タトゥーバットと苦学生

    作者:彩乃鳩

    ●ヴァンパイアの子爵
     古き良き景観を残す、豪奢な西洋屋敷。
     しかし。
     その屋敷は、全ての良さを台無しにしてあまりある、莫大なゴミの山に埋もれていた。
    「ぶほっ、ぶほっ、ぶほっ」  
     屋敷の最奥、ゴミ山の中心で、ひとりの太った男が嗤う。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。今こそ君を助けたい助けたい。そして感謝されたい見られたい認識されたい瑠架ちゃんに! 僕を見て! 見て瑠架ちゃん!」  
     突然脈絡も無く叫びだしたその男は、口から何か液体のようなものを吐き出した。その液体はビチャッと床にへばりついたかと思うと、モゴモゴと蠢き、やがて一体のタトゥーバットへと姿を変えた。
    「派手に暴れてこい! 派手に暴れれば、瑠架ちゃんは僕の事を思い出す! そしたら瑠架ちゃんは僕の事を思い出して心強くなるので、そしたら瑠架ちゃんは心強くなって僕の屋敷に訪ねてくるはず! 思い出して! 子爵である僕の事を思い出して! 瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん!」

    「ヴァンパイアの眷属、タトゥーバットが一般人を襲う事件が起こります」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が、集まった灼滅者達に説明を始める。
    「タトゥーバットはサイキックアブソーバー強奪事件などで、以前にも確認されているコウモリの姿の眷属です。今回はこれが、夕方の公園で人を襲い出します」
     その最初の被害者は、夢原チサという女性です――という姫子の言葉に、遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)は顔をしかめた。
    「夢原さんって……あの夢原さんだよね、苦学生の」
     ダークネス事件の依頼で、何度か顔を見たことがある一般人を思い浮かべる。まあ、どれも彼女自身はこちらのことを覚えていないだろう、という状況だったのだけど。
    「具体的には、公園の子供達がタトゥーバットに襲われそうになったところを、通りかかった夢原さんが止めに入って自分だけ逃げ遅れる……という状況になります」
    「……相変わらず、運が悪い人だなあ」
     公園で眷属が子供達を襲い。止めに入った夢原チサは、逃げ遅れて気を失う。その時点で、割って入って虐殺を阻止して欲しいと姫子は言い添えた。それ以前に介入しようとすると、タトゥーバット達は標的を変えてどこかに行ってしまいかねない。
    「タトゥーバットの数は六体。体表面に描かれた眼球状の『呪術紋様』により魔力を強化された眷属です。人間の可聴域を越えた超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、数々の魔法現象を引き起こします」
     また、その肉体に描かれた呪術紋様は、直視した者を催眠状態に陥れる魔力を帯びている。ずば抜けた強敵というわけではないが、厄介なことに変わりない。
    「タトゥーバットが現れた以上、その黒幕はヴァンパイアである事は間違いないでしょう。朱雀門の動きと何か関係があるのかもしれませんが……ともあれ、人を虐殺しようという存在を見逃すわけにはいきません。皆さんのご活躍に期待します」


    参加者
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    七那原・エクル(虹雷を継ぐ者・d31527)

    ■リプレイ


    「タトゥーバットが一般人に危害を加える前に、阻止しないと……あれ、夢原・チサさんって、レプラコーン依頼の時に巻き込まれちゃってた女の子だったような……」
     以前に救出したことがある、不運な少女。
     その姿を過去の記憶から思い起こして、七那原・エクル(虹雷を継ぐ者・d31527)は首を傾げた。
     夕暮れの公園。
     灼滅者達は、予知されたタイミングに備えて物陰で待機していた。その間に木元・明莉(楽天日和・d14267)は司に指示を出しておく。
    「……で、その後メディックにて主に七不思議の言霊での回復を。余裕があれば攻撃への参加も頼みまっさ」
    「はい、わかりました」
     司は顔を引き締めて、真剣にこくこく頷いた。
    「……来ました」
     無表情に現場の様子をうかがっていた風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)が口数少なく呟く。公園内では、まだ数人の子供が元気に駆け回っている。そして、子爵たる吸血鬼の眷属が、上空から不穏な影を作っていることに……灼滅者達はいち早く気付いていた。
    「子爵ね。男爵だった絞首卿ボスコウより上の爵位級ヴァンパイアか、とても信じられないわ。これならまだボスコウの方が爵位級に相応しいと思ってしまうわよ」
     タトゥーバット達が、獲物を求めるように空を旋回する様を確認しながら。エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)としては、その主のことを考えずにはいられない。
    「というか、あんなものが爵位級なら闇堕ちした私でも爵位級になれそうな気がするわ。堕ちる気はないけどね!」
     ダンピールとしては、今回の相手には色々と想う所があるというものだ。思わず声が高くなり、仲間に視線を向けられて。咳払いをして、エリノアはトーンを落とす。
    「こほん、ともあれ夢原チサを助けてタトゥーバットを殲滅しないといけないわね」
     蝙蝠型の眷属達の存在に、灼滅者以外に気付いた人物がいる。
     そう、夢原チサである。
     公園近くを通りかかった制服姿の少女は。呪術紋様から禍々しい雰囲気を放つ眷属が、飛び回る空に仰天していた。
    「ビッ!」
    「あ、危ない!」
     タトゥーバットが子供達に向かって襲いかかると同時に、チサも全速力で駆けだした。火事場の馬鹿力なのか。スカートを激しく乱して、間一髪のところで子供を抱えるように突き飛ばし。眷属の一撃から、幼い女の子を救う。
    「み、皆! 早く、逃げて! この蝙蝠は普通じゃないから!」
    「う、うん……」
     チサの大声が響く。
     公園内に居た者達はタトゥーバットの姿と、チサの迫力に押されて散っていった。避難を促した本人も逃げようとしたのだが、どうやら足を挫いたらしい。
    「ビビッ!」
    「おっと、え……きゃっ!」
     蝙蝠型眷属の威嚇に驚いて、足がもつれて――そのまま派手に転んで後頭部を打ちつけた少女は、目を回してダウンした。
    「気絶って……」
    「こういうことだったのか」
     全てを見ていた灼滅者達は、思わず突っ込むが。とにかく状況は整った。予定通り、素早く突入する。
    「……前々から、巻き込まれたいしつ、なのかしら。自分から首、つっこむのだけは、やめてほしーけど。それで死なれても、こまる」
     白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)と紅詩が殺界形成で人払い。
    「しかし何というか。不憫属性も極まれりだな……」
    「ヴァンパイアの動きも気にはなるけど……ホントいるよなぁ、動けば棒にぶち当たるって人」
     同じ不憫属性持ちとして、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)はチサには同情を禁じ得ない。盾として立ち塞がりつつ、仲間に少女を託す。明莉に予め指示されていた司は、気を失った要救助者を背負うと安全圏まで下がった。
    「夢原・チサさん、まずはアナタに感謝を。自分の身を危険に晒してまで庇おうとした心意気にボクは敬意を表するよ。あとは、ボク達に任せて」
     以前と変わらぬ少女と再会したエクルは、正直に思ったことを口に出して請け負う。
    「うう、どこかで聞いたことが、あるような声が……皆……逃げて……」
     司の背中で、支離滅裂に呻くチサへ。
     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)は餞別に語りかける。
    「アンタの正義感、割と好みだぜ。アトは戦闘屋に任せときな! 終わる頃には日常をお返しだ。邪魔虫はサッサと失せやがれっと!」
     退避が完了するまで、敵陣へ派手に攻め込み。
     狙いを逸らす。
    「ビビビッ!」
     標的を灼滅者に切り替えたタトゥーバット達に対し。
     八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377)は、敢然として薙刀を構えた。
    「……あの子の勇気に、答えるんやで」


    「眷属相手たぁいえしっかり潰すさ」
     布都乃は、中衛から敵を抑えに掛かる。
     除霊結界、スターゲイザーを交互に使い、派手にジャマ―行動。蝙蝠型の眷属の、気を逸らし続けた。
     バベルの鎖に引っ掛からないギリギリのタイミング。
     灼滅者達は、タトゥーバットとの間に割り込む形を巧みに作り出す。
    「夢原チサに関しては知らないし面識もないけど、犠牲にさせるつもりは毛頭ないわ」
     避難に関しては他の者に任せ、エリノアは戦闘に専念して敵を引き付ける。とにかく数を減らすのを優先。ダメージを負った個体に、螺穿槍を叩き込んだ。
    「夢原さんの避難は……大体すみましたね」
     紅詩は、ちらりと充分な距離がとれたことを確認し。ディーヴァズメロディをぶつけた。
    「ビ、ビビビ!」
     人の可聴域を越えた超音波が放たれる。
     タトゥーバット達の擬似的な呪文詠唱が、灼滅者達の頭に不協和音を響かせた。
    「うう、頭が痛いよ」
     慢性的な頭痛持ちのエクルなどには、文字通り頭の痛い攻撃だ。爵位級ヴァンパイアの眷属は、主から与えられた命令を果たそうと敵意を剥き出して襲いかかってくる。
    (「副会長にご執心の子爵吸血鬼か。副会長が朱雀門を離れた事で、今後吸血鬼共の動きも派手になって行きそうだな。生徒会長の思惑もその先にあるんだろうか」)
     仲間への攻撃を避けるため、その身を盾としながら。脇差はその今回の事件の全容について考察する。答えは容易に出ないが、明白な事実もある。
    「何れにせよ、惨劇を止めるのが俺達の仕事だ。キッチリ片付けさせて貰うぜ」
     嘗て生きる為に人を殺していた元暗殺者。
     その刃が反撃に移り、敵の死角から身を守るものごと斬り裂く。
    「次から次と、やっかいなこと、ばっか。なにか、大きなこと、おこらなければ、いーけど」
     仲間と声を掛け合いつつ。夜奈はレイザースラスト、 ビハインド のジェードゥシカは顔を晒して、最も弱った敵を狙う。
    「……何のためにこんな事をしてるだの、誰がこいつ等を生み出したとか……難しい事は誰かが探ってくれるだろうし、手がかりの為にもこいつ等の相手はしっかりやらないとね」
     文の服の袖から黒い布が飛びだし、装飾された赤い目が敵を見つめている。その眼は偽りを見抜き、断つ。
    「殺技、鎌鼬」
    「ビ、ビビ!?」
     偽断百眼布の一撃に、タトゥーバットの一体がよろめく。文が目配せすると、明莉が頷いた。列攻撃を有効にする為にも、一体目はより素早く倒せるようにと仲間と連携を取って行動する。
    「ほい、まずは一体」
     激震――銀色の大刀を明莉が振り抜き、蝙蝠型の眷属が消滅する。数を確認する口調は案外軽めだが、その眼は戦闘に対して真剣だ。
    「他個体の抑えは、赤槻に任せるよ」
    「ああ、分かっている。サヤはメディックを頼む」
     布都乃のウイングキャット、サヤは クールでしなやかなお嬢さん。熱血な主人と真反対。相性抜群の頼れる相棒だ。
     インファイトで布都乃は、敵の懐に潜り込み零距離で畳み掛ける。
     サーヴァントは攻撃優先、回復条件共に主人に合わせてみせた。
    「ビビビビビ!」
     灼滅者達の攻撃を、受け止めて。
     タトゥーバット達は、紋様の瞳を光らせる。催眠効果を誘う両眼に見つめられて、させじとエリノアは頭を振って集気法でキュアする。
    「しかし、タトゥーバットね。ヴァンパイアの眷属としては、まぁ珍しくない部類だけど、生み出し方からしてあんまり触りたくないわね、正直ばっちいわ」
     気の強いエリノアの目が、逆に相手を威圧した。
     エクルや夜奈も随時、治癒と解除を行う。紅詩は仲間にリバイブメロディ。脇差は敵の動きを読み弱点を狙いつつ攻撃に備える。特に催眠に注意し、可能な限り回避又は相殺する。どうしても仕方ない場合は、気合で撥ね退けキュアの構えだ。誰も倒れない様に動く。
    「……古来より、幻惑だのなんだのといった精神系の攻撃、その打ち破り方は……コレ、よね」
     あるいは、より過激な方法で対処する者もいる。
     文は、何と苦無を自身の腕に突き刺した。


    「これで二体目です」
     敵の討伐忘れがないように撃破時には個体数をカウント。紅詩の斬影刃が直撃し、タトゥーバットが地へと墜ちる。
     これで残りは四体。
     紅詩は攻撃を、バニシングフレアとパッショネイトダンスのサイクルに切り替える。
     灼滅者達は、体力の低い個体から標的としていく。
     均衡している場合は向って左の個体優先。皆が声を掛け合い、攻撃の分散回避とオーバーキル回避に努めて効率よく各個撃破を狙った。
    「ダメージ調整には気をつけて、だね」
     エクルがオーラキャノンを放つ。
     明莉は戦艦斬りを主軸に、抗雷撃でジャマ―対策も怠らない。危うくなったら、戦神降臨で自身を癒す。
     夜奈も敵を殺す事に集中する。その様はともすれば冷たい印象を見る者に与える。攻撃には慈悲は微塵もない。
    「できるだけ、小さなことから、つぶさなきゃ」
     言葉も態度も刺す様に鋭い。
     敵をころす事に拘る。
     恨みか、憎しみか。
     それは、ダークネスに唯一の家族だった祖父を殺されている為。
     ジェードゥシカ……ロシア語でおじいさんの意を持つビハインドは。ロシア軍人のロングコートを羽織って盾となり、手にした杖で霊撃を振るって、主と共に戦う。
    「ビ、ビビビ!?」
    「ウチは刃。あんたの闇を切り裂き、穿つ……刃や」
     気圧された敵に、文が追撃をかける。
    「……殺技、竜巻」
     五連粉砕爪”アインハンダー”。
     五本の杭が指とある程度連動し、あたかも巨大な手の様に見えるバベルブレイカー。五本の杭を回転させ、手刀のように五本の杭を敵に突き刺し――相手は耐えきれず滅せられる。
    「その翼が空を舞い、人を傷付けることは、もう無い」
     粉々になった翼の残骸すらも灼滅されていく中。タトゥーバットは文の言葉を、最後まで聞き終えることが出来たろうか。
     確実に、敵の戦力は削れていく。
    「おっと、逃がさねえぜ」
     布都乃は遊具を足場に敵後ろへ回込み包囲。子爵は顕示欲が強いらしいし、蝙蝠の紋様等で正体を探ってみる。
    (「敵の個性が分かればありがてぇがな」)
     そんな布都乃の目に映る、タトゥーバットに異変が起こった。
     半数にまで減った蝙蝠型の眷属は、呪術紋様に魔力を漲らせる。傷を回復させるだけではない。明らかに敵群のプレッシャーが増す。
    「妨アップか。良いぜ、来な」
     敵と同じジャマ―として。悪ガキぶった少年は、その実、己を顧みず犠牲を減らす為に尽力する。行動阻害、足止めで相手の動きを抑え。あるいは敵のエンチャントをブレイクする。祭霊光、リバイブメロディで仲間のキュアも忘れないあたり、根は真面目でお節介焼きなのがうかがえる。
    「ビビビビビビビビビ!!」
     タトゥーバット達は超音波を四方八方に乱発してくるが、灼滅者達は怯まない。
    「……殺技、竜巻」
     文は相手を切り刻みながら武器を巻き付かせる。中後衛のバッドステータスが予定よりも多くなれば七不思議の言霊を使用。夜奈はレガリアスサイクロンを振るい。エクルのご当地ダイナミックが大爆発を起こす。
    「抑え役の赤槻を補助する」
    「援護だな」
     脇差の月夜蛍火が一閃。
     冴え冴えとした月の如き衝撃が敵を薙ぎ払う。そこへ明莉が、連携して鋼鉄拳を振るう。
     憎まれ口を叩きつつも、気心の知れた悪友として脇差の明莉に対する信頼は厚い。明莉も脇差のことは同類だと思っている。
     敵も窮鼠と化し、戦線維持が厳しくなるのを。
     息の合ったコンビネーションで支え。
     明莉が森羅万象断で一気に削り落とした隙を狙い。脇差のアンチサイキックレイが、防御を貫き敵一体を屠る。
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     更に決め台詞と共に、エリノアの蹂躙のバベルインパクトが炸裂。死の中心点を貫かれた眷属は、その姿を留めておくことができなくなる。
    「ビ……ビ、ビ……」
    「だけど、咎人じゃなくて咎蝙蝠かしら……語呂悪いわね」
     消えゆく蝙蝠の眷属を見やりながら、エリノアは僅かに眉を寄せた。
     ――後は掃討戦の構えを見せる。
     残り一匹となったタトゥーバットは、最後まで抵抗したが流石に多勢に無勢。夜奈がグラインドファイアを見舞い、文がレガリアスサイクロンでブレイク。紅詩のディーヴァズメロディと斬影刃に、次第に動きを鈍らせていく。脇差の影喰らいに、相手がふらつき無念そうな呻きを漏らす。
    「悔しけりゃ子爵本人が出て来いや」
     堂々とメンチ切って、布都乃が重力を宿した豪快な飛び蹴りを決めて――最後の一体は高らかに吹き飛んだ。


    「まったく、無力な一般人を襲うだなんて……バット(悪い)な奴等だよ」
    「……」
     エクルは、戦闘後の緊迫した状況を和らげようと寒いダジャレを噛ましてみる。この場合、仲間から反応がないのは冷たさではなく、どちらかと言うと優しさである。
     タトゥーバット達は、全て完全に灼滅された。
     灼滅者達は武器を収めて、未だに気絶したままのチサの元へと自然に集まっていく。
    「ったく。吸血鬼……特にお偉い奴は好き勝手しやがるな。朱雀門生徒会長はオレらを使って上を潰してぇのか……狙いが露骨な気がするぜ。アトねーちゃん、運悪すぎねえ?」
     布都乃の視線の先。
     夢原チサは、頭を強く打ったためか顔を青くして寝言を呟いていた。
    「う、ううう……蝙蝠、蝙蝠怖い……皆、逃げてー」
    「起きる気配はないわね」
    「どうも、元から相当疲労も溜まっていたみたい」
     エリノアと文も処置なし、と言わんばかりだ。
     どうやら、このまま目を醒ますまで公園に放置しておくなり、送り届けるなりするしかないようだ。
    (「……武蔵野学園という学校を聞いたことはありますか? 良ければ転校してきませんか? ……と訊こうと思っていたのですが、残念です」)
     紅詩の用意していた提案も、不発に終わらざるを得ない。
    「なんだろな、ダークネスを引き寄せる波長とか、出してんのかね?」
     世の中っつか俺のすぐ傍にはとことんいじられ体質なヤツってのもいるしなー、と。
     明莉は、同行の脇差を眺めながらしみじみと感じ入る。
    「夢原、もう巻き込まれるなよ……と言っても無駄かね。だが子供達が助かったのはお前のお陰だ、ありがとな」
     その脇差も、同情をこめつつ。
     眠りし苦学生に礼を言う。
    「ああ。夢原、もう巻き込まれなきゃいいんだけどな」
     頷きながらも、明莉は胸中では別のことを断言していた。
    (「でもきっと、また何かに巻き込まれるんだ、絶対」)
     夜奈も、仲間の意見は正しいような気がした。
    「……ちゅーこく、できないのはざんねん、だけど。こーいうひとは、してもムダなのよね、きっと」
     不運な一般人の寝顔を見守りながら、少女は願う。
     たった一つ。
     目の前の人物の、これからを――
    (「やさしいひと、死ぬのはイヤよ」)
     気が付けば陽は沈み。
     日常を取り戻した園内の、その上。
     黒ずむ空には、本物の蝙蝠達が舞い踊っていた。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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