護り刀は波遊ぐ刃

    作者:泰月

    ●朝もやの中から出づる
     滋賀県、琵琶湖近く。
    「明け方もだいぶ冷えるようになってきたな……ん? あれ何だ?」
     一軒家もアパートも団地も混在する住宅街をスクーターで朝刊を配達していた青年は、朝もやの中に見つけた影に首を傾げた。
    「……は? え?」
     青年が目を見開いて、スクーターを止める。朝もやの向こうから進んで来たのは、頭が巨大な刀そのものな存在だった。
    「ふむ。ただの人間のようでござるな」
     言葉を発する刀の手に、華やかな刃紋を持つ刃がギラリと輝く。
     尋常ではない危ない雰囲気に、ハンドルを握る青年の腕が小刻みに震える。
     刀の怪人はそのまま青年の横を通り過ぎ、角を曲がって去っていった。

    ●24時間見回ってます
    「琵琶湖の状況が動いたんだけど、ちょっと面倒になったと言うべきかしらね」
     夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は、教室に集まった灼滅者達にそう口を開いた。
    「いけないナースが灼滅されている事を知った安土城怪人がね。ナース達を守る為に、刀剣怪人を巡回に出したのよ」
     派遣された刀剣怪人は、周辺の街を見回っていると言う。
    「特に一般人から姿を隠そうともしてないけど、悪事を働くわけでもないわ」
     だからと言って、このままと言うわけにはいかない。
    「いけないナース灼滅の為に、模擬戦を行う灼滅者が刀剣怪人と鉢合わせてしまえば、危機に陥るかも知れないわ」
     そうなる前に、先に刀剣怪人を灼滅する必要がある。
    「皆も知ってると思うけど、刀剣怪人はご当地怪人の中でも戦闘に長けた方で、特に今回の刀剣怪人は攻撃に特化したタイプよ」
     日本刀を武器とし、無造作な乱れ斬りと斬撃の波も操る攻撃特化型。
     配下は連れずに単独行動を取っているが、1人だからと油断出来る相手ではない。
    「姿を隠そうとせず堂々と巡回してるから、接触は簡単よ。時間も問わないから、早朝、明るくなって人通りの少ない時間が良いわ」
     周囲に誰かがいても人質を取ったりする事はないが、人通りが少ない時間を選べるならそれに越した事はない。
    「問題は、巡回ルートから離れようとはしない事かしら」
     ナースの護衛と言う任務のためなら、街中が戦場になっても気にしない。
     特に悪事を働かないとは言っても、そこはダークネス。善行をするわけでもない。
    「場所を移すとしたら、道路脇にある駐車場ね。車もほとんどないし、道路よりは人目にも付きにくい筈よ」
     戦い易さと言う意味では、道路も駐車場も大きな差はない。人払いの用意に合わせて選べば良いだろう。
    「精鋭である刀剣怪人を灼滅できれば、最近、勢力を伸ばしている安土城怪人への打撃にもなる筈よ」
     手強い相手と言えるが、挑む価値は充分。
    「ナースと戦う仲間の為にも、よろしくね。気をつけて行ってらっしゃい」


    参加者
    花檻・伊織(蒼瞑・d01455)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)
    東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)

    ■リプレイ

    ●動く刀
     早朝、まだ朝もやが残る街中を、猫が漂っていた。
     青とも紫とも一言では言えない鮮やかな長毛と翼を持つ猫は、ふわりと浮いたまますぐそこの駐車場の中に消えていく。
    「む……あれは?」
     猫が普通でないのなら、それを見つけたのも普通ではない。
     動く刀――刀剣の頭を持つ怪人。
    「おかえり、イチジク。ナースを倒しに行く前の見回り、ご苦労様」
    「あの車置き場は、数刻前には誰もいなかった筈でござるが……む?」
     猫に続いて聞こえてきた声に駐車場に踏み込んだ刀剣怪人の頭の脇を、手裏剣が通り過ぎて電柱に突き刺さる。
    「流石。こんなものじゃ、驚くどころか瞬きもしな――や、瞬きはしようがないか」
     右手で手裏剣を投げた乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)は、現れた姿に思わず自分の言葉を訂正した。
     何しろ、頭が巨大な刀剣である。
    「よく言う。当てる気などなかったでござろう――灼滅者」
    「OK。ここからは本気でいこう」
     賞賛をあっさりと返され、聖太は右手に持っていた手裏剣を左に持ち変える。
    「刀剣怪人……頭が刀剣……」
     目も口もないのにどうしてか流暢に喋る刀剣頭に、柊・司(灰青の月・d12782)は『もっと他に無かったんかいっ』とツッコミを入れたいのをぐっとこらえる。
    「俺は人斬り、花檻伊織――過日に一名、貴方達の護衛するナースを討ち取っている」
    「ナース殿は敵味方関係なく治療をしている。それを灼滅するのは、道義に反する行いとは思わなかったでござるか?」
     名乗った花檻・伊織(蒼瞑・d01455)の言葉と、先程わざとナースを狙っていると思わせる為に聞こえるように言った東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)の言葉で、怪人はそう問いかける。
    「そうするだけの理由が、こちらにもある」
     怪人――波遊ぎの言葉を伊織は軽く受け流し、「白露」と脇差の「玄鳥」、大小一対の刀を抜いて殺気を薄く広げる。
     ああ言えば謗りを受けるかも知れないのは、覚悟の上だ。
    「相手が誰でも、邪魔者は排除するのみです」
     そこに、ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)が口を開く。
    「誠に申し訳ないのですが、速やかにお亡くなりになられていただきますね」
     丁寧な言葉遣いとは裏腹に、ルナの良く通る声は冷え切っていて、有無を言わせぬ高圧さすら含んでいた。
    「あ、朝早くから見回りをしている怪人さんを襲撃するのは気が引けますが、いけないナースさん達を灼滅しているみなさんの所に邪魔が入らないように灼滅しますっ」
     ずれそうな大きな帽子を押さえ、フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)は精一杯大きく声を上げる。
    「……ふむ。もしかしたら、お主達は最初から我を狙っていたのか? まあ、いずれにせよにもお主達を見逃す道理はないでござる」
     波遊ぎが鞘から刀を抜く。その片面には、頭部と同じ龍が彫られていた。
    「この人数でなんですけど……正々堂々、戦わせてもらいます」
     戦いの音が早朝の街に広がらないよう、音を断つ力を広げて火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)が告げる。
    「構わぬ。ここは既に戦場でござる。刀剣怪人が一刀、波遊ぎ、参る!」

    ●斬り合い
    「ナースを見逃さないためにも、まずはそっちを倒すよ!」
     胸元にクラブのスートを浮かべた八千華は、魂を闇の側へと傾けながら、敢えて波遊ぎに聞こえるように告げる。
    「そう簡単に倒される訳にはいかんでござる!」
     対する波遊ぎは、黒い何かが立ち昇る刃を足元に突き立てて、一気に引き抜いた。怨念のような何かの篭った斬撃の波が巻き起こる。
    「それはこちらも同じですよ」
     破邪の光を纏った明は、その波を突っ切る事で後ろに届くのを遮る。
    「だろうな。だから、二の太刀でござる」
     波遊ぎが振り下ろした刀と明の銀の剣がぶつかり、ギィンッと金属音を立てる。
    「だ、大丈夫です、か? 今、癒しますね」
     その場を動かずに斬撃の波を阻んだ司に、フリルは意思持つ帯を伸ばして包帯のように巻きつける。
    「流石に、切れ味鋭い刀剣さんですね」
    「波遊ぎ、と言えば備前兼光。斬られた人がそうと気付かず川を泳いでいる内に真っ二つになったと言う話があるな」
     感心した様な司の呟きに、交叉させた二刀で斬撃の波を流した伊織が答える。
    「他にも、幕末の剣聖・男谷信友をして、刀身の烈しい気魄を怖れさせたとか聞く」
    「名刀、と言う事ですか。悪事を働いてない相手を倒すのは些か気が引けるとは、言ってられませんね」
     続く伊織の言葉に笑顔で頷いて、司は朱塗りの槍を手に飛び出した。
    「さあアーネスティア。槍もなかなかいけるってこと、教えてあげてくださいね」
     既に穂先に生まれていた冷たく鋭い氷を、至近距離から波遊ぎに放つ。
    「我が名を持つ刀が人間の中で誰に使われたと言われていても構わないが、好評価は聞いて悪い気はしないで――」
    「別に怪人はその刀そのものではないのだろうけど――わくわくするね」
     突如横から聞こえた声に飛び退いた波遊ぎの足を、伊織の刀が切り裂く。
    「ぐっ!?」
     波遊ぎの刀剣頭に表情はない。笑みも驚愕も浮かばない鋼の頭だが、手応えや漏れる声で攻撃が効いているのは判る。
     だから、灼滅者達は畳み掛ける。
    「どんな名刀でも、戦い続ければ毀れて痛む筈だ」
     飛び出した聖太は一気に距離を詰めて、波遊ぎに斬りつけその刀を打ちつける。
    「出来るだけ早く終わらせましょう」
     数号打ち合った聖太が飛び退くのに合わせて、ルナが白く細い指で波遊ぎを指す。
     意思持つルナの帯が飛んで縦に構えた刀を避けて波遊ぎを撃ち抜いた。
     そこに響くギターの音。
    「……」
     感情の見えない無表情とは裏腹に、風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)の指は激しくギターの弦を弾いて掻き鳴らす。
     攻撃的な音の衝撃が波遊ぎを吹き飛ばし、コンクリートブロックの塀に叩き付ける。
    「……成る程。これが武蔵坂の灼滅者か。この上、策を弄されればナース殿がやられるわけだ。ますます、お主達を放っておくわけにはいかんでござる!」
     ゆらりと立ち上がった波遊ぎは、肩に担ぐように刀を構える。
    「ナースは倒させて貰うよ」
     飛び出した八千華が、螺旋の捻りを加えて突き込んだ槍が、波遊ぎの刀剣頭とぶつかり火花を散らす。
    「くっ。イチジク、お願い!」
     避けようとしない波遊ぎの意図を察して、八千華が飛び退くのと同時に、波遊ぎの振り下ろした刃が三日月の軌跡を描いた。

    ●剣戟
    「くらえっ」
     聖太は力強く地を蹴って、反対の足を振り上げた。
     重力と煌きを纏った蹴りが波遊ぎの頭を叩き、足袋のようなデザインのスニーカーの親指の所の隙間に挟んだ手裏剣が、ギィンッと金属音を立てる。
     早朝の駐車場に、戦いの音は響き続けていた。
    「ふっ」
     短い呼気を吐いて、紅詩はギターを振り回す。
     紅詩の体内から噴出した炎を纏ったギターの一撃が、蹴りの衝撃で体勢を崩していた波遊ぎを叩いて、たたらを踏ませた。
     だが波遊ぎの手は、確りと刀を握り続けていた。
    「続けますよ、アーネスティア」
     続けて飛び込んだ司の手の中で朱色の鱗模様が回り、咽び泣くような音が鳴る。
     殆ど同時に、波遊ぎが刀を振り上げ、下ろし、薙いで、また振り上げる。無造作に振り回された刃が風を切る音を鳴らす。
     別々の音を鳴らす槍と刀。
     朱塗りの槍は斬撃の隙間を縫って、刀も槍に阻まれず無造作に振り続けられる。
     螺旋に回った槍に穿たれた刀頭が削られ、斬り刻まれた司の膝が崩れ――かけるが、気力で踏み留まる。
    「ぬぅんっ!」
     波遊ぎは振り続けて地面に突き立てた刀を、間髪入れず振り上げた。
    「ぬぅんっ!」
     間髪いれず、波遊ぎは刀を振り上げた。
     怨念の篭った斬撃の波が波遊ぎの周りに立ち、灼滅者達を斬り飛ばす。
    「そっちのサポートは任せるよイチジク!」
     八千華の声で、斬られたウイングキャットの尾のリングが輝きを放つ。
     同時に、八千華の掌で別の光が膨れ上がる。放たれた光の砲弾は、波遊ぎが立てて構えた刃を掻い潜ってその胴体を撃ち抜いた。
    「み、みなさん、大丈夫ですか」
     小さな声で気遣うフリルの白炎が前で戦う仲間を包みその傷を癒して、力を高める。
    「油断すれば三途の川で波遊ぎする破目になるか――だが、もっとだ。どちらかが斃れるまで刃鳴を響かせ合おう、波遊ぎ」
     踏み込んだ伊織の赤い光を放つ一撃が、波遊ぎの頭を叩いて音を立てる。
    「――っ♪ ――っ♪」
     そこに響くイタリア語の歌声。
     歌うルナの立つ場所は、戦いが始まってから殆ど動いていなかった。
     自分の体力の無さを自覚し、無駄な動きを極力避ける為の戦い方だが、透き通るようなソプラノヴォイスを響かせる姿は、そこが彼女のステージだと思わせた。
     叫びのような声量で響いた神秘的な歌が、波遊ぎの刀頭の奥の精神を揺さぶる。
     さらに明が、柄しか見えない剣を振り上げた。
     非物質に変わった刃は、何にも阻まれずに波遊ぎの魂を直接切り裂く。
    「くっ……これ程でござるか」
     波遊ぎの肩が、大きく上下する。
    「大分、痛んで来たな」
     聖太が波遊ぎの刀を指して告げる。
     握る刀ははっきりと見える程に刃毀れし、刀剣頭の頭部にあった龍の彫り物は削れて形が判らなくなっていた。
     だが、刃を握る両手は健在。
     たとえ刃が毀れて切れ味は落ちても、剣戟の勢い、斬撃の鋭さは変わらない。
     そこを削ぐ力は、今回の作戦には組み込まれていなかった。
    「1人は……斬る」
     決意を新たに、波遊ぎは刀を鞘に納めて地を蹴る。
    「斬られたって、倒れませんよっ」
     殆ど同時に、司も飛び出していた。体に残る痛みに纏う夕暮れ色の光を癒しに変えるのも頭をよぎったが、ここは退けない。足は止められない。
     重力と煌きを纏った靴底で波遊ぎを叩いて蹴り飛ばし――直後。波遊ぎが鞘から抜き放った刀に斜めに傷を刻まれ、司の体が倒れる。
    「止まりなさい」
     刀を返そうとした波遊ぎを、明が赤く輝くアンティークな標識で叩いて押さえ込む。
    「ここだ……畳み掛ける!」
     波遊ぎの体勢が崩れたのを見逃さず、聖太が続けて飛び出した。
     全身を使った回転突撃。左手の指に挟んだ手裏剣と波遊ぎの頭がぶつかり合い、ギャリギャリと音を立てて火花を散らす。
    「イチジク、合わせて!」
     続いてに飛び込んだ八千華は光を纏った拳を刀剣頭にも胴体にも連続で叩き込み、猫も肉球を叩き付ける。
    「――すぅぅ」
     大きく息を吸い込んだルナは、再び歌声を響かせる。
    「同じ歌ならば……っ!」
     だが、空を切った波遊ぎの刀は雄叫びとすら思える程の声量の歌声は断ち切れず、その精神が再び揺さぶられる。
     ずっと回復に専念していたフリルが飛び出し、紅詩の影が形を変える。
     複雑に変形したナイフの刃と影の刃が、波遊ぎの刀頭を削り斬る。
    「その首――切っ先、か。刎ねさせて貰う」
     告げて伊織が両手を振るう。二刀と波遊ぎの頭がぶつかり合い――バキンッ――振り抜いた二刀が、斬り砕かれた刀頭の破片を喰らった。
    「これは……村正殿と、安土城怪人様に顔向け出来んな……」
     砕け散った波遊ぎの破片が、建物の間から差し込んだ朝日を反射し輝いた。

    ●そして朝日が昇る
    「刃の濤乱、泳ぎ切らせて貰った――楽しかったよ、波遊ぎ」
     消え行く波遊ぎの欠片を見やり、伊織は二刀を鞘に納める。
    (「迷わずお逝きくださいませ」)
     歌い疲れたか。ルナは声に出さず、胸中で呟いた。
    「本当に……切れ味鋭い刀剣さん、でしたね」
     ブロック塀にもたれた司が、ぼんやりと呟く。まだしばらくはまともに動ける力は出そうにないが、後悔はない。
    「このままナース勢の方にマッサージ受けにいくのもありかもしれませんね……いや、冗談ですけど」
    「そもそも、ナースの居場所まで僕ら聞いてないし。この近くにいるから刀剣怪人がいたんだろうけど」
     冗談めかした八千華の言葉に、聖太が冷静に返す。
    「えぅ、えと、ナースさんの事は、他の方々に、任せましょう……」
     おどおどした声で、フリルも言う。
    「……さて。もう少し休んだら、駐車場を掃除して帰りましょうか」
     両手を合わせて黙祷を捧げていた明からの提案に、全員が揃って頷いた。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ