虫は武を食らう

    作者:邦見健吾

    「いやだ……いやだ、死にたくない……」
     おぼつかない足取りで暗い路地裏を歩くのは、黒いジャージ姿の青年。しかし纏うジャージはボロボロで、彼自身もまるで何かに憑りつかれているかのようだった。
    「はあ、はあっ……!」
     何かから逃れるように必死に走ろうとするが、足がもつれ、倒れ込んでしまう。
    「ああ、うううっ、ぐあっ……うああああっ!!」
     青年が叫ぶと同時、黒い蛾のような虫達が彼の体を食い破り、この世界に生まれ落ちた。

    「千葉県の港町にシン・ライリー配下のアンブレイカブルが現れるのを予知しました。しかしこのアンブレイカブル、どこか様子がおかしいようです」
     どうやらベヘリタスの事件にシン・ライリーが関わっているらしい、と冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が付け加える。
    「アンブレイカブルの名前はオリヤ。オリヤは何かに追われるように逃走していますが、路地裏で倒れ、数十体の羽虫型ベヘリタスによって内側から食い殺されます。おそらく、オリヤのソウルボードに卵が植え付けられているのでしょう」
     羽虫型ベヘリタスの戦闘力は灼滅者より少し弱い程度なので、全滅させることはほぼ不可能だ。しかし生まれ出でたベヘリタスが今後どのような事件を起こすか分からない。全滅させられなくても、可能な限り撃破すべきだろう。
    「羽虫型のベヘリタスは20~30体おり、正確な数は分かりません。サイキックはシャドウハンターの物を使います」
     ベヘリタスはこちらが攻撃すると反撃してくるが、撤退を選べば追ってはこない。そのため、力尽きるギリギリまで戦うことができる。
    「アンブレイカブルのソウルボードに入り、その中でベヘリタスを倒せばアンブレイカブルを救出することができます。しかしソウルボードと現実世界での連戦になるうえ、目に見えるメリットもありません」
     しかもアンブレイカブルは錯乱しているため、言葉による説得は厳しい。何らかの工夫がなければソウルボードに侵入することも難しいため、ソウルボード内のシャドウが弱体化することを考慮しても、割に合わないだろうと蕗子は言う。
    「何者かがアンブレイカブルのソウルボードを利用しているのでしょうが、それがシン・ライリーなのかは不明です」
     しかしこの方法ではエクスブレインの予知も難しいため、どれだけのベヘリタスが生まれているのかは分からない。
    「今は、とにかくできる限りベヘリタスを撃破するしかないでしょう。それでは、よろしくお願いします」


    参加者
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)
    杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)
    幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)
    夜伽・夜音(星蛹・d22134)
    七篠・零(旅人・d23315)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ

    ●武は眠りに落ちて
    「はぁ、はぁ……死にたく、ない……」
    「死にたくないか? なら生きるための仕合をしようじゃないか」
     ふらついて壁にもたれかかりながら、路地を逃げるオリヤ。その前に灼滅者が立ちふさがり、彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)が戦端を開いた。
    「僕らはキミの中の蟲を倒す。死にたくないなら、今は眠れ!」
     腕を異形化させ、踏み込みとともに鬼の拳を正面から叩きつける。オリヤにソウルアクセスしてベヘリタスを退けるため、まずはオリヤの体力を削って気絶させる段取りだ。
    「こちらの事情でだが、お前の現状の打破のために参上した。大人しくしてもらえるだろうか」
    「うう……お前ら、は……?」
     武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)の言葉が届いているわけではないのだろうが、おそらく抵抗する気力もないのだろう、オリヤは反撃してくる様子はない。
    (「厄介な状況になっているものだな。おまけに、実に胸糞悪い」)
     敵であれ、弱った相手を見捨てるのは後味が悪いというもの。身の丈を超える鉄塊のごとき大剣を斬り下ろし、豪快に一閃した。
    「今ここで死んでしまえば、これ以上戦う事も、強さを目指す事も出来なくなります。あなたの中に巣食う虫を、私達に退治させて下さい」
     続けて夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)が飛び出し、電光を帯びた拳を振り上げる。オリヤの顎を打ち、紫電がバチバチと散った。
    (「アンブレイカブルさんに虫が巣食っているとは、ちょっと複雑な気分ですね」)
     ストリートファイターである緋沙にとって、アンブレイカブルは宿敵。だが、苦しんでいる者を放っておくことはできないと思ったのだ。
    (「武人を名乗るなら中途半端に命乞いなんてするもんじゃないだろ。アンブレイカブルの命なんかに興味はないけど、ね」)
    「用があるのはお前の中の虫だけだ。 無残に食われてここで死ぬのか、僕達に縋ってでも生き延びるのか。後悔しない方を選びなよ」
     幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)は興味なさそうに告げ、白光放つ刃で斬撃を見舞った。本音を言うとアンブレイカブルは嫌悪の対象だが、無差別に殺すのは嫌だった。
    「全力で眠らせて救いに行かないとねー」
     一方、七篠・零(旅人・d23315)は、己を磨くアンブレイカブルには個人的に好感を抱いている。無惨な最期を迎えるのは見過ごせず、縛霊手に炎を纏わせて叩き付けた。
    「オリヤさんの中には今シャドウの卵が産みつけられている。アンブレイカブルでいたいのなら、その身を僕達に委ねて。僕達にそのシャドウを、狩らせて。――トギカセ」
     夜伽・夜音(星蛹・d22134)がスレイヤーカードの封印を解き、槍を横薙ぎに振るう。切っ先が三日月を描いて氷柱が飛び、オリヤに突き刺さってジャージごと凍らせた。
    「陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる。反転滅絶、断ち切る!」
     杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)はヘッドホンを装着すると、宙に字を描き、右手を突き出すと同時に殲術道具を解放。自身から生じた影を拳に宿し、突進とともに正拳を繰り出した。
    「あ……う……」
     灼滅者の攻撃を立て続けに浴び、オリヤが昏倒する。本来ならダークネスが攻撃で気絶することはないが、ベヘリタスに寄生されたせいだろうか。
    「ううっ、ああ……」
    「虫に食われて終わりなんて、そんな事にはさせないよ」
     灼滅者達は倒れたオリヤを取り囲み、苦しそうに歪む顔を見下ろす。そして零達シャドウハンターの導きにより、ソウルボードへと出発した。

    ●虫は夢に巣食う
     オリヤのソウルボードは何もない荒野になっており、そこでは黒と赤に彩られたは虫達が蠢いていた。今まさに、この世界から生まれ出でようとしているところなのだろう。
    「縁が……あるのでしょうか」
     20を超える羽虫型のベヘリタスを前に、土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)が苦い顔で呟いた。先日もこの形のベヘリタスと戦ったことがあるが、短い間にまた遭遇するとは思わなかった。謎の生き物が描かれた標識を掲げ、黄色の光で仲間に異状への耐性を与える。
    「ベヘリタス……随分と翅を伸ばしてくれているようだね。全部、殲滅する」
     夜音は険しい表情でベヘリタスの群れを睨み、槍に影を宿して薙ぎ払う。アンブレイカブルまで救おうとするのは欲張りかもしれない、だけどやってみせる。
    (「決めたんだ。絆を弄ぶこの蟲も、タカトも必ず倒すって。そのために繋がるものは全てこの手で手繰り寄せて前に進むって」)
     さくらえは槍を握り、真っ直ぐ突き出して氷柱を放つ。氷の棘は宙を貫き、ベヘリタスの羽を穿った。
    (「ダークネスは確かに敵で、彼ともいつか戦うことになるだろう。けれど、今この場で食い殺される形で死なせたくはない」)
     自己満足なのは分かっているつもりだ。それでも、できることがあるなら諦めたくはなかった。
     ベヘリタスの群れは数を減らしながらも、漆黒の弾丸を撃ち出し、突進して反撃する。弱体化しているため躱すことは難しくないが、しかし命中する攻撃も少なくない。
    (「ベヘリタス……沢山いますね」)
     シャドウの群れを視界に収め、緊張を高める緋沙。ソウルボード内なら問題なく全滅させられるだろうが、本当の戦いは現実世界だ。連戦ともなると、どれだけ倒せるか。
    「私たちはオリヤさんを救って見せます、たとえ私の宿敵であろうとも!」
     一気に距離を詰めると、縛霊手を突き立てて斬り抉る。羽をむしり取り、機動力を奪った。
    「おおおおおっ!!」
     宥氣が憎しみを露わに怒号を上げ、ベヘリタスに迫った。オーラを両の拳に集めて連撃を見舞い、羽虫がぐちゃぐちゃに潰されて消え失せる。
    「正直、気乗りはしないけどね」
     新は嘆息しつつ、鋭い針を撃ち込んで生命力を奪い取る。アンブレイカブルを助けたくはないが、やると決めた以上手は抜く気はない。勇也は腕から噴き出した炎を大剣の刃に纏わせ、宙に浮かぶ虫を袈裟に斬り捨てた。
    「サポートなら任せて」
     零は敵の攻撃を受け止めつつ、縛霊手を装着した右手で弓を引き、癒しの力を込めた矢で仲間を撃ち抜く。矢は傷を癒すとともに眠っていた感覚を呼び起こし、筆一は祝福の風を吹かせて毒を払う。敵とはいえ、中から虫に食い破られるような光景を見せられるのはごめんだ。
    「食らいなさい! これで、終わりですよー!」
     やがてベヘリタスの姿が少なくなっていき、最後の1体に。緋沙は光の盾を刃に変えて斬り裂き、オリヤのソウルボードから羽虫が残らず消え去った。

    ●悪夢は現実に
    「う、ん……」
    「キミはキミの生きる路があるだろ? 逃げるんだ」
     灼滅者達がソウルボードを脱出して間もなく、オリヤが目を覚ました。逃げるよう促すさくらえの視線の先には、オリヤの中から叩き出された羽虫の群れがいた。
    「起きたんならさっさと逃げなよ、戦いの邪魔だ」
    「……」
     新が嫌悪を込めた視線を向けると、オリヤは背を向けて路地を後にする。本来敵である灼滅者に助けられたからか、その横顔は複雑そうに歪んでいた。
    「さあ、先刻の続きと行こうか」
     勇也が大剣を脇に構え、大きく踏み出しながら高速で斬り上げる。さくらえは帯を矢に変えて撃ち出し、虫を貫く。
     戦いの本番はここからだ。できるだけベヘリタスを撃破したいところだが、敵の数は20を超え、総戦力は灼滅者達を大きく上回る。加えて灼滅者はソウルボード内での戦闘で消耗し、逆にシャドウであるベヘタリスはソウルボードで敗北しようと万全。形勢が不利なのは明白だ。
    「楸・序の型、神威御雷・真打!」
     宥氣がベヘリタスの足を掴んで地面に叩き付け、炎を帯びた手刀を振り下ろす。全身を一振りの刃に変え、強烈な一撃を叩き込んだ。新は拳に電光を宿し、虫の腹に打ち付ける。
    「やっぱり、けっこういるね」
     後衛に下がった零は縛霊手に炎を纏わせ、ベヘリタス目掛けて全力でぶつけた。いつもは笑みを浮かべている顔を曇らせ、敵を狙い撃つ。緋沙は闇を纏った個体目掛けて鋼のごとき拳を見舞い、宿る力ごと打ち砕いた。
    (「ベヘリタスの秘宝があれば……いや、今は」)
    「ある少女が……」
     夜音はベヘリタスの力があれば自分の望みを叶えられるかもしれないと夢想するが、今はそれを考える時ではないと戦いに集中する。敵群の真ん中にいる個体を見つめ、影と遊ぶ少女の物語を語り、執念が敵に憑り付いた。
    「攻撃はお任せします。……皆さんの怪我は、僕が治します」
     経験に劣ると自認する筆一は、それでも仲間の役に立とうと懸命に回復に努める。ダイダロスベルトで傷ついた仲間を包み込み、傷を癒すとともに防護を与えた。

    ●悪夢は潰えず
    「まだ、だ……ぐっ」
     新は倒れそうになる体を意志の力で支え、黒い刀でベヘリタスを両断するが、すぐに別のベヘリタスに群がられて意識を失った。
     灼滅者は敵の数を減らそうと努力したが、狙いが散漫で効率的にダメージを与えられていなかった。布陣によって異なる敵の能力に注意していたのは夜音だけであり、敵の攻撃力を削げないでいる。
     また攻撃を命中させるのは重要だが、個の力で劣る羽虫型ベヘリタスに対して狙撃役を多く置いたのは慎重すぎたかもしれない。
    「諦めは、しな……」
     さくらえは霊力を自身に注いで自らを癒そうとしたが、それでは足りなかった。漆黒の弾丸を次々と浴び、暗い路地に沈む。
     しかしベヘタリスの数はまだ20を切ったばかり。防御役だった2人が倒れ、灼滅者側の損害が一気に加速していく。
    「あああああっ!!」
    「……ここまで、か」
     攻撃役だった宥氣と勇也も力尽きた。シャドウへの憎しみのあまり狂乱していた宥氣は糸の切れた人形のように崩れ落ち、勇也はその場に膝を付いて逞しい体をアスファルトに投げ出した。
    「きゃああっ!」
     ベヘリタスが蛾のような羽をはばたかせて飛び、弾丸のように突進した。はね飛ばされた緋沙がコンクリートの壁に激突し、そのまま動かなくなる。
    「ああっ!」
     夜音もまた影を宿したベヘリタスに衝突され、トラウマに苛まれる。影に包まれた瞬間フラッシュバックしたのは、自分を見捨てた大好きな母、自分を残して去っていった大切な存在、そして暗闇に1人佇む孤独。羽虫どもに追い打ちをかけられ、夜音もまた限界を迎えた。
    「……!」
     同じくトラウマを呼び起こされ、体の内から噴き出す何かを抑えるように苦しみ出す零。血が滲むほど唇を噛み締め、己の胸元を強く握りしめる。
    「撤退しよう。悪いけど急ぐよ」
    「は、はい!」
     しかし零は立ち続け、まだ無事な筆一とともに撤退を決める。意識を失った仲間を集めると、筆一は白光を放つ剣をわざと大振りに薙ぎ払い、次の瞬間には仲間を抱えて走った。するとエクスブレインの言った通り背中を追うことはなく、虫達の姿が遠ざかっていく。
     数の恐ろしさを最もよく知るのは、多くのダークネスを連携して灼滅してきた灼滅者のはず。何より、アンブレイカブルの救出に意識を向けすぎたのが敗北の原因だろう。連戦でなければ多少の無理も効いたかもしれないが、それは灼滅者達が選択した結果だ。
     撃破できたベヘリタスの数は6体。目標には届かなかった。
     けれど失った命はない。悪夢の世界から生まれ落ちた虫どもとは、いずれ再びまみえる機会もあるだろう。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
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