人の顔持つ犬の体を借りて

    作者:飛翔優

    ●空き地に潜む人面犬
     深夜零時を過ぎた頃。町外れの空き地から、寂しげな犬の鳴き声が聞こえてくる。
     それはそれは同情を引く鳴き声だけれども、決して近づいてはならない。
     鳴き声の主は、人の顔を持つ犬。
     人の顔を持つ犬は人間を見つけるなり跳びかかり、その顔を喰らってしまうのだから……。

    「……って話だけど、ねえ」
     茶髪の男が、自らに体を預けている化粧の濃い女に笑いかけた。
     女もまた笑顔を返していく。
    「ほんっと、んなことあるわけねーじゃん。ねー、ダーリン」
    「そうそう。だからここは一つ、俺たちが確かめてやろうとしてるわけだが……」
     語り合ううち、電柱ふたつ分ほど向こう側に件の空き地が見えてきた。男は女に制止をかけながら、笑顔を引きつらせ始めていく。
    「おいおい、なんか聞こえてこねーか?」
    「確かに聞こえるけどさ、ただの犬っしょ犬。人面犬なんているはずないっしょ」
     否定する女性の足も、どことなく震え始めていた。
     二人は顔を見合わせた後、同時に生唾を飲み込んでいく。
     頷く会うこともないままに、互いを護るようにして歩き出した。
     一歩、二歩と近づくたび、寂しげな鳴き声は大きくなっていく。
     一本、二本と電柱を越え、空き地の前へとたどり着き……。
    「……」
     見えるのは、風に揺れる草の群れ。
     合間を飾る暗闇たち。
     にやりと笑う、男の顔。
    「っ……」
    「きゃぁぁぁぁぁ」
     人面犬であることに気づくやいなや、男は女を抱きかかえて脱兎のごとく逃げ出した。
     残された人面犬は怪しく笑い、二人を見送っていく。
    「へっへっへ……」
     その笑い声は、どことなく人のものに似ていて……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、蒼峯・祈里(銀の探索者・d35327)の予想によって一体のタタリガミの動向を察知した。
     そう前置きした上で説明を開始した。
     本来、ダークネスにはバベルの鎖による予知能力があるため、接触は困難。しかし、エクスブレインの導きに従えば、その予知をかいくぐり迫ることができるのだ。
    「とは言え、ダークネスは強敵。どうか油断のないよう、戦って下さい」
     続いて……と、葉月は地図を広げ町外れの空き地を指し示した。
    「今回のタタリガミは、名前は不明ですがとある都市伝説の姿を借りて、人々を驚かしたり襲ったりしています」
     都市伝説の名は、空き地に潜む人面犬。
     纏めるなら、午前零時以降に、その空き地からさみしげな鳴き声が聞こえてくる。鳴き声に誘われ空き地に足を踏み入れた者の顔を喰らってしまう……と言うもの。
    「その都市伝説を模した行動を、タタリガミは取っています」
     故に、午前零時以降にその空き地へ赴けば遭遇することができる。
     後は戦うだけ、という流れになるだろう。
     敵戦力は人面犬の姿と化しているタタリガミのみ。力量は、灼滅者八人でなんとか倒せる程度。
     攻撃面に特化しており、爪で防具ごと切り裂く、噛み付き加護を砕く、ドアップから怖い顔を見せつけることで威圧する……と言った行動を仕掛けてくる。
     また、怖い顔以外の威力は高く、全般的に殺傷力もかなりのものがある。
    「反面、体力そのものはさほど高くないみたいです。その辺りを周囲して、戦いを挑んで下さい」
     以上で説明は終了と、地図などを手渡しながら締めくくりの移行した。
    「都市伝説にせよ、タタリガミにせよ、放置しておけない事に違いはありません。どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)
    静闇・炉亞(刻咲世壊・d13842)
    火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)
    浅巳・灯乃人(スターダスト・d26451)
    焼杉・ひよ(きらきら星を追いかけて・d28160)
    ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)
    カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)

    ■リプレイ

    ●灼滅者たちは見た!
     薄雲が空を満たしているおぼろ月夜。肌寒い風が吹き抜けていく午前零時、灼滅者たちは都市伝説・空き地に潜む人面犬が……その姿を借りるタタリガミがいる空き地を目指し、町外れを歩いていた。
     頭につけるライトで街灯の届かぬ場所を照らしながら、花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)は言葉を紡ぐ。
    「人面犬、といえば有名な都市伝説ですよね。子供でも名前くらいは聞いたことある気がします」
    「鉄板と言える都市伝説よね。今回はタタリガミだけど」
     水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)もまた前を行く恋羽の霊犬・電灯を装着している豆大福をヘッドライトでなんとなく照らしながら、静かな息を吐き出した。
     同様に白い息を吐いた火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)は、小首を傾げながら疑問を述べる。
    「顔はやっぱり中年のおじさんなのでしょうか?」
    「あの……」
     返答がなされる前に、ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)が口を挟んだ。
    「そろそろ付きますので、雑談もそのくらいに……」
     ルナが示す先、暗い闇に包まれている空き地が見えた。
     雑談を辞めていく灼滅者たち。
     さなか、ルナが安堵の息を紡いだのは気のせいだっただろうか?
     気づいた様子もなく、体長百十センチほどのひよこ姿に変身した焼杉・ひよ(きらきら星を追いかけて・d28160)は語り出す。
    「大きなひよこに声をかけようとしたら、頭部分だけ外れ……人の顔がでてきたでち!」
     人を遠ざけるための物語を。
     体はひよこ、頭は人間……人面ひよこだったという怪談を!
     その裏に隠された意をなんとなく感じ取りながら、カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)は立ち止まる。
     ゆっくりと槍を引き抜きながら、空き地の草むら。その影を見つめていく。
    「……」
    「へっへっへ」
     草と草がこすれる音が響くとともに、姿を表したのは一匹の犬。
     醜い男の顔を持つ、空き地に潜む人面犬。
     人を驚かして喜んでいる……時には殺めているだろうタタリガミ……。
    「ほな、はじめよか」
     カルムの呼びかけに呼応し、灼滅者たちは一斉に動き出す。
     この地の平和を守るため。
     闇を灼き滅ぼすため……。

    ●対決! 噂の人面犬!?
     くるりと体を捻って一回転。
     スカートを際どく浮かび上がらせながら、晶は華やかなメイド服姿へと変身した。
    「全力でいきます!」
     言葉とともにタタリガミの懐へと踏み込んで、右足を炎に染めていく。
     バックステップを踏んでいくタタリガミを追いかけるかのように、炎の飛び蹴りを放っていく。
     着地とともに右へ飛ぶことで回避したタタリガミを、仲間たちの動きを捕らえながら、浅巳・灯乃人(スターダスト・d26451)は一人気合を入れる。
     人面犬、想像しただけでも不気味な存在。
     それが今、目の前にいる……。
    「……でもでも、ダークネスなら……」
     絶対に灼滅者するとの決意を胸に、背の高い草むらへと飛び込んだタタリガミを目指し大地を蹴った。
     草むらの右側を駆け抜けるさなかに剣を振るい、足を切り裂いて手応えを獲得。
    「っ!」
     そのまま真っ直ぐに走り去る。
     後をタタリガミが追いかけた。
     すかさず灯乃人のウイングキャットが割り込んで、タタリガミとぶつかり合う!
    「へっへっへ」
     弾き合う殺那に振るわれた詰めがウイングキャットをふっ飛ばしていくさまを見て、灯乃人は静かに目を細めた。
    「ごめん……ううん、ありがとう!」
     ウイングキャットの力強い頷きを受け取りながら、灯乃人は縛霊手をはめている拳を握りしめる。
     さなかには瑞樹が、炎に染めた大ぶりのナイフを振り下ろした。
     刃は体を捻り避けようとしたタタリガミの耳を切り裂き、その小さな体を赤き炎で染めていく。
    「これで、ずいぶん見やすくなったね」
    「……改めて照らされると、ほんまえらい気持ち悪いやっちゃなぁ……」
     小さく肩をすくめたカルムは、臆する事なく懐へと踏み込んだ。
     真っ直ぐに槍を突き刺すも、飛び退かれどうの辺りを傷つけるに留まった。
     問題ない。
     拘束の技を重ねていこうと、静闇・炉亞(刻咲世壊・d13842)に視線を送っていく。
     受け取り、炉亞は交通標識を静止を促すものに切り替えた。
     炎をまとったまま軽やかに動きまわるタタリガミに狙いを定めながら、静かな思いを巡らせていく。
     人面犬。
     本物は流石にいないと思いたいけれど……都市伝説が居て、その他ダークネスもいるこんな世界じゃ、居ても不思議ではない。
     もっとも……。
    「……行きます」
     目の前のタタリガミのように、それが本当の人面犬であれば、の話。
     炉亞は道路と空き地を分断する柵の側に歩を進め、交通標識を下に構えた。
     灯乃人の拳から逃れようと飛び退るタタリガミを、下からすくい上げるようにゴルフスイング!
     吹っ飛んでいくさまを眺めながら退いて、拳に影を宿していく……

     攻撃を重ねるうちに動きは鈍れど、力量の高いタタリガミにとってはまだまだ誤差……と言った段階なのだろう。
     変わらず警戒に動き回っているタタリガミ。
     重ねていけばいつかは結実するはずと、灯乃人は縛霊手をはめた拳を振るう。
     しっぽを捉えるとともに霊力を解放し、その小さな体を軽く縛め……。
    「今だよ!」
     呼応し、ウイングキャットが魔法を放つ。
     二重、三重に拘束されながらも、タタリガミは真っ直ぐに駆け恋羽へと跳びかかった。
     同時に振り下ろされた爪を、恋羽は束ねたオーラでがっちりガード。
     押し返すとともに右足に炎を宿し、桜飾りのついたブーツ型のエアシューズを滑らせ――。
    「隙ありっ、です!」
     ――タタリガミを力強く蹴り上げた!
     更なる炎を宿したタタリガミは空中で体を捻り、両足をたたむ形で着地。
     膝をバネに跳躍し、再び恋羽に襲いかかる。
     横合いから豆大福が飛びついて、タタリガミの体を組み敷いた!
    「豆大福、ありがとう! それじゃ……」
     喉元を薄く切り裂きながら対比していく豆大福を横目に、恋羽は虚空を強く蹴る。
     発生した突風が、タタリガミを住宅と空き地を隔てる塀のそばへとふっ飛ばした。
     さなか、ひよは豆大福を光で照らす。
     主を守った名犬を、暖かな力で癒すため。
    「っ!」
     同様に動きが鈍いと考えたか、あるいはただの気まぐれか。
     タタリガミもまた、光りに照らされた豆大福を目指し駆けて行く。
     すかさず、ひよは踏み込んだ。
     ふわモコな右腕で、禍々しき牙を受けた。
    「っ……ワンワンのこわいかおに、まけないでち!」
     表情を帰ることなく牙を振り払い、自らを光で照らしていく。
     かわいくないワンワンはいや、だからやっつける、その為にも支えていく……と意気込みながら、戦場観察を続けていく。
     同様に仲間を支えていくのだと、ルナは帯を放ちひよを抱いた。
     傷が癒えていくさまを横目に、静かな静かな想いを巡らせていく。
     夏は過ぎた。
     これからようやく怖い番組もなくなるのだと安堵していた。それなのに……。
    「……」
     恐怖をすっ飛ばし、ただただ怒りだけがこみ上げる。
     ――赦しません。
    「今に見ていなさい、私達があなたのそのにやついた顔を、全てを、消し去って差し上げますわ」
     静かな言葉を紡いだ後、ルナは爪を受けたウイングキャットへと視線を向ける。
     透き通るようなソプラノボイスでラテン語による賛美歌を奏で、治療を開始した。
     合間に響くはチェーンソー。
     担い手はタタリガミを追いかけ続ける炉亞。
    「そろそろ、辛くなってきたのではないですか?」
     真っ直ぐに突き出し、背中を削げば、タタリガミは足をもつれさせてすっ転ぶ。
    「へっへっへ」
     それでも変わらず、いびつな笑みを浮かべ続けていく。

     攻撃を重ねるに連れて、著しく動きを乱していくタタリガミ。
     弱々しく振るわれた爪を、恋羽は体を捻って回避。
    「そこです」
     流れるままに炎の回し蹴りをぶちかまし、タタリガミをふっ飛ばした。
     待ち構えていた豆大福が斬魔刀を振るい、打ち返す。
     転がっていくタタリガミを見つめながら、明はスカートを際どく翻しながら駆け出した。
     足に炎を宿しながら踏み込んで、立ち上がろうとしているタタリガミを高く、高く蹴り上げる!
    「まだです!」
     剣を引き抜きながら飛び上がり、タタリガミを追いかけた。
     頂点へと達したところで剣を振り下ろし、タタリガミを地面に落としていく。
     激突していくタタリガミ。
     嫌らしい笑みこそ変わらぬ者の、声はとても弱々しい。
     立ち上がることも赦さぬと、ルナは魔力の矢を雨のごとく降り注がせた。
    「その醜い顔をこちらに向けないで下さい。不愉快です」
     地面に押し付けられながらも、タタリガミは顔を上げた。
     ひよに視線を送り、笑みを怒りとも嘆きとも思える表情へと切り替えて……。
    「そんなのちっともこわくないでち! こわいワンワン、せいばいでち!」
     樹にすることなく、ひよはバベルブレイカーを突き出した。
     ドリル状に回転する杭で耳を貫き通す中、瑞樹が懐へと踏み込んでいく。
     非物質化させた刃を突き出し、偽りの力を削いでいく。
    「っと」
     手応えを感じた直後に腕を引き、気づかぬ間に振るわれていた爪を回避。
     静かな息を吐くとともに腕を肥大化させ、腰を落とした。
    「それじゃ、そろそろ終わらせよっか」
     下からえぐるようなアッパーカットを放ち、タタリガミを空中へと打ち上げた。
     直後、カルムが跳躍した。
     頂点へ達していくタタリガミに、影を宿した拳をぶち当てる!
    「……」
     着地していくカルム。
     地面に激突していくタタリガミ。
     タタリガミの紡ぐ苦しげな声を聞きながら、カルムは瞳を閉ざしていく。
    「今までの報い、トラウマの中で眠れや」
     灼滅者たちが見守る中、タタリガミは苦しげにうめいたまま姿を薄れさせていく。
     冷たい風が吹く頃には、跡形もなく消え失せた。
     カルムは静かな息を吐くとともに瞳を開き、仲間たちへと向き直る。
    「お疲れさん、やな」
     戦いの終わりを告げるため。
     休息の訪れを伝えるため……。

    ●心の疲れを癒やすには
    「ほんと、お疲れ様でした」
     どことなくホッとした表情を浮かべながら、治療を始めていく炉亞。
     力を用いれば、肉体的な傷は治る。
     疲れもまた、休んでいれば癒えていく。
     心を休ませるには……。
    「ひよちゃんすっごくもふもふ。癒されるよー」
     ウイングキャットをギュッと抱きしめていた灯乃人が、ひよこ姿ままだったひよをもふもふもふ。
     心の疲れを取るのだと、そのふわもこな体に顔を埋めていく。
     ひよはくすぐったそうにしながらも、温もりを感じて微笑んだ。
     気づけば薄雲も晴れ、綺麗な月明かりが降り注ぐようになっていた。
     まるで勝利を収めた灼滅者たちを……平和を取り戻した空き地を祝福しているかのように……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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