牙立てる翼獣

    作者:邦見健吾

     古き好き景観を残す、豪奢な西洋屋敷。
     しかしその屋敷は、全ての良さを台無しにしてあまりある、莫大なゴミの山に埋もれていた。
    「ぶほっ、ぶほっ、ぶほっ」
     屋敷の最奥、ゴミ山の中心で、ひとりの太った男が嗤う。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。今こそ君を助けたい助けたい。そして感謝されたい見られたい認識されたい瑠架ちゃんに! 僕を見て! 見て瑠架ちゃん!」
     突然脈絡も無く叫びだしたその男は、口から何か液体のようなものを吐き出した。
     その液体はビチャッと床にへばりついたかと思うと、やがてモゴモゴと蠢き、1体のタトゥーバットへと姿を変えた。
    「派手に暴れてこい! 派手に暴れれば、瑠架ちゃんは僕の事を思い出す! そしたら瑠架ちゃんは僕の事を思い出して心強くなるので、そしたら瑠架ちゃんは心強くなって僕の屋敷に訪ねてくるはず! 思い出して! 子爵である僕の事を思い出して! 瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん!」

    「ヴァンパイアの方にも動きが見られました。眷属のタトゥーバットが一般人を襲おうとするので、これを迎撃してください」
     タトゥーバットは体の表面に呪術文様が刻まれた、コウモリ型の眷属だ。冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)の予知によると、タトゥーバットは夜の住宅街に現れ、会社帰りの女性を襲う。
    「そこで皆さんは道の脇に隠れて女性が通りがかるのを待ち、タトゥーバットが現れたら立ちふさがって攻撃してください」
     ただしタトゥーバットは女性を狙って攻撃してくるので、女性を助けるならその場から遠ざけるのが無難だ。
    「タトゥーバットは全部で6体。超音波と呪術文様を用いて攻撃し、文様の力で自身を回復することもできます」
     相手に異状を与える能力が高く、特に文様には相手を惑わす力がある。タトゥーバット自体は強力ではないが、対処を誤れば苦戦を強いられる。十分注意して戦い方を考えるべきだろう。
    「これを放ったのは朱雀門の関係者か、あるいは別のヴァンパイアか……詳細は不明です。しかし放っておけば確実に人命が失われるので、皆さんの手で撃破してください。よろしくお願いします」
     蕗子はそう言って緑茶をすすり、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    マルティナ・ベルクシュタイン(世界不思議ハンター・d02828)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    デルタ・フリーゼル(物理の探究者・d05276)
    本田・優太朗(歩む者・d11395)
    天槻・空斗(焔天狼君・d11814)
    火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)
    一恋・知恵(一期万会・d25080)

    ■リプレイ

    ●闇夜から来たる翼
    (「一人歩きをしている、女性を狙うとは卑怯ですね。生み出したヴァンパイアの性格も駄目なんでしょうね」)
     日のすっかり暮れた夜の住宅街で、灼滅者達は道の脇に潜んで女性とタトゥーバットを待つ。火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)は黒幕の人物を想像してみるが、考えるまでもなく碌な相手ではないだろう。
    「別にピンポイントで女の人襲わなくたってさあ……」
     交通標識を握りながら、一恋・知恵(一期万会・d25080)がブツブツと呟く。夜道で女性を襲うなど、これではまるで眷属と言うよりストーカーか変質者のようである。
    (「うーわ、うわ、なんかすっごい脂っぽい何かの気配感じるね……。ねちっこいっつーか、気持ち悪いっつーか、ストーカー……? めっちゃ迷惑だからちゃちゃっとぶっ飛ばすとしようか……」)
     当然タトゥーバットの主とは会ったことはないが、マルティナ・ベルクシュタイン(世界不思議ハンター・d02828)の頭の中ではすでにダメヴァンンパイア像が出来上がっている。そんなダメパイアのダメ眷属はさっさと駆除するに限る。
     灼滅者達が待つこと数分、ヒールがアスファルトを叩く音が聞こえてくる。音のする方を見やると、スーツの女性が道の向こうからやってきていた。
    (「このタトゥーバットを放ったのは朱雀門の関係者か、はたまた他の組織なのか。気になる点は多々あるが、今は目前の命の危機を救う事に専念しよう」)
     タトゥーバットの出現まであとわずか。デルタ・フリーゼル(物理の探究者・d05276)は息を殺し、意識を集中させてその瞬間を待つ。
    「キシャー!」
    「きゃ――」
    「目覚めろ。疾く翔ける狼の牙よ。吼えろ、焔天狼牙」
     そしてとうとうタトゥーバットが飛来し、女性に襲い掛かろうと迫る。しかし白い犬に変身していた天槻・空斗(焔天狼君・d11814)が飛び出し、変身を解除すると同時にカードの封印を解放、両刃の剣を構えて化け蝙蝠の前に立ちはだかった。
    「間に合って良かった……! 助けに来ました、もう大丈夫です」
    「え、あの……」
    「さあ、しっかり捕まってください!」
     本田・優太朗(歩む者・d11395)はESPによってヒーローっぽくスタイリッシュに変身し、女性を優しく抱き上げて駆け出した。こんな時でも、女性への丁寧な扱いは忘れていない。
    「あまり周辺の方に迷惑をかける訳にはいかないので……」
     タトゥーバットと相対し、明がサウンドシャッターで戦闘音を遮断。
    「準備は整った……此処からはオレ達の相手をして貰おうか?」
     女性が離れたのを見届け、神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)も殺界形成を発動。漆黒の帯を躍らせ、翼持つ獣を迎え撃つ。

    ●闇色の獣
     女性に逃げられ、殺害対象を見失ったタトゥーバット達が灼滅者に群がる。
    (「……ヴァンパイア、動き、だした、のですね……。……でも、一体、何が、したい、のでしょうか……」)
     最近様々な勢力のダークネスが蠢いており、神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)もその動きが気になっているところ。何か手がかりを掴めればいいのだが……。
    「……奈落へ、堕ちろ……!」
     だが今は眷属の討伐が先決。腕を鬼のそれに変じさせて踏み込み、力強く叩き込んだ。岩のような拳が宙を舞う蝙蝠を捉え、空高く弾き飛ばす。
    (「んー、眷族倒したらその後ろにいる奴釣れるかね……? しかし、なんかこの吸血蝙蝠変な匂いがするんだが……」)
     できれば黒幕を引きずり出したいところだが、それはさておき、心なしかゴミの匂いが漂ってくる気がする。空斗の剣が展開して炎を噴き出し、ゴミは燃やすに限ると炎熱の刃を斬り下ろした。
    (「何の為だか知らないけど、襲われる方は良い迷惑だな。何を求めているのか分からないが、自分が動かずして思い通りに事が運ぶとは到底思えないけどな」)
     振りかぶった煉の腕が狼のものに変わり、鋭い爪が剥き出しになる。そのまま爪を横薙ぎに振るい、タトゥーバットを切り刻んだ。
    「キキィー!」
     タトゥーバットも羽をはばたかせ、連続で攻撃。羽に描かれた瞳で灼滅者を睨み、そこから魔力を放って幻惑させる。
    「くらくらするなぁー、もう! 大丈夫、知恵がついてる!」
     しかし知恵が交通標識を振り上げ、すかさず回復。標識がなんか雑な感じに変化し、黄色く明滅して異状への態勢を付与する。明もダイダロスベルトを伸ばし、包帯のように包み込んで傷を癒した。
    「この蝙蝠の黒幕って見なくても『こんな奴』っての浮かぶよね……。吸血鬼でそれってダサすぎない……?」
    「!?」
     なんてマルティナが言うと、霊犬の権三郎さんが「酷くね!?」みたいな顔をする。まあ、ヴァンパイアって世間では割とカッコイイ系のイメージ(?)ですし。それはそれとして結界を展開し、権三郎さんも銭の弾丸を連射する。
    「さぁ、この攻撃を受けてみよ、耐えられるかな?」
     デルタは十字架を構え、全砲門を解き放つ。大小の全砲門から次々と光を撃ち出し、無数の光条が迸って蝙蝠の群れを呑み込んだ。光に焼かれた敵の動きが目に見えて鈍る。
    「無力な女性を襲うなんて非道、絶対に許しません!」
     女性を避難させていた優太朗も戻り、仲間達に合流。構えた洋剣に破邪の光を宿らせ、白く輝く剣を振り抜いた。

    ●黒き翼
    「キキィー!」
    「く……」
    「ダメージは頑張って治しますから、攻撃をお願いします」
     バタバタと羽を翻し、一斉に音波を浴びせるタトゥーバット達。運悪く標的となった優太朗が顔をしかめるが、明は再び帯を伸ばしてフォローに回る。
    「……避けられ、ますか……!」
     蒼はウロボロスブレイドを加速させ、斬撃の渦がタトゥーバット達を切り裂く。タトゥーバットの与える状態異状は脅威ではあったが、総合的に見れば所詮眷属でしかなく、対処法を用意してきた灼滅者達は有利に戦いを進めていた。
    「まだまだ、私の本気を見せてやるぞ。」
     デルタは後方から狙いを定め、蝙蝠に向けてガトリングガンを発射。銃身の回転とともに大量の弾丸を吐き出し、蜂の巣になった蝙蝠が落下して闇に消えた。
    「なんかさ、こういうの相手するとき、オタクっぽくハァハァ、くんかくんかーとかやった方がいいのかな……?」
     マルティナの問いに、恥ずかしいからやめてと権三郎さんがブンブンと首を横に振る。その全力ぶりたるや、振り過ぎて首が飛んでいっちゃいそうなくらいだった。マルティナが空に手をかざすとプリズムの十字架がどこからともなく現れ、無数の光線が敵に降り注いだ。
    「さっさと潰させてもらおう」
     タトゥーバットにとっては灼滅者などお呼びではないが、それはこちらも同じこと。煉は耳障りに鳴く蝙蝠目掛けてエアシューズを滑らせ、ローラーに炎を灯してジャンプとともに蹴り上げた。炎に包まれ、また一匹地に落ちる。
    「なんとかなってるみたいだな」
     空斗はタトゥーバットの催眠攻撃を警戒していたが、対策も十分であり、杞憂だったようだ。ならば後は倒すだけ。アスファルトを蹴って跳躍し、星のように流れ落ちて飛び蹴りで蝙蝠を撃ち落とす。
    「……全てを、籠めます……」
    「みんな頑張ってねー」
     蒼がオーラを拳に集め、空中の蝙蝠に肉薄して連撃を見舞う。残った蝙蝠達が羽に描かれた瞳で見つめるが、知恵はダイダロスベルトを伸ばして仲間を覆った。

    ●翼獣の主
     数が減ったタトゥーバットに、灼滅者は攻勢を強めて畳みかける。
    「使い魔とはいえ、命は命。せめて、利用されたことへの弔いはしてあげます」
     優太朗は淡々と告げると、自身の足元から影を伸ばして蝙蝠を呑み込む。空斗は再び剣に炎を宿し、豪快に一閃した
    「きっと、これを放ったのは脂ギッシュな気持ち悪い何かだよ……。うん、そんな気がする……」
     続けてマルティナが接近し、炎を帯びた蹴りを浴びせる。権三郎さんは律儀に「いや言い過ぎだろ!?」みたいな顔をしつつ、タトゥーバットを切り捨てた。
    (「……引っ叩きたい気がしますが、今はタトゥーバットを倒す事で我慢します」)
     眷属の主を引っ叩いてスッパァンッ! と気持ちいい音を響かせたいところだが、今はそれは叶わない。その代わりにと、明は不可視の術で蝙蝠達から熱を奪い取る。
    「へいへい、蝙蝠がバタバタやってんのは川沿いの洞窟ん中だけで十分だよっ!」
     ビハインドの穂麦が宙に浮かんで蝙蝠に近づき、力任せにぶん殴る。さらに知恵が赤の交通標識をフルスイング。直撃したタトゥーバットがベチッと地面に打ちつけられ、グチャッと潰れて消えた。
    「最後の一匹だな」
     煉がバベルブレイカーを構えて飛び込み、漆黒の杭を高速で回転させて至近距離から撃ち貫く。デルタは十字架から赤い光弾を撃ち出し、命中するとオーラの逆十字が広がって精神ごと敵を切り裂いた。
    「……粛清の、炎……」
     そして蒼がエアシューズを駆って接近。距離を縮めながらローラーに炎を宿し、真下から宙返りして蹴り上げ、蝙蝠の化生に引導を渡した。

    「無事な様で何よりだな」
    「は、はい。ありがとうございます」
     無事タトゥーバットを掃討した灼滅者達は、隠れていた女性に事態の収束を告げる。デルタが確かめたが女性には怪我もなく、今回は灼滅者達の完勝といえるだろう。
    「被害がでなくて良かった……」
     女性の無事を改めて確認し、胸を撫で下ろす優太朗。一安心ではあるが、元凶を絶たねば次も何が起きるか分からない。安堵しつつも、早く突き止めないとという焦燥感にも駆られる。
    「んで、眷属の主はどこにいるんかね? これじゃ、あんまり期待はできんだろうがなぁ?」
     女性を見送り、灼滅者達は何か手掛かりがないかと辺りを捜索し始める。しかしタトゥーバットは撃破されると同時に消滅しており、空斗の言う通り残された痕跡は少ない。眷属を放った者が意図しているかは分からないが、倒されれば自動的に消滅するのだから便利な尖兵である。
     眷属を遣わした者は自ずと灼滅者の前に現れるのか、それとも尻尾を掴んで引きずり出すことになるかは分からない。しかし少なくとも相容れないものであろうことを予感しつつ、灼滅者達は帰還した。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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