眠れる巨人と眠れる世界のベヘリタス

    作者:彩乃鳩

    ●不動院・進とベヘリタス
    「ふあああ、眠い」
     眠れる巨人。
     アンブレイカブルの不動院・進はそう呼ばれている。確かに彼は、いつも眠そうにウトウトしている。平和な新潟の港町を、大欠伸をして歩く。
    「……長閑だなあ」
     小柄でひょろりとした体格は、ともすれば子供のようにすら見える。のんびりと港町を眺める姿からは、なかなか想像もつかぬだろう。この少年が、一度戦闘状態に入ると荒ぶる暴威そのものになることを。
    「きゃっ」
    「おっと」
     路地裏の角を曲がったところで、人影とぶつかる。細身なアンブレイカブルは、大きく尻餅をついた。
    「いたた……危ないなあ」
    「す、すすすすすいません! い、急いでいたもので……不動院さん?」
    「ほえ?」
     ぶつかってきた相手は、進の顔を見ると身を乗り出した。チャイナドレスを着たこの少女も、アンブレイカブルだった。
    「ね、眠れる巨人と、こんなところでお会い出来るなんて!」
    「……えーと?」
    「わ、私です、私! 前に何度かお目にかかったことがある、リン・マオです!」
    「あー……そういえば、シン・ライリー傘下の」
     朧げな記憶を呼び起こし、不動院・進は改めて相手を見やる。前から妙に懐いてきた少女は、傷だらけでボロボロだった。
    「その怪我はどうしたの?」
    「お、お願いです! た、たたた助けて下さい!!」
    「うにゃ?」
     顔面蒼白のリンは明らかに平静さを欠いていた。錯乱した様子で、進の肩を掴まえて強烈に揺らしてくる。されるがままに、アンブレイカブルの少年の頭がぶんぶんと勢いよく振り子運動する。
    「ひひひ、必死に、ここここまで、にに逃げて、きたんです!」
    「逃げてきた? 何から?」
    「たたた助けて、こここ、このままじゃ、わわわ私は……っつ」
    「……分かった、分かったから。とりあえず落ち着こうか」
     何度も質問を試みるが、明確な答えが返ってくることはない。実りのない問答に、眠れる巨人は眠たくなってくる。
    「ぐー……」
    「ね寝ないで下さい! ふ、不動院さん! こここんな、時……に……くっ」
    「……ん?」 
     進が目をこすると、リンが蹲っていた。苦しげに荒い息を吐き、玉の汗が流れる。シン・ライリー配下の少女は己が身体を抱き、ガタガタと震えた。
    「そ、そんな……私は……まだ」
    「――」
     眠気が一気に吹き飛ぶ。
     ただならぬ気配に、不動院・進の本能が警告を告げた。これは、危険だ。目の前の少女が、ではない。その内側に住まう、何者かが胎動する。
    「ふ、不動……院、さん……」
     リンは救いを求めるように手を伸ばし。
     その身体から――卵が孵る。
     少女の肉体を縦横無尽に内から裂き。異形の羽虫が、肉と骨を食い破って外の世界へと姿を現す。
    「ギギギギギ!」
     リンの引き締まった、女性らしい肢体は無惨にも貪り尽くされる。卵から孵った虫達は我先にと、滑らかな身体全体から出口を求めて飛び出る。その数は一つや二つではない。次から次へ。ゾロゾロ、ゾロゾロと。鋭い節足が不気味な動きを始めた。
    「ベヘリタス……」
     眠れる巨人が覚醒し。
     不動院・進は同胞を蹂躙した羽虫――シャドウを鷹の目で睨む。

    「大変な未来が見えました。最近発生しているベヘリタスの卵が羽化する事件に、シン・ライリーが関わっているのではないかという、伏木・華流(桜花研鑽・d28213)さんの懸念が的中してしまったみたいです」
     野々宮・迷宵(高校生エクスブレイン・dn0203)が集まった灼滅者達に説明を始める。
    「新潟の港町で、シン・ライリー配下のリン・マオというアンブレイカブルが現れるのですが。何かに追われているようで、路地裏で急に苦しみだします」
     体内を食い破って出てくる、羽虫型ベヘリタスによって殺されてしまう、という最期をリンは遂げる。 恐らく、このアンブレイカブルのソウルボードに、ベヘリタスの卵が植え付けられているのだろう。
    「急いでリン・マオの元へ向かって、現れるベヘリタスを可能な限り駆逐して下さい」
     ベヘリタスの個体ごとの力は、灼滅者よりも少し劣る。
     だが、その数は三十体という多勢だ。
    「全滅させるのは、おそらく難しいです。それに、他にも一つ。現場には、もう一人別のアンブレイカブルが遭遇しています」
     眠れる巨人――不動院・進。
     このアンブレイカブルは、以前に武蔵坂学園と交戦したこともある相手だ。リンとは顔馴染のようでもある。
    「羽虫型ベヘリタスは戦闘を仕掛けると反撃してきますが、こちらが逃走すれば撤退します。いつでも退くことは可能です」
     アンブレイカブルのリンの方は錯乱している。説得などはほぼ不可能だろう。だが、上手くソウルボードに入ることができれば、救出できるかもしれない。
    「ソウルボードに入る場合ですけど。そこで戦った後に、現実世界でも戦う二連戦になります。その時の、精神世界のダメージは皆さんだけが持ち越します」
    「現実世界での二戦目では、ベヘリタス側は無傷でのスタートということだね」
     今回の依頼に参加する遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)の言葉に、迷宵は頷いた。
    「それと、皆さんと羽虫型ベヘリタスとが戦い始めれば、リン・マオは目を覚ましてその場を離れてしまいます」
     今回の敵は、絆のベヘリタスの卵から生まれた、本来のベヘリタスとは違う姿をしたシャドウだ。おそらく、アンブレイカブルのソウルボードを利用して、ベヘリタスの卵を孵化させている者がいるのだろう。
     それがシン・ライリーなのか、そうでないのかは分からない。
    「この方法だと、エクスブレインの予知も難しいんです。どれだけのベヘリタスの卵が孵化しているか、予測もできません。皆さん、くれぐれも気をつけて。そして、出来るだけのベヘリタスの討伐をお願いします」


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    芥川・真琴(焔と共に眠るもの・d03339)
    中川・唯(高校生炎血娘・d13688)
    三条院・榛(猿猴捉月・d14583)
    神無月・晴臣(焔の狂闘士・d25079)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    白石・明日香(リア充宣伝担当幹部・d31470)

    ■リプレイ


    「予想通りに厄介なことになりましたか」
     以前にべヘリタスの依頼に参加した石弓・矧(狂刃・d00299)が、懸念通りの結果に一人ごちる。
    (「敵同士であれ、同じ女として。あんな無残な最期を見過ごすわけにはいかないわ」)
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は気を引き締める。今回の方針は相手を説得した上で、ソウルアクセスして救出すること。然る後に、可能な限りのベヘリタスの撃破だ。
    「うん、心は決まった」
     中川・唯(高校生炎血娘・d13688)も、やる気は充分だ。
     灼滅者達は、現場となる港町へと急いだ。
    「数が多いからな。出てから動くのは得策ではあるまいよな」
     何時でも攻撃に移れるように、神無月・晴臣(焔の狂闘士・d25079)は臨戦態勢を維持した上で現地へと向かう。
    「……あれか」
     問題の場所では、既に二人のアンブレイカブルが問答を繰り広げている。こちらの接近に気づいた不動院・進は、寝ぼけ眼を向けてきた。
    「うん? 君達は武蔵坂……の人達かな?」
    「なな、なんで、こんな所に、灼滅者が!」
     リンの方は、突然の来訪者に早くもパニック状態だ。灼滅者達は、さっそく事情説明と説得に入る。
    「俺は神夜・明日等。お察しの通り、武蔵坂の灼滅者だ。今、同じような事件が多発していてな。状況を手短かに説明する」
     放っておけば、リンが死ぬこと。
     ベヘリタスのこと。
     それに対する灼滅者側の対応について話す。
    「正直言って助ける義理も義務もないが、見捨てるのは寝覚めが悪いしな」
    「……」
    「ソウルボードに入り込んでこいつの中にいる羽虫共を叩きだすから、黙って見守ってくれないか? もちろん手伝ってくれるなら大歓迎だが」
     白石・明日香(リア充宣伝担当幹部・d31470)の言葉に。
     眠れる巨人は黙って目を閉じた。 
    「助ける事にメリットはないが、罪もない女の子が殺されるんはダークネスでも嫌でのぅ。助けられるかは君の判断と協力次第や」
     同理由で既に5人ほど女性ダークネスを助けている三条院・榛(猿猴捉月・d14583)の言葉には妙な説得力があり。切羽詰っている現状を突きつける。
    「別にシン・ライリーの配下がどうなろうと構わないけれど、ベヘリタスを灼滅するのがボクたちの任務だ。キミが邪魔をしないのなら、あのアンブレイカブルは見逃してあげるよ」
    「……ふむ、なかなか言ってくれる」
     ダークネス嫌いの比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は、どうしても高圧的な態度となる。強気な態度で不動院達を説得ということなら、明日等もそうである。はっきりとした態度でひとまずベヘリタスから、リンを助ける意志を示した後。
    「別にあんた達と仲良くしたいってわけじゃないんだからね!」
     と付け加えるのを忘れない。
    「……ツンデレ、かい」
     不動院・進の呟きは、ごく小さいもので誰の耳にも届かなかった。
     リンの説得も難航する。
    「やほー……今からちょっとソウルボードにお邪魔したいんだけれどいいかなー……?」
    「いい、いいわけないでしょう!」
     芥川・真琴(焔と共に眠るもの・d03339)が間延びした喋りで、説得を繰り返すが反応は芳しくない。
    「少なくとも、まことさん達は助けたいと思ってる。信じられないかもだけどそれはホントのことだから、ねー……欠片でも信用してくれるなら、少しの間寝てて欲しいんだよねー……」
    「灼滅者を、信用っ? 冗談でしょう!?」
     錯乱して、取り乱す度合は徐々に大きくなる。 
    「武の頂を志す者がこのような理不尽で果てるのは、私としても許しがたい。どうかあなたを救わせてくれないか」
     矧は相手の両手を取って、自分の手で包み込むようにする。例えダークネスであろうと関係ない。救いを求めるならば答えるまで。
    「……っ」
     手を包んで。
     少しでも震えを止められれば、安心できればよいと思う。
     説得もそうだが。いざとなれば、そのまま押さえ込んで味方の補助を行うつもりだった。
    「そのお嬢ちゃんに死んでもらっちゃ困るんでな……高みを目指すための一歩として、強い相手には生きててもらわなきゃいかん。それに、戦いの場でなく羽虫如きで果てるなどあんたらにとっても不本意だろ?」
     晴臣は、そう正面から言う。
    「高みを目指すために必要なら敵であれ助ける、果てる時は闘争の中で。俺もそれは変わらんよ、だから助ける。その為にも協力してくれって訳だ」
     進は頭を掻いた後。
     ちらりと、唯の方を見やる。
     少しあごを引き、無い胸を張り、堂々と、まっすぐアンブレイカブルを見る目。変な事をいわないようにこそっとしてはいたが。
     救出しますよオーラを、少女は最初から出していた。
     目で語る、救出したいのはホントだと。
    「……良い目だ」
    「ふ、不動院さん! 灼滅者など、信用できません! は、早く、ここを離れ――」
    「リン……少し、眠ってな」
     眠れる巨人のデコピンが一発。リンはあっさりと気絶した。
    「絞め落とすの、頼む前にやってくれたなあ」
     見事な手際に、榛が感心する。
    「助ける義理がない、そちらに任せて。義理があるこっちが、昼寝と洒落込むわけにもいかないしな。今は、その言葉と目を信じるさ」
     そういって、小柄な武人は大欠伸をした。
     灼滅者達は、顔を見合わせて頷き合う。唯は満面の笑みだった。
    「よろしくっ!!」
     一方。ぼんやり笑いもせず。真琴は眠るリンのポケットの中に、連絡先の書かれたメモを突っ込む。
    「目が覚めたら体の中を這い回る痒みは無くなるから。だから、少しおやすみなさい、よい夢を」
     味方には暖かな熱を持つ光を、敵には苛烈な熱を持つ焔を。
     熱使いの少女は寒く、熱の無い世界を恐れる。
     誰だって眠りは暖かな方が良いのだから。


    「何の侵入を阻んでるのかな。オレ達なのか、またはあの羽虫なのか……」
     壮大に佇む長城。
     ソウルボードの城壁の上で、明日香は息をついた。
    「虫かー……センダンで下せないかなー……」
     ボード内に第三者が居ないか。居たら外見特長は覚えておく。
     常に警戒していた真琴が、羽虫の大群に目を向ける。ちなみにセンダンとは虫下しに使われる植物のことである。
    「ギギギギ!」
     ベヘリタス達は、我がもの顔で人の精神世界の中を気ままに飛び回る。晴臣の目がバイザーのようなサングラス越しに鋭さを増した。
    「行くぜ羽虫共、くそふざけた事して武人の誇りをけがそうとした報い。たっぷりと会い合わせてやんよ!」
     鍛えぬかれた超硬度の拳が、敵を守りごと撃ち抜く。同じ個体に、明日等がリンフォースともに追撃した。
    「害虫排除と参りましょう」
     矧は二戦目を考えて、レッドストライクで敵クラッシャーにパラライズを付与する。ベヘリタスの数は多い。動きを封じ攻撃回数を減らすのが狙いだ。
    「ギギギギギ!」
    「……相も変わらず、気色の悪い相手だ。さっさと片を付けるとしようか」
     羽虫と戦うのは二度目。嫌悪を滲ませながら、柩は鬼神変を振るう。仲間と攻撃目標を合わせ、羽虫を1体ずつ確実に退ける。
    「くらえーっ!!」
     唯は戦闘中黙っていられない性分だ。
     ギャーギャー掛け声をかけながら、わめきながらクルセイドスラッシュが炸裂する。
    「うん、良い気合だー」
     不動院・進は、灼滅者達の奮闘をぼんやり眺めながら。そよぐ柳のようにベヘリタスの牙を躱すと、虫を払う動作で敵を吹き飛ばす。敵の半数はこの少年が受け持っており、灼滅者達の負担は大分減っていた。
    「回復は任せぇや」
     榛はメディックとして回復に専念する。基本的には体力の最も減っている者に対する体力回復量を重視しつつ、祭霊光とセイクリッドウインドを使い分けた。
     今回は敵が多い上に、二戦目があることも予想されている。
     攻撃を考えるより、回復を重視するのは賢明な判断と言えた。
    「敵は切り捨てる!」
    「ギギ!?」
     真琴のワイドガードを受け。前線へと躍り出た、明日香の雲耀剣が羽虫を両断する。
    「ギ、ギ、ギ、ギ!」
    「ギギギギギギギ!」
    「ギギ、ギギギッ!」
     ベヘリタス達は、数に物を言わせて毒の弾丸を四方八方から浴びせてくる。ソウルボード内ということで、シャドウの力は減退しているが手数の差による消耗戦は避けられない。
     だが、それは灼滅者達も最初から覚悟の上だ。
     真琴は、ソーサルガーダーで味方の防御力を強化。バッドステータスが蓄積すればリバイブメロディでのキュアを行う。
    「熱は命、ココロは焔……」
     余裕あれば敵の多い列にセイクリッドクロスを繰り出し。弱った敵には影喰らいをお見舞いして撃退する。
    「どんなに居たって残してあげるつもりはないわ」
     サーヴァントと一緒に、ディフェンダーとして攻撃を受ける盾となり。明日等は、好機には列攻撃で纏めて羽虫を蹴散らす。逆にピンチの時にはヒールとバランス良く対応した。
    「ギ、ギギ……?」
     矧のばら撒いたパラライズも上手く効いてくる。
     身体が痺れて動きが鈍くなってくるベヘリタス達に。晴臣が闘気を雷に変換して拳に宿し、飛び上がってアッパーカットを繰り出す。
    「おりゃーっ!!」
    「ギ!?」
    「――させない」
     唯が大きな掛け声と共に黒死斬の一撃を放つ。ベヘリタスはたまらず逃げようとするが、柩がタイミングを合わせて神霊剣の精密な一撃を放つ。榛も全体の状況を良く判断して、回復を上手く施していった。
     灼滅者達は、良く連携した。
     攻撃と回復のバランスを上手く取り。
     羽虫達を精神世界から、追い出していく。
    「ふーん。これは、付いてくるまでもなかったかなー。いつか、お手合わせ願いたいねー」
     不動院・進は灼滅者達の動きを興味深そうに評したものだ。
     数が数だけに無論時間と労力はかかったが。やがて、虫の姿も完全に消える。青々とした空には、一点の曇りもなく。長城には心地良い風が吹く。
     皆は人心地ついた。
    「と、ゆっくりもしてられないか」
    「すぐに連戦ね」
     今度は、更に厄介な戦いになる。灼滅者達は、手綱を緩めず次へと備える。その中で、柩は気になっていたことを、眠れる巨人へと尋ねる。
    「ベヘリタスの卵について、情報を何か持っている?」
    「……さて。確かなことは言えないが」
     不動院・進は、精神世界の中でも眠そうに目を細めた。
    「シン・ライリーが、絆を奪われて光の少年タカトの配下となった……てのが、こうなってくると信憑性を帯びてくるかな」


    「う、うう……不動院、さん?」
    「ああ。気が付いたか、リン」
     リンが目を醒ます。
     飛び込んできたのは、灼滅者達とベヘリタスが乱戦を繰り広げている光景だった。
    「無事かいな? さっさと逃げぇや、シン・ライリーには気を付けてな!」
     ベヘリタスの攻勢をいなし、榛が離脱と注意を促す。
    「さっさと行きなお嬢ちゃん、しっかりと万全な身体に戻してこいや。んでもって」
     そこまで言ってから、晴臣はにぃっと小さく笑いながら。
    「思い切り死合おうじゃねぇのさ、まっ、お嬢ちゃんの強さを糧にして上に行くのは俺らだがな?」
     そう闘争を楽しむかのように言う。
     逡巡するようにリンは周囲を見回し、最後に最も信頼おける人物――不動院・進に目を向けた。心細そうな視線を向けられた方は、大げさに肩を竦めてみせる。
    「まあ、せっかくのご厚意だ。体調も万全じゃないだろうし、ここは素直に甘えれば?」
    「わ、分かりました。不動院さん、あ、ありがとう、ございます」
    「礼なら、武蔵坂の方にだな。彼らが来なければ、多分死んでたぞ」
    「……礼を言います、武蔵坂の灼滅者。武人として感謝を」
     少しは落ち着いたのだろう。リンは一礼すると、チャイナドレスをなびかせて跳躍。彼方へと消えていく。
    「それで、あんたはどないする? 何なら、最後まで手伝ってくれても良いけどな」
     榛からの、羽虫退治の協力の打診に。同胞が無事に戦場から離脱するのを、見送ったアンブレイカブルは頬をかいた。
    「そうだな。まあ、そちらの言う事は正しかったようだし。知り合いを助けてもらった恩もある。借りはさっさと返すとしようか」
     眠たげな目が、鋭く変わり。
     現実世界へと現れた、シャドウ達を鷹の目で睨む。
    「ソウルボード内よりは、歯応えがありそうだ……リミッター・レベル1解除」
     途端に。
     小柄な少年の身体が膨れ上がり、大男へと変化を遂げる。
    「ギギ!?」
     ベヘリタス達は、異様な闘気を撒き散らす巨人へと向かうが。巨大な拳は無造作に、数匹の羽虫を粉々に粉砕してのける。
    「すげーっ!!」
     眠れる巨人の強さに、唯が驚きの声を上げた。
     既存の戦力だけでは、敵の全滅は難しいということだったが。これなら、もしかしたら……灼滅者達は、士気を上げて果敢に交戦する。
     矧のレッドストライクが決まり、ジグザグスラッシュが羽虫を一体ずつ確実に切り刻む。晴臣による尖烈のドグマスパイクが敵をねじ切る。
    「とはいえ、連戦は厳しいかなー」
     味方の消耗具合を鑑みて、真琴はメディックからディフェンダーに移った。自身にソーサルガーダーをかけて、防御を固めて前線に立つ。明日香はソウルボードと変わらず、雲耀剣を皮切りに怒涛の斬撃を繰り出す。
    「ギギギギ!」
    「気持ち悪い相手ではあるけれど、1体でも多く倒して被害を減らしてみせるんだから」
     明日等は主従揃ってどんなに傷付いても怯まず。ディフェンダーとして少しでも長く持ち堪える。倒せそうな個体から優先して撃破して、少しでも多く数を減らすことに尽力した。
    「――さあ、て。次だ」
     柩は導眠符でベヘリタスの一体を灼滅させる。もし、不動院と敵対した場合は、これで弱点をつき催眠を付与するつもりでもあったが。今回は出番がなさそうなのは、幸運というべきなのかもしれない。
    「ギギ! ギギギ!!」
     勿論、ベヘリタス達とて黙ってはいない。
     現実世界へと現れたシャドウの強さは、ソウルボードの比ではない。一個体当たりの強さは、灼滅者より劣るとは言ってもこの数である。不気味な羽音を立てては、灼滅者へと強酸性の液体を吐きつけ。防御が薄くなったところへと、鋭い牙を振るう。
    「ぎゃふん!!」
     ベヘリタスの達の砲火を受けて、唯は思わずよろけるが。すぐに立て直して、付きまとう羽虫を引き連れながら走り回り祭霊光を振りまく。全体のバランスを見てメディックに移動してからは、優先順位を決めて味方の治癒に徹した。不動院に対しても例外ではない。
    「ほいっ!!」
    「灼滅者から援護を受ける日がくるとは。世の中分からないものだな。いや、礼を言う」
     今回の戦いの一つの特徴としては、前半戦と後半戦でポジションを変えた者が多いということだ。それは、予め決めていたり、状況に合わせたりと目的は違うが。長丁場の戦いには、陣形の調整が重要となってくる。
    「ふう……交代をお願いできますか」
    「分かった。後ろに下がっとき」
     ディフェンダーだった矧が消耗したため、メディックだった榛が代わりに前に出る。ちょうど、ポジションを入れ替えた形だ。
     このようなマネジメントが、後々に効いてくる。
     今まで前線で無理をしてきた矧は回復行動を中心に。
     一戦目では味方の治癒に専念していた榛は、打って変わって回復は任せて壁となることを意識して攻撃に転じた。玄武金剛腕から繰り出させる一撃が、敵を殴りつけると同時に縛り付けた。
     港町の人気のない裏路地において。
     苛烈な激戦が繰り広げられ、双方ともに被害は増し。そして、終息へと向かう。
    「俺が盾になる……気性が少し荒くなるから気をつけてくれ」
     眠れる巨人が、更にその体躯を巨大化させて注意を引く。ベヘリタスの一体を掴むと、振りかぶって他の群体にぶつける。羽虫達は目立つ巨体に総攻撃をかけるが、強靭な肉体はビクともせず。
    「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
     強かに拳打の嵐が、シャドウ達を飲み込む。
     灼滅者達は、そこから弾かれる相手にトドメを刺していった。明日香の居合斬りの一閃が煌めき、また一体が灼滅される。柩は回復の手が足りない中でヒーリングライトを使いつつ、味方と呼吸を合わせて確実な攻めで敵を削る。
     ディフェンダー陣が敵の攻撃から皆を守り。明日等のリップルバスターが近くの敵をまとめて薙ぎ払い。真琴はセイクリッドクロスの光線で反撃し。榛の折り畳み式ブレードトンファーが凄まじい一撃を放つ。
     矧がメディックとして戦線を支え。
     唯も回復を施しながら、クルセイドスラッシュを決める。
    「ギ、ギギ……」
    「これで、ラストだ」
     最後の一匹となったボロボロのベヘリタスに。
     晴臣による抗雷撃の拳が決まった瞬間――勝敗は決した。羽虫は高く高く舞い上がり、二度と落ちてくることはなかった。
    「……終わったの?」
    「討ち漏らしは……」 
    「多分なし、だね」
     誰もがしばし動けずにいた。それでも、重傷を負った者もなし。あれほどのベヘリタスを相手に、充分過ぎる戦果だった。
    「お疲れさん……はあ、眠い」
     小柄な少年に戻り。悠々とその場を去ろうとする不動院・進に。皆の傷の具合を診ていた矧が気づき、感謝の意を表す。
    「申し遅れました、私は石弓・矧と申します。この度の助力、感謝致します」
    「こちらこそ。ところで、この騒ぎはまだ続きそう……なんて予感がするのだけど、石弓さんはどう思う?」
     答えを待たずに、大欠伸をしながら遠ざかる背中を。
     灼滅者達は、目を離さずただ見送った。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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