古き好き景観を残す、豪奢な西洋屋敷。
しかしその屋敷は、全ての良さを台無しにしてあまりある、莫大なゴミの山に埋もれていた。
「ぶほっ、ぶほっ、ぶほっ」
屋敷の最奥、ゴミ山の中心で、ひとりの太った男が嗤う。
「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。今こそ君を助けたい助けたい。そして感謝されたい見られたい認識されたい瑠架ちゃんに! 僕を見て! 見て瑠架ちゃん!」
突然脈絡も無く叫びだしたその男は、口から何か液体のようなものを吐き出した。
その液体はビチャッと床にへばりついたかと思うと、やがてモゴモゴと蠢き、一体のタトゥーバットへと姿を変えた。
「派手に暴れてこい! 派手に暴れれば、瑠架ちゃんは僕の事を思い出す! そしたら瑠架ちゃんは僕の事を思い出して心強くなるので、そしたら瑠架ちゃんは心強くなって僕の屋敷に訪ねてくるはず! 思い出して! 子爵である僕の事を思い出して! 瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん!」
ヴァンパイアの眷属、タトゥーバット。これが姿を現すということは、吸血鬼が現れたということ。
「集まってくれてありがとう。説明を始めるわ」
教室に集った灼滅者を見渡して、口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)はそう言った。中には猪狩・介(ミニファイター・dn0096)の顔もある。
「ヴァンパイアが大量に眷属を放ったらしくて、群れが市外に向かってるわ。できるだけ迅速に対処して」
タトゥーバットの群れが現れるのは、地下下水道。どこから忍び込んだかは分からないが、早く退治しないとやがて地上に出て一般人を殺戮するだろう。
「敵の数と戦力は分かる?」
介の問いに、目は当然のようにうなずいた。それが彼女の役割でもあった。
「敵は全部で七体。みんな同じ能力よ。状態異常が手強いから気を付けて」
タトゥーバットは全て中衛だ。個々の能力はそれほど高くはないが、数が多い。刻まれた文様と超音波によって攻撃し、自らの妨害能力を高めたり、催眠をかけたりする。
「つまり弱いけどウザい、と」
「いや、弱いってほどでもないけど……まぁウザいわ」
と目。油断は禁物だ、と加えるのも忘れない。
「ヴァンパイアが何するつもりか知らないけど、放っておくわけにはいかないわ」
「はいはい。さくっと行ってくるさ」
軽く応えて立ち上がる介。口ではそう言っていても、目元は笑っていなかった。
とり逃せば、血の雨が降る。見過ごすわけにはいかない。
参加者 | |
---|---|
花蕾・恋羽(スリジエ・d00383) |
羽守・藤乃(黄昏草・d03430) |
結束・晶(片星のはぐれ狼・d06281) |
星河・沙月(過去を探す橙灯・d12891) |
巽・真紀(竜巻ダンサー・d15592) |
空木・亜梨(虹工房・d17613) |
ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671) |
四方祇・暁(天狼・d31739) |
●闇に舞う黒
タトゥーバットを撃破するため、灼滅者は下水道に突入した。劣悪な環境での戦いになるが、一般人の被害を考えれば四の五の言っていられない。それぞれ灯りを点け、準備完了。
「フフ、この通り、準備はぬかりないでござるよ?」
ドヤ顔で下水道の配管図やら水道利用のしおりやらを大量に出して見せる四方祇・暁(天狼・d31739)。対応してくれたお姉さんが、とかなんとか言ってるがそれはまた別の話。
「お、やるな。オレも用意してるぜ」
同じく、巽・真紀(竜巻ダンサー・d15592)も下水道の地図を広げてみせた。男っぽい口調であるが、これでも女子である。
「ありがとうございます。使わせてもらいますね」
星河・沙月(過去を探す橙灯・d12891)は二人から地図を受け取り、スーパーGPSを起動する。すると、地図上に現在位置を示すマーカーが現れた。
しばらく彼を先頭に下水道を進む。敵に位置を悟られないよう、あるいはできるだけ息をしないよう、それぞれ口数は少なかった。
「……早く帰りたいね」
傍らのビハインド、雪花に空木・亜梨(虹工房・d17613)はそう言った。暗くて狭いところは苦手。しかも臭い。彼でなくとも、みんな同じことを思うだろう。
「大丈夫かい? まぁ大丈夫じゃなくてもすぐには出られないんだけどね」
猪狩・介(ミニファイター・dn0096)が冗談めかして肩をすくめる。けれど、残念ながら冗談ではなく本当のことだ。
やがて、キィキィと声が聞こえた。だんだん近付いてくる。
「やっとお出ましか。私はともかく、あまりレディをここに長居させたくないからね」
と結束・晶(片星のはぐれ狼・d06281)。彼女も女性なのだが、どうにも紳士っぽい。胡散臭いだとかエセだとか、そんな言葉が前に付きそうではあるが。
「タトゥーバット、一体どこから入ったんですかね……」
早くもうんざりした様子で、花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)が呟いた。いきなり街中に出られるよりはましだが、それにしても下水道はあんまりだ。臭いが服や髪に染みつきそうで、早く出たい。
「まったく、嫌がらせかと思う」
ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)も呆れた様子で同調する。眷属を放った意図は理解不能だが、処理する方のことも考えて欲しいものだ。無論、それができないのがダークネスだが。
「お出でなさい、鈴媛」
スレイヤーカードを掲げ、武装を解放する羽守・藤乃(黄昏草・d03430)。銀の大鎌が敵を屠らんと、闇を切り裂かんと鈍く輝く。
キィキィ、キィキィ。鳴き声は鬱陶しいほど勢いを増す。翼に描かれた眼のような文様が闇の中でも薄く光を帯びていた。いくつもの大きな顔が闇の中に浮かんでいるように見えなくもない。殺せ、殺せ。殺意に満ちて羽ばたく黒は、灼滅者を血祭りの獲物に選んだ。
●黒を墜とせ
タトゥーバットの数は全部で七体。エクスブレインの情報通りなのを確認して、攻撃に移る。戦端を拓くのは、ルフィアの戦帯。
「まずはお手並み拝見だな」
意思持つ帯が矢となって黒翼を射抜いた。敵が弱ければそれも結構だが、弱すぎてはスリルに欠ける。どうせなら楽しめる敵であってほしいものだ。そういう設定でもあるし。
「紅蓮、お願い」
霊犬の紅蓮を前衛に向かわせ、沙月自身は後衛に収まった。ナイフに炎を纏わせ、一息に距離を詰める。揺れる羽ばたき、その中心を見定めて炎刃をねじ込む。血肉が焦げるに臭いがするが、下水に比べればそれほどでもなかった。
蝙蝠の一体、その文様がひときわ強く光を放つ。刹那、ほとんど直感で亜梨は横に跳んだ。真正面から攻撃を受け止める。
「うぅ……、ちょっと気持ち悪いね」
催眠効果による酩酊が感覚を鈍らせる。灼滅者でなければ一瞬で正気が吹き飛ぶか、狂死するだろう。揺れる視界の中で、意識を強く保つ。
「気を確かに持ちたまえ。今、回復する」
すかさず、晶の縛霊手の指先に光が点る。蝋燭のような、赤く柔らかい光。指を弾いて飛ばすと、傷と神経とを癒やす。タトゥーバット一体一体はそれほど脅威ではない。真に脅威なのは、催眠による同士射ちだ。それを防ぐには、早めの回復が肝要になる。
「ったく、やり口がセコイんだよ!」
真紀の手にした交通標識が黄色に変わる。絵柄は跳び回る蝙蝠に、波状の記号が付いたものだ。仲間に警戒を伝え、催眠への耐性を与える。回復に加え、予防もあれば心強いだろう。
眼の文様が再び輝く。それを今度は、霊犬の豆大福が遮った。
「ありがとうね」
恋羽は霊犬を労いつつ、縛霊手で回復をかけてやる。手持ちのサイキックでは前中衛に届く回復はこれだけだが、そう問題もないだろう。
「その魂、穿つでござる」
非物質化した刃が徐々に半透明になり、やがて淡い光を帯びる。貫くは肉体ではなくその魂。眷属にどのような魂があるかは知らないが、飛んで動くからには何かあるはず。暁は顔面から胴にかけて刃を抉り込む。
「ぶっ飛べ!!」
介の小さな体が加速し、バベルブレイカーごと一本のミサイルとなった。勢いを殺さぬまま激突し、引き金を引く。加速と爆発の力が加算され、飛び出た杭はタトゥーバットを易々と貫通した。
「潔く散りなさい」
凛と咲く百合は、たとえ泥の中だろうと美しい。ここが地下の、下水道であろうと藤乃の姿勢は変わらない。骨身に刻まれたそれは、無意識に背をピンと伸ばす。必滅の意思を炎に変えて鎌に纏う。横に一閃すれば、異形を両断してみせた。
残り六体。戦況は、こちら側に傾いていた。
●潰えし翼
幾度目かの眼光を、紅蓮が受け止める。一体を集中して攻撃する灼滅者に対して、タトゥーバットの狙い散漫。さらに前衛に分散される。
「早めに消えてくれるといいんだけどなぁ……」
今回の敵の耐久力は灼滅者と同程度だろうか。もっと弱くてもいい、というのは亜梨の、いや全員の願望であった。それを叶えるべく、壁を蹴って跳び、流星の蹴りを叩き込む。眷属はひしゃげて風船みたいに破裂した。まき散らされた地と下水の臭いが混ざって、胸が腐りそうになる。
「残り五体……捉えてみせましょう」
臭気を清めるように鈴が鳴り、藤乃の縛霊手が震える。赤黒い装甲の裏に隠された祭壇が光を放ち、同色の光の楔がタトゥーバットを囲むように突き刺さった。それより内は、不浄を縛り、浄なるを閉じ込める結界なり。
「よい、しょ!」
介は天井に飛びつき、足元にブレイカーを打ち込む。衝撃波はそのまま天井を伝い、蝙蝠の群れを襲う。大雑把な攻撃ゆえ、全てには当たらぬが、それでも十分だった。ふらつく間に、暁が動いた。
「闇の眷属は、闇に散るのが似合いでござろう」
わずかな光源を反射し、閃く剣。片刃刀を抜き放ち、黒い翼を切り捨てる。闇を切り裂くのもまた闇。忍びという名の鋭き闇だ。納刀し、鍔が鳴るのと同時、タトゥーバットをもふたつに分かれて濁水に沈んでいった。
キイイイイイイイイイイ、と不気味な音。一瞬遅れて痛みがやってくる。超音波攻撃だ。けれど、それほど攻撃力は高くない。
「そことそこ、それにあと二体。外したりはしません!」
沙月の瞳が、視界内に敵を捉える。ナイフの刀身から黒い霧が噴き出し、極省の竜巻となって蝙蝠を吹き飛ばす。サーヴァント使い、さらに複数攻撃とあって毒を喰わせるには難しいが、確実にダメージは与えられた。
「そろそろ片付けるか」
鬼の腕を力任せにぶつける。タトゥーバットは容易にはじけ飛び、壁に叩き付けられた。ぶちっという音ともに潰れて血をまき散らした。下水道はいるだけで気が滅入りそうになる。ルフィアとしても、さっさと地上に上がりたいところ。
「諦めたまえ。君達は結局、雑兵以下だ」
晶の交通標識が赤に変わり、円形部分で蝙蝠を切り裂いた。両断され、血煙となって消える。敵の数が減ったことと耐性の蓄積で回復の必要が減り、加速度的に攻撃の手数が増えていた。必然、残りのタトゥーバットの寿命もみるみる減っていく。
「豆大福、合わせますよ!」
霊犬の銭射撃が先行し、恋羽自身もそれに続く。銭が当たった次の瞬間、敵に肉薄。花弁のように火の粉を散らしながら、炎の蹴りを見舞う。ぐちゃりと音を立て、六体目の蝙蝠も散った。不快な感触だったが、忘れておこう、そうしよう。
「これで、終わりだぁあああ!!」
怒涛の叫びが地下にこだまする。真紀だ。文字通り、これで終わりだという達成感と開放感が、全身に力を与えてくれるようだった。今までの鬱憤を晴らすかのような激しい紫電を帯びたアッパーが最後の眷属を叩き潰した。
目的を果たした灼滅者は、誰ともなく歓喜の声を上げ、速やかに地上に帰還した。
●風を吸い込んで
地上に戻った途端、灼滅者はとにかく深呼吸した。肺の中の空気を全部入れ替えるくらいのつもりで何度も。
「うぅ、服に臭いが……いえ、なんでもないです」
恋羽は服の臭いを確かめようとして、やっぱりやめる。確かめても意味のないことであるし、精神的ダメージも大きくなりそうだから。豆大福もさっきから少し距離が遠い。
「私、クリーニングを用意していますわ」
そこで藤乃(の防具)が秘められた力を発揮する。仲間の体と服を綺麗にするESP、クリーニングである。戦場を選べない灼滅者の心強い仲間だ。体が綺麗になると、心も綺麗になった気がした。
「あ、僕も持ってきてるよ」
と介。手分けしてクリーニングをかけていく。
「あ、ありがとう……もう下水道には潜りたくないね…………」
ひどく疲れた様子の亜梨。苦手の閉所暗所に、臭いのおまけつきとあってはそれも仕方ないだろう。雪花と揃ってぐったりしている。
「お疲れさま、紅蓮」
沙月は紅蓮の頭を撫でてやる。やっと暗がりから出た安堵もあって、ぎゅっと抱き寄せる。実は暗いの怖かった、なんて言えない。
「下水道でやったらどんだけ貯まるかな?」
「えぇ、やめといた方がいいんじゃない? 変色したお札と見たくないよ」
マネーギャザしようとする真紀を、介はとりあえず止めた。嫌な予感がしてならなかった。代わりにジュースを買ってやる。
「帰りに食事でも行くか?」
戦闘が終わって地上に上がれば、ちょうどいい時間だった。周りを見渡してルフィアが言った。
「賛成でござる!」
しゅた、と手を上げる暁。体は綺麗になった。これで空腹もなければ、心身これ憂いなしである。つまりお腹すいた。
「そうだね……うん、大丈夫だ」
ちら、と財布の中身を確認する晶。紳士として年長者として、もしものときの準備はできている。
話題は眷属から、食事へと移る。来た時より元気な灼滅者の姿がそこにあった。突然現れた眷属が何を意味するのか。それを考えるのは、少しあと。お腹いっぱいになってからでいいだろう。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年9月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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