「る……瑠架ちゃん! 僕の瑠架ちゃあああん!」
古き好き景観を残す、豪奢な西洋屋敷。
しかしその屋敷の中は、莫大なゴミによって埋め尽くされていた。
「今こそ君を助けたい、助けたい! そして感謝されたい見られたい認識されたい瑠架ちゃんに! 僕を見て! 見て見て見て見て瑠架ちゃああん!――ぶほっ、ぶほっ、ぶほほっ」
屋敷の最奥。ゴミ山の中心で、ひとりの太った男が叫んでは嗤い、嗤っては叫びを繰り返している。
脈絡も無く叫びだしたその男は、口から液体のようなものを吐き出した。液体は床にへばりついたかと思うと蠢きだし、タトゥーバットとなって宙へ飛び上がった。男が喚く。
「派手に暴れてこい! 派手に暴れれば、瑠架ちゃんは僕の事を思い出す! 思い出すに決まってる! そしたら瑠架ちゃんは僕の事を思い出して心強くなる! そしたら瑠架ちゃんは心強くなって僕の屋敷に訪ねてくるはず! 思い出して! 子爵である僕の事を思い出して! 瑠架ちゃああああん僕の瑠架ちゃああああああん!」
●
「タトゥーバットが、一般人を襲うみたいだよ」
天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)がそう言って、説明を始めた。
去年のサイキックアブソーバー強奪事件の時に、吸血鬼勢力とともに襲撃して来た蝙蝠型の眷属だ。体表面には眼球状の呪術紋様が描かれており、それを元に魔力が強化されている。
「そのタトゥーバットが八体。学校帰りの高校生たちから血を吸いに襲撃するんだ」
襲われた高校生たちは失血死してしまい、眷属たちはその後も襲撃を繰り返すようだ。
タトゥーバットを灼滅して、被害を防ぐのが今回の目的となる。
「タトゥーバットは超音波で擬似的な呪文詠唱をして、魔導書に似た現象を引き起こすみたいだよ。あと、描かれた呪術紋様は見た人を催眠状態にする魔力があるみたい」
こちらは護符揃えと同じ能力。それほど強力な眷属ではないが、クラッシャー1にディフェンダー2、ジャマー3、スナイパー1にメディック1と、編隊を組んで行動しているようだ。
虐殺の意図で動いている以上、見逃すわけにはいかない。
「ヴァンパイアの眷属だから、黒幕は、ヴァンパイアで間違いないと思うよ……ヴァンパイアといえば、この前朱雀門の幹部と戦闘があったんだっけ」
どこのヴァンパイアの仕業だろうね、とカノンは首を傾げた。
参加者 | |
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クラウィス・カルブンクルス(依る辺無き咎の黒狗・d04879) |
笙野・響(青闇薄刃・d05985) |
咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814) |
虹真・美夜(紅蝕・d10062) |
桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274) |
宮代・庵(中学生神薙使い・d15709) |
アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426) |
銀城・七星(銀月輝継・d23348) |
●
夕暮れが冷めていく。川の上を撫でた風はそのまま土手を駆け上がり、下校途中だった学生たちの服をはためかせた。
橙色とウィンター・ブルーがせめぎ合う空に、妙な黒い点が生じたのはその時だった。
奇怪な鳴き声と羽ばたきに学生たちが気づいた時には、巨大な蝙蝠型の眷属たちがすさまじい早さで迫ってきていた。翼に描かれた呪術文様で惑わすようにして、八匹のタトゥーバットは獲物の首筋を狙う。
真っ先に襲撃されたのは、先頭にいた男子だった。彼は慌てることなく槍を構えると、蝙蝠の群れに鋭い刺突を繰り出した。
『ギャッ!?』
一般人のフリをしていたアルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)の攻撃に、タトゥーバットたちが軌道を変える。上空へ逃げる眷属たちへと、宮代・庵(中学生神薙使い・d15709)の神薙刃が追尾した。
「ふふふ、わたし達のパーフェクトな演技に騙されましたね! 貴方達を滅するもの、スレイヤーなのですよ!」
自信たっぷりに言い放つ庵。ここに来るはずだった高校生たちは、既に桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)が接触し、ラブフェロモンなどを駆使してルート変更を行っている。混乱している眷属たちを視界に捉えつつ、銀城・七星(銀月輝継・d23348)がサウンドシャッターを発動した。
「吸血鬼って首輪奴隷とか、耽美なイメージの割に行動がアレだよな……ていうかこいつら製造方法が死ぬほどキモイらしいから、さっさと駆除してえ」
「眷属とか、そういうの以前に殲滅しないといけない気がするわ」
笙野・響(青闇薄刃・d05985)も目に冷ややかな光を浮かべ、手の甲から障壁を展開する。atmosphere deflectorと名付けたそれは大気を揺らめかせる半透明の盾であり、上空で弧を描いた眷属たちの突進を受け流した。
「引き篭もりのヴァンパイアどもががようやく動きだしたと思ったら……」
相変わらず本体は引き篭もってるって訳ね――と、虹真・美夜(紅蝕・d10062)はスレイヤーカードを手にする。少しため息。ヴァンパイアが予知にこうも引っかかりにくいと、弟探しもはかどるどころではない。
「……まぁいいわ。まずはこいつらから真っ赤に染めなきゃね」
解除コードを口にした美夜が除霊結界を発動した。数体に霊網が絡みつき動きを鈍らせるが、残りは散開。動きが素早くなっていた。
どうやら相手も戦闘態勢に入ったらしい。ジャマーと思しき三体を中心に大気が揺らめき、魔力が熱量へと置換。炎と衝撃波が灼滅者へと降りかかる。
「ヴァンパイア本体でなかろうと、その眷属であれば滅ぼすだけ、ですね」
クラウィス・カルブンクルス(依る辺無き咎の黒狗・d04879)が黒衣をはためかせ、同質の禁呪を起動。ぶつかり合った魔力同士が空気を爆散させる。巻き起こる風の中でも、彼の赤瞳は冷静に相手の動きを追っている。
「――日が沈む前に片を付ける。ぶった斬ってやるぞ、コウモリども……!」
逃げ遅れた一体へと、咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)が黒い槍を手に走った。その穂先は冷ややかな詩の気配を灯し、奇怪な翼の目を貫いた。
●
今回、戦闘にあって灼滅者が警戒したのは、相手がそれなりにポジション取りをしていることだ。
最優先対象である三匹のジャマーを守るようにして、特に体の大きい二匹のタトゥーバットが魔術の光線を放つ。それが響の行く手を遮り、ジャマーを狙ったシールドバッシュはやむなくディフェンダーへと向かう。
――こちらに注意を引きつけたいのに……。
口惜しさもそこそこに、響が障壁をかかげる。二条の光線が大気を揺らめかせる盾とぶつかり、激しい音を散らした。
タトゥーバットたちの内、精度の高い個体と威力の高い個体の攻撃には常に注意が必要だ。続けて放たれた魔術光線が、クラウィスや庵の肌を掠めてやいていく。庵が清めの風で呼びながら顔を歪めた。
「ぐぬぬぬ、人を無差別に襲っている眷属にすぎないようですが、やけに統率が取れてますね……。これはパーフェクトなわたしの敵でないのは確かですが油断はできなさそうです」
「この八匹が良く動くのか、実は主が強いのか」
やれやれ、と洗練された仕草で肩をすくめ、クラウィスが縛霊手で光線を払った。もう一方の手で指を鳴らす。弾けるようにして広がった殺気が刃となって、編隊の動きを乱す。
「後者とか、なんか理不尽感じるけど、な!」
乱れが消える前に七星が鏖殺領域を畳みかけた。ジャマーを狙ったそれは二匹の蝙蝠が妨害し、蓄積したサイキックダメージはメディックがヒールで和らげていく。
「さてさて。厄介な状況ではありますねえ」
十重の放った氷魔法を、統率を取り戻した群れは急速回避。上空で旋回すると、催眠波と精神を暴走させる魔術を灼滅者たちへ送ってくる。全てはよけきれず、護り手を中心に数名が意識の浸食を受けた。
「一匹、倒すまでが正念場かしらね」
祭霊光を放つ美夜。その首筋を狙って、背後から群れが襲いかかった。美夜は舌打ち。振り返りざまガンナイフを顕現させる。
紅に染まる刀身と、蝙蝠の牙が激突した。襲撃かわした美夜が地面を転がりつつ、もう一方の手にもガンナイフを生み出す。
銃声。
空へ引き返そうとする群れに、立て続けにガンナイフの弾が突き刺さっていく。それまで支障なく飛んでいた二匹の巨大タトゥーバットのうち、一匹がよろめく。
「隙アリ、もらったよ!」
飛び上がった千尋の右手が膨張した。腕を覆う蒼い細胞がサーベルを取り込み、蝙蝠の翼のような形状へと変えていく。
豪腕によって振るわれた、力任せの蒼い大剣が眷属を薙いだ。さらに身体を空中で回転させ、追撃の斬撃を加える。
千尋が降り立った時には、墜落したタトゥーバットは消えている。
群れの防御に穴が開いた。
「畳みかける」
アルディマがマント翻し跳んだ。空中で旋回し再攻撃に移ろうとした群れに追いつき、槍を一閃。続けてフォースブレイクの爆発が起こり、もう一体の巨大タトゥーバットが消し飛んだ。
●
撃破順が逆になったが、護り手と頭数を同時に欠いた眷属の脅威は、明らかに減じた。
「ちょこまか飛んでるんじゃねぇよ、鬱陶しい」
正七角形の標識。そこに描かれた猫耳淫魔のピクトグラムが赤く怒りを示し、七星の手によって唸りを上げる。ジャマー役の一匹を正面からとらえた一撃は、バッティングの要領で眷属をはじき返した。強襲打の向かう先には、腕を鬼のモノへと変えた庵がいる。
「風の向き、眷属たちの進入角度、仲間の攻撃手段――全て読み通り」
実はそろそろ鬼神変使おうと様子をうかがってたら機会が運良くめぐってきた――なんてことは全くもってない!
パーフェクトな庵は今日もパーフェクトスルーを発動させ、偶然を必然へと塗り替える。
鬼の拳は、正確無比に眷属を打ち砕いた。メガネのフレームを押し上げる庵。
「一撃必殺。流石、わたしですね!」
残る眷属は五匹。
「油断は禁物ですが……さて」
十重は清めの風を自らを含むディフェンス陣へ送り、催眠の後遺症を断ち切る。形勢はもはや有利。ただし数を減じるまで炎の魔術や催眠波に悩まされ、ここに来るまで十分近くが経過している。
もし数人程度で挑んでいたら、危険であったのは間違いない。
本来なら、そんな眷属を手先とするヴァンパイアを警戒してしかるべきなのだが。
「もうほんとあの、なんていうかあの、すごくリアクションに困るんですが」
目の前の存在イコール主というわけではないだろう。そう思いたい。むしろ別の意味で警戒が必要だとすら感じる。いずれにしろ迷惑千万な行為であることに間違いはないが。
「それはそれとして、そろそろ、存分に叩き潰すとしましょうか」
再び、手の先に凍氷の魔力を行き届かせる。蝙蝠たちの進行方向へと死の魔法を放ち、それを逃れた個体を縛霊手からの霊網で絡めとる。動きの止まった二匹に次の瞬間、クラウィスの紅蓮斬が叩きつけられた。紅の一閃は凍り付いた一匹を砕き散らし、返す刃で動きの鈍った一匹を両断する。
「この程度のモノに負ける為に、力を得てきたわけではないんですよ……」
静かな声の内に秘められるのは、姿を見せぬヴァンパイアへの苛立ちと、宿敵を滅さんとする熱か。
「そういうことだね」
美夜もまた頷き、勝気な笑みと共に腕を薙いだ。力は空間を渡って、宙へ逃れようとした一体を赤の逆十字で引き裂く。
残った二匹が低空を飛翔し、その場を離脱しようとする。響と千尋がその前に立ちはだかった。
「逃がせば襲撃を繰り返す以上、ここは通しません」
「宣言通り、日暮れ前だ」
響の盾を構成するエネルギーが刃の形をとった。千尋の拳にもオーラが宿る。
転瞬、二人と交差した二匹を死角からの斬りつけと乱れ飛ぶ拳をその身に受けていた。響が髪をかき上げる。
「私の守りは抜けられませんよ――って、言葉は通じませんね」
「ユウラ、ヤミ! 蝙蝠狩りだ、喰らい尽くせ!」
七星の影が猫と鴉をかたどった。アルディマの影もそれに続く。地面を黒く走った影は波濤のように合わさって、タトゥーバットを飲み込んだ。地面に黒いしみのように広がる影は、やがて何事もなかったように七星たちの影へと戻っていった。
気づけば周囲はいっそう、薄暗くなっていた。
遠く太陽が、ゆっくりと輝きを失っていった。
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「さすがに、黒幕の手掛かりは難しいですか」
星が小さな輝きとなって見え始めてきた空。そのどこから眷属たちが飛んできたのかも定かではない。クラウィスは静かに嘆息する。
「そのあたりは、エクスブレインにも協力してもらいましょう」
見つかるヴァンパイアがまともかどうか知りませんが、と続く庵の言葉に響と十重が苦笑した。
「なんだか、邪念しか感じないバットだったねー……」
「本体もいつか出てくるのですかねえ。会いたくないものですが」
「会ったら問答無用でぶっ飛ばしたいんだけど」
美夜が言った。決意が固そうな声だった。
「ロクなのじゃないのは確かだな……」
太陽に変わって輝き始めた月。それと同色の瞳で七星は夜空を仰いだ。
ヴァンパイアと言えば朱雀門だが、今回の眷属の主は果たしてどう関わってくるのか。
「今更ダークネスの価値観など論じても仕方ないが」
アルディマが強い意志で続けた。
「どんな理屈であれ、民間人を殺させるわけにはいかない。それだけは確かだ」
「まぁ、あたしらに出来るのは、目の前の事件をコツコツ解決していくことだけだね」
静かなテンションで応じる千尋。眷属撃破で道は拓けたのかが分からずとも、今は進むしかない。
夜歩きには丁度良い風が吹く。その風に押されるようにして、灼滅者たちは帰路についた。
作者:叶エイジャ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年9月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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