炎の獣は川を下り

    作者:波多野志郎

     ジュア、と川から水蒸気が上がる。それは、川を歩く巨大な獣の熱で、だ。体長は六メートルほど。赤に黒模様の虎、とも言うべきその巨大な獣は、川沿いにゆっくりと山を下っていく。
    『グル……』
     視界を遮る水蒸気に、真紅に輝く瞳を細めながら獣――イフリートは、黙々と歩を進める。それは、細い裏路地に迷い込んだ猫にも似て、ただただ川に添って進んでいく訳で。
     川というのはすべからく下流へ、そして海へと続いている。だからこそ、イフリートが行き着く先には街があり……。

    「当然、そこで大暴れするんすよ」
     深いため息を一つ、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はそう切り出した。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「山奥から延々と川を下ってそのまんまって流れっすね。本当、黙々と細い道を歩き続けた猫みたいなノリなんすけど……」
     相手はイフリートである、猫なら微笑ましいが引き起こされる災厄は文字通り次元が違う。知ってしまったからには、対処しなくてはならない。
    「山中の川の途中で、待ち構えて戦ってほしいっす。時間は昼間だし、人払いの必要もない場所っすね」
     翠織は、地図にきゅーっと丸を描くとそう告げる。ただ、川原や川の中での戦闘となる。足元には気を配っておくといいだろう。
     敵は、イフリート一体。巨体に似合った耐久力と、攻撃力を持った敵だ。しっかりと戦術を練って連携を考えなければ、そのまま力負けするだろう。
    「もう秋も迫ってるってこの時期に、水ってのもなんすけどね。とにかく、犠牲者が出る前に終わらせてほしいっす」


    参加者
    朝山・千巻(懺悔リコリス・d00396)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    英・蓮次(凡カラー・d06922)
    楓・十六夜(蒼燐乖夜・d11790)
    十文字・天牙(普通のイケメンプロデューサー・d15383)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)

    ■リプレイ


    「猫さんが水浴びするには……かなり大きく、水も冷たいですよ?」
     煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)は、その川を見詰めて呟いた。秋の気配がする、穏やかな晴天の下。その穏やかな日の光に輝く川は、確かに猫には大きすぎる。
     そんな絶景も視界に入らず朝山・千巻(懺悔リコリス・d00396)は、じっと自分の足元を見詰めていた。
    「……これ、劇的に可愛くない。えぇい!この際、可愛さは二の次だ!! アタシのなけなしのバイト代を注ぎ込んだ滑らない長靴の威力を思い知るがイイ!」
     くそぅ……帰ったらデコってやる……、とブツクサ愚痴る千巻の格好は、確かに可愛さよりも被害を最小限度に抑えるジャージ姿だ。
    「よーし! この川に居る幻の超大物、イフリートは俺が必ず釣り上げるぜ!」
     何故か情熱も燃やす十文字・天牙(普通のイケメンプロデューサー・d15383)は、傍らで尻尾をもふもふ、尺取虫の様ににゅっちにゅっち――ストレッチする狐、楓・十六夜(蒼燐乖夜・d11790)を見やった。
    「餌は……肉食っぽいし、その辺に居る狐でいいか」
    「もふこーん」
     そういって天牙の釣竿の釣り糸につけられる狐だが、ただの狐ではない。カラフルで目に留まりやすい事を念頭に置いた蛾の変装を施していた。蛾、と呼ぶには別の蛾に似たナニカを思わせたが、そこは触れない方向でいきたい。
    「こっち、来てます、よ?」
     そう声をかけてきたのは、一際高い木の上にいたフェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)だ。彼女の視線には、遠くに立ち昇る水蒸気が見えている。
    (「今回も外れか……」)
     精神集中していた大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)は目を開き、密かにため息をこぼした。しかし、意識はすぐに切り替えられる。こちらへ向かってくる気配は、そういうレベルの相手なのだと、悟っているからだ。
    「こん、こーんこん」
     ハリボテの偽翼をばさあと広げて水面を漂っていた十六夜は、感じる。川だというのに、波を感じたのだ。それだけの質量が、川を下ってきているという証拠だ。
    「でかい! 映画に出てきそうな面構えしてんなあ。しかし、この絵図なんなんだろうね、行動自体は猫っぽくても迫力度合いがおかしいでしょ」
     イフリートの姿が見えると、英・蓮次(凡カラー・d06922)がそう言い捨てる。水蒸気の中から現われる体長は六メートルほどの赤に黒模様の虎は、怪獣モノの怪獣としてどこに出しても恥ずかしくない威圧感があった。
    「こん、こーんこあぶあぶあぶ!?」
     そーれ! あ、水蒸気とかやめろよーほらお返しあぶあぶあぶ!? というノリで、十六夜はイフリートの起こした波に飲み込まれていく。サイズ差とは、無情である。
    「コイツは超ド級の大物だ。糸や竿の前に、俺の手と体力が持つか、だが、俺にもプライドがあるんだよ! 必ず釣り上げて見せるさ、必ずな!」
     ヒュオン、と天牙が釣竿を振るい、イフリートへと鋼糸を絡ませた。釣りの途中でサングラスを投げ捨て、天牙が釣竿をしならせた瞬間だ。
    「こ――やばい!?」
     イフリートの意図を悟り、十六夜は人間の姿に戻る。ヒュボボボボボボボボボボボボボボボボッ! とイフリートを中心に巻き起こる炎の群れが、小さな炎の虎を無数に生み出した――百鬼夜行だ。
    「お前には負けない、まっすぐに倒す」
     真正面から居木・久良(ロケットハート・d18214)が、イフリートへと言い放つ。その言葉が届いたからか否か、イフリートは叫びを轟かせた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
     ジュアア!! 音をさせながら、イフリートがそこで低く身構える――それが戦いの始まり、その合図となった。


    「トラトラトラ、でいいかしら?」
     その声に、イフリートは咄嗟に頭上を見上げる。木の上から跳躍した、フェリシタスが全体重を乗せて螺旋を描く槍を突き立てた。ズブリ、と突き刺さる槍、その手応えをもたれかかる様に体重を乗せた全身に感じて、フェリシタスは花が綻ぶように微笑んだ。
    「あら、綺麗な毛並……アンタはどんな味なのかしら?」
     ゴブ、と血と共に噴き出した炎、そこへシュババババババババババババババ! と水を切るように蒼侍が滑り込む。イフリートの視線、それを滑りぬけて死角へ刀の一閃でイフリートの後ろ足を斬り裂いた。
    「頼む」
    「了解だ」
     蒼侍に答え、十六夜は冥氷霜魄-楔咎-をその右手に集中させる。その右手が足場の川を打った瞬間、バキン! とフリージングデスの冷気が吹き荒れた。
    「川の中にいるのなら一緒に凍らせてしまえばいい」
     しかし、バキバキバキ!! とその氷を砕いて、イフリートは駆け出す。その砕くまでのわずかなタイムラグに、朔眞がイフリートの眼前へと駆けていた。
    「朔眞たちと遊んでくれませんか? ……お相手してくださいな♪」
     歌うように言い放ち、バシャン、と大きく跳んだ直後、燃え盛る回し蹴りを朔眞はイフリートへ蹴り込む! 焼き切られたイフリートは、構わず強引に前へと出た。
     それを見て、千巻は黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るい、イエローサインを発動させる。
    「抑えて、なのー」
    「ああ、抜けさせるか」
     久良が大きくジャンプ、落下が始まる直前にダブルジャンプで虚空を蹴って更に高く高度を取ると、落下の勢いを利用してイフリートの背へと蹴り足を落とした。ドォ! と久良のスターゲイザーの重圧が、水柱を巻き起こす――そして、その水柱を打ち砕き、イフリートが走り抜けた。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
    「これだからイフリートは」
     思わず笑みをこぼしながら、蓮次はイエローサインを前衛に使用する。自身もファイアブラッドだからだろうか? 蓮次にとって、目の前の荒れ狂うイフリートのド派手な様は嫌いではなかった。
    「ここから先には、絶対に行かせない」
    「まったくだ」
     決意と言うにはあまりにも暗い感情から来る蒼侍の言葉を、久良もまた肯定する。この幻想種を先に行かせれば、どんな被害が起こるか? きっと、最悪の想像も生温いものとなるだろう。
    「フフ、アンタの事、ちゃんと食べてアゲるから安心して?」
     唸るイフリートへそう優しくフェリシタスが語りかけ、炎をサイキックエナジーへと変換し炸裂させたイフリートへと、灼滅者達は挑みかかった。


     ジュァ! と水蒸気が、視界を煙らせる。曇り止めレンズの眼鏡をしっかりとかけ直した蓮次が走った。
    「純粋な火力じゃ絶対かなわないってわかってんだけどな――!」
     それでも炎で対抗したい、そう思うのはもはや性だ。縛霊手を炎で包み、そのまま渾身の力でイフリートを殴打した。しかし、イフリートとは絶望的な質量差がある。拳を振り切れないそこへ、天牙が飛び込んだ。
    「おっと、させるかよ!!」
     まるで漁師が鯨の背に飛び乗り、銛を突き立てるように天牙はイフリートに槍を突き立てる。前へ出ようとするイフリートの動きが乱れたそこに、久良は454ウィスラーの銃口を向け、ガンガンガンガン!! とファニングで銃弾を叩き込んだ。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     ギュオン、とイフリートの眼前に炎の杭が生まれ、尾でそれを繰り出した。レーヴァテインの一撃、それを庇った久良はまともに食らい、吹き飛ばされる。ザパン!! と川の中に転がった久良は、ユラリと立ち上がった。
    「まだまだ全然平気だよ、任せてくれ!」
     大丈夫なはずがない、流血もひどく凌駕まで追い込まれたのだから。それでもなお、仲間を鼓舞しようとする久良に、朔眞がうなずく。
    「うん、信じます、よ♪」
     ドン! と手中に生まれた漆黒の弾丸、デッドブラスターを朔眞が放った。相殺しようとした炎は撃ち抜かれ、爆ぜて散っていく。朔眞が横へと移動すると、イフリートはそれを視線で追いかける。その間隙に、千巻の天使のごとき歌声が久良の傷を癒した。
    「時間稼ぎ、お願いだよぉ」
    「ああ、せいぜい派手にやろう」
     千巻の言葉に、ブブブブブン! と背後に魔法の矢を無数に浮かべ、十六夜が答える。ヒュガガガガガガガガ! と縦横無尽に放たれたマジックミサイルの雨あられが、イフリートへと降り注いだ。
    『グ、ガ――ッ』
     無数の小さな水柱が上がる中、イフリートが唸る。その水柱の死角を利用して、フェリシタスがイフリートの四本の脚を槍の切っ先で切り裂いた。柔らかく弾力のある手応えに、フェリシタスは小さく喉を鳴らして微笑む。
    「ンン、いい歯応えね」
     頭上から振り下ろされたイフリートの足を、フェリシタスは横へ跳んでかわした。そして、蒼侍は炎に包まれた刀を横一文字に振り抜く!
    「こっちだ」
     そして、蒼侍はすかさず横へ回り込んだ。数に翻弄されるイフリートを見やって、千巻は呼吸を整える。
    (「川岸まで誘導できたら、もっと色々あるんだけどなぁ」)
     川の戦場は、ただ立っているだけでも神経を使う。脛ほどの水かさでも、十分に水の勢いは激しいのだ。だからこそ、細心の注意を払って戦う必要が灼滅者側にはあった。
     一方でイフリート側は、そういう不利はない。重量とは、こういう状況でこそ活きるのだ。しかし、イフリートにとってもこの川の流れは無視出来ない時がある――それを、久良は見抜いていた。
    (「動いているからこそ、だ――止めて、しまえば」)
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!』
     イフリートが水蒸気を伴い、駆けて来る。それに対して、久良はロケットハンマーを下段に構えて――真っ向から、受けてたった。
    「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     ジュワ!! と二つの炎が、激突する。イフリートのレーヴァテインを久良は蒸気と炎を迸らせながら命がけの一撃を下から突き上げるように放った。ガゴン! とイフリートの顎が、かち上げられる。しかし、同時に久良も吹き飛ばされた。
    「おっと!」
     千巻が交通標識で、久良を受け止める。長靴様々だ、滑らずに人一人を受け止め切れた。
    「――頼む」
    「ああ、なるほどねぇ」
     着地した久良が、ロケットハンマーを再び下段に構える。その意味を理解した千巻が跳躍、振り上げたロケットハンマーを足場に高く高く打ち上げられた。
     そして、空中で一回転。赤色標識にスタイルチェンジした交通標識で、大上段に切り裂いた。
    「朔眞ちゃん」
    「はーい」
     ドルン! とチェーンソー剣の駆動音を鳴り響かせて、朔眞が駆け込んだ。ガガガガガガガガガガガ! と赤地の虎縞模様を、大きく朔眞は踊るような足取りで切り刻む!
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「ああ、競おうぜ、ドラ猫!!」
     イフリートが炎を撒き散らすのを見やって、蓮次が笑って言い放った。イフリートが生み出した人の身の丈ほどある巨大な炎の銛を、蓮次は加速で得た勢いを利用して、燃え盛る前蹴りで粉砕、イフリートの顔面を蹴り飛ばした。
     大きくのけぞったイフリートが、足をもつれさせる。そこへ、冥氷霜魄-楔咎-をオーラの砲弾へと変えて、十六夜が投擲した。
    「やれ」
     ドォ! と爆発と冷気が、イフリートを中心に吹き荒れる。そこへ、納刀した蒼侍と、大きく跳躍したフェリシタス、炎をまとった天牙が駆け込んだ。
     ゴォ! とイフリートが炎の壁を生み出す。しかし、その炎を天牙は天上天牙で切り裂いた。
    「悪いが、イフリートだろうが炎で負けるわけにはいかねぇんだよ!」
     そして、蒼侍とフェリシタスが、同時に踏み込む!
    「イフリートは……全て斬る!!」
    「言ったデショ? ちゃんと食べてアゲルって……」
     荒れ狂う三つの炎が、真紅の虎を飲み込んだ。それが、止めとなった。ゴォ! と燃え上がる炎の柱、確かに手に残った命の感触を反芻しながら、フェリシタスは囁いた。
    「ふふ、ゴチソウサマ?」


    「お疲れさまなのです、よ?」
     先ほどまでの飢えた様はどこにやら、柔らかく微笑んでフェリシタスが言う。蒼侍も、しばらく火柱のあった場所を見詰め、ため息と共に踵を返した。
    (「……いつか必ず見つけてみせる」)
     今回は違っても次は、いや、いつか必ず――蒼侍は空を見上げ、胸の中の両親へとそう誓った。
    「折角釣り道具もあることだし、俺はもうちょい魚を釣って帰りたいな」
     釣竿を手に笑う天牙に、ふと朔眞は素足になって川へとつけてみる。
    「流石にもう寒いかな?」
     ひんやりとした冷たい水に、朔眞は川面を見詰めそっと囁いた。
    「……大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
     それは、慈愛に満ちた、あるいはどこか羨むような優しい笑顔だった。もうすぐ、この山も秋の装いとなるだろう。赤く赤く、自然が最後の命を燃やす秋が、やってくるのだ……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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