厨二病支援計画

■リプレイ

●闇討ツ業火ハ始マリノ刻ヲ告ゲル
「な、何者だ……ぐわーっ！？」
「ここは通さ……ぎゃーっ！？」
　突如、教室の前後の扉が同時に弾け飛ぶ！
　教室の床に後頭部から着地した、迷彩服にガスマスクの男たちの無様な姿を見て、王者の如く教卓に腰掛けていた『堕悪』は興味深そうに口元を歪めてみせた。
「貴様ら、何者だ……」
　その問いかけに応えるように、いまだ収まらぬ前後の煙の中からは四つずつの影。そのうちの一つがころころと後扉の煙から転がり出て、ロッカーの真ん前に陣取った。
「オレの名は……」
　転がり出た少女――白峰・歌音（嶺鳳のカノン・d34072）が名乗りかけたところで彼女の隣で、黒い縁取りの朱色のビキニに同じ色の大袖と草刷りを装備した和風ビキニ甲冑の女がポーズを決める。
「凪世の守り手、『月天の真姫（しんき）』見参！　堕悪、あなたの悪運もここまでよ！」
　さらに前扉の煙の中から歩み出たるは、純白の修道服に身を包んだ聖天使☆の御姿！
「堕悪。貴方の悪事、この神の使いが止めて見せます……！」
　その上天使に引き続き、黒の装束プラス体に巻いた包帯と十字架や髑髏のアクセサリー付きシルバーチェーンで封印されしモノ感を醸し出す男まで現れた。
「フハハハハ……あの堕悪がこの程度の小悪を為して満足するとは、堕ちたものだ。異界にて数多の悪を滅ぼし『漆黒の断罪者』と呼ばれしこの俺が引導を渡してやろう！」
　いろんな意味でアルティメット。そんな彼が天に漆黒の十字架を掲げ……ようとして天井にぶつけたと同時に、真姫の衣装まで呼応してロリータ成分やら謎のリボンやら満載の属性過多に変化する！　宙を駆けるように跳躍する真姫。振るった刃から裁きの光が降り注ぎ、後方ではゴテゴテとパーツをつけられた一輪バイクの機銃が大地を裂く咆哮を上げる！
　なお正体はそれぞれ、月天の真姫が小沢・真理（ソウルボードガール・d11301）、純白の聖天使が朝山・千巻（懺悔リコリス・d00396）、漆黒の断罪者が夢幻・天魔（千の設定を持つ男・d27392）である。皆のかなりアレな自己紹介に、歌音、ただ今絶賛困惑中。
「え？　え？　何なんだ？？？」
　どうやら小三の彼女には、少々刺激が強すぎたらしい。ついでに堕悪にも刺激が強かったらしく、何だか体がゆらゆら左右に揺れている。だがまだ序の口だ。
「フ、フン……どうやらこの時代にも、存外手応えのありそうな奴らがいたものだ……」
　堕悪、負けじと尊大さをアピール。だが刹那、室内に無数の氷の刃が降り注いだ！　慌てて飛び退る堕悪！
「ほう……拙者の氷を避けたでござるか」
　前扉の煙からもう一人。セーラー服にマントに日本刀という場違いな格好で現れた霧島・サーニャ（北天のラースタチカ・d14915）は眼鏡のブリッジを指先で抑えつつ、計算通りを装って攻撃失敗を誤魔化した。
「もっとも、今のはほんの小手調べ。……おっと申し遅れた。拙者こそは『永劫の氷を操る者』……拙者の氷で、お主を炎ごと凍てつかせてみせようぞ！　ふはははは！」
「小癪な蝿め。貴様如きに『永劫』の何が判る？」
　厨二病は卒業したと言う割に、随分さらっとそれっぽい台詞を返す堕悪。彼はその勢いに酔ったまま、『黒の禁呪』を灼滅者らへと放つ！　……が！
「……何ッ！？」
　膨れ上がったはずの炎の爆発は、炎の双剣に吸収されて消えた。右手に赤の、左手の黒の短剣を構えた神酒嶋・奈暗（快楽主義者・d29116）は、傷のある、閉ざした左目を堕悪に見せつけ、にやりと嗤う。
「ヒャハハハッ！　オレの『封印されし古の瞳』には……お前の技などお見通しだぜ」
　あっ堕悪がちょっと凹んだ。だが彼には、嘆く暇など残されてはいない。何故なら爆炎の残滓が消滅した直後……不破・九朗（ムーンチャイルド・d31314）の魔法陣の光が輝くからだ！
「Set……tres、duo、unus――炎の魔術師、不破・九朗……お相手願うよ――Iace！」
「効かぬわ！」
　痩せ我慢する堕悪！　だが彼の泳ぐ瞳を見れば、どうやらかなり状況についていけてない様子が見て取れる。まあ人質の生徒の方が、もっと何もかも判らず戸惑ってるんだけど。
「どうなってんだよこれ……」
「最初の奴らも意味不明だけど、今度のは一体どういう人なの……？」
　目の前の超常バトルについていけない生徒たちのひそひそ話が偶然耳に入り、栗元・良顕（紙を切らしてる・d21094）はどう説明しようか悩んだ挙句、とりあえず「通りすがりの人です……」なる説明で押し通してみる事にした。押し通った。もしかしたら生徒たちにはもう、最早ツッコミを入れる気力が残ってなかったのかもしれない。

●清浄ナル聖天使ハ堕天ノ罪ヲ赦ス
　そしてツッコミを諦めたのは、歌音もやはり同様だった。
「えーっと……いいや、もう。とにかく、お前をぶっ飛ばしてやるぜー！」
　他の仲間たちに引けを取らぬ名乗りを上げるのは諦め、教室を縦断する大跳躍から堕悪をキック！　弾き飛ばされた堕悪が黒板に背中を打ちつけたのを確認し、歌音は何故だか遣り遂げた女の表情を浮かべた。
　無論、事態は何も進展してない。
「くっ……この俺の『計画』を邪魔しようと言うのか……」
　堕悪はゆっくりと身を起こしながら、意味深な単語を呟いた。その『邪眼』から放たれる『秘法』は、無感動に呪文の詠唱を続ける九朗の胸に穴を穿つ！　……と思ったのだが。
「Clypeus magicus」
　一足早く完成した九朗の呪文が、力場の盾を光らせた。ちなみに九朗がラテン語で呪文を詠唱するのは、決して何か拗らせたからでも何でもなく、それが普通に彼の術式だからである。テロリストが学校を襲撃するならともかく占拠する事に何の意味があるのか真面目に疑問に思うほどに、九朗は厨二病とは無縁なのだ……堕悪はそんな事、想像だにしていない様子ではあるが。
　ともあれ堕悪の秘法の半ばは、九朗の盾に防がれる。そればかりか盾を貫いて傷を生んだ分も、全てを『赦す』天使の歌が、その罪業を煉獄の果てにまで押し流す！
「貴方も知っているはずです……神が、何をお想いになってこの私を創ったか」
　千巻、ちょー頑張ってる。ちょーノリノリで黒歴史生産中。
　ノリの力で自爆精神ダメージを克服した千巻に対し、彼女の肥大しまくった自意識を正面から受け止めた堕悪は完全に足元がふらついている。
「戯言を……」
　堕悪のその言葉は、その発言は後からクるのでジョークって事にしといた方がいいぞという思いやりでもある。
　だが灼滅者たちは自重しなかった。
「『†闇の黙示録†』よ……戯言はどちらだと思う？　ほう……やはりか。気が合うな」
　どうやら天魔のクロスグレイブは、何か超絶危険な魔物を封印してある設定らしい。その魔物と『会話』した後、彼は十字架を堕悪へと向ける。
「決まったようだなぁ断罪者！　ヒャハハハッ、文句があるなら倒してやるぜ堕悪……この『地獄の双剣使い（ヘル・ピストレーゼ）』様がなぁ！」
　奈暗……もとい地獄の双剣使いの炎が燃え上がる！　同時にサーニャの刀が聖歌を奏で、十字架より氷を招来す！
「ヒャハハハハハッ！」
「ふははははははは……げほっげほっ！」
　地獄の炎と天上の氷、相反する力が螺旋を描いた……思わず堕悪が真顔になるほどの高笑いと共に。
　堕悪も苦労してるんだな……と、良顕は哀れんだ。いや正確には彼自身にも、それが哀れみであるという自覚はなかったが。けれど、まるで冬場のように厚着していても彼の心を冷やす感覚は、きっとそれが哀れみだからに違いなかった。まあどうせ攻撃するのは同じだけどね。
　ぷち、と何かが切れる音がした。
「おのれ貴様ら……揃って俺を馬鹿にしやがってー！！！」

●二ツノ果実ハ揺蕩イテ原罪ヲ誘ウ
「きゃあああ！？！？」
　真理の悲鳴が、校舎じゅうに響き渡った。堕悪は指の間に引っかかった布を、何やら呆然と見つめている。
「ち、違うのだ……これは……」
　黒縁の朱色の二つの丸みは、紛う事なき月天の真姫の衣装の一部。人質の男子生徒たちの視線を見れば、それらは真理の胸元へと注がれている。
「し……真姫の誇りが敗れるなんて……くっ、殺せ！」
　まさか、堕悪が闇雲に振り回した腕のせいで胸当て（＝ブラ）が外れようなど。真姫は両手で胸元を押さえつつ、憎悪の目で堕悪を貫いた。
「お、おい……そんなに大事な衣装だったのか……？」
　心配して声をかけた歌音へと、真理は後生だから放っといてくれとアイコンタクトする。このタイミングで素に戻ってしまうと、彼女は……多分……悶死する。
「？　よく判らんけどあんまし我慢すんじゃねーぜ？」
　無邪気ゆえのとどめの一撃を真理へと放つと、歌音は堕悪から真理のブラを取り戻そうと跳びかかった。本当は誰かが歌音を止めてやった方がいいのかもしれないけれど、唯一それができそうな千巻も多分、演技を止めた瞬間に恥ずか死ぬ。だから……。
「堕悪。貴方の原罪を捨て、神の御許へと還りなさい！」
　他人の心配なんてかなぐり捨てて、周囲に清浄なる風を渦巻かせた。今はその後の事なんて考えず、兎に角攻め続けるしか助かる道はない！
「笑止！　原罪は捨て得ぬからこその原罪……御使いよ、この矛盾を如何とす！」
　どうやら堕悪も、全く同じ結論に至って立ち直ったようだった。状況は最早、降りたら死ぬチキンレースの様相を呈す……と思ったら。
「俺の魔眼が示している……その矛盾も、貴様も、『黙示録の獣』を封じた†闇の黙示録†の前には塵芥も同然と」
「ヒャハハ奇遇だな！　俺の左目にもそう見えるぜ！」
　死ぬまで治りそうにない奴らが追加参戦しやがった。なお奈暗、さっきからずっと閉じた方の目を堕悪に向けているせいで、まともに当たった攻撃が半分あるかも定かではない。でもやめない。この点はちゃんと当ててる天魔の方が、流石は厨二歴が長いだけはある。
「ククク……なるほど『獣』よ、汝の血が滾っていると？　堕ちたとはいえ流石は堕悪……神々に刻まれた禁断の封印まで解く必要があるか」
　しかも天魔は、格下の相手を持ち上げる事で間接的に自分を持ち上げるという高等テクまで習得済みだ。余談だけど封印解除までして使う究極秘奥義とはご当地ビームです。
「見た事か御使いよ！」
　堕悪は大きく両手を広げた。
「やはり我らは哀しき運命（さだめ）に囚われし者！　憎しみ合う事でしか互いの存在律を満たしえぬのだ……！」
「そんな……！」
　千巻が愕然と絶望の表情を浮かべた……瞬間。
「ふはははは、笑止千万でござるよ！」
　サーニャの凍てつく氷の刀が、堕悪を横薙ぎに斬り払う！
「その程度のものに抗えずして、何が『堕悪』でござろうか！　闇の宿命より魂を解放できぬのなら……その名を捨て、拙者の絶対零度の剣戟の前に沈むのが適当でござろう」
「魂を解放……だと？」
「強ち間違った表現じゃないな……君の魂の闇からの解放が、僕たちの真の目的である事は確かだからね」
　両手で印を結びながら九朗が頷いた。彼は、堕悪が何か関わっちゃいけない奴と関わっちまった的な表情を浮かべたのにも関与せず、蛇腹剣を構えて一気に斬り込む！
「Flammeum gladium！」
　燃え上がった炎が剣を這い、堕悪の周囲で渦を巻いた。そこへ、炎使いとしては負けられないと、奈暗も渦に飛び込み双剣を燃やす！

●背徳ナル使徒ハ生命ノ炎ヲ燃ヤス
　聖アンデレ十字の形に燃え上がり、教壇の真ん中で身を焦がされる堕悪を見守る中で、はたと歌音は思い出した。
「お、おーい！　人質が見てるんだからあんまり派手にやるんじゃねーぞー！」
　……遅かったかもしれない。人質たちは今までにも増して派手に燃え上がっている炎にパニックとなり、我先にと教室の外へと逃げ出してゆく。辛うじて正気を取り戻したサーニャがこっそり避難誘導していたので、パニックながらも最低限の秩序は守られていたが。
　自分と灼滅者たちの他には誰もいなくなった教室の中で、堕悪は自嘲気味な表情を浮かべて言った。
「どこの誰かは知らぬが……見事であった。俺の『計画』は……これにて……」
　けれどもそこで、急に勝ち誇ったかのように口元を吊り上げる！
「……これにて成就する！　言わば俺自身を生贄とした儀式は、俺自身の敗北によって完成を見るのだ……！」
「なんだそれ！？　一体何が起こるんだよー！？」
「そ、そんなのオレの目にも見えねぇぜ……！？」
　素直に驚く歌音と奈暗に満足し、堕悪は最後の詠唱に入る……その時。
　良顕がポンと、堕悪の肩を叩いて共感を示した。
「判るかも……自分の内側に穴みたいなところがあって、そこを通すと通ったものがスーッと冷たくなって、奥の方の深いところに積もっていくんだよね……」
「お、おぅ……」
　何を言ってるのか判らない、という顔の堕悪。
　けれども良顕は言葉を続ける。
「それで確か、通していくことが儀式で、最終的に自分がその供物になるんだったはず……自分を生贄にするって事は、そういう事を意味するのかな……」
　穴、あるいは逆円錐の場所で、人の思いを冷たい、黒い水滴のようなものに凝縮してゆくという独特のイメージ。本来言葉にできぬそれを数多の言葉でようやく表現し終えると、良顕は安堵した表情になり、唖然としたままの堕悪を相手に言い切った。
「自分と同じような感覚の人がいるなんて、今初めて知ったかな……」
「ごめんなさい私が悪うございました」
　堕悪であった少年は、その場で深々と土下座した。

●闇堕ツ希望ハ闇ヲ代償ニ光ヲ歩ム
「ふん……あの『堕悪』がこの程度で音を上げるとは……やはり『あの噂』は……」
　いまだ病気治まらぬ天魔の呟きに、少年の肩がぶるぶると震える。
「えっ、噂って何だ？　今回のもダークネスが何か企んでんのか？」
　真に受けて興味津々の歌音を天魔から引き剥がすと、奈暗はあめちゃん袋から猫型のキャンディを取り出して歌音に渡し誤魔化した。
「お、いいのか？　ありがとな！」
　堕悪に問い詰めたかった事があった事すら忘れ、口の中で飴をころころと転がす歌音。それを見てほっと安堵した後、奈暗自身も猫型キャンディを袋から取り出すと口の中に放り込む。
　かくして、全ての不幸は有耶無耶のうちに消え去った……と思ったのだが。
「ところで、よくわからないんだが……なんでテロリストとして学校を占拠したんだ？　爆破する、なら何となくイメージできるんだけど……」
　九朗が訊いちまった。そういう現実に引き戻すような発言はな……この状況だと味方にダメージが入るんだぜ？
「急にそういう事言い出すのやめてよ！」
　ほら、突然千巻が悶え始めた。先程までノリで無効化していた自爆ダメージが、いきなり現実に直面した直後に堰を切ったように全部襲ってきてあああああ！！！
「やめてよ！！！」
　そんな大騒ぎをしていると、屋上の敵相手に随分と怪談を披露できたらしくホクホク顔の白鷺・鴉（高校生七不思議使い・dn0227）が、ひょこっと教室に顔を覗かせた。
「おやおや、随分と賑やかそうじゃないか……おっと、そんな格好の女性を放置するのは紳士としていただけないぜ？」
　そんな格好の女性？
　鴉の言葉で思い出し、灼滅者たちの目が真理へと向いた。
「な……！」
　急に注目を浴びた事で、顔を真っ赤にし、肩をふるふると振るわせ始める真理。
「成敗！　『シューティングスターアローシュート』！！」
「話せば解る！　俺は君への親切をと思ってだな……ぎゃー！？」
　どたばたと教室を出てゆく鴉と真理を見送った後、サーニャは教室じゅうを見回した。
　天上には穴が開き、氷と煤がこびりつき、壁や床にも幾つもの傷跡が……他人の事は言えないが、随分と暴れ回ったでござる。
「片付けられるところから片付けて退散するでござる。堕悪殿も、ここから先は思うがままに道を選び取るでござるよ」
「はい……」
　堕悪であった少年は、神妙そうに頷いた。
　なお彼は最後まで、本名も、学校名も、黙して語ろうとはしなかった。知られたら最後、多分、彼も死にたくなるのだろう。

作者：るう	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年10月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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