●豆乳が豊胸に効果があるっていうのはデマなのでは……?
「みんなー! 貧乳はー!?」
「「ステータスー!」」
「貧乳はー!?」
「「希少価値ー!」」
「はい、いっただっきまーす!」
ラブリンスター派の淫魔。各地で新人演歌歌手みたいにどさ回りを続ける彼女のニックネームは『巡業ちゃん』である。
彼女は今日も根強いファンと一緒にライブという名の豆乳鍋パーティーに興じていた。
ところが。
「巡業ちゃん、あれなに? 友達?」
天井を見上げたファンにつられて、巡業ちゃんは同じように天井を見た。
そこにいたのは大きさにして3メートルほどの虫……いや羽虫型ベヘリタスであった!
「にょああああああああああああ!」
「ぎゃああああああああああああ!」
これには淫魔もファンも驚き、一目散に逃げ出した。
一方で鍋を粉砕して着地する羽虫型ベヘリタス。展開したオーラを虫のハサミのように形作ると、逃げる巡業ちゃんをがっしりと捕まえた。
「イヤー! やめてはなして食べないでー! はっ、そうだラブ様助けてー!」
携帯電話を取りだして履歴をいじり、『巨乳おばけ』の項目で止めた――途端、はたとその手が止まった。携帯が手から滑り落ちる。
「……あれ? ラブ様って、誰だっけ?」
かくして巡業ちゃんはベヘリタスに絞め落とされ、連れ浚われてしまうのだった。
●
「ベヘリタスはクラブスートやから、僕も気になってたんよ。卵の被害がラブリンスター勢力にふりかかると思って警戒してたんやけど……」
カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)はそう語りながら、エクスブレインと会話をしていた。
「ええ、どうやら新しい事件へ発展していたようです。『宇宙服の少年』がラブリンスターを襲撃して拉致する事件が起きまして、後を追うように絆を奪われて混乱するラブリンスター派の淫魔たちを羽虫ベヘリタスが拉致するという事件が頻発しています。今回はそのうちの一件ということになりますね」
事件への介入は、羽虫ベヘリタスが襲撃するのとほぼ同時のタイミングになる。
羽虫ベヘリタスは説明にあったとおり大きな羽虫型シャドウである。現実世界に現われているだけあってそれなりに強力だが、力を併せて戦えば勝てない相手というわけではない。
「戦闘スタイルとしてはシャドウ系、バトルオーラ系、断斬鋏系のサイキックを使用します。火力の高い敵なので、注意して下さい」
関連して、エクスブレインはその場に居合わせるラブリンスター派の淫魔についても説明した。戦闘力で言えば灼滅者三人分程度の能力はあるらしいが、基本的にはその場から逃げることを優先するらしい。
「ベヘリタス勢力はかなり強大になっているでしょう。皆さんの活躍を期待します」
参加者 | |
---|---|
七里・奈々(隠居灼滅者・d00267) |
錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730) |
蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156) |
皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424) |
備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663) |
シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038) |
カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368) |
●拡大ベヘリタス
ライブ会場はほぼ廃墟化したショッピングモールだった。収容店舗皆無でフードコートも椅子とテーブルの博物館のようになったが持ち主が色々あって手放していないので放置状態になっている施設。最近じゃあ珍しくないこんな場所が、巡業ちゃんの営業スポットとして機能している。
カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)はそこまでの長くも退屈な道を徒歩で進んでいた。
「やっぱり、ベヘリタスはラブリンスター勢力に目をつけよったか。警戒しといて正解やね」
秋深い季節とはいえ、これだけ歩けば汗もかく。カルムは額をぬぐって目的の建物を見上げた。
同じように見上げる皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)。
「面倒な、事件を……起こして、くれたね」
「一般人を宿主にして、アンブレイカブルも利用して、次はアイドル淫魔か。前のようには行かないよ」
シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)はそう言って、建物へと歩き出した。
それに続く七里・奈々(隠居灼滅者・d00267)と蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)。
二人はこの件に関してさして大きな感情は持っていないようで、沢山ある中の一依頼としてモチベーションを保っている。
「でもベヘリタス、随分大きくなったよね」
「確かに殺虫剤で死ぬサイズではなくなってきたな」
そう言いながらゴキブリを瞬殺するたぐいのスプレー缶を振る舜。
「なにそれ」
「嫌がらせだ」
「ふうん……」
頭の後ろで手を組む備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)。
「ここまで育ったってことは、それなりの栄養があったってことなんだよね。そろそろ本格的に危なくなってきたんじゃない?」
屋内に入ると、何も無い空間を反響するように巡業ちゃんの声が聞こえた。
どうやらライブという名のパーティーは順調に行なわれているようである。
ほぼほぼ廃墟の建物で豆乳鍋パーティーとは。地下アイドルのたくましさよ。キャラを活かしすぎだ。
「親近感がわくような気もするけど、あそこまでは吹っ切れないよ」
遠い目をする錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)。
「コンプレックスもひとしおといった様子ですけれどね。なにせラブリンスターの分類が巨乳おばけですからね」
と、言いつつ。
小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)は懐からスレイヤーカードを取り出し。
巡業ちゃんは入ってきた彼女たちに気づき。
窓が派手にぶち破られ、羽虫型ベヘリタスが飛び込んできた。
「あーれなんで灼滅者がここに――ってうわああああああああああ!」
「行きましょう!」
見たまんまのバケモンが登場したことで巡業ちゃんのファンたちは一目散に逃げはじめ、入れ違うように優雨や琴弓たちは駆けだした。
●貧乳アイドル巡業ちゃん
羽虫型ベヘリタスはシャドウである。現実世界に出現したシャドウの強力さは、以前の戦いを経験したシャルロッテたちが痛いほど知っている。彼らの灼滅者への警戒心もまた同じ。
「まずは先制攻撃、っと!」
菜々は両手を指鉄砲の形にすると、上空のベヘリタスめがけてエネルギー弾を乱射。しつつ、ベヘリタスの下を駆け抜けていく。
灼滅者を邪魔者と判断したらしいベヘリタスはオーラをハサミムシの腕の如く変形させて追尾し始める。
菜々と併走し始めた舜がよく振ったスプレー缶を噴射。ベヘリタスに浴びせかけていく。
「えっなにそれ本当に使うの!?」
「だから嫌がらせだって」
対するベヘリタスは煙をかき分けて加速。追いついたベヘリタスのハサミが二人を掴む――より早く、零桜奈が二人の間を抜ける形ですれ違い、炎のようなエネルギーシールドを展開。ハサミを打ち弾く。
「『ソノ死ノ為ニ、対象ノ破壊ヲ是トスル』」
零桜奈という盾ができた菜々と舜はブレーキアンドターン。舜はスプレー缶を投げつけ、菜々は鋼糸を放って缶とベヘリタスのハサミをまとめて切断。
爆発的に広がった煙に紛れ、零桜奈は足下から影業を展開。ベヘリタスと巻き付けていく。
ガクンと高度を落としたベヘリタス。
その頭上。
二階通路から見下ろす形の吹き抜けを飛び降りるようにして、鎗輔と霊犬わんこすけがダイブ。咄嗟に放たれたオーラの弾丸をわんこすけが刀で弾き、鎗輔は豪快な縦回転からの踵落としをベヘリタスへと叩き込んだ。
「お前の相手は僕たちだ、なんてね!」
一方。その場のファンたちは物陰に逃げ込んだり訳も分からず走り回ったりと混乱していた。
巡業ちゃんもさてどうしたもんかという顔である。
「うわー、マジヤバイわこれ。戦ったら死ぬわこれ」
ベヘリタスを前に早速逃げようとしていた巡業ちゃんを、カルムが呼び止めた。
「襲われるまんまでええのか巡業ちゃん」
「なんやて金髪!」
「自分のファンを誰が守るん。ラブリンスターも悲しむんちゃうかな」
「せやかて金髪、ら、らぶ……えっなんて? 誰が悲しむって?」
「ラブリンスター」
イントネーションを強めに言うシャルロッテ。
「こうしてプロダクションのアイドル淫魔が狙われている。ファンにも、危険が及んでいる」
「『らぶりんすたあ』ねえ……初めて聞く名前って感じする。襲われてるのがホントかどうか、一旦仲間に確認したほうがいいかなあ」
まだあまり乗り気でないようだ。
そこへ優雨が、巡業ちゃんの胸を見ながら言った。
「相変わらずですね」
「どこ見て言ってんだ殺すぞ☆」
巡業ちゃんの営業スマイルである。
「記憶の整理は後にした方がいいでしょうね。それより……」
「ファンの人たちを誘導してくれたら助かるよ。あなたのために集まってくれた人たちでしょ」
琴弓が柱の陰やらに隠れてガタガタ震えている男たちを指さした。
何を勘違いしたのかこっちへ駆け寄ってくる男たち。
「巡業ちゃんこの人たちは貧乳仲間でござるかどぅふふふ」
「田中氏出会い頭に貧乳はひどいでござるよどぅふふふ」
「顎砕いて黙らすぞ☆」
「「……」」
一瞬だけこの人たちを盾にしようかなと思ったが、やめやめ。
貧乳コンプレックスすら売りにするのが巡業ちゃんのアイドルスタイルである。この手の絡みはサービスみたいなもんだ。
巡業ちゃんは外を親指でくいくいやった。
「そんじゃこーしよ。あたしがファン連れて逃げるから、そっちはあのキモイ虫よろしく」
「わかったよ」
こっくり頷く琴弓。
「それではまた後で」
優雨はそう言ってきびすを返すと、ファンを連れて外へ逃げていく巡業ちゃんとは逆の方向へと走り出した。
そんな中で、琴美も当然戦闘態勢へ移るわけだが……。
「あっ……」
ふと、ホールステージの中央に置かれたスタンドマイクに目が行った。
●ベヘリタス・アタック
スタンドにすがりつくように、甘くそしてなまめかしく立つ琴弓。
両手で柔らかく、小指から順にマイクを包み込んでゆく。
途端に天井のスポットライトにフィルターがかかり、琴弓を桃色に照らし出した。
大きく開けていた目を、細くすぼめる。
「歌うよ」
『あれはむしじゃない』
歌:琴弓
曲:いつものひと
「あれはベヘ――」
「待って待ってムリムリ! この段階からいきなりミュージカル風のバトルは無理!」
バックミュージックを停止して腕をぶんぶん振る菜々。
琴弓がちょっと残念そうに振り返った。
「アカペラで、アカペラでなら付き合うから。ね?」
「んー……うん」
それならまあ。という風に歌い始める琴弓。今度は英語でキャンディポップ調に歌い始めた。
それをBGM代わりに戦闘を再開する菜々。
背の高いオブジェを足場にして二階通路へ飛び移ると、手すりの内側へと滑り込む。
たまたま同じ所に滑り込んでいた舜と目が合う。
「もしかしてサボってた?」
「距離をとってただけだよ」
会話しつつもベヘリタスめがけて呪弾を連射。
反撃に放たれたオーラ弾を手すりの影に隠れる形でしのぐ……つもりだったが、二~三発しのいだ所でベヘリタスが直接手すりをぶっ壊して飛び出してきた。転がって回避する舜と菜々。
逃すまいとハサミを伸ばすベヘリタス。
そのすぐ下にいた鎗輔は、わんこすけを砲丸投げのフォームで投擲。
「わんこすけ、二人を守れ!」
ベヘリタスの頭上へくるくる回りながら割り込んだわんこすけは霊力壁を形成。ハサミを強制的に押さえ込んでいく。が、それも長く続くものではない。霊力をすり減らして徐々に弱っていくわんこすけ。菜々と舜は一度顔を見合わせ、せーのでベヘリタスへと飛びかかった。
二人の間には鋼糸。二人がかりで繰り出した糸に引っかかったベヘリタスは強制的に突き落とされ、下で待ち構えていた鎗輔のオーバーヘッドキックによって地面へと転がされた。
転がってきたベヘリタスが起き上がる。起き上がりざまに、全力ダッシュしてきたシャルロッテのハイキックが炸裂。オーラで壁を作ろうとするベヘリタスの顔面らしき部分を掴み、シャルロッテは思い切り殴りつけた。
よたよたと後じさりするベヘリタスだが、これでもシャドウの一体である。全身からオーラを噴出し、大量のハサミを作って一斉に構えた。
そこへ零桜奈が急接近。
どこからともなくケルト十字型の大砲を取り出すと、超高速で繰り出されるハサミ連撃をがしがしと弾き始める。
とはいえしのげて三割。速攻で決めなくてはと次の手を考えたその時、優雨が彼女(彼)の隣に並んだ。
「一緒にやりましょう」
優雨はクロスグレイブを発現。光の中から引き抜かれたそれには、輝く文字でタスラム (tathlum)と浮かんでいた。
片眉を上げる零桜奈。ケルト十字とケルト神話は一見似たような位置にあるが、キリスト信仰に利用された古代シンボルとそれによって衰退した土着信仰という関係上いわば相反する存在である。しかしことこの世界においては仲間同士。
零桜奈と優雨はそれぞれの銃口をベヘリタスの目らしき場所に押し当てると、同時に発射レバーを握り込んだ。
二つの光がベヘリタスを貫く。
オーラがはじけ飛び、まるままのベヘリタスが残される。
このままでは灼滅されると察したのだろう。ベヘリタスは慌てた様子でその場から飛び立った――が、しかし。
「逃がさへんよ」
破って抜けようとした窓の前に、カルムが立っていた。
エネルギーの塊となって突撃を仕掛けるベヘリタス。
棒術に使うような長い棍棒を影業の中から引く抜くカルム。
「ほな。食らいや」
まっすぐに繰り出された棒はベヘリタスを貫き、そして内側から複雑に爆発。
塵も残さず、灼滅させたのだった。
●ラブリンスターは……?
「うぃーっす、おつかれーっす」
戦闘を終えて暫くした頃、巡業ちゃんが戻ってきた。
後片付けをするのもなんかなあという調子で休憩していた菜々が立ち上がる。
「あれ、戻ってきたんだ」
「ハコ借りてる身分なもんで」
「まっじめー。ところで巡業ちゃんさ、成長しちゃったらどうするの? 貧乳がステータスじゃなくなるよ?」
「そんときゃひっこめるっしょ。アイドルしてる身分なもんで」
ピースさいんでちょきちょきする巡業ちゃん。
この辺のスタンスは流石というか、人間やめてまでアイドルしてる存在の覚悟だった。
「ま、ファンがおってこそのアイドルや。それは本人が一番わかっとるやろ」
同じく休憩していたカルムが寄ってくる。
ステージからぴょんと飛び降りる琴弓。
「そういえば、今日は御影様が暴れなかったんだよ。めずらしいね、なんだか」
「マジデジマ?」
完全にノリで会話する巡業ちゃんである。
さておき。
「ラブリンスターが押さえられたとなると、アイドル淫魔にアイドルレスラー、ビスマスや七不思議使いにまで発展します。ある意味、武蔵坂学園とも絆を結んでいますから……考えるべきことは多いですね」
優雨がこめかみを押さえて唸った。
ラブリンスターの行動力がこんな形で厄介ごとへ発展するとは、である。
「これからは……本当に、ラブリンプロの警護が必要かも……」
手作りの腕章をつけてみるシャルロッテ。
巡業ちゃんは頭をわしわしやった。
「あーでもこれからどーしよ。今はしのいだからいいけど、きっとまた狙われるよね。あとなんか思い出せないことがあるし」
「それは……ベヘリタスと、タカトのせい」
零桜奈が会話に入ってきた。
「絆を、取り戻したいなら……協力、してほしい」
「らぶりんなんとかの件?」
「そ。携帯に入ってる『巨乳おばけ』のことだよ。絆を忘れても、残ってるものはある」
わんこ抱っこして頷く鎗輔。巡業ちゃんは携帯を見つめて暫く唸った。うなーって唸った。
「んー、じゃあ、できる協力はするよ。武蔵坂(おたく)らには淫魔絶対殺すマンとかいる筈だからちょいちょい距離置くけど、それでいい?」
「ん……」
頷く零桜奈。
その後ろから、ファンたちが続々戻ってきた。
「騒動は終わったようでござるよ山口氏ぃどぅふふ!」
「それでは鍋パーティ再開でござるな田中氏ぃどぅふふ!」
「タフやな……」
「モチのロンロン。なんせ巡業ちゃんのファンなもんで」
再びピースさいんでちょきちょきする巡業ちゃん。
その後は、皆で鍋を囲んだ。
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年10月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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