死者喰い櫻『エセ』奇譚

    作者:一縷野望

     知ってるかい?
     群体のように桜たちが調和の美奏でる中、ひとつだけ異彩を放つように派手に咲き誇る櫻(ヤツ)があるのを。
     異界の美とでも言うのかね? 匂い立つよな薄紅は人を惑わし狂わせる。
     あの櫻の根元には、ごろごろと死体が埋まってるってまことしやかに囁かれてるんだ!

    「ふふ、最後にこの近くで人殺しがあったのは、28年前……あたくしと同じ誕生日なんて運命ね。うふふ……」
     男の胸から一抱えはある鋏の切っ先を抜いて、真っ赤なゴシックワンピースに身を包む女は、てらてらと血ぬめった鋏を誇らしげに掲げた。
     斜めがけにしたポシェットから顔出すスマホには、当時痴情のもつれから行われた当地での殺人事件の概要が連ねられている。
    「そろそろ効能も翳る頃合い、あたくしが埋めて差し上げないと」
     まだ咲くには遅い緑を見上げ、陶然と瞳を眇めた女は刃を男の首元へとあてがった。
     ……ぢょきり!
     …………ちょきり!
     ………………ぢょきりぢょきりぢょきり!!
     頭、腕、足……いとも容易く胴体から切り離せるのは、女が人外の存在――タタリガミ、だからだ。
     

    「嫌な予感が当たっちゃったんだ……」
     赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)握った拳が震えた。キャスケット越しの瞳は明朗快活な彼に似合わぬ苦渋に濡れている。
    「そうだね、既に被害者がでてる」
     死者が埋まるからこそ美しい、そんな物騒な櫻の木が気になって、灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)に視てもらったら、出てきたのは……タタリガミ。
    「このタタリガミ……んー『エセ櫻』とでも呼称しようか」
     『エセ櫻』は、来年の艶やかな花のため、通りすがる人を殺めて櫻の根元に埋める、そんな歪んだ使命感に囚われているのだという。
    「楓さんのお陰で予知できたから、次の被害は食い止めて、そしてこいつを灼滅してきてよ」
    「ああ、もちろん」
     励ますような少女の声に、楓も気持ちを切り替えて大きく頷いた。
     
     件の櫻が生えているのは、商店と住宅の居並ぶ前に数kmにも渡る桜の通りの一角だ。
    「公園の前にある一際大きくて目立つのがタタリガミが執着してる櫻だよ」
     予知では深夜、近くにある私鉄の終電から吐き出されてきた学生2人が襲われる。鋏が胸に到達する寸前に割入れば、命を救うことはできるはずだ。
    「彼らを逃がした後は公園内で戦って」
    「灼滅、だな」
    「ん」
     タタリガミ『エセ櫻』のポジションはクラッシャー。七不思議使いのサイキックと、殺刃鋏と蒐執鋏に似た技を使用する。
     既に都市伝説を喰らったのだろうか、彼女が技を使用すると件の櫻には血のように紅く朱く赫い花が咲き乱れる……そんな幻想を戦うモノに、魅せる。
    「それはそれは、ゾッとする程綺麗なんだろうね」
     それだけに強敵だろうと言う楓の苦笑に、標も念を押した。
    「此方が8人いて拮抗か向こうがやや強いぐらいだよ。だから決して油断はしないでね」
     どうか貴兄らが『死者喰い櫻』の肥やしにならぬように――。


    参加者
    空木・白霞(幻想狂桜・d00207)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)
    篠歌・誘魚(南天雪うさぎ・d13559)
    蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)
    赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)

    ■リプレイ

     女が事切れると同時にあのみそっかす櫻の花が舞ったんです。そう、本当の姿を思い出したかのように。
    「ほら、昔通り。もうお前はみそっかすじゃないよ」って笑いかけてやったら、花びらをくれたんです。血のように見事な赤でした。
    「だから俺らが別れたなんてのも嘘で、昔通りなんですよ」
     ――表に出ぬはずの証言もじった戯れ話『死者喰い櫻奇譚』より。

    ●一
     杖のように支え持つ鋼が耳障りな音をたてて開く。獣の涎のように伝う粘液は、紅。
     それが自分の命を喰らわんと突きつけられる非現実に、二人の若者は些かついていき損ねている。そのまま酩酊状態で死ぬのがせめての慈悲か。
     ――その殺害現場未満の闇に、桜が、咲いた。
    「邪魔です」
     それはまさに10月に咲く狂い桜。
     鋏に淡い薄紅飾りの大鎌噛ませ、
    「死にたくなければ退散です」
     救出のために割入ったくせに、空木・白霞(幻想狂桜・d00207)の瞳はこれっぽっちも彼らを見ちゃいない。
     ああ、素晴らしきかな――死者の嘆きと煌びやかなる桜の浪漫!
     かつての友に頷くように薄水色の雨も小首を傾けて。
    『ふふ』
     割入りの無粋より同類への好奇を滲ませた口元は、即警戒の鋭に閉じられた。
    「そんな方々など気にせず、私達と楽しみませんか」
     鈴が悲鳴をあげるよに揺れる蕾。同時に迫る分断の圧力を鋏で止めた向こう、翻るは真っ黒な編み上げ髪。
    「でないと、櫻、巻き込んでしまいますわよ?」
     蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)はエセ櫻の心を測るようにじっと見据える。
    『まぁ、怖い! この子を巻き込むなんて赦されるわけがないわ』
     櫻の前に両手広げ立ちはだかるのに、華乃と白霞は別の意味で唇を吊り上げた。
    「落ち着いて下がってください。あの和服の方の所まで」
     釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)はいつまた興味が向いても庇えるよう盾となり、背中越しにそう告げる。
    「この通りやさかい、早う遠くまで逃げたってな」
     続けて響くまろみある西訛りの声音。従容自若たる玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)にお辞儀され遮られるに至っては、事態は思うより安全ではなかろうかと錯覚させるぐらいで。
     一浄はそと袖口で口元覆い、弓のように曲げた瞳で再び声を響かせる。
    「それはある夜、桜に狂ったもんのお話――」
     さて、目の前に在るのはまさにまさに、そんな怪異の見せるおどろおどろしい御伽噺ではなかろうか。
    「ひ、ひぃ!」
    「桜に喰われるぅ!」
     走り去る2人の悲鳴に、暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)の瞳が愁いを帯びた。
     死者を食べる、櫻――怖い話がある程、綺麗に見えるのか。
     茫洋とした眼差しの向こう浮かぶは幸い振りまく満開の薄紅。だからこそ、その誹りは可哀相に思えた。
     しかし足は人殺シたる少年期の的確さで歩を刻み、透明な刃は誘導を計算しつくした軌道を描く。
    (「すごい……」)
    『できる』大人に憧れ『できない』子供な自分を嫌う北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)にとって、それは学び取りたい動きだ。
     頑張ろう。
     いつものように呪文を唱えたら、日本刀の切っ先はちゃんと上手に櫻へ戻りたい女を阻んだ。
    「きっと桜がお好きなんですね」
    「一手目は布石」
     肩に降りた二房の赤を揺らしもせずに、篠歌・誘魚(南天雪うさぎ・d13559)はダークネスを檻へ追い込むように辰砂の尖りを、置いた。
    『外れてますわよ、下手くそね』
    「エセ櫻さん、薔薇でも咲かせるつもりでしょうか?」
     揶揄も何処吹く風。
     薄く膜が掛かったような瞳の誘魚は何処か希薄で泡沫を思わせる。それでも、挙動に合わせ刃の角度をずらす様は非常に現実的ではあるのだが。
    『まさか! あたくし薔薇は嫌いですわ。妙に誇らしげで威張っていて!』
     如何にも薔薇を好みそうなレース翻した女は、華乃のおさげを寄越せと鋏をギラリ。同時に粉薬を散らすが如く蕾がひらき、闇を赫へと染め上げる。
    「させません」
     割り込み胸元を切らせたまりの瞳は、死を賛美する闇を真っ向から否定する。
     ――確かに今目にした櫻は妖艶で、まるで夢のように綺麗だった。
     死は、甘い。
     けれども、
    「それは悪い夢です」
     血の霧広げ疵癒し、衝動堪えるが故他者へ触れぬ娘はそう口にする。
    『あら、だとしたらあたくしが産まれたのも悪い夢と仰るの?』
     かとん。
     鋏閉じれば櫻は嘘のように花消し夜の枝へ。
     そういえば、殺人のあった夜はこの女の誕生日だったか――エセ櫻が殊更執着する理由に、赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)は口元を持ち上げる。
    「離れた場所からの桜も、オツだからね」
     それは櫻に近づけず頬膨らませる女を宥めるように、
     それは戦場見回し命をつなぐ一歩引いた位置に立つ自分に言い聞かせるように、
     癒し手の楓は、目映き方陣を疵ついた仲間中心に降臨させる。

    ●二
     サズヤが音を封じた中、おもちゃ箱をひっくり返したように散らかり攻撃を仕掛ける者達。歓迎するように櫻が幾度か咲いて、その度に彼らの疵は増えていく。
    『あなた達全員を埋められる、なんて……』
    「いやいや、欲張りだね。そうはさせないよ」
     虚空に翳した楓の指に編まれた矢は、愛溢れる怪談で血塗れにされながらも共鳴しはしゃぐ白霞へと向かう。
    『なんと素晴らしい夜でしょう!』
     斯様に、落ち着けば躱せると図に乗り始めた。さぁ、頃合いだ――。
    「ッ、はぁ……」
     わざと震わした膝を叩き気合いを入れて、
    「行きますっ」
     まりは身の丈ほどある剣を振りかぶった。
     刹那、
     袖手繰り一浄は隠し持った墨染桜の枝を視線と共に素早く晒し、誘魚は小動物めいた気配で頷く。
     その間、直線的な軌跡を嘲笑うように躱した女だが、突如足が絡まり無様に倒れ込んだではないか?!
    『いやぁッ』
     くるぶし肥やしに咲くように突き立った夢結び。一浄が断った腱の痛みに呻く間もなく、誘魚の携えし六つの遊環が清浄なる調べと共に横切っていく。
    「三手目は鬼の手」
     しかし、引いた六根清浄に代わり女を横薙ぎに張り飛ばしたのは膨れあがった誘魚の掌だ。
    「これで詰みまで読めました」
     棋譜読むように淡々した誘魚に、
    『あたくしを愚弄してッ!』
     怒りの余り櫻過ぎた紅き頬。震える肩がぽんと叩かれた。
    「やっぱり紛いもんの櫻じゃほんまもんには敵いまへんな」
     わざと流れ切り囁く一浄の西の調べ。
     怒りの戦慄きは悲鳴に溶けた。緩急の緩でサズヤが綺羅の回し蹴りを繰り出したのだ。
    「血で汚さなければ、花が美しいと思えない?」
     重力で器官が狂っていく中妙に鋭利な聴覚が拾う声を『ええ!』と叫ぶように肯定する。
    『他の桜をご覧なさい、どれだけ凡庸か!』
     上体起こし差しのばした掌で示す桜達にサズヤは眉を下げた。
     それはなんて、悲しい感情なのか。
     彼らはひとつとして悪くは、ない。
    『つまらない花達。命を吸ったこの子以外はどれもこれも無価値ですわ』
     通りを埋め尽くす、いやこの国の至る所で咲く桜を蔑む。
     ちょん!
     宝物集め。手首を断たんと閉じる白霞の鋏。深く突いた裂傷二の腕掴み、雨が呪いかけるように衝撃波。
    「――あの子達は、雨がいた頃から綺麗でしたよ」
     それこそ狂ったように、産まれた日からの愛しき宴。
    (「バステでいっぱいにしてあげるの……っ」)
     しみ出す梨鈴の影に仰け反る背中へ華乃は更に影を重ねた。
     戦況を観察する楓は、弄ぶ光を闇空に投げて誘魚へ命中のお守りを施した。綿密なダメージ管理の上で付与を割り振る。
     斯様に、皆が役割を意識し某かを見定めると格の差を此だけ詰められるのだ。

    ●三
     更に苛み咲かせた所でエセ櫻はまりが起点となっていると勘づいた。
     回避の再開を見て取り華乃は敢えて続くのをやめた。一浄と誘魚も手を止め、楓も女が悠然と桜へ戻るのを見過ごす。
    『ねえ、どの子から肥やしにする?』
     根元にぴたりと耳をつけて伺えば、応えるようにぱっと咲き散る血色花。
    「――」
     僅かに俯く白霞の隣、華乃は最初と同じく分厚い刃で夜の狂気を掬い上げ天まで翳す。
     鈴が悲鳴をあげるよに揺れる蕾。
    『?! 嗚呼、お願いやめて頂』
     ぶんッ!
     気取った女の金切り声、だが慈悲なく分断。
    「もっと必死になってくださいまし」
     無傷の櫻を紅に映し口元だけで『にたり』と笑う娘の左右より、射手と攻撃手の杖が奔り女の両肩を捉えた。
    『いいこと、櫻! 最初にあの娘を殺しますわよ』
     がむしゃらに振り回す鋏が華乃を食む刹那、梨鈴は女が僅から左肩を強ばらせるのを見て取った。何度も観察していたから間違いない。
    「そこです!」
     さながら車輪に棒を差し込み止めるように握り込んだ刀を左から刺し入れる。
    『ぎゃあぁっ!』
     取り落としガシャンと地面で音をたてる鋏、ひらひらとそれを隠すように落ちる花びら。
    (「……血の色、きれい」)
     心の深淵よりわき出る素直な感想を振り払うように、ふるり頭を揺らした梨鈴は刀を引き戻し肩で息をつく。
    (「ふむ……今回の鋏は外れた、か」)
     仲間達が血に塗れようが焦らずライフラインの維持に努め、結果として誰1人危険域に落とさず進めた楓は、花散る影で次手への思考を巡らせる。
     次からの起点は梨鈴、狙いアップの順番からしても彼女ではあるが。
    (「悟られるわけにはいかないね」)
     故に楓は惑わすようにサズヤに向けて矢を放つ。
    「――」
     口元包むマフラーに手をあてて意図受け止めたと敢えて、わかりやすく。そうして、新たな起点たる梨鈴が動く前に思い切り地を蹴った。
    『アナタが来るのは織り込み済みですわ』
     そんな声を無視して抱えた杭を向けたのは――、
    「大事な櫻、傷つけてもいいのか」
     死喰い櫻。
    『ッ、このッ、させるかあああああ!』
     身を捻りレース翻し癒し請う喉は拾った鋏を振りかざす。惑うように咲けぬ櫻、暗澹たる木の下で、サズヤの胸から鮮血が散る。
    「……眠るのは、そっち」
     梨鈴が見破った弱点タイミングに渾身籠めて地に突き立てた杭によりデタラメに揺さぶられた彼女の外郭からは、彼を上回る血が溢れ出した。
    「私がお相手します」
     そうして始まる梨鈴の起点。
    「早う切ってしまわななぁ」
     印をつけるように翳した指輪の闇に向け、いの一番で進み出た一浄は最小限の動きで事為す燕を思わせる。
    「…………ほんま可笑しい話やで」
     奇譚にて疵付くのすら愉しむはタタリガミの業か。
    「――だって屍の上に生きるんは、桜に限った話やおまへんのに」
     であれば、語りにて絶望の追撃を与えるは七不思議使いの業か。
     ……どちらも同じ魂裏表。

    ●四
     癒して癒して。
     そう請う女へ櫻は応えるように花開く。
     もう穴埋めできぬ程の疵だというに健気に落ちる花びらへ白霞は掌を伸ばす。けれど偽りの花は、薄紅彼女の掌には何一つ存在を残しやしないのだ。
    「どうして貴方は都市伝説でなくタタリガミなんですか!?」
    「それは人を埋めるのに夢中になった彼女が食べちゃったから、ですね」
     けろりといつも通り巫山戯けほどける唇に律儀に返したのは、花を見上げていた誘魚である。
     ――幼い頃にさくらの木の元に埋めたあの子は、ちゃんと花になれただろうか? ひらひら尾びれの金魚、春になる度咲けますように。わたしがうさぎに……。
    「散りなさい、花のように」
     うさぎの生まれ変わりと称す娘の翻す力。
     払いきれなかったサズヤの衝撃に竦む身は狙い放題であった。だから更にドレスが赤く染まるように辛うじて白かった太ももを穿つ。
    「こんなに素晴らしいのに、コレクションが出来ない!!」
     虚空掴んだ指に鋏を誂えて、白霞は殊更花びらに塗れた左肩にあてがい、閉じた。
    「吸収出来ないなんて訳が分かりませんっ!」
    『……なら、あなたも堕ちればよろし……くて、よ?』
     ――じょぎり。
    「――」
     鋏が手首を刻む音は、満面の笑みで嘯いた白霞の台詞をかき消す程大きくて。
     そうして落ちそうな手を包み引いたのはまりだった。
    「ね。どうか勘違い、しないで」
    『今度はあなたから、ですわね』
     嗚呼、会話を成立させた時点で負けだというのに……!
     傾いだ上体を支えるように見えたのは、幻。
     朱塗りの胸に食い込む梨鈴からの影は樹に血の輪郭描くように力強く締め上げる。
    「綺麗な花を咲かせても、誰かの犠牲の上だったら皆に愛される花ではなくなってしまいます」
    「そう、櫻花を本当に美しく見せるのは誰かの死じゃない」
     まりは軸がずれた鋏を弾き、首元を掴み命を啜る。
    「……血を吸わない白桜も私は好き」
     彼女と誰かの血で染まったレースに悲しげに瞼を下ろし。
    「これで、おしまいにしよう」
     更にサズヤが裂いた首筋へ当たるは研ぎ澄まされた剪定鋏。
    「他の何かの命を糧に咲くんが、特別なもんに見えたんやろかね」
     花を落とすが生業、エセ櫻を狩り取るにはお誂え向け。
     一浄の笑みはあくまで典雅で、そう此処に来ても優雅さに一欠片の曇りもないのがより……嗚呼、記すのは控えようか。
    「それとも、自分が櫻のよになりたかったん?」
     ――ちょきん。
    「花に死体が似合うのか、死体に花がつきものなのか」
     ずっと冷静に怜悧に一貫した立ち位置で見据えていた。
     だから楓は落ち着いて回復の輝きを握り消して、口元であわせた掌に染みこませるように噺を紡ぐ。
    「……そうだ、こんな筋書きはどうだろう『死体を埋めていた誰かさんが、ふと思うんだ――』」
     女の口元には恍惚の笑みが描かれる。
     二つに分かれてしまいそうな胴体を押さえ込み、震える指で触れた鋏は頼りなく……だが、華乃を血で汚すコト、叶う。
    「……うふふ」
     翳した掌、肉が咲けて骨割り刃が突き出ても、戦いに高揚した少女は至極愉快と瞳を弓に曲げいっそ無邪気に破顔する。
     結構結構、その代わり――翼のように広がる帯が、ダークネスを少女が愛して止まぬ間合いに縛りつるした。
    「捕まえた」
    『……!』
     鬼ごっこで聞いたら心臓が止まりそうな嬉しそうな鬼の声、それがエセ櫻が最期に聞いた声だった。

    「……己を埋めたらどうなるだろうって」
     続く楓の奇譚を聞きながら、同じ事を考えていた白霞は消滅を惜しむ。
     桜の紅を見上げられる場所に彼女が埋まりたかったのは、最期の恍惚が示すように明白だったはずだから。
    「来年の春、本物に逢えるん楽しみにしとこなぁ」
     ついと見上げる一浄に釣られ、もう血色の花咲かぬ樹をそれぞれ見上げた。
     死ではなく生を肥やしにした花はきっと、悲しい噂を乗り越えて一層可憐に綺麗に咲き誇ることだろう。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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