「おい、そろそろ1時間経つぞ! 急いで、山を下りろ!」
猪狩りをしていた最中、銃を降ろした中年の男性は仲間に向かって叫んだ。
時計を見て慌てる先輩たちに、今回初めて参加した青年は目をぱちくりさせる。
「なんで、そんなに――」
「うっせー! ぶつくさ言ってねぇで、さっさと来い! 下りながら教えてやる!」
「うわ」
首根っこを掴まれて引きずられた青年は、足元をふらつかせながら体を反転させる。
「いいか、この山には日中夜構わず出る女の幽霊がいるんだ。もとは、ここを治めていた領主の娘らしいが、暴漢に襲われて山で殺されて以来、山にいるヤツ全員を暴漢だと思って殺しまくるんだ。わかったか!」
「あの……それで、なんで1時間なんですか?」
話を聞いても、ピンと来ない青年に先輩猟師が怒声をあげた。
「女は1時間以上山の中にいるヤツの前に来るんだよっっ!!」
●
「みんな、都市伝説が出現する場所がわかったよ」
そう話す須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、情報の書かれたノートをめくる手を止めた。
サイキックエナジーを受けて、長野県山中にまつわる、殺された領主の娘の話しが現実のものになってしまったらしい。
「実体化した都市伝説は、殺された領主の娘の姿をしているの。
出てくる条件は、人が山の中に1時間以上いること。
そうすると、朝も昼も夜も関係なく、1時間山の中にいた人の前に現れるから、山へ入る時間はみんなの都合のいい時間でOK。山の中に人もいないしね」
にこっと笑うまりんは、話しを続ける。
「そして、都市伝説の攻撃方法は、武器……多分、自分が殺された道具だと思うんだけど、縄をムチのように操ってくるの。特に、近くや遠くの列を一気に傷つけることをしてくる攻撃は、ブレイクもついているから注意ね」
まりんはノートを閉じると、しゃんと背筋をのばした。
「都市伝説を待っている1時間についてなんだけど、この時間は、ちょっとした休憩だと思って好きに過ごしてね。
都市伝説は誰の所に来るかわからないから、バラバラにならないことだけ気をつけてくれれば、森林浴を楽しんでもいいし、お弁当を食べてもいいし。あっ、せっかくだから、みんなと一緒に楽しめることをしたらどうかな。戦闘前の団らんっていうのかな? こうして集まったのも何かの縁だしね。
それじゃあ、みんな、行ってらっしゃい!」
参加者 | |
---|---|
大浦・政義(中学生エクソシスト・d00167) |
リヴァル・ローレンス(ブラッディクロス・d00218) |
霞末・周(朧月・d00421) |
古海・真琴(占術魔少女・d00740) |
雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149) |
黒路・瞬(小学生殺人鬼・d01684) |
榊・くるみ(がんばる女の子・d02009) |
鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864) |
●
「ありました」
散策している山の中で木々を見上げていた鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864)は、笑んでいる目をより細めた。
そこには、黄色く色づき始めた葉が、緑の中に混じっている。
「最近は、こういうふうに季節の移り目を自然で感じることが、すっかり少なくなってしまいましたね……」
夏が終わり、秋に移り変わる季節を感じながら、湯里はしみじみとつぶやいた。
「身近に自然がないというのもありますけれど……」
「湯里さん、お弁当をご一緒しませんか?」
数メートル先にいる古海・真琴(占術魔少女・d00740)の呼びかけに湯里は顔を下げた。
森林浴を楽しむ仲間が集まって、湯里が広げたお弁当をのぞきこんでいる。
「これ、全て用意したのですか?」
かがんだ足元に飲み干した野菜ジュースの缶を置いた雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149)に、真琴は笑顔でうなずく。
「はい。ピクニックには、お弁当が欠かせませんから」
「ピクニックですか?」
「都市伝説つきですが、空気は美味しいしですし、ピクニックな感じがしませんか?」
「確かに。緑あふれる自然でお弁当なんて、都会ではなかなか味わえませんね」
「あ、お茶、あるよ……」
慌てて水筒を取り出した榊・くるみ(がんばる女の子・d02009)は、お茶を仲間にふるいだした。
「あ、周くん、ジュースあったんだね」
「もらうよ。ありがとー、お弁当にお茶はあうからねぇ」
とっさに水筒を引き戻してオドオドとするくるみを気にせず、霞末・周(朧月・d00421)はのんびりとした口調と動きでお茶を受け取った。
「みかんジュース……飲んでたの?」
「うん。つぶつぶみかんジュース。好きなんだよねぇ。初めての依頼だし、好きなもの飲んでたら落ち着くかなって」
「ボクも……。お茶、配ってるけど、本当は決戦にむけて気持ちを落ち着かせるようしてたんだ。緊張するの……一緒だね」
笑顔を向けても無表情な周だったが、くるみは嫌な気を感じず、また笑みをうかべていた。
山へ来るときも、ぼんやりとしていた周だ。これが周なのだと、くるみはわかっている。
「瞬さんもどう?」
腰ほどある長い髪をなびかせるリヴァル・ローレンス(ブラッディクロス・d00218)は、木の上で本を読んでいた黒路・瞬(小学生殺人鬼・d01684)へ呼びかけた。
読んでいた本を器用に枝の上へ置いた瞬が身軽に飛び降りてくると、リヴァルは安定感を崩さない頭上の本を指さした。
「何を読んでいたの?」
「都市伝説の元になった話しがどういうものだったかを調べてたんだ」
「……あったの?」
「あるけど、今はやめとく」
こわばったリヴァルの声音を聞き、近くで和気藹々としている仲間へ目を配らせた瞬は、声を落とした。
「いい雰囲気を、わざわざ壊す必要もないよな」
「確かに、水は差したくないわね」
あまりいい話しではないのだと察したリヴァルは、早々に話題を切り上げる。
そして、手頃な場所で涼みながら食べていたクッキーの包みをポケットから取り出して瞬の手の中へと落とした。
「いい判断だから、ごほうびにクッキーをあげるわ」
●
「ここですか?」
「そうです」
ケイが示した先に、大浦・政義(中学生エクソシスト・d00167)はうなずいた。
一人、仲間から離れて戦闘地候補を探していた政義が、仲間を連れてきた場所は、日差しが気持ちよくふりそそぐ一角だった。石などの障害物も見あたらない草の上を歩けば、弾力が強くて踏み心地がいい。
「見晴らしがよくていいですね。これなら、あまり木を気にしなくてもよさそうです」
「拓けた場所がいいと、リヴァルさんやあなたもいっていましたから。ここなら、大体の条件も揃っているはずです」
「すごくいいと思います。みんなと移動していたときは、見つけられず、政義さん一人で見つけに行くと聞いたときは、いろいろ心配もしましたが、気苦労だったようですね」
「遠くへは行きすぎないよう気をつけていましたが、心配をおかけさせたようですね。すみません」
「私たちが森林浴をゆっくりできるように、気を遣ってくださったのでしょう?」
「……どうしても、いい地形を見つけたいという私の我が儘に付き合わせたくなかったこと、見抜いていたのですね」
メガネの位置を正しながら笑む政義に、ケイはほがらかな笑顔を返した。
「リヴァルさんのクッキーと、真琴さんのお弁当、残ってますから、後で食べてみてください。美味しかったですよ」
「そろそろ、5分前だよぉ」
山へ入ってから、正確に時間を計っていた周が、皆が気をつけていた時間を告げる。
都市伝説が現れる前に、灼熱者たちは布陣を築く中、ふと、リヴァルが中断された瞬との会話を思い出した。
「そういえば、瞬。さっきの都市伝説の元になった話し、今なら聞いてもいい?」
「ああ」
前衛のリヴァルの後ろへ歩きながら本の内容を整理する瞬は、聞き耳を立てている仲間にも聞こえるように話し始める。
「この土地にある昔話だ。昔、農民に慕われていた領主には器量のいい一人娘がいた。しかし、娘の嫁入りが決まった時、娘に片思いしていた男が、結婚を駄目にしてやろうと、娘を山へ連れ去ってしまったんだ。男は、結婚前の娘が他の男と二人きりになったために、嫁には行けないと嘆く娘をなだめ、自分の嫁になるよう説得したが、拒絶されてしまう。カッとなってしまった男は、怒りに身を任せて娘を殺してしまった――という話しだったぜ。首に縄が巻かれている娘が描かれていたし、都市伝説が使う物と重なるな」
「……殺された娘さんの話しって本当にあったのね。都市伝説だから定かじゃない、と思っていたけれど」
「他にもあるぜ。こっちは、ホラー系で、殺された娘が無念のうちに修羅となり、村人を殺すようになったって話し。イラストはなかったが、その分、リアルだったけど話すか?」
「もう、いいわ。大体、想像がつく」
手を振ったリヴァルは、重くなった空気に終止符を打った。
ナノナノを抱きしめて、潤む目から雫をこぼさないように我慢をしているくるみに気づいている政義は、震える小さな肩を見下ろして視線をはずす。
「こういう都市伝説は悲しいですね。ただの昔話であればいいんですが」
「――来るよ」
胸の位置まで掲げていた腕時計をおろした周の一言が、空気を変えた。
初めての依頼が多い灼熱者たちに、緊張するなという方が無理だ。
「これが灼滅者としての初めての活動。緊張していないと言えば、嘘になりますが――」
「うん……がんばらないとね」
かたくなった真琴に声音に、周が短くうなずく。
さわさわと吹く風に、湯里が戦闘の時に備える。
その時だ。
「許さない……」
風に乗って声が聞こえてきた。
もう一度、繰り返された言葉に聞き耳を立てて顔を向ければ、縄を持った娘がゆっくりと歩み寄ってきていた。
乱れた髪と衣類。
くすんだ顔色からでも美しさが見て取れる造形は、復讐の鬼と化している。
その娘の姿が、木の上で見ていたある本のイラストと同じだと瞬は気づいたが、あえて口に出さない。
「許さない! 殺してやる!!」
女――都市伝説の手に持っていた縄がムチのようにのびてしなった。
●
「貴方の怒りや悲しみは分かりますが、だからといって他者を傷つけていい事にはならないのですよ!」
中衛、前衛を駆け抜けた瞬は、思い切り都市伝説をフォースブレイクで殴りつけた。
同時に流し込んだ魔力により体内から爆破衝撃を受ける都市伝説の悲鳴が響くと、湯里が異形巨大化を大きく振るっている。
「青龍の名を継ぎし者……まいります! まずは……この一撃で!」
腕力による鬼神変の一撃をくらい、体を横へふらつかせた都市伝説は、縄が巧みに操り、前衛列にいたケイと周、リヴァルを傷つけた。
一撃で仲間に傷を負わせる威力を目の当たりにした真琴は、思わず恐怖で腰を引いてしまうが、お守りをぐっと握りしめて息を整える。
「ここで逃げちゃ、姫様も私たちも、皆不幸」
持ち直した真琴の目に、後ろへと下がる政義と入れ替わるように都市伝説へ向かったリヴァルが、緋色のオーラを宿した刀身紅蓮斬を斬りつける光景が映る。
「縄と糸、どっちが強いかね」
真琴と同じ配置につく瞬が、鋼糸をピンと張らせて、鏖殺領域を放出した。勢いづく黒い殺気が都市伝説を飲み込む中、死角へと滑り込んだ周が黒死斬を斬りつけている。
「初めての実践。気を引き締めていくよ」
そう言い残した瞬が後ろへ跳ね下がると、ケイが都市伝説の襟を掴みあげて合気柔術を思わせる動きで都市伝説を投げ飛ばした。
木の幹に背中を打ち付け、体を丸くして足から着地した都市伝説に、真琴は間髪入れずにマジックミサイルを放つ。
「くらえ!」
「クルルン……お願いだよ」
ディーヴァズメロディを奏でるくるみは、ナノナノにシャボン玉を飛ばせて回復をうながす。
「この拳、いかがですか」
完璧な形で姿勢づいたケイは、収束されたオーラが宿った拳を連続して打ち付けた。
強烈な連打に続いて、真琴がジャッジメントレイで都市伝説の肩を射抜くと、瞬が死角に回り込む。
「久々に力を使うから鈍ってないか心配だったけど、あんまり忘れないものだね」
ティアーズリッパーをふるわれると、都市伝説が再び縄を使って、後ろにいる政義とくるみへ薙ぎ振るってきた。
くるみは、とっさに痛みを覚悟して口を強くかみしめるが、いつまで経っても痛みはやってこない。
「――何度も、傷つかせてもらっては困るわ」
くるみをかばったリヴァルが、サイキックソードを構え、サイキック斬りで突きに走った。
その体に政義がジャッジメントレイを放ち、湯里が清めの風をふかす。
「に、逃げちゃだめ……。が……がんばるもん!」
エンジェリックボイスを歌って仲間を癒しながら、くるみは自分を奮い立たせた。
歌声に包まれながら中段の構えを取り周が都市伝説の正面から雲耀剣を落とす。
「どこを見ている」
向けられた都市伝説の視線を受け止め、視界から消えないよう、挑発するように周は雲耀剣をふるう。
傷つけられていく都市伝説の姿に政義は眉根を寄せながらジャッジメントレイを放った。
ようやく灼熱者としての活動に慣れてきた政義は、まだ相手を倒すということに葛藤を抱いている自分に気づいている。
消化しきれない思いを抱えながら、政義は仲間と都市伝説を倒す覚悟を決める。
「殺されて、幽霊みたいになってしまうなんて……なんて可哀想な話し。だからと言って、それが人を殺す理由にはなりません。この手で、速やかにお祓いいたします!」
湯里は、風の刃を起こした神薙刃で斬りつけ、都市伝説が両腕で顔をかばったところに、リヴァルのサイキック斬りが一閃を描く。
「今よ!」
攻撃のタイミングを捕らえたリヴァルのかけ声に、周とケイが動く。
「最後まで気を抜かず、しっかり相手して、終えてあげるからね」
「苦しまずに、消えてください」
周の黒死斬を受けた都市伝説に、ケイが地獄投げをふるう。
「みんな……守るんだから! 負けないもん」
ナノナノと回復に専念するくるみは、喉がかれることを知らない歌声を響かせ続け、真琴はマジックミサイルを放ち、瞬がティアーズリッパーをふるう。
「これで、どうだ!」
都市伝説の悲鳴があがった。
●
「お……終わりました……」
都市伝説が完全に消滅したことを見届けた真琴は、今までの緊張と恐怖から解き放たれ、その場に座り込んだ。腰が抜けて立てないのだ。
「ボ……ボク……初めての依頼で……すごく……怖かった……でも……。みんなのおかげで勝てたよ! ありがとう……」
くるみも、感極まって泣きながら、仲間に感謝の握手をしてまわっている。
何しろ、ほとんどが初めてのことだ。
湯里はくるみを優しく包み込み、政義は立ち上がろうとする真琴に肩を貸してやる。
瞬は、持ってきた花を都市伝説の消えた場所に供えて手を合わせる。
「噂が変わって、殺された領主の娘には安らかに眠って欲しいよ」
「サイキックで生まれたものとはいえ、ね。苦しい思いしたんだよねぇ、都市伝説の人」
周も手を合わせると、ケイも黙祷を捧げ、真琴も線香を焚いた。
供養に似た香りが風に乗って山へ広がっていく。
「もう少し、自然を満喫してから帰ろうか。都市伝説は現れないしね。あ……銃声。猟師さんかな」
万が一に備えて渡したおいたホイッスルを回収していたリヴァルは、遠くから聞こえてくる銃声に耳を傾けた。
作者:望月あさと |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 10
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