猛る獣と封じの僧

    作者:天木一

     木々の生い茂る山の麓、そこに祭壇のように火が焚かれている。
    「是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減……」
     その前には一人の僧が座し数珠を手に経典を読んでいた。
    『オオオオオォォォ!!』
     その時だった、山の上から獣の遠吠えが響く。びりびりと空気が振るえ、殺気が僧へと向けられる。
    『グゥゥォォオオオオ!!!』
     声の発する方を見れば、木々の間から四足の獣が僧を睨み殺すように見つめていた。それは刃のように鋭い牙に爪を持った、一際大きな黒き虎の姿をしていた。
    「無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽……」
     通常ならば声を聴いただけで心の臓が止まりそうになる獰猛なうなり声、だが僧は全く動じることなく読経を続けていた。
    『ォォォォッ!』
     やがて怨念の籠もった声が小さくなっていく。背を向けた黒き虎は山の中へと戻っていった。
    「即説呪曰、羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。般若心経」
     獣が去った後もひと時も休むことなく、僧は護摩壇の前で経をあげ続けていた。
     
    「この間使者を送ってきた天海大僧正の勢力に動きがあったみたいだね」
     能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が教室で灼滅者達に新たな事件の説明を始める。
    「僧型の羅刹が現れて、神奈川県の金時山周辺から一般人を追い出して入れないようにしてしまったらしいんだよ」
     殺界形成のような力で、一般人が入ることが出来なくしているという。
    「金時山には強力な動物型の眷属が活動していて、僧型の羅刹はその眷属を金時山から移動できないようにしているみたいなんだ」
     何故そのような行動を行っているのかは分からない。だが結果的に登山客などが山に入る事が出来なくなっている。
    「みんなには金時山に向かってもらって、強力な動物型眷属か僧型の羅刹、または両方を倒してきてもらいたいんだ」
     どうするかは皆の判断に任されることになる。
    「敵の情報はわたしからしよう」
     椅子に座っていた貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が誠一郎の隣に立つ。
    「動物型眷属は虎の形状をしているようだ。眷属の中でも強力な固体で、ダークネスに匹敵する力も持っているようだ。そして僧型羅刹は、特殊能力に特化しているようだな、その為戦闘力は低いようだ」
     虎型眷属は俊敏で牙と爪の近接戦闘を得意としている。羅刹は絡め手を使うが強い力は持っていない。
    「動物型眷属だけを倒した場合、僧型羅刹は護摩壇を抱えて京都方面へと帰っていく。僧型羅刹だけを倒した場合、動物型眷属は金時山を出てどこかに行ってしまうようだ」
     どのように行動するかは全て参加する灼滅者に委ねられている。
    「今回の作戦にはわたしも参加させてもらう。この事件で一般人の被害は出ていない。だが今後どうなるかは分からない。どう行動するのか最善なのかは分からないが、皆が選ぶ選択ならばきっとよき結果を生み出せると信じている。よろしく頼む」
     ぺこりとイルマは頭を下げた。
    「今後どうなるかを決めるような戦いになると思うけど、何も考えずに両方倒しちゃうってのも一つの選択だよ。結果は見てみないと分からないからね。みんなが最善だと思う方法を取ってほしい。難しいかもしれないけど、お願いするよ」
     誠一郎の言葉に灼滅者達は真剣に頷き、どのような作戦にするのか話し合いを始めるのだった。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    風見・遥(眠り狼・d02698)
    霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)
    大鷹・メロ(メロウビート・d21564)
    守部・在方(日陰で瞳を借りる者・d34871)

    ■リプレイ

    ●金時山
     神奈川県の金時山。青空の平がる下には緑豊かな木々が連なっている。
    「先の交渉は残念ながら決裂したとはいえ……お互いに致命的な一歩を踏み出していない以上は単純に敵同士とは言えないでしょう」
     霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)は学園と天海大僧正勢力との関係を考える。
    「尤もそれがどれだけ続くかは判りませんが……」
    「そうだな、まだ敵対すると決まったわけではない。交渉の余地があるのなら無益な争いを避けるのも一つの方法だろう」
     隣を歩く貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が頷いて水筒の水を飲んだ。
    「正直、どうも状況を見通すには演算の計算式のいくつかが足りないような、不透明感を覚えるが……」
     情報が少なすぎると二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)は首を振る。
    「今は目の前の計算式に全力を尽くすとしよう」
     その視線の先には人が通らぬような獣道が続き、木々の間から僅かに煙が上がっていた。
    「お坊さん、みっけ」
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が護摩壇の前で僧が一心不乱に経をあげ続けている姿を見つけた。
    「こんにちは」
     まずは敵意が無いことを見せようと、灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)は静かにお辞儀をする。
     目を閉じていた僧の片目が開き、何者か確認するように見渡す。
    「――待て、私達の目的は眷属の撃破だ。其方と争いに来た訳ではない」
     警戒する僧にヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)が戦う意思は無いと告げる。
    「こんにちは、お上人様。はい、私たち武蔵坂学園の者です。あなたが抑え込んでいる獣を灼滅に来ました」
     紅緋が礼儀正しく名乗りを上げるが、僧はじっと動かぬまま経を途絶えぬ。
    「あなたは天海配下の羅刹なのでしょうか?」
     フォルケが問い質すと、ようやく読経が一区切りついたところで僧が振り向いた。
    「然り、我は天海大僧正様に仕える僧よ」
     自らの主を誇るように僧は胸を張って答える。
    「お坊サンは何をしてるのかなっ?」
     護摩壇を覗き込むように大鷹・メロ(メロウビート・d21564)が元気に尋ねる。
    「読経よ、お経という為になるお話を読んでおったのよ」
    「へー、何を言ってるのかよく分からなかったけど、そういう話なんだっ」
     メロとその足元の霊犬のフラムが興味深深とばかりに目を輝かせる。
    「あら、祈祷というのは山に獣を抑え込むことができるんですね。般若心経のように聞こえますけど、いいことでは」
     守部・在方(日陰で瞳を借りる者・d34871)は利点を考えて悪くないと頷く。
    「……あ、近所の人が山菜取りとかできなくて邪魔ですね。山はみんなのものですから」
     だがすぐに欠点に思い至って残念そうに肩をすくめた。
    「此方も奴が野に解き放たれるのは避けたいだけだ。少なからず利害は一致しているなら、此処は一時的に手を組まないか」
     獣を相手にするならば敵対する事はないと、ヴァイスが僧に向かって協力を持ちかける。
    「そちらが何をしようと干渉せぬ。我はただここで獣を閉じ込めておくだけのことよ」
     好きにすればいいと僧は灼滅者達と敵対するつもりはないと言い切った。
    「コレって虎を山から出さないヤツ?」
     気さくな様子で風見・遥(眠り狼・d02698)が護摩壇を指差す。
    「オプションで眷属だけ弱体化とかあったらよろしく、俺ら羅刹の思い通り動いてる気がするしさー、それくらい良いんじゃね?」
     そんな軽口を叩きながら遥は背を向けて山を見る。
    「ふん……あの獣はこの山より動けぬ、後は好きにするがよかろう」
     僧は話はこれで終わりだといわんばかりに、護摩壇に向かって目蓋を閉ざし読経へと戻った。

    ●黒虎
    『オオオォォォ!!』
     山の奥から獣の遠吠えが響く。見上げれば茂みを踏み越えて四足の獣が現れた。それは鋭き牙と爪を持つ黒き虎の姿をしていた。殺気の籠もった視線が僧へと向けられる。そして少しでも近づこうと山を駆け降りる。
    「おー、おいでなさったぜ」
     軽く首を回した遥は鞘に納まったままの刀を手に、獣へ向けて足を踏み出した。
    「イルマさん、この前は狼で今日は虎ですね」
    「ああ、今回も上手く倒せるよう力を尽くそう」
     以前共に戦った時の事を思い出した紅緋が振り向くと、イルマは深く頷き2人も駆け出す。
     黒き虎が近づくとその巨躯がよく分かる。全長は3メートルを超えているだろうか、だがその動きは猫の如き俊敏で木々の合間を迷うことなく駆け抜けてくる。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     紅緋の赤黒い影が池のように広がり、虎がそこへ足を踏み入れた。ぐちゃりと影が足を呑み込み獣の動きが止まる。
    『ガルァッ』
     虎の視線が僧から灼滅者へと移る。殺気を帯びた視線。灼滅者達を敵と認識したのだ。
    「できれば君自身にも出自を問いただしたいところだが、言葉は通じないのかい?」
     荒々しい虎を前にして表情一つ変えずに雪紗が尋ねる。
    『グルゥゥゥ』
    「駄目か……では灼滅演算を始めるとしようか」
     だが虎が殺意以外何も返さぬのを見て、雪紗は素早く戦闘へと意識を切り替える。黒いライフルを構え銃口を向けると、放たれた光が虎の体を撃ち抜いた。
    『ォオオオ!』
     空気が震える雄叫びと共に虎は影を引き千切って襲い掛かってくる。
    「虎の中でも大型の種のようですね」
     前に立った絶奈が剣で受け止める。眼前に迫る刃物のような牙を剣で防ぐが、横振りの爪が肩を抉って吹き飛ばされた。虎が追いすがろうとすると、その視界を霧に覆われて見失う。絶奈が攻撃されながら霧を生み出して周囲を覆っていたのだ。
    「迎撃を開始する」
     その霧に身を隠してフォルケが近づくと、影を纏わせたナイフで胴体を斬りつける。
    「皆が戦いに専念できるよう、回復は任せてもらおう」
     イルマが矢を番えて射ると、絶奈の体に吸い込まれるように消えて爪痕を消していく。
    『ゴオオオオゥゥッ』
     虎が闘気を放って霧を消し飛ばし、衝撃波が灼滅者を吹き飛ばす。
    「天海大僧正は相変わらず不可解な行動取るなぁ。まあ倒してしまうのが手っ取り早いといえば手っ取り早いんだよね」
     手伝いに参加していた殊亜がイルマに攻撃が届かぬよう前に出ると、オーラを纏って衝撃を防ぐ。
    「おっきな声だねっ! でも負けないよっ」
     メロが光輪を投げ入れる。すると光輪が小さく分裂して宙に留まり衝撃波を緩和した。
    「何が目的でこの地に来たのかは知らないが、ここで灼滅させてもらう」
     雄叫びが途切れたところへ、トランプのマークを浮かべたヴァイスは虎に接近し己が腕を刃に変えて振り抜く。腹を裂かれ真っ赤な血が溢れ出た。
    『ルォオオゥッ』
     虎はヴァイスに向かって飛び掛かろうと力を溜める。その眼前に真っ赤な番傘が広げられた。
    「目隠しですよ」
     視界を塞がれ戸惑う間に在方が符を打つ。ピタリと虎の顔に張り付き僅かな間虎の意識を奪う。
     遥が立ったまままどろむ虎の前で刀を抜き放つ。そしてよろしくな相棒と刀身が青白く光る刀に囁いた。
    「お休みのところ申し訳ないけど、起きる時間だぜ」
     ふっと軽やかに刀を横に薙ぐ。切っ先が虎の顔に真っ直ぐな傷を刻んだ。
    『ガルァァァッ』
     痛みに意識を戻した虎は前足を上げるようにして覆いかぶさってくる。
    「近くで見ると本当に大きいですね」
     そこへ踏み込みながら紅緋が腕を鬼のように異形化させる。勢いを乗せて打ち出す拳が獣の腹を捉えた。自身の倍以上あるだろう虎の巨躯を殴り飛ばす。
    『ガァァッ!』
     虎は空中でくるりと回転すると木に着地して跳び戻ってくる。頭上から鋭い爪を振り下ろす。
    「流石、大きくともネコ科ということですか」
     割り込んだ絶奈が剣で受ける。だが重い一撃は絶奈の体を押し潰すように圧し掛かり、爪が肩に食い込む。更に虎は牙を剥いて絶奈の首筋に迫った。
    「動かないでください」
     そう言いながらフォルケが飛び込み、虎の顔にナイフを突き刺した。刃が目に入り右の眼球を捻り潰す。ナイフが突き立ったまま虎は身を捻って絶奈から離れた。
    「今のうちに治療を、まずは血を止めよう」
     イルマの放つ矢が絶奈の傷口を塞ぎ、出血を止めた。
    「安心して治療しててよ、その間は俺が護るからね」
     殊亜がイルマを護るように立って炎を纏った剣を構える。背後のイルマに話かけながらも、視線は虎から動かさない。
    『ガッアァッ』
     虎は前足を振るってフォルケを薙ぎ倒すと警戒するように距離を取る。そして灼滅者達を惑わすように駆け出した。
    「速く動けるといっても、銃弾よりは遅い……」
     雪紗がライフルで狙い定め、射線に入った瞬間引き金を引いた。駆けていた虎の胴体を正確に撃ち抜き、その体に穴が穿たれる。
    「こちらからの攻撃は見えまい」
     動きの止まった虎の右手側から近づいたヴァイスが、闘気を二振りの刀に変えて幾重にも虎の体を斬り刻む。
    『ゴォォッ』
    「危ないよっ」
     虎は尾で見えぬ方を薙ぎ払うと、メロが炎を纏った蹴りで弾いて軌道を変えた。だが回転した虎の視界にメロとヴァイスが入る。すると虎は飛び出し2人を撥ね飛ばした。
    「まるで暴走車みたいですね、それとも闘牛でしょうか」
     在方が番傘を投げると、虎は落下するより前に邪魔だとばかりに飛びついて吹き飛ばしてしまう。
    「あらあら、また壊れちゃいましたか」
     そう言いながらも慣れた様子で在方はヴァイスに符を飛ばして傷を治療する。そしてメロにはフラムが瞳を輝かせて傷を癒した。
    「闘牛なら華麗に仕留めないとな」
     遥が掛かって来いと正面からゆらりと刀身を鬼火の如く揺らす。するとその挑発を受けた虎が突進してきた。遥はぎりぎりまで引きつけて左に飛ぶ。鉄すら引き裂きそうな爪が皮膚を破る、だが擦れ違う瞬間虎の足に斬りつけていた。

    ●手負いの虎
    『グルルゥッオオオッ!』
     ビリビリと木々が震え木の葉が降り注ぐ。闘気が虎を覆い傷を塞いでいく。そして駆け出すと木々の間を通り過ぎて灼滅者達の周りを回りながら時折向きを変えて突進してくる。灼滅者は咄嗟に身を躱す、すると虎はすっと音も無く木々の間に姿を隠した。
    「次はかくれんぼか?」
     遥が周囲の気配を探りながらも、刀を下げたまま歩み出る。だが周りに動く気配は無く、パラパラと木の葉が落ちる音だけがする。
    「頭上から来ます、注意を」
     フォルケの警告に見上げれば、木に登っていた虎が跳んで落下してくるところだった。
    「虎サンは木登りが得意なんだねっ」
     メロがその進路上に符を投げて盾を築き、フラムが銭を飛ばしてぶつける。虎は爪で符を突き破るが僅かに速度が遅くなった。
     その間に遥は身を投げ出すようにして地面を転がり虎の爪から逃れる。
    『グルァッ』
     地面に着地した虎の足元から影が網のように広がり絡みつく。
    「捕獲完了」
     フォルケが落下ポイントに影を設置していたのだ。
    「懐に入ってしまえば手出し出来ませんよね」
     駆けて懐に入った紅緋は赤いオーラを纏わせた拳の連打を叩き込む。鬱陶しそうに虎は影を力尽くで破ると、下がりながら尻尾で薙ぎ払う。紅緋は跳躍して躱し、その背中に影を纏った拳を振り下ろした。
    『ガルァァァッ』
     虎は紅緋が着地する前に後ろ足で蹴り飛ばすと、すぐさま駆け出す。
    「獣は手負いになってからが手強いといいます、油断せずにいきましょう」
    「援護しよう、敵の動きは凡そ計算できた」
     絶奈が敵を迎え撃とうと腕に巨大な杭を装着して前に出ると、背後から慎重にライフルを構えた雪紗が虎を狙う。虎はジグザグに走るが、奔る光弾はその足を見事に狙い撃った。
     動きの止まった隙に接近した絶奈が腕に装着した巨大な杭を撃ち出す。先端が虎の強靭な皮膚を突き破り腹を抉る。
    『グギィャッ』
     尻尾で絶奈を振り払い、杭を抜くと牙を剥いて飛び掛かる。
    「獰猛だな、手負いの獣を野に放つ訳にはいかん」
     ヴァイスがロッドをフルスイングしてその顔面に叩き付けた。ぐちゃりと骨が砕ける感触が手に伝わる。だが虎の勢いは止まらずに絶奈の体を押し倒す。
    「こちらを向け!」
     イルマが虎の注意を引くように影の獣を飛び掛からせ、牙が背中を突き刺す。虎は首を捻り影を爪の一振りで消し飛ばした。
    「女性を押し倒すなんて感心しませんね、そんな子にはお仕置きですよ」
     在方が鞭剣を振るって虎が動いて出来た隙間に滑り込ませてその体を拘束すると、力いっぱい引き寄せる。
    「どいてもらいましょう」
     刃が食い込み、虎の圧力が弱まったところで絶奈は下から杭の先端を虎に当てた。バシュッと空気の抜ける音と共に杭が発射され虎は吹き飛ばされる。
    『ガルルルゥ……』
     着地すると虎はまたもや素早く駆け出し、左右に地面を蹴って突っ込んでくる。
    「その動きは予測済みだ」
     雪紗は左右に黒と白のライフルを持って銃口を向ける。片方は虎の今居る位置へ、そしてもう片方は虎の移動する位置へ向けて光を撃ち込む。
    『グガォッ』
     虎は木を蹴って頭上から大きく口を開けて襲い掛かって来る。その牙の前に紅緋が腕を巨大化させて差し入れると、牙が肉を抉る。
    「わたしの腕を噛み切るにはカルシウムが足りてないようですね」
     血を流しながらも紅緋は澄ました顔で、虎の体ごと腕を振り回して木に叩き付けた。衝撃に虎の力が緩み腕から剥がれた。
    「いっくよーっ」
     そこへメロが大きな縛霊手を引きずるように近づき、全身の力を使ってその右腕を振り下ろす。フラムも同時に加えた刀で斬りつけた。頭に直撃を受けた虎は脳震盪でも起こしたようにバランスを崩す。
    「そろそろ終わりにしようか」
     すっと間合いを詰める遥が擦れ違い様に刀を振り抜く。刃は虎の首を捉えるが、無意識のまま首を揺らした虎の牙に阻まれ断つには至らなかった。
    『グオオオゥッ』
     意識の戻った虎は突進する。遥は刀で受け流すが、押し切られて体が宙を舞った。
    「少しの間動きを止めさせてもらいます」
     正面に立つ絶奈が剣を盾にして虎の突進を食い止める。吹き飛ばされそうになるのを重心を落として堪えた。
    「ただいまっと」
     遥が木を蹴って舞い戻り、刀を振り下ろす。切っ先が虎の背中を抉る。
    「お休みの時間ですよ」
     動きが止まったところへ在方が符を貼り付ける。すると虎の力が抜けた。
    「このまま動きを止めてしまいましょうか」
    「了解した、目覚める前に拘束してしまおう」
     紅緋とイルマの影が虎の体に幾重にも巻きつき自由を奪う。
    『ガァァァアッ』
     目覚めた虎は拘束を振りほどこうと暴れ始める。
    「ヴァイスさん、仕掛けましょう」
    「ああ、同時に行くぞ!」
     フォルケとヴァイスが左右から虎に近づく。
    『ガゥォッ』
     威嚇するように牙を剥く。だがフォルケは冷静に動ける範囲を見切って手を伸ばすと、目に刺さったままのナイフを掴む。そして一気に押し切るように目から首筋に向かって傷口を広げた。
    『ギィィァッ』
     悲鳴のような声が漏れ、虎が血の涙を流しながら必死に暴れる。そこへヴァイスが貫手で反対の目を貫く。同時に腕が刃と化し虎の脳を破壊して後ろに突き抜けた。
    「Tango down」
     虎が力を失い崩れ落ちるのを確認してフォルケは呟く。

    ●羅刹の僧
     虎を退治して戻ると、僧は護摩壇を仕舞い帰り支度を整えていた。
    「貴方の働きがなければ、一般人に被害が出る可能性もあった。心から礼を言わせて貰う、縁があればまた会う事もあるだろう」
    「我はただ与えられた使命を果たしたのみ、礼を言われるようなことではない」
     ヴァイスの言葉に感謝は不要と僧は首を振る。
    「もしも安土怪人と事を構える事になったら一報が欲しいと天海僧正に伝えて頂けますか? お互いに悪い様にはならない筈です」
    「お伝えするだけはしてやろう」
     絶奈の言葉に僧は頷いた。
    「わざわざ人に被害を出さないようにしてまでこんな回りくどい事をしている理由、教えてもらえませんか?」
    「最近、吸血鬼の内輪揉めに足柄山の獣使いが関わってると噂で聞いたんですが……なぜ貴方々も参戦を? 吸血鬼の目的に貴方々も得るものがあるんですか?」
     紅緋とフォルケが疑問に思ったことを尋ねてみる。
    「お主らが味方ならば告げる言葉もあったろう。だが協力を断った主らに語るべき言葉は無い。敵となるかもしれぬ者に我等の動きを伝えるはずはあるまい」
     そう断じ、僧は護摩壇を担いで山を降り始めた。
    「最後に確認するが、君らの目的がボクらと敵対するものでも構わない。但し。一般人をすぐさま傷つける様なものであるなら……今、君を倒そう」
     雪紗が強い意志を籠めて言い放った。
    「互いに成すべき事が相反するならばそれも致し方あるまい、我もまた指名を全うする為に戦うだけよ」
     振り向きもせずに僧は返事をする。
    「金時山といえば金太郎、さて、そこに絡めたら、鬼婆か羅生門の鬼か……。何にせよ、気になりますね」
     その背中を見送りながら在方は今回の事件とこれから起きる事件について思考を巡らせていた。
    「行ったか……今後どのように動くのか、気がかりだな」
     イルマが難しい顔でもう見えぬ僧の姿を見るように目を細めた。
    「お坊サンも帰っちゃったし、あたしたちも帰ろっかっ」
     元気にフラムの頭を撫でていたメロが立ち上がって皆を振り返る。その言葉に仲間達も頷いてゆっくりと山を降り始めた。
    「期が熟すのも、近いのかもな」
     最後に遥は紅葉に色付き始めた山を見上げた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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