Restoration~片翼のヒュッケバイン

    作者:那珂川未来

    ●鴉の巣は非ず
     彼は大きな木の枝に寄り掛かって、ぼうっと空を見ていた。
     あれから何日が過ぎたのだろうか。いや、特に過ぎていない気もする。そもそも何故此処に居るのだろうか。空へかえった筈なのに――。
     殺された事実はわかっているが、細かいことは思い出せない。
     不意に傍へと降り立つ少女。彼は枝に寝転がったまま、視線だけを向けて。
    『誰?』
    『私は慈愛のコルネリウス。残留思念となって囚われているのですね?』
     ああ成程と彼は思った。残留思念というならば、時の曖昧さも記憶の迷子も合点がいく。しかし。
    『魂の残り香なんか集めてもどうしようもないでしょ?』
     興味ないと言わんばかりに、寝返り打って背を向けて。彼――片翼のヒュッケバインという通り名で呼ばれた男は……本気で寝てやった。
     残留思念など神聖な魂から比べれば価値もない。記憶の欠片など次第に消えうせてゆく残り香のようなもの。それは徒に弄ぶものではないはずなのだ。
     しばらくして、もう居ないもんだと思いつつ目覚めたら――目の前に在る可愛い顔を前に、
    『まだいたの?』
     思いっきり呆れて言ってやる。
    『はい』
     そーゆー貴方もよくぞダークネスの傍で寝たものですって顔で返す。
    『ひとの寝顔見てて楽しい?』
    『貴方が心残りを思い出すまでは』
    『君、余計なお世話というかいいことしてると勘違いする粘着体質で、相手をキレさせるタイプだよね』
     いい機会だから、怒りを誘って思念を消し飛ばしてもらえばいいじゃないかと思い付いた彼は、たっぷり五分掛けて痛烈な皮肉を飛ばしてやったのだが、キレる気配ゼロ。
    (『大体誰に殺されたのかも思い出せないのに、何を思い残しているかわかるはずもないじゃないか、ああもう相手するのも面倒』)
     なんて思っていた矢先、
    『私は傷つき嘆く者を見捨てたりはしません。貴方の心残りに慈愛を――』
     言い切る前に、彼の脳裏に過る、闇堕ち前に神に慈悲を乞うても叶えられず絶望し、腐りゆく妹の死体に恐怖し、罪咎を叫んだ瞬間。凍りつかんほどの眼差しで睨みつけながら、左腕から羽根の形をした刃を生みだし。
    『……ああ、望みならある。叶えてもらおうか』
     相手の感情など全くお構いなしに。その言葉を聞けたことが、コルネリウスにとっての目的であったから。
    『プレスター・ジョン。この哀れな鴉を――』
    『消えろ』
     その言葉が重なるのは同時。本物と寸分変わらない力を持つ刃がコルネリウスの幻影を切り裂き、そして残ったのは。
    『……与えるだけ与えて、元より消える存在だったなんてさ』
     自分の馬鹿さ加減に零れる自嘲。たぶん本物なら、現状見誤らないだろう。逆にくだらない人間の過去を思い出しキレるなんて――ラーベ・ブルーメは、いかに自分が紛い物かを痛感して。
    『……ああけど、おかげで思い出した……僕を灼滅したのは灼滅者だ……』
     それは丁度一年前。九月末日の出来事。
     
    ●鴉と鷲
     慈愛のコルネリウスが、残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしている。仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)から手渡された資料に記された名は、ラーベ・ブルーメ。
    「もう大体分かるよね。力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすという事は無いけれど、このまま放置する事はできないから。だからこの残留思念を灼滅してあげて欲しい」
     してあげて。その言葉に、少し違和感を持った人もいるかもしれない。
    「ラーベは、もともと魂というものに関して独特の考えを持っている奴だったからね。フレスベルクの様な存在になりたかった……つまり彷徨う魂を天へと運ぶ、そんな存在に憧れていたから。ようは死神みたいなものにね……」
     だから、残留思念といえど自分が其処に在るなんていう状態ははっきり言って好ましいものじゃないのである。
    「行ったらね、既にラーベがコルネリウスをぶった切った……というか力与えて消えゆく速度を早めちゃったものだから、コルネリウスの残留思念はもうないよ。灼滅されて、わりとその死を割りきっているみたいだから恨んでいる様には見えない。あと凍らせていた感情が少し溶けだしているからか、本物のラーベよりは話しやすくなっているかもしれない。まあ情報を引き出すとかそんな事は出来ないけど、単純にちょっとくらいの会話に付き合ってくれるかもね。あと、知っている顔があれば、その人のことを思い出すかもしれない。けど、灼滅者に殺された事実はわかっているし、誰が行ってもやることは変わらないよ」
     ともあれ、なんか面倒だしシャドウのことなんてどうでもいいけど、今度も殺せるものなら殺してみたら? ということらしい。というか、これは灼滅者にしかできないと思っているから、ある意味向こうなりに敬意はしめしている……と思われる。自分を殺した事実、負けたものとしての。
    「ラーベの本当の心残りは、ヒュッケバインではなく、フレスベルクになることだった。けれどそれだけは俺達が叶えてあげられない」
     なれるならなりたい、そう彼は思っているだろう。例え一度でも。そう思っているから油断は禁物。四百番台の六六六人衆だったのだから。
     けど実際は無理だという事もわかっているだろう。想像してもせいぜいできるのは殺すだけ、それは六六六人衆の時から変わらない事。
    「能力は前と変わらない。ただ、残留思念だからか、多少は戦術が拙くなっているかも……ね」
     それは対峙した人間にとっては虚しいことかもしれない。
     けれど、彼は本物ではないから。
    「慈愛のコルネリウスの考えはわからない。けれど、少なくとも、残留思念に力を与えて城に送り込むというのは、戦力強化的な意味合いが強いはずだから」
     彷徨う鴉に、帰る場所はないけれど。
     国という籠の中に掴まる前に、灼滅を。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    茅薙・優衣(宵闇の鬼姫・d01930)
    錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)
    諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)

    ■リプレイ

    ●籠
     山吹の装いに着替えている枝葉の向こうにある夕暮れに、過る黒い影を視線に捉えたなら。
    「ラーベ・ブルーメ、か」
     何とも懐かしい名前、やね――と、諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)はぽつりとその名を呟いた。
     唇を結び、ただ前を見据えその道を進む槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)の胸の内には、並々ならぬ守ることへの決意が熱く燃やしていると感じられた。その、灰色の髪に鈍く輝く焼け焦げたクリップは決意の証でもある。
     少なからず因縁がある二人の持つ雰囲気を間近に触れたなら。茅薙・優衣(宵闇の鬼姫・d01930)が強い相手だと感じるには十分。
     阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)も、隣にいる柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)の揚々とした表情の奥にある、複雑な感情を察し。
    (「不思議な縁で戦うことになったからは、頑張ってまいりましょう!」)
    (「皆さんの力が十分発揮できるように、私も頑張らないと……!」)
     優衣と桜花、決意を現わすように人知れずぐっと拳を作った筈なのに。
     なんとなーく女の勘で、互いの仕草見比べたなら。息があった気がして、二人顔を見合わせてひっそり笑う。
     燃える稜線に溶ける様に、カラスの群れが飛んでいく姿を錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)は見つけて。
    「凶鳥か、死へと誘う者か……」
     無意識に氷霧の唇が辿る言葉。何かを殺すという行いは同じであれど、その意味合いは変わる。
     ちらと目に止まる、伊織の蒼い瞳の鋭さの先は言わずもがな。光陰を思わせるような二人の間に、余計な言葉など要らない。結局は詮無きことなのだと思うものの、ただ彼のけじめに今は影の如く付き添い、支えになればと。
     そして枝の上、佇む彼は。
    『来たね、灼滅者』
     ゆっくりと無表情の面を向けながら言った。初めて対峙した時と同じ言葉だった。

    ●刻
    「えらい不思議なご縁やねぇ……」
     あの国に見送る縁の多き事も、影を狩るものとしての宿命なのか。それとも現に絡まった未練そのものを解くのが天命なのか。千布里・采(夜藍空・d00110)は独りごちると、風になびく漆黒の向こうにある、アイスブルーの瞳を見上げて。
    「よぉ、久し振りだな」
     康也は一つ呼吸をしたのち、不敵な顔付きで言った。いつもの皮肉も冷たいあしらいも受けて立つ構えで。
    『うん、久し振りだね、コウヤ』
     けれど真顔で返ってきた言葉があんまりにも普通すぎて、いささか調子狂いそうになったものの、隙を見せたら後ろを容赦なく取ってくるような相手。
    「サリュ、初めまして。復活した気分はどうだい?」
     月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)は油断なく、けれど礼を省かずそう尋ねたなら。
    『最悪』
     真顔で端的に述べるラーベ。
    「そんなところ不躾だけど姫に会ったか。あの子と何か話した?」
    『僕にあのシャドウへの興味はないよ。でも、君が興味を示すのは、浅からぬ因縁がある――潰さずに待っていればよかったね。後の祭りだけど』
     サポートで訪れたアリスの、コルネリウスを探す姿を目に止めながら言う。
     そんな、コルネリウスの優しさを信じたいアリスを複雑そうに見つめるミルフィ。あの理想王に、いずれ何かしらの行動を行わせる腹積もりであると予感しているから、余計に。
    『ずっと追ってるの?』
    「まあ、絶賛片思い中ってところでね」
     肩をすくめてみせる千尋。
    『そう。君の思い、叶うといいね』
     先のあるものへの羨望と、純粋な応援を語気に含ませていた。
    「ったく、コルネリウスもまた余計な事してくれてんなあ……そう思わね?」
    『まったくね。眠れる存在なら、生者も死者も関係ないあたり節操無い』
     高明は、まるで珈琲片手に駄弁るくらい気さくさで。ラーベも自分を殺した相手らに対する敬意だけで気を許しているのか、随分饒舌。
    「皮肉だねえ、魂の運搬係志望が残留思念で置いてけぼり喰らうとはよ」
    『タカアキがいつか死ぬ時、本人迎えに行くはずだから言ってやってくれる? 天然ボケにも程があるって』
    「なんで死ぬときまでお前さんなんだよ勘弁してくれ」
     こちとら宗教違いだ他を当たれと軽口叩きつつ、
    「不幸を呼ぶ鴉も、それが自分に降りかかるとは思わなかったってか?」
    『……どうかな。話の中のヒュッケバインは、悪意こそが喜びだった。けれど最期は無様に朽ちた』
     自ら仕掛けた悪意に首を吊るなんていう、そんな仕草をして。名の通りの末路だと自らを嘲笑する様に。
    『で。単に皮肉を言いに来たわけじゃないでしょ?』
    「ああ、そうや」
     伊織は時を遡る様に彼を見上げ、前回相対した時の悔しさ、己の無力感、それを噛みしめているかのようにゆったりと答えた。
     けれどそれはあくまで過去の事。心の片隅に残る後悔に、ただケリを付ける為。其処にあるのは、単なる残留思念であると理解し、乗り越える情は今、一切必要ないと。
    『そうしてくれると助かる。但し狐、それができるなら、ね。不本意ではあっても、精一杯前向きに考えれば本人ができなかったことを代わりに叶えられるかもしれないから』
    「あんたが運ぶ魂はあらへんよ」
     影より鬼火の様に糸引く光を立ち上らせ、現れる深宵。伊織へ寄りつく様にゆらりと。
    「あんたを倒して、借りを返して。んですっぱりあんたは単なる過去として忘れて御終い」
     いいね、とラーベの口元が上がった。冷たい殺意だった。それは嫌いというよりは、違うベクトルの。その感性は、本物の自分と近しいと感じたのか。
     そんな殺意を敏感に察知した桜花は、
    「はっきり言って六六六人衆は気に入りませんわ。でも戦いの相手なら、幾らでもして差し上げますわ!」
     高らかに言ってやったあと、ビシーッと指差し構えを取ったなら。
    「高明さんに手出しはさせませんわよ!」
     ぽろっと名指しで言っちゃううっかり桜花と、
    『……ふーん。へー、そうなんだ』
     すっごい含んだ言いっぷりの下世話な鴉と。
     桜花ちゃーんっ!? て顔で、狙われるのを阻止するため否定するべきか、いや前回重傷負いましたからって弁解するかぐるぐるしてる誰かさんを横目に、ラーベは左腕に13枚の羽根を広げた。
    『ま、せいぜい守ってあげれば? じゃ、始めようか』
     先手を取ったのは当然の様に。氷山の様な刃が、地面から突き上がってゆく。
     容赦ない攻撃を払うべく、優衣はその手に断罪の環を。
    「縁はありませんが、亡霊となったあなたをしかるべき場にご案内いたしますね」
     優衣が鬼神に祈る様に、猛々しく断罪輪を後衛へと舞わせたなら。
    「ほな、いきましょか」
     霊犬と瞬間的な視線のやり取りで全てを掴みあいながら。駆ける四足と並ぶように、采の足元から、その片翼に喰らいつかんと現に踊り上がる獣の爪――。

    ●翼
     紅葉と混じり合う氷華の中、落ちてゆく鮮血の始末をレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)やサポートに任せ、千尋の爪先は空を掴んで翻る。
    「フレズベルクになりたい鴉、ねぇ……とても共感できる願いではあるけど」
     ただ、ハートのお姫様の思惑通りに事を進ませるわけにはいかないから。振るう二度目の螺穿槍から、その力を更に引き上げる様にして。伊織から癒しの矢を受け取るなり、豪快にクロスグレイブを振るう桜花が続く。
     空を貫いた音に混じって、かさりと舞う木の葉。その着地点へと滑りこむのは康也だ。低い姿勢で振り落とす、Uneinnehmbarkeitから立ち上る橙の輝き。ラーベの側面を狙ってゆく。
     もう、あんな思いはごめんだ。置いてく方にも、置いていかれる方にも、なりたくない。
     どちらとも言える状況をいっぺんに味わった康也だから。気魄混じりのその狙いは、レキから貰った癒しの矢で、更に速度を上げて。
    『相変わらず獣っぽいね、コウヤ』
     次なるレイザーストラトは容易くかわすラーベ。もう一度堕ちてみたら? そんな事を口走りながら羽根を突き刺そうとしてくる、よく知っている口の悪い鴉をしかと見据え。
    「寝言は寝て言え、クソ鴉」
    「亡霊さんの誘いなんて、願い下げですよ」
     伊織はきりりと弦を引き、逆に言ってやりながら。思うようにはさせへんよと、桜花へ白光たなびく矢を放つ。優衣が再び放つ光の文様の輝きは、今度は前衛へと加護を振り分ける様に。
    『灼滅するためには、犠牲だって躊躇わないんじゃなかったっけ?』
     一人差し出せば容易いよと言わんばかりの、容赦ない悪意の塊。嫌悪と罪があるのなら、唇を噛んだものが何人いただろうか。
    「今更貴方に、人を罵れましょうか。魂を運びたかった者が迷うなんて、本末転倒じゃないですか」
     人の痛いところを淡々とついてくる。そんな悪意を洗う程、激流の如き鋭さで氷霧はその前に立ちふさがったなら。風の上を滑る様に身を翻しながら、左手の刃で首をかっさらわんとしてくるラーベ。甲高い音と共に、刃は茂る音が木霊して。
    「道を示すなんてできません。勝手に、ご自分で、向かいなさい」
     たぶん、次も同じことができるかといえば否としかいえない、ぎりぎりの間合いで。形見の絶姫が凶鳥の力を相殺したその勢いのまま、冴え渡る鋭さを放って。
     広めに間合いを取るラーベが唇を淡く緩めた。
     ついと指先を伝う血を振り払うと、
    『そう。なら、君の大事な狐(伊織のこと)も、ついでだから勝手に連れて行こうか?』
     けれどラーベはもう、己が悪意によって首括ると知っているのに。それでも吐き出すのは、それがヒュッケバインであるからだと、言わんばかり。
     嘲るように、伊織へと飛んでゆく凍てつく刃。
    「守りますよ。それが今俺にできる、最良ですから」
     氷霧の気魄にその攻撃を譲って――いや、むしろここで飛び込むのは無粋だと。康也は目の前の彼を信じている伊織の、超然とした微笑を見るだけで、自身が兄と慕う男との絆のように言いようもない特別の中の一人であると、漠然とながらも感じ取る。
     だから今、繰り出すのは牙。
     康也の足元から群れをなす狼たち。そこに舞い踊る鬼神の娘。黒髪たなびかせながら。
    「レキさん!」
    「はいっ!」
     要請合図を目にしたレキが放つ癒しの矢。優衣はそれを掬う様にして手を掲げたなら、カミの力そのものである風を纏って――。
    「縛れ! 縛霊撃っ」
     犬神と戯れるが如く振り落ちた、優衣の朱鎧鬼面拵縛霊手。旋風巻き起こる世界に、山吹踊る。
     西日に照らされる木々の、檻の様に並ぶ影間を渡りながら隙を狙う采は、くふり笑って。
    「縁ある人連れてゆく、そなことせんでもアンタさんには幸い待っとる人がおりますやろ」
     あの洋紅色の人さえ忘れはりましたかと、飛び立つ翼が喰らいつく様に。
     采の放つ影にぱっと羽根が散り、更に鮮血が糸を引く。
     その紅の音を奏でたのは、千尋の緋の五線譜のうねり。
    「身軽さでは負けないさ!」
    「乙女たちが華麗にぶっ飛ばして差し上げますのよ!」
     激しい戦闘の中、千尋は風の様にしたたかに戦場を舞いながら。桜花は豪快なお嬢様の体でそのおみ足跳ねあげて。
    『さっきから鬱陶しいよ、君たち』
     さすがのラーベも、灼滅者側の命中率が上がってきたことを軽視できなくなり、シャウトせざるえない。苛む枷の一部を払いのけ、次なるはせり上がる氷の刃。
     千尋は柔らかなバックフリップでかわすなり地を蹴って。目の前の凶鳥を突き抜けんばかりに、その矛先を真一文字に押しんだ。
     けれど手応えは空。
     代わり、ひらり舞う凶鳥の羽根が、淡々と喉元を狙う勢いで迫るものの、大木の幹の上を跳ね跳びながら喰らいついてゆくガゼルのボディが、その鋭い先端からの一撃を。
     凶鳥の羽根を広げ即座に間合い取るラーベへと、采の残影冴え渡り、茜の空に一筋の瞬きを引いたなら。即座繰り出す千尋の火炎の爪先が鋭月描いて、ラーベの肩から炎噴き上がった。
    「良い攻撃ですわね、千尋さん♪」
     その間、見逃すことなく。私もがんばりますわよと言わんばかりに、桜花がクロスグレイブを振り上げしたたかに狙って。
     轟き、山肌に反響して。癒しの矢で先見の力をフル稼働したその轟音は、ラーベの右手を粉砕する。
     しかし、眉一つ動かさず。もともと片翼である自分に必要ない部位とでも言いたげに。軽やかに風を切り、その羽根の弾丸に氷を纏わせた。
     霊犬と駆ける采が、その跳躍に合わせて影を呼ぶ。その身に踊る、翼に運んでもらう様に。
    「アンタさんが此処に残ったのも、魂運ぶだけの未練やなかったと違います?」
    『……何処をどう解釈したら、そうなったんだか……』
     くふりと。
     何か曖昧に。しかし意味深に。采の唇が彩を刻んだなら。揺らぐアイスブルーの瞳は何を感じたのか――それを読む間も与えない刹那。すれ違いざま互いの羽根をぶつけ合って。
    「ほんでもここに集まりはった人には、もっぺんあんたさんに会って言いたかった人やから……」
     地に着くなり、背中合わせのまま。背後の敵へと刃を繰り出す動作も寸分違いなく。
     ――あんたさんも、言いたいことあったんやと違います?
    『五月蝿いよ』
     断罪輪と刃の羽根が甲高い音上げるなり、ひらり散るのは赤い一片。
     ガゼルが機銃を操作しながら駆け抜ける中、刹那、下から滑る様に迫るのは高明。懐を捉えるなり、ホルターからガンナイフを抜く。
     ラーベがくらりと揺れたのは、影に埋められたトラウマの所為か。しかし噴き上がる凍気纏う刃が定める方向に揺らぎなく。
     迫る鴉を間近に。高明の頭の中、ちらちらと見えたものを組み立てれば、僅かな憐み。喪ってしまった誰かへの狂気的な何かが混じり合った結果なのだと推測する。
     そして、攻撃の狙いがその時その時に流されてしまうような、残留思念であるが故の拙さに、高明は何処か悔しく感じ。もしかしたら親しみまで抱いていたのかもしれない――けれど。
    「……どう考えたってお前さんの事は嫌いだわ」
    『そうだろうね。君達は徒に人を殺す僕達が嫌いなんだろうから。けれど僕が嫌いなのは、魂を冒涜する奴だけ。誰が何処で人を殺そうが、守ろうが、知ったことじゃない。興味の対象は別として、ね』
     先ほど射出された羽根が、高明の肩を貫いているが。そのガンナイフの先端も腹の肉を一部削ぎ、更にエンチャントを崩している。ダメージの重なりなのだろう、ラーベが大きく肩を揺らす姿は演技ではない。
    『その肉を引き裂いて、魂を喰らって空に返す――まだ試したことのない灼滅者の魂を喰えば、そうすれば僕も大鷲になれるかもしれない。神話のように、世界がラグナロクを迎える前に戦士の残留思念を集めるだなんて、ワルキューレの真似事しているこんな状況……魂を冒涜するのを誰が止めるというの?』
    「お伽噺に今は興味ないんだ。すまないけど、キミには再度消えてもらうよ。そしてその役割は――キミと同じさ。ボクだってこんなこと許せない」
     千尋は鴉が見る夢に共感示しながら、爪先に火炎奔らせ。
    『じゃあ君が、僕の消えた片翼をくれるのかい?』
    「悪いけど、先約がいるんだ」
    『そう。つまんない』
     燕の様に翻る黒死斬が狙ったのは、桜花。せき止めるのは、康也の腕。
     相変わらず、庇うなんてこと好き好んでする神経がわからないという顔へと。
    「お前と戦って、色々あって、わかったこともいっぱいある。教えて貰った、って言ってもいいのかもしんねー」
     人間であるからこそ、の。人と人とのつながりや、守る意味。一言じゃ表せないものばかりが、康也の頭の中に溢れている。
    「……だけど、誰の終わるところも、お前には見せてやらねぇ!」
     お前はそれを見て、堕ちたじゃねーのか。同じ苦しみや嘆きを量産する意味わかんねーと言わんばかりに。
    「俺は強くなる、絶対、お前を超えてく! ……だから、ぶっ飛べッ!」
    『く! 五月蝿いよ!』
     渾身の力を込めて、康也がシールドをふるったなら。ラーベは完全に圧された。その体勢を整える様に、噛み砕かんとせり上がる氷を解き放つけれど、その糸を断つかのように氷霧は絶姫を手に。
    「伊織さんっ……!」
     咄嗟レキが顔を上げた。どうぞ攻撃をと促す、アリス、ミルフィらに背中を押され。
     単純な宿敵というものではない何かを、その人なりにけじめをつけてもらいたい。その思いは彼女等とて同じ気持ちであるから。
     ――おおきに。視線と、いつもの飄々とした表情で礼を返し。
     風が吹く。
     羽ばたく鴉の羽根を受け止めたのは、浅葱に流れる桃の花。流れうねる景色に、反する季語となるものは、鮮烈に咲くは彼岸花。氷霧の猛々しい斬撃に並走するように、深宵の影が駆けたなら。
     たぶん初めて、間近に見るその顔へと。
     きっと本物と違いない、金属の骨格を貫く感触へと。
    「彷徨わず逝きなはれ、クソ鴉……」
     伊織は今生の別れを告げた。

    ●空
     きらきらと粒になって、もう言葉を発するのも難しい状態だというのに。
    『手間かけたね……おかげで、つまんないことさせられなくて済みそう……』
     言いながらラーベは、惰眠を貪る的意味合いで心おきなく眠れるよと欠伸。小憎たらしいこと言うのは平常運転だが。
    『ありがと、灼滅者……。じゃ、僕の代わりに魂の冒涜止めといて……』
     けれど最期にぎこちなくも笑ったのは、掛け値なしに感謝の意味。
     飛び立つように消えゆく姿を見上げながら。
    「どうか、無事にしかるべき場に戻れることを」
     一時の縁であったけれど。優衣はそっと祈りを送った。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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