血染めの夜はあの娘のために

    作者:緋月シン


     古き好き景観を残す、豪奢な西洋屋敷。
     しかしその屋敷は、全ての良さを台無しにしてあまりある、莫大なゴミの山に埋もれていた。
    「ぶほっ、ぶほっ、ぶほっ」
     屋敷の最奥、ゴミ山の中心で、ひとりの太った男が嗤う。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。今こそ君を助けたい助けたい。そして感謝されたい見られたい認識されたい瑠架ちゃんに! 僕を見て! 見て瑠架ちゃん!」
     突然脈絡も無く叫びだしたその男は、口から何か液体のようなものを吐き出した。
     その液体はビチャッと床にへばりついたかと思うと、やがてモゴモゴと蠢き、一体のタトゥーバットへと姿を変えた。
    「派手に暴れてこい! 派手に暴れれば、瑠架ちゃんは僕の事を思い出す! そしたら瑠架ちゃんは僕の事を思い出して心強くなるので、そしたら瑠架ちゃんは心強くなって僕の屋敷に訪ねてくるはず!  思い出して! 子爵である僕の事を思い出して! 瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん!」


    「まったく、困ったヴァンパイアも居たものね……まあもっとも、ダークネスそのものが困った存在だと言ってしまえば、それまでだけれど」
     四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はそう言って溜息を吐いた後で、今回の事件についての説明を始めた。
     どうやら朱雀門・瑠架が動きだしたという話を聞いたヴァンパイアの一人が、瑠架のために援軍を出すことにしたらしいのだが、そのせいで一般人が襲われてしまうのだ。
    「派遣されるのは、ヴァンパイアの眷属であるタトゥーバット。以前にも現れたことがあるから、戦ったことがある人もいるかもしれないわね」
     状況としては、それほど複雑なことはない。仕事帰りの人で溢れているオフィス街にそれらが襲撃に現れるので、そこを撃退するだけだ。
    「タイミングとしては、ちょうど襲撃が始まる直前にあなた達が辿り着くような状況になるわ」
     一般人の避難を行いながらの戦闘になるが、避難を行なう方に人を割けばそれだけ早く避難が終わるものの、当然戦闘を行う者達の負担が大きくなる。
     だが避難を行なう者が少ないと、それだけ長い時間少ない人数で戦闘を行う必要があるため、そこら辺はきちんと考える必要があるだろう。
    「現れるタトゥーバットの数は、合計で四体。眷属だからダークネスよりは弱いけれど、数や状況を考えれば油断していい相手でもないわ」
     しかし逆に言うならば、油断さえしなければ、問題なく倒せる相手である。
     そして人を虐殺しようとする意図で動いているタトゥーバットは、見逃すわけにはいかない。
    「そこに居合わせてしまった人達が無事でいられるかは、あなた達次第よ。まあ、心配する必要もないとは思うけれど」
     そう言って、鏡華は話を締めくくったのであった。


    参加者
    日月・暦(イベントホライズン・d00399)
    川神・椿(鈴なり・d01413)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)
    巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)
    水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)
    奏・澪華(夕霞の幻・d15103)
    神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)

    ■リプレイ


     夜の街を、沢山の人々が行き交っている。その多くは笑みを浮かべているが、同じぐらい多いのは疲れた顔だ。
     だがそれも、仕方の無いことだろう。
     その場所は、オフィス街。必然的にそこを歩くのは仕事帰りの者が多く……何が悲しくて大型連休の真っ最中に仕事をせねばならぬのか、という話である。
     しかし暢気にそんなことを言っていられたのも、その瞬間までであった。
     最初にそれに気付き、声を上げたのは誰だったか。
     それは瞬く間に周囲に広がり、声に従うようにして皆が空を見上げ始める。
     一見するとそれは、ただの蝙蝠のようにも見えた。
     だがすぐに、違うと気付く。それにしては、その身体の文様が妙であるし、何よりもその大きさがおかしい。
     しかし当然のように、その意味に気付くことの出来た者はその場にはいなかった。驚きと興味にざわめきが広がり――瞬間、狙いを定めたそれらが一斉に急降下する。
     突然のその動きに、反応出来たものはいなかった。一瞬のうちにそれらは近くの者の間近へと現れたが、それを捉えられた者すらいない。
     そのままその口を大きく開き――だが唐突に、壁にでもぶつかったかの如く、その場に止まった。
     否、止められたのだ。その場には薄っすらと、霊的因子を強制停止させる結界が展開されている。
     直後にその場に降り立ったのは、一人の青年。
    「ったく、最近何がどうなってんのか……バイトのし過ぎで学校サボりまくってたから情勢についていけてねーな」
     水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)だ。
    「で、このコウモリがなんだって? 何が起こる前兆なのか誰か説明してくれ」
     ぼやきながらも、その蝙蝠――タトゥーバットから視線は外さない。
     事情は理解していなくとも、状況は把握しているのだ。まずは周囲に居る人達を避難させる必要があり、そのためにもこれらを足止めすることも必要である。
     そして恭太朗は、その足止め役の一人だ。
     とはいえ、別に難しいことは必要ない。要は皆が避難をさせている間それらの相手をしていればいいだけであり、それらの意識は既にこちらに向いているのだ。
    「さて、久しぶりの依頼がコウモリ退治なんて地味だけど、鈍った身体動かすのには丁度いいか」
     ――それとついでに言うならば、当然のように足止めをするのは恭太朗一人ではないのである。
     動き出そうとしたそれらの動きが、再度止まった。
     闇夜から浮かび上がるようにして進み出たのは、一人の少女。
    「……朱雀門に連なる吸血鬼。私は断じて、汝らを許容しない」
     神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)だ。
    「すべて叩き潰します」
     恭太朗と同じように結界を展開しながら、静かに、それでいて鋭く敵の姿を見据える。
     と、動きの鈍った敵の一体を、後方から伸びてきた帯が貫いた。
     その場に居たのは、一匹の猫を伴う少女。
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)である。
    (「住人達の誰も犠牲も出さず迷惑なバットを灼滅してやると誓うわ。でもそれで終わりじゃないわよ」)
     思いながら、油断なく周囲に視線を向けていく。その意思に従うように猫――リンフォースが駆け出し、前方に陣取った。
     そして最後にその場に現れたのは、日月・暦(イベントホライズン・d00399)だ。
     四匹の敵を眺め……しかし何処か気だるげに小さく息を吐き出す。
    (「なんか、こう、いまいちやる気が出ないよなあ。いや、一般人には間違っても被害は出しちゃいけないんだけどさ。その相手がストーカー気質の引きニートの眷属とかねえ。誇りも矜持もなさそうな奴から出てきた、意思も知性もない奴にどうこう言ったって無駄だからねえ」)
     だが再度息を吐き出すことで、気を引き締めなおした。
    (「まあ、仕事は仕事だし、やることはやらないとね。さっさと片付けちゃいましょうか。ついでに、この様子が伝わってんなら美学ってもんを見せてやろうかね」)
     既にこの場に居ない者によって、避難は開始されている。多少慌しくはあるが、この場に居た人数が人数だ。それも仕方の無いことだろう。
     しかし確実に避難が進んでいるのは事実であり、葎が殺界形成を使用しているため、後でこの場にやってきてしまう人もいないはずである。
     何にせよ、暦の役割は時間稼ぎだ。とことんいやがらせをして――でも、あれを倒してしまっても構わんのだろう? などと嘯きつつ、口元に笑みを浮かべる。
    「うっしゃあ、派手にいくぜ!!」
     開放された十字架の全砲門から罪を灼く光線が放たれ、その場の敵を薙ぎ払った。


     戦闘が始まった直後に、奏・澪華(夕霞の幻・d15103)は動き出していた。
    「濡羽、皆の事を宜しくね」
     霊犬の濡羽を一つ撫で、頼むと、自身は避難誘導へと赴く。
    「こんな所で騒ぎを起こすなんて困ったちゃんね……」
     呟きながらも、油断は禁物だと改めて気を引き締める。被害が出る前に対処すべく、声を上げ危険を知らせながら、とにかく戦場から離すように誘導していくのであった。
     同じように神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)も避難の為の誘導を続けながら……ふと後方へと視線を向けると、小さく溜息を漏らす。
    (「なんぞ頭の悪そうな馬鹿者が無計画に暴れておるような感じがするのぅ。これが朱雀門の思惑に合致しておるのであればまだしも、そうでない場合は逆効果であろうにな」)
     扇子で口元を隠しつつ、再度溜息。
    (「ともあれ、このような事件で犠牲者を出すのも腹立たしいゆえ、必ずや阻止してくれようぞ」)
     しかしすぐに視線を戻すと、気分を切り替える。
    「ここは危険ゆえ、慌てず騒がず、速やかに避難するのじゃ!」
     声を上げながら、それでも優雅さは忘れずに避難を促していくのであった。
    (「迷惑なヴァンパイア、ヴァンパイアはまともではないにせよ誇り高い者たちだと思っていたから意外だね。朱雀門も良く放置する気になったものだね……」)
     そんなことを考えながら、巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)もまた避難誘導を続けていた。
     時折後ろを振り返っているのは、敵がこちらを襲ってきた場合、自身を盾にしてでもこの場に居る人達を守れるようにだ。今のところ戦闘班が頑張ってくれているおかげでそういうことはないようだが、最後の一人を誘導し終えるまで気を抜くことは出来ない。
     後ろを振り返り、問題がないことを確認した後で、再び声を張り上げた。
     割り込みヴォイスを使って避難を続けながら、川神・椿(鈴なり・d01413)は、ふと周囲を見回した。場所か、時間か……おそらくはその両方が理由だろうが、この場には特に子供の姿はないようだ。
     一応その際の想定もしてきたのだが、いないならいないで問題はない。事前に頭に入れてきた、付近の建物配置や道路状況からの予想通りに、スムーズに避難を行なっていく。
     その傍らに本来ならば居るべき黒法師の姿は、この場にはない。戦闘班の盾役として向かわせているのだ。
     合流するまでに倒してしまっても構いませんよ、などと伝えてはおいたが……さて、それが叶うのが先か、それとも避難が終わるのが先か。
     ともあれ、犠牲者ゼロを目指している以上は、一瞬足りとも気を抜く暇はない。
     それでも、その顔にはいつも通りに微笑を絶やさず、避難を続けるのであった。


     灼滅者が四人に、サーヴァントが三。敵は四体であることを考えれば、数の上ではほぼ倍の形だ。
     しかし当然ながら、それは油断できる理由になりはしない。むしろ戦力で考えれば、相手の方が上なのである。
     油断なく相手の超音波より引き起こされた魔法現象をかわすと、暦は帯を全方位へと展開させた。
    「まあ、こういう時間稼ぎくらいしか得意なもんはないからね。きっちり仕事させてもらうよ」
     放ち、敵を纏めて捕縛するが、当然の如く即座に抜け出されてしまう。
     だがそれで問題はなかった。一瞬だけ隙を作り出せれば、それで十分なのだ。
     その瞬間を違わず貫いたのは、一発の弾丸。相手に制約を課すそれは、葎より放たれたものである。
     しかし直後に動いたのは、相手の射線を塞ぐためであった。
     あくまでも今は、敵を倒すのよりも、妨害をするのが先なのである。一般人の被害は出さないために、それを念頭に意識しながら動いていく。
     勿論それは仲間間における共通認識であり……だが同時に、倒すつもりがないわけでもない。
    「足止めだけで終わるとは思わない事ね!」
     叫び、明日等より放たれたのは冷気のつららだ。それらが周囲へと向かわないよう油断せず警戒しながら、それでも、避難班と合流する前に灼滅しても問題ないわよねと、強気に撃ち出す。
     それは一直線に敵へと向かい……しかしその直前で、それは真横へと滑空した。ギリギリのところで、その真横を――通り過ぎようとしたところで、一閃。
     軽快な動きで先回りしていた、リンフォースだ。繰り出された肉球は軽くなく、しかもその衝撃によって動きかけていたところを強引に引き戻される。
     眼前には、既に回避不可能なほどに迫った氷の塊。
     直撃した。
     即座にお返しとばかりに、他の敵より引き起こされた魔法現象が放たれたが、黒法師がその前に立ち塞がり遮ることで守り、すぐさまその傷を濡羽が癒す。
     直後、それらの動きが僅かに鈍ったのは、その体温を急激に奪われたからだ。恭太朗の放った魔法により、突如その肉体が凍り付き――。
    「無差別攻撃とはろくでもない行動をとるものじゃ。しかし、如何な思惑があろうとも易々とやらせはせぬ!」
     続けて叩き込まれたのは、足元に撃ち込んだ杭より発生した、振動波。
     美沙である。
     どうやら避難の方は、無事終わったらしい。
    「回復は私に任せて頂戴。清き風よ、皆を癒して」
     澪華が招いた風が皆の傷を癒し、ほぼ同時に響き渡った詩乃の歌声が、さらに癒す。
    (「朱雀門の事情など知ったことではありませんが瑠架というとむやみに一般人を襲う輩は嫌うような性質ではなかったでしょうか」)
     心の中で呟きながら、椿が出現させたのは赤きオーラの逆十字。
    (「何にせよ露も残さず滅しましょういずれ主の方も」)
     放たれたそれは、狙い違わずに敵を切り裂いた。


     元より、不利な状況であっても、時間を稼ぐことは出来ていたのだ。
     ならば、人数が揃いさえすれば、有利な状況で戦えるのは当然のことでしかなかった。
     攻撃を一体へと集中することで、確実に一体ずつ倒していく。
     そうして、それを三度ほど繰り返せば――。
    「さあ、詰めの作業だ。最後まで油断するなよ?」
     言葉と共に、暦が放ったのは帯。今までの攻防で精度を増しているそれは、狙い通りの場所を貫き、直後にそれは地面へと叩きつけられる。
     上空から振り下ろされたのは、異形巨大化した豪腕。
     葎だ。
     直後、寝ているのは許さぬとばかりにリンフォースが魔法でその身をかち上げ、そこに飛び込んでいたのは明日等。
     その手の槍で以って捻りを加えながら穿ち、貫き、逆側から恭太朗が踏み込んだ。
     殴ると同時、網状の霊力で縛ると、その姿をマジマジと眺めた後で吐き捨てる。
    「どんなやつの眷属だよ、コウモリの親玉だし陰気くせー奴なんだろな」
    「吸血鬼といえば今少しスマートなイメージがあるのじゃがな。所詮はイメージということか」
     応えるように呟きながら、異形巨大化した腕で美沙が殴り飛ばした。
     一方的にやられながら、それでもただでやられぬとはばかりに、その紋様が怪しく光る。
     だが直前にその前に躍り出たのは、黒い修験僧。蓄え続けられた衝撃に、その身がよろめき――寸前で、耐える。
     その姿に椿が微笑を向けながらもリングスラッシャーを放ち、黒法師が霊障波を放つと同時に、敵の身体を斬り裂いた。
     その身が僅かに後ろに下がったのは、或いは逃走という思考が過ぎったためなのだろうか。
     しかし何にせよ変わりはない。
     その方向より現れた詩乃が、踊りながら攻撃を叩き付け、飛ばされた先にいるのは、澪華。
    「行くわよ濡羽!」
     一人と一匹が地を蹴ったのは、ほぼ同時。先に辿り着いた濡羽の斬魔刀が煌き、最後の一瞬を作り出す。
     刹那の間を置き繰り出されたのは、炎を纏った足。振り抜かれたそれは、轟音を響かせ――それが、戦闘終了を告げる合図となったのであった。

     戦闘が終わったそこには、奇妙なほどの静けさが漂っていた。
     もっともそう思うのは、そこを沢山の人が行き交っていた光景を見てから、それほど時間が経っていないからかもしれないが。
     ただ何にせよ、その人達が怪我の一つも負う事はなく、無事に済ませることが出来たのは確かである。
     だが同時に、こんな光景が作られてしまったのもまた、事実だ。
     しかもこの結果は、マシなそれなのである。
     もしも何もしなかったら、出来なかったらと考えれば――。
    「この騒ぎを起こした張本人は灼滅するまで忘れないわ」
     その決意を口にする明日等に、美沙も頷く。
    「うむ、そうじゃの。これだけの騒ぎを起こした相手には相応の報いをくれてやろう。いつか必ずの」
     そんな二人の言葉を聞くともなしに聞きながら、詩乃は周囲を見回していた。
     タトゥーバットの痕跡を何かしら読み解けないかと思っての行動である。
     どの方角から飛んできたのか。何か目立つ傷跡がついていないか。
     そんなことを考えながら、人の居なくなったオフィス街で、その痕跡を探し始めるのであった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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