●少年は独り思い悩む
きっとその時からだと。その頃から女装に興味を惹かれていたのだと、高校地位年生の少年・早乙女義男(さおとめ・よしお)は確信する。
元来気が弱く、頼みごとを押し切られることは多々あった。人のためと思ってこなしていたら、いつしか互いを補い合える友人も増えていた。
そんな折に頼まれた、女装。
顔立ちは中性的で背も低い、そんなお前にはぴったりだと友人たちにそそのかされた。
自分でもそう思う……と、義男はファミレスの中、ガラスに映る自分の顔を眺めて静かな息。もともと、この顔はあまり好きではなかったはずなのに……。
「おまたせいたしましたー」
考え事をしているうちに、頼んでいた飲み物が届いた。
受け取った後、義男はウェイトレスを見送っていく。
フリルたっぷりの制服に、憧れにも似た視線を向けていく。
ああ、もしもウェイトレスの制服に袖を通したなら、自分はどんな風に見えるだろう? かつてのように喝采が響く……中性的な自分の顔を、少しでも好きになれるのだろうか?
――だったら開き直って来てみれば、どんなことがあっても、あなたなら魅了できるじゃない?
「……」
心に流れ込んできた言の葉を、義男は飲み物に口をつけることで打ち消していく。
確かに、ウェイトレス服に興味はある。けれど、それは人を魅了するためじゃない。ただただ自分の趣味……に似た何かのためと、心のなかで言い聞かせ……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、鈴森・綺羅(自然の旋律・d21076)の予想によって知ることのできた事件がある。
そう前置きした上で説明を開始した。
「事件内容は、早乙女義男さんと言う名前の高校一年生の男の子が、闇堕ちして淫魔になる……そんな事件です」
本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識はかき消える。しかし、エクスブレインの導きに従えば、その予知をかいくぐり迫ることができるのだ。
「とはいえ、ダークネスは強敵。いろいろとあるご当地怪人といえど、です。ですのでどうか、全力での戦いをお願いします」
続いて……と、葉月は地図を広げていく。
「皆さんが赴く当日、義男さんはこの公園に一人でいます。理由を含め、義男さんの人となりについて説明しますね」
早乙女義男、高校一年生男子。気が弱いが心は優しく、頼まれごとも嫌がらずにこなす。また、背が低く中性的な顔立ちを持つ。
そんな彼が中学校最後の催し物で頼まれた、大きなこと。
女装しての舞台出演。
それが、友人たちはもちろん観客たちにも大絶賛。始めは心のなかで嫌がっていた義男も……だんだん楽しくなってきた。
今も時折、女装したいという欲求が生まれるほどに。
少しだけ嫌っていた中性的な自分の顔に、前向きな思いが芽生えるほどに。
「しかし、中々足を踏み出せる欲求不満を積み重ねる中……義男さんは出会いました。ウェイトレスの制服に」
偶然入ったファミレスの、フリルたっぷりのウェイトレス制服。
それを着たい、と即座に思った。
もちろん口には出さなかったけど。
しかし、周囲の目などを気にして、何よりレストランに受け入れられるとも思えず……結果、通うだけの日々を過ごしている。
そんな解消されない思いが、あるいは淫魔という闇を呼び起こしたのかもしれない。
「当日もまた、公園で悩んでいるようですね。ですので、声をかけて説得して下さい。内容はお任せします」
そして、説得の成否に関わらず戦いとなる。
敵戦力は淫魔のみ。姿はウェイトレス姿の男の娘で、力量は八人で挑めば十分に倒せる程度。
妨害面に秀でており、女の子みたいに微笑み魅了する、わざと転んで様々な物を次々とぶつける、涙目でねだり攻撃を鈍らせる……と言った行動を取ってくる。
「以上で説明を終了します」
地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
「人は、何がきっかけで変わるかはわかりません。そして、それが良い変化なのか悪い変化なのかも……。……少なくとも、義男さんの変化は前向きなもの。たとえ人と少し違っていても、前に進むために必要なこと。それを、淫魔に覆い尽くされてしまうわけにはいきません。どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
黒曜・伶(趣味に生きる・d00367) |
紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666) |
神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612) |
アルファリア・ラングリス(蒼光の槍・d02715) |
成瀬・樹媛(水晶の蝶・d10595) |
鈴森・綺羅(自然の旋律・d21076) |
神之遊・水海(秋風秋月うなぎパイ・d25147) |
クラリス・カリムノ(導かれたお嬢様・d29571) |
●かつての姿に恋い焦がれ
空が陰り、冷たい風が世界を支配し始めた夕刻前。子どもたちのはしゃぐ声が徐々に少なくなっていく公園に、灼滅者たちは足を踏み入れた。
周囲に視線を走らせること数秒。駐輪場近くのベンチに腰掛ける、中性的な顔立ちを持つ高校生くらいの少年・早乙女義男を発見。
灼滅者たちは頷き合い、人払いの力を用いて子どもたちを帰路につかせながら行動を開始。
切り込み隊長を買って出た神之遊・水海(秋風秋月うなぎパイ・d25147)は義男に近づいていく。
気配に気付いたのだろう。義男は顔を上げ、水海へと視線を送ってきた。
水海は立ち止まり、その瞳をジーっと見つめていく。
「……な、何かよう?」
「……」
問われても沈黙を保った後……十秒ほどの時が経った時、静かな息を吐きながら問いかけた。
「何かつらいことがあったの?」
「えっ」
「口に出して言うだけでも気持ちが楽になると思うから言ってみて。ほら、知らない人のほうが話しやすいってこともあるでしょ?」
言葉を畳み掛けたなら、義男は悩む素振りを見せる。
一秒、二秒と時を刻んだ後……視線を逸らしながら、義男は語った。
ちょっと興味のある服装がある。
けれど、それは自分では手の届かない格好。
けれども日に日に欲求が募っている……と。
「……」
詳細を誤魔化し紡がれた、義男の悩み。
受け止めた水海は荷物からウェイトレスのカチューシャを取り出した。
「えっ」
戸惑う義男の頭に素早く装着し、手鏡を示していく。
「どうかな? 私はいい感じだと思うの!」
実際、中性的な顔立ちを持つ義男にはよく似合う。今の格好が高校の学ランであることを無視したなら、の話だが。
「……」
しかし義男は首を横に振り、自らの頭に乗るカチューシャに手を伸ばした。
阻むかのように、クラリス・カリムノ(導かれたお嬢様・d29571)が語りかけた。
「もし、よかったら……貴方も……着てみない? きっと似合うと思うわ……」
「えっ」
手を止めた義男が、クラリスへと視線を向けていく。
クラリスの幼い体を包み込んでいるのは、フリルがついた可愛らしいウェイトレス服。
恐らく、義男が求めている格好に似ている姿。
「……」
正直な話をしてしまえば、家族に女装しているのが当たり前な子がいるから、女装に悩む気持ちは少しわからない。
おかしいのかもしれないと感じながらも、それでも、義男の事は救いたい。
「これ……あなたの分なんだけど……」
だからクラリスは包みを示し、その中にウェイトレス服が入っていると語っていく。
義男は袋をじっと見つめた後、首を横に振った。
「確かに、君には似合ってると思う。可愛らしいよ、とても。でも僕は男だ。だから……」
「まぁ、世間一般の目というやつが気になるんじゃな」
否定の言葉を遮るため、神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)が言葉を差し込んだ。
義男は美沙に視線を移した後、無言のままうなずいていく。
受け止めた上で、美沙は続けた。
「男らしくあるべき、女々しいやつめ、そんなプレッシャーを無言のうちに感じるのじゃろう?」
返答は、肯定。
美沙は瞳を閉ざし、続けていく。
「じゃが、他ならぬ己の身なり。どのような格好とて誰に恥じることがあろう。可愛いから着る。よいではないか?」
今時、さして珍しい話でもないと。
日本ではまだそうでもないが、海外ではいろいろと性に対する考え方は変わってきている部分もある……と。
「しかし、内から流れてきておる力に流されれば、その思いは二度と叶わぬ」
力に呑まれることさえなければ恥じ入ることでもないと、美沙は扇子で口元を隠し伝えていく。
「もしそなたが今より未来に己を可愛らしく着飾った姿を、求めるならば、決してソレに屈してはならぬぞ。さすれば必ず助けて進ぜよう!」
「……」
力を知っている事に対し、義男が何らかの言葉を挟む事はない。
ただ、一人うつむき悩み始めた。
じっと、両手のひらを見つめ始めた。
導くため、成瀬・樹媛(水晶の蝶・d10595)は告げた。
「私としては、ウェイトレス服を着たいなら着ればいいと思う。少なくともここにいる人たちは笑わないよ」
味方はいる、確実に。
自分たち以外にも……。
……それでもなお、一歩目を踏み出せず悩み続けていく義男。
導くためには更なる光が必要か。
黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)は静かな息を吐いた後、優しい声音で提案した。
「趣味嗜好は人それぞれ。そして、世の中には様々な情報にあふれています。例えば……そう、女装をテーマにした雑誌なども」
「え……」
興味を示したのか、義男は顔を上げた。
にっこり笑顔で穏やかに、伶は言葉を続けていく。
「他にも、ネットで得る知識よりも実際にしている人に話を聞くために、少し遠出して女装喫茶などにお客として言ってみるのも良いでしょう」
そこでは、好き好んで女装している男性がたくさんいる。
義男と同様の、あるいはそれ以上の悩みを抱えていた者たちがいる。
「女装も甘くないらしいですから、経験者に話を聞くといいと思いますよ」
「もしくは、ネットを介して同じ悩みを、趣味を持つ物同士で交流を持ってみる、ですね」
更なる光を示すため、アルファリア・ラングリス(蒼光の槍・d02715)は言葉を投げかけた。
「先ほど美沙さんたちも言っていましたが、女装というのもそれほど特異な存在ではなくなっています」
少なくとも、学園にはゴロゴロとは言わないまでもそれなりにはいる。
「何より、ご自身の気持ちを無理に抑え込めばストレスになって、お体にもよろしくないでしょう」
考えるよりも産むがやすし。
案外、高いと思っていたハードルも楽に飛び越えられるかもしれない。
「ですから、正直な心をさらけ出しても大丈夫ですよ。闇の誘惑に負けず、その気持ちを持ち続けるのであれば、絶対に助けてみせましょう」
「……」
アルファリアが言葉を締めくくった時、義男は瞳に小さな決意を宿していた。。
「あ、そうそう。そういえば言っときたいことがあるんだ」
「……?」
だから鈴森・綺羅(自然の旋律・d21076)は問いかける。
「ウェイトレス姿が全てではないぞ。まぁ人それぞれ価値観は違うからキミを全面的に否定するつもりはないから……」
言葉を続けながら携帯端末を取り出し、画面を示した。
中には、可愛らしいメイドさん。
「メイド服とかには興味をもっていないのかな?」
「え……」
畳み掛けられた言葉を前に、固まる義男。
小さな声を漏らしたかと思えば、口元に指を当てて笑い出す。
「ふ、ふふ……何を言い出すかと思えば……でも、そうだね。確かに君たちの言うとおりかもしれないね……悩んでいるよりも、行動してみるのが一番! 一度だけの人生なんだから、楽しまな……」
言葉半ばにて、義男の体は闇に包まれた。
綺羅は携帯端末を素早くしまうとともに距離を取り、武装する。
「んじゃ、ちゃっちゃとぶっ倒して義男を救うか!」
近い似た言葉に呼応するかのように、紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)は蛇腹剣を横に振るった。
可愛らしいウェイトレス服姿の中性的な淫魔へと変貌した義男の体が、蛇腹剣に囚われる。
されど淫魔は無邪気な笑みを浮かべたまま、灼滅者たちを見つめていて……。
●偽りの感情は必要ない
あどけない少女のようなほほ笑みを浮かべ、灼滅者たちを見回していく淫魔。
美沙は細めた瞳で睨みつけ、蛇腹剣で虚空を切り裂いた。
「出てきたか。その者は渡さぬぞ」
発生した風刃が、淫魔を斜めに切り裂いていく。
されど、淫魔は微笑んだ。
伶の心を奪うため。
すかさず樹媛は光を放つ。
衝撃を受けた伶を癒やすため。
「大丈夫、私が支えるよ」
「……」
調子よく治療が行われ戦場が整えられていく様子を横目に、灯夜は振りほどかれた蛇腹剣を手元に引き戻しながら思い抱く。
一番怖いのは、周囲との関係がどうなるか。
ただ、自分を偽っては辛いだけ。ドン引きされることは確実だが恐れていては前に進めない。
やりたいならやればいい。
その勇気を、義男は選んだ。
「……」
選んだ以上、行使させると淫魔の周囲に魔力を送り込み、大気を氷点下へと引き下げた。
さなかには、綺羅がバスターライフルの銃口を突きつける。
「これでも食らって、少しは頭を冷やす事だな」
引き金を引くとともに放たれたビームは、避けようとした淫魔の脇腹を掠め彼方へと消えていく。
「どうだ、ウェイトレス姿だと動きにくいんじゃないのかな?」
反論はない。
ただただ淫魔は動きを鈍らせ、灼滅者たちの攻撃を受ける、あるいは避けて行く。
半ばにてわざとらしくすっ転び、トレイやグラスのような力を放ってきた。
時には涙目を浮かべ、攻撃の勢いを削いできた。
容易く対処できたのは、一撃一撃の勢いがひどく鈍いものであったから。
樹媛が逐一治療してくれたから。
勢いのなさは笑顔にも現れたか、少女らしい微笑みが少し陰る。
眺めるクラリスは、腕を肥大化させながら呟いた。
「……いちいち攻撃の一つ一つが可愛らしいわね……でも油断はしないわよ……」
告げながら踏み込み、淫魔の左肩をぶん殴った。
左足を軸によろけ踊るように回る淫魔を追いかけ、伶は駆ける。
「理解されない趣味は大変なのは分かります、だからといって迷惑をかけてはいけません!」
すれ違いざまにナイフを振るい、左ふくらはぎを切り裂いた。
支えを失い、淫魔は転ぶ。
好機とアルファリアが踏み込んだ。
「お気持ちを強く、強く持ってください。あなたがあなたらしく生きる未来をつかむために……!」
勢いのままに放った螺旋刺突は右肩を突き、淫魔に空を仰がせた。
それでもなお動かんというのか、体を震えさせていて……。
「顔を傷つけないよう、えぐり込むように撃つべし……」
させぬと、水海は踏み込んで。
「てやー」
背中に、炎のキックを叩き込んだ。
宙に浮いた淫魔の体が炎に包まれたかと思えば、すぐさま鎮火しあるべき姿に……学ランを着てウェイトレスのカチューシャをはめている少年……義男へと戻っていく。
水海は手を伸ばし、落ちてくる義男を受け止めた。
安らかな寝息を耳にして、安堵の息をはきだして……。
●光ある未来へ
ベンチに寝かされ、眠り続けている義男。
横目に事後処理が行われていく中、クラリスは静かな息を吐きだした。
「何とかなったわね……」
「そうだな」
荒れた地面を整えながら、灯夜は頷いた。
静寂に満ちた公園で、行われていく治療や後片付け。終わった頃、義男を見守っていた樹媛が小さな声を上げた。
「目覚めたよ」
「え……」
言葉に呼応するかのように、起き上がっていく義男。
意識がおぼつかない様子で周囲を見回していくさまを前に、水海は問いかけた。
「調子はどう?」
「え……あ……」
意識がはっきりしてきたのだろう。灼滅者たちを認識するなり、義男は姿勢を正し頭を下げた。
言葉は、謝罪と感謝。
受け止めながら、綺羅は言葉を返していく。
「一つの事に一途になる事は良い事だと思うぞ、人に迷惑を掛けなければ。そういう趣味もありかと思うぞ」
「……はい。みんなに教えてもらったね。そのことも、相談できる場所も……だから、自分から動いてみようと思う。少なくとも、この悩みを抱え続ける必要なんてないってわかったんだから……」
その笑顔にはもう、陰りはない。
迷いもまた感じられなかったから、伶は呼びかけた。
「これは一案なのですが……先ほど皆さんが述べたように、私達の学園もそんな場所の一つです」
学園へのいざないを。
新たな未来を。
背中を後押しするために、アルファリアも口を開いた。
「私の知り合いにも常日頃から女装している人がいますね」
「我らの学園であれば、そなたも誰に気兼ねするでもなく、好きな服装ができような。もし興味があるのであれば、共に来てはどうかのぅ?」
美沙も扇子で口元を隠して問いかけたなら、義男は首を縦に振っていく。
「それは……僕からもお願いしたいくらい。女装のこともあるけど……今、僕が手に入れたこの力、役立てる場所があるなら……役立てなきゃ、って思うから……」
……こうしてまた一人、灼滅者としての道を歩みだした。
それは、辛く険しい茨の道。
けれども光ある場所へと至るだろう未来への道。
少女のようにあどけない笑顔が、その証……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年10月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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