白衣の淫魔ッサージ

    作者:灰紫黄

     あるマンションの一室。窓も開けないで冷房を全開にした部屋に一組の男女がいた。しかしこの二人、男女ではあるが人間ではない。片方は羅刹、つまり鬼であり、もう片方はナース姿の淫魔である。
    「あ、お、おおう……」
     上に乗った女が体を動かすたび、鬼は気持ちよさそうに声を漏らす。その声を聞き、ナースもまた笑みを浮かべた。
    「お加減はいかがですか?」
    「おう、最高だ」
    「ふふ、それはよかった。でしたら私達のこと、よろしくお願いしますね」
    「任せとけ。悪いようにはしない、さ」
    「ありがとうございます」
     それこそが求めていた返事。仕事の半分を終えたナースは、もう片方も終わらせようとくまなく手を動かす。羅刹が満足しきるまで、そうはかからなかった。

     ドガッ!!
    「だから、はれんちはあかんて言ってるやろーが!!」
     教室に着くと、口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)が無実の黒板に八つ当たりしていた。エログロは彼女の鬼門。大体こういうときは淫魔関連の事件である。落ち着くまで放っておいて、その間にメールチェックなどで時間を潰す。
    「えー、あー、こほん。集まってくれてありがとう」
     赤い顔を誤魔化すように、咳ばらいをひとつ。いまさら何をごまかすのかって話だが。
     目の話を要約すると、こうだ。
     DOG六六六のいけないナース達が今度は琵琶湖近辺に移動してきた。ナース達はマンションの一室などをいけないマッサージ店に改装し、構想で傷付いたダークネスを敵味方なく癒している。
    「今回はそのいけないナースの灼滅が目標よ」
     ただし彼女らは警戒心が強く、傷付いた物しか受け入れない。よって、灼滅者に二つに分かれて戦ってもらい、敗れた方を囮として潜入することになる。囮を店に入れ、マッサージをしているところに攻撃を仕掛ければ灼滅できるだろう。
    「いけないナースには、演技の負傷は通じないわ。申し訳ないけど、本気で戦って」
     幸い、ナース自身の戦闘能力はそれほど高くない。むしろ灼滅者同士の方が激しい戦いになるかもしれない。
     戦場はマンションの屋上か近くの河川敷を選ぶといいだろう。どちらも常に人気がない。
    「突入のタイミングは、半分が客として店に入ってからになるわ。……あんまり変なこと期待しないようにね」
     と釘を刺す目。店に入る灼滅者はあくまでマッサージであることを頭に入れておいてほしい、とのこと。念のため。
    「いけないナース達は今のところフリーっぽいけど、いつどうなるか分からないわ。尻尾をつかめた時に倒しておきましょう」
     はれんち死すべし慈悲はない。なんか顔にそう書いてあった。


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    シェレスティナ・トゥーラス(欠けていく花・d02521)
    志那都・達人(風祈騎士・d10457)
    内山・弥太郎(覇山への道・d15775)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    透間・明人(負け犬が如く吠える・d28674)

    ■リプレイ

    ●仲間割れ相談
     マンションの屋上。ふわー、と冷たい風が吹く。もう10月だなー、とみんな思った。
     二手に分かれて戦うはずなのだが、自分の班分けをしっかり憶えていない者がいたため、それぞれの断片的な証言で班分けを行うことになった。教室での相談で決めたのかもしれないが、ちゃんと現場で憶えていないと意味がない。
    「分かれるのは三対五」
    「三の方がナース接触班」
    「武蔵坂を裏切った設定」
    「私こっち」「俺こっち」
     あーだこーだとやっている間、サーヴァントはじゃれ合っていた。ウイングキャットがキャリバーに乗り、そのあとを霊犬が追い、ビハインドは屋上から落ちないか監視していた。牧歌的光景だった。みんなの集中力が落ちたのは言うまでもない。
    「今武蔵坂の情報をもって他勢力に合流すれば高く買ってもらえる。さぁ! 共に裏切ろう! 私たちは仲間だ!」
     まず一人だけ離反した設定のクラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)がそう言った。ここから演技開始である。みんな、なん……だと……みたいな反応を返す。ちょっと照れ気味で。
    「何が仲間だ! 学園の仲間を売ろうとしてる奴にそんな言葉使われたくないね!」
     照れを吹き飛ばすように叫ぶ志那都・達人(風祈騎士・d10457)。演技は空気が大事だ。おかげで少しみんなの緊張が和らいだ。
    「現状、武蔵野学園は多くの組織から狙われていますし、見切りをつけるチャンスではありますね」
     それを裏切る形で、風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)。花いちもんめ的にクラリーベルの方へ動く。
    「なるほど。一理あります」
     同じく透間・明人(負け犬が如く吠える・d28674)。遊んでたビハインドの首根っこをつかんで裏切り側に移動。これで準備は整った。向こう側もあっちの子と遊んじゃいけません的な雰囲気でサーヴァントを回収。
    「……考え直すつもりはないの?」
     頭の上に猫を載せたシェレスティナ・トゥーラス(欠けていく花・d02521)の問いに、三人は首を横に振った。
    「もう何を言っても無駄なようだね」
     今回の作戦に乗り気でないのか、ドライなジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)。面倒そうに武器を構える。
    「言葉が通じないなら……力づくで止めます」
     作戦とはいえ、内山・弥太郎(覇山への道・d15775)は仲間と戦うのには抵抗があるようだ。剣を向けて宣言するが、演技ではない表情が顔に浮かんでいた。
    「では、参ります!」
     床を蹴り、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)の体が加速する。ダークネスを欺くためには、仲間同士で戦うしかない。
     ここに、灼滅者同士の戦いの火ぶたが切って落とされた。

    ●仲間割れ開始
     戦端を拓いたのは、なつみの拳だ。イメージするのは、アニメや映画で見た拳法や格闘技。それは幻想に過ぎない。だが、灼滅者となって得た超常の力がそれを可能にする。
    「破ッ!」
     肉迫と同時、拳を見舞う。
    「まだまだ!」
     一瞬、距離が開いた。返す刀で体を反転させ、横腹に回し蹴りを見舞う。全力の手加減攻撃である。
    「やるな」
     衝撃で吹き飛ばされ、クラリーベルは欄干に叩き付けられた。けれど口元には笑みが浮かぶ。自嘲といえるかもしれない。仮面の上にまた仮面を被ってやる芝居は、存外に面白い。毒食わば皿まで。楽しまなければ損だ。レイピアを非物質化させ、振り抜く。
    「始まったようですね」
     ビハインドの盾を名前の通り盾にして、明人は炎の翼を広げる。仲間同士の戦いではあるが、手を抜くつもりはない。ナースに看破されてしまえば、苦労も水の泡になってしまうのだから。
    「だね。早く済ませよう」
     盾の頭を飛び越え、ジュリアンが頭上から迫る。真上から殴りかかる、と思わせフェイント。着地と同時に姿勢を低く保ち、足払いをかける。構えが崩れたところで、さらに蹴りを見舞った。本気の手加減攻撃パート2である。
    「こんなことはしたくありません。ですが、裏切りを見過ごすわけにもいきません!」
     眉を寄せ、弥太郎が言った。前半は本心に違いない。だが、これもいけないナースを灼滅するためだ。割り切れない部分もあるが、それは後でナースに叩き付ければいいだろう。霊犬のサイゾーは後ろにつかせ、自身は手にした剣で斬り込んでいく。
    「思ったより話の分からない人達ですね」
     完全に裏切った風を装って、挑発をかける紅詩。そう言いながらも、狙いは分散させて攻撃する。元よりダークネスの支配に抗おうとしているのだ。少し敵が増えたくらいで寝返る者などいないのは、自分でもよく分かっていた。
    「そっちこそ、分からず屋だよ」
     ウイングキャットのイリスが先行して肉球を振りかざし、シェレスティナが続く。少し心苦しくはあるけれど、それを感じさせないほど迷いのない流星蹴りが炸裂した。目を覚ませと言わんばかりに全力前回。これぞ説得(物理)であった。
     やがて、裏切り班は追い詰められ、動けるかどうかというところで両者は動きを止めた。サーヴァントを入れると、頭数はちょうど二倍。戦い方次第の部分はあるが、攻撃を分散させれば当然こうなる。
    「そこでのたれて頭を冷やしてろ!」
     ライドキャリバー、空我に騎乗しながら叫ぶ達人。仲間割れの演技が本当に必要なのだろうかと思わないでもないが、ここまで来たらしょうがない。時すでに遅し。あとは行けないナースが釣り針をくわえてくれるのを待つばかりだ。
     五人(と三体)が去ってからしばらく。白衣の女が鼻歌を歌いながら、屋上まで上がってきた。
    「あらあら、可愛い子達ね。今日は予定もないし、ちょうどよかったわ~」
     一人を右腕、一人を左上で抱え、最後の一人は角に引っかけて、お持ち帰りしていった。

    ●ナースの角
     アロマか何かだろうか、三人が部屋に入ってまず感じたのは甘い匂いだった。傷付いた体を包み込み、疲れた筋肉を柔らかくほどかせる。同時、ものすごい眠気に襲われる。
     そのまま抵抗ぜずベッドに寝かせられ、服を脱がされそうになったところで目を覚ます(ふり)。
    「あなたは?」
    「通りすがりのナースですわ。お怪我をしていたようでしたので、僭越ながら手当てをさせていただこうと思いまして」
     ふ、と優しい笑み。正体が分かっていなければ容易に絆されてしまうだろう。だが、角に引っ掻けられて痛かったのを許すつもりはない。いや、それがなくとも逃がしたりはしないが。
    「私達は武蔵坂の灼滅者……だったというべきか。たった今、裏切ってきたところだ」
    「まぁ、それは大変でしたね。ゆっくりお休みください」
     ここでも演技を継続するクラリーベルだが、ナースは驚いたふりだけしてスルーした。節操なく各勢力のダークネスを治療しているあたり、その背景に立ち入る気はないらしい。

     ナースと三人が部屋に入ったことを確認し、他の灼滅者は近くに待機していた。五分後に突入する手はずになっていた。
    (「これじゃ衛生兵を狙って騙し討ちをするようなものだ。効果的なのは認めるけど、こんな作戦ばかり頼らずに済むように強くならないとね」)
     心中で呟くジュリアン。乗り気でないのは結構だが、いけないナースは衛生兵というより敵を抱き込むスパイであろう。騙し討ちも戦力的な理由ではないし、ちょっとズレていなくもない。
    「五分だよー」
     シェレスティナが手元の時計を仲間に見せる。待ちに待った突入だ。仲間割れも同士討ちも、この時のためなのだ。それが報われると思うと、気がはやる。というかさっさと終わらせたい。
    「少し……緊張しますね」
     女性は苦手らしく、弥太郎は脚が進まない。サイゾーが頑張れと言わんばかりに頭でぐりぐり押すが、じゃれているようにしか見えなかった。いや、本当にじゃれているのかもしれない。
    「覚悟を決めましょう。もう引き下がれません……」
     仲間を手にかけてしまったのだから、と言いかけて思いとどまるなつみ。まだ誰も死んでない。戦闘のせいか、何かのワンシーンを思い出してしまったようだ。
    「……行くよ!」
     寝起きドッキリのごとく勢いよくドアを開け、達人を先頭に突入。室内でもお構いなしに空我に乗って颯爽と殴り込みだ。
    「な、なんですかあなた達は!? 施術中ですよ!?」
     慌てふためくナース。動揺のあまり羽がぴこぴこ動いていた。これからお楽しみげふんげふん、治療なのだから当然の反応ではあった。
    「治療、ありがとうございました。とても凄い治療技術ですね。そんなのがダークネスにあるのはとても危険なのでどうか消えてください」
     棒読みでそう言って、明人は背後から攻撃。クロスグレイブに炎を纏い、力の限りにぶん殴った。
     灼滅者同士の戦いとは違い、今度は心置きなく戦える。淫魔フルボッコタイム開始である。

    ●さらばナースよ
     仕事と趣味の両方をいっぺんに邪魔されたナースは、半分べそをかきながら応戦した。大きな注射器を振り回すが、やはり並のダークネスほどの力はない。戦力を温存する方針もあって、戦闘は有利に運んでいた。
    「こんなのあんまりですお客様! これは何かの冗談ですよね? それともプレイですか? なんでもしますから、お許しください」
     信じられないというよりも信じたくないというように喚き散らす。だが、灼滅者はそれこそが淫魔の武器であると知っている。憐憫を抱かせ、保護欲をかきたてる。常套手段だった。
    「無駄だ。貴女の命運は此処で尽きる」
     ジュリアンはただ切って捨てた。ここで逃せば、また新たな火種になるのは間違いない。向けた指にはめられた指輪から麻痺の魔弾が飛び、動きを止める。
    「これでお終いです!」
     銀爪が閃き、マッサージ店をかき回す。弥太郎だ。獣のごとき俊敏な動きで壁を、天井を蹴り、何度も斬撃を繰り返す。淫魔相手に、遠慮することはない。抑圧されたものが解放され、自然と力が込める。
    「世話になったな。礼としてできるだけ楽に殺してやろう」
     クラリーベルはナースに肉迫すると、思いっきりクロスグレイブを叩き付けた。今は仮面は一枚だけ。淫魔に惑わされることなく、毅然とその義務を全うする。
    「すいませんがそういうことなので」
     もう一度、なつみは強くイメージする。夢見て憧れた幻想を。手刀に赤いオーラを纏わせ、敵を切り裂く。角がはじけ飛び、天井に突き刺さった。
    「それでは、さようらなら」
     明人の手首飾りがほどけ、ナースの全身を捉えた。鋼糸はきりきりと女の体を締め付け、白衣を破き、ついには引導を渡す。
     事切れた淫魔は、やがて大気に溶けるように消え去った。

     淫魔の灼滅を果たした灼滅者は、深く深く溜め息をついた。普通の依頼より疲れた気がする。ともあれ、これで一件落着だ。
    「お疲れさまー。だいじょぶ? みんな」
     シェレスティナは囮となった三人にヒールをかけてやる。淫魔も治療はしていたが、さすがに全ては癒しきれない。行動に支障はないとはいえ、痛みが和らぐのはありがたい。
    「他のダークネスが来た痕跡は……時間がかかりそうですね、これは」
     何か他の勢力の手がかりを探そうとする紅詩であったが、バックヤードをのぞいてみるとゴミがどっさり。調べるにはかなり骨が折れそうだ。
    「最近、肩が凝ってるからマッサージ受けてもよかったか……いや、そういう意味じゃないから」
     不用意なことを口走る達人に、みんなの視線が集まる。少なくともナースが今の発言を聞いたら勘違いでは済まないだろう。が、今はいないので問題ない。
     鎮魂の曲を演奏したり、屋捜ししたりしてから、灼滅者はマンションを後にした。重い脚を引きずりながら。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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