強いる犠牲は其れに値する価値を生み出すか

    作者:長野聖夜

    ●死を予感させる獣
     ――足柄山。
     其れまでは人々で賑わっていた筈のその山の麓。
     登山客で賑わっている筈のその場所が、再び人が近寄れない陰鬱な空気を醸し出している。
    「……大僧正様の命とは言え、この様なことをし続けていては身がもたぬよな」
     自分の名である、海の底を思わせる程に深い溜息をつきつつ、護摩壇の前に胡坐をかいて座り込み、僧と思しき姿をした男が祈祷を続ける。
     そんな彼を警戒する様に、そして何かを探るかの様子の狼の形をとった眷属が3匹。
     そのまま、僧を取り囲む様にユラリ、ユラリ、と音も無く近付いていく。
    「ほう……そう来たか、お前さん方。余程、此処から外に出たいと思える」
     自分の勘が何かを告げていることに気が付きそれに毒づきつつも、口の端に笑みを浮かべた海は、少しも其れに動ずることなく、ただ、無心のままに祈祷を続けるのだった。 

    ●今までと異なる状況
    「……読めない、な……。どうすれば、あいつらの思惑に近づくことが出来る……?」
     机の上にタロットを並べ、睨み合いを続けている北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)。
     教室の片隅で考え事をしている様子の彼に関心を持ったか、何人かの灼滅者が優希斗の所へと集まって来る。
    「ああ、皆。どうしたんだ?」
     ――いや、どうしたんだはないだろう。
     微妙にずれた質問を返してくる優希斗に灼滅者達が溜息をつくと、優希斗がきまり悪げに頬を掻く。
    「あっ……実はさっきとある光景を見たんだけど。そう、琴さん……いや、依……ああ、相変わらず迷いがあるな。使者を送ってきた天海勢力が、足柄山から周囲の一般人を遠ざけて、獣型の眷属を封鎖している事件のね」
     優希斗の溜息に灼滅者達が思わず身を乗り出す。
     そんな灼滅者達に首を軽く横に振りながら、優希斗が溜息をついて続けた。
    「今度は、海と言う名の僧が、狼型の眷属を封じているらしいんだ。ただ……いつもと少しだけ違う様子、なんだよな……」
     悩む様な表情を見せている優希斗の呟きに瞬く灼滅者達。
    「この機会をどう生かすのか、その判断は君達に任せるよ。……そう、3体の獣型眷属が現れ、其れに取り囲まれそうになっている海と言う僧がいる、と言う状況をね」
     優希斗の説明に、灼滅者達は其々の表情を浮かべた。

    ●何を選び、何を得るのか
    「今回、足柄山を下りようとしているのは、3体の狼型の眷属。個体個体の能力は、君達数人分の様だから、皆で集まって戦えば、恐らく問題なく灼滅出来るはずだ。一方で、海の実力は、君達1人より少々強い程度。……要するに海1人ではどうしようもない状況、と言う事だね」
     とは言え、今までの経緯から察するに海から情報を得るのは難しいのは承知のことだろう。
     一方で、眷属達についても、会話が出来ないと言う事、ラゴウの配下の可能性が極めて高いと言う事を除いては、それ程情報を得ているとは思われない。
    「皆が其々に創意工夫を施してくれている様だけれど、今までそれ程の情報が出ているとは思えない。だから……何か他の手を考える必要があるんだけれど」
     そんな状況下での、3体の獣型眷属。
     もし、逃がしてしまえば人々を害する可能性が高いのだが……。
    「ただ、眷属達が山を下りた時にどうなるのかが判然としないんだよね。……僧の方は、護摩壇を抱えて京都方面へと帰ってしまうのは確かなんだけど」
     もし、何か手がかりを得たいと言うのなら、この状況をどう利用できないかを考えるのも、1つの手かも知れないね、と迷いながらも呟かれた優希斗の言葉に、灼滅者達は其々の表情で返す。
    「獣型眷属は、3体とも、人狼に類似したサイキックを使う。ポジションは1体がクラッシャーで無敵斬艦刀に類似したサイキックを使用する。1体はキャスターで皆を攪乱する様にしながら、口から契約の指輪に類似したサイキックを吐き出す様にする。最後の1体は、ポジションがディフェンダーで、サイキックソードに類似したサイキックを使用するらしい。それから、もし、封鎖が無ければ彼等は山を下りることを優先するだろう」
     尚、海はポジションがメディックであり、羅刹とマテリアルロッドに類似したサイキックを使用するとのことだ。
     優希斗の説明に、灼滅者達は静かに首を縦に振った。


    「今の所、一般人の被害者は全く出ていない。ただ……眷属達も、天海の配下も何を考え、どう動こうとしているのかはさっぱりだ。少し乱暴ではあるし、危険を承知の上で、両方の勢力を灼滅してしまうと言う手もあるかも知れない。……或いは……」
     何故かそこで少しだけ優希斗が小さく言葉を区切る。
     不審に思う、灼滅者達の様子に、優希斗は小さく溜息をついて、何かを決意した表情で顔を上げた。
    「この際だ。僕は、君達が無事に帰って来てくれればそれでいい。だから……君達が、何らかの罪を負う覚悟で行動するのなら、僕もまたその罪を一緒に負う覚悟がある。……だから、どうか無事で帰って来てくれ」
     優希斗の見送りに灼滅者達は、静かに背を向け、教室を後にした。
     


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    片倉・光影(鬼の首を斬り落す者・d11798)
    ヴィタリー・エイゼンシュテイン(ヴェリシェレン・d22981)
    枉名・由愛(ナース・d23641)
    上里・桃(生涯学習・d30693)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ

    ●それぞれの覚悟
     ――本来だったら、こんなこと、許される筈がない。
     予測通り足柄山の海の所に向かう途中で、科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353) は思う。
     今回の作戦は、今までとは全く違う。
     一般人を危険に晒し、何らかの被害が出るのを覚悟の上で、眷属達の動向を掴もうとするのだから。
     其れは、本来の武蔵坂学園の方針とは真逆。
     でも、そこで手掛かりを掴める可能性があるのなら、それこそ藁にもすがる思いで行動するのが、自分達の覚悟だ。
    「覚悟……覚悟ですか。ま、今更ですね。許して下さい、とは言いませんよ」
     リーファ・エア(夢追い人・d07755) が、誰に聞かせるでもなく、呟く。
     ラゴウには借りもある。眷属を逃がし、其れを追跡することで、ラゴウの尻尾だけでも掴むことさえ出来れば、十分見返りはあるだろう。
    (優希斗……貴方には、関係ない)
     罪を負う覚悟を持つのなら、一緒に罪を負おう、と見送ったエクスブレインを思いだし、マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944) は心中で小さく呟く。
     可能性を提示したのは彼だったが、それを選んだのは自分達。
     その罪は私であり、私達のものだから。
     麓に到着し、入山する。
     相変わらず人気は少ない。
     いるとしたら、山の裾だろう。それ程、高い所にいるわけではない。
     そして……。
    「いたぜ」
     片倉・光影(鬼の首を斬り落す者・d11798) が、指差した。
     3方向から近付く3体の狼型の獣。
     1体は、その瞳が紅く、1体は蒼く、最後の1体は、緑の瞳をしている。
     狼たちに囲まれながらも、動じることなく護摩壇の前で胡坐き、祈祷を続ける1人の僧。
     恐らくその僧こそが、『海』だろう。
     海と海を取り囲む狼たちを見ながら、平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867) は、唇を噛み締め、淡々とAR-Type89を構える。
     そこには、普段のヒーローとしての彼はいない。
     いるのは、和守と言う1人の男だ。
    (宣誓……できんな、こんな気持ちでは)
     自分達がこれからしようとしていることに対する罪悪感が過るが、足を引っ張るわけにはいかぬ、と気を取り直し、AR-Type89の引き金を引く。
     サイキックエナジーによって加速された弾丸が、紅の瞳の眷属を撃ち抜くと、眷属がウォォォーンと遠吠えを一つ。
     期せずしてそれに合わせる様に、灼滅者達が戦場へと駆け出した。

    ●結界を破壊して
    「さあ、楽しみましょう?」
     枉名・由愛(ナース・d23641) が嬉しそうに呟きスレイヤーカードを解放し、淫魔としての形態を取る。
     美しいながらも何処か妖艶な、人々を惹きつけてやまない歌を奏で、その紅い瞳の狼へと攻撃。
     だが、蒼い瞳の狼が前面に立ち、代わりにその調べを受けてよろめく。
    「お前が、護り手ってことだな!」
     ヴィタリー・エイゼンシュテイン(ヴェリシェレン・d22981) が距離を詰めて炎を纏った回し蹴り。
     放たれた蹴りが蒼い瞳の狼の前足を焼き、狼が苦しげな呻きを上げる。
     緑の瞳の狼が吼えた。
    「ウォォォォ~ン!」
     叫びと共に噴出した闇が蒼の瞳の狼の焼き爛れた足を修復する。 
    「随分、危ないみたい、だけど……逃げない、の?」
     護摩壇を確保することも兼ねて接近したマリアに、海が苦笑を零した。
    「お務めだからねぇ。大僧正様の命令である以上、出来る限りは足止めせにゃならん」
    「そちらにも色々あるわけね」
     一定の距離を保ちつつも、声を掛ける由愛に答えず、苦笑を零す、海。
     とは言え、護摩壇を破壊するのは、今は後だ。
     光影が神薙刃で蒼い瞳の眷属を切り裂き、追随する様に神風がキャリバーを乱射する。
     弾丸によって視界を阻害された蒼い瞳の狼が、無数の刃で切り刻まれている間に日方が、接近して黒死斬。
     解体ナイフで、その足の腱を断ち切ると、合間を縫って、上里・桃(生涯学習・d30693) のダイダロスベルトが狼に巻き付き、その体をきつく締め上げた。
     苦しげに呻く狼を、マリアの影が飲み込まんと咢を開いて噛み砕き、更に機銃を乱射しながら犬が突撃。
     溜まらず後退しようとする蒼の瞳の狼の懐にリーファが飛び込み、零距離から腹部に向かって、銃弾を撃ち込む。
     撃ち込まれたその一撃が、狼の腹部から背にかけてを貫いた。
     蒼い瞳の狼は、苦しげにしながらも爪を立てて襲い掛かるが、その時には既にヴィタリーが双方の間に割って入り、その一撃を、クルセイドソードで受け流している。
    「続けていくぜ!」
     クルセイドソードで半ば強引に攻撃を押し返し、手首を捻って刃を傾け、その爪毎、狼を切り裂く。
     切り裂かれ、後退する狼の隙を埋める様に、紅い瞳の狼が躍り出て、灼滅者達を一閃しようと襲い掛かるが、犬や神風が、クラッシャーを庇い、難を免れた。
    「行く……」
     神風の影から飛び出したマリアが再び蒼の瞳の狼に螺穿槍。
     捩じり込まれるような槍の一撃が、狼の額を貫いた。
     緑の瞳の狼がそんな蒼い狼を癒そうとするが、其れよりも先に日方が緑の狼の死角から刃を振るい、一瞬、気を逸らさせて、治癒の機会を失わせる。
     和守がすかさずオーラキャノン。
     放たれたそれに狼が撃ち抜かれ、ドウ、と力尽きた。
    「……標的の灼滅を確認、か」
    「ならば、続けていきます!」
     和守の合図に合わせる様に桃が飛び出し、日方の攻撃に踏鞴を踏んでいた緑の瞳の獣の前右足を狙って鬼神変。
    (御免なさい……!)
     この先の追跡劇の為に少しでも機動力を奪うべく放たれたその一撃は、神風の体当たりによってその動きを阻害されていた緑の瞳の狼の足を、容易く断ち切る。
     その間に光影が、『黒龍』を閃かせて衝撃波を放ち、紅の瞳の狼の視界を防ぎつつ切り裂き、由愛が殉教者ワクチンで紅の瞳の狼に強かな一撃を加え、リーファがその足を砕く為に、星を纏った蹴りを叩き付けていた。
     ゴキリ、と言う鈍い音と共に、足が異様な方向に曲がりかけている紅い瞳の狼に、すかさず犬が前進で体当たりを叩き付け、更に日方が狼の視界から幻の様に消える。
     死角から放った日方の刃が、その足を完全に断ち切った。
    (これで……準備は、整った)
     全体の様子を見ながらマリアは1人頷き、他の者達に目配せをする。
     張り詰めた空気が周囲に満ちた。
    「あの眷属……逃がしたら、どうなるか、知っている?」
    「? なんだ、急に?」
     怪訝そうなのか、それとも本当に意味を図りかねているのか。
     僅かに首を傾げる海。
    「じゃあ……試そうか」
     マリアが、護摩壇に向けて鬼神変。
     一瞬、何かに弾かれそうになる痛みを感じたが、構わずそのまま強烈な一撃を叩きこんだ。
    「ほぅ……!」
     少し驚く様にしている海に構わず、光影が『黒龍』を鞘に納め、一閃。
     放たれた刃が護摩壇に叩きつけられ、鈍い音と共に護摩壇が崩れる。
     同時に、周囲に張り詰められていた重苦しい空気が一気に和らぎ、2頭の狼は歓呼する様に吼え、風のような速さで2方向に散っていく。
    「此処からが、本番よね……」
     由愛が呟き、紅い瞳の狼を追う為に動き出すと、素早く犬に搭乗したリーファがヴィタリーと共に其方へと飛び出した。
     一方で、反対方向に向かって行った緑の瞳の狼を、日方・桃・マリアが追い、光影と和守がその場に残る。
     敢えて眷属達を見逃した灼滅者達を、海は目を瞬かせつつも、何処か興味深げに眺めていた。

    ●ここは『戦場』
    「……こんな騙し討ちの様な真似をした俺達を、信じてくれとは言わないし、言えない」
     疲れた表情で項垂れる、和守。
     護摩壇を破壊された海はかいていた胡坐を解いて立ち上がり、傍に置いてあった錫杖を肩に担いだ。
     思わず身構える和守と光影だったが、彼等の戦闘態勢には興味を示さず、海は僅かに目を細める。
    「で、俺のことは逃がして貰えるのかね?」
    「自分達の目的は、あくまでも眷属の行き先を探ることだ」
     光影の言葉にそうかい、と海が一笑する。
    「そっちの人も、同じ意見かい?」
    「……ああ。そもそも今回の作戦、俺達の都合とあんたらの都合が真っ向からぶつかった。ただ、其れだけの話だからな」
    「まあ、其れもしょうがない事だろうね。アンタらは、元々俺達からの同盟を拒んだ相手だ。此方は、此方の都合で動いているに過ぎない。利害が一致しなくて意見が割れるなんてのは戦場じゃ当たり前だわな」
     笑いながら答える海に、光影は僅かに目を瞬く。
    「……戦場、か」
    「ああ、そうさ。此処は戦場さ。仮に同盟を結んでいたとしても、背後から撃たれる可能性すらある場所だ。でも……アンタらは、そうはしないんだろ?」
    「ああ……そうだ。そもそも其れは、俺のポリシーに反する」
     自分の宣誓を胸に呟く和守に呵々大笑すると、海は、堂々と彼等に背を向けた。
     本当に、彼等が攻撃する可能性を疑っていないらしい。
    「ほんじゃまぁ、また何処かで会うかも知れんが……お先に失礼するとしようか」
    「……ああ」
     和守が頷くのを目の端に捉えつつ、海は堂々とした足取りで去っていく。
     尾行されることを恐れていないのか。
     それとも、されても問題ないのか。
     光影が神風に搭乗し、海の背を追い、その後を和守が追うが、何時の間にか、海の姿は消えていた。
     方角を確認すると、京都の方角だった。
     本当にさっさと帰ったのだろう。
    「……後は、桃たちに任せるしかない、か」
    「そうだな。……戦場、か」
     光影の言葉に頷きながら、和守はぐっと拳を握った。

    ●追跡……けれども、それは戦闘
    「……こっちですね」
     入り組んだ山道を駆け回る眷属に気取られぬよう、最大限の注意を払いながら、桃が呟く。
    「そう、ね……」
     頷きつつも、妙だ、とマリアは思う。
     先程飛び出した折には、眷属は確かに山を下りようとしていた。
     植物が自分達を避けて軽やかな足取りで確実に追跡関わらず、何故か違和感がある。
    「まるで迷路みたいだな……」
     眷属から目を離さぬ様にしつつ、僅かに足を緩めた眷属の隙をついて、素早くスーパーGPSで移動経路を確認した時……。
    「!」
     先程の位置からほとんど動いていない、山の中腹に掛かる様な道に自分達が迷い込んでいるのに気が付いた。
     明らかに、山の上の方に来てしまっている。
     平坦な道を進んで降りている様に感じていたが、どうやらそうではなかったらしい。
    「!」
     それまで、ずっと眷属の動きを見ていた桃が思わず目を見張る。
     追跡していた筈の対象が、姿を消したのだ。
    「一体、何処に……」
     マリアの呟きと同時に、一瞬上空に影が差す。
    「! 上ですか?!」
     桃の驚きの声を聞く間もなく、狼は木の上を凄まじい速さで駆けていく。
     片足を奪われているにもかかわらず、そのスピードは先程までよりも遥かに速い。
    「くそっ! 止まれ! 止まってくれ!」
     叫びながら、日方が影を放つが、狼は木と木の間を飛び交い、その影を避けていく。
     その軌道を予測し、先回りをしようとする桃。
     けれども、緑の瞳の眷属は、躊躇うことなく桃の頭上を飛び越え、遥か先にある木に軽やかに飛び移り、それから瞬く間に日方たちからの距離を離していく。
    「!」
     そのまま、眷属は今まで何処に隠していたのだ、と思える程の速さで山を駆け下りていく。
    「待て! このままじゃ!」
     下手をすれば一般人に犠牲が出る、と判断し、日方が桃やマリアと共に追うが、風のような速さで去っていった眷属の姿は何時の間にか、何処かへと消えていた。
    「くそっ! 完全に追跡していた、と思っていたのに!」
    「でも……この先には、確か人里は無かった筈……」
     悔しげに舌打ちする日方。
     桃が頭に叩き込んでいた地図を思い出し、其方に向かおうとするが、既に眷属の姿は無い。
     完全に、見失ってしまっていた。
     せめてもの救いは、人的被害が今の所出る可能性が極めて低い、と言うこと位だろうか。
    「……優希斗の言っていた、罪を負う覚悟……もしかしたら、もっと重い言葉、だったのかも、ね」
     悔し気に俯くマリアの声には、重い疲労感が圧し掛かっていた。

    ●知る為に全てを捨てる覚悟こそが
     一方その頃、ヴィタリー達は……。
    「くそっ! なんつ~、速さだよ!」
     かつてのサバイバル経験を生かし、何とか眷属に追い縋るも、ヴィタリーが小さく舌打ちを一つ。
     ヴィタリーの頭上を犬に騎乗したリーファが飛び越え、ドリフトを利かせて眷属の動きを少しでも遮ろうとする。
    「こうまで速いと、目で追っていくだけでも辛いわね……」
     辛うじてヴィタリー達に追い縋る由愛が溜息を一つ。
     眷属は追跡してきているリーファ達の動きを読んだか、一瞬で反転、また一回り小さい獣道へと飛び込んでいく。
     その動きは片足を奪われて傷だらけにも関わらず、圧倒的だ。
     自分達3人分位の実力、とのことだったが、どうやら、その分逃走する能力に関しては群れを抜いているらしい。
     (いや……むしろ、だからこその戦闘能力かも知れないな)
     内心で呟くヴィタリー。
     このままでは、引き離される可能性が十分あった。
     眷属は、すさまじい速さで、ゴツゴツとした岩を越え、入り組んだ獣道を軽々と進む。
    「くっ……!」
     由愛が軽く舌打ちをした。
     何時の間にか大分距離を離されていたから。
     不味い、と追い縋る為にリーファが犬の速度を上げようとするが……一瞬、此方へと顔を向け、口から漆黒の弾丸を撃ち出した。
     其れは、リーファを先頭としたヴィタリーたちの頭上にある木々を破壊し、同時に舞い上がった土煙と共にバラバラと由愛たちの視界が遮られる。
     目晦ましが晴れた時には……すでに、狼の姿は陽炎の様に消えていた。
    「……撒かれてしまったわね」
     悔しげに小さく呟きながら、素早くリーファは地図に目を落とす。
     どちらに行ったのかは判然としない。ただ、近くには幾つかの町はあるらしい。
     もしかしたら、その内の1つを眷属が襲い、其れがエクスブレインに予知される可能性がある。
     となると……種を蒔くことは出来たのか、と言う妥協は可能だ。

     ――いや……妥協せざるを得ない状況だった。

    「もしかしたら……」
     由愛が、現状を確認し、ふと、呟く。
    「なんだよ?」
     ヴィタリーが、由愛の話に首を傾けた。
    「追跡したりしないで、完全にあいつらを見逃すと言う選択をしていたら、違うことが出来たのかも知れないわね」
     つまりそれは、完全に見逃すと言う事。
     そうすれば、眷属が何処に向かったのかの方角のみなら確認出来たかも知れない。
     ただ……一般人を危険に晒す可能性を取るという罪を背負い、故意に作った追跡できるチャンスを、更に不意にすることが出来る者が、果たしてどれだけいるのだろうか。
    「……そうかも知れないわね。……ラゴウ、次は、必ず」
     リーファの悔しげな呟きが静まり返った山の中に消えていった。


    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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