Velocity

    作者:那珂川未来

     彼はずっと、闇が明ける瞬間を待っている。
     延々と、仄暗い世界の中を、突き抜けようとしながら。
     そも、なんでこんな場所にいるのだろう。
     そも、なぜ突き抜けることができないのだろう。
     彼はぼんやりと、成り行きを思い出す。
     確か、もうよく内容も覚えていないツアーに彼女と参加したはずだった。一台のバスに乗って、何処かへ行くはずだった。けれど、気が付いたら此処から出られないなんていう状況で、恐怖に支配されてゆく人々の何とも情けない言動を見ていたら、ぷつんと何かが切れたのは確か昨日。
     次第に麻痺してゆく感覚の正体は彼にも分らないが、握るハンドルに伝わる、肉を轢き潰した感触だけは新鮮だった。
     バスでこの世界を突き抜けようと、アクセルを踏み続けて何時間経ったか。ただナトリウムランプの橙に染まる人のカタチは増える一方だというのに、進めども進めども見える世界はトンネルの出口を遠くに見る景色のみだということ。
     急激にバスの速度が落ちてゆく。燃料が切れたのだとわかった。
     彼は舌打ちした。これが無くなれば、出口まで辿り着けないじゃないか、と。
     残る燃料を一気に使いはたすように、めいっぱいアクセルを踏んで、トンネルの側面に激突してやった。ついでに五人くらい巻き込んだみたいだが、彼にとってはどうでもいいこと。
     ぷすぷすと頼りない黒煙を上げるひしゃげたバスから、うっすらと纏うバベルの鎖で即死どころかダメージ一つない状態のまま出てきた彼――光太は。
    『――早く、早く出たい。速く……もっと速く走って』
     ただ、此処に居る人間を殺してもっと速さを身に付ければ、あのいつまでたっても追いつけない出口の光を越えられるはずだと確信していた。
     
    「神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)さんたちの調査で、また密室事件が発生していることが判明しているみたいなんだ」
     仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は不可解さをひそめた眉に表しながら、
    「けれどね、今までの密室と違って、中にいる六六六人衆も密室に閉じ込められ脱出できないみたいなんだよね。俺の解析した20代前半の青年もそう。というか閉じ込められた当初は人だったのに、密室の中で闇堕ちして、同じく閉じ込められた人間を殺戮しようとしているんだ」
     アツシではない、何者かのせいであるのは間違いない。そしてこの六六六人衆が密室を攻略出来たなら、新たな密室殺人鬼が生まれるかもしれないので、早急に最初しなければならない。
    「密室は、中から外に出られないだけで、外からは簡単に中に入ることができる」
     場所はとある山奥のトンネル。其処に入ると、バスの中から件の六六六人衆である光太が出てくる時に立ち会えるだろう。
    「バスツアーに同行していた一般人は、もう殆んど殺されている。残っているのは、おじいちゃんと、OLが一人だけだよ。助けれるなら、助けてあげてほしい」
     光太を果敢に攻め立てれば、一般人の事は忘れてこちらに集中してくれるだろう。一般人は、自力でなんとか移動してくれるだろうが、ある程度的確に声かけはして欲しい。
    「遮蔽物になる様な場所は、峠などによくある長いトンネルには必ず設置されている非常駐車帯があるから、そこに向かわせるよう声をかけたらよいと思うよ」
     勿論電話も、非常口も、機能はしていない。けれど攻撃にさらされない様にはできるはず。
    「敵の攻撃に押されないように。前に進むのを邪魔してくるのを嫌うタイプの様だから、進行方向からぶつかってやれば、ある程度それで一般人への気を反らせる。ただ敵も暴走車じゃないから駆け引きもするだろうし、人数の利を生かして抜けられないように正面だけではない対応をして欲しいんだ。非常駐車帯まで距離は200mくらいあるけど、油断はしないでね」
     明かりはトンネルによくあるナトリウムランプのものだけなので、持参しても損はない。
    「一体誰かが何の目的で密室をまた生み出したのか……。少なくても密室は光太が作ったものじゃない。むしろ被害者だよ……」
     けれどもう。完全に堕ちた彼にしてあげられる事は、灼滅しかない。
    「危険だけど、どうかよろしくお願いするね」


    参加者
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)
    冴泉・花夜子(月華十五代目当主・d03950)
    水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)

    ■リプレイ


     現実との見えない隔たりを突き抜けたなら、冷たいアスファルトを叩く足音が、コンクリートに反響する。
     たった一瞬で、トンネルへと差しこんでいた天然の光は消えうせ、ナトリウムランプの無機質な光が頼りない世界を表していた。
    (「バスツアーに参加したばっかりにこんな目に遭っちゃうなんて……」)
     可哀相と、冴泉・花夜子(月華十五代目当主・d03950)の唇は言葉をかたどって。
    「あれか……」
     キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)の目が、不格好な塊がバスであると理解したなら。走りつつ取り出した懐中電灯の光が、ひしゃげた鉄の間から出てくる人物の姿を捉える。幸いなことに一般人の姿も、こちら側だ。
     隣走る迫水・優志(秋霜烈日・d01249)もその姿を確認し、キースへと視線を送った。
     皆とは遅れる様にして走る、漣・静佳(黒水晶・d10904)は非常駐車帯の位置を探せば。
     トンネルを通過する車にも分かりやすいように、駐車帯の距離表示が浮かび上がっている。表示を見て一番近い場所は灼滅者側のようだ。
     抜けられないように――そういっていたエクスブレインの言葉を思い出し、静佳はきゅっと唇を結んだ。
     潰された人の遺体を、痛ましげに見つめた篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)の脳裏に過る言葉。
     けれどそれは――出たい、早く、速く、と。ぶつぶつと歪んだ意識に潰されてしまった目の前の青年・光太にも当てはまる言葉でもあると、壱も思う。
     彼も被害者だ、と。
    (「……そうよね。終らないトンネルとか、誰だって恐いわよね……」)
     考えるだけでゾッとする。無限ループの輪の中に閉じ込められた恐怖は計り知れないものだったはずだ。
     水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)も、光太に対する憐れみを感じている。そして、これを仕掛けた誰かに対する怒りも。
     けれどもう。そこに居るのは嘗ての被害者に変わり果てた。これだけの人命を奪った行いが許される訳もない。
    『……あの向こうに行って……』
     此方が見えているのか見えていないのかすらわからない、淀んだ瞳で光を見つめ。ぐっと腰を沈めた姿勢を見とめるまでもなく、仕掛けたのは灼滅者。
    「最初、ひがいしゃだったとしても。たくさんのひと、ころした」
     トンネルの中の独特な暗みに、その青味がかった髪を箒星の様に流しながら。普段は乏しい表情に淡い存在感を纏う白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)が、鋭い勢いで先手を取って。
    「その時点で、どんな理由あっても。ゼッタイゆるさない」
     完全に灼滅することだけに集中した視線。慈悲の一切を含まないその手にWOKシールドを展開し、叩き潰さんが如く。きっとそれは――夜奈に軍服纏い外套はためかせる、凛々しい祖父の姿を模したビハインド・ジェードゥシカが寄り添っている事が、関係しているのかもしれない。
    『どけろ』
     易く避けたものの出鼻を挫かれた光太が吠える。弾丸の雨降らせ、目の前の壁を蹴散らさんとしてくる。
     そんな危い雨の中ゆらり舞う、ビハインド・ゐづみが、蛇の目に鉛の一片受け止めたなら。
     からり、ころり。
     下駄を鳴らしながら。赤くしな垂れる彼女をくぐる、唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)。
    「残念ですが、此処はゆき止まり」
     女性とは思えぬ凛々しき音を、唇から零し。連なる様に迫るゆまと、共に隙間を見せぬよう意識しながら。柔和に微笑むなり、放つは蒼の毒牙。
    「――咲き誇れ、氷華」
     能力解放するなり、まずは前衛にてヴァンパイアミストで力を上げ、光太を圧倒しようとするキース。即座にスナイパーへとポジションチェンジの体勢に行けるよう、立ち位置を意識しながら。これで一手費やすことが後手になるか、それとも逆転の標となるかの瀬戸際。全身から迸らせる力、少しでも力となるように。
    「ごめんなさいね。あの光(出口)には、行かせないわ」
     そして突撃の勢いのまま、その足に噴き上げる炎に乗せて。壱の爪先が光太の顔面すれすれを過ったなら。
    「光太さん……貴方はもう、ヒトには戻れない。でも、確かにヒトであった貴方の為に」
     ゆまは目の前の六六六人衆の中にあるだろう残滓へと語る様に。わたしたちができる唯一の事を――距離を縮めながらそう独りごち、レイザーストラトで、彼の速さに負けない鋭さ手にするように、先見の翼を編み上げる。
     地を穿つ、ゆまの一撃をすらりかわす光太へと、迫る優志の銀色。
    「俺を倒せば出られるぜ? どっちが出られるか……決めようじゃないか。尤も――」
     負けるつもりなんてないけどな。
     射出音に浚われる言葉。連なるように連携の最後を締めた優志の誓約の弾丸が、光太の属性値の低い隙を的確に穿った。
     初めて、血が飛ぶ。
    『どけ!』
     邪魔されたことに憤った光太の目が光る。アスファルトを蹴り上げる音が、木霊する。


     人の声にざわついたトンネル内。
     暗澹の中に囚われていた一般人にも、雰囲気が変わったと感じるのは容易かったのだろう。
    「助けに来たよ」
    「どこにいるか、声か手を上げて」
     花夜子と静佳が声を張ったなら、一般人二人はくしゃくしゃの顔で助けを求め、ふらふらしながらもこちらに走ってくる。
    「こっちに非常駐車帯があるから、まずはそこに退避するよ」
     花夜子はすぐに女性の手を引いて。速く動けないであろう老人は、静佳が柔らかに言葉を添えつつ、怪力無双で抱え上げる。
     静佳は走り出すその手前で、足止め班を見る。
     真っ向からぶち当たったため、今のところ光太の気を引く事に成功している。夜奈が冷たく挑発を重ね、キースや壱、優志も動きに合わせ軽いフットワークで応戦。蓮爾とゆまがサイドを挟むようにして牽制してくれている。
     低めと明言されている故に、単純な威力はダークネスの平均に劣るため、現時点でのこちらの疲弊自体はさほどではない。
     しかし序列を持たねどもダークネス。スナイパーで命中率を二倍に上げている光太は、容易く普段以上の威力弾き出してくることの方が多い。場合によっては急所を突かれ、四倍のダメージを叩き出す、そんな怖さを秘めた相手。
     いかに低い属性を見極め、当てていく、そんな体制ができるか否か。
    (「早く――」)
     静佳の頭の中に、その単語が無意識に浮かんで。そして――血走った目を剥いて誰かを殺そうとしている彼を、表情の読みにくい目で一瞥して。
     可哀想なのか。
     仕方がないのか。
     彼が辿った境遇を見つめ。そして幾人もの命を奪っている今を顧みても。
    (「……どちらかわからないの」)
     両方の感情の渦巻きを、静佳は上手く消化できずに。いや、単語一つで片づけるなどなかなか難しい。
     ただ、少しでも、助かる命の生存の可能性を固める為、安全な場所へ速く届けてあげたい一心で、その足を前へと。


     光太から二度目のバレットストームが放たれる。
     外套で衝撃を遮るなり、ジェードゥシカ。ゐづみが突如可憐に舞ったなら、蓮爾と刹那の逢瀬を彩るが如く。
     現時点での攻撃のヒット率が悪いのは、ゆまに限らず感じている。回避率のいい相手に継続してダメージを与えるには、少々サイキック構成が甘い部分が見受けられた。相手の得意と思われる二属性に固まっていたり、一体相手に列であったりと、だ。
     バッドステータスを付与して、シャウトを誘発すれば行動を遅らせられるが、また同じことをするための労力との釣り合いが取れるか否かを考えれば。ゆまは、少し強引な三連続レイザーストラト。編み上げたベルトの先端は――やはり連続属性、かすりもせず。
     けれどその力の意味は、次なる布石。巻き返しを図るために。
    「影を務めるのも役者」
     DMWセイバーを振るう蓮爾。しかし容易くかわされようとも、その斬撃が描くものは、勝利を掴む糸を手繰ることが一番の意識。多角的に、とにかく仲間の攻撃を確実に当てる立ち位置を取るなら。
     その糸を的確に掴むのは、夜奈だ。手を覆い隠す程の袖を羽根の様に広げ、
    「アナタのこーげき、かるい。だからいくらはやく、当てても意味、ない」
     鮮烈なまでの殺意を向け。その爪先に展開する炎が、光太の脇に炸裂。
    「アナタのはやさなんて、意味ない」
    『うるせェよ』
     二人、交差したのなら。鮮血が二度地面に咲く。
     テメェを動けなくしてやると言わんげの見下す視線と一緒に放たれた黒死斬が、ジャストで入ったから。
     けれどそんなもので夜奈の殺意が減衰する訳もない。ただ、その闘志を潰えさせぬ様に、数名癒しの選択肢が過ったが。
    「迫水センパイ、戻りました」
    「今、治すわ」
     一言述べて。戻るままの勢いで、斬撃を振るう花夜子。不在に溜まった傷を癒しつくすくらいの想いを乗せて、まずは天魔光臨陣を展開する静佳。
    (「巻き込まれなければ、まだ救えただろうに……」)
     ぎらぎらと目を輝かせる光太を静かに見つめながら、キースは己が影の上を滑る様にして動きを牽制しつつ。
    「一刻も早く、解き放ってやらねばなるまいな……行くぞ」
     端的に言って、右手に輝く銀色の力を集中させる優志と頷きあう。
     地吹雪の様に迫るキースの影。鋭く狙ってゆくものの、どうも術式の反応がいいのは六六六人衆だからか。しかし、その逆巻く様な攻撃に息を合わせるように。命中率と阻害メインに立ちまわる優志は、誓約の弾丸を解き放った。
    『こんのぉ!!』
     前に進むこと、速く動くことを潰されることはこの上ない悪だと言わんげに。シャウトで殆んどの戒め吹き飛ばす光太。
    「ここで、この場で、終わりにしましょう」
     光太の低い属性値は、神秘と見て。指先から放たれる清らかな弾丸は、狙いアップの恩恵を受け、まるで流星の矢の如く光太の肩に刺さり、その戒めを無くすことを許さない。
     下がって間合いを取る光太の選択肢を広げまいと、すぐさま背後へと流れる若草色。
    「理不尽と憤るならば其れも良し。僕も理不尽に曝された身」
     理由も何も無い。唯、其処に横たわるは無常。蓮爾の手により付く『蒼』との、天秤のように揺れ危い舞台を楽しむ、それも一興とでもいう様に。
     上衣翻しながら、放つ毒牙。
     その回避ポイントを見極めるのは、脈動感ある足さばきで斬り込んでゆく壱。そしてその場の追い風に導かれるように続くのは花夜子だ。
    「可哀相だけど、行かせられないよ」
     ドグマスパイクで、花夜子が更に光太を追いたてた。
    「ねぇ、あんたが速さに固執する理由はなに?」
     挟み込むようにして、壱は拳に影を纏わせながら問う。
    「それに……彼女はどうしたの、光太……? 貴方の隣に居た人を覚えていないの……?」
     バスの瓦礫に無残に潰された日常の一端を目にしながら。光を越えたいと願う理由――彼の六六六人衆と堕ちた絶望の理由、何かきっかけがあった筈なのだ。
     彼女を助けたくて、とかだったりするのかしら――。
     だとしたら尚のこと、切なさが壱の心の中に渦巻いて。振るう拳が哀を纏い、光太の頬をぱっくりと切り裂いた。
     それが正しかったのか。それとも的外れだったのか。誰にもわからない。
     ただ光太の目が輝く。煌々と輝くその先の光を、まるできつく焼き付けたかの如く。
    『どけろってんだろぉぉ!!』
     返ってくるのは、怒声と銃声。
    「――理由さえも、忘れてしまったのね」
     消失してゆくヒカリ。
     けれど彼が掴もうとしているヒカリ。
     輝くものであっても、相反する何か。それを抱く様に、静佳は手を当て。今は只管、癒しの力を振りまくのみと、奮い立てる力を空から振り落とす。
     後ろへ引いても、取り壁や天井を利用しようとする前に阻止してくる灼滅者へ、光太は確実に何処かへ穴を開けて突き抜けようとしている。
     間違いなく中衛を狙っていた。初撃以外は流れのまま、攻撃についてくる花夜子に隙を見つけ狙っているのは薄明。
    「何処見てる? 出口はこっちじゃないだろ?」
     ざっと前へと詰める優志。ディフェンダーでなくたって、狙いを反らしてみせると言わんげに。
    「俺を倒せば出られると、確か言ったはずだが?」
     明らかに神経を逆なでする様な語調で、優志が蒼焔白騎を振るって。
     透明な輝きに、煌めきが増したと感じたのは。キースが重ねるガンナイフの先端が閃いたからに他ならない。
     キースの鋭い斬撃が一閃を引いたなら。舞い散る残像は六花の如く。
     そこに重なる透明な炎の幻影。優志の一撃がトンネル内に木霊する。
    『この!』
     黒死斬で鋭く迫るその弾丸の様な身を、蓮爾は流水の様に舞台を滑りながらせき止める。
    「貴方が全てを貫く弾と為るならば、僕は、貴方を止める壁と為りませう」
     砕かれる心算は御座いませぬと、童歌を詠いながら蒼を舞い放つ蓮爾。
    「アナタから、はやさをとったら。何がのこる?」
     初っ端からの挑発と怒りの効果で、夜奈とて疲弊は軽視できない程。もう止めようもない傷。
     けれどその心にある徹底した殺意それだけが原動力かのように、普段の乏しい表情を更に鋭く冷たくしたその目で。全身の体重を乗せるかのように押し込んだシールドバッシュが、炸裂する。
    『うぜぇ!』
     庇い入るゐづみが、赤に哭く。
     隙間を見定めた、光太の刃が確実に狙いつけ。
     そして、次は花夜子が赤の中へと。


     肩で息をしている光太は、決して優位ではない。しかし灼滅者側の疲弊も大きい。回避率の高い側の能力を下げ全体的な底上げを狙うのは、結果後手に回ったのだろう。
     ちらと仲間を確認する壱は歯噛みする。ジェードゥシカはとうにかき消され、夜奈から鮮血の雫は止まることはない。蓮爾の着物も血まみれ、キースも肩で息をして。
    『退けぇっ!』
     とうとう崩れる夜奈。咄嗟、壱が受け止めに入った。クルセイドソードを握る手が震えたのは、クラブで顔を合わせた仲だから尚更。気を掛け合ったその証でもある。
    「これ以上、光太の手は汚させないわ」
     壱の拳に腹を穿たれても。ただ異様な執着で出口を目指す光太。
     けれど、流れる様に絶え間なく連携を繰り出せるように感情を結びあい。そして、多少の後手を、怪我を、覚悟して。光太へと迫った故の。
     優志の指先に揺らぐ程の力が立ち上ったなら。キースの影が安寧の眠りを届ける翼の様に。
    「これが、求める出口だ」 
     ぐしゃりと衝撃に歪むヒカリ。優志の誓約の弾丸が、邪悪な誓約から解き放つ瞬間。
    『……は……や……』
     ずるずる。
     まるでナメクジの様に、光太は溶けてゆく。
    「最後に思い出して。貴方が誰とどこに行こうとしていたのか。大好きな大切な人と、楽しい時間を分かち合おうとしていたはずだということを……」
     言いながらゆまは、大切な人の顔を一人一人思い浮かべながら。
     自然と落ちる雫。
     発光する目が、それを受け止めた時。かろうじて聞こえた、彼女の名前。
     手向けられた花は、彼の消えた世界を埋めてゆく。
    「おやすみなさい……」
     静佳は、そっと大地に触れ冥福を祈った。

    作者:那珂川未来 重傷:冴泉・花夜子(月華十五代目当主・d03950) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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