女を食い破り、現れるもの

    作者:雪神あゆた

     とある港町の裏路地に、絶叫が響く。
    「いやあ、いやですわいやですわ。こんなのいやですわああっ」
     声の主は、ゴスロリ服だったと思しきボロ布をまとった、女だ。
    「死にたくない死にたくないですの! どうして私が? こんなこんな? わたくしはわたくしは、こんなところで――っ」
     女は走る。腕を振り回し、開きっぱなしの口から声と涎を垂らし、
    「いやいやいやいやあああ!!!」
     女は立ち止まる。両腕で己の肩を抱き、苦痛に顔をゆがませた。
     女の体に亀裂がはいり――内側から羽虫の姿をしたなにかが姿を現す。
     芋虫の体に蛾の羽をもつ羽虫は宙に浮かぶ。同じ姿をしたものが、少女の腹から次から次に――。
     女はコンクリートにあおむけになり、二度と起き上がらなかった。
     
     教室で。姫子は説明を始める。
    「最近のベヘリタスの卵が羽化する事件に、シン・ライリーが関わっているのではという、伏木・華流(桜花研鑽・d28213)さんの懸念が的中したようです。
     福島県の港町で、シン・ライリー配下の格闘家のアンブレイカブルが現れました。
     アンブレイカブルは何かに追われているように裏道を逃走していますが、路地裏のある地点で苦しみだします。
     そして体を食い破り出る、数十匹の羽虫型ベヘリタスに殺されてしまうのです。
     アンブレイカブルのソウルボードに、ベヘリタスの卵が植え付けられているのでしょう。
     急ぎ、現場に行き、現れる数十体のベヘリタスと戦ってください。
     ベヘリタスは羽虫のような形状で、1体1対の戦闘力は灼滅者よりも少し弱い程度。全滅はきっと不可能でしょうが、できるだけ多く駆逐してください」
     
     現場は、福島の港町の裏路地。灼滅者がたどり着いたとき、アンブレイカブルは錯乱して走り回っている。灼滅者に気づく余裕もないだろう。
     しばらくすれば、彼女の体から羽虫型のシャドウが現れる。
     その数は24匹。
     能力はどの個体も同じ。シャドウハンターの三つの技のほかに羽から波動を打ち出すブラックウェイブ相当の技や、敵に突撃して硬い羽をぶつける龍翼飛翔に相当する技も使う。
     8匹ごとに前衛、中衛、後衛にわかれるようだ。
    「このシャドウは、戦闘を仕掛ける限り反撃してきます。が、灼滅者が逃走すれば、シャドウも撤退します。なのでギリギリまで戦うことが出来ます。できる限りの数を倒してください」
     姫子はお願いします、と頭を下げる。
    「ところで、アンブレイカブルについてもお話しておきましょう」
     このアンブレイカブルは錯乱しきり、説得はまず不可能。
     が、なんらかのきわめて的確な行動により、アンブレイカブルのソウルボードに入れれば、アンブレイカブルを救出できるかもしれない。
     この場合、ソウルボードで羽虫型のベヘリタスと戦闘し勝利後、ソウルボードから現実世界に出た羽虫型ベヘリタスともう一戦することになる。
     ソウルボード内での羽虫型べヘリタスは強くないため、楽勝だ。が、現実世界でのべヘリタスの群れは侮れない。
     また、灼滅者はソウルボードでのダメージを引き続くのに対し、現実世界に現れる羽虫型ベヘリタスは無傷。普通に戦うより状況は悪い。
     また、アンブレイカブルは命が助かると、灼滅者と羽虫型ベヘリタスの戦いをよそににげてしまう。
    「……アンブレイカブルを見捨てたほうが、簡単に事件を解決できるでしょうね」
     姫子は目を閉じ、そう言った。
     
     姫子は目を開き、
    「今回の敵は、絆のベヘリタスの卵から生まれた、本来のベヘリタスとは違う姿のシャドウです。
     おそらく、アンブレイカブルのソウルボードを利用し、ベヘリタスの卵を孵化させている者がいるのでしょう。シン・ライリーか、そうでないかは不明ですが
     この状況では、エクスブレインの予知も難しく、どれだけの卵が孵化しているか、予測できません。
     とにかく、現れるベヘリタスをできるだけ多く倒す必要があるでしょう」
     姫子は拳をぎゅっと握る。
    「今回も危険な任務です。が、皆さんなら解決できる、そう信じてます!」


    参加者
    四津辺・捨六(伏魔・d05578)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    阿久沢・木菟(八門継承者・d12081)
    クリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    端城・うさぎ(リンゲンブルーメ・d24346)
    水無月・詩乃(稟武蒼青・d25132)
    アリス・ドール(斬撃の人形姫・d32721)

    ■リプレイ


     風が吹き、灼滅者の足元の空き缶がカラカラ転がる。
     灼滅者は今、福島県の港町の裏路地に立っていた。視線の先には――ボロボロの服を着た女がいる。アンブレイカブルだ。アンブレイカブルは叫ぶ。
    「わ、わたくしがっ、こんな、いや、たすけて」
     紅羽・流希(挑戦者・d10975)は仲間に目で合図をすると、足音を殺し歩く。女の背後をとり、抱きとめる。流希は接触テレパスで、
    「助けに来ましたよ……。貴方の中からベヘリタスを追い出すためには、貴方に気を失っていく必要があるのです……。命を散らすときは今ではございません……私たちに委ねてください」
     切々と言葉を響かせた。
     四津辺・捨六(伏魔・d05578)もアンブレイカブルに近づく。前髪ごしに彼女の目を見、穏やかに告げる。
    「ソウルアクセスなら何とかできるかもしれないんだ! 俺たちに任せてくれないか?」
     アンブレイカブルは、流希の腕を振りほどく。流希と捨六を見比べ、
    「私を殺すつもりですのね!? いやいやいや、殺されたくないいーー!!!」
     両手をあげ戦闘の構えをとる。灼滅者の話が通じてないか。
     クリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)は姿勢を低くし駆ける。アンブレイカブルとの距離を詰めた。
     クリミネルは無言で、アンブレイカブルの胸ぐらを掴む。強引に倒し、後頭部を地面に叩きつける。
     アンブレイカブルは「ころされてたまるものですかああああ」クリミネルの手を払い、即座に起き上がった。
     端城・うさぎ(リンゲンブルーメ・d24346)と阿久沢・木菟(八門継承者・d12081)がアンブレイカブルの前に立つ。
    「殺すなんていってない、よ……あなたのことは、できるだけ助けたい、の」
    「だから、話を聞かぬなら、無理やりにでも助けさせてもらうでござるぜ!」
     うさぎは拳をみぞおちに当てる。木菟は首筋に手刀を落とした。
    「ごふっ」呻くアンブレイカブル。
     灼滅者は攻撃を続ける。が、それ以後の攻撃のいくつかは外れた。まがいなりにも戦闘態勢をとったアンブレイカブル、攻撃をすべて当てるのは必ずしも簡単ではない。
     レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)と水無月・詩乃(稟武蒼青・d25132)は視線を交す。
    「生きろって言葉も届かないようだし、構えられた以上、倒すのも簡単ではないみたいだねぇ。反撃もしてくるだろうし。残念だけど……」
    「ええ、残念ですけど、さがったほうがよいでしょうね。本来の目的を仕損じるわけには参りませんから」
     悔しそうに首を振るレオン。詩乃は冷静な表情で応える。灼滅者八人は、アンブレイカブルから距離をとった。
     灼滅者の見る前で、アンブレイカブルの女は地面を殴る。
    「あああ、死にたくないですのおおっ」
     叫ぶ。その女の胴体に亀裂が現れる。
    「いたいいたいいた…………」
     女は倒れ、動かなくなった。呼吸も止まる。女の体の亀裂は広がり続け、そこから幾匹もの虫が姿を現す。
     虫たちは芋虫のような体に、クラブの紋様のある羽をつけていた。金の仮面をつけている。羽虫型のベヘリタスだ。数は、二十四体。
    「シャァ」「シャアア」虫の口あたりから声がした。
     アリス・ドール(斬撃の人形姫・d32721)は、大太刀の硝子のように透ける刀身を、もちあげた。
    「……心を糧に……体を食い破り……羽化する……虫は…………切り裂く……」
     切っ先を虫どもに向けるアリス。


     詩乃は足に履いた日進月歩で、地面を蹴る。
    「確実に当てさせて頂きます」
     虫の間近に立ち腕を上から下に振る。直撃! 拳が虫の一匹を上空へ弾き飛ばす。
     クリミネルは跳ぶ。虫と同じ高さに来ると、腕を縦に振る。
    「……害虫駆除開始や」
     持っていた十字架を虫の仮面に落とす! 急激な勢いで虫を地面に激突させる!
     初撃を決めた灼滅者たち。彼らの前で虫十匹は、
    「シァァ」「シァァア」「「シャアッ」」
     一斉に突進してくる。虫たちの羽は硬質化している。当たれば、刃の如く肌を裂くだろう。
    「させぬでござるよ!」
     木菟が走り、虫たちの前に躍り出る。ウィングキャットの良心回路とともに、敵の、硬く鋭い羽を、己の体で止めた。木菟の体から血。
     後衛のうさぎはそれまで、おどおどと所在なさげに顔を動かしていた。が、仲間の傷を見、瞳に決意の色を込めた。
    「援護する、よ! 頑張ろう、ね、たれみみちゃん」
     縛霊手を嵌めた手を高く上げた。掌を開く。指先から光。その光が木菟の出血を止め、傷を塞ぐ。
     ウィングキャットのたれみみもうさぎの意を受け、尻尾を振る。リングから光る癒しの力が放たれた。
     木菟は体勢を立て直す。良心回路には、治療と防御を指示しつつ、木菟は腕を前へ。シールドで虫を打つ! 虫の体が大きく揺れた。
     別の虫が「シァァアア」と唸る。「シァア」「シアアアァァ」声を出しつつ、五体が体に闇をまとわりつかせた。黒く染まった体で、灼滅者にとびかかる。
     捨六が跳んだ。敵の黒い体当たり三発を、腹と肩で受ける。
     捨六は傷を負いつつも止まらない。体中のオーラを滾らせ、気の力で痛みと幻覚を掻き消し、さらに跳ぶ。
     別の虫の体当たりを今度は腕で払う。
    「ラムドレッド、皆、今のうちに!」
     その言葉に、ラムドレッドが銃口を虫に向けた。弾丸を乱射し牽制。
     レオンも捨六の言を聞いていた。ダイダロスベルトを渾身の力で握る。
    「寄生虫は滅尽滅相ってなァ! いくぞオラァ!」
     レオンはベルトを、全方向へ伸ばす。長く伸びたベルトで虫どもの体を縛りつける。
    「シャアーーーッ」
     締め付けられた虫の一体が、悲鳴を上げ消滅。
     敵一体を倒したことで、灼滅者は勢いにのる。
     一分後。アリスが、
    「……すべて……斬り裂く……」
     背を大きくそらせた。次の瞬間には上半身を前に曲げ、同時に刀を振り落す。愛刀にして絶刀「Alice the Ripper」の刃で敵の肌に傷を刻む。
     流希はアリスが作った傷を見、視線を鋭くさせる。
    「武人の誇りを踏みにじり、宿主を殺す寄生虫になり果てた因果、ここで断たせて貰う!」
     堀川国広の柄に手をかけ、引き抜き、斬る! 居合切りで、敵を両断!


     さらに時間が経った。詩乃は状況を確認。
     今のところ、木菟と捨六が陣形と防御を、うさぎが必至の治療を、それぞれ駆使し、灼滅者は戦線を維持している。
    「それでも、まだ虫の数は多いですし、ディファンダーの皆さんを中心にダメージは増えています……急がないといけませんね」
     詩乃は腕から炎の気を迸らせ、前進。相手の背に回る。
     詩乃は音もなく手刀を振る。次の瞬間、敵の羽の付け根が裂け、虫が苦しそうにのたうつ。黒死斬だ。
     のたうち、動きを鈍らせた虫に近づくのは、レオン。
     レオンは瞳を輝かせ、にぃ、唇を釣り上げる。
    「一気に行くぜェ、潰れろォ!」
     レオンは腕を高く上げ、振り落す。杭を地面に打つ。衝撃波が発生。
     詩乃の一撃で致命傷を負った虫は、レオンの衝撃に耐え切れず、消滅。
     その後、灼滅者はさらに二体の灼滅に成功。他の虫にも手傷を負わせた。が、灼滅者の被害も少なくはない。
     捨六は傷の痛みを堪えつつ、ラムドレッドと駆ける。
     ラムドレッドが銃撃を行い、敵が怯んだ一瞬に、捨六が体を捻る。
     捨六は蹴りを放った。強い風が吹く。風は竜巻へと変化。竜巻が虫どもを消耗させ、一体を瀕死に追いやる。
     が――技を放ったばかりの捨六の腹に、他の虫の弾丸二発が迫る。捨六は腹に深手を負う。
    「これ以上は無理だ。……悪いが、離脱させてもらう」
     傷口を抑え、後ろに跳ぶ捨六。
    「心得たでござる。拙者が倒れた時は、輸送をお願いするでござるよ」
     木菟は返事すると、今度は良心回路に指示し、魔法を飛ばさせる。
     虫の一匹が悲鳴を上げたのを確認し、木菟は手首を握る。手首の先の縛霊手から、結界を構築する。霊力が発生。木菟の結界が、虫の動きと命を停止させる。
     だが、敵の数を減らした余韻にひたることはできなかった。四体の虫が体に闇をまとわせ、木菟に接近していたからだ。木菟はぶつかられ、闇の力を浴び、
    「ちっ、限界でござるな……あとは……任せたで、ござるよ!」
     地面に転がり、目を閉じた。

     一人が戦線を離脱し一人が倒れたが、灼滅者は攻撃の手を止めない。数分後にはさらに虫一体を倒す。が、その時にはラムドレッドと良心回路もすでに力尽きていた。
     灼滅者の体勢は万全とは程遠く、敵の数はまだ多い。
     今も、流希は虫に取り囲まれていた。二人の肌にはいくつかの傷。
     流希は敵の弾丸に撃たれながらも、踏みとどまる。
    「倒れるものか! 一匹でも多く屠って見せる!」
     流希は蝙蝠の嘆きの笛の柄を握る。刃の切っ先を虫の仮面に刺す。仮面にひびが広がる。
     うさぎは、奮闘する仲間を見ていた。
    「頑張、って。あたしもたれみみちゃんも、一生懸命頑張る、から」
     汗ばむ手に、精一杯の力を籠める。指先から癒しの光を放つ。たれみみも、リングの力で、支援。うさぎとたれみみは、流希の傷の痛みを和らげた。
     その後もうさぎは回復に専念。クリミネルに弾丸が飛びそうなのを察知すると、クリミネルに治療を施す。
     クリミネルは、支援を受け、弾丸の一発を耐え抜いた。クリミネルは敵の腹を掴む。
    「あの程度でうちらを倒せるなんて、めっちゃ甘いわ!」
     クリミネルの手が獣の手に変形。相手を掴んだまま、爪が鋭くとがらせ、虫の体に刺す。クリミネルは手に力を籠める。爪をより深く刺し、虫の命を奪った。
     クリミネルは他の虫も倒そうと手を伸ばすが――虫どもの動きが早い。
     虫の弾丸が二発、闇の体当たりが三発、クリミネルにぶつかり――クリミネルは前のめりに倒れる。
     クリミネルが倒れた後も、蟲の攻撃は執拗に続く。
     アリスも傷だらけになった。が、青の瞳から闘志を消さず前を見据える。
     アリスの前で虫の一体が体に闇をまとわせていた。突撃をしようとしている。アリスはその虫をまっすぐ見ていた。
     己に迫りくる虫に、アリスは、
    「……炎で……斬り裂く……」
     足に炎を宿し、高くあげた。爪先が己の体につくほどに高く。そして、踵で虫の腹部をしたたかに打つ。
     虫は止まらず、アリスは吹き飛ばされる。地面に転がり気絶するアリス。
     しかし、アリスの炎は虫の体を炎上させていた。ばちり、火の粉が飛ぶ。アリスの蹴りが起こした炎の中で、虫は動きを止め、消えた。


     捨六は仲間が倒れたのを確認すると、無事な仲間に呼びかける
    「敵は十分に減らせた。被害も大きいことだし、撤退しよう」
     レオンと流希が敵に顔を向けたまま、応える。
    「了解だ。――さぁ、虫ども続けようぜ――俺はまだやるぜ、まだまだぁぁぁ!」
    「俺たちが時間を稼いでいる間に、怪我人を頼む」
     レオンが近づいてくる虫を、したたかに蹴りつける。流希が鎌を振り、黒き波動を群れへと放つ。
     二人が蟲をひるませている間に、捨六、詩乃、うさぎの三人が、戦闘不能状態の仲間、アリスとクリミネル、木菟の体を持ち上げる。
     そして全員でその場を脱出。
     虫たちはしばらく「シャアアアア」と喚いていたが、追ってはこない。その場にとどまる。やがて、喚き声も聞こえなくなった。
     うさぎは後ろを振り返る。敵の姿はもはや見えない。
    「したいのに出来なかったこともあった、けど……」
     ぽつっと呟くうさぎ。詩乃が彼女に応えた。
    「……そうですね。それでも、敵を十分に減らせたのですから、成果をあげられたと言っていいでしょう。早く帰って、学園に報告いたしましょう」
     詩乃の言葉に皆が頷く。
     風の冷たさを感じながら、灼滅者たちは学園への帰路を急ぐ。ある者は前をまっすぐに見ながら、ある者は何度か戦場を振り返りながら。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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