京の十五夜、月の舟

    作者:志稲愛海

     空を仰げば煌々と、視線を落とせば水面に揺れる、二つの月。
     嵯峨天皇が文化人と共に、浮かべた舟から愛でたというこの景色は、平安時代から1200年の間、変わっていないという。
     そして毎年、京都の大覚寺にて中秋の名月の頃、催されるのが――『観月の夕べ』。
     龍頭鷁首船を池に浮べ、名月を眺めながらの舟遊び。池の傍の観月席からも、月とお茶が楽しめて。ライトアップされた五社明神と宝塔の前に並ぶのは、夜半まで賑わうという美味しそうな夜店の数々。
     平安の王朝絵巻さながらに風流に。でも、誰でも気楽に参加できる、そんな観月会。
     空と池に輝く月を愛でながら過ごす十五夜は、きっと……特別なひとときとなるだろう。


    「今年の中秋の名月は、9月27日なんだって。ね、京都にお月見に行かない?」
     飛鳥井・遥河(高校生エクスブレイン・dn0040)は、そう教室にいる皆へと声を掛けて。
    「京都に? 京都で中秋の名月とか、なんかいかにも風流ーって感じするな」
    「どこか、月を観るのにいい場所があるのか?」
     伊勢谷・カイザ(紫紺のあんちゃん・dn0189)や綺月・紗矢(中学生シャドウハンター・dn0017)の言葉にこくりと頷きつつ、続ける。
    「嵯峨天皇の離宮だった京都の大覚寺の大沢池はね、日本の三大名月鑑賞地のひとつっていわれてる場所なんだけど。毎年、中秋の名月に合わせて、『観月の夕べ』が開催されてるんだって」
    「『観月の夕べ』か。どんな感じで月が観られるんだ?」
    「好みに合わせたいろんな愛で方ができるみたいだけどさ。この『観月の夕べ』の期間はね、龍や鳳凰の頭がついた舟で池をぐるりと遊覧できるんだって。鏡のような池に浮かべられた舟から、空と水面に光る二つの名月を愛でられるんだよ」
     行灯の光に照らされた道を往き小さな門を潜れば、すぐに大沢池のほとり。そしてそこには、龍と鳳凰の舟が。
     日本三大名月鑑賞地として有名な大沢池に、龍や鳳凰の頭がついた龍頭鷁首舟が漕ぎ出されて。月を望む場所に設けられた祭壇で、豊作と人々の幸せを祈願する『満月法会』が行なわれる中、水面に揺れる蓮の間を掠め池を一周する舟から、空と水面に浮かぶ二つの月を愛でることができるのだという。
    「池の上から観る月って、すごく綺麗だろうねー。それに、お茶とお菓子をいただきながら、観月席から月を臨むのもまたいいんじゃないかな。あと、お弁当や軽食や甘味とかの色々な模擬店もでてるみたいで、広場周辺は夜も賑やかなんだって。夜店の前には縁台がいくつもあるみたいだから、そこでわいわい美味しいもの買って食べつつ、月を楽しむのもいいかもね」
     やっぱり、月より団子? と。くすりと笑む遥河の視線の先には。
    「お弁当や甘味が食べられる、夜店……!」
     キラキラ瞳を輝かせる、食いしん坊な紗矢の姿が。
     五社明神と宝塔前の広場では、月見弁当や焼きそばやおでんやうどんなどの食事や、みたらし団子やうさぎ和菓子やかき氷やベビーカステラなどの甘味、それに土産物なども買える、沢山の夜店が並んで。嵯峨の有名なお菓子屋や漬物屋、料理屋の模擬店なども出店し、夜になってもとても賑やかなのだという。

     舟に乗って、池の上から二つの月を眺めるのも良し。
     お茶とお菓子をいただきつつ、観月席からまったり月を見上げるのも良し。
     名月は勿論、賑わう夜店で買った食べ物も一緒に、どちらも楽しむのも良いだろう。
     月に照らされながら、約1kmの散策路となっている池の周囲の散策や夜の大覚寺を観て歩くのも、いいのではないか。
     まるで観月のために用意されているかの様な、絶妙な調和を誇る庭園で。特別な月を、それぞれ好きなように愛でられる催しなのである。
    「ちなみに、本堂の五大堂には五大明王が安置されてるんだけど。祀られてる中でも愛染明王には、縁結びのご利益があるみたいだよー」
     縁結び祈願したい人は是非ーっと、遥河は言った後。
    「ね、今年の中秋の名月、京都で過ごすのもいいと思わない?」
     改めて楽しげにそう、へらりと笑むのだった。


    ■リプレイ

    ●月の科白
     青の端には橙が滲んでいるものの……少し、早かったかな、と。
     苦笑する一哉に、杏理は頷きつつも尋ねる――夕暮れは好き? と。
    「昼と夜の狭間の、この空の色も悪くない」
    「折角なんだ、楽しくなくちゃね」
     杏理はそうぱちり、片目を瞑ってから。茶菓子片手に、動き出した船から月を愛でる。
     季節は秋。吹く風は、ひやりと冷たくて。
     龍頭の船首と一緒に、寒くはないかと尋ねてきた一哉の顔を眺めながら。
     寒さは苦手だと零した彼に、杏理は逆に返す――手を握っといてあげようか、と。
     その言葉に、一哉は驚きの色を宿すも。
    「変なこと言ってないで、――ほら、月を見るんだろ」
     冗談です、と続いた声に、溜め息ひとつ。
     そして交わった視線と微笑みに、どうかしたのかと瞳で問えば。
    「案外一石二鳥だったかもしれないな。夕暮れと夜と、両方楽しめたわけだから」
     あなたと来られて良かった、と満足気な杏理を見つめ、不思議な子だなと密かに思いつつも。
    「確かに。そう考えると、得をした気分だ」
     見上げれば、極僅かな時間だけの刹那の彩り。
     その色に浮かぶ名月の下、小さく笑いながら、一哉も頷く。

    「秋の京都でお月見なんて風流よね。あ、舟があるの? 舟乗りたーい!」
    「普段から春陽は花より団子だと思ってた……」
     春陽の意外な声に、思わずそう呟く月人。
     いえ、一緒に楽しめて嬉しいなってことです!
     そして、ほら舟行くぞ舟、と促されて。乗り込んだ舟から春陽が眺めるのは、沢山の月。
     空に浮かぶ月、水面に映る月。そして――隣に居てくれる『月』の人。
     どの月も違って、どれも素敵で。そんな幾つもの月が紡ぐ物語の一頁に浸るように。
    「色々な月を一度に見られるなんて、とっても贅沢な気分」
     視線向け呟く春陽へと、告げる月人。
    「こっち見ててくれんのは嬉しいけど、ちゃんと夜空の月を見上げててくれねえと言えねえだろ」
     ――『月が綺麗ですね』って、と。
     そしてその返事は勿論――『私、死んでもいいわ』。
     こう見えて文系は得意なのよと、春陽は瞳を細めた後。
    「次は露店よ、れっつごーっ!」
     やはり団子も楽しみます!
     そんな子供のようにはしゃぐ彼女に、あーはいはい、やっぱりこうなんのなと、ぐいぐい腕を引かれる月人。
     舟を降りても……楽しい名月の夜は、まだまだこれから。

    「あの船面白い、舟頭に龍の頭が付いてる」
    「なんか面白い船だね」
     クリスと桃夜も月見を楽しむべく、その面白い龍頭の舟へと乗り込んで。
     流れ始めた月下の風景と隣の恋人を、その瞳に映しながらも。
     トーヤは知っていたかい? と、ふと尋ねるクリス。
     舟に揺られ水面に浮かぶ月と、空に浮かぶ月……その二つの月を楽しむ。そんな四季の趣きを遊ぶ、日本の心を。
    「日本では古来からこんな風に自然を愛でていたんだね。平和で心が豊かな証拠だよ」
    「へぇ~、風流じゃない」
     ちょっと大変だけど……と、忙しく夜空と水面を交互に眺めつつも、感心する桃夜。
     そして――ね、トーヤ、と。降る月光に照る、目の前の恋人を見つめて。
    「月が綺麗ですね」
     クリスが贈ったのは、文豪が訳した愛の言の葉。
     そして、それに返した桃夜の言葉は……文豪のものではない、素敵なもの。
    「クリスの方がずっと綺麗だよ」
    「月よりもかい? そりゃ光栄だよ」
     あはは、と笑むクリスだけをただ見つめながら、桃夜は頷く。
     月も霞んじゃうくらいにね――と。

     優雅に四季や景色を謳い、名月の下で舟を漕ぐ。
     今年の十五夜は、依子と篠介の二人も、そんな平安貴族の如き遊びを楽しむ。
     天に照る月、水面に揺れる月。ふたつの月の眩さに、ぐっと手を伸ばしてみるも。
     落ちるなよーと聞こえた声に、はーいと素直に従った依子は、淡く降る月光と夜の空気、ゆらり揺れる舟の感覚に笑って。
    「こういう静かでゆったりした時間、すき」
     篠介君は? と隣を見遣れば。
    「依子といれば、えーっと、ワシも好きじゃよ」
     つい出た本音を誤魔化すようにけらりと笑う彼に。
    「風が気持ち良いよな、なぁ、依子……さん……!?」
     そっと、寄り添うように身を寄せてみる。月を映し揺れていた瞳と、くれた温もりを、思い出しながら。
     篠介は急に感じたそんな彼女の体温に、あたふたするも。
     温かいな――そう、ぎこちなく肩を抱きながら呟いて。
     今年の月も、彼女と一緒に、見上げるのだった。
     夜更かしも悪くない、こんな夜。
    「お月見団子作ったから後で食べようか?」
    「おう、勿論! 抹茶も頂いたから甘い物が恋しいし、あとで出店も回ろうのう」
     月が飛び切り綺麗で、景色も変わってみえるのは……君が、傍にいるから。

     彼の着付けも髪もばっちり決まった、着物デート。
     観月に漕ぎ出す舟の上で、沢山の会話を楽しむ桜太郎と百合亞。
    「月が綺麗ですね、ってやつは有名だよな」
     名月の下、桜太郎が口にしたのは、漱石の洒落た科白。
     死んでもいいわ、だっけ、と続けた彼に。
    「あっ『でも月は太陽がないと輝けません』って返し知ってますか?」
    「それは知らなかったなー。続きは?」
     百合亞が紡いだ言の葉は――貴方がいるから輝ける。
    「考えたの私じゃないですけど素敵だと思ったんです」
     でもふと、桜太郎は夜空を仰いで。
    「月に手は届かないからなぁ」
     そう一見、浪漫の欠片もない台詞を紡ぐけれど。
     大きなその掌を、届かぬ月に伸ばすのではなく。
    「手に届くところに咲いてる花が一番ですよ」
     すぐ隣にいる百合亞と手を繋いだ。
     そして、俺なりの返し、どうだった? と。耳を擽る声に、百合亞はそっぽを向くけれど。真っ赤な顔でぎゅっと握り返したその手が、問いの答え。
     そんな彼女の顔を覗き込みつつ、桜太郎はこの後、遠回りに百合亞を誘って。
     返答は勿論……喜んで。家に帰るまでがデートだから。

     秋の夜は冷えるけれど。誕生日に雨から貰ったジャケットは、あったかい。
     薫は改めて礼を言いながらも、顔を綻ばせる彼女と並んで月を眺めて。
    「……えっと。ちょっと早いけど、一年間付き合ってくれてありがとう、雨」
    「一年間、あっという間だった、ね」
     この一年を思い返してみる。
     カッコ悪いとこもいっぱい見せたけど、いっぱいいろんなものを貰ったし。
     これまで知らなかったことも、知らなかった気持ちも、沢山知ることができた一年。
     そして。
    「これからの一年……いや、その先もずっとオレの傍に居てくれないか?」
    「薫君の、強いところも、弱いところも、全部、好きだから、これからも、よろしくね。ずっと隣に、いさせてね」
     これからもずっとずっと、一緒にいたいから。
    「……ありがと。好きだよ、雨」
     頬を染め微笑んで、雨の髪をそっと撫でながら。
     薫は尋ねる……キス、してもいいかな? と。
     そして返ってきた、照れたような小さな頷きに、胸のときめきを感じながらも。
     名月が見守る中――そっと顔を寄せて。その想いと唇を、重ねた。

    ●縁描くふたつの月
     前回は桜、今回は秋の名月。
     このわくわくドキドキは、やはり夜のせいなのか。
     それとも、二人でお出かけしているせいか……その両方か。
     迷子にならぬよう、ぎゅっと握った手を離さずに。
    「ん。あっちにもある。こっちにもある。いろいろある……」
    「色々あるね……何にする?」
     狭霧と龍之介は、賑やかな夜店を巡って。
     甘い団子を食べつつ二人、並んで夜空を見上げれば。
    「……月。おっきい。すっごい。……こんなに綺麗なんだ。こんなにすごいんだ」
    「はい、すごいですね……こんなに綺麗に見えるなんて」
     息を飲むほど見事な名月が、目の前に。
     そして、月に照る狭霧へと目を向け、にこーっと笑んで。
    「えへへ、嬉しいなまたお出かけできて」
     彼女にぴったりくっつく龍之介。その手を、ぎゅっと握ったままで。
     そして、そんな彼の視線と温もりに。
    「……う、うん。……う、うれ……うれ、うれ……」
     恥ずかしくなった狭霧は、て、ていっ、とナノナノぐるみで攻撃!?
     龍之介は、ぽふっとそれを受け止め、びっくりしつつも。
     より一層、ぎゅーっと、彼女を包み込む。

     夜店で買ったものを、七葉の分も持ってあげつつ。
     紅詩が月を愛でるため彼女とやってきたのは、見晴らしの良い観月席。
    「風間さんは、どんなお菓子が好みなのかな?」
    「こういったシンプルなお菓子が割合に好きなんです」
     こんな静かな場所だと余計に美味しく感じます、と。
     そう甘味を楽しむ紅詩と、団子や和菓子を交換こしながらも。
    「ん、お月様って素敵だよね。綺麗でいて、それでいて静かな感じがあって」
     夜空に浮かぶ、見事な白銀の満月を眺める七葉。
    「……確かに素敵です」
     そんな彼女の言葉に、紅詩はひとつ、頷いた後。
    「新城さんも月みたいですよ? 綺麗で、見てて安らぎますから」
     彼が瞳に映すのは、一緒にいると不思議な気分になる……もうひとつの月。
     そしてその言葉に思わず赤くなった頬を、俯いて夜の色で誤魔化しながらも。
    「傾く前に出逢えて良かった、よ」
     名月照る下、七葉はそう返すのだった。

     場に合わせた着物姿で、龍頭鷁首船に乗って、いざ二つの月を愛でに……!
     と、言いたいところだが。
    「実は順番待ちしてたんで、夜店で何も買ってないんです。軽く食べるものいただけませんか?」
     そう告げた紅緋に、紗矢はこくりと頷いて。
    「少しだが、よかったら」
     どう見ても少しではない量の団子を、お裾分け。
     これで準備万端、月を追う様に進む舟から景色を眺めながら。
    「和船というとすぐに思い浮かぶのが渡海船っていうのは、改めないといけませんねぇ」
     朱雀門は確か京都でしたよね? このお祭にも何人か混じってたりして、なんて。
     決して不帰の船旅ではない舟遊びを、紅緋は紗矢と共に楽しむ。

     空の月と池に映った月。ふたつの月を愛でる贅沢さに風流を感じながらも。
     水花は共に月を愛でるカイザに、この後、夜店や大覚寺の散策もしてみましょうかと提案した後。
     縁結びにご利益があるという愛染明王に、伊勢谷くんはお願いをしてみますかと。
     そう訊ねてみつつも、続ける。
    「神様に仕えるのなら、これからも縁結び祈願とは縁は無さそうです」
     カイザはそんな水花に、縁結びなぁ、と呟いた後。 
    「縁ってのは、何も恋愛だけに限ったものじゃないんじゃないか」
     だから、お互い良い縁に結ばれるよう祈り合っとこうぜと、そう微笑む。

     柔らかい名月降る中、舟遊びに興じる龍や鳳凰。
     それはすぐ傍の風景なのに……此処とは、別世界のように感じる。
     秋風が通る音と虫の声。ギシ、と歩く度に鳴る板廊下が軋む音。
     そして、厳かな中に漂う、張り詰めた緊張感。
     刺し合うような瞳はより鋭く、相手の視線が突き立てられた首の後ろがひりつく。
    「縁結びの明王様にしちゃ、イカつい顔してんな」
     お前の大好きなナノナノと比べると大分違うんじゃね? と。
     ふと言った錠の眼前には、愛染明王像。
    「恋愛だけじゃねェモンな、縁ってのは」
    「ああ、確かに。縁という縁が良いもんとは限らないな」
     その空気の読めなさにも張り詰めた空気にも慣れているというように。
     葉は、錠へとそう返してから。
     龍や鳳凰が追う大きな月が照し出す男の顔へと、目を遣る。
    「なァ、葉。こんな顔知ってるのこの世でお前だけだぜ」
    「ああ、確かに。そんな顔は誰にも見せないほうがいいだろう」
     やけに眩しい満月に狂うわけではない。剥き出しになるんだと。
     欲望を肯定し力とする明王の前で――口端を吊り上げ笑う彼の、『ひとごろし』みたいな表情に。

    ●皆で愛でる名月
     【夜空庭】の皆も、中秋の名月を楽しむ……その前に!
    「たこ焼き、イカ焼き、綿あめ、人形焼き、フランクフルト、焼きそば、焼きもろこし……なんだか焼き物が多いね?」
    「天宮サーン、一人じゃ大変だから俺も行くよー」
     皆がリクエストした食べ物を調達すべく、睦月と律は、いざ夜店へ突撃!
     そして。
    「……おっと! お前ら、お月見だからな?」
     俺は「月夜」だけど俺をガン見すンじゃねーぞ! と、振りもバッチリな月夜を。
    「ふふ、良いお月様ねーじゃあ、月見里さんを眺めた後月見しましょうか」
    「あ、そか! 月見里さんがいれば、昼間でもお月見ができるんだ! 今度お供え持って来よ」
     買ってきた食べ物を頬張りつつ、まずは皆で愛でます……!?
     いえ、今日は中秋の名月ですから!
    「大丈夫、男を見て喜ぶ趣味はないから、俺」
     あ、つっきー、俺も焼きそばーと。手を伸ばす律は勿論、月……より、団子!?
    「律……自分の分は自分で買え!」
     さらに睦月からチーズボールを貰って頬張る律に、そう言った後。
    「ん? 日和も食うか?」
     ベンチに腰掛け月を眺める月夜は、日和の視線に気付き、彼女にも焼きそばのお裾分けを。
     そして、焼きそばと月見のお誘いに礼を言ってから、そっと目を閉じ物思いつつも。
    「ゆーまさん何してるのー?」
     日和はふと、ゆまに声を掛けて。
    「ん、月を見てただけだよ?」
     そう答えた後、ぽすん、と。その肩に寄りかかりつつも、ゆまは紡ぐ――綺麗、だね。月も、日和さんも……と。
     そして月を見上げた後、月夜を見て、もう一度月を見上げていた睦月が。
    「あ、たこ焼きが1個減ってる! 食べたの誰!?」
     なくなったたこ焼に気付き、そう声を上げれば。
     しらばっくれている犯人に、ついに鉄槌を下したのは、ゆま。
    「いい加減にしなさい!」
     ……でも、ありがと、りっちゃん、と。ゆまはそう、月のような色をした瞳をそっと細める。
     月を見ていると――必要以上に、不安になるものだから。
     こんくらいバカやってんのが丁度いいんだよ、と。ゆまに殴られつつも、ゲットした戦利品をぱくりと頬張る律。
     美しく照る月を眺めれば、やはり何だか切ない気持ちになるけれど。
     皆で美味しいものを食べながら愛でれば……こんなに楽しいお月見に、なるのだから。

     そして、すっかり空が暗くなった頃。
     【元社務所】の皆も龍頭鷁首舟へ乗り込むべく、大沢池へ。
    「大覚寺で読まれた歌、『名こそ流れて……』でしたっけ」
    「綺麗なお月様見ると、吠えたくなるねー?」
    「ぽっかりと浮かぶ満月、スーパームーンって奴ですかね」
     平安の雅に思いを馳せる紗里亜に頷きつつ、何だか吠えたそうにウズウズしているミカエラは置いておいて。
    「手に届きそうな月……月光、冷たく光るって言うんでしょうか」
     太陽みたいに強烈じゃない光が好きなんですよね、と続けた小次郎に、返す銘子。
    「月は光をよく反射しているけれど熱は……ね。でもここまで届かないだけで本当は暖かいかもしれないわね」
     そんな会話を交わす皆を眺めながら、学校もいいけどみんなと出かけるのも楽しいな~と思う織兎。
    「普段は箒で上空から見ているから舟自体が新鮮よねえ」
    「いつも飛んでる銘子と紗里亜みたいに、飛べる鳳凰の舟に乗りたいなー♪ ……あれ、飛ばないんだ?? なぁんだ~」
    「空飛んだらもっと月も近いんだろうか~」
     船首の龍や鳳凰は、ミカエラの望み通り空こそ飛べないけれど。織兎が遠い空の上で輝く名月を、改めて見上げた刹那。龍頭鷁首舟がゆっくりと、水の上を滑り始める。
     そしてお月見にかかせないのは。
    「はい、お団子をこさえて来ましたよ。京都では十五夜にこんなお供えをするそうですね」 
     やはり、お団子! 紗里亜が拵えてきたのは、満月と雲に見立てた餡が巻かれた楕円形のもの。
     いや、紗里亜だけでなく。
    「なんか月の兎になった気がしてくるかも」
     ぴょんぴょん跳ねてたりするかな、なんて。織兎は持参した団子と月を見比べてみたり、ぷらぷらと月にかざしてみたり。そして買ってきた月見団子を皆へと差し出す小次郎。
     そんな同じ考えだった彼らに、紗里亜はくすくすと笑んで。
    「……本当に皆してお団子用意してたのね」
     じゃあ喉に詰まらせる前に、と籠バッグから人数分のお茶セットを取り出し淹れる銘子に倣って。
    「船上で月を映して飲んでみたかったのよねえ」
    「この距離だったら、手が届きそうなんだけどなぁ~。……え、杯? あ、これならお月様が自分のモノにできるね」
     ちゃんと月が映るようにして……ごっくん、と。ばっちり、名月をいただいたミカエラ。
     そして小次郎は、ふと月を見上げて。
    「そういえば名文句がありましたね、『月が綺麗ですね』なんてやつ」
     この月の下では誰かがそんな陳腐なことをささやいているんですかね、と口にするも。
     お茶でホッと一息ついた紗里亜は、彼の言葉を聞いて。
    「あら、陳腐な台詞もサラリと聞かせてくれるようならいいかもしれませんよ」
     空を見上げて続ける――こんないい月の夜には、と。
     その声に、そうかな……そうなのかもな……と、小次郎は呟いた後。
    「なら……いや、綺麗な月夜だよ今日は」
     実に魔的だ、と。
     人も惑わすほど美しい中秋の名月を、皆と共に改めて愛でるのだった。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月8日
    難度:簡単
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ