星喰い蟲

    作者:志稲愛海

     水平線の彼方に日が沈み、闇と静寂に包まれた港町。
     だが……そんな夜の静さを破ったのは。
    「うあ……た、助けてくれ……ッ!」
     屈強な肉体をした男の、悲痛な声。
     筋肉質な体躯は強者を思わせるはずであるのに。錯乱し歪んだその顔に浮かぶのは、容赦なく押し寄せる、死への恐怖。
    「ううう、まだまだ高みを目指したい、この手で倒したいやつもいるのに……格闘家として、こ、こんなところで……し、死にたくない……」
     ボロボロの衣服にも構わず、そう呟きながらも必死に港町を逃げ続けているのは、『統星(すばる)』と名乗るアンブレイカブルであった。
     どこに逃げればいいのか、どこを逃げているのか。
     それすらも最早分からず、ひたすら路地裏を彷徨う男。
     だが――それも所詮、最期の足掻き。
    「! ぐッ!? ぐおおおぉ……おおッ!!!?」
     なにかが蠢く胸を押さえ苦しみだし、思わず足を止めた瞬間。
    「し、死にたくないッ、た、助け……ぐはあぁぁ、ぁッ!!」
     鍛え抜かれた筋肉が……内側から破裂したように、喰い破られる。
     そして、息絶えた統星の体内から這い出てきたのは、蛾の羽を持った芋虫。
     産みつけられたベヘリタスの卵から孵った、蟲たちであった。
     

    「最近発生している、ベヘリタスの卵が羽化する事件はみんなも知ってるよね。それに、シン・ライリーが関わっているのではないかって懸念が的中したみたいなんだ」
     伏木・華流(桜花研鑽・d28213)の予想通り、ベヘリタスの卵の事件とシン・ライリーの関わりがあるかもしれないと。
     飛鳥井・遥河(高校生エクスブレイン・dn0040)は、集まってくれてありがとーと、へらりといつも通り灼滅者達へと笑んだ後、今回の事件の概要を語る。
    「千葉県にある港町でね、シン・ライリー配下の格闘家のアンブレイカブルが現れたことが察知できたんだけど。そのアンブレイカブルは何かに追われているように裏道を逃走していて、路地裏で急に苦しみだしてね。そして……体内を食い破って出てくる、数十匹の羽虫型ベヘリタスによって殺されてしまうんだ。多分、このアンブレイカブルのソウルボードに、ベヘリタスの卵が植え付けられているんじゃないかな」
    「アンブレイカブルのソウルボードに、ベヘリタスの卵が?」
     そう聞き返してきた、綺月・紗矢(中学生シャドウハンター・dn0017)に頷いて。遥河は、さらに続ける。
    「ベヘリタスは羽虫のような形状で、1体1対の戦闘力は灼滅者よりも少し弱い程度なんだけど……数的に、全滅させることは不可能かもしれない。でも、できるだけ急いでアンブレイカブルの居場所に向かって、現れる数十体のベヘリタスを可能な限り駆逐して欲しいんだ」
     そう告げた後、さらに詳しい状況の説明を始める遥河。
    「アンブレイカブルの体内から出てくる羽虫型ベヘリタスの数は、30体ほどいるんだけど。羽虫型ベヘリタスは戦闘を仕掛ける限り反撃してくるけど、みんながが逃走すれば撤退するみたいだから、ギリギリまで戦うことが出来ると思う。羽虫型ベヘリタスは、戦闘になるとシャドウのサイキックと口から糸みたいなものを吐き出して攻撃してくるよ」
     羽虫型のベヘリタスは、灼滅者よりも少し弱い程度で、数が多い。そのため、全滅させることは叶わないかもしれないが、できるだけ多く駆逐できるよう、灼滅をお願いしたい。

     遥河はそこまで説明してから。今回の事件において、もうひとつの可能性を、提示する。
    「ベヘリタスの羽虫に身体を食い破られちゃうのは、『統星(すばる)』って名乗ってる、シン・ライリー配下の格闘家のアンブレイカブルだよ。統星は恐怖に錯乱しているから、説得とかほぼ不可能なくらいの状態に陥っているんだけど。彼のソウルボードにもし入ることができれば、ソウルボードで羽虫型のベヘリタスと戦闘できるかもしれない。でもその場合、ソウルボードから現実世界に出た羽虫型ベヘリタスと二連戦することになるんだ」
     作戦が巧くはまり、もしもアンブレイカブルのソウルボード内でベヘリタスの羽虫と戦闘する状況にできれば、統星は助けられるかもしれない。だがその変わり、灼滅者側はソウルボード内での戦闘ダメージを継続するのに対し、羽虫型ベヘリタスはダメージ無し状態で、現実世界での戦闘となるため、戦況は普通よりも厳しくなるだろう。また、アンブレイカブルは、灼滅者と羽虫型ベヘリタスとが戦い始めた場合、身の安全のため、目を覚まして逃走してしまうという。
    「アンブレイカブルのソウルボードで戦闘することは、難しい上に、そうすることで意味があるのかどうかも分からないものなんだけど……そんな解決方法もあるよってことで、提示させてもらったから。どうするかの判断や作戦は、現場に赴くみんなにお任せするね」
     遥河はそう言った後、改めて灼滅者の皆を見回して。
    「今回の敵は、絆のベヘリタスの卵から生まれた、本来のベヘリタスとは違う姿をしたシャドウみたいだけど。多分、アンブレイカブルのソウルボードを利用して、ベヘリタスの卵を孵化させている誰かがいるんだと思う。それがシン・ライリーなのか、そうでないのかは分からないけど……この方法をとられると、オレたちエクスブレインの予知も難しいから、どれだけのベヘリタスの卵が孵化しているか、予測もできないんだ……」
     申し訳なさそうにモーヴの瞳を一瞬伏せるも、すぐに顔を上げ、続ける。
    「でも今は可能な限り、現れるベヘリタスを倒しておく必要があるから。ベヘリタスの羽虫の灼滅を、よろしくお願いするね」
     そして、気をつけて行ってきてね、と。遥河はそう、灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    古室・智以子(花笑う・d01029)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    渡橋・縁(神芝居・d04576)
    小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)
    榊・拳虎(未完成の拳・d20228)
    織部・霧夜(ロスト・d21820)
    天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)
    ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)

    ■リプレイ

    ●星堕ちる時
     どんなに屈強な敵が目の前に現われても、彼はこんなには錯乱しなかっただろう。
     それはアンブレイカブルが、最強を目指し常に強敵との殺し合いを渇望している、狂える武人達であるから。
     だが……発狂し逃げ惑う彼が孕んでいるのは、その命を喰い破らんとする存在。
    「うあ……た、助けてくれ……ッ!」
     夢に寄生した蟲が雄々しい巨星を今、喰い墜とさんとしていた。

     星の瞬きをも飲み込むほど深い黒に覆われた、海と空の色。
     灼滅者達は、そんな夜の海沿いを駆ける。
     その命が喰い破られる前に。アンブレイカブル『統星』を探して。
     誰が考えた事か知らんけど、趣味が悪いっすね……と思わず呟くのは、榊・拳虎(未完成の拳・d20228)。
    「同じ格闘技の道を歩む者として、ぞっとせんっすな。敵とはいえ、なんとかしてやりたいところっすね……」
     格闘家の彼にとって、いくら宿敵といえど、自分がやられるかもしれない事を考えれば、やはり放ってはおけない。
     そう、今回の敵は統星ではなく、数十匹の羽虫型ベヘリタス。
     統星を喰い破り出てきたベヘリタス達を叩けば、最も戦闘が容易だというが。
    「ダークネスでも目の前で見殺しは嫌ですからね」
     敢えて困難に挑む選択。結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)を始め、皆が選んだ方針は『統星の救出』。
    (「シン・ライリーの配下がベヘタリスに……」)
     夜色の髪の隙間から覗く、眼鏡の奥にある銀の瞳を思案気に細めながらも。
    (「気になることは多いが、まずは目の前の問題をなんとかしよう」)
     織部・霧夜(ロスト・d21820)は傍に付き従う巽と共に、統星の元へと急ぐ。
     ひとつずつ確実にこの案件を潰していけば、きっと真相に辿り着くだろうから。
     現に、ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)をはじめ、一般人の夢の中で羽化したベヘリタス事件に携わった者も少なくない。真相はまだ掴めぬが、水面下で動いている案件を、徐々に察知できるようになっているのだから。
     そしてまた一歩、真相に近づくために。
     耳に聞こえた悲痛な声のする方向へと、灼滅者達は急ぐ。
    「うあ……た、助けてくれ……ッ!」
     夜の港町の静寂を破る、荒い息遣いと叫び声。
     そこには、ボロボロの衣服のまま逃げ惑う、アンブレイカブルの姿があった。
    「こんにちわなの。恩の押し売りにやってきたの」
     ペインキラーを施さんと統星へと近づき、そう声を掛けたのは、古室・智以子(花笑う・d01029)。
     だが現われた灼滅者達に警戒の眼差しを向け、苦しみながらも咄嗟に数歩下がる統星。
     もし彼に触れられたとしても、外傷はない統星の痛みは、ESPでは和らげないかもしれないが。
    「私たちは、絆のべへリタスによる事態の対処に、当たっています。事件を追って、貴方の所に、来ました」
     遠慮がちながらも懸命に、渡橋・縁(神芝居・d04576)は言葉を紡ぐ。
    「今、事を構える気はありません、貴方を、助けさせてください」
     べへリタスをこのまま放置すれば、いずれは一般人にも被害が及ぶかもしれないという懸念は勿論のこと。
     助けられる、助けを求めている命も、手が届くなら掬いあげたい。
     統星を助けたいと――そう、態度や言葉で示すために。
    「ぐ、何だおまえらはッ!? くそ……そうか、この機会に、俺を灼滅しにきたんだな!?」
    「屈強なアンブレイカブルともあろう方々が見た事も無い程大変な状態なのに、態々騙し討ちなんてしませんよ」
     死への恐怖からかベヘリタスを産み付けられているからか、思考能力を失っているアンブレイカブルにそう言い放った後。
    「痛みに負けて騒ぎまわる事と、限界の中でも僅かな可能性に挑む事。一流格闘家とお聞きした統星さんは、どちらを選ぶのですか」
     静菜はそう問うた後、続ける。
    「あなたの協力があれば、私達は蝕む蟲に負けません」
    「ううぅ、とにかく、そこを退け……ぐっ、ああぁッ!」
     錯乱し全く聞く耳を持たぬ統星は、内側で蠢く痛みに身を捩るも。
     小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)は諦めず、彼を落ち着かせるべく話を。
    「武人の町のアンブレイカブル、『雷電』こと『流星院・来夢』は私の知り合いよ。雷電と手をつないで、武人の町を一緒に歩いたの」
     統星という名がどこか似ているため、最初こそ、彼は以前武人の町で出会った雷電というアンブレイカブルと同一人物かもとも思った真理であったが。彼と統星は別人であった。
     だが、もしかして同じシン・ライリー派の者同士知り合いの可能性もあるし、もし雷電と同じ町のアンブレイカブルであれば、自分のことを覚えているかもしれないと。その時と同じものを身につけ、統星と接する真理。
     だが錯乱している統星はさらに増す痛みに悶え、そんな声に応える余裕もないようであるが。
    「統星を助ける為にソウルボードから出てくるその羽虫をソウルボードでやっつけるから私たちを信じてソウルボードに入らせて」
     武人の町で仲良くなった雷電と統星を重ねながらも、そう真理は訴えて。
    「アンタが苦しんでるのはわかってる。このまま死ぬか、俺らにチャンスを委ねるか……二つに一つっす。アンタも腕の立つ格闘家なら分かる筈……気持ちを静めて……全てを無にして、受け入れる……」
    「生きる意思があるというならば、手を貸そう。少々手荒な手段になるやもしれんが、それは了承してほしい」
     同じ格闘家として言葉を投げる拳虎と、情報収集の為に思考を巡らせる霧夜。
     その胸の内に違いはあれど、もうあまり時間がないだろう彼に、ふたりも選択を迫れば。
     漆黒のその瞳に、凛とした星の如き光を宿しながらも。
    「君を助けに来た」
     はっきりと統星へと告げる、天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)。
     そして死への恐怖に苛まれつつも必死に抗わんと身を捩る彼の姿を、真っ直ぐに映した。
    「ううぅ、ぐぅ……ッ!!」
     志半ばで死にたくない、助けて欲しいと……彼から、その意思は汲み取れる。
     だがしかし、悶え苦しむ彼のソウルボードに、アクセスできるような状態にはまだない。
     いや、このまま待っていても彼が大人しくなる状態は難しいだろうし、正直そんな悠長な時間もない。
     ――ーだから。
    「乱暴だけど、こうやるしかなさそうなの」
    「ソウルアクセスできる手段は、もう他に、なさそうです」
     そう同時に動いたのは、智以子と縁。
    「! うぐ、はっ」
     少々手荒ではあるが、ソウルボードにアクセスできる隙を作るべく、彼へと手加減攻撃を仕掛けて。
    「ぐ、ああっ、あ……っ!」
    「大丈夫、気を失って貰うだけだから!」
     不安を和らげるよう声を掛けつつも、仲間の手加減攻撃で一瞬できた隙をつき、統星へと、格闘家の先輩仕込みの絞め技をかける真理。
     通常の状態であったなら、手加減攻撃も締め技も、彼には効かなかったかもしれない。だが、一見サービス満点な体勢に持ち込んだ真理の締め技は、ベヘリタスに寄生された状態のアンブレイカブルに綺麗に決まって。
    「ぐ、う……」
     統星はガクリと意識を失い、昏倒したのだった。
     そして倒れた彼を包むように優しく吹くのは、爽やかな風。
     ダークネスを魂鎮めの風で眠らせることはできないけれど。
    「大変な時こそ休むのが大切なのですよ」
     良い風なら吹かせられますからね、と。
     静菜は藍色の瞳を細めつつ、持参した毛布を逞しい彼の身体にそっと掛けてあげて。
    「頼んだ」
     普段同様、無表情で淡々とした物言いではあるが。視線と共に、一言。
     そんな送られた霧夜の言葉と、自分を映した瞳に。
    「お任せ下さい、霧夜様」
     しっかりと瞳を合わせ応える巽。
     そして、現実世界にて皆様のご帰還をお待ちしております、と。
     綺月・紗矢(中学生シャドウハンター・dn0017)や他に駆けつけた灼滅者達と共に、殺界形成等のESPで人払いを行ないつつも。
     縁や真理、雛菊が発動したソウルアクセスでソウルボードへと向かう皆を見送るのだった。
     
    ●蟲巣食う夢
     適切な判断と行動で、統星のソウルボードへ侵入を果たした灼滅者達。
     そこは、格闘家である彼らしい、道場の風景であった。
     だが……耳に聞こえてくるのは、鍛錬を行なうこの場所には似合わぬ、無数の不快な羽音。
     そして耳障りな音を立てて宙を飛ぶ蟲から放たれるのは、鋭利な糸。
     だが防御を固めつつ、それを断ち切っていきながら。
    「救う条件が明らかでない以上、戦って切り抜ける以外に、道はないの」
     智以子が咲かせるのは、従順な黒を湛える桔梗の花。笑うように咲き乱れた花の閃光が、羽虫を叩き落していく。
     ソウルボードへの侵入を果たしたが具体的に彼を救う方法は分からないし、統星を助けたところでどうなるかも分からない。
     でも、眼前の蟲を滅すべく、戦う。
     智以子や灼滅者の決意に、揺るぎはない。
     説得と行動の甲斐あり、統星が即蟲に食い破られる事態は回避できたものの。
     本番はこれから。しかも二連戦という厳しい戦いを選択した以上、全力で臨むのみ。
    「統星さんとの約束です、私達は負けません」
     大人しい見た目の印象とは違い、果敢に猛攻を仕掛けるべく。
     異形巨大化した腕を大きく振りかぶるのは、最前線へと躍り出た静菜。
     叩きつけられた一撃が、ダークネスの身に巣食う蟲を殴り潰して。
    「蟲達に星は喰えない。そうだろう? 星椿よ」
     星を喰わんと目論む蟲を喰らうのは、雛菊が描き出した軌道に舞い飛ぶ漆黒蝶。
     異様な霊気を宿す愛刀の質を更に高めんと、抜刀と同時に生み出された漆黒の衝撃波が、羽虫型のシャドウを撃ち抜いて。蟲を喰らった煌きの残滓達がひらり、戦場に羽を広げた。
     そして、天へと翳し振り回した七代祟が威力を増した刹那。
     羽虫の群れへと飛び込んだ縁が放った衝撃が、二度とその不快な音を立てぬよう、蟲達の羽を斬り刻めば。
     戦場にリボン舞う中、ふわりと漂うは、甘く優しい月下美人の香り。
    「以前この子達と戦いましたが。相変わらず鬱陶しいですね」
     早々に駆除致しましょう、と。
     ルナの編み出した魔力が魔法の一矢となり、狙い定めた蟲をまた一体、地へと落とした。
     倒れるなら強敵と正面から打ち合って倒れて欲しい、と。武人の町で出会ったアンブレイカブルにそんな気持ちを抱いた真理。
     そして彼を倒すのは――自分であって欲しい。
     そんな不思議な思いに駆られる真理は、雷電だけでなく統星にも、蟲に食い破られるような無残な死に方はして欲しくないと、そう思うから。
     皆の盾となるべくエンジン音唸らせるヘルツシュプルングを前に送り出しつつ、黄色へとスタイルチェンジした交通標識で、仲間の耐久性を高めて。
    「相手は仁義も意に介さない異形の虫共、容赦も手加減も不要っすな」
     左腕のガードを下げた、攻撃を重視した得意の構えから拳虎が繰り出すのは、青き拳が作り出す衝撃。
     シュッと風が鳴る度、スートを宿し火力強化された拳から放たれる三種の拳撃が、宙を舞う蟲を的確に打ち抜いて。
     あまり普段表情を変えない霧夜の顔にふと宿るのは、不快な色。羽虫の群れに眉を寄せつつも、それを全て討たんと狙いを定めてから。
    「助ける代わりに聞きたいことがある」
     戦場に帯を射出し躍らせ、敵を貫きながらも、夢の主である統星へと霧夜は問う。
    「この状態になったのは何故か、心当たりはあるか」
     その問いかけに、答えは返ってはこなかったが。
     霧夜は情報収集の機会を再度探りつつも攻撃の命中精度を上げ、正確に炎の一撃で蟲を焦がし、赤と黒の羽虫を魔法弾で撃ち抜いていく。
     敵の数は30体と多く、吐き出される鋭利な糸や毒を帯びた漆黒の弾丸が戦場を数多飛ぶも。力が制限されたソウルボードの中では、効率良く蟲を倒しつつも回復を怠らない灼滅者を倒すまでには至らない。
     そして――最後の蟲を、統星の夢の中で打ち倒した灼滅者達は。
     ソウルボードから現実世界へと戦場を移すべく、羽虫型ベヘリタス達の後を追う。
     今度こそ、1体でも多く。完全にその存在を灼滅するために。

    ●現実世界へ
     波音と羽音の不協和音が、より耳障りで。
     夜の闇に浮かぶ羽虫の群れは一層不気味だ。
     そして灼滅者達の手により、ソウルボードに孕んでいた蟲の脅威から解放されて。
    「……うぅ……っ」
     目を覚ました統星にすかさず気付き、尋ねるのは、霧夜。
    「ベヘタリスの出処やシン・ライリーの現状について、何か知っているか」
     そう問う主人を補佐するように、巽は彼へと回復を施して。
    「こうなった原因の心当たりやシン・ライリーや雷電に変わった様子はなかったか、よかったら聞かせて」
     続いた真理の言葉に、呻きながらもようやく顔を上げた統星。
     だが、すぐに大きく瞳を見開くと。
    「うっ、く……ッ!?」
     眼前を飛ぶ30体ものベヘリタス達の姿を映した瞳に、再び恐怖の色を宿す。
     ベヘリタスの羽化から一命を取り留めたとはいえ、彼はまだ、質疑応答できるような精神状態ではないようだ。
     そんな統星に声を掛けたのは、夢の中からずっと最前線に立って攻撃し続けている縁。
    「今は追いません、逃げてください」
     そう紡ぎつつ、その手に在る『黄泉喰い』を勢い良く足元に撃ち込めば。
     刹那、発生した振動波が、蟲を纏めて薙ぎ払わんと闇夜に広がる。
     ――1匹だって、逃がす気はないから。
     だが、シャドウ達が弱体化していたソウルボードとは違い、駆逐するにはまだ至らない。
     そして何とか気力を振り絞り、ふらりと立ち上がった統星を真っ直ぐに見てから。
    「私達の都合で動いているのだからこの事に恩義を感じなくてもいい」
     『星椿』の糧にと星喰い蟲を喰らわせるべく、影を纏わせた愛刀で宿敵を横薙ぎに斬った後。漆黒蝶が再び戦場に煌めき飛ぶ中、雛菊は続ける。
    「強者としての自尊心が気になるのであればいつか借りを返してくれればいい」
    「……くっ」
     まだ、完全には落ち着いていない様子の統星ではあったが。
     素直に灼滅者達の言葉に従い、この場から逃亡をはかりはじめる。
     そんな大きな背中に、ソウルボードでの戦いで受けた皆の傷の状態を確認しながらも、こう言葉を投げる智以子。
    「さっきはふざけて言ったけど、なにか困ったことがあれば、わたし達を頼ってほしいの。他のアンブレイカブル達にも伝えておいてなの」
    「服に連絡先のメモを入れてあります、何かあれば連絡下さい」
     静菜も、彼の服に連絡先のメモを忍ばせたことを伝えて。落ち着いてからでも、今後のために連絡が取りたい旨を告げれば。
    「この鬱陶しい子たちは、私達が駆除致します」
     握る槍に氷の魔力を漲らせ、成した氷柱で蟲の身を射抜くルナ。
     統星は、そんな灼滅者達の言葉にこそ応えなかったが。
     最後に一度だけ振り返ると、夜の闇の中、姿をくらましたのだった。
     あとは……現実に出てきた羽虫型ベヘリタスを、出来るだけ多く灼滅するだけ。
     かつての名ボクサーの戦いっぷりは、「蝶の様に舞い、蜂の様に刺す」と言われていたが。
    「今回の相手は蝶とも蜂とも似つかぬ虫共っすからなぁ」
     フットワークとスピードを駆使し、明らかにソウルボード戦よりも堅くなっている敵の懐へと、拳虎は飛び込んで。
    「ま、敵を選ぶ余裕はないっすからね、俺らは」
     まるでボディーブローを見舞うかの如く、鍛えぬかれた超硬度の拳で、敵の守りごとその身を撃ち抜く。
     ソウルボードでの戦いのダメージを癒せぬまま、現実世界においてのシャドウとの連戦。敵の数が多い分、回復も総出で行なわなければ到底間に合わないほど、正直厳しい戦い。
     そして。
    「……!」
     最前線で得物を振るっていた縁に一斉に向けられたのは、強烈な影を帯びたトラウマを伴う衝撃。
     それは、思わず顔を顰めてしまうほど強烈な威力であったが。
    「大丈夫ですか」
    「今、回復する」
     静菜とヘルツシュプルングが咄嗟に、向けられた集中攻撃の一部を肩代わりして。
     癒し手の真理と回復に回った雛菊が、その傷を塞がんと動けば。
    「代わる、下がれ」
    「すいません、退がります」
    「害虫の駆除は、花壇の手入れで慣れているの」
     代わりに前に出る、智以子や霧夜。
     強力で数の多いシャドウ相手に、回復や立ち位置を工夫し、大きな被害が及ばぬよう支え合う灼滅者達。
     そして、1体でも多く羽虫を滅するべく。限界まで、得物を振るい続ける。
     静菜の握る黄金の輝きを秘めた槍身からの鋭撃が、23体目の羽虫を貫くも。仲間を護り身を呈した彼女が遂に地に崩れ落ち、終始攻勢に動いていた拳虎も、強烈な集中攻撃を浴びて膝を折る。
     だが、月をも墜とさんと繰り出された縁の蹴りと、立金花咲いた智以子の得物から放たれた流星の如き蹴りが、同時に24体目の羽虫へと叩き込まれ討ち取れば。冷静に勝負を仕掛けたルナのリボンが再び戦場を舞い、弱った敵を巻き込んで、また1体、敵を灼滅する。
     そして雛菊は、自身に蓄積した癒せぬダメージを感じながらも。
    「やはり、蟲には星は喰えなかったようだな」
     漆黒蝶の残滓達を従えた『星椿』の煌きと共に、26体目のシャドウを横薙ぎに斬り伏せたのだった。
     そしてこれまで、敵の全滅を目指し、踏ん張ってきた灼滅者達であったが。
     戦闘不能者の数と前衛の皆の傷を鑑み、後ろ髪引かれつつも。誰かが大きな怪我を負うその前に。
     雲が晴れ、星が瞬き始めた空の下――撤退を始めたのだった。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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