斬り裂き王子はベヘリタスの夢を見るか

    作者:彩乃鳩

    ●斬り裂き王子とベヘリタス
    「北海道はでっかいどう!」
    「……ご機嫌ですね、タイガ様」
    「いやー、現地に来たなら一度は言っておくのがお約束かなあと」
     六六六人衆序列五五三番。
     通称斬り裂き王子こと、タイガ・カズマは北海道の港町を訪れていた。
    「さて、メイさん。何の名産から食べようか」
    「……本当ご機嫌ですね、タイガ様」
     メイドたるハクバ・メイは眼鏡をかけ直す。気紛れな主人に付き合うのは、もう随分慣れてきたものだ。そうこうしているうちに、二人は裏路地へと入り込んでしまう。
    「おや、これは道を間違えたかな……ん?」
     奥まった寂しい通路で。
     苦しそうに蹲った人影が二人の前に現れる。
    「うう……」
    「た、大変!」
     一も二もなく、メイは駆け寄る。相手は、髪の長い古風な道着を着た女性だった。
    「また、メイさんのお人好しが発動したかあ。しかし、確か彼女はシン・ライリーさんのところの……ふむ」
     タイガはその様子を、面白そうに眺めつつ目を凝らす。それは見えざるものを見透かすような動作だった。
    「大丈夫ですかっ? こんなにボロボロで……」
    「うう……やられ、た」
     丁寧に介抱するメイに、女性は必死に縋りつく。髪は乱れ、その体は傷だらけ。意識も朦朧しているようだった。意志の疎通も時間がかかり、ひどく難しい。
    「わ、私はアンブレイカブルの、サクラ……た、助けて、お願い……」
    「サクラさんですね。分かりました、すぐに治療しますから!」
    「し、死にたくない! こんな場所で、こんな死に方……」
     アンブレイカブルが錯乱を始める。
     様子を見ていたタイガ・カズマは口笛を吹き鳴らした。
    「気をしっかり持って、サクラさん! サクラさん!」
    「こりゃ、いけないな……メイさん、離れて」
     六六六人衆が、従者の手を取って引っ張った。
     間一髪、恐ろしいほどの絶叫をあがる。
     卵が、孵った。
     サクラの身体を突き破って、大量の羽虫が現れる。
     ワシャワシャ、ワシャワシャと。
     膨れ上がった闇の化身――ベヘリタスと呼ばれるシャドウが、次々と這い出ていく。
    「サクラさん! タイガ様、これは……」
    「へえ」
     斬り裂き王子は、目の前の悍ましい光景に。
     それはそれは楽しそうに、無邪気に笑った。
    「これは面白くなってきた、ね」 

    「大変だよ! 最近発生しているベヘリタスの卵が羽化する事件に、シン・ライリーが関わっているのではないかという、伏木・華流(桜花研鑽・d28213)さんの懸念が的中してしまったみたいだよ!」
     遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)が集まった灼滅者達に説明を始める。
    「北海道の港町で、シン・ライリー配下の格闘家のサクラというアンブレイカブルが現れるんだけど。何かに追われているようで、路地裏で急に苦しみだすの」
     恐らく、このアンブレイカブルのソウルボードに、ベヘリタスの卵が植え付けられているのだろう。体内を食い破って出てくる、羽虫型ベヘリタスによって殺されてしまう、という最期をサクラは遂げる。
    「だから、急いでサクラの居場所に向かって、現れるベヘリタスを可能な限り駆逐して欲しいの」
     ベヘリタスの数は三十体。
     一体ずつの力は、灼滅者より少し劣る程度。
    「多分だけど、全滅させるのは難しいと思うの。それと、今回の件にはもう一つ厄介な点があるんだ」
     六六六人衆序列五五三番の斬り裂き王子。
     タイガ・カズマ達が、ベヘリタスが出現する場所に居合わせているのだ。接触は避けようがない。
    「この序列五五三番のタイガ・カズマは、武蔵坂学園とは交戦したこともあれば、条件付きで共闘したこともあるという相手だよ。少なくとも、ベヘリタスと仲間というわけじゃないみたいだけど」
     カズマ達がどう動くかは分からない。
    「羽虫型ベヘリタスは戦闘を仕掛ける限り反撃してくるけど、こちらが逃走すれば撤退するから。ギリギリまで戦って、退くことは可能だよ」
     アンブレイカブルのサクラの方は錯乱している為、説得などはほぼ不可能だ。だが、上手くソウルボードに入ることができれば、救出できるかもしれない。
    「ソウルボードに入る場合。そこで羽虫型のベヘリタスと戦闘した後に、現実世界に出て二連戦することになるよ。こちらのダメージは継続するけど、べヘリタスの方はノーダメージの二戦目になるけど」
     灼滅者と羽虫型ベヘリタスとが戦い始めた場合。サクラは、目を覚ましてその場を離れてしまう。遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)は、思わずため息を吐いた。
    「何やら色々大変そうだね」
     今回の敵は、絆のベヘリタスの卵から生まれた、本来のベヘリタスとは違う姿をしたシャドウだ。おそらく、アンブレイカブルのソウルボードを利用して、ベヘリタスの卵を孵化させている者がいるのだろう。
     それがシン・ライリーなのか、そうでないのかは分からない。
    「この方法だと予知も難しいの。どれだけのベヘリタスの卵が孵化しているか、予測もできないし。とにかく可能な限り、現れるベヘリタスを倒しておかないと……大変だけど、よろしくねっ」


    参加者
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    立花・銀二(黒沈む白・d08733)
    水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)
    アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)
    冬城・雪歩(高校生ストリートファイター・d27623)
    ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)

    ■リプレイ


    「おや? 今日は面白い人達と、良く会うね」
    「皆さんは……」
     港町の裏路地。
     灼滅者達にいち早く気付いたタイガ・カズマは、笑顔で手を振って見せた。メイは少し戸惑った様子ながらも、サクラの介抱を続ける。
    「前回の密室ではお前が居なければ、間違いなく一般人に死者が出ていた。まずは礼を言わせてもらう」
     アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)は、以前の礼を伝えておく。
    「ふふ。あの時は、良い歌を堪能させてもらったよ、アルディマ君。また、機会があったら一曲頼めるかな」
     斬り裂き王子は、全く緊張感がない。
     嬉々として握手を求めんばかりだ。
    「どこにでも、現れるのね」
    「これはこれは、ヤーニャちゃんも。お褒めの言葉、ありがとう」
     白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)の呆れ半分の態度にも、どこ吹く風。
    「また会いましたね! 僕達はこれからソウルボードに入って虫やっつけてサクラ君を助けます! ふたりも行きませんか! 密室よりステキな場所かは見てからのお楽しみです」
     立花・銀二(黒沈む白・d08733)の誘いにカズマは面白そうに笑い。メイは首を傾げた。
    「はは、立花君も相変わらずだねえ」
    「ソウルボードに虫? どういうこと、ですか?」
     灼滅者達は、手早く事情を説明をする。
     今回の件は、カズマ達の説得が肝要であり。こちら側の安全のためにも、一緒にソウルボードに引き込みたいところだ。 
    (「六六六人衆は嫌いだが、話が通じるなら幾らかマシだと言うより、メイ、だっけ。調子が狂う。六六六人衆のお付きやってるくらいだ。お嬢サンもダークネスなんだよな」)
     奇妙な主従に、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)は何ともいえない視線を向けた。二人は神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)達の言葉に、耳を傾けている。
    「メイさん、だったかな? オレは武蔵坂の神代煉だ。サクラは外側から介抱しても助からない。シャドウが大量に憑いてるからな……助けるには彼女のソウルボードに乗り込んでシャドウを追い出す必要が有る」
    「え、ええーー!?」
    「オレ達は可能ならサクラの救出をしたいんだ。其処で二人に提案がある。メイさんの望みとオレ達の目的は同じ。サクラに憑いた相手を何とかする為に共にソウルボードに来て欲しい」
    「た、大変です! それは急がないと!?」
    「普段立ち入る機会の無い心象風景。精神世界、ソウルボード……直接見てみたいと思わないかい? ソウルボードは多種多様、退屈はしない筈だよ」
    「な、なななるほど! カズマ様! サクラさんを助けに、早く行きましょう!?」
    「……メイさん。君はもう少し、人を疑うことを覚えた方がいいね」
     煉の説明に、メイドはいちいちオーバーアクションを返す。主人の方は肩をすくめた。
     卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)は、自分の連絡先のメモをサクラのポケットに入れて、メイにも何かの時にと手渡ししておく。
    「サクラ救えるのは我らのみ。何が起きているかを知るも我らのみ。されど、サクラ嬢に何が起きたか知るは嬢のみよ。故に救う。汝、少女を前に如何す?」
    「ふーん。このままでは、サクラさんは死ぬってわけか」
    「少女の涙、聞くは男子の懐たると思うが?」
     泰孝がメイを見遣るのにつられるように、六六六人衆は何やら考え込む。水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)も、すかさず誘導に助力した。
    「とりあえず女性を助けるのが漢の常識じゃない? あわよくばモテたいし、やましい気持ちじゃなく女性は助けるべきだし一緒にいかない?」
    「タイガ様……」
    「従者がいくのに王子が知らん顔はしないよね、精神世界を見る貴重な機会だよー」
     興味が引けそうな言葉で誘うが効果がないようなら。正直に「助力してほしい」と頼む心積りだ。
    (「王子的な奴だしまじめに頼めば無碍にはせんだろ……その代わりなんかお礼するし」)
     ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)としては、個人的にはソウルボードを調べてみたいというのが本音である。でも、流石に蟲に食い殺されるのは同情する。
    「ま、ここにシャドウハンターがいるからね。ソウルボードに入るならご一緒するよ」
     助けられるならついでに助ける。
     そんなスタンスだ。
    「サクラ救出はメイの希望だろ」
    「君が行かないなら僕達もいきません。そしたらこのアンブレイカルは死にますけど、さぁどうしましょう!」
     決断を迫る治胡と銀二に、カズマは薄く笑う。
    「僕達より、まずサクラさんを説得した方が良いんじゃないかな?」
     メイに縋りつくアンブレイカブルは、断固として灼滅者に対して交渉を拒否していた。
    「何が起きてるかわからないまま死ぬのは嫌でしょ? 今は大人しくしてたほうが良いよ」
    「ぐっ! 黙れ、灼滅者の言葉など信用できるか!」
    「サクラさん、落ち着いて」
     ロベリアの気遣いもはねのける。メイが仲裁に入らなければ、ボロボロの身体でも暴れ出しそうだった。
    「アンブレイカブルとして戦いの中で死にたいなら。ううん、苗床として死にたくないなら助けてあげるよ。だから、ボクらのすることに抵抗しないでね」
     冬城・雪歩(高校生ストリートファイター・d27623)の心中は口で言うほどには単純ではない。
    (「宿敵のアンブレイカブルを助けるのは複雑だけど、まぁそれは呑み込んでおくよ。ベヘリタスのが難敵だしね」)
     実際、雪歩からしてもアンブレイカブルがこんな死に方は絶対に御免だって分かる。それこそ宿敵でも助けるのに反対はしないぐらいに。
     だから、色々なものを押し殺す。
     たとえ救おうとしている相手に、噛みつくような瞳を向けられても。
    「へえ、冬城・雪歩さん……アンブレイカブルに家族を全滅させられた女の子か」
     その様子から、カズマは何を見通すように目を細めて――恐ろしいほど綺麗に微笑む。
    「確かに、これは助けた方が面白そうかな。メイさん、例の歌を頼むよ」
    「あ、はい」
     優しい歌声が流れる。
     不思議な子守唄に包まれて、アンブレイカブルはメイドの腕の中でいつしか穏やかな寝息を立てていた。
    「さて、夢の世界へとお供しようか。あ、僕達は僕達で勝手に付いていくから大丈夫。この子もシャドウ――君と同じくスートはハートだよ、ロベリアさん」


    「カズマと一緒にいるけど彼女も六六六人衆なのかな……と思っていたけど、シャドウだったのか」
     恭太朗は、メイドが被ったハート型の王冠にまじまじと注目する。
     板張りの古風な道場。
     アンブレイカブルのソウルボードに、灼滅者とダークネスは侵入を果たしていた。
    「さて、前の時はソウルボードに異変はなかったけど、今回はどうかな?」
    「はは、研究熱心だなー」
     同じ状況の依頼に、以前参加したロベリアは道場内を観察する。カズマは精神世界よりも、灼滅者達の様子を楽しんでいるようだった。
    「まあ、このソウルボードは一般人と変わりないよ。ねえ、メイさん?」
    「ええ……あれ、以外はですけど」
     広い場内の中心には、羽虫型ベヘリタスがたむろっていた。気色の悪い羽音に、メイは青い顔をしている。
    「……顔色が悪いが、どうした?」
    「いえ、それがその……私、虫が物凄く苦手で」
     煉の問いに、メイはガチガチになって答える。それから、勇気を振り絞るように、小さな拳を握った。
    「でで、でも、あれを追い出さないと、サ、サクラさんが……が、頑張らないと……はう」
    「……変なこと考えるヤツもいるもんだ。いや……俺はそういうヤツ、嫌いじゃない」
     苦笑しながら、治胡は羽虫へと構える。
    「なんて話してる余裕はねーな。とっとと潰すぜ」
     狙うはジャマ―。まずは除霊結界を発動させて、列ごと巻き込む。続いて、雪歩が幻狼銀爪撃で突撃した。
    「正直羽虫の群れ相手じゃ、うちの流派の意味ないよねぇ」
     雪歩のスタイルは袖で拳を、スカートで足さばきを隠しながら相手に予備動作を悟らせず戦うものなのだが。とにかく弱った敵から確実に潰していく。
    「ギギギギ!」
    「闇より糸垂らすはカンダタの如く。絆の糸にて絡めて上るではなく、釈迦と極楽浄土を地獄へと引き摺り下ろすかのようよ」
     攻撃を受けて、灼滅者達を敵と認識したベヘリタス達が目を輝かせて襲いかかってきた。泰孝は中列にフリージングデスを放って迎え撃つ。アルディマは、身の丈程の杖を両手で構えてフォースブレイクを叩き込んだ。
    「おー。武蔵坂さん達も、やるなあ。アルディマ君に、立花君とナノナノちゃんも、うん、変わらずの様子で」
    「そういえば、もーカズマ君ってばスーパーアイドルの僕に会えて嬉しかったからってタタリ・ナナ君に僕のこと言いふらしましたね!」
    「ああ。治胡ちゃんや立花君は、ナナちゃんに会ったんだっけ? 都市伝説を創るネタにって、あの子には良く話をせがまれるんだよ。それで、ついね」
    「まぁ今はそれどころじゃないのですけど」
     銀二は、回復に専念する心持ちで二戦目への持ち越しダメージを最小限にすることを己の役目と課していた。届く隊列別に列回復を使いわけ、傷の深い仲間には闇の契約を使用する。ナノナノも回復優先だ。
    「ま、今は目の前の蟲をどうにかしよっか」
     ロベリアのイバラを模した影業が、ベヘリタスを絡みとっては縛り付ける。恭太朗は戦艦斬りを振るい、順に相手を倒していく。仲間には集気法、自分自身には戦神降臨で肉体を活性化させた。サポートの夜奈も除霊結界を初手に使ったあとは、味方の守りを強化して回復に努める。対象はカズマとメイも含めてだ。
     さて、そのダークネスの主従なのだが。
     実は一番役に立っていないのが、彼らだった。
    「ギギギ!」
    「ひいい!」
     羽虫に威嚇されると、メイは早くも気絶寸前だった。
    「させない」
     そこへ煉が颯爽と護りに入り込む。
     影業を様々な武具に形成して、ベヘリタスを少女に近付けさせない。大太刀の斬撃で切り払い、腕を覆う籠手として拳撃で撃退し、蛇剣を高速で振るう。肩まで変化させた赤黒い影の如く揺らめく獣腕に、羽虫は成すすべもなく退散していった。
    「凄いな、神代ちゃんは。差し詰め、お姫様を助ける王子様かな……いや、可愛らしい女の子だけど」
     斬り裂き王子の方は、感心したように皆の戦いぶり見ているだけ。
     少しも動く気配がない。
    「た、タイガ様、少しは手を貸して下さい!」
    「えー。お供をするとは言ったけど、加勢するなんて言ってないよー」
     従者が慌てふためいても、ひたすら愉快そうだ。
    「だいたいさー。メイさん、このまま行くと同族のシャドウが灼滅されるわけだけどさ。それで、いいの?」
    「そ、それは……」
    「ダークネスを助けるために、別のダークネスを殺す……こいつは矛盾じゃないかな?」
    「わ、分かっています。それでも、私は……」
     メイドは震えながらも一歩も退かず。
     先に降参したのは、王子の方だった。
    「オーケイ。意地悪を言ったけど、メイさんがそのつもりなら手伝うよ。要はここから虫を追い出して、逆に現実世界では狩らせないようにすれば誰も傷つかないわけだ」
     それは、灼滅者達にとって不吉な予兆だ。
    (「妙なことになった。現実世界に戻ったら、邪魔をしてくるつもりなのか?」)
     順調にベヘリタスを退けながらも、アルディマの脳裏には最悪のケースがよぎる。
    (「あー、アンブレイカブルに羽虫のベヘリタス、そして序列五五三番の六六六人衆かぁ。正直ダークネスが入り乱れ過ぎだよ。斬り裂き王子だっけ、自由過ぎて行動が予想し難いし」)
     とにかく、この場を切り抜けなくては。
     雪歩が抗雷撃で、また一匹を退散させる。精神世界での戦闘は、終わりが近付いていた。


    「うーん。何やら大変な日だ」
     恭太朗が呟く。手傷を負い、相応の疲労を伴って現実世界へと帰還した灼滅者達を待っていたのは、サクラを中心として陣取るベヘリタスの群れだった。
    「間違っても善意だけで助けるわけじゃないけど、自分で言った事くらいは守るつもりだからさ。今助けるよ」
     ロベリアは、四ツ葉のクローバーの銘を持つ魔法の杖を振りかざした。引き起こされた竜巻が、羽虫を巻き込み注意をこちらに向ける。ビハインドのアルルカンも仲間を守りながら、主人と合わせて攻撃する。
    「うう……ここは?」
    「サクラさん! 気が付いたんですね……良かっ、た……」
     アンブレイカブルが目を醒ますと、今度はメイドの少女の方が限界がきたようで気を失ってしまう。どうやら、今まで相当に我慢していたらしい。煉がその小さい身体を支えた。
    「っ! 灼滅者にベヘリタス!?」
    「出来れば、卵産みつけられた切欠を教えてくれるか? 状況次第では協力出来るかもしれない」
     治胡は連絡先を伝え、何かしら情報聞ければ幸いと尋ねてみる。
    「……っ」
     現状を認識したサクラは、無言で混戦の中を逃げ始める。疲れもあるだろうし、治胡も無理に引き止めはしないが。そこへ異義を唱えた者がいる。
    「こらこら待ちなさい」
     斬り裂き王子が、瞬時に無数のナイフを投擲して進路を塞ぐ。皆がベヘリタスの対応に精一杯の中を、縫うようにあっさりと追いついた。
    「僕は別に君達の事情に興味もさしてないけど。サクラ君、何か忘れちゃいないかな」
    「な、何の話……?」
    「礼儀、だよ」
     雪歩や、アルディマ。灼滅者達一人一人に目を向ける。
    「宿敵の君を助けてくれた子もいるんだ。ダークネスだろうと、灼滅者だろうと、忘れちゃいけないものがあるだろう?」
     サクラは呆然としていたが、やがて小さく……灼滅者達に頭を下げた。
     よろしい、とばかりにカズマは道を譲る。アンブレイカブルは、時折後ろを振り返りながら今度こそ姿を消し。
    「さてと……それじゃあ、お掃除と行きますか」
    「ギ!?」
     それを追おうとしたベヘリタスを、六六六人衆は目にも見えない速さで両断する。
    「汝、少女と交わした約を何とす?」
     シャドウは逃がすつもりだったのではないのか。泰孝のみならず皆の疑問だったが、相手は悪びれもしない。
    「ああ、メイさんに言ったあれね。この子の前では殺しはしないって決めているけど……上手い具合に寝ちゃったし、好きにやらせてもらうよ」
     あっさりと前言を翻すと、光の剣閃が飛び。
    「虫相手に、同情もないでしょ」
     二体の羽虫が、地に沈む。
    「カズマ君、虫嫌いです? 僕は大嫌いです」
    「虫は好きだよ。ぶちぶちぶちと、潰し甲斐がある」
     予想外の事態ではあるが。灼滅者達は、六六六人衆と共同でベヘリタスを駆逐していく。銀二は引き続き、仲間を回復させて戦線を維持した。トドメが刺せるようなら、隙を見て数を減らす。
     煉はメイを守りながら、ブレイドサイクロンで敵を蹴散らす。雪歩はワイドガードを前衛に付与すると、流派の技を振るって獅子奮迅の活躍を見せた。
    「ほらほら。水城君、もうひと頑張りだよ。女性を助けるのが男の常識、なんだろう?」
    「クサイセリフを返して来るとは……」
     恭太朗のフォースブレイク、閃光百裂拳が唸り。羽虫を叩き潰した。味方の消耗を減らすために、適宜治癒も怠らない。連戦により灼滅者達の消耗も激しいが、カズマがベヘリタスの攻撃そのものを斬り裂き相殺する。
    「魂なくば産まれえぬダークネスならば尚更に、絆の糸にて絡め取るか。悪しきはカンダタたるタカトか、それとも助けの糸たらす蜘蛛のベヘリタスか。今の図、これのみで解らぬのならば自ら歩を。五里霧中など、あってはならぬ」
    「何というか、卜部君って……可愛いね」
     泰孝はイエローサインを施し。イカロスウイングで味方の攻撃に合わせる。相手の数によっては、マジックミサイルで潰していく。毒を大量に受けた者には、祭霊光だ。
    「ギギギ!」
     ベヘリタスが放つ漆黒の弾丸から、治胡は疲労者を庇い。仲間の穴を埋めて分断を防ぐ。回復の手が足りぬときは、祭霊光と天魔光臨陣で助力をしていたが。
    「この勢いなら、押し切れる」
     負傷厭わず。傷口があかあかと炎燃え、辺りを照らす。体内から噴出された炎を武器に宿し、敵へと重く叩きつけ。敵は炎に包まれて延焼する。業火に倒れた羽虫には、治胡の嫌う六六六人衆の刃が突き刺さったまま……
    (「嫌いってのも意地みてーなモンだ。俺の守りたかった六六六人衆のアイツと最期まで叶わなかった、疵」)
     戦いの中、ふと昔の影が過る灼滅者に。斬り裂き王子は笑いかけた。
    「ふふ……治胡ちゃんも、色々と大変だね」
     六六六人衆の光の刃が、次々とシャドウを蹂躙する。そこへ更に、ロベリアのイバラの影が敵を斬り裂き。治胡の影喰らいが飛び。煉の幻狼銀爪撃が引き裂く。羽虫達は面白いように虚ろと消えゆく。
    「いずれは敵対することになるかもしれないが、少なくとも今はそちらの不利益になることはしないつもりだ」
    「それは、ありがとう……アルディマ君」
     序列五五三番の刃が煌めく。
     アルディマの杖が魔力を放ち――最後の一匹が爆破する。
    「はあ。メイさんに、また怒鳴られるかな」
     静寂が戻った路地に用は無しと、カズマはメイドを両手で抱えると早々に背を向けた。
    「メイ、この前は、ありがと。あなたのおかげで、劇場、入れた……タイガも、ありがと。おかげでひがい、ふえずにたおせた……今回も、ありがと。たすかった」
     素直になりきれぬ夜奈の礼を一瞥すると。
     斬り裂き王子は、軽く片手を挙げながら去っていった。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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