ビサイド・ザ・ガードフェンス

    作者:君島世界

     月も星も見えぬほどに厚い黒雲が空を覆う夜、廃病院跡地の近くを、塾帰りの女子生徒が急ぎ足で抜けていく。自転車のパンクさえなければ、と彼女は自分の運の悪さを内心呪いながら、意識的に脇目も振らぬように、進むことだけに集中していた。
     そのすぐ横では、何年も前から放置され錆つききったガードフェンスが、どこまでもどこまでも続いている。昼間に見れば大したことのない場所なのだが、そのディティールを時に隠し、時に誇張する夜の暗さは、女子生徒に言いようのない不安を覚えさせた。
    「ったく、塾にだって補習はあるのに、門限付きだなんて理解がないよ……」
     女子生徒が愚痴る。父親の言い分としては、帰る途中で寄り道しない為だ、ということなのだろうが、自転車が使えなくなることもあるなんて当たり前のことすら、思いつかないのだろうか。
    「あーあ、バイクか何かの後ろに乗せてくれる、やさしーい彼氏でもいればよかったんだけど!」
     その時はその時で、いつも家の前で仁王立ちに待っている父親が、怒り爆発モードになるのは想像に難くない。
     ……だが、こんな悩みも、あと半年の辛抱だ。受験に成功すれば、両親は一人暮らしを許してくれると約束したのだ。『華の自立生活』、それだけを希望に、女子生徒は日々を過ごしていた。
     ――この夜までは。
    「え……きゃあっ!」
     突然、横のガードフェンスが女子生徒の体を押し潰すように倒れ掛かってきた。咄嗟にフェンスを支えようとするも、反対側から何者かが信じられない力で押してきており、なすすべもなく地面とフェンスに挟まれてしまう。
    「な、なによぉ、アンタたち……」
     女子生徒はその場からぴくりとも身動きできず、唐突に現れた恐怖に体の芯からすくみ上がった。彼女を地に組み伏せ、さらに周囲を囲むように現れたのは、映画とかゲームとかにしかいないはずの、あの――。
    「ゾ、ンビ? まさか、そんな、あ、あああんなのは作り話、で」
     囲む四体のゾンビが振り下ろしたガードフェンス越しの打撃に、女子生徒の骨格は粉々に砕かれた。
     
    「サイキックアブソーバーの情報から、これから起こるダークネス事件を察知することができました。今回の目標は、ノーライフキング配下の眷属――強敵です」
     いつになく真剣な面持ちで、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は語り始めた。
    「と言うのも、配下とはいえダークネスにはバベルの鎖の力による予知があるからです。策も無くむやみに立ち向かえば、苦戦は免れません。ですが、エクスブレインである私が予測した未来に従っていただければ、皆さんはその予知をかいくぐって、有利不利を逆転させることすら可能でしょう」
     ダークネス、バベルの鎖、未来予知……。それらのキーワードを、聞き逃しがない様に姫子は丁寧に説明する。
    「犠牲者のお名前は高島・渚(たかしま・なぎさ)さん。高校三年生の一般人です。塾帰りのショートカットとして廃病院の近くを通りがかったところを、ダークネスであるゾンビに襲われ死亡し、またその死体を持ち去られてしまいます」
     姫子は地図を広げ、舞台となる横浜の郊外を示した。閑静な住宅街の中に一つ、大きな空白地帯がある。
    「ここが、元『仁祭病院(じんさいびょういん)』跡地です。比較的大きな総合病院だったのですが、数年前に廃業し、以来解体工事のめども立たず放置されています。使用可能な器具類や照明は残っていませんので、夜ともなれば内部は街灯の明かりも届かず、完全に真っ暗になりますね」
     現場を示す姫子の指は、さらに地図上を滑る。
    「この、けして人目の多いとは言えない病院東側の道で、襲撃が行われます。あるノーライフキングの眷属として高い能力を持つと判断された渚さんは、ここでゾンビに殺害され、その死体を持ち運ばれてしまいます」
     そして、姫子は赤いペンで重要地点にチェックを入れた。情報の書き込まれた地図を黒板に貼り出し、次に姫子は付箋の挟まれたぺんぎんノートを開く。
    「ダークネスの未来予知を回避する方法ですが、『敷地の西側』から跡地へ侵入し、『北棟建物内』で待機、5体のゾンビが『南棟建物内』から現れ『東側のガードフェンス』へたどり着く前に、『後ろから』強襲する、という手順になります。病院内は真っ暗ですし、外を見張ることができる部屋はいくらでもありますので、身を隠しながら襲撃のタイミングを掴むのは容易でしょう。
     予知どおりに事が進めば、渚さんはその場を無事に離れることができます。その時皆さんが相手をするゾンビは、一体一体は皆さんと同程度か、わずかに下回っている程度の実力を持っており、またエクソシストとほぼ同等のサイキックも使いこなします」
     ですが、と姫子は小さなため息をついて言った。
    「その中の一体、リーダー格である個体は、例外と言えるほど強力です。どのような状況下であっても、1対1では絶対に勝つことができません。他のゾンビに比べ体格は一回り大きく、頭部が完全に白骨化しているので、それと相対するときは注意してください」
     強力な眷族と、それが引き連れる普通の眷属という図式である。主であるノーライフキング自身は、この場に出てくる事は無い。
    「この場所でのゾンビ事件は、今回が最初ではありませんが、最後にする事は決して不可能ではありません。これ以上の被害を防ぐためにも、廃病院のダークネスの灼滅を、皆さんにお願いします」
     そう言って姫子は、集まった灼滅者たちに深々とお辞儀をした。


    参加者
    十七夜・奏(吊るし人・d00869)
    古樋山・弥彦(高校生殺人鬼・d01322)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    ヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    織原・千尋(ストレイキャット・d03266)
    龍崎・ビリー(ビリー・ザ・ドラゴン・d04632)
    和央・貴子(ルビーレッド・d08610)

    ■リプレイ

    ●死に臨む窓
     荒れ果てた廃墟、その裏口と思しき小さなドアには、最早鍵を掛けようとする管理者すらおらず、西日を背にノブを回す数年ぶりの来訪者たちを、物言わず中へと通す。外の世界に区別無く降り注ぐ日光は、砂まみれの窓ガラスから無遠慮に忍び込んできて、久方ぶりに大きく動く大気に舞う砂埃をきりきりと輝かせた。
    「へぇ、廃病院ってこんな感じになっているんですね。夜になればさらに不気味でしょうし、これなら人通りも少ない筈ですね」
     散乱する何の役にも立たないガラクタと、崩れた機材とを見回して、感心したように言うのはヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)だ。しかしその好奇心も一瞬のもので、すぐにその表情を緊張に引き締めた。
    「Fully wrecked……まあ、明るいうちに来ておいて正解だったか? 今でさえこの調子なのに、これで暗くなっちまったら外でも転びかねねえぞ」
     龍崎・ビリー(ビリー・ザ・ドラゴン・d04632)は、足元にあった割れバケツをそっと踵で横に押しやる。その後ろでは、彼のライドキャリバー『ホワイトスケイル』が、従うようにタイヤをゆっくりと転がしていた。
    「さあ、とりあえずは現場調査だぜ。どこに隠れてどこで戦うか、皆で確認をしておこう。やり残しのないように、な」
     全員に号令を掛けるのは、リーダーを任された古樋山・弥彦(高校生殺人鬼・d01322)だ。指示出しに対する内心の苦手意識を噛み潰し、自然体にてきぱきとを声を掛けていく。
     その甲斐もあってか、日没までに灼滅者たちは廃病院の地理を頭に叩き込むことができた。北棟と南棟の位置関係、出口の場所とそれらを全て監視できる一室、衝突する際に戦場となるであろう場所の特徴……それらの情報を共有し、確認しあって、万全の体制を整えた。
     埃の上に指で書いた概略図を眺めながら、風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)は仲間達に配布した軽食を自分も口に運ぶ。ついさっきまで空に浮いていた太陽も、そろそろ地の奥に沈んで夜になろうとしていた。
    「あ、そうだ。見えるうちだけですからあんまり長くはできませんが、トランプを持ってきましたので、どなたか一緒に暇をつぶしませんか?」
     彼方の提案に、同じく軽食を摘んでいた数人が手を挙げる。いち早く反応した織原・千尋(ストレイキャット・d03266)は、埃を立てないよう慎重に歩み寄って、早速受け取ったトランプのシャッフルを始めた。
    「いつゾンビが来るかはわからないけど、少なくとも真っ暗になってからだもんねー。緊張をほぐせるようにするのも、いいことだと思うよ」
     にこにこと笑いながら、いつの間にか車座になった面々にカードを配っていく。結局できたのは1ゲームだけであったが、長い監視の前に余計な強張りは幾分か消えたようだ。
     そして、夜闇の時間が訪れた。気温下降と時を同じくして現れた分厚い雲が、文字通り夜の帳となって星々を締め出し、辺りを暗黒で満たしていく。
     灼滅者たちは窓際に潜み、外の監視を続けていた。気づかれる危険性から明かり一つつけられず、黒い絵の具を塗りつけた黒い画用紙に等しい外界を、じっと監視している。
    「けど、そろそろ目も、気配の把握にも慣れてきたね。それにしてもゾンビかあ……刺したら、どんな反応してくれるのかな」
     自信満々に言い放つのは、左手で解体ナイフを回す橘・彩希(殲鈴・d01890)だ。闇の中で彼女は、指先の感覚をナイフに馴染ませて、視線を向けずにむき出しの刃を弄んでいた。
     その隣で、彼女とは逆におびえたような様子の少女がいる。いち早く呼び出した殲術道具を抱き震えているのは、和央・貴子(ルビーレッド・d08610)だ。
    「うぅぅ、夜の廃病院、……こ、怖いよぅ! ゾンビもだけど、幽霊まで出たらどうしよう……!」
     おびえるが故の過剰反応で、彼女は外界の全て敏感に反応している。風に揺れる小石や木の葉に気づく度に、びくっと背中を震わせては、涙目の視界を更に揺らしていた。
     と、その肩に冷たい手が無造作に置かれる。短い悲鳴をあげ、全身総毛だった貴子がぎちぎちと振り返るその向こうには、廃墟の暗がりから溶け出してきたような、十七夜・奏(吊るし人・d00869)の姿があった。
    「……大丈夫ですよ。……死ぬ時は死にますが、今がその時ではありません。……さ、気を確かに持って、死者達の到来を待ちましょう」
     影色の輪郭の中で、奏は暗い笑みを浮かべる。贈られたその微妙な声援に、貴子もまた微妙にひきつった笑みで返した。

    ●ランアップ
     ――と。窓の外、南棟出入り口前の空気が、ぐにゃりと変わった。
     続いて粘着質な裸足の足音、風を裂いて震わせるようなゾンビのうめき声が、予知どおりに5体分現れた。
    「来たぜ。照明はぎりぎりまで付けずに、一気に接近だ……!」
     弥彦の指示で、灼滅者たちは一斉に行動を開始する。それぞれに持ち込んだ照明器具を手提げ、あるいは装着し、闇にまぎれて駆け出した。こちらも同じく北棟の出入り口から、しかしゾンビたちの背後を取るように移動して、強襲する。
    「グ、ウウウググ……」
     完全に不意を取られた格好となったゾンビの一団だが、しかしその中のボスと見られる大柄な一体はすばやく反応し、駆け寄る灼滅者たちのうちの一人を指差した。
     その枯れ木に似た指先から、呪いの放射が放たれる。狙いを定めた一閃は空間を直線に薙ぎ、そこにいたはずの者を縦に切り裂いた、筈であった。
    「……まず防戦からとは。……今夜の敵はしぶとそうで憂鬱です」
     もうもうと立ち込める土埃の中から、いっせいに灯された照明の光と共に、胸にトランプのマークを宿した奏が現れる。生来の陰鬱な顔を乗せたその猫背の横を、後ろから走ってきた彼方の五指が追い抜いた。
    「あのお姉さんは、絶対に連れて行かせない! お前達も、屍王の下には帰さない!」
     指を開いた掌の先に、輝ける十字架が降臨する。彼方が空いた手で更に十字を切れば、顕現した聖印はさらに光量を増し、対峙するゾンビたちにその威力を惜しみなく分け与えた。
    「戦場の音は、もうサウンドシャッターで遮断してあるよ! みんな、これで――」
    「Good work! さあ、覚悟しろよテメーラ……腐った耳じゃ聞こえてなくてもなあ! Are you ready?」
     言うが早いか、ビリーの体をオーラが包み込む。両足を肩幅に広げ、突きつけた人差し指を親指で締め付けて、ビリーは右手を必殺の拳に握り替えた。
     ビリーの露払いとして、『ホワイトスケイル』が道をつける。二体はほぼ同時に走り出し、ライドキャリバーのスキール音と、それを追うビリーの吠声とは半ば一体となって、彼方の攻撃に怯んでいたゾンビをひき弾いた。
     一瞬のうちに数え切れない打撃を受けたゾンビは、腐りかけの肉を剥がし落としながら地を転がる。ゾンビがアスファルトに爪を立て、強引に姿勢を立て直そうとするところを、千尋が放った聖なる光条が貫いた。
    「ビリーくんのでほとんど死にかけだけど、きっちり数は減らしていかないとね。まずは一体、灼滅するよ!」
     膝立ちで心臓を射抜かれ、力を失ったゾンビは前のめりに倒れていく。べしゃ、と生肉を叩きつけたような音を立て、骨ごと腐り落ち消えていくゾンビを見て、千尋はひとつ、小さなため息をついた。
    「敵リーダーを足止めして、取り巻きから倒してくぜ! 橘ちゃん、シュトゥルムくん!」
     己も戦場を縦横無尽に駆け巡りながら、弥彦は仲間に指令を下す。二人が小さく頷くのを確認して、弥彦はその移動を大股のランニングから細かなステッピングへと変えた。
     上下左右に加速減速を交えたフェイントで、敵の注目を引き、さらにそこから逸脱していく。そうして引き出した敵ゾンビの死角を、弥彦は逃さず切り裂いた。
    「本当はあのサイキックが使えればよかったんですが、こちらも効果はあるはずです」
     弥彦が掻き乱したゾンビたちの足元を、ヴァンの操る影業がするすると抜けていく。前衛から一歩下がり、状況の把握をしていたらしい敵リーダーの足首を、ヴァンは狙い通りに掴んだ。
    「影よ、立ち上がれ!」
     振り上げた腕とともに、影業が敵リーダーの全身を呑み込む。それらはゾンビのしゃれこうべに這い上がり、締め付け、裏返るように爆発してヴァンの手元に戻った。
    「ね、今の痛かった? 痛そうだねえ。けど、死ぬほど痛い、ってもっと痛いはずなの。教えたげるね」
     言葉に相反して穏やかな笑みを崩さない彩希が、ヴァンのサイキックの影響下にある敵リーダーに悠然と歩み寄っていく。戦場を後方から照らすライトの光の中で、瞬きの内に、彩希はその側腹部にジグザグのナイフを突き立てていた。
     刺すだけでは攻撃は終わらない。彩希はスロットマシーンのハンドルのように、上から斜めに突き込んだナイフでえぐり傷を広げる。
    「グゥオオオォォォ!」
     上がる咆哮に、不意打ちから立ち直った取り巻き達の視線が一斉に向けられた。ステップアウトした彩希にその内の二体が向ける指先の前へ、ディフェンダーとして走り上がってきた貴子が立ちふさがる。構わず発射される光線は、一本があらぬ方向へ誤射され、残る一本が貴子の体に照射された。
    「い、痛くない、痛くない痛くない……! ぼ、僕が皆を守るんだから!」
     全身を駆け巡る呪いを堪え、歯を食いしばって立ち向かう貴子。ゾンビの攻撃をもろに受け、しかし、貴子は戦意を失うことなく、その全てに耐え切った。

    ●空の標
     リーダーのゾンビが、叫び声を上げる。痛みに吠えるのでも、憎しみに狂うのでもない。先だっての影業に植えつけられた、己をさいなみ傷つける幻覚を払わんとして。
     しかし、払えども払えども、リーダーゾンビには新たな幻覚が植え込まれる。その隙に灼滅者たちは、力の劣る取り巻きのゾンビたちを、確実に集中攻撃で落としていく作戦だ。
    「残る四体、手負いの奴を狙え! 皆で畳み掛けろ!」
     戦場を弥彦の声がこだまする。ある者はその指示の通りに、またある者は己の判断で、弱った敵に目星をつけては、力を叩きつけていく。
    「Yee-haw! こいつでワンポイントゲッツ!」
     大きく上体をふらつかせ始めたゾンビに向かって、ビリーが日本刀を構えて肉迫する。鞘走るのはすれ違いざま、闇に生まれた銀閃が、不意の一拍を待ってゾンビを斜に両断した。
    「っ! Stand! 『ホワイトスケイル』!」
     居合い抜きの回転を鞘に閉じ込めるビリーの側らに、彼のライドキャリバーが姿を現す。残るゾンビたちの反撃に対し、盾となる動きだ。
    「だいじょうぶ、私がカバーするよ!」
     敵攻撃の直撃を受け、跳ね落ちたライドキャリバーに、狙い澄まされた千尋の矢が射掛けられた。矢はライドキャリバーを突き抜けるように、しかし何の破壊も与えずに打ち込まれ、その傷みを消していく。
    「みんなも、バックアップは私に任せて!」
     残心からさらに弓を番え、様子を見始める千尋。もはやこの場所に無傷の者はおらず、誰を救うか、何を狙うか、その判断を見極めるため、千尋はしっかりと周囲を見回した。
    「グウゥ……ゴオオオオォッ!」
     もはや幻覚を払う意味も無いと悟ったか、リーダーゾンビは叫ぶのをやめ、目玉の無い瞳を灼滅者たちに向ける。と、その様子に気づいた貴子もまた、狙いを変えてリーダーゾンビに向き直った。
    「い、今がチャンス、かも……!」
     貴子は正面で回した槍を横から後ろに引き、姿勢を低くしてイメージの狙いを整える。奥歯を噛み、気合とともに切っ先を押し出せば、そこから紅の逆十字が飛翔した。
    「ぼ、僕の一撃だってすごく痛いんだからッ!」
     己の内の震えを殺し、貴子は渾身の一撃を与える。逆十字はリーダーゾンビの肉を削ぎ骨を穿つ――が、その動作は止まろうとしない。
     リーダーゾンビの眼前に、十字の墓碑がアスファルトを破って生まれ出て、間髪いれず四方に黒い烈光が放たれた。思わず武器を構え備える灼滅者たちであったが、しかし、思っていた衝撃はいつまで経っても訪れない。
     彼らの代わりに呪いを受けたのは敵ゾンビたちだった。直前の催眠攻撃が功を奏していたのか、リーダーゾンビは周囲の認識を完全に見誤っている。
    「今のうち、一気に勝負を決めましょう!」
     その現象を最も早く見切った彼方が、急ぎ念を込めて魔法を発動させた。完成した魔法は空間を凍えさせ、一瞬で対象ごとの氷結閉鎖を叶える。
    「ほらっ、凍りつけ! フリージングデス!」
     カン、と乾いた音を立てて、残る取り巻き二体が大部分を氷に閉ざされた。自由になる腕で光線を放ちあがき続けるも、灼滅者たちに有効な打撃を与えられない。
     そして、これまでリーダーボスの妨害を担当していたヴァンと彩希の二人が、満を持して取り巻き掃討に参戦する。
    「あの女生徒……高島さんはもう逃げたでしょうか」
    「そんな心配よりも、今は目の前のゾンビを殺すのが先だよ」
     決意に頷いたヴァンが、彩希と呼吸をあわせ取り巻きを急襲する。僅かな光にきらめく彩希の解体ナイフと、夜よりもなお暗いヴァンの影業とが、左右対称の軌道でゾンビの首の高さを駆け抜けた。
    「残るは、敵首魁のみ」
    「あ、つい一回で終わらせちゃったよ。せっかくのゾンビだったのに」
     赤い余韻を残して、首の無いゾンビの体が腐り落ちていく。その様を確認した奏は、元は人間であった彼らを弔うように、とつとつと呟いた。
    「……ふたたびの死は、真なるやすらぎへ通じますことを。……そして、貴方にも」
     祈るように喉元に掲げられた奏のナイフが、ふらりと傾いて疾走する。合わせて指示役であった弥彦も、無心でリーダーゾンビに駆け上がった。
    「お前で最後だ! 決着を付けようぜ、ゾンビども!」
     裂帛の気合が、夜を切り裂いていく。迎え討つは、人の姿を失い、人であることも忘れ去った、哀れなる不死の怪物。
    「コ……小癪ナ生者ドモメ! 我ガ主ノ下ニテ朽チ、眷属ト成レイ!」
     交差の瞬間、二人はゆっくりと粘りつくように流れる時間の中で、そのゾンビの明瞭な姿を初めて目に捉えた。
     ――ノーライフキングは、眷族に命じて生者を死者と化し、眷属にするという。ゆえに狙われる者は、何かしらの『適正』を持つ者が多い、というが――。
     辛うじて原型を留めているという体たらくだが、そのゾンビが着ていた服は、学生服ではなかったろうか。……しかし。
    「……死者は所詮死者。……力に優れども、意思のある生者に勝てる道理がありません」
     最後の一体が、時に追いつかれるかのように、その全身を砂へと帰していく。奏が振り返った頃には、もう形として残るものは、何も、無かった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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