巨大蝙蝠は命を啜る

    作者:波多野志郎

     古き好き景観を残す、豪奢な西洋屋敷。
     しかしその屋敷は、全ての良さを台無しにしてあまりある、莫大なゴミの山に埋もれていた。
    「ぶほっ、ぶほっ、ぶほっ」
     屋敷の最奥、ゴミ山の中心で、ひとりの太った男が嗤う。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。今こそ君を助けたい助けたい。そして感謝されたい見られたい認識されたい瑠架ちゃんに! 僕を見て! 見て瑠架ちゃん!」
     突然脈絡も無く叫びだしたその男は、口から何か液体のようなものを吐き出した。
     その液体はビチャッと床にへばりついたかと思うと、やがてモゴモゴと蠢き、一体のタトゥーバットへと姿を変えた。
    「派手に暴れてこい! 派手に暴れれば、瑠架ちゃんは僕の事を思い出す! そしたら瑠架ちゃんは僕の事を思い出して心強くなるので、そしたら瑠架ちゃんは心強くなって僕の屋敷に訪ねてくるはず! 思い出して! 子爵である僕の事を思い出して! 瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん!」

    「ヴァンパイアが派遣した眷属、タトゥーバットが一般人を襲うって事件が起きるんすよ」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、厳しい表情でそう語りだした。
    「タトゥーバットが狙うのは、とある山村っす。その数は8体、結構大目っすね」
     ただ、不幸中の幸い。タトゥーバットがその村へと向かうルートを予測出来た。犠牲者が出たり、救出しなくてはいけない手間は省ける。ただし、逃せば多くの犠牲が出る事には変わりはない。
     時間は夜。山村へと至る前、森の中での戦闘となる。なので光源は必須、ESPによる人払いも万が一に備えて用意が必要だ。
    「タトゥーバットは体表面に描かれた眼球状の『呪術紋様』により魔力を強化された、コウモリの姿の眷属っす。空中を自在に飛翔するタトゥーバットは、人間の可聴域を越えた超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、数々の魔法現象を引き起こす、そういう敵っす」
     戦場は森の中、戦闘能力はこちらが上だが機動力でこちらが一歩譲る。相手の機動力にかき乱されないよう、連携をしっかり取る必要があるだろう。
    「ヴァンパイアの眷属であるタトゥーバットが現れた以上、その黒幕は、ヴァンパイアである事は間違いないっす。何が目的かは定かじゃないっすけど、思う通りにさせる訳にはいかないっす。犠牲者が出ないよう、頑張ってくださいっす」


    参加者
    海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)
    色射・緋頼(先を護るもの・d01617)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    天城・理緒(黄金補正・d13652)
    朱屋・雄斗(黒犬・d17629)
    御剣・菖蒲(殺戮の福音・d24357)
    白石・明日香(リア充宣伝担当幹部・d31470)

    ■リプレイ


     濃密な闇の中、朱屋・雄斗(黒犬・d17629)は目を細めた。
    (「森の中だと一段と夜が暗く感じるな。都市の明かりに慣れてしまっているせいだろうか」)
     月明かりの届かない夜の森は、あまりに暗い。光源がなければ、きっと自分の手さえ見るのは難しかっただろう。
    「タトゥーバットー、あれ、ちゃんと戦うのって初めてかも。乱戦にまぎれてるの落としたり、くらい?」
     フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)は、小首を傾げて頭上を見上げる。いくつかの羽ばたきの音は、もう耳に届いていた。御剣・菖蒲(殺戮の福音・d24357)は、口の端を歪め笑みと共に吐き捨てる。
    「あぁ、漸く吸血鬼に関係するやつ、倒せるのか……一匹残らず、殺させてもらうぜ」
    「来たわよ」
     白石・明日香(リア充宣伝担当幹部・d31470)がそう告げた瞬間だ、灼滅者達の頭上を舞う無数の影、影、影――タトゥーバットの群れが、彼等に気付いてその頭上を旋回した。
    「タトゥーバット、何やら不思議な生き物ですね。魔法現象に惑わされないよう、しっかり声を掛け合いましょうっ」
     海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)の言葉に、灼滅者達も身構えていく。タトゥーバット達も、途中で見つけた獲物を見逃すつもりはないのだろう。頭上を旋回しながら、こちらに襲い掛かる隙を狙っていた。
    (「吸血鬼が新たな動きを見せてますね。出来れば、眷族でなく直接会って尋問したいですが――」)
     色射・緋頼(先を護るもの・d01617)は、深呼吸を一つ。思う事は多い、しかし、まずはやるべき事をしなくてはならない。
    「それでは、灼滅者の役割を果たすと致しましょう」
    「来なさい、黒き風のクロウクルワッハ!」
     フローレンツィアが解除コードを唱え、黒き風のクロウクルワッハ――糸とそれらを統べる籠手を召喚する。バサバサバサバサ――! と羽ばたき音をさせ襲い掛かってくるタトゥーバットの群れに、天城・理緒(黄金補正・d13652)はWOKシールドを頭上へと掲げた。
    「まずは、作戦通りにいきましょう」
     ヴヴン!! と理緒のワイドガードが展開され、同時にビハインドのなつくんが小刀を振るい、霊障波を繰り出す。
    『キィ!?』
     バチン! と先頭のタトゥーバットが大きく弾かれ、群れの動きが乱れる。そこへ、北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)が森の中を駆けながら言い捨てた。
    「泥沼に落としてやるぜ」
     ゴォ! と闇よりもなお黒い殺気が膨れ上がる。既濁が金剛力棒を振るった瞬間、鏖殺領域が眷属の群れを飲み込んだ。
    『キィ――!!』
     たまらず、タトゥーバットの群れが上昇しようとする。しかし、その上へと跳んだ明日香が日本刀を振り上げ、叫んだ。
    「一匹たりとて、逃がさない!」
     ザン! と一体のタトゥーバットを明日香の雲耀剣が斬り裂く。別のタトゥーバットがすかさず明日香へと牙を突き立てようとした刹那、ヒュガガガガガガガガガガガガガガガガ! と矢が雨がごとく降り注いだ――菖蒲の百億の星だ。
     己の放った矢が、タトゥーバット達へと突き刺さっていく。その光景に、菖蒲は笑みをこぼした。
    (「あぁ、漸く、漸くこの血を、呪われた血を作りだした元凶を、その一端を倒せる」)
     その光景から、菖蒲は実感を得る。そのまま、立ち止まる事無く森の中を腰に下げた光源を頼りに走り抜けた。
    「ようこそ、レンの領域へ」
     木々に絡めて張り巡らした結界糸で眷属の群れの頭上を封じて、フローレンツィアは言い捨てる。黒き風のクロウクルワッハを舞うように振るう度に、タトゥーバット達は逃げ場を失っていった。
    『キィ――!!』
    「気付きましたか?」
     タトゥーバット達が騒ぐのを見やって、緋頼が呟く。まるで白銀の土蜘蛛の手のような縛霊手――白縫銀手を展開、ヴヴン! と除霊結界を発動させた。
    「包囲させて、もらいました」
     緋頼が告げた通りだ、理緒のワイドガードが広がった瞬間から灼滅者達は四方八方へ散っていたのだ。タトゥーバット達が無策で突っ込んできた――その時点で、最初の形勢は決まっていた。
    「禅くん、お願いします」
     楓夏の呼びかけに、ウイングキャットの禅はマフラーをなびかせ猫魔法を炸裂させる。絡め取られたタトゥーバットへ、すかさず楓夏が駆け寄りクロスグレイブを振りかぶった。ダダダン! と連続で振り回されるクロスグレイブ――楓夏の十字架戦闘術で殴打されたタトゥーバットが、落下する。
    「雄斗さん!」
    「あぁ」
     短く答え、雄斗が踏み込む。落下してきたタトゥーバットへと振り上げられる雷を宿した拳――抗雷撃が、見事にタトゥーバットを粉砕した。
    『キィ!!』
     ヴヴン! とタトゥーバットの超音波が、夜の大気を振るわせる。七体のタトゥーバットによる大合唱に、既濁が言い捨てた。
    「耳障りな声だ」
     自身の体の中から傷つける超音波を受けてもなお他人事のようだ。その既濁の言葉に、理緒も口を開く。包囲が完成した、それでも理緒の表情に油断はなかった。
    「残り七体、確実にここで始末しましょう」
    「ええ、フォローは任せてくださいね」
     柔らかく微笑み楓夏が告げ、禅も同意するようにうなずく。夜の森を戦場に、灼滅者達とタトゥーバットの群れが激しく激突した。


     ゴォ! と地面は、砕ける。タトゥーバットの超音波を跳躍でかわしたフローレンツィアが、空中で銃身を切り詰め小型化した多銃身砲を手に取った。
    「こう五月蝿いのって趣味じゃないんだけど……!」
     ガガガガガガガガガガガガガガガンッ! とマズルフラッシュを瞬かせ、フローレンツィアのガトリングの連射がタトゥーバットを捉える。穿たれ、こそぎ落とされ、それでもなお上昇しようとしたタトゥーバットを、既濁が迫った。
    『キキ!?』
     タトゥーバットは、そこに何を見たのだろうか? 使命ではなく殺意によって、不純な悪意も害意も不要な意図も作為もなく――必滅の想いを込めて、既濁はタトゥーバットを破邪の白光を宿した金剛力棒で両断した。
    「クルセイドスラッシュは光るし光源代わりになるかと思ったんだけどな」
     照らし出したのは一瞬のみだ、そして切り伏せてしまえば既濁は別の獲物へと視線を移すだけだ。
    『キキ――ッ』
    「させませんよ?」
     タトゥーバット達が身構える、そこへESPクリエイトファイアによって血を燃やして理緒が駆け込んだ。タタン! と木の幹を足場に高く跳び、燃え盛る血を迸る炎の奔流へと変えて叩き付ける!
     ゴォ!! と、炎の滝のように理緒のバニシングフレアが闇を彩った。赤く染まる景色、その中をなつくんは走り抜け小刀で炎ごとタトゥーバットを切り裂く。
    「ここから先は行かせないぞ……蝙蝠共が!」
     それに合わせ、明日香は咎人の大鎌・絶命を下段から振り上げた。死角からの一閃、明日香のティアーズリッパーに大きく斬られたタトゥーバットへと菖蒲は緋色のオーラに包まれた矢を突き刺す。
    「残りは4体だぜ」
     その四体のタトゥーバットが、散ろうと大きく飛び上がった。しかし、それを迎え撃ったのは、木の上で待ち構えていた緋頼だ。
    「ここから先は通行止め……言葉通じませんよね」
     白縫銀手を緋頼が振るった瞬間だ、ヒュオンと光源にわずかに煌めく純銀の糸――Silverbloodが、一体のタトゥーバットを絡め取る。その勢いのまま、残りのタトゥーバット達も再び灼滅者達の元へと追いやられていった。
    「切り刻め」
     右手にはめた黒い数珠を高く掲げ、雄斗が言い捨てる。直後、ゴォ! と渦巻く風の刃がタトゥーバットを飲み込み言葉の通りに切り刻んでいき――その炎ごと、楓夏の炎を宿した回し蹴りが焼き切った。
    「これで、残りは3体ですね」
     ルクティー色のレースアップブーツを彩る四葉の飾りが揺らし、楓夏が着地する。禅はその尾のリングを輝かせ、仲間達の傷を癒した。
    「順調だな」
     雄斗は、残り3体のタトゥーバットの動きを目で追い、小さくこぼす。相手は眷属、ましてや連携を取らない相手だ。一体一体の実力も当然の事ながら、役割を分担し連携を取って戦線を組む灼滅者達相手には役者不足とも言えた。
     だが、灼滅者達に油断は欠片もない。弱いといっても、それはあくまで彼等灼滅者達の視線の話だ。
    「一体たりとも、逃がせません」
     緋頼は、理解している。一体でも逃がそうものなら、犠牲が出るのは免れないだろう、と。だからこそ、緋頼とフローレンツィアなどがしっかりとタトゥーバットの退路を断つ動きをしているのが大きい。
    「もちろん、逃がさないぜ」
     その上で、包囲した状態から逃げようとする個体を着実に狙う菖蒲の存在が活きる。そして、攻撃に集中する雄斗や既濁、理緒となつくん、明日香――この一連の動きをサポートする楓夏と禅という動きに、タトゥーバット達が抗えるはずもなかった。
    「そっち、頼むぜ!」
     走りながら、菖蒲はクロスグレイブを手に取る。聖歌と共に十字架先端の銃口が展開――菖蒲は真上へと黙示録砲を撃ち放った。
    『キ――ッ』
     ドォ! と業を凍結する光の砲弾をまともに受けて、ビキビキビキ――! とタトゥーバットが凍てついていく。落下してくるタトゥーバットへ、雄斗は右手に嵌めた黒い数珠を外し、明日香は刀を鞘に納めて跳んだ。
    「合わせる」
    「ええ!」
     ドン! と雄斗の異形の怪腕となった右の鬼神変の殴打と、明日香の居合い斬りの一閃が重なる。砕かれ、両断されたタトゥーバットはそのまま地面に落ちて粉微塵となった。
    「残り2体です!」
     マフラーをなびかせた禅が前へ、楓夏がその背後へ続く。禅の肉球パンチが捉えた刹那、オーラを集中させた楓夏の両の拳がタトゥーバットを連打した。ガガガガガガガガガガガガガガガン! と上下にリズムカルに殴りつけながら、楓夏はその場で横回転する。
    「フローレンツィアちゃん!」
     横回転で加速した楓夏の裏拳による一撃に、タトゥーバットが吹き飛ばされた。名を呼ばれたフローレンツィアは待ち構え、宙に紅点を穿った。
    「残念ね? そこは行き止まりよ」
     紅点から十字に空間ごと破くような音を立て、魔力の棘が伸びる――フローレンツィアのギルティクロスだ。ズザン! とその真紅の逆十字にタトゥーバットが触れた瞬間、切り刻まれる。鮮血はフローレンツィアまで届く事はなく、そのまま風に飲まれるように掻き消えていった。
    『キキィ!!』
    「さぁ、終わりにしようか」
     森の奥へと飛ぼうとしたタトゥーバットを、既濁の足元から音もなく走った影が飲み込んだ。既濁の影喰らいに飲み込まれたタトゥーバットはなおも足掻き、先に逃れようとする――しかし、その一瞬が明暗を分けた。
    「そこは、私の糸がありますよ?」
     ギュガ!! と緋頼が白縫銀手を引いた瞬間、前後左右縦横無尽にSilverbloodが収束、タトゥーバットを締め上げた。
    (「いくよ?」)
     そして、そこへ心で告げて理緒が駆ける。なつくんは当然のようにそれに続き――跳躍した理緒の踵落としと、なつくんの霊撃の横薙ぎが同時にタトゥーバットを捉えた。
     ボォ! と内側から爆ぜるように、タトゥーバットは爆発四散する。
    「8体目、終わりだ」
     雄斗の端的なカウントと共に、眷属の群れとの戦いは終わりを告げた……。


    「一般人の被害が出る前で良かったです」
     ため息を一つ、緋頼は笑みをこぼす。タトゥーバットの死骸も残らず、吸血鬼に対する手掛かりは残っていない――それでもまずは、犠牲を出さずにすんだ事を、素直に喜んだ。
    「手掛かりらしい手掛かりはなし、か」
     他人事のような声色へ、既濁は言い捨てる。相手が間抜けでないだけか、それとも間抜けだろうと隠し通せるだけの力があるのか、それは定かではないが。
    「しかし、今回の黒幕の子爵てやつは何者なんだ?」
     明日香の疑問に答えを持つ者は、ここにはいない。まあ、どちらにしても見つけたら倒すだけだが、という明日香の続けた言葉は、この場にいた者の総意だろう。
    「あのタトゥーバットの使い手の子爵のことは……深く考えたくは無いなが。しかしいつかは相対する時もあるのだろう、心構えは必要だ」
     呟き、雄斗は周囲へ清めの酒を撒く。そして、鎮魂の言葉――経を読んであの眷属達を弔った。誰に聞かせるわけでもなく口中でただ静かに、雄斗のその姿に菖蒲は心の中で言い捨てる。
    (「あんなやつらに祈りも墓もなにもいらないだろ」)
     そうは思っても、そうする誰かを止めるほどのものではない。
     戦いは、終わった。しかし、これはあくまで事件の一幕、その一端に過ぎない――これが、今後どんな事件に繋がっていくのか? ただ、彼等の想いはただ一つ、吸血鬼の悪行を許す訳にはいかない、それぞれの過程は色々あれど、結論は同じだった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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