく言うわ」
    「つまり、武蔵坂の返答はきちんと伝わっているということですね」
     璃羽は腕を組む。
    「個人的な意見だけど、学園の要求はあくまで要求。一部を変更しても良いので再検討してもらえると嬉しいと伝えてもらえますか?」
     それと、と視線で護摩壇を指した。
    「眷属を抑えるその技、教えてもらえると嬉しいのですが」
     しかし、羅刹は首を横に振る。
    「なんじゃ、敵対の意志がなければ構わんじゃろう?」
     アルカンシェルの言葉にも答えず、羅刹はさっさと護摩壇を片付け始めた。
    「退いてくれるのですか」
     交渉は拒めど、戦闘に至る気もないらしいと璃羽は理解する。確かに敵対の意図はないらしい――と妙覚は冷静に考えた。
     待ってください、とちゆが呼びかける。
    「一つ質問、良いですか?どうしてここにいるのでしょう、こんな山奥。護摩壇を作ってまで」
    「お前たちに教える義理はない」
    「何か護っているモノがここにあるのでしょうか? それとも、これからやって来るのですか……?」
     羅刹が無言で顔を背けるのは、否、ととらえて間違いないだろう。
    (「違うみたい、ですね。この場所が重要なわけではない?」)
     ちゆは指先を口元に当て、考える。
     場所にこだわっているのでなければ、一体――。
    「待ってくれ、あなたを天海大僧正殿の忠臣と見込んで頼みがある」
     利戈は用意してきた手紙を差し出した。
    「先日の申し出について、使者であった刺青羅刹『依』が武蔵坂学園の回答を正確に伝えているか信頼できないため、改めて手紙にてその内容を伝える旨と、武蔵坂学園に対してした要求の内容とそれに対する武蔵坂学園の回答の二点だ」
     羅刹はため息をついて片付けた護摩壇を背負う。
    「この場においてお前たちに敵意のないことは認めて教えてやろう。その行為に意味はない。あとは――」
     彼は皆まで言う必要はなかった。
     最初からずっと、仲間たちの最後方に陣取って周囲の様子を窺っていた景瞬が警告を発する。
    「来たぞ!」
     そう、護摩壇が片付けられたことで結界の消失を感じ取った、この山に潜む凶暴な眷属が姿を現したのだ。
    「どこよ?」
     リコはポールハンマーを掴み、身構える。
    「あそこ。それにしても見事な角ですなぁ」
     小銭稼ぎ根性を丸出しそうになって、ジュラルは「おっと」とクロスグレイブを持ち出した。そう、見事な角が茂みから突出している。
     ――ッ!!
     行く手を遮る茂みを角で押し分け、牡鹿の眷属は跳躍した。
     灼滅者の意識がそちらに向いた瞬間を狙い、羅刹はざっとこの場から去る。すれ違いざま、妙覚が笑顔で囁いた。
    「どうやら、あなたの動脈にラー油を注射するのは次の機会になりそうだね」
    「――」
     刹那、交錯する視線。
    「待て、同じ僧形のよしみだ。せめて名を――」
    「またまみえることがあればこの顔を覚えておけ。あれば、だがな」
     景瞬の問いに羅刹はすげなく言った。
     年は彼とそう違いない。
     頬に特徴的な黒子のある、痩せぎすの羅刹だった。
    「あっ、ちょっと! この鹿どこの勢力なのか教えていってよ、こらー!」
     ぷんすか怒ってリコはハンマーを振り上げるが、飛びかかってくる鹿の気配に「まあいっか」と唇を舌で舐めた。そんじょそこらの眷属とは一味違う、『強敵』と釘を刺された相手だ。心踊らないわけがない。
    「真正面は利戈に任せた!」
    「ちっ、了解!」
     不発に終わった手紙を投げ捨て、利戈はさっさと頭を切り替える。
    「そんならそれで、怪物鹿退治堪能させてもらうぜー! ひゃっぱー!」
    「おお、みなさん切り替え早いですね!」
     私も、とちゆは長い髪を後ろに流して茨の絡んだダイヤのスートを晒す。既に妙覚はダブルジャンプで樹上に飛び上がり、レイザースラストを射出――!
    「!!」
     囲まれた牡鹿は怒りを露わに地面を蹄で蹴る。
     美しい曲線を描く角に力が溜まり、虹のような光線を敵に向かって一直線に放出した。
     
    ●戯画
     秋の山中にて激闘の戯画が描き出される。
    「ナノ、ナノナノっ!」
     ジュラルが『軍師殿』と呼ぶナノナノのしゃぼん玉が幻想的な色彩を野山に与え、揺さぶられ枝葉舞う中空を漆黒の影が踊り狂った。
     ガッ!
     正面から角を受け止め、もみ合う利戈の表情は狂喜に歪む。
    「潰し、穿ち、ぶち壊す! 我が拳に砕けぬものなど何もない! 獣ごときが、いきがってんじゃねえ!」
     縛霊撃で殴り飛ばしたところへ、同じく豪快にクロスグレイブを振り回すアルカンシェルがいた。跳躍の反動を利用して、頭上から回転する十字架を脳天へ叩き落とす――!
    「おっと」
     さすが強敵の牡鹿、額から血を流しながらも角を振り回して反撃してくる。
     間一髪避けたアルカンシェルは楽しそうに笑ってクロスグレイブをぎゅるんと弄んだ。これは戦い甲斐がある。後方から飛んできた景瞬のラビリンスアーマーを纏い、再び突っ込んだ。
    「これでどうです!」
     ちゆの指し示す先へ勢いよく伸長するダイダロスベルト。
     絡みつくそれから、牡鹿は暴れもがいて抜け出した。突き出される角を、ちゆは鬼神化させた異形の腕を掲げることで防御。頭上からは妙覚の放つレイザースラストが援護射撃のように牡鹿の気を挫かんとする。
    「気を付けろ。無理しないで下がった方がいい」
    「ひゅー! 獣風情がやるもんだぜ!」
     利戈は頬の血を拭い、ナノナノに回復してもらいながらいったん下がった。集気法で息を整える。
    「大丈夫?」
     景瞬だけでは回復の手が回りきらず、リコが発動した夜霧が戦場を覆い尽くした。鬱蒼と茂る麓に漂う霧の薄白。その中で鈍く輝くジュラルのクロスグレイブ――オールレンジパニッシャーの弾丸が牡鹿の全身に叩き込まれる。
    「やべ、角に傷つけちまったか?」
    「角?」
     指輪をはめた指先を翻す璃羽が首を傾げた。
    「いや、高値で売れるかなーっと」
    「はあ、たぶん倒したら消えてしまうと思いますが」
    「やっぱそうなん?」
    「でしょうね」
     などと、結構真剣に話し込んでしまいそうになるくらい、牡鹿が武器とする角は美しかった。
    「ほらほら、キミの相手はこっちだよ」
     まるで犬とじゃれるような格好でリコは牡鹿を誘う。肉を斬らせて骨を断つ――その角が自分の腕をえぐるお返しに、深々と突き刺す黒死斬。血潮が頬に跳ね返るも、笑みは絶やさず。
    「で、この鹿ってなんなんだろね?」
    「どうなんでしょう? この山から出ようとしていたのを阻止してたみたいですが……っと」
     愛用のEtoile filante――マテリアルロッドで牡鹿の角を受け止め、ちゆは「っ!」と歯を食いしばった。防御に成功してなお、その上からかなりの体力を持っていかれる。
    「そっち、いきます!」
    「まるで自分の庭とでも言いたげだね」
     注意を引きつけるべく、妙覚は頭上から飛び降りて注射器の針を牡鹿めがけて繰り出した。
    「暴れなくていい、怖がらなくていいんだ。今君の動脈にラー油を注射する」
     それはまるで、安心させるかのように優しげな囁き声だった。
    「!!」
     なんとか彼を背から振り下ろした牡鹿だが、さすがに疲労が溜まったらしく、足元がふらついている。
    「今のうちに!」
     景瞬は清めの風を起こして味方の体勢を整えた。
     璃羽もシャウトでダメージを振り払い、佳境に備えて影業を操る。
    「一気に決めるのじゃ!」
     アルカンシェルはその名の如き弧を中空に描くジャンプで跳躍。
     十字架戦闘術――ではない。
     そのクロスグレイブは炎に包まれている。
    「紅蓮撃じゃ! そんでもって――」
     武器を足場に体勢を入れ替え、そのままスターゲイザーに繋ぐ蹴り技を披露。牡鹿はよろめき、後ずさった。しかしそこには長柄のポールハンマーを構え、スターゲイザーの星々を目くらましに回り込んでいたリコがいる。
    「はい!」
     コンパクトに振り抜いたロケットスマッシュに足元をすくわれ、地面に転がる牡鹿。
    「お陀仏しやがれ!」
     利戈のペトロカースが容赦なくその身を石化に誘い、動きが完全に止まったところをちゆのフォースブレイクが炸裂――!
    「幡谷さん!」
     妙覚の口から咆哮の如きご当地ビームが放たれ、牡鹿を包み込む。それが止めとなったようだった。二、三度痙攣してから牡鹿の身体が灼滅されてゆく。
    「あー」
     ジュラルが残念そうに呟きながらトマトジュースをとりだした。
     やはり、角は取れなかったか。
     のん気な感想は即ち、勝利を意味していた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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