マラソン大会2015~Over The Top

    作者:那珂川未来

    ●自己ベストを叩きだすのか、それとも意気込み過ぎて度を超すのかは君次第
     10月31日はマラソン大会。
     まずは学園を出発して市街地を走り、井の頭公園を駆け抜け、吉祥寺駅前を通って繁華街を抜け、最後に登り坂を駆け上り学園に戻ってくる全長10キロのコース。
     廊下の広報掲示板には、当日のコースが既に張り出され、ベストコンディションで臨む為に、早寝早起きやら水分補給大事やらの、常識的な注意事項なども添えられている。
     そんな掲示板を、勝負師の顔付きで見上げる男の姿が確かにあった。
    「ふ、今年も己が体力の限界に挑み、記録という時の壁をぶち破るため、先人の編み出した走法に更に磨きをかけたこの俺の――」
     大仰なポーズとシリアスな顔付きを如何なく繰り出しながら神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)は、
    「走りを、見せつける時が来たようだな!!」
     なんか、足とかに張り付けているシップとかサポーターとか、いかにも踵に血マメ作って痛いんです的スリッパ履きの上靴に。きっと去年は低迷で悔しかったんだったんだなぁ、っていう視線と随分過酷なトレーニングしてるけど当日に限ってへたばったりしないの大丈夫? なんて心配の視線がそこはかとなく感じられるが、本人のやる気は高いようで。
    「依頼に勉学にクラブにプライベートに、日々忙しくしていると思うが、学生らしい学校行事に汗を流し、後にあの時は辛かったよなーだとかあの時の競り合い燃えたよなーとか、流れゆく時に残す思い出の一端として。一瞬一瞬に全力を尽くす、そんな青春を謳歌しようぜ!」
     熱い血潮のヤマトであった。
    「そういうわけでだ、トップランナーを目指すものとして、素晴らしい小競り合いやら、只管マイペースを崩さぬ孤独なランナーの戦いを繰り広げたりと、普段から戦いの中に身を置いている俺達だからな。スポ根漫画にも引けをとらない熱い展開が予想されるが!! 周囲に大きな迷惑をかけなければ、多少の無理は問題ないとのお達しもある!」
     学園側の意訳。つまり、ちょっとくらいはバベルのく……げふん!
    「とにかく、トップランナー目指すからには、正々堂々、お互いベストを尽くして戦いましょうって事だな」
     綺麗に要約してみる、近くに居合わせた灼滅者。
    「そうとも。マラソン大会をエスケープしたり、不正を行おうとする者は、魔人生徒会の協力者により捕らえられて罰を受けるだろうからな。ここは真面目に走り、やるからには上位を目指す、それが灼滅者スピリットってもんだろ!!」
     くわっと目を見開き、俺のピッチ走法とスリップストリームを利用した走りを見せてやるぜとヤマト。お前灼滅者じゃないだろっていうツッコミは華麗にスルーさせていただくとして。
     当日、この学園周辺にまだ不慣れなものがいたとしても、給水や誘導、万が一の救護などの学園関係者からのサポートがあるので、安心して走れるだろう。
     目標は高く掲げて。
     充実したマラソン大会を目指していこう。 


    ■リプレイ

    ●スタート前
     晴れ渡る空の下、生徒たちの様子は緊張でドキドキだったり、ストレッチで体を温めていたり様々で。
    「1年間、毎日10km走りこんできたんだ」
     この成果は形にしたい徒。赤地に銀ラインのランニングシューズで優勝を狙う。
    「足挫きませんよーに!」
     允は普段通り胸元のタリスマンに祈ったあと。優貴先生を目聡く見つけては手を振って。
     にこ。
     うはっ。
     手を振り返してくれた一コマを擬音に現わしたらきっとこれ。ラストで超かっこいいとこ見せるための、気合いチャージ完了。
    (「誰よりも、まずは自分自身に勝つ」)
     そんな決意を抱いている巧の顔をちらと見たあと。ライラの視線は自然と淼へと向けられて。
    「……今年こそは悲願を達成させる」
     最前列の外側に立ち位置を定めたのも作戦のうちなのだろう。正々堂々勝負楽しもうぜ、そんな晴れやかな顔つきで前を見据える淼と好敵手ともいえる視線を送り合ったのは、ライラだけではないようだ。
    「こちらも負けっぱなしなんでな」
     久遠・翔の柔和な雰囲気も今は、真剣な眼差しに男気を添えていて。
    「一番勝ちたい気持ちが強いやつが勝つ勝負だ」
     絶対に勝つ意気込みを心に強く抱く久良を近くに。マラソンに命掛ける程――そんな同じ意気込みの馬鹿(褒め言葉)がここにも、なんて感じた久遠・翔はくすりと親近感。
    「史、手加減しないからな!」
    「望むところだよ」
     揚々と宣戦布告する朔之助へと、不敵に返す史明。普通にやっても面白くないからと、勝った方が一つお願いを叶える約束。遊び心一つで、テンションも全然違ってくる。
    「……今年こそ、1位を取る」
     慧悟は口元の包帯を解きながら、前を鋭く見つめ。それこそが里桜に勝つ最高の手段だから。里桜は真剣な気魄をそこはかとなく感じ。
    「最初にゴールテープを切らせてもらうのは私だ」
     挑戦的な視線を向けても、受け止め合えるのは友だから。
     そんな皆様のやる気に気圧されてしまったのか、
    「いやはや、体を動かすのは好きなので、勝ち負け関係なく参加しましたが……」
     この中でトップ狙うなんて悪い気もしてしまう流希。けれどスタートピストルの銃口は、ゆっくりと天を差して。
    「去年の反省を生かす戦いをすることを頭脳明晰、容姿端麗、そして運動神経抜群の完璧なる気品がここに宣言する!」
     フフーフと自信満々に笑む参三の、気品フルスロットルで一位は頂いた宣言が、ピストル音に混じり合う。
     雪崩の様に、生徒たちはコースへと飛び出した。

    ●探りとリズムの序盤戦
    「さーて。いっちょ私が初の1位を取ってやろーじゃない!」
    「ええ。全力で挑ませてもらいますわ」
     女性初のトップは頂いたとばかりに、あずさと鶉、勢いよく校門から飛び出して。
    「さてさて、頑張っていくよ。日々鍛錬の為に走ってるからね!」
    「トップを目指す。それだけ」
     闇子は小さな歩幅と速いテンポで。小柄な人に合った走法で前線へと喰らいついてゆく。雄哉も、この先輩方と走る以上気を引き締めて。
     苦しくても絶対に諦めない事が瑞樹の心構え。それ即ち、灼滅者の戦いにも通じる事であるから。
    (「――いける」)
     この速さなら私にも無理はないと判断し、瑞樹もややペースを上げ先頭集団の後方に混じった。
    「本当に強いお馬さんなら、どんな相手でもペースでも逃げ切るもの!」
     逃げやら差しやらあるけれど、前にいるだけでレースは有利。つまり私は逃げるのですと、最強ステイヤー目指し、せめて小学生トップは頂くつもりの織姫。文字通り序盤トップをひた走る。
     先頭集団から外れない事、若しくは捉えられる中位グループでの体力温存と、作戦を大まかに分けると大体二通り。上位狙いの集団ともなると、事前準備は当り前のように行っている。
     そして、かなりの人が前の人を風避けにしようとしているのだが――トップ走っているのは身長140センチにも満たない織姫だっていうこと。
     前方では一部、誰の後ろを取ろうかという駆け引きが始まったのは言うまでもなく。
    (「……自分がチビなだけとはいえ、盾に出来る自分より大きな人に困らないのはありがたいな」)
     そんな中しっかり二番手の位置をキープする要。回りを見れば高い人ばかりだから、こういう時コンプレックスも武器になるのはありがたい話。
     背後から、呼吸と雑踏に微かな調和を感じる高音は、朱音の耳から漏れる音。回りに惑わされず、状況に合うリズムで混戦を突き抜ける作戦らしい。
     総合陸上競技部の部長たる千鶴には、やっぱり選手としての意地もあるから。アスファルトから来る衝撃を緩和するように、細かなピッチで蹴り上げてゆく。真剣なその背中を真っ直ぐと追う様にして、武流は千鶴に教わった通りに、歩幅は大きくせずに着地を短く。
     もちろん晴香だってその一人。女性らしい豊かな胸や体型からの影響を最小限にするため、着衣のチョイスに余念はない。
    (「目指せ、目標十位以内!」)
     キュッとしまった身体をばねの様にして、混雑の壁を乗りきって。
     ペース配分の計画もそうだが、実地に赴いてコースそのものを体感している人は特に、走るペースに迷いがない。
     そしていかに、ペースを乱されないかも勝負。
     1キロ付近、最初に仕掛けてきたのは銀都。
    「平和は乱すが正義は守るものっ!」
     そして皆さんのペースも乱すもの、と言わんばかりに飛び出しトップ集団を挑発!
     ……したのだが。
    「――さあ、て。チャンスだね」
     普段戦闘で得た経験で有利な位置取りを目指し、体力温存のため逆に銀都の後ろに張り付こうとする柩。挑発するなら、それを利用しない手はない。なをもしたたかに、向かい風からの消耗を避けようと動きを見せる。
     先頭集団に突如生まれた駆け引きの動きに乗じて、ブロックを繰り出しかき乱そうとしたのは舞斗だ。先手を打った数人の気配を察知し身を寄せる様にして。
     けれど、その抜けだしに乱されず、淡々とペースを維持している明。そんなざわついた前線の中でも、右往左往しないよう努める与四郎。
    (「ゴールしたら、めいっぱい美味しいものを食べたいなぁ」)
     ゴール後の楽しみ一つ。前に出過ぎずしかし回りをよく見て、空いているスペースを狙って、無駄な消耗をしないように。
    (「勝敗は時の運。私にも勝負運が巡ってくる事もあろう」)
     小さな好機より、大きな好機が巡った時に。明はすぐに狙えるように、冷静であることを目指す。
     近くを走るアヅマも同じ。今は無駄にしかけたりせず、先頭集団の動向を視界に収められる位置で、淡々と。
    (「前回はスタートダッシュに力を入れ過ぎたからな……」)
     キラトは教訓生かし、黙々とペースを維持。やっぱり上位には食い込みたいのは誰だってそう。できる限り、固く整地された道を走ることを忘れずに。
     まだまだ、道のりは長いのだから。
     のんびりまったり組のペースに巻き込まれないように、いち早く先頭集団との合流を計る法子は、ジャージに何故かメガホン装備。秘策? いや特にこれと言ったものはないけれど。たぶんきっと、気分の問題。
     だって後ろから迫る怨念の形相で走る般若! ……じゃなかった、輝乃の般若の面装備は気合いの象徴でもあるわけですし。
    「バナナにゆで卵にね、チョコにキャンディー!」
     楽しげに食べ物抱えて走る杏子。栄養補給はおまかせと、飴を皆様へ振りまく事によるハロウィンランを楽しむ所存。
     一方、心桜はあまりの遠さに既に遠い目しつつも、負けてはおれぬと、
    「この日のためにイメージトレーニングしたス……」
     現実は厳しいものよ。思考と身体は比例せず、足がつって華麗にこける。
    「望月ちゃんの犠牲は無駄にはしないよ」
    「トップ狙ってくるからな!」
     真剣勝負に情けは無用とばかりに、渚緒と明莉は前線キープ維持してあの角の向こうへ。
    「構わず行っておくれ……ああ、キョン譲是非バナナだけおいて行ってほし……」
     心桜は脇差から投げ渡されたシップ握りしめたまま、頼りの給水所に想いを馳せる。

    ●段々熱くなる繁華街
     手にした水を頭からかぶって。ファルケはちょっぴり火照り出した体を冷却しつつ、
    「マラソンは楽しく走ってナンボだぜ」
     やるからには優勝狙うけれど、心に余裕がなくちゃ完走なんて難しい。
     どうせやるならイチバン。けれど、楽しめるのがなによりの一番だから。
    「ヨダカは普段から体力もスポーツ的な精神力もかなりありそーなんで強敵だなぁ」
     マイペースが取り柄なんで負けねぇぜと揚々と笑う和泉、呼吸整えながら持ち前の朗らかさを忘れない。
    「ガタイで負けてるがレースでは勝ってやる」
     治胡は不敵に笑い返して。どんな時でも、呼吸と意識することは忘れずに。
     そんな二人の後ろにピタッとついてくる誰かさん。霊犬とお揃いの耳揺らす、自称ヨダカストーカーの兎斗。
    「付いて来れたら入賞間違い無しだぜ」
     当り前の様に後ろを走る兎斗へと。治胡は軽口叩いてやれば。
    「……今回はただの、気まぐれだ。走ってみたく、なっただけだぞ」
     偶々前に二人がいただけだと、そっぽむいちゃう兎斗は照れ屋さん。ただ地味に、ストーキングとマラソンの差は痛感してる……。
    「ははは、文字通り追っかけられると悪い気はしねぇな。頑張れよ!」
     できるなら戦闘部の皆で。和泉はそんな顔で笑い掛け。
    (「たぶん一番の難所はあの坂なのです」)
     空も、この日に向けて坂道での特訓を思い出し、集中力発揮中。
     とにかく坂道が一番体力を使うところ。そこでの勝負までとにかく体力を維持するため、淡々と自分のペースで突き進む。
    「悟、調子良さそうですね」
     呼吸のリズムの中に言葉を交え。想希は隣走る、けれど手加減のない悟へと笑いかけ、
    「俺も君と交換した靴紐のおかげで、体が軽いですよ」
    「そらよかったで」
     にーっと笑う悟も、交換した靴紐のおかげで、蹴り上げる力は猟犬の様なしなやかさで魅せる。
    「うっし、いいペース」
     下見も給水チェックも、靴のコンディションだって完璧の麦は、GPS腕時計でkm当りのタイムを確認しながら、上位を狙えそうな予感に気分も上がって。
    「ああ、日頃から鍛えているかこれくらいはわけねぇ」
     余裕げにニカッと笑う麦へ、三つ編み揺らしつつフィンセントも揚々と返して。
     その後ろを、どうにかこうにかついてゆくのはクラスメイトの日和。
    「うーむ、これが文化系の限界か……」
     麦のあとを付いてゆけば無理なく完走できるかと思っていたのに、ペースが自分に合っていないと結構大変。しかも日影を選んで走ろうとする為か、無駄な動きが多くなってしまって、ペースダウン気味。
    「無理するなよ」
     フィンセントは気遣い声かけるけれど。実は、持久力に自信があっただけに、ノープランに近い形で走り出したせいで若干疲れているなんてここでは言えようか。
     先頭集団は、そろそろ繁華街へと突入しようとしている。
    「とりあえず、フルマラソンや地獄合宿よりははるかにましな距離だな」
    「周りにいる人は大概格上だろうけどガンバロウぜー!」
     なんて会話できる程、余裕を持ちつつ先頭集団に食らいついてゆく千都と一正は給水へ。残念ながら体の冷却用にも使うため、スポーツドリンクがない物悲しさに、ちょっぴりガックリしていたら。
    「調子はどうだ? まだ先は長い」
     同じ様に集団に付けていた寮長の厳治が、さりげなく差しだすタブレット。給水時に補給すれば、体力の有効活用に一役買うタイプのものを。
    「同じ寮のよしみでも、そう簡単には負けてやらねぇからな」
     礼を述べつつも、千都は軽口叩き。望むところと頷く厳治。
    「共に、悔いを残さないように行こう」
     一正もゆっくりペースを上げる頃合い。
     段差を避ける様に走る緋色。最短距離でコースを走る様に気を使うのは、やはり小さい故にどうしても数の多くなるピッチを稼ぐため。
     ペースを上げてきた緋色に、いつの間にか抜かされて。けれど焦らない、気にしない。マイペース大事と、朋恵は彼女の後ろに付きながら、ちょっとずつ水を口に含む。
    (「一気のみしたら体力使っちゃうらしいのですよね」)
     体力をいかに維持するかが勝負のマラソン。駆け引きも大事だけど、走り抜く体力がなくっちゃ意味がない。エールも、歩幅と重心などフォームにも気を配って。
    (「そろそろかな……」)
     少し先に居るトップ集団を見つめながら、エールは徐々にピッチを上げれば。
     ふっと、視界に入った影は実季。
    (「きっと、彼女もここから、かしら?」)
     同じ様な場所で仕掛けた縁に、実季はくすり笑いつつも。今はライバル、互い目指す先を向いて。
     給水ポイントで、加速からのスタイリッシュ給水をやってのける允。オリシアはコップをつまみ飲み口を細く変形させて、走りながらでも飲みやすくするための一工夫。
     翡翠は、前半のこまめな給水から一転して。駅からは給水せずにペースを上げてゆく。丁寧に一人ずつ抜いていきながら、先頭集団の中でも前線へと喰い込んで。
     そんな彼女と負けず劣らずの勢いで走るのは唯。彼女の給水は一度だけだ。井の頭公園での給水以来、後はただ走り抜くこと。
    (「いろいろ考えたけど細かいことなんてできない、気持ちで勝負!!」)
     減速なんてしない。体力温存なんてしない。苦しい時こそ負けない気持ち、それだけで今を走りきる決意は、その足の速度に出ていて。
    「さあ! もう少しだ! がんばるぞー!」
     小学生ながらもここまで走りきったカーリーは、気合いを入れる様に。
     ここらでペースダウンしてゆく人もちらほらと。
     次第に抜かされ始める流希。漠然とし過ぎたプランのためかどうも順位が伸びない峰山・翔。
     後半に差しかかると、トップ集団に「和やか」なんて言葉は皆無。繁華街の中では既に、スピードを上げ先頭集団へと食い込もうとしてくるものが続出中。
     普段は友だが今はライバル。頭脳プレイ(?)な駆け引きが始まろうとしていた。
    「お、もふもふがいっぱい」
     明莉わき道ちらっ。
     脇差釣られ。
    「って、こらお前ら待ちや」
    「きゃあ! かわいいグッズいっぱいなのーっ!」
     杏子お店にぴたっ。
     脇差よそ見。
    「……がれってぇぇ!!」
     完全にペース崩壊の脇差。
    「キョン、バナ……ナヌ!?」
     そして地味に脇見狙ったせいで、栄養補給の機会を失う明莉。そしてすっかり見惚れ、完全に置いていかれた杏子。
     前言撤回、まだまだ和やか繁華街。

    ●最後の難関
     とうとう見えてきた上り坂。ここをどう乗り切るかが、学園でのラストスパートに影響してくると言ってもいいはずだ。
     ――ここからが大事だな。
     速度や体力の似た者同士固まりがしっかりわかれ始めたところから勝負であると、淼は肌で感じ取る。経験からの判断でもあるが、周囲の仕掛けようとする独特の雰囲気を察したのもそう。取り巻く空気の変化を敏感に察すると言った方がいいのかもしれない。
     朱音が曲をスパート用に変えると同時、加速しながら坂道へと突入してゆく実季と要。出遅れず、駆け上がる想希。絶対負けへんと、歩幅広く、貯めた熱を爆発させる勢いで突き出す悟。同じラインで並ぶ姿は二人で高め合うとでもいう様に。
     坂道の手前の最後のコーナーでは小柄さを生かし、緋色がインを抜けてくる。そして、坂道手前で加速を付けた武流がぐんぐん迫ってきて。
     今ここで絶対に避けたいのは転倒だ。喰らいつきながらも、雄哉はコース取りをしっかりと。柩は進路を確認しながら安全第一で。
     登り始めた坂で、ペースが落ち始める生徒も。
     中盤ペースを落としていた織姫。勿論年上の人から逃げはしなかったものの、小学生だけは抜かされたくない意気込みが、逆にペースを乱してしまった模様。
    (「乱すつもりが乱されちまったか……」)
     前半はずっと風避けにされて、銀都も少々ばて気味で。オリシアは足冷却に靴を濡らしたことによって、逆に重くなる負担に減速。
     視線を下げ坂であることを意識せぬよう駆ける治胡に、次第に離されてしまう和泉だけど。
     けれどここまで走る距離が以外に早く感じたのは、二人がいたからかな、と。
    「3年連続で、息切れで戦線離脱なんてそんなのは嫌だよ!」
     次々と抜かされちょっぴり泣言の法子。優勝したい気持いっぱいなのに、ついていけなくなる悲しみ。でもコールまであと少し。
     ライラがそのしなやかさを生かして次々と抜いてゆく。追走する様に走る巧は無心だ。
     視線交わす余裕など今はなくても、互いを称え合いしかし手加減を許さないかのように追いつ追われつの攻防。
    「後は死力を尽くすのみ」
     其処へ混じってくるのは、舞斗。倒れるのも辞さない構えで、徒も前傾姿勢で坂へと飛び込んでゆく。
    (「ここで手を抜くと絶対後悔する。そんなの絶対いや」)
    (「とにかく負けたくないもの」)
     手足を大きく動かし、全力を以て走る唯の姿は一言で表すなら気魄。終わったら倒れてもいい。それくらいの覚悟で坂を登りゆくあずさ。
     そんな二人の背を脅かしているのは、一人や二人ではない。
    「気力勝負だぜ!」
    「ここまで来たら意地と根性だよ!」
     もっと前へ。回りの加速に気圧されないように、キラトと空もダッシュ。スパートを掛け競り合うエールや、最高速を保ちながら突入する翡翠。とにかく一つでも上の順位へと、ペースを落とさぬよう無理せず走るアヅマを、同じく一人でも抜き去るつもりの明は、前傾の姿勢で勢い乗せ追い抜いた。
    「うぉぉぉ!」
     全力次こみ吠え叫ぶ慧悟だが、前日の無理のない下見が功を奏したのか、里桜がぐんと坂で抜き上がる。後方でも史明と朔之助の接戦が。
     切磋琢磨し合う人達の勢いの中でも、なをは自分自身の限界と競い合うように。
     登りつめれば、白いテープ眩しく輝くあの場所まであと少し。
     その中でも速度を維持している生徒はごく僅か。一番の見せ場は此処とばかりに允もラストスパート。真剣な顔、堂に入ったフォルムで先頭集団の後方に付いて、グラウンドの中へとなだれ込む。
    「初の女子優勝者の栄冠、掴んで魅せるわ!」
    「負けるものですか!」
     競り合う渚緒と輝乃を抜かしてゆくのは晴香と鶉だ。カモシカの様に土を蹴り進む勢い。そこへ鋭く細かいピッチで追い上げたのは瑞樹と千鶴。鋭い顔付きで前を目指す気魄は、翔と久良。まるで命を掛けているかの如く、きりきりと筋肉を酷使する。
     ゴールまで数十メートル。横一線で並ぶのはもう片手ほど。
     まるで息すら止めているかのように、ただ足を動かすことに集中する里桜が現トップであった与四郎を越えたものの。短距離走の体で突き進む淼、前傾姿勢を保つ麦が更に追い抜く。
     細かい作戦と坂の対策が功を奏し、後は気合いの勝負。
     風を切る音も、心臓の音も。きっと二人には遠い。
     ただ前に在る輝き目指し、身体全体を使ってもぎ取らんとして――ゴールテープが目の前ではためく様を見たのは、淼。
    「や、やった……」
     麦の体にがっちりと捉えられたテープ。ちょっと信じられないように。けれどそれが確かであるという自信もあったから。
     割れんばかりの拍手の中、麦は改めて優勝を叫んだ。

    ●激戦越えて
     最後の直線、憧れの一位にはなれなかったけれど。
    「完走したのですっ」
     ゴールラインを突き抜け、やりきった顔の朋恵。
    「勝った勝ったー!」
     喜ぶ朔之助の横には、真顔で財布の中身を心配する程度に、我が身を可愛がる史明。
     同じクラブの中では、心桜は最後になっちゃったけど。迎えてくれた仲間たちの顔を見たら、10キロを走り抜けた感動も相まって、疲れなど忘れたかのような笑顔。
    「ハッピーハロウィン!」
    「みんなお疲れさまなのじゃー」
     心桜と杏子の手から、疲れた人へと甘くて優しいアメが降る。
     辛い瞬間、苦しい瞬間、そして完走の喜びを分かち合う、思い出という名の掛け替えのない金色のトキ。それが皆の胸に光っていた瞬間。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月31日
    難度:簡単
    参加:61人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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