わたしが助けてあげる。この絶望から

    作者:朝比奈万理

    「なんでこんなことになったんだよ……!」
    「どうやったら出られるの?」
     日高・ミヨシ(ひだか・みよし)は声を荒げて取り乱すクラスメイトを、ただ黙って眺めていた。
     その日は中学校の授業の一環で、近所の保育園に赴いての保育実習。将来、保育士を少しだけ夢見るミヨシにとって、それは有意義で幸せな時間だった。
     それがどうして今、こんな事になっているのか。突然この保育園から出ることができなくなってしまったのだ。
     不安を口々に呟き始めるクラスメイト。そんな不安感に追い討ちをかけるかのように、園児たちの鳴き声がミヨシの耳にも激しく響いた。
     あの子達を助けるために、みんなを助けるために、わたしが助かるために――。
     ミヨシは、ふらりと立ち上がると講堂の隅に畳まれていた長机を持ち上げる。
     と、それをクラスメイト目掛けて振り下ろした。
     叫び呻き、血に塗れてただの肉片と化すクラスメイトを、ミヨシは泣きながら何度も何度も折りたたみの長机で砕き続けた。
    「ごめん、ごねんねぇ……。でも、こうするしかみんなもわたしも助からないんだ……」
     クラスメイト全員を撲殺したミヨシが次に向かうのは、幼い園児の元。
     いま、みんなも助けてあげる。
     この密室から……。
     
    「密室殺人鬼・アツシが灼滅されたと言うのに、新たな六六六人衆の密室事件が発生していることが判明した」
     浅間・千星(星導のエクスブレイン・dn0233)は右手のうさぎのパペットをぱくぱくさせながら教室を見渡した。
    「しかし、今回の事件はこの六六六人衆も一緒に閉じ込められている」
     六六六人衆の名は、日高・ミヨシ。
     閉じ込められるまでは、どこにでもいる女子中学生だった。そんな彼女は、同じく閉じ込められた人間を殺戮しようとしているのだ。
    「でも、ミヨシ嬢は闇堕ちしたばかりで、殺人衝動に抗っているしまだ誰にも手を掛けていない。そして、脱出するためには殺戮をしなければならないと思い込んでいる」
     そして今回は中から外に出られないだけで、外からは簡単に中に入ることができる。そして何より未来予知ができることに千星は少し驚きの表情を浮かべたのち、こう告げる。
    「皆には、密室に閉じ込められた六六六人衆、日高・ミヨシを灼滅、或いはミヨシ嬢を救出して欲しい」
     場所は都心近郊の小高い丘にある保育園。
     そこに園児が三十人、保育士三人、実習に来た中学生十人が閉じ込められている。園児と保育士は教室に、中学生はその隣のレクレーションルームで一次待機しているようだ。
    「突入は昇降口でも教室のテラスからでも、レクレーションルームの窓からでも、どこからでも可能だ」
     ミヨシはまず、レクレーションルームでクラスメイトを撲殺する。その後に保育士と園児たちを襲う。
    「介入タイミングは、ミヨシ嬢がレクレーションルームの長机に手をかけたその時になるだろう」
     ミヨシは殺人鬼と無敵戦艦刀のサイキックを使う。また、自分より年下のものには攻撃を躊躇する一面もあるようだ。
     千星は改めて教室を見渡した。
    「何者かが、なんらかの目的で、密室に六六六人衆を閉じ込めたのだろう。少なくともこの密室はミヨシ嬢が作ったものではない」
     もしかしたら、新たな密室殺人鬼を生み出すためのものかもしれない。と、千星は眉間に小さなしわを作った。
     このまま放っておけば、未来ある命が犠牲になるだけじゃない。もっと大きな事件がおきかねない。
     もしミヨシがひとりでも殺めたら、躊躇わずに灼滅を。と千星は告げて、いつものようにニッと笑んだ。
    「どうか皆の力で密室に閉じ込められた者を、そしてミヨシ嬢を、最良の未来へ導いてやってほしい」


    参加者
    風雅・晶(陰陽交叉・d00066)
    各務・樹(虹雫・d02313)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    御神・鈴(御神流師範代弐位黒蓮華・d13494)
    風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192)
    上無・綾(束縛のヒト斬り・d35094)

    ■リプレイ


     丘の上の保育園は日の光を浴びていたが、嫌に静かだ。
     それもそのはず。このいい陽気にもかかわらず園庭で遊んでいる園児は一人としていない。
     全員が教室の中で怯えていたからだ。
     その隣の少し広い部屋、レクレーションルームでは教室同様に中学生がカーペット敷きの床に座っていた。
     全ての窓には手垢がべっとりと付いていて、この密室から脱出を試みようとした後がわかる。無論、全部の窓の鍵は開いているのだけど。
     窓を破る必要がないことに、刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)波安堵した。
    「ようやく終わったと思ったら、またかよ」
     森田・供助(月桂杖・d03292)は園児と保育師がいる教室を伺い、ため息をついた。
     密室殺人鬼・アツシは武蔵坂の灼滅者が倒した。なのに、新たな密室が発生ただなんて。
    「アツシが倒れたと思えばこれとはな」
    「なんていうかこう……密室の性質が悪くなってない?」
     供助とは背中合わせに、風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192)も息をつくと、城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)が眉をしかめた。
    「何者の謀かは判りませんが、真面目な少女を追い詰めるなどと酷いことを……許せませんね」
     眉間に少しのしわを刻んだ風雅・晶(陰陽交叉・d00066)は、ルーム内でただじっとすわっている少女を見た。
    「自分で望んだのならまだしも、その気持ちが偽りならば助けなければなりません」
     私と同じ思いはさせません。と上無・綾(束縛のヒト斬り・d35094)が強い眼差しを室内に向けると、
    「空席になった密室殺人鬼の補充が目的なのかしら」
     柔らかな髪を揺らして各務・樹(虹雫・d02313)が顎に手を当て思案する。
     そうなら、とてもひどいやり方だ。
    「こんな密室作ったやつは後で倒すとして、今は被害を抑えなきゃ!」
     語気を強めた御神・鈴(御神流師範代弐位黒蓮華・d13494)に、小さく頷きあう灼滅者。
    「目の前の方々を救うとしましょう」
     晶は改めて室内を見張ると、
    「そうね。ミヨシちゃんに誰も殺させないわ」
     樹も強い眼差しを向け、箒の柄をぎゅっと握りこんだ。
     真の首謀者に怒りを向けるのも、目的を暴くのもそれからだ。
     千波耶は緩く笑んで、
    「こういう密室作ったヤツの目的は全部潰してやらなくちゃね」
     硬くなりかけの場の空気を緩ませる。
     と、一人の女子がふらりと立ち上がり、思わず晶は手を少し上げて動きがあったことを皆に知らせた。レクレーションルームへ侵入するものは窓から内部を見遣る。
     淡い色の髪に隠れて表情はうかがえないが、あの少女が日高・ミヨシであろう。おぼつかない足取りで部屋の隅に向かっている。そこには折りたたみ机が重ねておいてあり、灼滅者たちはその時を逃がすまいとじっと待った。
     ミヨシがその机に手を掛ける、その時を。


     その瞬間、真っ先に飛び出したのは綾。
     カード解除とともに得物の槍をミヨシが手をかけた机を目掛けて投げようとしたが、やめた。
     もうすでに机はミヨシの手中に収まっていたからだ。それに机はいくつもあり、一個壊した所で埒が明かない。
    「日高先輩!」
     それでも綾は声を張り上げた。
     なぜならミヨシの意識は完全にあちら、学友へと向いているから。
    「それは貴女のやるべき事ではありません。目を開いて周りを見て、耳を澄ませて声を聞いて!」
     続々と窓から突入する灼滅者。
     晶と鈴はミヨシと中学生の間に割ってはいる。 
     箒に跨っていた樹は、ふわり降り立ち際にサウンドシャッターを張りめぐらせて、この騒ぎが園児と保育士の耳に聞こえないようにすると、騒ぎ出した中学生の前に立ったのはラブフェロモンを纏った千波耶と小次郎。
    「彼女の様子がおかしかったから、介入させてもらった」
     渡里が説明すると、
    「隣の教室に逃げろ」
    「教室に入ったら、廊下には出ないでね」
     小次郎は女子生徒に、千派耶は男子生徒に、同じ指示を出した。
     小次郎と千波耶に魅せられた中学生はまだらに小さく頷いてその指示に従った。
     全員がレクレーションルームの扉の外に出たのを確認して、千派耶はさらにもう一言、ミヨシが元に戻れるように中学生たちにまじないをかける。
    「この保育園は強大な悪霊に飲み込まれているの。今、そいつに彼女がたった一人で抗ってる。彼女が勝てるように、皆で祈ってて」
     二人が扉を閉めると、晶が殺界形成を展開させる。これで中学生たちはこの部屋に入ってくることはないだろう。
     同じ頃、供助は魂鎮めの風で園児と保育士を眠りへと誘った。
     そして、次々に室内に飛び込んでくる中学生を誘導すると、また風を送って
    「大丈夫だ。必ずここから出す。今少しだけ眠っててくれ」
     と、仲間の元へと向かった。
     一般人を全員保護し終えた灼滅者が相手取るのは、今にも長机を振り回そうと息を荒くするミヨシ。
    「その机で何をしようとしているんだい?」
     渡里が尋ねると
    「殺さないと、みんなここから出られない……! だからわたしが……、わたしがっ……!」
     武者震いか戦慄か。
     震える声を絞り出してミヨシは机を大きく振り回す。その重い一撃は鈴を狙うが、それを晶が庇ってみせた。
    「ねえ、ミヨシちゃん。みんなが助かるために殺さなきゃいけないって、変じゃない?」
     腕を大きく膨らませた樹が、その腕を大きく振るってミヨシの机ごと壁に叩きつける。
    「殺してしまったらここがなくなっても、死んでしまったひとが生き返るなんてことはないの」
    「そんなこと、わ、わかってるっ! わかってるけど、みんなを助けるには、これしかないのっ!」
     立ち上がるミヨシはそんな口ぶりで。
     ミヨシの殺戮衝動と正義感が惨劇を生み出そうとしている。
    「貴女が今やろうとしているやり方じゃ、誰も救われない」
     千波耶は帯を巧みに操って、ミヨシの脇腹を裂いた。
    「この一撃、流星の如く!」
     小次郎の放った重い一撃はミヨシの鳩尾を抉る。
    「守るべき小さな子ども達にまで手にかける、それが本当にお前の望むことか?」
    「ほかに、方法なんてないよ……!」
     晶の傷を帯で覆って癒したのは供助。
    「おい、ミヨシっつったか。落ち着け!」
     供助は最初の一声、混乱しているミヨシに届くようにはっきりと伝え、
    「ここから出れないなんてことはない。俺らは外から来た。出れるように誘導する。お前も、お前の友達も、子供達も皆無事に帰れる」
     落ち着いた冷静な口調で、ゆっくりはっきりと告げた。
    「……!」
     ぎゅっと目を瞑って首を横に振るミヨシ。涙が揺れる。
     ミヨシの死角に飛んだ晶は、二本の小太刀、『肉喰』と『魂結』で彼女の脚を一気に切り裂く。二本の光は黝く、白い。
    (「まるで、縫村委員会だな」) 
     かの殺人ゲームから生還した渡里はかつての事件を思い起こしていた。
    (「あれも、いやらしいかったが、こっちは、いやらしさがさらに上がっている」)
     事件に嫌悪しながらも鋼の糸でミヨシを縛ると、それを一気に引く。霊犬のサフィアも斬魔刀で斬り付け。
    「クラスメイトを手にかけて、その後どうするつもりだったんだい? 最後に自分だけが残るためかい?」
    「その先に貴女の未来はありません」
     ミヨシは綾を見て小さく肩を上げた。背格好は対して変わらない二人だったが、本能的に自分より年下だと解るようで。
     綾はミヨシの死角へ飛ぶと、凶器を支える細い腕を斬る。
     間髪いれずに飛び込んだのは鈴。
    「今、人を殺したら、あなたはもう、戻れないわ」
     納刀状態の小太刀『鈴鹿乃舞』を抜刀するが、ミヨシにかわされる。
    「わたしは、みんなを助けたいだけ……! 自分だけ助かりたいなんて思ってない!」
     人を殺したら駄目だということも、殺めた命は還らないことも、解っている。
     でも、と、ミヨシは机を握る手を振るわせる。
    「止められない……。みんなを殺せば、みんな一緒に、ここから出られるって考えが、とまらないっ……!」
     ミヨシは強く思う。
     みんなを助けたい。
     みんなでここからでるにはどうしたらいいか。
     だけど、ミヨシの闇は蠢く。
     殺したい。
     生という密室から、みんなを解放してあげればいいんだ。と。


     晶は常に前で仲間を守り続ける。
     仲間もミヨシも救い続ける。
     緩く握った二本の小太刀を構えると、中段の構えから、まっすぐに重い斬撃を振り下ろす。
     ミヨシはそれを机を盾に防ごうとするが、防ぎきれずに崩れた。
    「クラスメイトを全員殺したら、今度は子供達を手にかける……。君がやろうとしたことは、『誰も助けられない』方法だ」
     殺戮衝動を起こしているのはミヨシの闇。
     だけど渡里は、起き上がった少女を切り裂きながらあえて言う。
     闇に打ち勝つのも屈するのも、最後は日高・ミヨシという人格だけなのだ。
     サフィアも六文銭を飛ばす。
    「炎を宿せ、我が刃!」
     続いたのは小次郎。クルセイドソード『ブレードオンハート』に炎を託しミヨシに叩きつけた。
     炎は、ミヨシの闇を焼き尽くすが如く紅く。
    「そんなことでは誰も助からない。救われない。ただお前の手が汚れるだけだ……。その手は、子供達を抱き締めてやるのに使うべきだろう」
     今だ涙をこぼす少女の優しい手は、殺戮により紅く染めていいものではない。
     『kaleidoscope』に力を込めた樹は、膝を着くミヨシの目前へ。
    「みんなを助ける道はひとつ」
    「……ひとつ?」
     起き上がり反芻するミヨシに樹はひとつ頷いた。
    「それはあなたが殺したい衝動に勝つことよ」
     放つ蹴りは、流星のように煌き、重い。
    「ここにいる人たちは殺させないし、あなたも助けてみせる!」
     メイド服のスカートを翻して、鈴はその体を魔力を帯びたロッドで殴りつけると、
    「……帰ってきて!」
     自分が前に出れば彼女は絶対に怯む。槍を構えて綾は、真っ直ぐミヨシの懐へ飛んだ。
     案の定引いたミヨシを戻すべく、螺旋の槍は彼女の腹を穿つ。
     それでもミヨシの闇は、どす黒い霧を発する。
    「誰も殺したくない! けど、殺さなきゃ、助からないって気持ちが……、消えない……!」
    「そんなこと、しなくていいんだ」
     それを跳んで避けた供助。
     もう、ミヨシに説得は届いている。そう感じて、彼女の目前へ。
    「喚くな、泣くな。何かできないかって、探したのは悪かねぇ。でも、お前が守りたいもん全部で、外に出すから。お前も……確り正気取り戻せ!」
     手加減の攻撃と共に、言葉を。
    「貴女はまず自分を救わなきゃ――」
     右に構えた『Silencer』のヘッドに鎮座する碧玉は、周りに幻の梔子の花を戴き。
    「貴女を壊して、皆を殺そうとするダークネスから貴女の夢を守って」
     祈りと希望と共に。
     ミヨシを殴りつけると、そのまま彼女は崩れ落ちるように意識を手放した。


     目を覚ましたミヨシの目にまず飛び込んできたのは、綾の安堵の笑顔。
    「本当に……良かった」
     あちら側に落ちなくて本当に良かった。
     取り返しがつくならば、道は開けるのだから。
     ミヨシは綾を見、周りに目を向けて灼滅者たちを見回した。
     覚えてる。
     みんな、自分の衝動を止めてくれた人たち。
    「みなさんが、助けてくださったんですよね。ありがとうございました」
     立ち上がって頭を下げると、次に思い出すのは、自分の衝動で危険にさらされそうになった人たちのことで。
    「……みんなは」
    「隣の教室にいるわ、みんな無事よ」
     樹の言葉を聞いたミヨシは、ほっと胸を撫で下ろした。
    「わたし、みんなを……」
     もう、完全に殺戮衝動は消えている。だけど、それに抗っていたことは事実で。
    「罪の意識を感じることはありません。あなたはこの状況を仕組んだ輩に、思考を誘導されたに過ぎません」
     晶はそう告げると、傷付いた仲間を癒しながら供助も頷いた。
    「悪い夢は終わりだ」
    「みんなにもう大丈夫なことを伝えに行きましょう」
     頷いたミヨシをつれて樹は隣の教室へと向かっていった。
    「悪い夢は終わり」
     再び供助は呟く。
     密室を作り出し、この夢を先導した諸悪の根源は、必ず叩かなければ。
     灼滅者の心に宿ったのは強い想い。
     それは、新たに灼滅者になった、心優しき少女の心にも――。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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