黒翼は夕闇に嗤う

    作者:夕狩こあら

     古き好き景観を残す、豪奢な西洋屋敷。
     然しその屋敷は、全ての良さを台無しにしてあまりある、莫大なゴミの山に埋もれていた。
    「ぶほっ、ぶほっ、ぶほっ」
     屋敷の最奥、ゴミ山の中心で、一人の太った男が嗤う。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。今こそ君を助けたい助けたい。
     そして感謝されたい見られたい認識されたい瑠架ちゃんに!
     僕を見て! 見て瑠架ちゃん!」
     突然脈絡も無く叫びだしたその男は、口から何か液体のようなものを吐き出した。
     その液体はビチャッと床にへばりついたかと思うと、頓てモゴモゴと蠢き、一体のタトゥーバットへと姿を変えた。
    「派手に暴れてこい! 派手に暴れれば、瑠架ちゃんは僕の事を思い出す!
     そしたら瑠架ちゃんは僕の事を思い出して心強くなるので、そしたら瑠架ちゃんは心強くなって僕の屋敷に訪ねてくる筈!
     思い出して! 子爵である僕の事を思い出して! 瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん!」
     
    「兄貴、姉御、大変ッス! ヴァンパイアが派遣した眷属、タトゥーバットが一般人を襲う事が分かったんス!」
     教室に入るなり、手に握り締めた地図を勢いよく広げた日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、灼滅者らの視線が紙上を滑るに合わせ、説明を始めた。
    「タトゥーバットが出現するのは、夕暮れに差し掛かった埠頭ッス」
     夕方の埠頭は然程人気も多くないが、唯一、潮風が心地よいとランニングコースにしている一般人の青年が居る。
     彼が埠頭を過ぎる際、タトゥーバットと遭遇してしまえば、被害が出る事は間違いない――。
    「灼滅者の兄貴と姉御には、この青年を襲うタトゥーバットを阻止し、灼滅して来て欲しいんすよ!」
     主なる目的はタトゥーバットの殲滅だが、可能ならば青年の安全を守って欲しい。ノビルの丸い瞳に、灼滅者達が頷きを返す。
     
    「タトゥーバットは全6体。体表面に描かれた眼球状の『呪術紋様』により魔力を強化された、コウモリの姿の眷属ッス」
     戦闘時のポジションは全て中衛に集まり、ジャマーに3体、キャスターに3体と別れている。それぞれの個体に体力差はない。
    「空中を自在に飛翔するタトゥーバットは、人間の可聴域を越えた超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、数々の魔法現象を引き起こすんス」
     その攻撃はダンピールと酷似している。
    「また、その肉体に描かれた呪術紋様は、直視した者を催眠状態に陥れる魔力を帯びているんスよ!」
     様式は違えども、超音波はヴァンパイアミスト、呪術紋様はギルティクロスに相当し、また迫り出す鋭牙は紅蓮斬の如くこちらの生命力や魔力を奪ってくる。数の多さも相まって、侮れない敵だ。
    「タトゥーバットは、それほど強力な眷属ではないにしろ、人間を虐殺しようとする意図で動いている以上、見逃せないッス!」
     出現場所となる埠頭の地図を彼等に手渡したノビルは、
    「ご武運を!」
     と敬礼を捧げた。


    参加者
    九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)
    歌枕・めろ(迦陵頻伽・d03254)
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)
    クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)
    土也・王求(天動説・d30636)
    椿本・呼石(御伽の欠片探し・d33743)

    ■リプレイ


     空を覆う天蓋が茜色に染まる黄昏。秋らしい鱗雲も緋に染まり、寸刻の後には紫雲となって闇に解けゆく日没の間際を、逢魔が時とは言うたもの。血を流し込んだ様な紅き空に舞う黒翼――タトゥーバットの群れは羽音を隠して密密と、眼下に人の気配を感知した瞬間、鋭牙を剥いて風を切った。
     タッ、タッ、タッ、タッ……。
     潮音に交じる軽快な足音はランナーだろうか、青年を屠ろうと滑空した彼等は、然し、
    「此処から先へは通さないよ!」
    「ギィィィッ!」
     その軌道に割り入った村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)と、彼より繰り出されたイカロスウイングに隊を乱されて騒めいた。
     生温かい鮮血を啜ろうとした猛牙は痛撃を叫び、鋸を当てたような醜い声を挙げる。
    「ギィッ! ギギィ!」
    「ひ、っ!」
     熾烈な衝撃音と異獣の叫声に振り向いた青年は吃驚に竦み、視界に飛び込む非現実に目を瞑った刹那――、
    「ギィギギィ!」
    「プリンチェ、そのまま真っ直ぐですわ!」
    「っ!」
     豪奢で深みのある椅子を具えたワンホイール「プリンセスチェアー」が眼前に割り込み、黒翼の群れを撹乱すると同時、そこからふわりと飛び降りた椿本・呼石(御伽の欠片探し・d33743)が前衛にイエローサインを配った。
    「大丈夫ですの、私達がお守り致しますわ!」
    「君達、は……」
     異獣の悪声を通り抜ける声の凛然に正気を繋ぎ止めた彼は、次に潮風に紛れて鼻腔を擽る馨香に忽ち心を奪われる。
    「ここは危ないから、安全な場所に行きましょう?」
     それが歌枕・めろ(迦陵頻伽・d03254)の放ったラブフェロモンとは知るまい。
    「さぁ、此方へ」
    「はい、喜んで!」
     すっかり魅了された青年は、繊麗なる細指が示すまま、斜陽を背に埠頭より走り去る。全力で駆ける足は恋の勢いのまま、翼猫の式部が退路を守れば傷負う不安もない。
     逃げ行く彼を敵の標的から逸らすべく、レイザースラストを差し入れて惹き付けるは土也・王求(天動説・d30636)で、
    「殺戮を見過ごす訳にはいかぬ。地球のヒーローの名にかけて、絶対に阻止してみせる!」
     と、鏖殺を生き延びた彼女らしく、誰一人傷付けぬ気概で盾を成した。
    「ギィイ、ギィイイ!」
     主命に与るタトゥーバットは、灼滅者らの邀撃に怯む程度の僕ではない。寧ろ一帯に漂う凄惨な殺気に敵意を漲らせた彼等は、好敵手たる獲物を前に昂ぶり、その血を求めて更に羽音を響かせた。
    「さて、蝙蝠退治か。手早く済ませようかね」
     殺意の波動を覚醒させた九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)自身も、愛刀【直刀・覇龍】を手に修羅となり、
    「牙壊!! 瞬即斬断!!」
     幽光帯びる刀身を暴いて、その閃きに黒翼を薙ぎ払う。
    「ギイィィッ! ギギッ!」
     嗜虐の牙を露に宙舞う敵影を、コールドファイアで囲繞する饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)も歴戦の猛者。
    (「僕もあの頃から比べたらずっと強くなってるし、数が多くてもちゃんと倒せる!」)
     埠頭の地理を押えた彼の牽制は、成程的確で経験を感じさせる。
     久々に相対する敵を前に闘志を漲らせた彼は、その聡い耳に追撃を駆る卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)の衣のはためきを拾って見届けた。
    「同時多数の眷属出現、同一個体が糸引くならば其の力は強大か」
     包帯に隠された唇が紡ぐは晦渋な科白と死の魔法。
    「然れど一々を断ち切り、潜みし者を引き摺り出すが我等の勤め」
    「ギィィッ、ギギィ!」
     急激に活動熱を奪われたタトゥーバットは、超音波を発して回復を図るも、
    「ギギャッ!」
     夕闇に紛れて地を滑った闇黒が口鼻を縛れば、それも儘ならぬ。
    「タトゥーバットって使役出来ないの、かしら。飛べる分シュビドゥビより使えそう、ね」
     藻掻く黒翼を眺め見たクラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)の言は相棒に聞こえたか、酷いぜと主の麗顔を見返した霊犬シュビドゥビは彼女が捕えた敵躯に迫ると、斬魔刀を一閃させて紋様を両断する。
     先ずは一体――。
    「ギィギギャアッ!」
     力なく墜下した仲間の黒影を縫い、タトゥーバットが一気に躍り掛かった。


     紅き空に嗤うように黒翼を翻すタトゥーバット。
     戦陣を翻弄し得るジャマーを先に潰す――と、灼滅者の狙いは一致している。
    「一匹二匹ならまだしも、こんなに居るんじゃ油断、させて貰えそうにないね」
     一樹は伸びやかなテノールに聖碑文を詠唱しつつ、断罪の光芒に敵群を灼くと、傍らにコクンと頷きを返した樹斉が幽玄なる舞踊を合わせて術力を高める。列を薙ぎ払う灼光と弾かれるリズムに翼を泳がせた異形は、続くスナイパー等の鋭撃に掴まった。
    「ギィィアッ!」
     プリンチェが遠巻きに弧を描きながら弾幕を張れば、耳障りな叫声は筒音に隠れ、
    「主のヴァンパイアを倒さないと、眷属が幾らでも生み出されそうですけれど……。
     いえ、そんな事を考えるのは後ですの」
     愛機の援護を受けた呼石は対角より祭壇を展開しながら、敵躯を結界に拘束した。自らの言に小首を振って金髪の縦ロールを揺らした彼女には、泰孝が言を置いて敵陣に踏み込む。
    「忠実盲従、主が命に従いし獣なれど、無辜の民を害すならば容赦なく断ち切るのみ」
     陰に隠された灼眼はよりダメージを負った一体の揺らぎを見逃さず、チェーンソーの鋭刃に呪術紋様を引き裂いた。
    「ギギィイッ!」
     片翼となってなお催眠を掛けようと簿暮を踊る異獣には、龍也の抗雷撃が炸裂し、
    「打ち抜く! 止めてみろ!」
    「ギャアアッッッ!」
     雷光を宿した剛拳に突き上げられた黒塊は、夕空に真紅を迸らせて散った。
     これで二体――。
    「ギィィア! ギギギィ!」
     無論、手勢を駆逐されて憤らぬ筈はなく、風切る翼は音を立てて集まり、邪眼を刻んだ紋様を揃えて視る者の精神を掻き乱す。
    「蛮獣とはいえ統率が取れておるとは見物じゃ」
     或いは獣故に意思を一にするのかと洞察する王求は冷静で、敵の一斉攻撃にも颯爽と防壁を展開して凌いだ。
    「破られはせぬぞ」
     シュビドゥビの六文銭射撃が黒塊を分断した刹那、【天之逆鉾】を突き入れた彼女は、疾風の斬撃に黒翼を錐揉むと、体勢を崩した隙に白翼を翻した式部が肉球で薙ぐ。
    「ギャギャ!」
     緋色の空に霧散した黒羽は激情に咆吼して迫ったが、クラウディオのラビリンスアーマーに強化された一同に噛み付くのは容易でなく、まためろがイカロスウイングを射出して接近を拒めば、血を乞う牙も唾液を滴らせるのみ。
    「口寂しそう、ね」
    「でも、強請ってもあげないよ」
     片や形良い唇に嫣然を湛え、片や佳顔を穏やかに咲ませ――。攻守に優れたメディック陣に苛立ちを募らせたタトゥーバットらは、ここに猛攻を仕掛けた。
    「ギィアアアア!」
    「、っ」
     即座に踏み出た王求の判断は正しい。
     本能的に妖冷弾を放った彼女は、空を滑る敵群が氷の楔を掻い潜って飛び込む様に息を呑みつつ、呪術模様から放たれた赫々たる熱光線に美眉を潜める。
    「下命が斯くも身を鎖するか――飛翔黒翼、悪意満ちし影捕らう、我が氷牢にて露と散れ」
     奇声を上げる獣の狂気に触れた泰孝は、闘気を凍気と変えて熱を奪うも、勢は殺がれず、
    「ギギィア!」
     身を翻した黒翼は、同じく牽制にと古書を捲った呼石に鋭牙を剥き出し、その白い首筋に噛み付いた。
    「きゃっ!」
    「椿本ちゃん!」
     色白の肌に流れる血は、敵が群がる前にめろが帯鎧を届けて塞ぐ。
    「乱暴な捕食は頂けない、わ」
     同時にクラウディオがリバイブメロディを奏でれば、一度は崩れた前衛の布陣も持ち直し、プリンチェは海に零れそうになる主を間際で受け止めた。
    「はう、助かりましたの」
     吐息する呼石、その無事を見届けて再び敵を炯眼に射た一樹は、
    「只の烏合の衆、なら良かったんだけど……そうも行かなそうだね」
     乱舞するタトゥーバットにトラウナックルを打ち込みながら、その機敏かつ統制された動きに愈々戒心を廻らせた。
     狂気の驀進を好機と捉える龍也は笑みを鋭く、餓えた牙にも真向勝負といった処で、
    「向こうから来てくれるとは有り難いな。此処は俺の距離だ!!」
     冴えた銀光を放つ愛刀を翻し、迫り出る猛牙を手折って迎撃した。
    「ギャアア、ッッ……!!」
     敵の猛撃に異変が起きたのはそれから間もない。
     個を成していた黒塊より、一体が花弁の散る如く零れたのは、颯となった狐獣――樹斉が駈け抜けた後。
    「――」
    「ギャギャッ、ッ!」
     静謐なる斬撃が漆黒の双翼を摘出すれば、千切れた躯は地に沈む前に黒霧と潰え、
    「ギャア、ギャギャ……!」
     三体を失って戦力を半減させたタトゥーバットは、最早その羽撃きに笑みもなかった。


     その後はまさに怒涛――。
     彼等は立ち回りの良いキャスター陣を御する術を心得ており、既に攻撃の精度を高め、且つ敵の機動力を削いでいたのだから、その戦術は敵数を少なくして愈々歯車の如く回り出す。
    「ギィィギギャッ」
     魔眼を象った呪術紋様を翻して脳波を乱すタトゥーバット。
     三体は角度を変えて一斉に襲い掛かるも、既にラビリンスアーマーにて強化を得た盾はアイギスの如く、
    「ギギギギィッ!」
     虹の尾を引く式部の猫魔法に囚われた瞬間、プリンチェが機銃掃射に相殺すれば、催眠を呼び起こす超音波は虚しく掻き消え、戦陣に漂うは浄霊眼を施したシュビドゥビの癒しのみ。
     敵は堅牢なる防御を前に足留められるばかりか、
    「直に陽も暮れるが、主の下へは帰さぬぞ」
     カウンターアタックに王求の螺穿槍を喰らえば、旋回する疾風に黒翼を捥がれた一体が、醜く叫んで塵となる。闇に融けたと思ったのは、正に今、彼女の言葉通りに日が没したからだ。
     然し光源を用意していた彼等が視野に劣る事はない。眩く連なるLED照明と、【オウル・アイ】が黒闇に隠れた敵影を瞭然と浮かび上がらせる。
     寧ろ惑わされたのは連中の方か、龍也はタトゥーバットらの射線が重なるよう動いて同士討ちを誘い、
    「知恵のある奴なら、こんな手に引っかからないんだけどな」
    「ギャギャッ!!」
    「ギギギィ、ッ」
     敵躯が悶着した隙に紅蓮斬を走らせて体勢を崩した。
     更にめろが炎の奔流に二体を囲めば、自在に空を駆る筈の翼も追い込まれ、煉獄の檻に彷徨うのみ。
    「大丈夫よ、式部。誰も傷付けさせないからね」
     勿論めろも、と付け加える花顔は凛として、頼りない妹を守る姉のような存在の式部は言を受け取ると、ただ迸る灼熱に瞳を細める。
    「ギギギャギャッ!」
     二体は尚も反駁に翼を翻して魔霧を放出したが、連携ならば感情の絆を繋ぎ合わせたスナイパーらの方が格段に秀でており、
    「悪いコウモリさんは、おしおきですの!」
    「異論無し」
     呼石が動きを鈍くした一体を捉えれば、泰孝が狙うもその個体。より弱体した敵を追撃、殲滅するという意思の疎通が、絶妙なコンビネーションを生んだ。
    「ギャアアアァァッ!」
     光矢の如く疾く伸びたレイザースラストを燦然たる光刃が追い駆け、翼を、胴をと鋭撃を被せられたそれは、熾烈な衝撃波を戦場に散らした時には――既に跡形もない。
    「ギッ……ギギッ……!」
     残り一体となったタトゥーバットの焦慮は、言はなくとも飛び方で伝わったか、無様な態はクラウディオを呆れさせ、
    「先刻の言葉、撤回する、わ。こんなものでやられてしまうなら要らない、わね」
     つまらぬ傷は負わせぬと、回復と強化の手を厚くする傍ら、流し目に相棒を見遣って微笑した。
    「やっぱりワタシのシュビドゥビが一番、よ」
     勿論この科白を堂々と受け取るシュビドゥビ。
     信頼に繋がれた双方の瞳が次に見遣ったのは、覆しようのない劣勢を突きつける樹斉のディーヴァズメロディで、
    「ギィ……ギギギ……ッ」
     暗闇を濡らす魅惑の旋律が催眠を誘うのは、小気味良い応酬だった。聴覚より侵入して脳波を乱す歌声は酷く美しく、意識を深淵に沈ませる。
     闇雲に舞う黒翼に終幕を知らしめたのは一樹。
    「さて、紳士的にキメさせていただくよ!」
     彼は忘我のまま迫る猛牙を細身を翻して交わすと、振り向き様に【誓約の罪架】を展開し、無数の光条に敵躯を射抜いた。
    「ギギャギャアアアッッッ!!」
     闇夜を切り裂く絶叫を残し、最後の一体もまた命の灯を消された。


     今際の咆哮が闇黒に融け入るまで、タトゥーバットの灼滅を注意深く見届けた灼滅者は、取り戻した静謐に安堵の吐息を溢し、宵の埠頭に漸くしじまが訪れる。
    「お疲れ様。怪我はない、かしら?」
     制勝の感を得たクラウディオが仲間を見渡して負傷を確認すれば、返る苦笑に深刻さはない。敵数は多かったものの、終始主導権を譲らなかった彼等が磐石の勝利を得た証だった。
    「ここで仕留められて幸甚じゃったの。決して野放しには出来ぬ輩じゃ」
     王求は返り血を浴びて汚れた頬を手に拭いながら嘆息する。エクスブレインが予知せねば、或いは討伐が失敗していたら、今以上の血が流れていた事は間違いない。
     彼女を含め、メンバーの表情が手放しに喜色を浮かべぬのは、やはりタトゥーバットを差遣した黒幕の存在が気に掛かるからで、
    「群で飛んでるとか、どこか行先があったのかなー」
     人の態と成った樹斉は戦場を掃除するがてら、連中が飛来した方角を見遣って思案し、
    「敵の死屍残骸が消滅せざれば諷示手蔓を得られたか」
     泰孝は白帯に包まれた手指で戦闘痕を確認しながら、些細な手掛かりをも見逃さぬ気概で先の戦闘を反芻していた。
     これだけの頭数を諸所に仕向けられる男とは、一体――。
    「何処のどいつか知らないが、何かするつもりならその前に潰してやる」
     分の悪い賭けを好む龍也は、自らをチップとするなら身を投じるだけだ。事が困難な程、相手が強敵である程その青眼は犀利に輝き、
    「今は目の前の敵を倒し、出来る事をこなしていくのみですわ」
    「あぁ」
     進むだけだと佳顔を持ち上げる呼石に是を返す。
     少女の紫瞳は闘いを終えて尚真っ直ぐと、必ずや在る糸口を手繰るようだった。
     暫し張り詰めた空気を纏う一同に、穏やかな声を掛けたのは一樹で、
    「……なんだか身体を動かしたらお腹が空いてしまったね。
     簡単なティーセットなら持ってきたけど、お茶にするかい?」
     戦士にも休息は必要だと微笑む麗顔が場を和らげる。
    「お言葉に甘えて、いただきますね」
     おっとりとしためろが破顔すれば、漂う空気は愈々柔らかく、束の間の癒しを得ようと仲間が集まった。
    「……おいしい」
    「ホッとしますの」
     今はただ、冷える秋の夜に漂う湯気と、カップに隠れる小憩の声が、人々の日常を守りきった実感を味わわせてくれる。今回の事件に隠れる真相は気になるばかりだが、凄惨なる悲劇を防いだ事は、間違いないのだから――。

     斯くして一人の負傷者も出す事なくタトゥーバットの殲滅に成功した灼滅者達は、この場での戦果を学園に持ち帰る事にし、海より戦ぐ潮風と共に、静かに埠頭を去ったという。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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