蟲の巣

    作者:立川司郎

     月明かりが、行く手を照らしていた。
     さわさわと風が葉を揺らす音と、月明かりと、そして足を引きずる我が身の情けない姿と。
     体のうちから食い破られる感触が、じわじわと広がっていた。
     それでも歯を食いしばって耐え続ける、彼女の口から名が漏れる。
    「……くっ……業大老が居られれば…」
     業大老の復活を願って戦っていた時。
     派閥こそあり、仲間同士で腕を競っていた頃。
     まだ信じているのかもしれない、強固なアンブレイカブル達が業大老の元に集う事を。
     怒りと苦痛とが体にわき上がり、耐えきれずに彼女は声をあげた。体のうちから、無数の蟲が羽音を立てながら飛び出していく。
     正気を失った彼女の手から、愛刀はするりと滑り落ちると地面に突き刺さった。
     
     その報告をしながら、相良・隼人(大学生エクスブレイン・dn0022)は険しい表情を浮かべていた。
     伏木・華流(桜花研鑽・d28213)の懸念があり学園で調査を進めていたが、ベヘリタスの卵についての新たな事件の発生が判明したのである。
    「仙台市で、現在『八重』という名前のシン・ライリー配下のアンブレイカブルが一人逃走を続けている。彼女は何かに追われるように逃走を続けているが、じきに体の中から無数の羽虫型のベヘリタスが食い破って殺してしまう」
     おそらく、このアンブレイカブルのソウルボードにベヘリタスの卵がうえ付けられてるのだろうと隼人は言った。
     彼女は現在、七里ヶ浜の表浜近辺にいる。彼女の体をベヘリタスが食い破ると、二十体のベヘリタスが出現する。
     ベヘリタス1体は灼滅者より少し弱い程度の強さで、二十体を殲滅する事はもちろん、一度に相手にする事も難しいと隼人は話した。
    「こっちが戦いを仕掛ければ反撃してくるが、お前達が逃げれば追撃まではしてこない。だからギリギリまで戦っていい。……このアンブレイカブルとは、接触自体は羽化の直前に可能だ。だが既に正常な精神状態にないから、説得も聞かない」
     ただし、もしソウルボードの中に入ってベヘリタスを倒せば、助かる道はある。
     その場合はソウルボード内でベヘリタス二十体を倒し、さらに現実に戻って二十体と戦わなければならず、灼滅者達の消耗は普通に戦うよりも激しくなろう。
    「八重も戦うだけの力は残っちゃいない。お前達が戦っている間に、八重は身を隠すだろうな」
     今回は、一体でも多くベヘリタスを倒すのが目的。決して八重を助けるのが目的ではないが、気になる所も多い。
     誰がベヘリタスの卵を羽化させているのか。
     それはシン・ライリーなのか、それとも別の誰かなのか。隼人達エクスブレインをしても、それを知る事は出来なかった。
    「後味の悪い事件になるが、よろしく頼む」
     眉を寄せて、隼人は苦悶の表情で言った。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    レイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    中神・通(柔の道を歩む者・d09148)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    瀬川・蓮(悠々自適に暗中模索中・d21742)
    貴夏・葉月(八百万との契約者な紅風紫縁・d34472)

    ■リプレイ

     静かな砂浜を、足を引きずるようにして彼女は歩いていた。既に走る体力も残っていないのか足取りは重く、荒い息使いが聞こえてくる。
     ぼんやりとした月明かりの下で、彼女はざくざくと砂浜をゆく。
    「……居たね」
     彼女の影を見つけ、ぽつりと空井・玉(野良猫・d03686)が呟いた。
     その先に終わりが待っていようと、救いが待っていようと、彼女にとっての解放であるのには違いあるまい。
     ただ、玉はじっと表情なく彼女を見つめていた。
    「あなたを助けに来ました」
     貴夏・葉月(八百万との契約者な紅風紫縁・d34472)の掛けた声も、八重の耳には届いていないようだった。葉月もそれは分かって居たが、苦悶の表情の彼女が視線をこちらに向けると、それに応じるように葉月も頷いた。
     大丈夫、と彼女に伝えるように。
    「後は頼むぞ」
     中神・通(柔の道を歩む者・d09148)は後続に声を掛けると、走り出した。
     小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)とレイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162)、瀬川・蓮(悠々自適に暗中模索中・d21742)がその後に続くと、最後に玉が持ってきたランプを幾つか砂浜に落とすようにして森沢・心太(二代目天魁星・d10363)を振り返る。
    「全部で5つ持ってきたから」
    「分かりました、設置しておきます」
     こくりと心太が頷くと、クロム・アイゼン(高校生殺人鬼・dn0145)が一つを手に取った。残りは葉月、刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)が取って彼女の周囲を広めに囲んで置いて行く。
     ぼんやりとした灯りで、苦悶の表情が浮かび上がった。
    「ぐっ……うう…」
    「ちと手荒いが、手術の為にしばらく眠ってもらうぞ」
     通はそう言うと、後ろから掴みかかった。
     八重はその腕を振り払うように腕を振り回すが、闇雲に暴れているだけで彼女の動きにはキレも冷静さも全く感じられない。
     暴れる八重の背後から、通はようやく組み付いて肩を締め上げた。
     辛いだろう……そう掛けたい言葉を、通は飲み込む。
    「……落ちろっ」
    「すまないっす…」
     翠里は八重に謝罪の言葉を掛けると、手刀を叩き込む。痛みすら感じないのか、それともよほどシャドウによる痛みが激しいのか、こちらの攻撃に反応している様子はない。
     その顔にあるのは、苦悶……そして恐怖。
     激しく暴れて通から逃れた八重が、翠里に掴みかかる。
     するりとその脇に回り込み、玉が蹴り上げる。くの字に体を折ってふらついた八重の腕を、玉が掴んで捻り上げる。
    「中神さん」
     玉の声に応じて、通が襟元を掴んだ。
     強引に締め上げて落とそうとする通の横から、蓮が手刀を狙い定めて叩き込む。蓮はこんな表情で苦しんでいる者を、ダークネスと言えど見ていられなかった。
     早く、倒れてほしい。
    「……早く寝てください! でないと……」
     もう時間が。
     そう思った時、先ほどから集中していたレイが顔を上げた。
     同時に通が、息をつく。
    「……よし、落ちた」
    「行くぞ、準備はいいか」
     ……と言っても、出来てなくても連れて行くが。レイは呟くと、八重にソウルアクセスを試みた。そろそろ時間がないと感じて居た間際の事であり、痛みで彼女の意識が朦朧した事と、絞め技で意識を奪ったのが功を奏したのか。
     ぼんやりとしたランプの明かりが、視界から消えていく。
     ソウルボードへと彼らが消えていくと、進入禁止のコーンを手にした作楽はランプを八重のほうに掲げた。
     どうか皆が出来るだけ傷を負う事なく戻ってくるように、と願いつつ。

     痛みと苦悶の心の底のソウルボードは、広い道場の中であった。
     道場とはアンブレイカブルらしいな、と通は感心している。正直な話心太や蓮を始め、みなアンブレイカブルのソウルボードの中というものがどういうものなのか、興味があった。
     しかしソウルボードを観察する間もなく、蟲たちが一斉に飛びかかってくる。
     羽音を立てる蟲たちの大群に、翠里が思わず叫んだ。
     蟲、蟲、気持ちの悪いシャドウの蟲にすっかり取り囲まれてしまっている。
    「こんなのが体から出てくるっすか。……想像するのも怖いっす」
    「寄るな」
     渡里は低い声で、蟲を威圧する。わき上がる殺気が蟲を蹴ちらし、捌ききれない蟲は次々に食いついてきた。
     とっさに身構えた蓮の背後から、レイがイエローサインを点灯させて仲間に注意を促す。
    「ここが彼女の帰る場所、居るべき場所……という所か」
     道場を視界に入れて、レイがそう言い目を細めた。
     警戒色を認識した蓮が、心を落ち着かせてルーとともに足を踏み出す。取り囲む蟲に果敢に飛びかかるルーと、それに負けない位勢いよく剣を振り上げて叩き込む蓮。
     目に映る蟲一つ一つ、ルーとのコンビネーションでダメージを重ねる。
    「……ここは、八重さんの大切な場所だったんですね」
     先ほどまでは少し辛そうだった蓮の表情は、何時の間にか強い意志を秘めたものへと変わっていた。蓮の手に開かれた魔導書から炎が上がり、群がる蟲を焼いていく。
     火を纏いながらも蟲はふらふらと舞いあがるが、異形化した心太の腕が握りつぶした。
     すう、と笑みを浮かべる心太。
    「だったら尚更、守らなければなりませんね。ここも、貴方も」
     心太は心の主に語りかけ、蟲をぐるりと見まわした。
     右手に構えた解体ナイフから毒の風を巻き上げるクロムが、どこか楽しそうなのを心太はちらりと見た後、毒を受けてふらついた蟲に巨腕を振り下ろす。
     仲間の動きを見ながらも、心太は敵との戦力差について考えていた。数としては負けているが、ソウルボードの中であればまだクロムでも蟲の動きに対応出来て居た。
     しかし、外に出ると恐らくそうはいくまい。
    「あまり時間を掛けたくありませんね」
    「癒しきれない傷は、現実世界での戦いに持ち越されますから」
     冷静にそう言った心太に、葉月が頷く。
     後方に控えた葉月の視線の先には、玉がいる。
     玉が手にした標識が放つ光線がチカチカと蟲の精神に働きかけ、後ろに控えたたまに少しずつ群がりはじめた。
     自分で蟲を呼びすぎないように制御しているようだが、葉月も意識的に玉の方を気に掛けている。
     無数にいた蟲の最後の一匹を通がたたき落とすと、葉月が手をさしのべてきた。
    「皆さん、戻る前に傷を癒します。……でも、無理はしないで下さい」
     ここからの戦いが厳しいものであると分かっていた葉月は、優しく風で皆を撫でた後、自身の傍に立つ紫妃を見返したのだった。

     戦場は再び現実世界へと戻る。
     時間としては、どれ程経過したのであろうか。ふと見下ろしたクロムが、傍に倒れていた八重の顔を覗き込んだ。
     と、同時に次々と周囲にシャドウの蟲が飛び出して来た。
     八重の腕を掴んだままのクロムを、通が背後に庇う。
    「お前は後ろ、だ」
    「もう蟲は見たくネェ~…」
     嫌そうに言うクロムに、通は肩をすくめた。
     それは皆も、同じこと。
     すうっと視線を上げ、渡里がサフィアに声を掛けた。
    「サフィア、体勢を立て直す事を最優先に」
     渡里の指示に従い、サフィアが浄霊眼の力を解放して仲間の傷を塞いでいく。
     灼滅者たちは蟲から仲間を囲むように、即座にサーヴァントを中心とした布陣を開始。
     翠里の傍で守りを固める蒼、通、蓮とルー。そして玉は、クオリアを盾にするようにして、再び魔導書を開いた。
     魔導書と標識のサインを使い分けながら、玉は蟲をその身に寄せた。
     蟲に掛けるべき言葉はなく、八重に対してはなおさら何を言えというのか。どちらに転んでも、悲観的にしか思えなかった。
     さあ、おいで。
     玉は蟲の意識を自身に向け、力を振るい続ける。
    「私への攻撃は肩代わり不要だから、他の仲間を頼むよ」
     玉が言うと、翠里は返事を返さなかった。
     いくら自分で把握していようと、あれだけの蟲の攻撃を躱し続けるのは困難だ。その心配を胸に隠して、翠里は蒼の傍に立った。
    「それじゃあ、落ち着いて行くっすよ! 各個撃破すれば、怖くないっす」
     翠里は強い声で言い、仲間を奮い立たせる。
     元気のいい声で答えた蓮は、そっと後ろに視線を送った。
     浜辺に灯るランプの明かりの傍には、蓮の信頼する作楽や蛍姫達が来てくれているのだ。もっともっと、がんばらなければという思いが表情に表れる。
     霧を放った蛍姫が作楽と同時に結界を発生させると、群がる蟲の動きを阻んだ。
    「止まったよ!」
     蛍姫の声を受け、蓮は頷いた。
     蓮の手に開いた魔導書から放つ炎は、闇夜を照らし出す。ぽたりと血が魔導書に落ちたのは、蟲のものであるはずはなく……蓮の頬から伝い落ちるものであった。
     はっとして、葉月は蓮の方へと帯を放つ。帯に守られた蓮が、ちらりと視線を葉月に向けて礼を伝えた。
    「ソウルボードと比べものになりません。……長期戦は不利です」
     葉月は前衛に視線を向け、呟いた。

     圧倒的に現世での蟲は素早く、そして手強い。
     蟲の動きは、心太はある程度なら見切っていた。
     数が多い蟲、しかも先ほどより強化されている相手にエアシューズを使った攻撃がどこまで効くのか、疑問だった。
    「速い……!」
     懐に飛び込んでくる蟲の動きに、心太も時折ヒヤリとさせられた。躱したのち、盾となった通の背後から飛び込みつつ心太が拳を叩き込む。
     倒した…と思った所で、生命力を活性化して蟲が舞い上がる。
     追うより速く、継ぎの蟲が通に喰らい付いた。体にじわじわと浸透する毒に力を奪われ、通が体勢をふらりと崩した。
     後ろから、心太が手で支える。
    「お願いします」
     心太の声に、葉月が応じて風を起こした。
     冷たい風が、毒を受けた通の体を冷やしてくれる。ほっと息をついた後、通は自嘲気味にふと笑い返した。
    「すまんな」
    「ある程度減らせば撤退してもかまわないんですから、それまでに出来るだけはやっておきたい所ですね」
     心太の冷静な言葉に、通は安堵したように笑みを浮かべた。
     蟲は一体一体と減っていたが、それでも数が多すぎた。
     ふと気付くと、八重が立ち上がっていた。渡里が、それに気付いて近寄ろうとするが蟲の動きが阻んだ。
     群がる蟲に、怯えたように声を上げる八重。
     葉月が彼女を宥めようと、まずは彼女を巻き込むように風でやさしく包み込む。ふわりと風が彼女の髪をなで上げるが、混乱は収まらなかった。
    「敵対するつもりはありません。八重さん、僕達は助けに来たんです」
     葉月は、じっと目を見つめながら八重に声を掛ける。
     ここまで辿り着くまでに、よほど怖い思いをしたのだろう、と葉月は改めてこのシャドウをおぞましく思った。
    「お前は業大老派のアンブレイカブルだな。シン・ライリーはどうした」
     後ずさりをする八重に、渡里が問いかける。
     どこから来て、シンどこにいるのか。
     彼女はどこから逃げてきたのか。
     聞きたいことは山ほどあったが、怯えた八重の表情は全てが敵であると物語っていた。後ずさりをしながら、八重は首を振る。
    「しらない……何も知らない!」
    「待て!」
     止めようとした渡里の目の前で、蟲が八重へと飛びかかっていった。蒼の名を翠里が叫んだのが、その一瞬後。
     八重を庇い、蒼が蟲の牙を受けて声を上げた。
     蟲の攻撃から耐え続けて翠里を守ってくれていた蒼が、力尽きて姿を消していく。蒼への言葉を飲み込んだあと、翠里は彼女を見返した。
    「あんな死に方、酷すぎるっす。…見過ごしたくないっすよ」
     アンブレイカブル達の死に際から目を背けて、ただ蟲を片付ければのか? だがそうすれば、翠里はきっとそういう死に方をしたのだという事実に後悔してしまうだろう。
     羽虫は翠里も嫌いだ。
     だけど、見捨てたくはない。
    「行って下さいっす。……大丈夫、こっちも引き時は間違えないっすよ」
     翠里の笑顔を見て、渡里が小さく息を吐く。
     飛びかかる蟲を鋼糸で切り裂くと、行けというように視線で合図をした。おそらく、今この時点でも八重は正常な判断力がないのだろう。
    「他の仲間達も無事だといいな」
     シンや、彼の配下の者達の無事は……。
     渡里の言葉を聞いていたかどうか、分からない。八重は踵を返すと、砂浜を走り出した。蟲たちは彼女を追いかけようとはせず、転がるようにして八重は逃げていった。
     仄かな月の灯りの下、きらりと渡里の糸が光る。
     一つずつ、確実に狙って蟲を引きちぎっていく。
     しかし前を支えていたサーヴァント達のうち蒼が倒れ、そしてクオリアが倒れる頃には通も力尽きて地に伏していた。
    「しっかり……するっす」
     通の腕を掴む翠里であったが、通の意識は戻らない。
     支援で控えていたクラリスが残った蓮とルーを帯で包んで守ろうとするが、流れ出る血を止める事は出来なかった。
    「皆……頑張って!」
     負ける訳にはいかないでしょう?
     クラリスの声に、膝をついた蓮が再び立ち上がった。残った蓮に群がる蟲を、レイが標識のレッドサインで押しとどめる。
     息の荒い蓮がゆるりと振り返ると、蟲に食いつかれた玉が砂浜に崩れ落ちる所が目に映った。レイがとっさに後ろから抱え、灯籠の火を蟲に放つ。
     灯籠から漏れてる火すら、熱いと感じる。
     前衛が完全に崩れ、残った心太に攻撃が集中するのは目に見えていた。
    「サフィア、回復を続けろ」
     渡里は残った心太への治癒を、サフィアに依頼する。
     残りはあと数体となったのに、怪我人は3人。レイが振り返ると、支援に控えていた美夜古が前へと歩き出した。
     蟲の攻撃を躱しながら、美夜古が倒れた通の傍へと寄る。
    「邪魔のないよう、怪我をされた方はこちらが引き受けます」
     美夜古が言うと、彼女に襲いかかった蟲を流龍が蹴り飛ばした。ふ、と笑った流龍は、頼もしそうに身構える。
     チリチリと羽根を焦がし、蟲が燃え尽きて砂場に落ちる。すると、蟲はもう美夜古達を追ってはこなかった。
    「あと少しだ、皆頑張れ!」
    「……そうだな」
     レイは赤い光を標識に灯らせ、蟲の前に立ちはだかる。
     あと少しならば、全て片付けて終わりにしたい所だ。
    「1匹いれば30匹という。……だったら、全て片付けておかなければ、後に増えて貰っては困る」
    「それはベヘリタスの事でしょうか、それとも違う何かの事でしょうか」
     くすりと葉月は笑うと、帯を手に取った。
     心太を葉月が癒し、その周囲に群がる蟲を紫妃に任せる。そして心太が倒れると、葉月は翠里とクロムの後ろに立った。
     大丈夫です、力ある限り支えます。
     そう言う葉月の声を背後に聞き、翠里は笑うしかなかった。
    「こうなりゃ、最後まで戦うしかないっすね」
    「……最終防衛ラインって所か」
     からからと笑ったクロムの前には、既に誰もいなかったのだった。

     砂浜に点々と残った足跡の周りにいた蟲は、そして一匹も残っていなかった。
    「……皆大丈夫か?」
     レイが、意識を取り戻した通や心太に声を掛けた。
     残り3人までは耐える。そう決意して望んだ戦いであったが、厳しい戦いの後にはスッキリとした気持ちが残って居た。
     レイが見上げた空には、月が浮かぶ。
     ようやく戦い終わり、砂浜に横になった蓮を葉月が手当していた。怪我はどうやら深くはなく、すぐに目を覚ましそうだ。
     そういえば、八重は無事逃げ延びただろうか。
     渡里が思い立って周囲を見まわすが、八重の影はやはり見当たらなかった。
    「何も分からず仕舞いだったな。……シン・ライリー達はどうなっただろうか」
     渡里が言うと、目を覚ました通が呻くように声をあげた。
    「助けて何かを期待した訳じゃない」
     それでも助けたくなってしまったのは、業大老への絆をまだ持っていたからだろう。それは八重が……。
     いや、もしかすると自分達も。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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