マラソン大会2015～トリックスターVS守る者

■リプレイ

●影に暗躍する者たち！
　マラソン大会が行われている、武蔵野市の市街地。上空の太陽が、さんさんと光を降らせ続けていた。
　その陽光が当たらない物陰に、二人の男と一人の女が立っていた。百舌鳥、巡、サイレン。彼らは【百不思議七物語】のメンバーだ。
　ピエロ服のサイレンは、ラジカセを持っていた。低い音色で単調な、お経を思わせる曲を流している。
　その曲をＢＧＭに、痩身の百舌鳥は語る。
「少女はトラックにぶつかり……ばらばらになった……警察は体を集める……けれど……どれだけ探しても……体の一部が見当たらない……足だけが……見つからなかった……」
　彼らが行っているのは、道端噺語り。走る集団に怪談を聞かせようというのか。
　百舌鳥は語り続けている。
「今日……彼女がここに来るかもしれない……お前を見上げ……こう言うだろう……」
　そこで、声色を変え、
「『私の足……車にひかれて……なくなっちゃった……ねぇ……走れそうなその足くれる？』」
　言い終え、百舌鳥は黙る。話の一つが終わった。聴衆であるサイレンと巡は拍手しない。ただ、静かに百舌鳥の顔を見る。
　次いで、巡が細めた目とけだるげな声で語りだす。
「その子は電車が好きだった。だから、近くで電車を見ようと、ホームの端に近づいた。だが……その子は足を滑らせ線路に落ちた……。容赦なく近づく電車……」
　巡は言葉を切った。
　煙が湧く。煙は巡の体を包む。巡の顔が煙ごしにぼんやりみえた。
　煙の中のどこかから、音がする。ガタンガタッ、ガタン。電車の音。
　電車の音がやんだ後、風の音が、ひゅぅ。
　そして『おにいちゃん……おねえちゃん……足が痛いよ……』少女のような声。
　煙と声は、百舌鳥の演出。巡の話を盛り上げるための。
　巡の怪談は佳境に入っていた。
「電車に轢かれて、真っ二つ……半身求めて追いかける……ほら、来たぞ」
　囁くような、しかし、はっきり聞き取れる声で、巡は言う。
　不意に、サイレンが
「待って」
　と話を遮った。
　口元に人差し指をあて、二人に目で合図。
　サイレンは数瞬ためらってから、小声で告げる。
「ねぇ。ジュンくん。モズくん」
　ちらっと目を動かすサイレン。その目の先には電信柱が一本。
「今、あそこの電信柱で……何か動かなかった？」
　三人は目を凝らし、電信柱を見る。
　……。
　数秒の静寂のあと、
「あ……ぁぁぁ……」
　うめき声。
　電信柱の陰から、骸骨顔の女が姿を現した。髑髏顔の女の正体は、スカール。
「音楽を流しスモークを湧かし……まったく……とんだ輩がいるもんだな……」
　スカールはやれやれと肩をすくめ、首を左右に振った。その間も、髑髏のくぼみは三人をしっかり補足している。
「スモークは他の競技者の邪魔になる」
　スカールは、魔人生徒会協力者の一人。
　スカールは、トリックスターを捕縛するため、市街地を物陰から物陰へ、巧みに移動していたのだ。
　両手を広げ、三人に近づくスカール。足音が響く。
「不正者には鉄槌を下すのみ！」
　スカールは気づかれるまでに、かなり近くに接近していた。三人は逃げれそうにない。
　髑髏のスカールの前で、巡、百舌鳥、サイレンはラジカセのボタンをカチッと押した。
『『『ぎゃあああああああ！』』』スピーカーから悲鳴の効果音が一斉に。
　スカールは三人へ手を伸ばす。スカールの橙の髪が揺れていた。

●激走、塀の上！
　悲鳴は、菜々、流希、黒たちの耳にも届いていた。
　菜々、流希、黒の三人は、今、民家の塀の上を激走している。三人は手を組んでいるわけではない。三人とも別々に塀の上を走るうちに、同じルートを走る形になったのだ。
　塀の上を縦列に走る三人組。
　菜々は塀から塀へ跳び移りながら呟く。
「誰かが悲鳴をあげてたみたいっすけど……」
「ええ……誰かが、魔人生徒会の協力者に、捕まったのでしょうかねぇ……」
　応えたのは菜々の後ろを走る、流希。菜々を追いかけるように跳んで着地
「でも、おいらは捕まらないっすよ。おいらには競争相手がいるっすから！　――だから勝つために手段を選ばず行くっすよ！」
　拳を強く握る菜々。
「私には、そういった理由はありませんけどねぇ……普通に走るよりも、こういうところを走ったほうが、足腰の鍛錬にもなりますし、緊張感も保てますし……頑張りましょうか……」
　間延びした口調ながら、けれど、流希には、隙あらば菜々を抜こうとする気配が感じられた。
　競い合うように走る二人から少し遅れて、黒も駆ける。
「……」
　黒は会話には混じらない。唇を硬く閉じている。黒の足は、二人を追い抜かないように、けれど、引き離されもしないように、スピードを保つ。
　塀の上から庭におりまた塀に。さらにしばらく走ったところで、菜々は急ブレーキ。流希も止まる。
「これは……トラップっすっか？」
「……おそらくは魔人生徒会側の方がしかけたのでしょうねぇ……」
　電信柱から電信柱へロープが張ってあったのだ。塀を走るものが足を引っかけるように。
「ということはっすよ、このあたりに……」
「……魔人生徒会の人がいるでしょうねぇ……」
　きょろきょろとあたりを見回す菜々。目を細め警戒する流希。
　はたして、二人の背後から声。
「よくわかってるじゃないか？」
　発言者は、二人の後を追っていた、黒。
　黒は、トリックスターではなく、魔人生徒会側の協力者だったのだ。
　魔人生徒会の人間であることを隠し、トリックスターのふりをしてトリックスターの人間と合流し、不意を突く。それが彼の作戦。ロープの罠も、黒の手によるもの。
「逃がさないぜっ！　確実に仕留める！」
　黒は塀の上を駆ける。ロープ前で止まっていた流希や菜々との距離を、一気に詰める。
　流希の体を掴み、そして、体を入れ替え菜々の体をも掴む。
「さあ、このまま連行だ。俺が逃がすと思ったのか？」
　余裕や笑みを見せず、冷たい声で告げる黒。
「……掴まってしまいましたか……もう少し鍛錬したかったのですが……」
「うううっ。悔しいっす！　どぶの中を泳いだりして頑張ったのに、悔しいっす！」
　感情の起伏をみせぬ流希と、手をばたばたさせる菜々。
　その時弱めの風が吹き、それぞれの表情を浮かべる三人の髪を、労うように優しく撫でた。

●策謀と熱血と
　風は、道路にも吹く。
　ジェフはこげ茶の髪を揺らしつつ、道路を走る。ジェフは口の中で呟いた。
「（マラソン大会、こんな時こそ、僕の発明の見せどころですね）」
　ジェフの靴は、通常の靴ではない。ローラーが仕込まれたジェフ特性の一品だ。その靴で、地面を滑るように走るジェフ。
　何人かのランナーを追い抜いた後、
「おや」
　と、声を上げた。
　前方に、通行止めの看板があったのだ。看板の向こうに開きかけたマンホールの蓋が見えた。
「通行止めですか。マンホールが開いてますし、下水工事でしょうか？　仕方ないです。迂回を……」
　看板の前で立ち止まるジェフ。
　そんなジェフを見る者が、後方にいた。
　それは、赤髪の女、葵。
「（……。魔人生徒会の協力者が覗き込んだら体当たりで落とそうと思ったけど――あれは、トリックスターかな？　なら少し様子を見たほうが――）」
　自問する葵。
　マンホールの蓋を開けっぱなしにしておいて、調べようとする協力者を叩き落とす。それが彼女の作戦だった。
　そんな葵に、声。
「ねぇね、何しようとしているの？」
　声をかけたのは、桃琴だ。
　桃琴は振り返った葵の顔を、赤い瞳で見つめる
「看板がおいてて、マンホールが開いてて、それを見張ってたようだけど……ひょっとして……？」
　一歩、距離をつめる桃琴。
「つかまらないよっ！」
　葵は前へ。桃琴の脇を引き離し、逃げようと走る。
　が、通行止めの看板や立ち止まっているジェフが邪魔になり、葵は動きを鈍らせてしまう。そこに桃琴が追い付いた。
「イタズラはめ！　だよっ、そこのローラ靴を履いてる人も、一緒に捕まえるんだからっ！」
　桃琴は腕を伸ばす。ジェフと葵の肩を掴む。手にぎゅっと力を込めた。
　ジェフはきょとんとした顔。
「え、僕を捕まえるのですか？　どうしてです？」
　ジェフには、ルール違反をしているという自覚がないらしい。
　一方、葵は、
「離してっ」
　ただで捕まるものかと、必死でもがく。
　もみ合ううちに、三人の足はもつれ、倒れた。結果、葵、ジェフ、桃琴は、それぞれを道連れに、蓋の開いたマンホールの中へ！
「しまったっ、自分の罠に落ちるなんて！」
「僕は悪いことはしてないのに……手製の靴がダメだなんてルールは聞いてませんよ？」
「落ちるよー。でも、二人を掴んだこの手は、離さないんだから！」
　三者三様の声をあげつつ、落ちる。数秒もたたず、どぼーん、豪快な水の音。
　はたして――桃琴はジェフと葵から手を離さなかった。
「ひどい目に遭ったけど、でも、捕まえたよっ！」
　マンホールの下から元気な声が響いた。

　マンホールから響く声に、
「よくやった！　俺は、他のトリックスターを捕まえに行くぞ！」
　民家の屋根に上っていた式が応えた。
　式は二階建てのアパートの屋上に飛び乗り、また別の民家へ跳ぶ。
　アンゼリカは路上から式を見上げていたが、不意に跳び上がる。
「待てー！」
　アンゼリカは道路から塀に、塀から屋根に。式を追う。
「どうして俺を追う？　俺は魔人生徒会の協力者で……」
「それは嘘だろー！」
「なぜ決めつける？！」
「どう見ても、一直前にゴールに向かってるよなー！　協力者じゃなくて、トリックスターだろー！」
　舌打ちする式。アンゼリカの指摘通り、式はトリックスター。協力者のふりをして逃げるという作戦だったのだ。
　アンゼリカを引き離すべく、式は跳ぶ。アパートの壁を蹴って、別の屋根に着地。
　うまくいけば、このまま逃げおおせるか。
　が――アンゼリカががさごそと何かをとりだした。とりだされたそれは、銃の形をしている。
「注意の攻撃！」
　アンゼリカは迷わず引き金を引く。
　銃口から水が噴き出した。銃に見えたそれは水鉄砲だったのだ。
　水は式の体には当たらない。だが、式の足元を濡らす。
「うおっ、これはっ！」
　式は濡れた屋根の上で、バランスを崩した。一瞬だけ動きが止まる。
　しかし、その一瞬でアンゼリカは、式に追いつき――式の手首をつかんだ。
　アンゼリカは確保した式に微笑みかける。
「へへー、私の勝ちー！　しかし、見事な走りだったぜ！」
　そして笑んだまま続ける。
「屋根の上を走るのってやっぱりコツとかあるのか？　どんな練習をしたとか、来年の参考に教えてほしいぜ！」
　屈託のない彼女の笑み。捕まえられた式はやれやれ、と苦笑い。

　トリックスターたちは、おおむね捕まったようだ。あちこちから、捕まった者や捕まえた者の声が聞こえてくる。
　ある者は喜び、ある者は悔しがり、ある者は相手の健闘を称える。
　後で市民の人たちに謝りにいかないといけないし、後始末もしっかりしなければならない。
　けれど今は、様々な声を響かせる彼らを、太陽が照らし続けてくれている。

作者：雪神あゆた	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年10月31日 難度：簡単 参加：12人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 6
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