小さなライブハウスの片隅で、少女が溜め息をついていた。
彼女の名は、『歌輪(うたわ)・レル』。新進気鋭のアイドルだが、その正体は淫魔である。
最近は何やかんやで一般人をライブに呼べるようになったが、まだまだ実力不足。
手売りしていた新曲『恋の角度は62度』のCDも、山ほど残っている。
「もっと頑張らないと……!」
レルがぐっ、と拳を作った途端、突然入り口のドアが破られた。
飛びこんできたのは、巨大な虫! まっすぐにレルに襲い掛かる!
「キャーっ!? 助けて、ラ……ラ? えと、あたし、誰に助けてもらおうとしたんだろ?」
自分がいい感じの組織の一員だという自覚はあるが、誰の下についていたのか思い出せない。
「えーと……」
だが羽虫は容赦なくレルを攻撃する……。
「うるさい! 今考え事してるんだから!」
「…………」
困ったように一瞬停止する羽虫。
だが、ふと我に返ると、レルを連れ去っていくのだった。
「ラブリンスターが連れ去られた。都内で路上ハグ会を開いていたところを『宇宙服の少年』に襲撃され、その絆を奪われてしまったのだ」
初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)によれば、星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)達がラブリンスターの行方を追ったのだが、羽虫型ベヘリタスの妨害を受け、見失ってしまったという。
しかもこの混乱に乗じて、配下の淫魔達を羽虫型ベヘリタスが襲撃、連れ去ろうとしているという。
「最近活発なベヘリタスの動きを放置する事はできない。ラブリンスターの行方も気になるが……」
今回襲撃が予知されたのは、アイドル淫魔・レル。ライブハウスに1人でいるところを狙われるので、これを迎え撃ってほしい。
今回の羽虫型ベヘリタスは、シャドウハンターと魔導書のサイキックで攻撃してくる。成長を遂げたその大きさは、3m弱。戦闘力もかなり高くなっている。出現数は1体だが、あなどる事はできないだろう。
一方、レルはあまり戦闘力が高くない事もあり、灼滅者に羽虫を押し付けて逃げようとする。
「まあ、無理に追う必要もないが……元々はラブリンスター側の問題。うまい事説得して、一緒に戦ってもらうというのも面白いかもしれないな」
アイドル活動に精を出しているとはいえ、ダークネスである事に変わりはない。その戦闘力は、灼滅者に換算すると3人分ほど。アイドルらしく、歌声や演奏を生かして戦うのが得意なようだ。
「それにしても、あのラブリンスターを拉致するとは、タカトとやらの実力は底知れないな……」
いずれ戦う時が来たとして、果たして勝てるのだろうか?
杏の表情は曇っていた。
参加者 | |
---|---|
和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975) |
由井・京夜(道化の笑顔・d01650) |
病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104) |
永舘・紅鳥(氷炎纏いて・d14388) |
狩家・利戈(無領無民の王・d15666) |
ペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587) |
阿久津・悠里(キュマイラ・d26858) |
ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129) |
●淫魔アイドル危機一髪!
ライブハウスへ急ぐ中、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)は思案する。
「ラブリンスターの連れ去り直後に起きた、この事態……意味がある気がしてなりません」
「僕もそう思う。タカトは何狙ってるのかな。ラブリンの能力も気になるよね」
由井・京夜(道化の笑顔・d01650)もまた、興味は尽きない。
もちろん、今なすべき事も忘れてはいない。淫魔……歌輪・レルの救出。
だが、和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)の表情は、硬い。
「あまり信用しておらぬ故、ラブリンスター一派に肩入れするのは正直気が進まんが、ベヘリタスやらの勢力拡大の方が気になるしの……」
「その通り、このままではベヘリタスに歌輪・レルがサラワレル!」
「えっ」
ペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587)のダジャレが、皆の時間を凍り付かせた。
「あ、満足したのでもう帰ってもいいですか?」
そんなわけあるか。
皆が突っ込むより先に、バーナーズ卿の鉄拳制裁が終了していた。
そんなこんなで、扉を荒々しく開けて、ライブハウスへと殴り込む。
中には、ステージ上で相対する2体のダークネス。
羽虫型ベヘリタスの気色悪さに、顔をしかめる病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)。
「えっ、なになに!? またヤバいファン!?」
「心配しなくていい。我々はきみを助けに来た」
レルは、割って入った阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)たち灼滅者を見回す。
「もしかして、あなたたちがラ……なんとかの人?」
「残念、あたしたちはラブリンスターじゃねーけど、とりあえず味方だ」
そう言って、レルをベヘリタスから引き離す狩家・利戈(無領無民の王・d15666)。
レルを背にかばうウィルヘルミーナの肢体を、白黒2色のロングドレスが包んでいく。
「つながりを奪う企み、阻止させていただきます」
「そういう事だ。悪いが、ラブリンスターの勢力には助けてもらった事も あるんでな。そう簡単にいくと思うなよ、羽虫ごときが!!」
寄らば貫く、とばかり、妖の槍を突きつける永舘・紅鳥(氷炎纏いて・d14388)。
ベヘリタスの標的はあくまで淫魔。しかし、邪魔者を見逃す理由もない。
故に羽虫は、灼滅者をも標的に含めた。
●灼滅者の、淫魔ぷちスカウト活動?
いまだ警戒心をのぞかせるレル。そこで悠里は、
「私たちは、武蔵坂学園の灼滅者だ。レルくんの所属している『いい感じの組織』とは友好関係にある。覚えているか?」
「灼滅者!? まさかあたしの評判がすごくて灼滅に来ちゃった!?」
「色々誤解があるようだな……」
悠里とのやりとりの間にも、羽虫との戦闘は始まっていた。
「なあ、よかったら、一緒に戦ってくれないか? なんなら、あんたらのリーダーの事も後で聴きたいし」
羽虫をダイダロスベルトで弾きながら、呼び掛ける紅鳥。
攻撃をかわす利戈も、顔をしかめて、苦戦する素振りをアピールしながら、
「この羽虫を逃せば、またアンタを襲いに行くかもだぜ! それが嫌なら、力を貸しな!」
「や、私たちだけでは正直キツいので……サイキックアブソーバー強奪作戦の時、共同戦線を張ったのを、覚えておいでです?」
「あー、なんかあったよね!」
眠兎の問いに、レルが即答した。やはり忘れたのは、ラブリンスターの事限定らしい。
その流れに乗って、京夜が語り掛ける。
「この蟲を仕向けてきたのは、君から、君の上司の記憶を奪った奴だよ。やられっぱなしで逃げるのも癪だと思わない?」
「上司……? きゃっ!」
小首を傾げるレルの横を、機材の破片がかすめていく。
「再度追っかけてくることになれば1人で対応する事になりますが、それは大変ではないですか?」
「最低限死なぬようにはしてやる故、手伝った方が安全じゃぞ」
ウィルヘルミーナに続いて、風香も進言する。
「よくわかんないけど……あなたたちを利用するなら今がチャンスってこと?」
無邪気に言うレル。まあ、間違ってはいないのだが。
「どうするかはきみに任せよう。無論、協力してくれるなら、この上もないが」
羽虫に立ち向かいつつ、判断をあおぐ悠里。
「逃げ出すというならば、ご随意に。ですが、その胸のうちの違和感を解消したいのであれば……呉越同舟と行きましょう?」
眠兎の誘いかけに、レルが自分の胸に手を当てる。
「ごえつ……って何?」
選択以前の問題だった。
「それはさておき、これは新たなファン獲得のチャンス♪ 我吸霊拉・レル(忘れら・れる)になりたくなければ協力しなさい」
ペーニャは得意のダジャレを交えながら、くるりと人差し指を回し、
「なんならCDの売り上げにだって協力出来ますよ?」
「ホント!?」
レルは、マイクを手に羽虫を直視する。
「よーし、悪い虫さんはあたしがこらめちゃうゾ☆」
『売り上げ』という言葉に食いつくアイドル……たくましい。
●ここは灼滅者のバトルステージ!
「さて、話はまとまった事だし。こんな気持ち悪いのはさっさと退治しちゃおうか」
京夜の巨腕を、体で受け止める羽虫。
ぐぐぐ、と競り合う2者の均衡を、ペーニャの刀が崩す。
そして風香が、クロスグレイブの狙いを頭部に定める。
「気持ちの悪い顔を、こちらに向けるでない!」
光の砲弾がクリーンヒット。羽虫の上半身が氷に覆われるのに合わせ、こちらもクロスグレイブを携えた紅鳥が疾走。
巨大さゆえに、殴り甲斐もある。連続攻撃を砲撃で締めくくると、その反動で距離を取る紅鳥。
「ウナ、あれが今日の遊び道具だよ。さあじゃれておいで」
目を光らせ、羽虫に襲いかかるウナに続き、悠理自身も突撃する。
しかし、周囲の灼滅者を弾き飛ばし、レルに向かう羽虫。
「おっと、行かせるか!」
ステージ下から跳び上がる利戈。その拳が、羽虫の顎をとらえた。
高く舞い上げられた羽虫の背中が、天井の照明と激突する。
しかし、そのまま浮遊した羽虫の概念破壊光線が、降り注いだ。
体を焼かれ、後退するペーニャ……だが、その痛みが消えていく。
「おおっ、これは」
「痛いのは銀河の果てまで飛んでけ~!」
癒しの力の源は、レルの歌声。
さすが本職と言うべきか。その癒しの力は、灼滅者のそれを軽く上回る。
「……私、虫は嫌いでして。特に、脚が嫌いなのですよ…ッ!」
ジャキンと音を立て、交差する一対の刃。
眠兎の断斬鋏が、羽虫の脚部を執拗に狙う。
そこに接近したウィルヘルミーナが、激しく仕掛ける。羽虫の注意をレルから離すように。
その連撃に無骨さはなく、あたかも舞……剣の舞を見ているかのよう。
そこにレルの歌が加われば、文字通り、ここはステージだ。
その中に、紅鳥が加わる。鋭く槍を繰り出す。
多少の傷には構わない。受けたそばからレルが回復していくからだ。その歌声は灼滅者を癒し、羽虫を撃つ。
「さすがはダークネス。その気になれば、俺たちの1人や2人じゃかないそうにないな」
紅鳥が感心する中、京夜の清めの風が吹く。仲間だけでなく、レルに対しても気を配るのを忘れない。
バーナーズ卿やウナも奮戦する中、風香がクロスグレイブで十字を描いた。
虚空に刻まれた真紅の十字が、羽虫の羽根に、同じ形の傷をうがつ。
「ラブリンスターの次は淫魔諸姉か。きみ達のやり方はいまいち迂遠でピンと来ないな。ただひとつ――」
羽虫の間合いへ、悠里が閃光のようにステップ・イン。
「気に入らないことだけが確かだ」
繰り出された右ハイキックは、羽虫の目にも止まらぬ。
その背後、利戈の影が音も無く、高速で接近する。
幾筋にも展開すると、帯のように羽虫の巨体を拘束していく。
「さあ、今ならいけるぜ、確実にな!」
「お任せを。ダジャレだけの女でないところをお見せしましょう」
華麗にキックをきめるペーニャ。羽虫が錐もみして飛んでいく。
しかし、羽虫の視線を受けた灼滅者に、紋章が刻まれていく。混沌なる破滅の印!
そして本命の標的は、レル。だが悪しき視線を、眠兎が遮った。羽虫を睨み返し、
「……シャドウハンターとして言わせてもらえば、絆を奪う貴方達の動きは気に入らねーですので……その意図を潰させて貰いますですよ!」
「ありがと! あとでサインあげるね!」
眠兎にウインク1つ、レルがダンスを披露する。弱った羽虫を、右から左から、マイクで打撃。
「愚かなダークネスの配下へ、神の名の下への救済を」
白光に包まれたウィルヘルミーナが、羽虫と交錯する。
切り飛ばされた羽すら弾き、羽虫に、紅鳥の流星蹴りが炸裂した。
衝撃は全身に伝わり、その体を砕いたのだった。
●アンコールタイム?
「ありがと~守ってくれて!」
「まぁ、こんなのを仕向けてきた奴は許せないしね」
頭を下げるレルに、微笑み返す京夜。
「こちらこそ、歌輪・レルを助けら・レル事ができて満足です」
レルがリアクションに困るのを見て、バーナーズ卿がペーニャにお仕置きした。
「お疲れさま、ウナ。ゆっくり休むといい」
愛猫を労う悠里。それからレルを振り返り、
「さて」
「こうして説明を聞いても、思い出せぬのかのう?」
改めて、ラブリンスターの事を話す紅鳥や風香。
だが、京夜と眠兎がラブリンスターのグッズやCDを見せても、反応はなかった。レルの困り顔が増えたくらいで。
「ふむ、こんなものか……。ならば、この後こやつをどうするかは、皆に任せるかのう」
風香としては、情報を得るのが一番の目的。レルを守った以上、不要に肩入れするつもりはないようだ。
「なあ、これからどうするんだ? なんなら、一時的に武蔵坂学園に身を寄せるとかどうよ。ベヘリタスの襲撃がこの1体だけとも限らねえし」
「そうそう、今度学園でマラソン大会があるのですけれど、そこで宣伝に歌ってみる気はありませんか?」
利戈、そしてウィルヘルミーナの誘いに、レルは目を輝かせる。
「いいかも! ……って思ったけど、武蔵坂学園って、灼滅者がたくさんいるんだよね? それはそれで危険かも」
本来、灼滅者とダークネスは相容れぬもの。以前の共闘は、ラブリンスターという強力なリーダーあっての事なのだろう。
「これからのことは、他の淫魔のお友達と話し合ってみよっかなって思うよ」
すまなそうに手を合わせるレル。
利戈は頭をかいて、
「そっか。連絡がつきそうなら、そっちの方がいいしな」
「じゃあせめて、CD買わせてもらってもいい?」
「お買い上げありがとうございます!」
京夜が言うなり、ぐぐっ、とCDを押し付けるレル。
眠兎も、サインなど入れてもらいながら、
「良い歌に人間もダークネスもありません。アイドル活動、頑張ってくださいね」
「ありがとう! みんなも頑張ってね、害虫駆除!」
それだとなんか業者っぽい……皆は思った。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2015年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|