一人より二人より沢山

    作者:八雲秋

     気が付いたら、少女、タザワ・ユキノはドーナツショップの2階にいた。何か違和感があり、とりあえず下に降りようとしてもどうしても降りられない。階段の所で見えない壁でもあるようにぶつかってしまうのだ。
    「やっぱり駄目か」
     彼女は仕方なしに椅子に座りなおして、飲みかけのコーラに口をつけ考える。ここに来るまでに何があったんだっけ……思い出した。
     そう、あの養父が私を襲ってきてたんだった。その場にあったハサミをやけで振り回したら、あいつの胸に深々と刺さって、動かなくなって。
     ポケットに突っ込んでいたハサミを取り出す。
    「ハサミってこんな形だったっけ? まぁどうでもいいか」 
     すると少女より少し年上ぐらいの男がトイレから出てきて、そのまま階段を降りようとして首を傾げる。
    「あれ、降りられねぇ」
     男も彼女と同じようだ。
    「何だこれ? なぁそこの姉ちゃん、何か知らない」
     鬱陶しくて男を無視する。それなのに男は近寄ってくる。
    「なぁ何か聞いてない?」
    (「うるさいなぁ。知らないよ」)
    「なぁ?」
     男が少女の肩に手を置いた。鳥肌が立った。気持ち悪い。
    「勝手に触んないでよ!」
     男を突き放そうと、片手で男の胸を突く。少々強めに。すると。
    「うあっ!」
     ガツン!
     ただ押し退けただけのつもりだったのに男は吹きとび、壁に背中を打ち付け、動かなくなった。義父と同じように。
     少女は思う。
     凄い力だ。男を殺った瞬間に更に力が付いたような気がする。そうだ、この調子でどんどん殺して、もっと強くなったらあの見えない壁だって破れるんじゃないだろうか。何だか楽しくなってきた。
    「早く誰か来ないかなぁ」
     彼女は頬杖を突き、階段を眺めている。 

     エクスブレインが説明を始める。
     神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)らの調査の結果、新たな六六六人衆の密室事件が発生していることが判明した。
     今までの密室とは違って中にいる六六六人衆も密室に閉じ込められ脱出できないらしい。密室にいる彼らはその空間にいる人間を殺戮しようとする傾向にある。加えてこの密室は外に出る事は出来ないが、外から密室の中には誰でも入れるという特殊な性質を持つ。
     君たちには密室の中の六六六人衆を灼滅するか逆に灼滅者として救出して欲しい。そうすれば密室は解消される。
     今回僕が説明している案件、タザワ・ユキノが殺したと思っている義父はかろうじて一命を取り留めたらしい、ドーナツショップの男もまだ息がある。加えて彼女が闇堕ちしたばかりの者であり、完全にはダークネスになり切っていない。ここまで聞けば、それなら彼を灼滅者として救いだすことが出来るかもと思う者もいるだろう。確かに可能だ。
     ただ、何せ普段にも増して、今回は、より異常事態だ。下手な説得では逆上し、ここから出ようと抗う行動を君たちに全力でぶつけてくる可能性だってある。

     詳しい状況と彼女の能力について説明しようとエクスブレインは話を続ける。
     場所は昼下がりのドーナツショップの二階、一階で注文した物を持ち込んで食べられるシステムの店。テイクアウトする客もいれば一階で食べる客もいるので注文したら皆が二階に上がってくると言う訳ではない。2階にあるのは食事スペースとトイレと事務室。ただし、今2階にいるのは倒れている男とタザワ・ユキノだけ。
     今の所は一階でも食事スペースは十分にある。ただ、普段なら普通に二階に上がっていく客もいる。今回もその調子で上がられたら惨劇は免れない。
     彼女は殺人鬼と同様のサイキックを用いることが出来、手にしたハサミは断斬鋏と同様の能力を持つ。
     
    「これがタザワ・ユキノが作り上げた密室ではないという事は、何者かが新たな密室殺人鬼を産みだそうとしかけたのかもしれないな。いずれにせよ、更なる悲劇を生みださぬよう、食い止めてほしい、頼んだよ」


    参加者
    聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)
    松苗・知子(退魔ボクサー・d04345)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    雷電・憂奈(高校生ご当地ヒーロー・d18369)
    ジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600)
    水無月・詩乃(稟武蒼青・d25132)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)

    ■リプレイ


     客を装い、灼滅者たちが2階に向かう。
    「新たな密室殺人鬼の暗躍ですか。厄介極まりないですね……」
    「うん、またカットスローターや針子のような存在が出てきたらと思うとぞっとするね」
     水無月・詩乃(稟武蒼青・d25132)の呟きにジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600)も頷き、肩を竦める。
    「密室ってのは落ち着くっすよね~。誰にも邪魔されない、自分だけの自由な世界……ネカフェの個室みたいなもんっすね」
     嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)がのんきに言うと、
    「ネカフェと違っていつでも出られるって訳じゃないでしょ」
     松苗・知子(退魔ボクサー・d04345)が呆れたように返した。
     雷電・憂奈(高校生ご当地ヒーロー・d18369)は他のメンバーが上がっていくのを確認してから、ドーナツショップの店長に声をかける。
    「店長、今のうちに2階の清掃やっておきますね、掃除用具は……」
    「ん? ああ、頼む。用具は事務室のロッカーだからね、これが鍵」
     憂奈は店長から鍵を受け取ると『掃除中につき』の立て看板を階段の手前に置き、自分も2階に上がっていく。
    「ん、何か散らかってるか、まぁいい」
     客を装う聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)はそう呟くと普通に椅子に座り、さりげなくユキノを観察する。
     絹代が『おや、何か様子がおかしいようだ』そんな表情をつくると席に座ってジュースを飲んでいるタザワ・ユキノに向かって話しかける。
    「なんすかねー、これ。急に降りれなくなってんすけど。立ち往生とか嫌なんで降りれるとこないか一緒に探さね?」
    「ないわよ」
     絹代の言葉に即答する。
    「窓だって、ほら墨で塗ったみたいに真っ黒で外も見えない。普通じゃないでしょ?」
    「ああ、なるほど、じゃあこのままっすかね」 
    「方法はあるけどね。私がもっと力をつけるのよ、そうしたら密室ごと壊せる……気がする」
     ユキノがそう言って、目を細め笑みらしきものを見せる。
    「さっき男の人を突き飛ばして、強くなれたって思ったの?」
     坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)が尋ねる。
    「あら、見られてたかな?」
     彼女の問いに答えずに、太郎は続ける。
    「そんな方法でどんなに力をつけたって、外に出られるとは限らない。少なくとも、その前に君がただ暴力を振るうだけの化け物になって、二度と戻ってこられない可能性の方が高く思えるな」
     彼らが会話を続けている間にジェレミアが壁際に倒れてる男を見つけ、ユキノに気取られないようにそちらに動く。
     男は気を失ってはいるが無事なようだ。ジェレミアは憂奈から預かった鍵を使い事務室のドアを開けると彼をに運び入れる。
    「とりあえず、ここに隠して……目を覚ましたら出てこようとするかもな、それは、まずいから、と……」
     一方、太郎とユキノの話はまだ続いている。
    「『強くなった』ってたぶん勘違いだよ、だって君はまだ彼を殺していないもの」
     あら、と呟いてユキノは席を立つ。
    「殺してないなら、とどめをささなきゃ……?」
     彼女は男の姿を探すが見つからない。ジェレミアが答える。 
    「いないよ。彼だったら、大事にしまっておいたから」
    「じゃあ。あなたたちからかな、皆お友達なんでしょ? 安心して。みんなまとめて殺ってあげられるわ」
     彼女が笑みを浮かべるのを見て、
    「んーやっぱそうなるっすよね」
     絹代がサウンドシャッターで戦場外に漏れる音を絶つ。
    「念のためにこちらも」
     若桜・和弥(山桜花・d31076)は殺界形成を仕掛け、それから自身の目の前で両の拳を撃ち合わせる。この拳で自分は何者かを傷つける。今日も目の前の彼女の事を。暴力を行使する事の意味を忘れないためのいつもの儀式。
    「信夫さんは前に!」
     太郎の言葉にウイングキャットがディフェンダーの位置に立つと、太郎は後衛の二人に夜霧隠れを掛ける。
    「ふーん、そう言うのが出来るんだ。すぐには死ななそうね、それなら」
     ユキノが手をかざすと前衛の者たちの周りを黒い雲が覆う。彼女の身から出る殺気が形になった物。それは彼らを傷つけた後、彼女の身に纏わり、そのまま彼女を保護するものとなった。
    「大丈夫ですか!?」
     メディックの憂奈が交通標識をかざし、前衛の者たちをまんべんなく癒す。自身でも癒しのサイキックを持ち合わせている者はいる。それでも、あまり戦闘を長引かせてはならない。時間が経つほどに彼女の内面までダークネスへと入れ替わっていくだろうから。
     ユキノの動きを注意深く見ていた詩乃が成程と小さく呟く。
    「流石、ダークネスともなるとサイキックの威力が違いますね、こちらも全力で行かせてもらいましょう」
     言うやいなや詩乃の帯紐が変形し、射出される。レイザースラスト、彼女の命中精度が高められる。
    「強くなったらここから出られると思うって言ってましたよね」
     憂奈の言葉にユキノが頷く。
    「私は力だけでは何事も、今回の事も解決するとは思えないんです」
    「それならどうしろっていうのよ」
     はい、と耳の横で小さく挙手して太郎が言う。
    「それ以外の手段もちゃんとあるよ、僕らはその手伝いに来たんだから」
    「何よ」
    「ここからダークネスがいなくなればいい、君がダークネスをやめることはできるから」
     ユキノが眉をひそめる。
    「殺られる側なんて冗談じゃないわ」
     そう、ダークネスの灼滅。最悪の場合はその手もある。だが。
    「そうはさせない……殺して、それで解決ってことにはしたくないわ」
     知子が彼女に告げる。
     彼女がダークネスになった理由を聞いても彼女を攻める気にはなれなかった。その上、何もわからぬまま連れてこられて、誰とも知らぬ者たちに灼滅される。そんなのはあまりに理不尽だ。
     ユキノは同情するなとばかりに皆を睨みつけ、
    「うざいわね、まとめて消えなさいよ」
     更なる攻撃に動こうとするのを察知し、
    「させないよ」
     ジェレミアが紅蓮斬で割って入り、その流れを止める。
     小さくはないダメージ、生命力までも吸われていく。だが彼女は動揺を見せない。
     ジェレミアヒュウと感心したように小さく口笛を吹くと、彼女に言う。
    「なかなかやる。ますます君を学園に誘いたくなるね」
    「学園?」
     背後の太郎を親指で指しつついう。
    「彼が言ってたろ、それ以外の手段、それを使えば君がいける所だよ」
    「そんなの。私より強い人の言葉でなきゃ聞く気ないわね」 
    「じゃあ、そうさせてもらうわよ!」
     中衛の知子がそう叫ぶと、ユキノの間合いに飛び込み閃光百裂拳を食らわせる。
     激しい連打を食らわせると、反撃を喰らう前に素早く離れると、今度は穏やかな口調で語りかける。
    「家には戻りづらいだろうけど、あなたの実力があれば受け入れられる場所があるの……っていうか現状だとあたしたちが勝つので、損得勘定してみてくれないかな」
     ふん、とユキノは鼻で笑う。
    「有利不利で止める気にはならないわ、それに私はまだ全然戦えるもの、こんなふうにね!」
     再び、殺気を撒き散らしながらハサミを振る。先程の殺気が今度は後衛の二人を苦しめる。
     苦しい中、何故だか絹代がにやりと笑う。
    「人殺せば強くなる、ね。人を殺し続けてれば色々と気付くことがあって、結果的に強くなる。ありうること……殺すほど自分をボロボロにしていくけどね!」
    「アドバイスありがとう。それならあなたから殺ってあげる!」
     ユキノが彼女に近寄り、手にする鋏で楽しげに彼女を切り刻んでいく。
    「ぐっ……煽り過ぎたっすかね」
     絹代が膝をつき、倒れた。絹代のエンチャントは消されている。息の根を止めようと鋏を構える彼女の前に太郎のサーヴァントと和弥が立ちはだかる。
    「お仲間は守るってか」
    「まあね、でも、殺そうって考えが本当にアナタ自身から生じたっていうなら、それはそれで良いんだ。たださ、アナタが積み重ねて来た人生の一切合切が、外野の手で御破算になるのは、ちょっと見過ごせない」
    「外野?」
     太郎が重ねて言う。 
    「自分を見失ってないかい? 自分がしてしまった事とこの異様な空間のせいで」
    「うるさい、そんなはず!」
     ユキノが襲ってきたのを和弥がカウンターで返す。ティアーズリッパー、腕に纏ったバトルオーラがまさに手刀となってユキノの身体を切り裂く。傷口から血が流れて行く。だが彼女はくくくと楽しげに笑う。戦いのさなかの高揚からか。
    「あなたも切るのが好きなの? 私も! こんなふうに!」
     くるりと身を翻しながらじぶんも凛凛虎をィアーズリッパーで攻撃する。彼の斬艦刀での剣技によっても彼女の攻撃を完全にはいなし切れず、彼は傷を負う。それでも彼は彼女をまっすぐ見て言う。
    「殺意に満ち、殺人を楽しもうという今の自分が誇れるというのなら、そう宣言してみたらどうだ!」
     彼女はちっと舌打ちし忌々しげに返す。
    「誰かに言われて言うなんて真似したくないわね」
     反抗的な言葉に、彼はむしろ笑顔を見せる。
    「それでいい……お前の中にはお前が宿した誇りがある! それでこそ美しい」
    「ぐっ!」
     敬意を表してと言わんばかりの全力の抗雷撃を彼女に食らわせる。
     彼女の身体が揺らぐ。あと、もう一撃。
     着物の裾を翻し、詩乃が走り寄る。手には傘、ユキノの背後に回り込む。シュルルと開いた傘を回す音。と、同時に、ユキノは全身から血を吹き出し、前のめりに倒れた。
     ふと部屋が明るくなった気がして皆が窓を見る。青い空。密室は無事解けたのだ。
     消滅する事なく倒れたままでいるタザワ・ユキノを確認すると、
    「どうにか彼女も灼滅しないですんだみたいですね」
     詩乃が肩で息しながら呟いた。けして余裕があった訳ではない、彼女が不完全なダークネスだったからこそ手に入れられた苦しい勝利だった。

    「一般人の男の記憶を曖昧にしなけりゃな」
     吸血捕食を持つ凛凛虎が言う。
    「適当に『バナナを踏んづけたら、怒ったゴリラに殴られた』とかでいいか」
     噂をすれば、事務室からごそごそという物音とうめき声が聞こえてくる。
    「あ、出てきたらややこしいから簀巻きにしてたんだった」
     ジェレミアがけろりと言ってのけると、凛凛虎は、うむと腕を組んで首を傾げる。
    「そうか……ゴリラは簀巻きはできないよな」
    「ま、なんとかなるでしょ、死人が出るまでではなかったし」
    「死人」
     その言葉にユキノが青ざめる。
     憂奈が慌てて彼女に告げる
    「あ、養父さんも助かったそうです、だから本当にユキノさんは誰も殺めたりはしていません」
     重傷の絹代が横から顔を出し、 
    「なんなら義父さんの居場所を教えてくれれば、ちょっっっぴりキツイ御仕置きできるけど、どう……ぐほっ! ちょぉ味方に止め刺される」
     最後のうめき声は絹代に脇腹に知子の軽い右パンチが決まったせいだ。
     ジェレミアがユキノに笑いかける。
    「ね、ほんと……いい腕してるよ、キミ。ぼくと……ぼくたちと一緒に戦わないかい? 何を企んでるか分からない奴らに使われるより、ずっと自由だよ」
    「私にできるのかな」
    「大丈夫、ぼくが保証するよ」
     笑って差し出す彼の手に彼女はおずおずと自分の手を伸ばした

    作者:八雲秋 重傷:嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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