武は夢虫に喰らわれる

    作者:西灰三


    「た、助け……て……」
     よろよろと少女が路地裏のゴミ容器と共に倒れこむ。派手な音が狭い路地裏に響き渡るが彼女は意にも介せずに、力を振り絞り立ち上がって足を引きずるように何かから逃げようとしている。
    「は、早く……」
     今の彼女の様子からは到底考えられないが、彼女は『蜘蛛技のサトリ』と呼ばれたアンブレイカブルである。相手の腕や足の動きを極め技で封じる戦いを得意とする技巧派だった。
    「……も、っと、遠くへ……!」
     だがそんな彼女の望みは叶わない。彼女の身体の内側にはそれを許さない存在がいた。
     びぎり。
     引き裂くような、破り捨てるような音が彼女の胴体から発せられた。同時に彼女の意識は途切れ、反対に音の主が目覚める。絆のベヘリタスに似たそれはそのまま彼女の身体を食い破り現実の世界へと現れる。数十の虫の群れは次々と飛び出し彼女の身体を食い尽くしていく。
     

    「ベヘリタスの卵が孵る話はみんな知ってるかな?」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)が問うたのは、最近起きている事件の一端だ。
    「それについて調べていた伏木・華流(桜花研鑽・d28213)さんの考えていた可能性が的中したんだ。……この件にはシン・ライリーが関わってるみたいなんだよ」
     クロエはその経過で補足した事件について語り始める。
    「……場所は三重県熊野市にある港町。そこでサトリと言う名のアンブレイカブルが現れるんだ。彼女はシン・ライリーの配下だったんだけど……」
     クロエは一旦目をつぶると、直ぐに開いて灼滅者達を見た。
    「ソウルボードにベヘリタスの卵が植え付けられているみたいんだ。そして卵は孵って、このアンブレイカブルは数十匹の羽虫型ベヘリタスに食い殺される……。この羽虫ベヘリタスを可能な限り倒して欲しいんだ」
     この羽虫型ベヘリタスは一体一体が灼滅者に少し劣る程の強さらしく全滅させるのは不可能とクロエは言う。
    「数は20匹ぐらい。こちらから手を出し続ける限り逃げないよ。……限界まで戦えるということでもあるけれど」
     無論多く倒せるに越したことはないが、無茶は禁物だろう。
    「……普通に戦う以外に、もう一つやり方があるんだ。説明しておくね」
     そう言い彼女は資料のページをめくる。
    「それは彼女のソウルボードに入ってベヘリタスの羽虫を撃破する方法。サトリとは意識がある内に接触はできるけれど、混乱していて説得は出来ないから、そもそも難しいんだ。でももし入ることができればソウルボードの中で弱体化している状態の羽虫を先に倒せるんだ。ただ、その後外に出ると無傷の弱体化していない羽虫と戦うことになるから、ちょっと苦しい戦いになっちゃうよ」
     なおその場合、命が助かったアンブレイカブルは目を覚ますと安全のためにこの場から撤退していくそうだ。
    「今回の相手はベヘリタスに似た、ベヘリタスじゃないシャドウ。アンブレイカブルのソウルボードでベヘリタスの卵を孵化させている存在がいるはずなんだ」
     それがシン・ライリーその人であるか、否かは今の段階では分からない。
    「しかもこのやり方だとボク達の予知も難しいんだ、それだけ同じ状況が起っているのか分からないしね。……だから見つけた以上は皆に出来るだけ頑張ってもらいたいんだ」
     クロエは居住まいを正して灼滅者達を見送る。
    「いろんな判断があると思う、でもみんなならきっと大丈夫。それじゃ、行ってらっしゃい」


    参加者
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    ルーパス・ヒラリエス(塔の者・d02159)
    夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)
    建部・さくら(緋色の桜花・d16429)
    英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)

    ■リプレイ


     裏路地。油と埃の臭いが海風と混ざり、どうしようもない程の不快さを漂わせる暗所。その中心で少女が、いや少女の姿をしたダークネス――サトリ――がのたうち回っている。乱暴に振るわれる腕はしかし、ダークネスならではの力をまるで発揮できずに薄い壁すら砕けない。精々が鼠や油虫を追い払う程度だ。
    「いたっす!」
     その饐えた世界に不釣り合いな若々しい声が響いた。白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)を先頭に、サトリの元へ灼滅者達は駆け寄る。
    「……コイツはひでえな」
     一介の戦士としての姿はそこには無い。英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)は戦いを信条とするアンブレイカブルと言うダークネスが、恐らくは策謀の果てに絶えようとする姿を見て眉をひそめる。だが潜めるだけ、彼には彼女を積極的に助けようとする気はない。
    「………」
     積極的ではない、という点に於けばルーパス・ヒラリエス(塔の者・d02159)も彼に同じか、もっと突き放して見ている。見下ろす先にいる存在に対しての感慨は髪の毛の先程だ、むしろこれから戦う蟲の方に意識を割いていると言ってもいいだろう。だが彼らのような考えはこの場において少数派であった。
    「落ち着け! それでも武を求める者か!」
     苦しみに唸る彼女に檄を飛ばしたのは押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)だ。彼の言葉に反応するように彼女は一度大きく震えた、がそれだけだ。聞こえていないわけではなく、聴こえていないのだ。そんなサトリの脇で夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)が心配気に顔色を覗き込んでいる。
    「このままじゃしんじゃうんだよー!」
     愛良・向日葵(元気200%・d01061)の必死の叫びも届いているようには見受けられない、ただサトリの口からは苦悶に満ちた言葉混じりの呻きがこぼれ落ちるだけだ。
    「あなたの中のシャドウ退治に来た、協力してくれれば死なずに済む、まだ武を磨ける。そうでなければ中から食い潰される、戦う事もできず!」
     ハリマも言葉を尽くすが梨の礫である、こちらに気付いているかどうかすら怪しい。
    「不壊って割りにメンタル脆いんだね。何をすれば勝って生き残れるか考えなよ」
     不意にルーパスから言葉が漏れた、恐らくはサトリに届かない事を分かった上で。無論、これまで彼女にかけられた言葉と同じ様に無意味に消えていくだけだ。
    「……ごめんね」
    「本来ナラ正々堂々とやりたいデスガ」
     向日葵が目を瞑りながら武器を握るのと、ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)がチョークスリーパーをかけようとするのを見て、ルーパスも虫を討つための武器を手にする。彼にはいかなる手加減もダークネスを助ける術にはならないと理解していた。手加減攻撃ではダークネスを戦闘不能にして意識を途絶えさせることは魂が肉体を凌駕するために出来ず、その他のサイキックでは灼滅して死亡するだけだ。また耐久力が相手に残っている限り意識が途切れないとは限らない。どのような形にせよ攻撃によってダークネスの意識を奪うことは出来ない可能性が残る。
    「ちょっ、ストーップ! 待って待って!」
     建部・さくら(緋色の桜花・d16429)が止めるが、なんにせよもう間も無く彼女は死ぬだろう。――そう彼は判断し口元を歪ませようとした時。
    「アイスバーン先輩! お願いしますっス!」
    「え、あ、うん出番あるの? 楽できると思ったのに……」
     切迫した声で叫んだのはハリマ。問われたのは雅に呼ばれたアイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)。彼は、彼だけは自分達の行動だけに依らずにサトリの方を見定めている。彼はエクスブレインの情報から彼女が気絶する可能性を考慮に入れていたらしい。それが即座にソウルボードに飛び込むきっかけとなった。
     斯くて、彼らはダークネスの夢の中へと赴く。緋沙の言葉はサトリに届いただろうか。
    「貴女の中に潜む悪い虫を、今駆除してあげますからね」


     彼らが入ってくるのと入れ違いになったのか、ソウルボードの中には羽虫ベヘリタスが半分の10体程になっていた。もう半分は現実に出ているのだろう。ここに残る10体は突然の乱入者達の姿に戸惑うように蠢いている。
    「ここがサトリちゃんのソウルボード……ゆっくり見てるじかんもないね」
    「……こっちはさっさと片付けよう」
     向日葵の言葉にルーパスは即座に武器を構える。その姿を見て虫達も慌てて臨戦態勢を取る。
    「咲き誇れ、緋色の桜花!」
     さくらがスレイヤーカードから力を引き出し、くるりと頭上で槍を回す。そのまま赤いオーラを纏わせて前衛にいた虫を斬りつける。容易く切っ先は虫の身体を切り裂いて大きく揺らす。
    「やっぱそんなにこっちのは強くないみたいだな、ちゃっちゃとケリを付けようぜ」
     鴇臣が拳に雷を纏わせて殴りつければやはり簡単に相手は吹き飛ぶ。
    「急がないといけないっス!」
     ハリマの心の中では外に出たであろう残りの虫達のことがあった。矜持を食い破る存在、それを逃さないために相手が弱体化しているからと言って容赦はしない。彼はまわしを固く絞めて目の前の相手にぶちかます。
    「理不尽な死をモタラス貴方達はここで潰ナサイ!」
     ローゼマリーが虫を霊子の網を叩きつければそのまま相手は消滅していく。ローゼマリーもまたこの虫達の所業に嫌悪感を持つ者の1人だ。そして概ねこの場にいるストリートファイター達にその思いは共通している。
    「ここではあまり私達の出番はなさそうですね」
     守り手を務める緋沙が襲い掛かってくる虫を払って呟いた。格下相手であり、灼滅者側もサーヴァントを含めば相手よりも人数は多い。相手の攻撃も個を対象にしたものばかりであり、その上ルーパスが相手の注意を旋風輪によって引きつけている。
    「当ててみなよ、心臓めがけてさあ」
     彼は巧みに距離を取りながら虫達の攻撃そのものを制している。結果相手の戦力はかなり減退している。
    「こんな所でもたもたしてられないっす!」
     雷の様に放たれる雅の一撃が虫を地にたたきつけて消滅させていく。彼女だけではなく灼滅者達は連携も重ね、瞬く間に虫達を駆逐していく。灼滅者達は5分かからずにソウルボード内の虫達を全滅させていた。


     灼滅者達が虫達を全滅させて現実の世界に戻れば、虫達がまごついていた。出てこないもう半分の仲間達の事で相談していたのかもしれない。だが、現れた灼滅者達の姿を察知して彼らは理解したのだろう、灼滅者達に向かって臨戦態勢を取る。
    「後はお前達だけで終わりっす! 覚悟!」
    「こっちはもうちょっと手応えあるんだろうな?」
     雅と鴇臣が前へ出る、無論彼らだけではなく他の灼滅者達も連戦の勢いを駆って駆け出す。――そんな中、目覚める存在が一つ。
    「ん、んん……」
     サトリが僅かに呻きを上げて目を開く。数秒目を瞬かせたかと思うと周りの状況を見て怪訝な表情を浮かべる。
    「目覚めマシタカ」
    「大丈夫ッスか?」
     ローゼマリーが相手の攻撃を受け、ハリマがつかみ合っていた虫を脇に投げ捨ててから言った。
    「……一体全体、これは何なのよ。アンタ達灼滅者?」
    「サトリちゃん、たすかってよかったねー♪」
    「……へ?」
     同じく様子を伺っていた向日葵の言葉に、サトリは一瞬だけ疑問符を浮かべた。そして今まで自分に起こっていた事を思い出したようにはっとした顔をする。
    「べ、別にアンタ達に助けてもらったなんて思ってないからね!」
     サトリはよろよろと立ち上がり、戦場から離脱しようと足を引きずって歩き出す。その背中にさくらが問いを投げかける。
    「ねえ、ここ最近何か変な出来事ってあった? ……あなたに起こったこと、何の予兆もなしにこうなると思えないよ……」
    「……教えないわよ。アンタ達武蔵坂でしょ? アンタ達が獄魔覇獄でムチャクチャしてくれたおかげでこんな目に遭ったってのに」
     それだけ言うと彼女は灼滅者達の戦いを尻目にこの場を離れていく。
    「今度、いずれは正々堂々と私達と勝負しましょうね」
    「こっちとしては二度と会いたくないけど、もし会ったらね」
     緋沙の言葉にサトリは鼻を鳴らすだけで何も答えず姿を消した。その様子をルーパスは眉を潜めて見送った。


     サトリが戦場を脱出した後、灼滅者達は残る虫達と戦いを続ける。双方の戦術はソウルボードの中での戦いの時とさして変わりがない。ただ大きく違うのはこの外の世界にいる虫達は、夢の中にいた虫達よりも遥かに強いという点だ。
    「やはり、結構強いですね……」
    「ちょっと諦めるのは悔しいっすが……」
     相手の攻撃を受けとめる緋沙の疲労の色は濃い、彼女だけではなくハリマと円、そしてローゼマリーとベシカも危ない。
    「そろそろげんかいかなー?」
    「わうー……」
    「マナボシももうそろ無理だって」
     さくらの隣で前衛の回復を主に行っていた向日葵とマナボシも今の戦線が厳しい事を確認する。癒やし切れない傷が増えてきているのがその理由である。もちろん要求されていた10体は既に撃破してはいるのだが。
    「……全ては無理かも知れないっすが、ここで1匹でも多く倒すっす!」
    「同感だね、ついでに意趣返しと行こうじゃないか」
     雅とルーパスがそう言いながら武器を振れば同時に2体の敵が消滅する。
    「仕方ねえ、もうちょい頑張るか」
     鴇臣はここに来て生じた少しばかりの延長戦に、困ったような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべる。好戦的な性質を持つ彼が故だろう。ある程度戦う意志を決めた彼らは残る敵に対して次々と攻撃を仕掛けていく。さくらが槍の穂先を下にして氷の礫を放ち、虫を狙い撃つ。
    「んー、飛んでけ! ってそこから!?」
     互いに想定外の一撃は虫の腹部に命中し大きく穴を開ける。そこに踏み込むのは緋沙。
    「私の本気を見せてあげます、それ、食らえー!」
     鋼の如き拳が虫を叩くが、まだ相手はしぶとく潰えない。それをフォローするように雷を込めた拳を突き立てる。
    「これで止めデス!」
     そのまま腕を振れば遠心力で虫の亡骸が吹き飛びながら消えていく。
    「矜持を踏み躙る存在は叩き潰す!」
     ハリマが四股の要領で炎と共に虫を踏み潰せば、中に舞う相手は長物を持つ者が担当する。
    「……さて、もうそろそろ本当に限界かな」
     ルーパスがフェイントをかけた石突の一撃で宙を舞う一体を落とせば、既に敵の数は半減している。戦術と戦意が両方の戦いにあった故だろう。
    「いや、まだっす! 最後まで倒す気で行くっす!」
     鋭く尖ったオーラを腕に纏い、雅は敵を貫く。その勢いに恐れおののいたのか、弾かれるようにして残る虫達が一斉に雅に向かって黒い弾丸を放つ。
    「こんなので倒されるかっス!」
     雅は耐え切った。そして、さらに追撃しようとしてきた相手を片手で掴んで投げ飛ばした所で力尽きる。彼女が倒れた所で灼滅者達は慌てて逃げていく3匹の虫を見送って、戦いを終える。
     アンブレイカブルに巣食っていたベヘリタスの羽虫との戦いは終わった、だがこれはもっと大きな何かの一部であることを灼滅者達は確信していた。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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