
●『また、追いかけっこをしましょう』
ある老人が、郊外の雑木林を歩いていた。
町の雑踏から遠く離れ、鳥と風の音しかない。しかし老人はしっかりとした足取りで、最低限に整った土の道を進んでいく。
手には『御招待状』なる封筒が握られている。
中には手書きの地図。そして彼の娘夫婦と孫の写真が添えられ、写真の裏には『ご家族がお待ちです』と書かれていた。
老人は何年も前に娘と喧嘩別れをしていた。理由は娘の再婚だ。妻に先立たれ孤独を感じていた彼にとって、これは大きな転機だと思えたのだ。
地図が示していたのは見知らぬ美術館だった。
「いらっしゃい。お一人かしら」
美しくも白いキセルをくわえた女が、首を傾げて出迎える。
キセルが白なら髪も白。肌も白く透き通り、人間味をまるで感じさせない女だったが、この際どうでもいい。
老人はぶっきらぼうに応えると、美術館の中へと招かれた。
なんでも料金はとらないという。気を利かせられたのだろうか。
だが老人にとって美術館などなんの価値もないがらくた置き場だ。展示を足早に通り過ぎよう……として、思わず立ち止まった。
否。
足が硬直したように、動かなくなったのだ。
少女の蝋人形だ。
少女の蝋人形がある。
紙風船をふくらませて遊ぶ、微笑ましい姿の少女がある。
「あ、ああ……あああ……」
足を引きずるように、歩いて行くと、ウェディングドレスを着て微笑む女の蝋人形があった。
老人は崩れるように膝をつき、血がまじるほどの涙を流した。
「それが」
いつのまにか背後にいた例の女が、耳に吐息がかかるほどの距離で言った。
「あなたの娘だと、わかる?」
●
「デモノイドロードは、悪を具現化したような存在です」
五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)はそのように、かのものを説明した。
「デモノイド寄生体に善の心で打ち勝った人がデモノイドヒューマンなるように、悪の心が上回った人が往々にしてデモノイドロードとなります。今回はそんなデモノイドロードの事件に介入して、被害者を救出して下さい」
ある郊外の美術館。個人宅を改装したような建物で、中身は蝋人形館の様相を呈している。
デモノイドロードはこの美術館を経営するふりをして一般人を招き入れ、被害者を増やしていくという悪行を重ねている。
ここへ介入するのは老人が美術館に入った後、冒頭の状態直後からとなる。
「デモノイドロードはデモノイドの上位種というだけあって、とても強力です。おじいさんの救出を目的とするなら、灼滅までは狙うべきではないでしょう」
そこまで話してから、姫子は資料を机に置いた。
「後は頼みます。おじいさんを、助けてあげてください」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745) |
![]() 香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830) |
![]() 芥生・優生(探シ人来タラズ・d30127) |
![]() 蔵座・国臣(病院育ち・d31009) |
![]() 富士川・見桜(響き渡る声・d31550) |
セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668) |
![]() ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784) |
百武・大(あの日のオレ達・d35306) |
●汝は善良のマシン。思慮は罪と知るべし。さあ――。
死蝋人形館事件終了後。
老人は砕けた蝋人形を前に膝を突いていた。
「こんな。こんなことになるくらいなら、死んだ方がましだった」
破壊しつくされ、荒れ果てた人形館の中で、老人は銀のナイフを視界の隅におさめた。
そして。
●おいかけっこ
時系列は大きく遡り、事件前。現地へ急ぐ列車の中。
龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)は確信めいた予感と共に、既に臨戦態勢に入っていた。
「後手を踏んだ、かもしれませんね」
貝のように身体を観音開きにしてコロコロと笑う奇怪な女を、記憶の中からよみがえらせる。まるで人間の有様ではないが、あれが本質だ。人間の形をしたバケモノ。人の皮を被った悪の化身。デモノイドロード。
芥生・優生(探シ人来タラズ・d30127)は厳しい顔で手元の一点だけを見つめている。
「もし『あれ』だとして、先手をとれていたら誰かが犠牲になるまえに介入できた。そういうことなんだな?」
「どうでしょうね」
「いや、まだ犠牲が出たとは確定してない。していないと思いたい……だけだが」
深い息を吐く蔵座・国臣(病院育ち・d31009)。
「どのみち、私たちにできることは限られている。今から死ぬだろう人を死なせない。……それだけでも充分人の手を超えているんだ。後はそれこそ、人が自分でやることだ」
「うーん……」
頭をかりかりとかく富士川・見桜(響き渡る声・d31550)。
「私は、誰かを助けたいよ。戦わずに済むならずっといいと思う。けど今はそうじゃないんだよね。守るために戦わなくちゃ」
「だな、それが大前提だ。怒りや絶望に踊らされちゃいけねーよ」
瞑目して自分にも言い聞かせる百武・大(あの日のオレ達・d35306)。
同じように瞑目していたウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)が、薄目を開いた。
「胸くそ悪い。これでじいさんまで殺されたらたまんないわよ」
「確かに悪趣味ね。けど、今は目の前のことに集中しましょうか」
色々なものを振り払った様子で、セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)が呟く。
「オレは」
目的の駅につく。香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)は立ち上がり、車窓の外を見た。
「オレはあいつを絶対に許さない」
●君に咲くロータス
「それが」
人形館にて。老人の背後に立った女が、唇を耳に寄せた。
「あなたの娘だと、わかる?」
驚愕によって固まる老人。女は大きく、顎が裂けるほどに口を開いた。人間の頭が入るほどの大きさに開くと、内側から十二個の眼球が開き、血走った目をぎょろつかせる。
かくして老人が首から上だけをもぎ取られる――直前。
すぐ後ろの窓が破壊された。
「お前……!」
砕けて舞い散るガラス片。混じって飛ぶ翔。
翔は手の中でカードを握りつぶし、粒子に変えて自らを包み込んだ。
「『蒼の力、我に宿り敵を砕け』!」
水晶を凝縮させたような剣を生み出すと、女へと斬りつける。
切れ味たるや凄まじく、女は首から上が斬れて飛び、部屋の隅に置かれた観葉植物の鉢へと転がり落ちた。
翔は斬撃の勢いが余ってぐるりと回転したが、両足を床にこすらせてブレーキをかける。
「ほら、おじいさんに集中してもらって構わないぜ。その間にお前を消してやれるから」
――直後、首の無い女の身体が胸の部分から裂けて開き、巨大な肉食獣の顎が如く翔へと食らいついた。あばら骨が牙のように突き刺さり、翔の肩を食いちぎらんとする。
いや、正確に述べよう。食いちぎられた。肩の付け根から先が喪失した。
腕がカマキリの腕のごとく異常に展開し、肘骨が鎌となって襲いかかる。が、途中で飛び込んだセティエと霊犬によって弾かれた。
セティエは腕を蹴りつけ、霊犬が刃が食い込むのを覚悟で鎌部分に噛みついたのだ。
無理矢理にでも翔から引きはがし、その場に押し倒す。
身体のバランスが崩れてよろめいた翔だが、それを大が受け止めた。
「くっそ、趣味わりーババアだぜ。古傷えぐることしやがって!」
オーラを集中させて翔の腕を緊急修復する大。
女の首と身体の両方をにらみ付けた。
「テメーはじーちゃんの心を殺そうとした。これ以上はやらせねーよ!」
「『なにを』」
醜く濁ったような、しかし不思議と蠱惑的な声で女は言った。
「なにをやらせないのかしら。そのかわいそうなおじいさんをウエディングケーキにすることかしら。それとも娘と仲良く並べてあげることかしら」
ぶわり、と辺り一面を黒い煙が覆った。よく見れば身体が青い炎によって焼け、溶けるように空間に広がっていく。
周囲からわき上がる小さな人影。
それらはみな幼い子供のようで、少女のようで、よく見れば老人の孫によく似ていた。
似ていないところがあるとすれば、その全てに顔が無く、顔があるべきところに『嘘』彫り込まれているところだ。
「これは……気をつけて。幻影よ」
エティエが周囲を警戒しながら構える。
『きらい。きらい。おじいちゃんなんて、しんじゃえ』
手を繋いで彼らを囲み、大合唱を始める少女たち。
老人は震え、反射的に後ずさりした。
その後ろから、ぶわりと現われるデモノイドロードの女。
「させない!」
掴みかかろうとした途端、横から体当たりした見桜が女を突き飛ばし、ぶわりと剣を振りかざした。燐光が尾を引き、ぎらりと切っ先が光る。
「私たちが相手になるよ。おじいさんは、私が守るから!」
「あら素敵。あなたはとってもいい子なのね」
女が、見桜の真後ろに現われた。
いかなる手際か、抱くように腕を回して顎を撫でる。撫でた指が刃となり、見桜の首筋からおびただしい血を噴き出させた。
周囲を囲んでいた少女たちが手に手にケーキナイフを持って一斉に襲いかかってくる。
そこへ割り込む二人の影。
国臣と沙耶である。
ケーキナイフを防御姿勢に国臣が全て身体でうけとめると、その間を駆け抜けた沙耶が刀によって全ての幻影を切り裂いていく。
幻がかき消えた後には、ベールを目深に被った女がひとり立っていた。ベールが裂け、はらりと落ちる。
露わになった顔を見て、沙耶は目を細めた。
黒いマスクをつけた優生が影業の箱を開き、オバケめいたものを射出。女に食らいつかんとするが、女はそれを腕によってはねのけた。
顎をあげる優生。
「やっぱりあんたかあ、婦人。今日もお引き取りいただきましょうかあ?」
「あら、あら、ふふふ」
女は二本指を自らの下唇に当てると蠱惑的に笑った。
「遅かったじゃない。待ちすぎて、蝋人形館ができてしまったわ」
「……」
この時点で、優生は老人の娘と孫、そして恐らくいたであろう娘婿の死を確信した。
この蝋人形も、殺した多くの死体からとった死蝋で出来ているのだろう。そういうやつだ。こいつは。
マスクの下で刺すように笑う。
「もう遅れはしないよ」
突然女の足下から巨大な影業のお化けが出現。女を丸呑みにする。
助けを請うように伸ばした手だけを残して顎が閉じ、中身をぐしゃりと拉げさせた。腕が異様な角度へとねじれる。
が、これで安心する彼らでは無い。
天井から大量の藤の花……いや、花を模した影業が垂れ下がり、女を覆い尽くしていく。
それらは一斉に散り、押しつぶすように落ちた。
「やり口が胸くそ悪い。だから、あなたの邪魔をするわ」
小刀を手に見栄をきるウィスタリア。
視界の隅には、ウェディングドレス姿の蝋人形が笑っている。
ウィスタリアはぎりりと歯を食いしばり、小刀の柄を血が滲むほどに握りしめた。
ここまでの相手だ。きっと『娘も孫も本当は生きていました』なんて救いを用意することはないだろう。殺したのだ。容赦なくなんてものじゃない。楽しんで、喜んで、意気揚々と殺したのだ。
浚って隠して殺して潰して丁寧に丁寧に溶かして固めて削って接いで、美しく飾ったのだ。
鹿の剥製を飾るように。
「芸術至上主義、ですか。人の感情を大きく揺さぶるために作品を作り、莫大な評価を得ようとする。まさしく悪。徹底した、悪」
刀を構える沙耶。
「ありがとう。うれしいわ」
一方で灼滅者に取り囲まれた女は、世にも美しく笑った。
芸術品のように。
●異臭を放ち来る、恐怖のパレードが
せめて娘や孫の蝋人形を傷付けないように。国臣たちはそう考えて、戦場の移動を試みた。
とはいえ熊や猪ではないのだ。手を叩いて走れば鼻息荒く追いかけてくるということはない。
ならどうしたのか?
「今回私はお前を灼滅しない。老人の精神を救おうともしていない。戦闘は仕事であり手段だ。だが、だからこそ」
国臣は自らの胸や腹にあばら骨のナイフが突き刺さった状態のまま、女の首と背骨を握って走った。
広間へと飛び出し、中央の柱を粉砕しながら投げ飛ばす。
人間の腕だけで作られた柱だ。部屋は円形で、周囲にはハイヒールを履いた足が地面から付きだしたように並んでいる。ヒールの先端からはろうそくの炎が灯っていた。なんて悪趣味な部屋だ。国臣は表情こそ変えなかったが、酷い吐き気を覚えた。
床をびたんびたんと転がる女。うつ伏せ姿勢のまま燃えだし、周囲を薄い煙で包んだ。
周囲に飾られた蝋人形が人間ではありえない可動域をもって駆け出し、掴みかかってくる。
スーツ姿の成人男性。ランドセルを背負った小学生。女子高生。作業着をきた青年。整った笑顔のまま掴みかかり、押さえこもうとする。国臣は女子高生の首を掴み、周囲を一斉に薙ぎ払った。残りの人形はライドキャリバー・鉄征が容赦なく挽きつぶしていく。
ばらばらに砕け散っていく人形。
天井を見上げれば、整った笑顔……が、天井一面にびっしりと詰まっていた。
それらがぼたぼたと落ち、羽虫のような気持ち悪い音を立てて襲いかかってくる。
右へ左へ剣を振り回し、首たちを切り落とす見桜。
いや。これらを切り落としたところで意味はない。あくまでこれはデモノイドロードの見せる幻影なのだ。怪談蝋燭を吸収したダークネス版百鬼夜行といったところか。
故に、切り払われたと思しき笑顔の首たちは見桜に食らいつき、全身の肉を食いちぎっていく。
「まだ、全然余裕だよ……!」
倒れそうになる身体を国臣と支え合うように補い、剣を握り込む。
そんな二人の前に突如として現われる女。両手を翳し。突きだしてくる。
咄嗟に沙耶が割り込んだ。二人を突き飛ばし、刀を繰り出す。
刀は女の両手を正確に切断した。上下に斬って裂かれる腕。が、しかし腕はそのまま蛇のように沙耶へ触れ、服を突き破り、肌を突き破り、肉を突き破り、内臓器官に爪を立て、ぐしゃりと握りつぶした。
思わず血が漏れ出す。口だけに留まらず、目や耳からも吹き漏れた。
一方で、突き飛ばされて倒れた見桜と国臣はセティエと大が抱え起こし、隣の部屋へ引きずっていく。
回復を施すためだ。防御のための回復をと思っていたが、そんな暇はない。リカバリーで精一杯だ。霊犬もそれに加わっている。
「それにしても、本当に悪趣味な人形館ね」
「ほんとだぜ。ここだって……」
老人を連れて一旦逃げ込んだ部屋は黒くてさわり心地のよい絨毯が敷かれた部屋で。壁は細かい模様の施されたタイルが並んでいる。
……と思ったが、よく見れば絨毯のそれは女性の頭髪だった。壁のそれは爪だ。
あくまでイミテーション。本物では無い……と、思いたい。
壁のプレートを見ると、部屋の名前は『安心』。先程の部屋は『期待』だった。
絨毯が盛り上がり、内側からデモノイドロードの女がわき出してくる。
狙いは老人だ。部屋に飛び込んでくる優生。
クロスグレイブを両手で掴み、全力で女へ叩き付けた。
吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる女。
続けてウィスタリアと翔が部屋に飛び込んでくる。
ウィスタリアは藤色の帯を展開。帯は蛇のようにうねり、女の腹に突き刺さった。
乱れた髪の間から見えた女の目が潤み、続けて見えた上唇をちろりと舐める。
「ああ、これよ。痛い痛い、痛いわ。ああ、素敵」
求めるように手を伸ばす。手は手首から千切れ、千切れた手首は翔めがけて飛んでくる。剣で切り払うが、途中で手が溶解。酸性の溶解液になって降り注ぐ。
が、それでも攻撃はやまない。翔は焼け付く肌をそのままに突撃した。
剣が女へ突き刺さり、背後の壁ごと破壊。外へと転がり出る。
「許さない。お前は絶対に許さない……!」
どろりと溶解し、翔から離れる女。
そこへ大がやってきた。
「この蝋人形もお前の挑発も、相手に怒りや恐怖を抱かせるためにやってんだろうが……俺らはそれを力に変えてやるぜ。仲間をささえる力だ。お前そういうの一番嫌いだろ。だってお前」
びしりと指を突きつける。
「ぼっちなんだろ」
「……ふふ」
もはや人間の形状をなしていないが、不思議と笑っているように見えた。
優生やウィスタリアが外に出てくる。
「おいかけっこを続けましょう。次にどんな人を殺すか、当ててみなさいな。あのおじいさんの娘や孫のように、蝋人形にせずに済むかもしれないわ」
そう言うと、女は滑るように、しかし異常なスピードでその場から撤退していった。
流石にダメージが厳しいのか、がくりと膝を突く翔。
「おじいさん、家族を守ってやれなくて、ゴメン」
一方、ウェディングドレスを着た蝋人形の前。
老人は砕けた蝋人形を前に膝を突いていた。
「こんな。こんなことになるくらいなら、死んだ方がましだった」
破壊しつくされ、荒れ果てた人形館の中で、老人は銀のナイフを視界の隅におさめた。
そして。
「腑抜けんな!」
伸ばしかけた手を、ウィスタリアは乱暴に蹴りつけた。
老人の襟首を掴み上げる。
「親がそんなになって喜ぶ子供はいねえ!」
「それは、そうだが……」
ウィスタリアは暫く老人を睨んだあと、乱暴に手を離した。
状況を見守っていた国臣が、小さく息をつく。
人を殺すことに抵抗を感じるように、自分を殺すことには酷く抵抗を感じるものだ。長く生きた人間だからこそ、それは難しい。
老人は絶望するだろうし、苦しむだろう。だが生きるのだ。
「次こそ、必ず」
優生は、遠くの景色をにらんで呟いた。
| 作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2015年9月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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