日暮れ近い山中を、道着姿の女が走っていた。
彼女はアンブレイカブル。元は業大老の配下だったが、ベヘリタスの実験体として目をつけられてしまった。
辛くも窮地を脱し、卵を植え付けられる事だけは避けたものの、危機が去ったわけではない。
「ちっ、しつこいわね……!」
羽音とともに追撃してくるのは、羽虫型のシャドウ。ベヘリタスめいた外見の、灼滅者達とも交戦したタイプである。
しかし、大きい。小柄な女と比較すると、2倍近い。
覚悟を決め、女がシャドウと相対する。だが、傷ついた体は満足に動かない。握った拳に宿る雷も、微弱なものだ。
「くっ、『雷娘(いかずちむすめ)』とあだ名されるこのあたしが……!」
反撃空しく、追い詰められる女。苗床にされる運命が、頭をよぎる。
「こんなところで倒れるわけには……」
一瞬、『雷娘』が北の方を見た瞬間、羽虫が彼女を捕らえた。
「アンブレイカブルにベヘリタスの卵が植え付けられる事件は、知っているな?」
初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)によれば、四津辺・捨六(伏魔・d05578)らにより、逃走したアンブレイカブルが、日本海の北側に向けて山中を移動している事が判明したという。
「だが、そのアンブレイカブルを、羽虫型のベヘリタスが襲撃する事が予知された。このままでは、アンブレイカブルは連れ去られてしまうだろう」
人気のない山中なので、一般人に被害が及ぶことは考えにくいが、羽虫型シャドウの増殖は放っておけない。
今回の目的は、『羽虫型ベヘリタスがアンブレイカブルに卵を植え付けるのを阻止する』事。そのためには、いずれかのダークネスを灼滅する必要がある。
幸い今回は、二者が現れる山中に、余裕を持って到着できる。ただし、罠を仕掛ける等の下準備をした場合、アンブレイカブルが勘付いてしまう可能性がある。
さて、シャドウの外見は、以前かねてより出現していた羽虫型ベヘリタスと同様。1体のみで、腹部に小型のシャドウを詰め込んでいるという事もないようだ。
「だが、3m弱まで成長しており、より強力になっているぞ」
巨体から放たれるシャドウハンター、そして鋼糸のサイキックには、苦戦を強いられるだろう。
一方、アンブレイカブルは消耗しており、万全な状態ではない。『雷娘』のあだ名の由来となった抗雷撃を始めとする、ストリートファイターのサイキックをかろうじて使える程度。
「あの業大老を軍艦島のダークネス達がサルベージしようとしているという情報もある。このアンブレイカブルの逃走先も、それと無関係ではないだろう」
ここで救って泳がせるか、あるいは今後の事を考えてここで灼滅してしまうか。
アンブレイカブルへの対応も考えてみてくれ、と杏は締めくくった。
参加者 | |
---|---|
大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263) |
古室・智以子(花笑う・d01029) |
犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462) |
高倉・奏(二律背反・d10164) |
木元・明莉(楽天日和・d14267) |
クリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977) |
内山・弥太郎(覇山への道・d15775) |
霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089) |
●接触
「……『絆』って何なんやろなぁ……」
木陰に潜みながら、自問するクリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)。
「ベヘリタスがアンブレイカブルに固執して、蟲を生む……何でやろなぁ?」
新たにラブリンスター配下の淫魔たちも標的にしているようだが、かといってアンブレイカブルを放置したというわけでもなさそうだ。
だが、疑問もそこまで。戦いの気配が近づくにつれ、クリミネルの意識が戦闘モードに切り替わっていく。
「さて、援護……するか!」
霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)が走り出す。素顔は仮面で覆っても、その闘志まで隠すつもりはない。
「くっ、あたしの技が……!」
渾身の抗雷撃を羽虫にかわされ、歯噛みする『雷娘』。
今まさにカウンターを浴びようとする、その窮地を救ったのは、
「咲け、黒光司」
「害虫駆除や!!!」
古室・智以子(花笑う・d01029)の一撃と、クリミネルの蹴りだった。
跳ね飛ばされる羽虫を、あ然として見送る『雷娘』。
「こんにちわなの。害虫駆除業者なの」
智以子のおどけた口調に、『雷娘』は困惑を隠せない様子。
「ここは引き受けます」
白い髪と白い狼の耳。人狼としての姿を解放した内山・弥太郎(覇山への道・d15775)が、『雷娘』を背に庇う。
鎧に身を包んだ大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)は苦い顔で、
「ちぃ、理由がどうあれ、ダークネスを助けることになるとは……な」
羽虫より人に近い姿とは言え、『雷娘』もダークネスである事に変わりはないのだ。
「アンブレイカブル! こっちだ!」
闇子は、戸惑う『雷娘』の手を引き、前線から離脱させる。
「その人数、武装……まさか、お前達は」
「そう。武蔵坂学園の灼滅者だよ。君を助けに来たんだ……『雷娘』」
木元・明莉(楽天日和・d14267)の言葉に、驚く『雷娘』。しかしすぐに厳しい表情で、
「くっ、なぜ灼滅者があたしを助けるような真似を」
「ベヘリタスのやり口は気に入らないし、アンブレイカブルと戦うなら万全の状態で戦いたい。……それで理由は十分だろう?」
「犬塚さんに同じく、ですよ。あんな気味の悪い虫の味方なんて、誰もしたくないでしょう?」
仮面で容貌を隠した犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462)や高倉・奏(二律背反・d10164)の告げた理由は、明快なものだった。
それでなくとも弥太郎は、以前も別のアンブレイカブルを救っている。いかに標的がダークネスといえど、ベヘリタスのやり方には許せない部分がある。
もっとも、沙雪としては、相手の動向を探るため泳がせたい、というのもあるが。
だが、それを聞いた『雷娘』が取った行動は……逃走だった。
●対話
「灼滅者に受ける恩などないわ……!」
言い捨て、走り出そうとする『雷娘』を、智以子や奏が引きとめる。
「待って、恩に着せるつもりはないの。ただ、少しだけ話をしたいだけなの」
「いやまあ、着てくれんなら大歓迎ですけど」
『雷娘』の前に、勇飛が立ちはだかる。
「こちらもただで助けるつもりはない。質問に答えてもらおうか」
こめかみを軽く叩き、問いを放つ勇飛。
この山に至るまで経緯や、苗床にされた他のアンブレイカブルについて。
だがそれらに対する『雷娘』の返答は、
「灼滅者相手に答える必要はないわ……!」
羽虫が身を起こそうとしているのを横目で睨みつつ、沙雪が問う。
「せめて、どこに逃走しようとしていたのかくらいは……答えるわけないか?」
「業大老を助けに行くんか?」
「…………」
クリミネルが出した名にも、『雷娘』の反応は鈍かった。
弥太郎は、明莉と顔を見合わせ、
「とぼけている様子でもなさそうですね……」
「でも、一応聞いとくか。……なあ、あのじーさん、生きてんのか知ってるか?」
軍艦島勢力によって業大老のサルベージが行われるという情報は明莉も聞いているが、そのてん末は不明だ。
「じーさん、というのが誰の事かはよくわからないけど……かすかに感じる何かがあたしを駆り立てるのよ、北へ向かえってね……いたたっ」
「傷が……今は動かないで。羽虫を殲滅するまでは危険です」
「そう、まだ他にもいるかもしれないの、無理はいけないの」
「邪魔しないで!」
弥太郎や、智以子の制止を振り切る『雷娘』。
さすがに潮時か、と判断する勇飛。
「誠に遺憾ながら、命は見逃そう……今日はな」
しかし、そこに羽虫型ベヘリタスが迫る。
それをロングソードで遮ったのは、闇子。羽虫から目を離さぬまま、
「行け! 今度出会う時は、拳で語るときかもな」
「……ッ」
差し伸べられた手を自ら振り払ったとはいえ、助けられたままなのは武闘家のプライドが許さないのか。複雑な表情をする『雷娘』に、奏が声を掛ける。
「ま、『なんか助かった、ラッキー』ぐらいで考えときゃいいんですよ」
「そういう事。もし業大老のとこに行ったなら、こう伝えといてくれ。『いつかしっかりと俺達が倒すんだから、他の奴らに倒されんじゃねーぞ』……ってな」
アンブレイカブルは宿敵ではあるが、憎悪の対象とは違う。
そんな思いで紡がれた明莉の言葉を、どう受け止めたか。去りゆく『雷娘』が振り向くことは、もうなかった。
さあ、ここからが羽虫との戦い、本番だ。
●迎撃
クラブのマークが、羽虫の全身に強く浮かび上がる。それと共に、増大する威圧感。
「自らを強化したか。そいつは重畳、望むところだ」
笑う勇飛が、結界を展開した。
失速した羽虫の巨体を、智以子が押しとどめる。拳を振りかぶり、頭部を撃ち抜く。
マークが砕かれると同時、羽虫を包んでいた殺気も霧散した。
その瞬間、沙雪のクロスグレイブの銃口が突きつけられる。
「……お前の罪を数えろ」
ゼロ距離射撃。
砲撃の破壊力、その全てを余さず注ぎ込む。
吹き飛ばされた体を、奏が待ち受けていた。既にその足は、紅く燃えている。
タイミングを見計らい、蹴り返す。ぐぐ、と足に力をこめ、シュートよろしく傍の大樹に叩きつけてやる。
名状しがたい声を上げ、身を起こす羽虫。再び広げようとした羽根に、神父様の霊障波が降り注いだ。
苦悶する羽虫の頭上に、影が落ちる。夕陽を遮ったのは、明莉の巨腕。振り下ろされた大質量が、地面を鳴動させる。
だが、即座に反撃に出る羽虫。
その仮面めいた頭部を、弥太郎の銀爪が引き裂いた。白い炎宿る眉間を狙って、サイゾーの刀が突き立てられる。
乱暴に頭を振って霊犬を振り払うと、羽虫の全身から、糸が放たれた。金属質のそれは、近くに殺到していた灼滅者たちの肉を、容赦なく貫き、裂いていく。
「手伝おうか?」
「応、助かる、霞」
自己回復を急ぐ勇飛や龍星号に、闇子がロングソードをかざす。刀身に浮かび上がる刻印。
「ただの剣と思ったら大間違いだ」
聖剣の本領を発揮し、発した聖なる風が、味方の傷を次々塞いでいく。
「おおっ、感謝するで!」
礼を告げると、クリミネルが拳を固め、逆襲する。
明莉の弾丸も、羽虫の羽根に穴をうがっていく。
だが、羽虫の猛攻の前に、次第に回復の時間が増えていく。
回復を引き受けたサイゾーが、足を止める暇もないほどに。
●決着
「園芸が趣味だから、害虫駆除は慣れてるの」
がしッ! 智以子の縛霊手が、羽虫の顔面をつかむ。正直、気味は悪いが、そこは我慢。
さらに射出された霊糸が、四肢を縛りあげた。そこへ、沙雪の連打が炸裂する。
飛んでくる肉片をかわしつつ、交通標識を手に走る奏。邪気を払う加護を与えようと、周囲を駆け巡る。
白い軌跡を描き、弥太郎が蒼の剣を振るう。その一刀は防御の加護を裂き、シャドウの本質にまで到達。さらに神父様が、攻撃の隙を潰していく。
「勝手に動き回れるのも今のうちや!」
打撃、衝撃、砲撃。『鈍色の墓碑』を手足のように操ったクリミネルの連続攻撃が、羽虫の退避を許さない。
ようやくしのぎ切った、と羽虫が思った時には、明莉の斬艦刀が振りかぶられた後だった。
何度目かの轟音を響かせ、羽虫が地面に叩きつけられる。その様は、斬艦刀に与えられた名と同じく……『激震』。
だが、体じゅうの傷を、クラブのマークが覆っていく。
「いよいよ余力がなくなってきたか」
今が好機。勇飛は、龍星号とともに突撃をかけた。
赤き鋼の体が羽虫と衝突した瞬間、その背より跳び上がり、拳の雨を降らせた。
無数の打撃に翻弄される羽虫の視界に、闇子が映り込む。
愛剣を組みこんだその腕が、砲塔へと再構築されていく。
引き金は、闇子の心の中に。射撃を浴び、後退しようとする羽虫に、クリミネルが迫る。
「逃がさへん……でッ!」
がしっ、とその巨体に腕を回す。悶える羽虫と自らの身の危険には構わず、
「うりゃあああああッ!」
投げ飛ばす。豪快に。
地面に叩きつけられた反動で、舞い上がる土煙。もはや羽ばたく力を失った羽虫に肉薄したのは、沙雪。
「炎一閃!」
妖槍『紅蜂』がまとうは、紅のドレス。
糸をかわして繰り出された槍撃は、羽虫の急所を突いていた。
「我が槍に貫けぬもの無し!」
着地し、沙雪が槍の柄で地面を叩くと同時、羽虫は黒い霧となって消滅した。
「せめて祈ろう。汝の魂に幸いあれ……」
風に流れる黒の残滓を、静かに見送る勇飛。
戦いの決着を確かめ、沙雪の仮面の下から現れたのは、年相応の少年の笑顔だった。
闇子も同様に素顔を露わにする。スタイルのよさとは裏腹の、幼さの残る面立ち。
「ふぅ……皆お疲れ様だよ。この後、どういう風になっていくんだろうな~」
「どう転ぶにしても、今、私達にできるのはここまでですかね?」
『雷娘』の去った方向を見つめる奏。
果たして無事に目的地にたどりつけるだろうか……そんな思いを抱く事もなかっただろう。
ダークネスに強い憎悪しか抱いていなかった、以前の智以子なら。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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