殺るしかないじゃないですか!

    作者:邦見健吾

    「こちらもダメでしたか……」
     眼鏡をかけた、理知的な外見をした少年が路地の中でうな垂れる。学校が終わって家に帰ろうとしたところ、いつも通りに帰ろうとしてもなぜか帰れなかったのだ。他にも道を試したが、帰れる気配はない。
     しかし問題はそればかりではなかった。心の中で得体の知れない感情が渦巻き、命令するのだ。
     ――殺せ――と。
     目に映る者全てを殺せと、自身の内に存在する何かが直接囁いてくるのだ。
    「こうなったらもう、殺るしかないじゃないですか!」
     そして少年の中で何かが壊れ、眼鏡が怪しく光った。

    「新たな密室の発生が判明し、事件が起こるのを予知しました。しかし、今回はアツシの作ったものとは違いがみられるようです」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)によると、中にいる六六六人衆すら外に出られなくなっているらしい。また、場所をエクスブレインの予知によって特定できる点も異なっている。
     だが中にいる六六六人衆を倒せば密室は消滅するため、その六六六人衆を倒してほしい。
    「ただ、この密室はもう1つ違いがあります。それは六六六人衆が完全ではなく、まだ堕ちかけだということです」
     六六六人衆に堕ちようとしているのは、高木・順也という名の高校生の少年だ。密室に閉じ込められて困惑していたが、さらに殺人衝動に苛まれた結果、人を殺せば脱出できると思い込み、高校の生徒を襲う。
    「今なら犯行を阻止し、犠牲者を出す前に止められます。高木さんも、灼滅者として救出できるかもしれません」
     順也は高校に残っている生徒を狙うが、校庭で待ち受ければ周りの人間に被害を及ぼすことなく戦うことができる。
    「高木さんは眼鏡をかけ、一見理知的な見た目をしていますが、はっきり言って頭は良くありません。むしろ悪いです」
     しかも人を疑うことを知らず、言われたことはそのまま信じてしまう。説得すること自体は難しくないだろう。
    「ただ彼を突き動かす殺人衝動は強烈で、彼の意志では制御できないものです。正面から迎え撃ち、撃破するしかないでしょう」
     必要なのは言葉による説得よりも、実力で上回り、力ずくで凶行を止めることだ。全力でぶつかることが鍵になる……かもしれない。
    「なお、高木さんは殺人鬼のサイキックを使うほか、眼鏡から光線を発射することもできます。他にも猛烈な勢いで頭突きしたりしてきますので、気を付けてください」
     完全には堕ちていないものの、その力は灼滅者を上回る。気を抜かなければ問題ないだろうが、油断は禁物だ。
    「現在高木さんがいる密室ですが、これは彼が作ったものではなく、別の何者かが何らかの意図で彼を密室に閉じ込めたのでしょう。もしかすると、新たな密室殺人鬼を作り出すつもりなのかもしれません」
     そして蕗子はよろしくお願いします、と付け加え、湯呑を手にしながら灼滅者達を見送った。


    参加者
    伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)
    神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)
    狂舞・刑(暗き十二を背負うモノ・d18053)
    ミス・ファイア(ゲームフリーク・d18543)
    晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)
    相神・千都(白纏う黒の刃・d32628)
    日野原・スミ花(墨染桜・d33245)
    蒼上・空(空の上は蒼き夢・d34925)

    ■リプレイ

    ●閉じ込められた眼鏡
     灼滅者達はエクスブレインの予知に従い、密室への侵入を果たす。
    (「つい先日にアツシ関連の密室を潰したと思っておれば、またぞろ新型の密室が出てきたのか。単純な虐殺のみならず、鍵となるは堕ちかけの人間というのだから厄介じゃな」)
     また新たに作られた密室に、呆れにも似た感情を覚える神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)。
    「松戸の密室を潰されたゆえ、戦力を割かずともよい方法にシフトする……とでも考えたのじゃろうか」
     松戸の密室事件と関連があるのかないのか、あるとすればどのように繋がっているのか、今後明らかにしていく必要があるだろう。
    「なるほど、これが密室殺人鬼の密室か。初めて来たが、不可思議なものだな」
     初めて密室に足を踏み入れた伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)は、いぶかしむように周りを見回す。基本的には普通の空間と変わりないが、学校に向かう途中、出口を探してさまよう人々とすれ違った。
    (「弱き者の盾となり、邪悪を斬り裂く剣となる。この言葉に偽りはないと証明してみせよう」)
     人々が困窮する様をその目で見て、己に課せられた責務を実感する。必ずこの窮地を切り開き、密室を解放してみせると心に決める。
     灼滅者達はやがて学校に到着し、校庭で順也を待ち受ける。校舎内から人の気配はするものの、不気味な静寂が漂っていた。
    「殺戮衝動、か……どんな気分なのかね? まぁ、知ったところでやることは変わらねぇがな」
     相神・千都(白纏う黒の刃・d32628)がナイフを適当に弄びながら、興味なさげに呟いた。
    「……ターゲットの到着だ」
     ナイフを上に放り投げ、くるくると回りながら落ちてくるナイフを掴んで切っ先を校門に向ける。その先に眼鏡の少年の姿を見つけ、小さく笑った。
    (「縫村の『縫村委員会』を思い出すな。アレとはカタチは異なれど、狙いはほぼ同じと見た。……だが、まずは目の前の大馬鹿をどうにかしなければな」)
     こちらに向かってくる順也の姿を視界に収め、狂舞・刑(暗き十二を背負うモノ・d18053)が殺界形成を発動。黎嚇もサウンドシャッターを発動し、戦いの準備を整える。
    「難儀な状況だな……気になることはあるけれど、まずは目の前の解決か」
     密室のことは気にかかるが、今は順也を止めるのが優先。日野原・スミ花(墨染桜・d33245)は淡々とした表情で殲術道具を解放し、手甲を装着する。
    「狩り、開始」
     晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)も鋭い眼差しを順也に向け、カードの封印を解く。もしもの場合は躊躇しないが、手遅れになる前に彼を取り戻すつもりだ。
    「……どなたか存じ上げませんが、殺られてくれますか?」
    「これより、宴を始めよう」
     順也が低い声で告げると、眼鏡が斜陽を反射して光る。足元に伸びる影を鎖の形に変え、刑が宣戦布告を受諾した。

    ●光放つ眼鏡
    「ハロー、お兄さん、ご気分はいかが? まあまあ、ばばーんと掛かって来なよ。ファイアと拳で語り合おうじゃない! それがセーシュンってイベントでしょ?」
     固い表情をした順也に、ミス・ファイア(ゲームフリーク・d18543)が早口で喋りかける。ファイアにとって人生の全てはゲーム、気軽に遊ぶように笑って赤く燃える交通標識をぶつけた。
    「その衝動、まずは俺たちが受けてやろうじゃねぇの!」
     蒼上・空(空の上は蒼き夢・d34925)は正面から突撃し、バベルブレイカーを突き付ける。至近距離から高速回転する杭を撃ち込むが、順也は紙一重で身を躱した。逆に順也はガラス片を突き立て、空は不敵に口元を歪ませる。
    「ここから出るには、みんな殺るしか……!」
    「まったく、短絡的な男じゃのぅ。このような怪しげな状況で、殺せなどという内なる声がまっとうなもののわけがなかろうに」
     目にも見えそうなほど殺意を迸らせ、殺すしかないとうわ言のように口走る順也。美沙はたしなめるように言い、鬼の拳で殴り付ける。受け止めた順也が押され、砂煙が舞った。
    「殺せと言われたからやるしかない? あなたの意志はどこにあるんだ、衝動に従うのを良しとするのか?」
     スミ花は内なる闇に操られている順也を咎めながら、傷ついた空をオーラで包み込み、オーラの力を転じさせて傷を癒す。
    「衝動に飲まれるのはテメェの勝手だが……命を背負えないならここで消えろ」
     千都はあえて突き放すように言い、冷淡に告げる。
    「せっかくならば聞いていけ、魑魅魍魎どもの物語を……なんて、俺の柄じゃねぇけどな」
     地に住まう化生の物語を語ると、大小さまざまな妖怪が一瞬現れて順也に群がった。
    「冷静になって話を聴いてほしい。殺人を犯しても君は……」
    「殺るしかないでしょうがー!」
     黎嚇の言葉を遮り、錯乱した順也の叫びが轟く。瞬間、眼鏡レンズが光を帯び、眼鏡の形をした光線が迸った。
    「め、メガネからビーム、だと……随分と奇抜な戦い方だな……」
     遠く彼方へ消え去っていく眼鏡ビームを視線で追いかけ、驚愕の表情を浮かべる黎嚇。しかしすぐに気を取り直し、裁きの光で仲間を癒した。
    「今、あなたはダークネスという怪物に体を乗っ取られようとしています。誰かを殺したいという衝動も、その怪物によるものです」
    「何ですと!?」
     真雪がダークネスについて説明し出すと、順也は目を見開いて驚いた……気がする。眼鏡の奥の目は、レンズに反射した光のせいで見ることができない。真雪は白銀に光る刃を振るい、一太刀浴びせる。
    「しかしここから脱出するにはみんな殺るしか……」
    「何が「やるしかない」だ! 何だその動機は! 短絡的だ、あまりに短絡的過ぎる! 己がしようとしている事が良いか悪いか……少しは自分の頭で考えやがれ!」
     うろたえて混乱する順也を、刑が一喝した。衝動に身を委ねようとする順也に自分が重なり、声を荒げて叱り飛ばす。瞬時に肉薄し、赤黒く染まったナイフで一閃した。
    「ファイアが言えるのはねー、少なくとも全員殺したところでミッションはクリアにならないってことかな? 声を信じたら失敗確定。ならもちろん、やるのは声に抗うことだよね!」
    「どういうことなんだ……?」
     ファイアの言葉に順也は動揺を大きくし、頭を抱えて悩みだした。

    ●暴れる眼鏡
    「今ならまだ人間に戻れる可能性があります。しかしそれには俺達の攻撃を受け入れてもらう必要があります」
    「本当ですか!?」
     真雪の言葉に、順也の顔が少しだけ明るくなった。真雪の話を完全に信じており、同時に元に戻りたいという気持ちも持っているようだ。
    「僕達は君を助けに来たんだ。信じてくれ」
    「ありがとうございます! で、でも自分で止められないんです!」
     黎嚇に礼を述べる順也だが、すでに自分を制御することは不可能になっていた。衝動に突き動かされ、全速力で突っ込んでくる。
    「おおおっ!?」
    「こ、今度は頭突き……堕ちかけ故に仕方がないのかもしれないが、もっとマシな武器はなかったのか」
     猛烈な勢いの頭突きが狙いを逸れ、塀に激突した。強力な一撃で塀が崩れ、常に冷静であろうと努めている黎嚇もその無茶苦茶さに困惑させられる。
    「ガッツある頭突きするじゃねぇの、闇堕ちさせるにゃあもったいねぇ、なッ!」
     そこに空が駆け出し、空高く跳び上がって飛び蹴りを見舞う。天から降る星のように真っ直ぐ落下し、エアシューズが順也の顔面を打った。
    「そうするしかないからそうするのか、そうしたいからそうするのか、あなたのこころはどちらだ。この状況を理不尽だと思うなら抗うといい。スミ花たちは、この密室を壊す為に来た」
     スミ花は順也に問いかけながら、光の盾を展開。大きく広がる光が仲間ごと自身を覆い、異状に対する耐性を与えた。
    「殺しをしたけりゃ、まずテメェ自身が殺される可能性も考えておけ! 自分が殺られるのが嫌なら、他人を殺ろうとするんじゃあない! わかったか!」
    「はい! わかりました!」
     また刑に叱られ、順也は素直に謝るがそれでも止まらない、いや止まれない。仕方ないので影の鎖を伸ばし、引きずり込んで影に呑み込む。
    「ミスター! ちゃんとやんないと焼いちゃうよ!」
     ファイアは自身のウイングキャットに指示を飛ばしながら、霊力を送り込んで回復。脅されたミスターも、尻尾のリングを光らせて仲間を癒した。
    「その声に従えばここから出られるのやも知れぬ。じゃが、引き換えに失くすはそなたの心。本当の意味でこの状況から「出たい」のならば、そなたに取り憑いた闇を力ずくで祓わねばならぬ。少々過酷じゃが耐えるがよいぞ!」
    「はい!」
     美沙がダイダロスベルトを撃ち出し、順也が歯を食いしばる。帯は矢となり、あやまたず撃ち抜いた。
    「言っとくが、戦えなきゃまた堕ちるぞ。さぁ、選べよ。覚悟のうえで生きるか、覚悟無くここでくたばるか、だ」
    「戦います!」
    「それじゃ斬るぞ」
     千都の問いに、順也が即答。千都は鋼の糸を操り、制服ごと切り刻んだ。

    ●決意する眼鏡
     順也が人に戻りたがっているのは明白だ。しかしそれは彼自身の力で叶えることはできず、灼滅者達は暴れ続ける順也を力づくで抑え込む。
    「さて君も、ファイアの炎味わってみよっか。ちょっと脳がスッキリするかもしれないよ?」
    「あっつ!?」
     ファイアがエアシューズを駆って急接近し、烈火を帯びたローラーを叩き付けた。真雪は指輪を握りしめ、魔力の弾丸で撃ち抜いて行動を制約する。
    「こいつはお返しだ!」
     空が肉薄し、両の拳にオーラを集めて連撃を叩き込んだ。最後のおまけに頭突きをお見舞いし、順也を吹き飛ばす。
    「たまにはシンプルにいこう」
     スミ花は縛霊手を振りかぶり、素早く距離を縮める。踏み込みとともに体重と加速を乗せ、力いっぱい拳をぶつけた。
    「伐龍院の名にかけて必ず助ける。……だから、信じろ」
     そして黎嚇は順也を真っ直ぐ見つめ、黒き短剣を握る。すれ違いざま剣を振り抜き、眼鏡の少年が崩れ落ちた。

    「なんと! 世界がそんなことになっていたとは!」
    「うん、まぁ、話は早いのじゃが、あまりに鵜呑みにするその性格は心配になるな……」
     順也は無事生き残り、灼滅者として覚醒した。理解するまで何度も説明すると、全く疑うことなく受け入れ、その素直過ぎる反応に美沙が若干顔を曇らせる。
     なお、ファイアは事件の前に変わったことがなかったか聞いてみたが、何もなかったと順也は言う。まあ、もし何かあっても気付かなかっただけかもしれないが。
    「その力の振るい方を知りたいのなら、武蔵坂に来るといい」
    「世の中には今回のような理不尽が溢れおる。もしそれをどうにかしたいと思うならば、我らの学園に来てはどうじゃ」
     戦っている最中は苛立っていた刑も落ち着きを取り戻し、順也を勧誘。美沙も誘いの言葉を重ねた。
    「それは……」
    「その根性、灼滅者として十分やってけるぜ、やりあった俺様が保証する。まぁ、細けぇことは後で考えても遅くはネェだろ」
     迷う順也に、空がサムズアップ。ニカッと、歯を見せて笑った。
    「お疲れ様でした。皆さんもこう言っていますし、武蔵坂に来てみてはどうですか?」
     キャラメルを手渡し、真雪が答えを促す。すると順也は覚悟を決めた表情で眼鏡をかけ直し、真剣な瞳で深く頷いた。
    「決まったか。何が裏で糸引いてるのかは知らねぇが……帰るぞ」
     念のため周囲を警戒しつつ、帰還を促す千都。順也という新たな仲間に学園への道のりを伝え、灼滅者達は帰路に就いた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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