お兄ちゃん、助けて!

    作者:灰紫黄

     昼前の公園で、少女と青年が並んでベンチに座っていた。
    「晴れてよかったね、お兄ちゃん♪」
    「そうだね、ありさたん♪」
     子供が頑張ってお洒落したような恰好。まだ十歳前後だろうというのに、肩を出した服装はませているとしか言いようがない。当然、人間であれば、だが。
     実は彼女は淫魔であり、青年は今日、財布どころか預貯金フルバーストしてしまう予定の被害者だった。
     その頭上に、気持ち悪い物体が現れる。赤黒い巨大な羽虫。そう、ベヘリタスである。羽虫は少女の頭をつかむと、そのまま飛び立とうとする。
    「怖い! 助けて、お兄ちゃん!」
     ありさは咄嗟に手を伸ばすが、お兄ちゃんは風圧ですでに吹き飛ばされていた。何とか木にしがみついて、携帯電話を取り出す。
    「こんなときは……あれ?」
     アドレスを漁るが、誰に連絡すべきかは分からない。戸惑っているうちに木はばきりと折れて、ありさはお空に連れていかれてしまった。

     何とも言えない顔で、口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)は灼滅者を待っていた。
    「えぇと、まず落ち着いて聞いて。『宇宙服の少年』……おそらくタカトがラブリンスターを拉致したわ」
     路上ハグ会をしているところを襲われたらしい。それに気付いた灼滅者も追跡を試みたが、ベヘリタスに阻まれてしまった。さらに、絆を失って混乱する一派の淫魔を襲撃する動きもあるようだ。
    「みんなには、こっちを対応してほしいの」
     ダークネス同士の争いではあるが、タカトが何を企んでいるのか分からない以上、放置するわけにもいかない。
    「……で、ここまでが前置きなんだけど」
     はぁ、と溜め息ひとつ。なんだかなー、と顔に書いてあった。
    「私が捕捉した淫魔は、ありさという小さな女の子よ。見た目はね」
     その容姿を活かしてアレなダークネスに取り入ったり、アレな一般人を破産させたりしているらしい。今回も、一般人とのデート中に羽虫にさらわれてしまう。
    「淫魔は公園でベヘリタスと遭遇するわ。幸い、デート相手以外には一般人はいないわ」
     ありさたんが何かしたのかもしれないが、それは分からない。とりあえず戦闘の支障になるような要素はない。ベヘリタスが進んで一般人を攻撃することはないため、保護は余裕があればでよいだろう。
    「ベヘリタスはシャドウハンターの系統のものに加えて、リングスラッシャーのサイキックを使うわ」
     大きさは3メートルほどになっている。比例しているわけではないだろうが、戦闘能力も小さいものに比べてかなり高くなっている。
    「こちらが助太刀に入れば、淫魔はすぐに逃げ出すわ。あんまり強くないから仕方ないとは思うけど」
     一応、上手く説得すれば戦闘に加わることもある。そうなれば、戦闘でかなり優位に立てるだろう。
    「ラブリンスターがさらわれちゃうとはね。……タカトもずいぶん思い切ったことするわ」
     やれやれ、と肩をすくめる目。何か大きな事件の予兆でなければよいのだが。


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    ゴンザレス・ヤマダ(現代だけど時はまさに世紀末・d09354)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)
    九賀谷・晶(高校生デモノイドヒューマン・d31961)
    浅山・節男(勇猛なる暗黒の正義の使徒・d33217)
    アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)

    ■リプレイ

    ●羽ばたく悪虫
     事件の舞台は、何の変哲もない公園だ。これからここは戦場になるのだ。
     その中央のベンチに、少女と青年が並んで座っている。
    「えへへ、お兄ちゃん大好き!」
    「僕もだよ、ありさたん」
     赤い髪を二つにまとめた少女が子犬みたいに頭を差し出すと、青年はためらうことなく撫でる。にへら、と表情が粘土レベルに溶けた。
     だが、幸せは長くは続かなかった。続くわけがなかった。
     突如、ヘリコプターが降りてきたような豪風が青年を西部劇の草みたいに吹き飛ばしたのである。風の主、赤と黒の虫がそのままありさを捕まえ、飛び立とうとする。
    「イヤーーーーーーー!!」
     絹を裂くような悲鳴が、公園に響き渡る。けれど、彼女を助ける者などいない……はずであった。
    「お兄ちゃん! お兄ちゃんが助けに来ましたああああっ!!」
     瞳に極大の闘志を燃やした浅山・節男(勇猛なる暗黒の正義の使徒・d33217)が、ムーンサルト回転体当たりを決めた。その衝撃でありさが解き放たれる。その気迫たるや、子猫を守る親猫に比肩する。もっとも、動機はそんな殊勝ではないが。
    「あなた達は?」
    「武蔵坂学園だ。覚えてる……よな?」
     ありさの問いに答えるはサイラス・バートレット(ブルータル・d22214)。怒りを秘めた赤い瞳が、羽虫を睨みつける。さらに他の灼滅者もベヘリタスの前に立ちはだかった。
    「っけ、貧相な身体だぜぇ。いいか、晒して良いのは鍛えぬかれた肉体美だけだぜ!」
    「あなた、どこかで……」
     ゴンザレス・ヤマダ(現代だけど時はまさに世紀末・d09354)は肩を出しているありさに、世紀末覇者のようなマントを着せてやる。紳士か。向こうは彼に既視感を覚えたようだが、他人の空似であろう。奇跡レベルの。
    「おっおー、ちょーっと変なストーカー退治に来たんだおっ……ちょーっとどころじゃないんだおっ」
     武器を構え戦意も十分、と思いきや、ベヘリタスの気持ち悪さに一歩引くマリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)。今回は回復役なので問題はなかろう。というより、仕方ない見た目である。
    「いくで、私の七不思議其の一、蠢くアルラウネ!」 武装を解放するのと同時、アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)の姿が変わっていく。彼女は人造灼滅者だ。自ら戦いを選んだその意思こそが力であった。
    「白兎、参りますわ!」
     淫魔と浅からぬ因縁のあるミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)であるが、今回は淫魔を守ることを選んだ。ラブリンスターには、先の吸血鬼との戦いで借りがある。
    「ベヘリタス……どう動くのでしょうか」
     仲間を守るべく、前に出る椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)。見よう見まねの構えは、一見するだけならそれらしい。頭の中でイメージを練って、いくつもの動きをシミュレートする。
     ベヘリタスも灼滅者を敵と認識したのだろう。低空まで降りてくる。近くで見れば見るほど、気味の悪い姿だ。

    ●蠢く悪夢
     ありさは灼滅者達の後ろでおろおろしたままだ。逃げるか戦うか決めあぐねているのだろう。
     そんなことはお構いなし、ベヘリタスの羽から漆黒の弾丸が放たれる。仲間に当たる寸前、なつみがそれを受け止めた。
    「みなさんを攻撃するのは、私を倒してからにしていただきましょう」
     光の盾を展開、円運動を利用した動きで殴りつける。今回、防御役は彼女一人。果たして、どこまで持ちこたえられるか。
    「頑張ってほしいおっ!」
     すかさず傷を塞ぐように、マリナはダイダロスベルトを伸ばす。傷口を中心に体を覆い、硬質化。まだありさの動きが分からない以上、防御の要が倒れれば戦線は崩壊するだろう。それを避けることが、今の彼女の役目だった。
    「最近アンブレイカブルが同じ虫に襲われているんです。被害にあった人は苗床にされたり散々な目にあっているんですよ! あなたもこのままだと……」
    「何それ怖い!」
     アルルーナはレッドスタイルの交通標識で敵を殴りつけながら、ありさにそう語り掛けた。助けられなかったアンブレイカブルがだぶって見えて、声にも力がこもる。
    「胡散臭いかも知れませんが、僕達はあなたの味方です。あの大きな虫に言葉は通じません、よろしければ一緒に倒しましょう。……あと僕をお兄ちゃんと呼んで下さい、お願いします」
     最後に余計なものが混じっていたが、節男の提案は仲間達の総意であった。少なくともここにいる灼滅者はありさを守ろうとしているし、共闘できれば確実に状況を打破できるだろう。
    「分かった、分かったから! 一緒に戦えばいいんでしょ!?」
     半ばヤケであったが承諾が得られ、ありさも戦列に加わる。これで戦局はこちらに大きく傾いた。
    「ヒャッハー! いい覚悟だ! 寝覚めが悪ぃんで今回だけはヤツの代わりに手ぇ貸してやるぜ!」
     叫び、ベヘリタスに飛びかかるゴンザレス。実は過去にありさが篭絡した羅刹と世紀末大戦を繰り広げていたのだ。彼の脳裏に、あの過酷な戦いが蘇る。粘土スマイル、プライスレス。
    「さぁ、早く退場してもらおうか」
     銀の装飾を施された槍を構え、九賀谷・晶(高校生デモノイドヒューマン・d31961)は懐に飛び込んだ。意識するのは、より早く、より鋭く。螺旋回転が槍の攻撃力を高め、赤と黒で編成された表皮を抉り斬る。
    「害虫は、白兎の焔にて駆除致しますわ!」
     ダークネスにソウルボードにすら巣食い、宿主を喰らうベヘリタスはまさしく害虫というに相応しい。日本刀に炎を纏ったミルフィは、素早いステップで側面に迫り、赤い牙を突き立てた。
    「好き勝手に奪ってんじゃねぇっ!!」
     逸る気持ちがエアシューズを加速させ、怒りが発火を促す。世界を奪うか奪われるかで分けるなら、サイラスは後者であり、ベヘリタスは前者だろう。かつて大切なものを奪われた記憶が心を尖らせ、その身をも刃に変える。
     数に勝る灼滅者側に対し、ベヘリタスは悠々と宙を舞いながら反撃を返す。不利な状況だが焦りは見られない。それがかえって不気味だった。

    ●灼滅者featuringありさ
     ありさが加わったことで、こちら側の戦力は盤石。戦闘はいくらか雑な場面もあったが、大きな問題にはならなかった。
    「ラブリンスターにゃ俺らも借りがあるからなぁ~。義理と人情を忘れてこのまま放っていたんじゃ世紀末を生き抜く者として失格だぜ!」
     とゴンザレス。ちなみに今は2015年だが、それは彼にとっては小さなことだろう。モヒカンに宿ったオーラを両の拳に分け与え、加速させる。機関砲じみた連撃がベヘリタスを捉え、大きく吹き飛ばした。
    「いっくおー!」
    「はい、マリナ様。セッションと参りますわ♪」
     マリナとミルフィの唇から、ひとつの歌が紡がれる。アイドルっぽいキラキラした歌声が羽虫の全身を包み、精神ごと叩き壊す。効いているのかいないのか、飛び方がゆらゆらと揺れ始めた。
    「お呼びじゃありません。可愛いは正義なんです」
     歌声に合わせ、炎をペンライト状にしてぶつける節男。戦闘中だというのに、どこか楽しそうだ。自分でも言っていたが、胡散臭いことこの上ない。
    「そろそろきついだろ?」
     晶は不敵に笑んだ。表情や様子には表れないが、ベヘリタスはもはや満身創痍であった。撤退が許されていないのか、そもそもその思考がないのか、そんな素振りはない。数を減らしたいこちらにも好都合だ。右腕に蔦のように寄生体が絡まり変形、死の光線を放つ。
    「奪う事に微塵も躊躇しねぇっつーのは、大層気楽で気持ちイイみてぇだな。……クソッタレが」
     寄生体がサイラスの腕ごと殲術道具を飲み込む。略奪者に容赦や躊躇いなどない。それは当たり前のことではあるが、その当たり前こそが許せないのだろう。異形の大剣が黒い羽をばりばりと食い破る。
    「往生せいや!!」
     とっくに逃げたのだろう、視界に青年の姿はない。普通と言えば普通だが。アルルーナは彼にぶつける分の怒りも乗せて、ロッドを叩き込んだ。命中の瞬間、先端が花開き、内部へ破壊の魔力を送り込む。
    「これで、終わりです」
     音もなく背後を取るなつみ。傷付いたベヘリタスに反応する間を与えず、赤いオーラをまとった手刀を振り下ろした。頭から両断し、引導を渡す。黄金の仮面は砕け散り、ついに何も残さず消滅した。

    ●影は去って
     ベヘリタスの消滅を見届け、灼滅者とありさはほっと胸を撫で下ろした。外見からくる威圧感は、思っていたより大きかったようだ。
    「ふぅ……さすがに、骨が折れました」
     緊張の糸が切れ、ベンチに座るなつみ。当たり前ではあるが、かなり消耗していた。
    「お疲れさま。ありがとう、お姉ちゃん!」
     ありさはその隣に座り、彼女の手を握る。満面の笑みだ。
    「あ、ちょっとええかな?」
     人間形態に戻った、否、変身したアルルーナ。人造灼滅者にとってはむしろこちらが仮の姿だろう。背格好はちょうどありさと同じか、少し上くらいだ。
    「貴女が助けを求めようとしたのは『ラブリンスター』ですわ。それが貴女が忘れている、貴女にとって大切な方の名。あの羽虫の親玉が、彼女と貴女との『絆』を奪ったのですわ……」
    「マリナ達が歌ったのは、ラブリンの歌だおっ。何もおぼえてないおっ?」
     二人がサイキックに使ったのは、かつてラブリンスターが灼滅者向けのライブで披露した曲でもある。
    「え、え? 一気に言われても何のことかさっぱりなんだけどっ!?」
     それに対し、ありさは目を白黒させるだけだ。やはりラブリンスターに関する記憶はないらしい。

    『あなたは覚えてないのかな?
     わたしは絶対忘れない
     だって忘れるわけがない』

     歌った曲にあるフレーズだ。曲の意図とは違うとはいえ、現実になりかけているのだから皮肉なものだ。
    「ま、思い出せないもんはしゃあねえな。……いいか、落ち着いて聞きな。テメェら淫魔は今シャドウの一派から大切な者を記憶ごと奪われ襲われている。そいつを助けるため共闘を申し込みてえ」
     格好の割にひどく真面目な表情で、ゴンザレスが言った。実はその知的な一面が彼の素顔なのかもしれない。
    「あ、いや、ちょっと……そういう難しい話はプロデューサーに」
     けれど、ありさがその提案を受け入れることはなかった。そもそも末端の構成員である彼女に、決定権があるわけでもあるまい。肯定しないだけ、誠意のある対応だろう。
    「……ところで、ケツァールマスクって聞いたことあるか?」
    「何それ? おしりのマスクなの?」
     サイラスは会話が途切れたのを見計らって問いを投げた。ラブリンスター勢力は武蔵坂だけでなく、他の繋がりもあると言われている。だが、ありさはきょとんとしているだけでそれらしい答えはなかった。
    「困った時は、こちらへどうぞ。これは下心無しですよ」
    「え、あ、うん」
     にっこり爽やかな笑みを浮かべてメモを差し出す節男。わざわざ口に出すあたりが怪しいが、なんとか受け取ってくれた。当然、使われる確率はかなり低いだろうが。
    「……じゃ、私帰るね! お兄ちゃんお姉ちゃん、今日はありがとう!」
     気まずさを感じてか、ありさは公園を走り去った。止める間もなく、背中が小さくなっていく。元から小さいけれど。
    「さ、戻ろうか」
     自作らしきアクセサリーをいじりながら、晶は踵を返した。ベヘリタスは倒した。今回の目標は果たした。
     他の灼滅者もそれに続く。タカトが何を企んでいるのかは分からない。今は次の事件に備え、体を休めるばかりである。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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