藍山・逸音(あいやま・いつね)は足音を殺しながら、ゆっくりと廊下を歩む。
その後ろ手には、見るからに鋭利なジャックナイフが握られている。
(「一体誰なのだろうな……私をこんなゲームに招待してくれた張本人は」)
古い学校の様な木造の建物。しかし窓は塞がれていて、外に出る事はおろか、様子を窺う事も出来ない。
閉ざされた空間に拉致して武器を与える……まるで00年代に流行ったシチュエーションホラー映画の様な状況だ。
(「ここから出る為には……ゲームに乗るしかないと言う事だろうな」)
明確なルールが示された訳では無い。が、闇に堕ちた逸音の殺意は、次第に強く大きくなりつつあったのだ。
「……あっ、あの……」
向こうから現れたのは、逸音と同年代と思しき少女。おどおどと、しかし多少安堵した様子で話しかけてくる。
「こんにちは。君も良く解らないうちに、連れて来られた口かな?」
「は、はい! じゃああなたも?」
「あぁ。でも君に会えて良かったよ、独りで不安だったんだ」
逸音も笑顔でこれに応え、少女が十分な距離に近づいてくるのを待ってからナイフを一閃。
――ヒュッ!
「……っ?!」
逸音は、頸動脈から鮮血を噴出して崩れ落ちる彼女を見下ろし、小さく呟いた。
「ゲームスタート」
「神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)達の調査によって、新たな六六六人衆の密室事件が明らかになりましたわ」
有朱・絵梨佳(中学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、この密室はこれまでの物と違い、中に居る六六六人衆も閉じ込められた状態の様だ。
「六六六人衆になったのは、藍山・逸音(あいやま・いつね)と言う高校一年生の女子ですわ。彼女はまだ人間としての感情を残してはいるけれど、密室から生きて出る為に、他者を皆殺しにしなければならないと考えて居る様ですわね」
この密室には、外から中に入る事は可能だと言う。手遅れになる前に彼女を灼滅、或いは救出して欲しいと絵梨佳は言う。
「密室内部は木造二階建ての校舎の様な所ですわね。外に出ることは出来ないし、階段は一つのみ。歩いていれば必ず逸音と接触する事になるはずですわ」
と、そこまで説明した後で絵梨佳は人差し指を立てる。
「ただ、一般人が3名この中に囚われているのはご承知の通りですの。作戦の成功条件とはしませんけれど、出来るだけ助けたい所ですわ。もし会ったなら、命を助ける為の対応をして下さいまし」
学校と言う建物の構造上、隠れる場所もあるだろうし、単純に灼滅者に同行させる事で守る手もある。
幸い、逸音も一度戦闘になれば戦う相手に集中するはずで、一般人は後回しにすると考えられる。
「この密室、誰かが何らかの目的で彼女と一般人を閉じ込めたのでしょうけれど……密室で殺人……いえ、ともかく今は速やかな対応をお願い致しますわ」
そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
花藤・焔(魔斬刃姫・d01510) |
無道・律(タナトスの鋏・d01795) |
成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536) |
小田切・真(ブラックナイツリーダー・d11348) |
本田・優太朗(歩む者・d11395) |
愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505) |
奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567) |
迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801) |
●
それは、古めかしい木造の校舎。しかし廃墟と呼ぶには、やけに状態が良い。
天井に備え付けられた電灯は、いずれも真新しく見える。
「まるで……」
花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)は昇降口から階段を目指しつつ、周囲を見回す。
今回の事件の為に、用意された様な。そんな印象さえ受ける。
「案外そうなのかも知れませんね」
小田切・真(ブラックナイツリーダー・d11348)は高度に訓練された特殊部隊員の様に階段を駆け上がり、上階の様子を窺う。
こちらも一階同様、静寂に包まれており人影も見えない。
「どなたかいらっしゃいますか? ……こっちには居ないみたいです」
男子トイレを確認し、皆に伝える本田・優太朗(歩む者・d11395)。
「女子トイレも居ませんね」
奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)が女子トイレから出てきて、皆にそう告げた瞬間だった。
――がらがらっ。
教室2つ分ほど向こうから、引き戸の開く音。
姿を現したのは、やや明るめの色に髪を染めた少女。恐らく高校生くらいだろう。
「えっ……」
トイレ前に居た灼滅者達と視線が交錯し、彼女は怯える様な表情を浮かべて一歩後ずさる。
「待った。俺達は味方……あんたを助けに来たんや」
「助けに……?」
迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)は両手を広げて、彼女を安堵させるべく訴える。
「そう言う事。もう少ししたら出られるから、どこかに隠れていてくれないか?」
「え、えっと……どこかって……」
「あぁ、ひとまずそこの教室かトイレでじっとして居てくれればいいよ」
温和な口調と表情で告げる無道・律(タナトスの鋏・d01795)。
「……って言うか、ここはどこなんですか? 貴方達は――」
「おやおや、随分と大勢で。君達もここに閉じ込められた口かな?」
疑問符に脳内を支配された少女が灼滅者に問い掛けるのとほぼ同時、その背後からゆっくりと現れた別の少女。
長い黒髪に白い肌、黒目がちな切れ長の瞳。片手は背中の後ろにあって見えない。
「それとも、そこの団体さんが私達を閉じ込めた張本人だったりするのかな」
「えっ?! そ、そう、なの……?」
黒髪少女の探る様な言葉に、再びビクリとすくみ上がる茶髪の少女。
「見たところ、そこの茶髪の子は私と同じ様に単独でここに拉致されたって感じだよね。でもそっちの団体は……ここで会ったばかりには到底見えないよ」
ゆっくりと此方へ、つまり茶髪の少女に歩み寄りつつ言う黒髪――藍山・逸音(あいやま・いつね)。
「っ……本当に助けに来たんですか?」
「あぁ、そうだよ。良いから茶髪のアンタは教室にでも隠れてな」
成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)は彼女を怯えさせないように、繰り返し告げる。
逸音と少女の距離は次第に縮まっていく。と言って、下手に動けば彼女は、逸音の方に逃げて行く危険がある。
「いやいや、それはどうかな。見ての通り、この建物は窓も完全に封鎖されてるし、こんな中に救助なんて来るかな? それに、助けるってどう助けるの? このゲームを終わらせる手段は一つしかないと思うけど」
一歩、また一歩とゆっくり歩みつつ、口調はまるで早口言葉のように捲し立てる。
逸音と灼滅者に挟まれた少女は、どちらの言い分を信じるべきか決めかねて、ただただ交互に両者の様子を伺うばかり。
「成瀬」
「ん?」
圭に小さく声を掛けたのは、愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505)。小柄な小学生だが、普段通りの不遜な微笑を浮かべている。
「眠らせる。確保を」
言い終わるより早く、時雨が呼び起こした魂鎮めの風が少女の意識を遠のかせる。
「っ!」
ぐらりとよろめいて崩れ落ちる彼女を、駆け寄った圭が優しく抱き留める。
「……その能力、やっぱりね。君達を全員殺さないと、私はここから出られない……そう言う事だよね?」
後ろ手に隠していた鋭利なナイフをヒラリと閃かせ、薄く笑う逸音。
一般人の少女を教室内に横たわらせ、佳は扉を閉める。廊下を挟んで対峙する両者を妨げる者はもう居ない。
●
「初めまして、藍山・逸音さんだね? 僕は無道・律、宜しくね」
「……」
「僕等は。僕は、このゲームに誰一人だって乗らせる気は無いよ。此処を全員で出るんだ、君も一緒に」
「そう言う台詞って、成就しないフラグだよ。それにこんな状況で初対面の君達を信用する程、私はお人好しでもないしね」
律の言葉にも、表情を変えぬまま返す逸音。
「キミの望みは、この学校に永遠にひとりぼっちかい? この学校から出ることかい? それとも、ただ人を殺したいだけかい?」
「……あれこれ言って私を惑わそうとする障害を排除して、この学校から出る事……かな」
値定めする様に視線と言葉を投げかける時雨に対し、逸音はナイフを握り直し、再び歩み出す。そのペースは次第に早くなり、やがて駆け足に。
「私の心を惑わす事も、鈍らせる事も貴方達には出来ない。お喋りよりもゲームを始めようか」
――ヒュッ!
氷の様に冷たい口調で言い放つと同時に刃の一閃。
「いいぜ、クールガール。――アツくしてやるよ」
「僕たちは簡単には死なない、いい相手になれると思うね。……さあ、遊ぼうか」
「転身っ!」
灼滅者達は飛び退り、一斉にスレイヤーカードを解放する。
「あなたの思うものを全部ぶつけてみなさい。全部受け止めて見せます!」
「っ……黙って死んでくれればいい」
愛用のチェーンソー剣「ヴェイル・アーヴェント」を構えつつ言う焔。逸音は微かに眉を動かしつつ、再びナイフを振るう。
両者の得物が交錯し、キィンと澄んだ金属音が響いて火花が散る。
「そうやって冷たく振舞うのは、誰かを信じるのが怖いからでしょう? 遠ざけて、誰も関われないようにしている」
「違う……! その必要がないから。誰とも関わる必要はない……それだけの事っ」
優太朗は自身の腕を刃へと変え、死角を突くように斬りかかる。が、逸音もナイフを巧みに翻してこの切先を逸らす。
「わたくしも記憶を無くし、病院で独りだった……放浪の中……学園に着き、皆に出会うまで心細くで寂しくて……だから気持ちは解るし」
「勝手に分かった気になるのはやめてくれないかな。君達が私の何を知った気になってるのか知らないけどさ……君達、初対面のくせに慣れ慣れしいよ」
狛の言葉に、逸音は努めて平静を装いながらも、感情の高ぶりを隠しきれずに返す。
「わからへんよ。だから、知りたいんや。お互いのことを教えあえば友達にだって、仲間にだってなれるで」
「っ! 無い、そんな事……そんなご都合主義、有り得ないね!」
霊犬と共に間合いを測りつつ、炎次郎はそんな言葉を投げかける。と、逸音は数回被りを振って、これまでになく強い口調でそう言い返す。
「ここに居る私達の中にだって、かつては敵味方に分れていた人が居ます。それが今は力を合わせて戦う仲間なんですよ」
「だから、何……私も貴方達の仲間だとか友達になるって? 無い……有り得ない……そんな事」
MPX-AⅡに取り付けられた銃剣を振るい、逸音の切先を抑えつつ真。
「人間、どうやったって一人じゃ生きていけねえもんだ。お前だって、そりゃ例外じゃねえ」
圭は螺旋突きを繰り出し、刃と視線を交錯させながら告げる。
「君達と私は違う。私は独りで居られる。私は独りで戦える! 君達を殺し、ここから脱出すれば……私は生まれ変われるんだ!」
――ギィンッ!
逸音はやや力任せに灼滅者達の得物を斬り払うと、どす黒い瘴気のオーラにその身を包ませた。
●
「我が肉体、我が血、我を追従しとりて食せよ」
炎次郎の指に嵌められた――神の名を冠した指輪「Ogun」から、制約の魔弾が放たれる。
「く、っ!」
優太朗の剣と切り結びながら、逸音は腕でこの魔弾を受け止める。
闇に堕ち、その力を得た逸音は、灼滅者を相手にこれまで拮抗した戦いを展開していた。が――
「逃げられませんよ」
死角を突いて振るわれた焔の刃が、逸音のふくらはぎを掠める。
「う、ぐっ……」
バランスを崩し、数歩後ずさる逸音。
彼女にとってはこれが初陣、腕利きの灼滅者8人を相手どっての戦いとなれば、次第に経験と連携の差が出始めるのは無理もない事だろう。
「……嫌いなんだ」
「え?」
「君達みたいに、やたら前向きで、綺麗事ばかり言って……仲間とか友達とか、正義の味方みたいな事言う人は……」
浅く速いペースで呼吸を繰返しながら、逸音は灼滅者達を見据える。
「別に良いですよ。嫌っても、冷たく振舞っても構いません」
「……」
優太朗は相変わらず柔らかい物腰で、受け流す様に言う。
「けれど、ここにいるお節介たちはそんなのにお構いなく貴方に構ってお世話して、とことん付きまとってあなたと関わりますから……!!」
「は、はぁ?!」
優太朗自身も、否応なく闇堕ちせざるを得ない状況に置かれた経験を持つ。それ故のシンパシーか、真っ直ぐな想いを口にする。思わず目を見開いて、うろたえるような素振りを見せる逸音。
「孤独の空虚さに晒されると、自分がつまらない、価値がないものの様に思えてしまう事もあるだろう。時にはその手のナイフの軽さが、君の命の価値になってしまう。でもね、価値も命も、少しの気付きで全く変るんだよ。君を助けたい、助けて欲しい。僕等は藍山さんを求めてるんだ」
「な、何を……ワケの解らない事を言わないで。私は君達とは違う。違う人種なんだ……違う世界に住んで……どこまでいっても交わる事は無い」
続く律の言葉にも、狼狽しながら早口で言い返す。
「わたくし達は、貴女を放って置けないグース。助けて……貴女の望みを叶える為にわたくし達はここに来たんだから……貴女はもう独りじゃないグース!」
「やめてって……言ってるの。私に望みなんてない。ここで貴方達を殺して、『人間』をやめる。未練も何もかも捨て去る……それが一番なんだ!」
深く頷きながら、言葉を引き継ぐ狛。しかし逸音はついに感情を爆発させる様に言い放つと、更に闇のオーラを膨張させる。
「はぁぁっ!!」
「オマエのその力は、人を殺すためにあるもんじゃねえ。――誰かを救けるためにあるもんだ。オレ達が今、こうしておまえと向き合っているみたいに。だから……止めるぜ。藍山」
圭は槍を握り直すと、突き出されたナイフの切先を槍の穂先で受け止める。
「うっ……ぐ!?」
と、魔力と闇の力が衝突し、激しくスパークする。
「そろそろ、終わりにしようか」
焔、狛を一瞥した時雨は、足下から蔦状の影を放つ。
「斬り潰します」
「くっ!? しまっ……」
不十分な体勢で影喰らいを受けた逸音は、最上段から振り下ろされたイクス・アーヴェントの直撃を浴びて大きくよろめく。
「シーサーダイナミック!」
――バッ!
背後からその身体を掴んだ狛は、彼女諸共跳躍。ガイアパワーを篭めたイズナ落としを見舞う。
「あぐっ……う……まだ」
「手から物騒なナイフを離しな。そうせんと、俺達の手が届かんぞ。こんなつまらんゲームの電源を早く切って、俺達に向き合ってくれ。そうすればあんたはまだやり直せる!」
刀を鞘に収め、手をさしのべる炎次郎。
逸音は観念した様に、しかし心なしか表情を緩め、ナイフと共に意識を手放した。
●
「任務完了、ですね」
真は、校舎内に囚われていた一般人達が去って行くのを見送って、ほっと息をつく。
「いつかの縫村委員会を思い出しますね……同じくらい、質の悪い相手が暗躍し始めたものです」
今は何の変哲も無い廃校舎に見える建物を振り返り、小さく呟く優太朗。
「えぇ、こんな事件が増えると思うと頭が痛いですね」
これに頷きつつ言う焔。
多数の人命が懸かっている上、ともすれば強力な六六六人衆を生み出しかねない事件なのだから。
「藍山さん、どこか痛むところは無い?」
「うん……大丈夫」
一方、逸音を気遣う様に問い掛ける律。闇堕ちから救い出された彼女は、少し落ち着かない様子ながらもこくりと頷く。
「えっと、藍山さんはこれからどうするか決まりましたか?」
「どうって……その……」
ふと、小首を傾げながら問い掛ける狛。逸音は視線を泳がせつつ口ごもる。
「特に決まってないんなら、取りあえず学園に行こか?」
「え、君達の?」
「うん、オレ達と一緒に来いよ。独りで居るよりずうっと楽しいぜ!」
さらりと切り出す炎次郎。圭もうんうんと頷きながら言う。
「良いのかな……私が行っても」
「一緒に遊んだら、友達だろ?」
煮え切らない様子の逸音に、事も無げに告げる時雨。
「そ、そうなの? ……そうか……うん。そうだね」
若干挙動不審気味にそわそわしている彼女を伴って、一行は学園へと帰還する。
かくて、灼滅者の活躍により密室に囚われた少女達は、一人も欠くこと無く救い出された。この場所に彼女達を閉じ込めた何者かの思惑は、一先ず挫かれたのである。
作者:小茄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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