女王蜂志願

    作者:一縷野望

     雄の蜂は働き蜂にすらなれやしない。
     ただ次世代の女王を産むための肥やしでしかないのだ――。

     日本舞踊の名家として名高い朝比奈家、仁史(ヒトシ)はそこの長男として産まれた。
     しかし彼は日舞から遠ざけられて勉学へと追い立てられて育つ。何故なら朝比奈家は女流の家系。
     だからその1年後に産まれた妹の華菜(ハナ)が正当な跡継ぎ、つまりは次期女王。
     周囲の女は働き蜂のように華菜に仕え、華菜も幼き頃から風格ある舞いでもってそれらに応えた。
     一方の仁史は、大学まで出たらどこぞの金持ちへ婿にやられる所まで確定済み。そうして朝比奈家は権力を蓄えてきた。彼含め歴代の朝比奈家男子に自由意志は認められない。

     ――そんなある日、次期女王蜂の華菜が、死んだ。交通事故だった。

     茫然自失の現女王蜂である母、右往左往の弟子や小間使いの働き蜂な女達。青天の霹靂にワッと沸く朝比奈家の中、それでも仁史に対する石ころのような扱いは変わらなかった。
     ――ただ仁史は、変わった。
     妖艶とも言える匂い立つような色香を身につけて、華菜の衣装を崩し纏い朝比奈家の中心へと至った。
     働き蜂を傅かせ、現女王の母を離れに追いやって、淫魔に堕ちた仁史は狂乱の中朝比奈家という巣の『女王蜂』として君臨する。
     

    「確かに彼はこっそりと日舞を学んでいたけれど、目指したモノはこれじゃない」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は哀しげに首を横に揺らす。
     日舞の名家に産まれた青年が、妹の死をきっかけに淫魔へと闇堕ちしかけている。
     彼は妹の立ち位置に納まり、妹そっくりに化粧して家の女性達を傅かせている。家の中心『女王蜂』として。
    「仁史さんね、まだ抗う気持ちがあるみたいなんだ」
     彼は家からはないがしろにされていた。が、遙か昔に家を出た実父の元に密かに通い「男子の日本舞踊」の稽古をつけてもらっていた。
     表舞台を踏んだことはないけれど、日舞へかける情熱は一塩だった――それが堕ちきらず彼を留める最後の箍。
    「どうか、仁史さんに呼びかけて闇堕ちから救い出してあげて。でももし無理なら、わかってると思うけど……」
     灼滅、と標は小さく唇を動かす。
     
    「接触については――取材で朝比奈家を訪れたとか、死亡した華菜さんのファンでお線香あげたいとか言えば難なく入れるよ」
     華菜を崇拝する女性全てを自分の支配下に置きたいと『女王蜂』は望んでいるから。
    「男性は女性の付き添い……そうだね、恋人を名乗れば略奪を見せつけたい『女王蜂』のこと、喜んで同席させるさ。あと女装して行くのも手だね」
     仁史が『女王蜂』を名乗り女装しているからか忌避感はないに等しい。
    「仁史の前でどう振る舞うかは皆に託すコトになるよ」
     特筆すべき状況としては、5名の一般人が仁史の世話として部屋にいるという点だ。
    「こちらにとっては幸いというべきかな、あくまで『小間使い』だから抱き寄せたりはしてないよ」
     そしてただの一般人なので、ESP使用で戦場から払うのは容易い。
     が、
     ESPを使用する事即ち戦闘開始。事前に言葉を尽くさずに戦いを始めてしまったら、仁史の心を救うのは絶望的である。その場合は灼滅へ舵を切らざるを得ない。
    「『小間使い』は堕ちる前の仁史さんを無視していた。でもだからと言って仁史さんは彼女達が死んでしまえばいいとか、そんな事は考えていないよ」
     やはり小間使いが傷つけば仁史の心は壊れ完全にダークネスに乗っ取られる。そして小賢しい淫魔『女王蜂』は戦闘になればそれに気がつく筈だ。
     つまり仁史を救うならば、人払いをかけるタイミングと一般人を無事逃がす工夫が肝要と言えるだろう。
    「……できれば救ってあげて欲しいけど、皆に判断は任せるね」
     彼の周りの心身を穢す潰滅的な被害が出る前に、闇の歓楽を止めねばならない。それだけは確かなのだ。


    参加者
    九湖・奏(たぬたん戦士・d00804)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    アビゲイル・ダヴェンポート(スカイクリスタルラーヴァ・d23703)
    照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)

    ■リプレイ


     質実剛健と絢爛豪華――相反するような二つを難なく内包する日本家屋、それが朝比奈家が日本舞踊の中に築き上げた地位だ。
     今内部で張り巡らされている『巣』は、そのため踏みにじられた諦念の断末魔だろうと、唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)は履き物を揃え思う。
    「大きなお家ですね」
    「き、緊張するなぁ」
     釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)と九湖・奏(たぬたん戦士・d00804)の頬を染めるのは本心からの照れ。精一杯恋人の振りをする二人に注ぐ刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)の眼差しはどこまでも優しい。
    「此方で御座います」
     跪く和装の小間使いが襖を開けた先より、蜂蜜のように濃厚な黄金が溢れる錯覚に一同は見舞われる。
    『まぁまぁ、こんなに可愛らしい子が沢山』
     太陽注ぐ障子を背に上座にて灼滅者を出迎えたのは、豪奢な朱の縮緬を肩掛けに妖艶な化粧を施した『男』だった。
     針が指すような親近感を抱くものの喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)は理解を拒み無意識下へ沈める。ただ、仁史を偽りの『女王蜂』から解放すると、強く強く誓って。
    『今日は妹の為に来て下さったとか、嬉しい限り』
     仁史の殻を被ったダークネス『女王蜂』は、豪華なひな壇飾りの仏壇へと一行を誘導する。
    「……ッ」
     そんな安寧な中、不意打ちで手を取られたアビゲイル・ダヴェンポート(スカイクリスタルラーヴァ・d23703)は、瞳をぱちり。
    『こんな小さい子まで日本舞踊を好んでくれるなんて』
    「たまたま、写真で見て、それから好きになったの」
     噎せ返るような闇の奥、アビゲイルは仁史の残滓を捉えようと目を凝らす。
     仏壇には、白黒肖像の他にも日舞に興じる華菜の写真が方々に散らし置かれていた。それらは照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)と蓮爾が調べ目にした資料と相違ない。
    『残念だけれど、皆さんが愛したあの子はもう動かないわ……ふふ』
     憎しみだけじゃない。
     愛情だけでもない。
     箱根細工のようにそれらが複雑に作用し合って仁史という人格を作り上げていて、今は全て熟知する『女王蜂』の手で組み替えられているのだ。
     そう。
     光と闇は相反するものではない。
     闇は光が無いだけ。
     光は闇が無いだけ。
     ……舞台照明めいた陽で輝く闇へ、リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)は冷たい暖色の瞳を、向けた。


     リーリャが打てばまろみあるりんの音。受け取る少女は極楽浄土、既に身に満ちた泥とは遠かろう、されど兄は執拗にその姿見を取る、泥に突き動かされて――。
     煌びやかな舞い踏む娘の写真を見上げれば傍らの口の開け方すら似せる男が重なり、自然零れる波琉那の溜息。
    『仲がよろしいのね』
     仏前で合わせた手を解きまた指をつなぎ合う恋人達、それがいたく女王蜂を刺激した模様。
    「は、はい。つきあいだしたばか……」
     髪を一房、艶ある唇寄せられ声が詰まる。不意打ちに震えるまりの傍焦るだけの奏を愉しむ妖し。
     その雰囲気に乗るように、込み入り話と唇にのせて瑞葉は小間使いの退去を願い出る。
    「大切なお話が、あたしたちにはあるの」
    「掬いたく」
     真っ直ぐなアビゲイルと深々と頭を下げる蓮爾も左右より、後押すように皆も頷いた。
    「よろしければこれを皆で」
     ダメ押しするように晶は風呂敷を解き茶菓子を差し出す。
    『あら、おいしそう。あなた達、此方のお菓子に恥じぬ茶を用意してね』
     全ての小間使いを部屋から出し円陣中央にて正座する女王蜂。一方で足の収まり探すアビゲイルへ柔和な笑みをかけるのも忘れない。
    「嘗ての華菜さんを見ているよう……いいえ、貴方はもっと美しい」
     できれば小間使いの戻る前に――そんな焦りは巧みに隠し蓮爾ゆるりと口火を切った。
    「何故妹さんの服を着ているのかな?」
    「妹さんが好きだったから……憧れていたから、ですか……?」
    『妹が好き、かぁ……優しい彼女さんねぇ』
     首を床に押しつけられたように苦しげな声音、斯様に彼の闇は深く昏い。一方で恋人達の手を引きはがす手つきは花を摘むようなさりげなさ。
    「そんなにそっくりに成れるなんて凄いね」
     にぃ。
     瑞葉の声に口元の弧が更に撓る、もっと褒めそやせと鷹揚に。
    「混乱を貴方が華菜さんの代わりになることで治めてるのかな」
     探るような瑞葉へ下駄がぽっくり鳴るよな典雅な笑みが返った。
    『そうね、働き蜂は女王がいないと困るから』
    「事実上」
     切り立つ崖のように伸ばした背筋のまま、リーリャは女王蜂を見もせずに言い切る。
    「朝比奈家の伝統はもう終わりですね」
    『――』
    「現状は只、延命されているに過ぎない」
    『……女王』
     ぽとり。
     死者が虫を履くように震える唇から滴り落ちるは悔しさ。
    『女王蜂が死んでしまった巣は、滅びるのみ……』
     だから、と顔をあげた女王蜂にはぬぐい去ったように愁いなどなく、
    『だから私が好きにするの、うふふ』
     一連の会話に耳をそばだてる波琉那は膝の上で拳を握りしめる。その頬は仁史への不満で飴玉を含むように膨らんでいた。
    (「仁史君は仁史君は……」)
     むぅ。
     まだ言葉が纏まらなくて。けれど女王蜂を気取るダークネスの姿は、波琉那にとって酷く不快なのには違いない。
    「妹が居なくなってほっとした?」
     不意に、
     指さし入れ引き裂くような晶の言葉に彼の瞳がありありと開かれる。


     ……ゆらぎ。
     きつく閉じた戸の向こう罪悪に歪む瞳、晶はあたためるように白い掌を包み取った。安堵を感じたこと、決して悪くはないのだと伝えるように。
    「別に、家に悲しみと諦めを、華菜さんへ憧憬と強い嫉妬を抱いてもいいとは思うけど」
     辛うじて少女の形を取りながら常に嫉妬に身を窶すアビゲイルは、藍の瞳でじぃと見る。
    「それだけのことを、この家はしたもの」
    「例え妹さんの死を喜ぶ心があったとしても、それを否定し責める心もあったんだろ?」
     引きはがされてなお再び繋がるように彼女の手を取る奏。例え芝居でもそう示すべきと踏んだから。
    「貴方にとって良し悪しは別に妹さんはそれだけ大きい存在だったんだね」
     女王蜂ではなく仁史の心をなぞるように、瑞葉は受容の姿勢を崩さない。
     嫉妬と憧憬で炙られ溺れている彼が一番辛いと、灼滅者達は皆わかっている。
    「人は矛盾する二つの心を抱えることがあるから……」
     正と負が鬩ぎ合う中でそれを踏み越えて、人は『誰か』に成っていく。
     けれど今は道から外れ、何者にも成れぬ果てに落ちぶれているのだと、奏の声は危惧からややはやくなった。
    「だからさ、自分に絶望しなくて良いんだ」
    『――くッ』
     そんな奏の声に競り負けるように逸れた瞳、俯いた先には晶の琥珀。
    「今のままでは、日舞をただ舞う事も出来なくなるよ」
     闇に引き摺られ逝けば全てを亡くすと言外に、だが厳しさは極力落とし説く晶。
    「この場にあなたを責めに来た者は1人もいない。そう……」
    「為りたかったのは『妹君の写し』ですか」
     同じ問いであるが故に蓮爾に託し晶は唇を引き結ぶ。
    「まるで人形のよう」
     深き諦念へ寄り添い瞳を伏せる。
    『華菜の代わりの二級品なんて言わせない!』
     弾けるように立ち上がり赤絹ふわり芝居がかった所作で女王蜂は喚く。
    『私はこの巣の女王蜂! 朝比奈家の女王として私が踊るわ、それで巣は存続するのよ』
     先程と言っている事が違う――視線を交わし思考に身を浸す灼滅者達。
     壊れた巣を玩具にただ遊ぶだけのダークネス女王蜂。
     巣の存続を望み妹になろうとする仁史。
    「荒れるような感情はわかるのよ。でもね、それで、あなたの大切なニチブを傷つけて、いいの?」
     にじり寄るアビゲイルの隣から畳の啼き声、波琉那が立ち上がった印だ。
    「家の流儀とか小難しいことに拘って妹の姿を映した今の恰好なんて滑稽極まりないよ!」
     仁王立ちで睨みつければ予想よりずっと小心者の吃驚が返り、
    「『男子の日本舞踊』を学ぼうとする気持ちが有ったなら……もっと自分を信じてほしいな……」
    「貴方の味方は、家の中ではなく、外にいるんじゃないの?」
     波琉那の語尾も小さく縮み、それを支えるように入れ替わりアビゲイルの声が凛と響いた。
    「仁史さん」
     まりはきっかりとした声に唇を割る。
    「凄く綺麗です。でも……そのお化粧、余り似合いません」
     思い出して欲しい――影に置かれながらも日本舞踊を愛し学んだ『男性』朝比奈仁史を。
    「望む舞台は其の姿での舞ですか?」
    『私は、朝比奈家女王。女王は女王としての舞いがあるわ。私のこの姿は女王として――』
     蓮爾の問いが的を射ているからこそ、激しさだけの反駁しか示せない。
    「御父上から教わった舞を、諦めておしまいですか」
     静かなる蓮爾の声に仁史が掲げる弱々しい理屈が音をたてて崩壊する。

    『――私から日舞を取り上げないでッ!!』

     それは何度叫ぼうとして堰き止められた哀しい願いだったのか。
     この場の誰1人としてその願いを取り上げようとする者などいない、それに気付けぬは憐れなる闇の迷い子。
    『父上に学んだ舞いは女王の舞いではないから……ダメなのダメなの……』
     ――ダメなのよ。
     彼を縛り闇に引き摺る女王蜂。蓮爾は引き戻すようにそっと肩を抱き優しく叩く。
    「……あなたは」
     一連のやりとりを俯瞰視点から見ていたリーリャは舞台へ昇る。
     自身を如何様にも急き立てていくのも、自身の言葉。そこに闇も光もないのだろう。
     リーリャは進み出ると『ダメ』を繰り返す仁史の唇へ、立てた人差し指をあてがう。
    「あなたは自分の言葉に最も説得、納得されます」
     老齢女性がだだっ子を宥めるように、幼い体のリーリャは首を傾げ微笑する。
    「何か決心をするときでも、何かを諦めるときでも、自分の言葉に説得され一番納得してしまいます」
     例えば今は『男である自分の舞いはダメだ』と、呪いにかけるように繰り返し繰り返し紡ぐ『自分の言葉』
     人差し指を離すと今度は自分の元にあてがいリーリャは「しー」と空気を啼かせて片目を閉じた。
    「でもまあ、それも今日までですが。選択して下さい明日の自分を」
    「死んだ妹の代役じゃなく、貴方自身の日舞のために本当の朝比奈仁史に戻ってほしい」
     自分を生かした長兄と、自分の命が消えたと信じる双子の兄と――2人を浮かべ、自業自得の未だ購えぬ罪に胸を灼かれながらも瑞葉は真っ直ぐそう告げた。
    「ねえ、仁史さん」
     まりは化粧ポーチを手に可憐な笑みで、ボロボロに化粧を崩した仁史を覗き込んだ。
    「誰かの真似よりあなた自身の魅力を惹き出せばもっと綺麗になる筈。お色直し、して皆を驚かせましょう!」
     込み入った話に入れぬ小間使い達へ頭を下げて、まりはリムーバーを含ませたコットンを手に取る。更に退出を促すように奏が茶と茶菓子を引き取れば、彼女らも場違い悟り身を引いた。
    「私は本当のあなたの方が、好き」
     素顔を手鏡で映しまりは勇気づけるように破顔する。
    「舞台を踏みたいだけなら『朝比奈家』にこだわる必要も無い」
     まりの笑みと晶の台詞に釣られて唇の端をもちあげれば、そこには驚く程素朴な男が、いた。
    「その朝比奈家だけど……今が転機だと思う」
     晶と茶を配り終えた瑞葉は、上品な白粉使いで男の妖艶さを身に纏っていく仁史へ言葉を連ねていく。そう、落ち着いた今なら届くだろうから。
    「朝比奈家は男の貴方がそこにいる。貴方が本当にやりたかった日舞が出来るようになるかもしれない」
    「そうだよ」
     かっこいいねえと、まず素直な賞賛を口にした波琉那は、赤の目張り凛々しき仁史の手をぐっと握りしめる。
    「非難する奴らにはグウの音も言わせないような君らしく高めた舞を恐れず見せつけてやればイイんだよ!」
    「僕らしい……舞い?」
     鏡の奥背筋を伸ばし見据えてくる自分へ恥じぬように――そう想った刹那、鏡像が歪み周囲を破滅させるような歌声が、響く。
     ――それはダークネスの、最後の抵抗である。


     これは謂わばお祓いの儀式のようなモノ。
    「気合い、注入!!」
     波琉那の翻したビンタを皮切りに短い戦闘は幕を開ける。赤毛の少女から広がる殺意は、控えへ下がる家の者が紛れ込む余地も完全に消し去った。
    「響!」
     転がり飛ぶ霊犬の刃で出鼻を挫き、奏は音封じの結界でこの場を日常から切り離す。
    「なあ、俺、仁史の日舞を見せて欲しい」
     後頭部に食い込んだ朱の標識の元浮かぶ笑顔に奏も同じ純度の笑みを返す。
    (「あたしだけが、人造灼滅者なのよ」)
     彼が灼滅者として産声をあげる刹那、オーラを放つ蜜柑色龍の身は嫉妬の炎で炙られている。異形少女の嫉妬に瞳眇め、晶は自分に良く似た仮面でアビゲイルを庇わせる。
    「堂々と舞えぬのは確かに辛い」
     諦めた夢浮かべ喉振るわせる。晶が立つのは煌びやかな舞台ではなく、血生臭い戦場だ。
    「枷は払います」
     伝統芸能の戒め、どう在るべきか答えは出ない、けれど。
     蓮爾の蒼に合わせゐづみの朱が翻り、女王蜂の喉元を裂いた。合わせて足元なめるは牡丹の焔、この痛みを超えた先彼の晴れ舞台があるのだと信じまりは力を注ぎ込む。
    『あッあぁっ……ふふ、仁史、なにを夢見てるの?』
    「男と女、人としてみたら1つのもの、機能の違いがあるだけ」
     リーリャの小作りな指で捕まれた口はなおも歪みの悪あがき。
    『朝比奈家にとって男のあなたは無価値なのに』
    「さて……高いと低いの基準値はどこにある」
     見下していた筈の紅に睥睨される妙、投げ捨てられたからと悟ったダークネスは背中が炙られる痛みに無様な悲鳴を漏らした。
    「返してもらうよ、女王蜂」
     三日月に蹴り上げた踵を戻すようにもう一蹴り。
    「仁史さんの努力と日舞、このまま潰させはしない」
     瑞葉は言い終わると同時に足元で闇が動きを止めるのを、感じた。

     ――目覚めた仁史を待っていたのは、灼滅者達からの数々の気遣いの言葉だった。
    「おかえりなさい」
     また貴方の日舞が見れるのが嬉しいと瑞葉。闇と向き合った彼の舞いを見れば、自分も迷いから一歩抜け出せる気がして。
    「蟠りは消えたご様子で、なによりです」
    「これからも1人で抱え込まないで、ゆっくりでイイから」
     蓮爾と波琉那に頷く仁史。
    「妹さんへもう一度、いいかな」
    「ありがとう。手向けてやってくれ」
     憑き物が落ちたような兄の顔に、奏は胸撫で下ろし仏壇へ参る。
    「父君の伝手を辿ることもできるだろう」
     これからをつかむ手を撫でる晶にまりも頷く。
    「ここ以外にもあなたを愛し尊重する人は、沢山いますよ」
     急速に開け、故に突きつけられた選択が眩しくて目を伏せかける仁史へ、リーリャは明確に口元を緩めてもう一度あの言葉を口にした。
    「さぁ、選択してください」
     どちらにしても、とアビゲイルは髪を揺らす。
    「女王蜂は……新しい巣を、作るものよ」
     ――何処に在ろうが朝比奈仁史は朝比奈仁史であり、彼は彼だけが作れる巣を紡ぐのだ。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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