ちょっといろいろありまして

    作者:笠原獏

     とある、高級マンションの一室での事だった。
    「ご利用、ありがとうございましたぁ」
     後ろで手を組み、小首を傾げ、甘ったるい声でそう言ったナース姿の淫魔がいた。その淫魔が見つめているのは玄関で扉に手を掛けようとしている一人の男──羅刹。
    「礼を言うのはこちらだ、助かった」
     羅刹が振り返らぬまま言えば、足音無く数歩前に出た淫魔が白い指で羅刹の背中をなぞる。先刻まで触れていた、大きな背だ。
    「助かった、だけじゃなくて……──愉しかったですか?」
    「……」
    「私は、愉しかったですよぅ。あなたのあんな所とかー、こんな所とかー」
     淫魔の艶やかな唇が弧を描く。問いに対する羅刹からの返答は無かった。けれど分かっていたからだ。
    「ご満足、頂けたみたいで嬉しいです」
     また来てくださいね、と背伸びをしながら羅刹の耳元に口を寄せ、囁いた。触れていた指先から伝わってきた動揺に淫魔はくすりと笑う。
    「お友達にも宣伝してくれますか? そしたら……もっと頑張っちゃいますよぅ。マッサージ」
     
    ●仕方がない
    「正直に羨ましいのだけれど、条件がちょっとね……僕がひ弱なエクスブレインである事を初めて悔やんだよ」
     そう零した二階堂・桜(大学生エクスブレイン・dn0078)の表情は至極真面目なものだった。
    「という事で、僕はキミ達に全てを託そうと思うよ! ひとまずはキミ達で本気の戦いを繰り広げて、戦闘不能レベルの怪我を負っておくれ! 半数だけ!」
     代われるなら僕が代わるのに、とはエクスブレインの談だった。
     全く意味が分からないからとりあえず説明しろ、とは灼滅者の談だった。

    「道後温泉にいた、DOG六六六のいけないナース達が琵琶湖周辺に現れたのさ。それでマンションの一室をいわゆるいけないマッサージ店に改装して、安土城怪人と天海大僧正の小競り合いで負傷したダークネスを敵味方関わりなく癒やしてあげているらしいんだよね」
     なので是非灼滅したいものなのだが問題がひとつ。マッサージ店のいけないナースは非常に警戒心が強く、激戦の末に戦闘不能レベルの怪我を負った者以外が近付くとすぐさま逃げてしまうのだ。つまり。
    「裏を返せば大怪我をしていれば簡単に接触出来る、という事だね。それで先程のお願いという事さ。キミ達がふたつに分かれて『激戦』を行って、敗北した方を客として潜入させる──っていうね」
     ナースが『施術』を行っている所に乗り込めば逃げられる事は無い。残りの半数の役割はそれという事だ。
    「しかも、いけないナースは治療中のキミ達を守って戦おうとする。プロだねぇ。そしてその習性を利用しない訳にはいかないよねぇ。だから治療中のキミ達は頑張って守られようとしておくれ!」
     いけないナース自体の戦闘能力は高くはない。なのでどちらかというと激戦となるのは灼滅者同士の戦いだ。
    「生半可なやり合いじゃ騙せない、つまり入店出来ないからね、手加減無しの模擬戦ってところかな」
     ちょっと大変かもしれないけれど頑張ってね、と桜は言った。そして続けたのはこんな話。
     ──いけないナースが活動を再開したという事は、もっともいけないナースも琵琶湖付近に来ている可能性があるという事だ。
    「だからいけないナースを灼滅してゆけば、もっともいけないナースと接触するチャンスが生まれるかもしれない。それに、今でこそ無差別に施術をしているナース達だけどさ、これがどこかの組織に属してしまったらなかなか大きな脅威になってしまうかもしれないだろう? そうなる前に、よろしくね」
     笑みを保ったままそう言った桜が、しかし不意に何か思案するような表情を見せた。そして程なく。
    「あぁ、でもやっぱり優位に立つ方が個人的には好みだなぁ……うん、僅かに残っていた迷いが晴れた。僕はキミ達の帰還と報告を信じて待つ事に徹しようじゃないか!」
     かなりどうでも良い決意と共に灼滅者達を見送った。


    参加者
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)
    ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)
    志賀神・磯良(竜殿・d05091)
    鷹成・志緒梨(高校生サウンドソルジャー・d21896)
    黒絶・望(風花の名を持つ者の宿命・d25986)
    シグルス・グラム(獅子焔迅・d26945)
    百道浜・華夜(翼蛇・d32692)

    ■リプレイ

    ●それは本気の
     人目を避けるように選んだ深夜、少し離れた位置からでも分かる高級マンションにぽつぽつと灯る明かりが見える。それを背にした石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)は眼前の光景を一瞥し、思わず短い溜息を吐いた。
    (「……二階堂さんも酷な事を仰せられる」)
     相手の警戒心をかい潜る為の手段が仲間との殴り合いなのだから。無意識で零れた二度目の溜息が、足元を吹き抜けた秋の夜風に浚われた。
     その風の向かった先には騰蛇の見つめていた相手──四名の灼滅者。
    「終了条件を確認するよ! 両チーム合わせて四人の戦闘不能者が出た時点、いいね!」
    「いざ、尋常に勝負ですよ!」
     傍らに霊犬阿曇を従えた志賀神・磯良(竜殿・d05091)が言えば、その隣にいたミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)が至極楽しみといった様子で両手を掲げてぴょんと跳ねる。同じく高ぶる気持ちを隠せぬ様子でシグルス・グラム(獅子焔迅・d26945)が掌と拳を叩き合わせ、笑った。
    「うっし、どこまで戦えんのか試してみっか!」
     初めての依頼に対する緊張感、それを凌駕したのは普段なかなか出来ない戦いへの期待。いけないナースに対する僅かな罪悪感も今は身を潜めている。
    「さぁ、やるですよ望さん!」
     片手をライドキャリバーのエスアールに添え、片手をただ一人へと突きつけて、百道浜・華夜(翼蛇・d32692)は弾んだ声を響かせる。真っ直ぐな挑戦を受け取った黒絶・望(風花の名を持つ者の宿命・d25986)は訓練も兼ねて目隠しをしたままでも的確に華夜へと向いて、叫んだ。
    「今回は普通の場所での戦闘ですから腕がもげたりしないように気を付けないとですね。では華夜様、存分に害(あい)し合いましょうね!」
    (「……手心を加えるのはかえって失礼か」)
     こちら側にいる望のその様子に、騰蛇は改めて前を見据える。挑むのならば真剣に。先刻まで自分の斜め後ろで少し躊躇っていた今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)がいつの間にか前へと出ていたそれも、少女が『切り替えた』証だろう。
     開戦の時は近い。その中で一人、鷹成・志緒梨(高校生サウンドソルジャー・d21896)だけが引きつった笑みを浮かべていた。
    (「じ、自分で言い出した事ではあるんだけど……」)
     あはは、と漏れた声は掠れている。これは、伝えておくべきだろうか。
    「……お、お手柔らかにね?」
     すると、相手達だけでなく同陣営の灼滅者達もまた一斉に自分を、含みある表情で見た。集中する視線は志緒梨の中にプレッシャーを生む。けれど、これは自分が選んだ事だ。
    「それじゃあ──やろうか!!」
     互いの迷いを完全に振り切るように、声を響かせたのは誰だっただろうか。その瞬間戦場となったこの場所に吹いた風は夜風なのか、それとも。

    ●深夜の殴り合い
     ミルミが、磯良が、華夜が、シグルスが。一斉に地面を蹴って、そして──志緒梨へと駆けた。
    (「は、始まったぁ!」)
     引きつった笑顔の名残をそのままに、志緒梨はおぼつかない足元をどうにか整え迎撃の構えを取る。
     宿敵たる相手に、始めに接触するメンバーでありたい。その為に志緒梨が選び、そして願ったのがこの方法だった。
    「ディフェンダー? ふふ、その上から叩き潰すだけですよ!」
     志緒梨の視界に炎がちらついた直後に無邪気な声を聞いた。次に認識したのは楽しそうに動く狐尻尾と狐耳。豪快に、けれど的確に志緒梨の懐に飛び込んだミルミが容赦のない一撃を叩きつける。すぐさま、まるで本物の狐のように軽々と後方へ避けたそこへ、踊るように磯良が滑り込んだ。
    「こう見えて剣舞も得意なんだ」
     普段は鋼糸を使っている。けれど今日は一振りの刀を供にして一人ずつ、的確に。
    「回復はいらないよ、阿曇!」
     あちらへ、と霊犬へ示す動作は指先までもしなやかだ。声に応え、落ち着いた所作で前衛達の傍に駆ける阿曇は壁として。
     回復は使わない、それは灼滅者達の共通意識。純粋に削り、削られ、倒すか倒されるか。
     勿論、ただ一方的に攻撃をされ続けるだけではない。連続で重い二撃を喰らいバランスを崩した志緒梨のすぐ横を魔法弾が疾走し、磯良の肩を打ち抜いた。走る衝撃に表情を歪めた磯良が見たのはやや後方で、口付けた指輪から顔を上げ真っ直ぐにこちらを見据える紅葉の姿。ライブハウスで共闘する事もある少女の冷静な姿を別視点から見るというのは至極新鮮な事のような気がすると同時に、一切の手加減も許されないのだと改めて思う。
    「こちらが痛い目を見てしまうからね!」
     つい零れたその声色は、けれど明るい。
    「いきますよ華夜様!」
     声を上げた望の感情に呼応するように力強く伸びた影が刃の形を成した。華夜に向かったそれを受け止めようとするも押し負けた華夜は斬られた腕と、破れ落ちた防具の一部を目で追ってから望の方を見る。
    「……本気の模擬戦って言うのも悪くないです──ねっ!」
     腕の痛みを無視した華夜は弓を構え限界までそれを引く。強烈な威力を持つそれは彗星のように望へ放たれた。
    「ひぇえ、ぜ、全然追いつかない〜!?」
     攻撃も、状況把握も。おろおろと周囲を見回した志緒梨はそれでもミルミへと狙いを定め歌を紡ぐ。けれど催眠効果のあるそれはミルミの勢いを止めるには至らない。騰蛇は志緒梨の状態を気にしながらもこれまでの戦況を素早く整頓し華夜へと向いた。すぐさま音もなく駆けて背後へ回り込み、腰に携えた刃を一瞬にして抜いた所で華夜が勢い良く振り返る。実力差のほぼ無い二人の武器がぶつかり合った。
    「やっぱ皆強ぇな……けど、燃えてきたッ!」
     高揚する気持ちを表すようにロケットハンマーを振り上げたシグルスは軽々と駆け、志緒梨に肉薄する直前で踊るようにハンマーを振り回す。
    「ごめんな!」
     そして盛大なロケット噴射の勢いに乗せた強烈な一撃が志緒梨を襲う。まともに喰らった志緒梨は受け身を取ろうとした体勢のまま後方に吹っ飛び、地面に背中から落ちた。
    「あと一撃ですかね! いきますよ!」
     いつの間にか志緒梨のすぐ傍まで来ていたミルミが流れるように志緒梨を掴む。高みを目指す手合わせに手加減は無い。ほんの一瞬ミルミに顔を向けた志緒梨が小さく頷いて、ミルミもまた頷いた。
    「……」
     場外──というべきだろうか、そこまで投げ飛ばされ、倒れた状態で最後にひらりと手を揺らしてから動かなくなった志緒梨を見遣った紅葉は磯良の方を向く。
    「続きは後で、なの」
    「うん、後でね紅葉!」
     そして紅葉は被ダメージ量の多い華夜へ、磯良は騰蛇へと駆けた。毒を込めた漆黒の弾丸を己の内から形成した紅葉が撃ち出せば、遅れる訳にはいかないと望が続く。激しく渦巻く風の刃が生み出され、紅葉の弾丸に続き華夜を襲おうとした瞬間、射線上にエスアールがタイヤを唸らせながら割り込んだ。
     けれど弾丸は華夜を貫く。膝をついた華夜が倒れる寸前に笑んだ事を感じ取り、望もまた柔らかく微笑んだ。
     双方合わせて二名が倒れ、残るはあと六名。志緒梨への手助けが間に合わなかった事に対する悔しさを僅かに滲ませた騰蛇が背後に気配を感じ振り返れば、騰蛇の武器ごと断ち切らんとする重い一撃に襲われた。掴み所のない笑みを浮かべる磯良の後方から更にシグルスが踊り出て、エアシューズで軽やかに肉薄した直後、流星のように煌めく跳び蹴りを炸裂させる。
     希有な事象だ、と騰蛇は苦痛を感じるより先に思った。同じ陣営同士で刃を交わす事は、浮き彫りになるであろう自分達の長所と短所を把握する重要な機会として受け止めようと。
     互いの優劣や勝敗を競う魂は持ち合わせていない。だからただ、その後の事だけを考えながら地面に伏せた。
     あと一人だ。小声で騰蛇に謝った磯良は周囲をぐるりと見回した。狙うべきは確実性の高い相手だろう、けれど無意識で視線が向いたのは同じくこちらを見ていた紅葉。ただそれは一瞬の事で、すぐさま自身のすべき事へと意識を戻す。
     紅葉か、望か。さてどちらを狙ったものか──武器を握りしめながら思案するシグルスの脳裏にはもうひとつの考えが巡っていた。
     多分、次に狙われるとしたら、自分。確信に近いそれに背筋をぞくりとしたものが駆け抜けるも、すぐさま別の感情が生まれる。
    「……上等!」
     紅葉が指輪に口付けるのを認め、先刻も見た動作にシグルスは口の端を上げたまま身構える。そして放たれた魔法弾を受け止めたのは──シグルスの足下にいつの間にか回り込み、跳躍していた小柄な影だった。
    「! ありがとな、阿曇!」
     磯良の霊犬、阿曇。その動きを視界に認めた磯良はすぐさまミルミを呼んだ。
    「はい! 戦いは……何か勢いがあった方が勝つのですよ!」
     まるで玩具のようなロッドをくるくると回しながらミルミが嬉々とした様子で叫ぶ。相手側の前衛はもう崩れている。ならばと後衛の望を狙い武器ごと拳を振り上げて、殴りつけた所から魔力を流し込み爆破させた。それとほぼ同時、真横に回り込んでいた磯良が刃を構え大きく身を捻り、月の如き鋭い一閃を放つ。
     それが、決着だった。

    ●いらっしゃいませ
    「あら。あらあらー」
     その扉が開いた直後、鼻をくすぐったのは甘い香、耳を撫でたのはとろけるような声。
    「すごい怪我じゃないですかぁ。大変でしたねぇ」
     ひょこりと顔を出した淫魔は口元に手を添え幾度か瞬く。そして四人の怪我人を迎え入れるべく扉を更に大きく開けた。どうぞと促すそれにぺこりと頭を下げて、四人の『客』は室内へと入る。
    「何があったんですか?」
    「え、えっと……いろいろ……それよりも、いたた痛い痛い!」
    「あらごめんなさい! でももう大丈夫ですよぅ」
     大袈裟に痛がってみればナースの意識が治療に戻る。ベッドに横になるよう促された志緒梨はさりげなく上着を脱いで近くのソファにそれを置いた。ポケットに入っている携帯電話、通話状態になっているそれにナースが気付く様子は、無い。
    「皆さんもどうぞ横になってくださいね。ぜーんぶ、任せてくれればいいんです」
     無邪気さを残す笑みはそれでも艶やかだ。今は言われるがままに、怪我人達はその身を預ける事に──

    『ここですか? ここですねぇ』
    『ひゃんっ!? ちょ、そこ待って、くすぐった……あはははっ、そこもだってば! あ、そっち触っちゃダメ! 恥ずか』
     スピーカー状態にした携帯電話から響く志緒梨の声を、四人の灼滅者が何とも言えない表情で聞いていた。
    『すみません女性に触られる事は苦手で、ほんと、ちょっと、待っ』
    『私は男性に触るの好きですよ!』
    『待ってくださ──あの、そこは特に無』
     騰蛇とおぼしき男性の過剰な程の拒絶反応にもナースは動じない。聞いている灼滅者達の表情は変わらない。現在地であるマンションのエントランスは何とも言えない空気に包まれている。
    「……すごいですね」
     乙女として越えたくないラインを凌駕させられている。そわそわとした様子で呟いたミルミを見遣った紅葉が不思議そうに首を傾げた。
    「……磯良様、これはそんなにいい事なの?」
    「うーん、答えにくいね!」
     眉根を寄せた紅葉の問いを、磯良は笑って誤魔化す。聞こえてくる会話に耳を奪われ息を呑むシグルスの脳内では、自身が客側だったらどうなっていたのだろうかという想像が繰り広げられていた。
    「お、おれには憧れの人が……!」
     その人を思い浮かべ心を無にする事が、果たして出来ただろうか。そうこうしている間にも、初めてのマッサージに思わず漏れてしまった華夜の変な声や、誰よりも女子力の高い望の悲鳴が聞こえてくる。
    「……そろそろ行こうか」
     呟いたのは誰だっただろうか。時間的にも丁度良いのはさる事ながら、もうそろそろ、この空気が耐えがたい。

    「という訳でお邪魔します!!」
     ばん、と店の扉が開け放たれた。なかなか懐柔されない騰蛇へ、むしろそれが愉しいといった風にじわじわ迫っていたナースが驚き上半身を起こすと次々と部屋に乗り込む灼滅者達の姿。
    「こんな所に逃げても無駄ですよ、さあ続きをしましょう!」
     武器を構えた狐耳の少女が怪我人達へと詰め寄る。すぐさまその間に割り込んだナースが両手を広げ、声を上げた。
    「ここから先は通しませんよ! お客様、この人達をご存じなんですか?」
     先刻までのゆるりとした雰囲気から一転、怪我人達を身遣るナースの表情は真剣だ。頷き、来訪者が怪我の原因である事を告げればナースは迷い無く、ベッドの下に収納していたらしい殺人注射器を引っ張り出した。
    「お客様達は下がってください! 私が指一本触れさせません!」
     素晴らしいプロ根性だ。怪我人達が一瞬だけの目配せをして小さく頷くとほぼ同時に、奇襲班からの攻撃が飛んで来る。射線に立つも防ぎきれそうにないと感じたナースが自身のダメージを気にするより先に怪我人達を見た。
    「気を付けてくださいねっ! あっ、あなたは特にお怪我が酷いんです、無理をしては──」
     何せ目にまで包帯代わりの布を巻いているのだから。ナースの気遣いに対し、望は大仰に痛がる振りをしながらベッドから転がり落ち、そしてわざと被弾する。ナースの「お客様ぁ!」という声が響いた。
    (「死なない程度を巧みに狙ってる……!」)
     ナースの扇動的な格好が直視出来ず目を逸らしつつも望の捨て身の妨害に感服したシグルスは自身も攻撃へと加わる。望を抱き起こそうとベッドから降りた志緒梨の──演技か本心か──ふらついた身体をすかさずナースが支えた。俯き気味だった志緒梨の顔を覗き込もうとした直後。
    「……ゴメン! 本当にありがとう……貴女の事、絶対忘れないから!」
     それより先に顔を上げた志緒梨が言った。
     せめて、看護婦としてやり遂げた満足な気持ちで倒れて欲しいという本心からの言葉だった。
     こちらにも退けない事情があるように、彼女にも事情や信念があるのだろう。ナースが見せた微笑みに、騰蛇は眉根を寄せる。
    (「だからこそ、分かり合えない事が悔しくて遣りきれない」)
     怪我人達に気を取られたナースの背後に紅葉と磯良が立った。二人共武器を構えるも、何か言葉を探すようにそれ以上動かない。
     ──ダークネスなんて辞めてうちに来ないかい?
    「……なんて、難しい話かな」
     そう零す表情は物悲しい笑みだ。ごめんね、と告げると同時に一閃、ナースの身体がくずおれる。
    (「……やはり、心に隙の出来る戦い方は向いてないようです」)
     望を助け起こす事を手伝いながら、華夜は灼滅されゆくナースを見送った。静寂の戻った部屋の床に転がる注射器を拾い上げたミルミがベッドの上にそれを置く。
    「……ダークネスといえど、プロの誇りを持ってる方でした。でも」
     自分達にも貫くものがある。だから、ほだされる訳にはいかないのだ。
     これからも、何があったとしても。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
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