華伏せり

    作者:佐伯都

     満身創痍のまま秋色に染まる山奥を駆け抜けながら、玉蘭はしきりに背後を気にしていた。ざわざわと海の波のような葉ずれの音が、押し寄せてくる風に乗って何度も何度も寄せてくる。
     幹が一抱えもあるような、立派な樹木に身を寄せてそっと周囲を伺った。
     もうすぐ陽が落ちるという時間帯は嫌なことを思い出す。うぞうぞと体の中を芋虫が這い回るような錯覚を覚えて玉蘭は身を震わせた。
     誰も追ってきていないことを時間をかけて確かめ、玉蘭は一瞬ほっと息をつく。
     その瞬間、直上から迫ってきた尋常でない風切り音で我に返り、胴着姿のアンブレイカブルは間髪入れずに全力疾走に移る。金属じみた耳障りな笑い声、色づいた葉を巻き上げながら迫る巨大な羽虫の影。
     つかまる、と思った一瞬に玉蘭は咄嗟に横へ跳んで逃れた。樹木をいくつも薙ぎ倒しながら3メートル弱はあろうかという羽虫型ベヘリタスが、げしゃげしゃと金属音に似た声で笑う。
     血の混じった咳をこぼしながら、玉蘭は消耗しきった自分に勝ち目などあるわけがないことを知っていて、それでも身構えた。
     
    ●華伏せり
     先日八戸港において和歌月・朱彦(宵月夜・d11706)達が羽虫型ベヘリタスより救出したアンブレイカブル、玉蘭の足取りに関し、朱彦は『青森県の山中に潜伏しているのではないか』との予測を立てていた。
    「見つかりよったんですか、玉蘭」
    「どうも日本海側に向かって山の中を移動していたらしい。ただ、3m弱の大きさにまで成長した羽虫型ベヘリタスに見つかって、また卵の苗床にされようとしている」
     運がないってこういう事か……と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)はルーズリーフを開いて溜息をつく。せっかく逃げられたものをまた捕捉されてしまうとは、何をか況んや、だ。
     前回同様ダークネス同士の争いとなるため一般人への被害などはないが、ベヘリタスを放置するのは考え物だ。それに玉蘭が軍艦島のダークネスに合流してしまう可能性を考えるなら、こちらも灼滅するべきなのかもしれない。
    「幸い両者が接触する地点に先回りできるから、両方、あるいはどちらかを灼滅してほしい」
     両者を待ち受けることができると言っても、バリケードを作ったり罠を仕掛けたり等々、玉蘭と羽虫型ベヘリタスの接触前に色々してしまうとバベルの鎖にひっかかる可能性が高まる。
     戦闘がまったく別の場所で始まってしまう危険性もあるので、待ち伏せを行うさいの意志統一は計っておきたい所だ。
    「羽虫型ベヘリタスの能力はシャドウハンターとほぼ同様ではあるけれど、巨大化って所からも想像できるように前回接触した時よりかなり強力になっている」
     配下を連れず、一体だけの出現という部分に救われた形だろう。
    「玉蘭はナックル状のバトルオーラで武装していて、閃光百裂拳と集気法の使用が確認できている。ほかはストリートファイターとほぼ同様」
     ただ彼女に関してはダークネスとは言え非常に消耗しており、羽虫型ベヘリタスに対し彼女だけで勝利することは不可能だ。
    「作戦は大まかに四つ考えられると思う」
     一つ目、ベヘリタスがやって来る前に彼女のみ素早く灼滅する。ダークネスを灼滅し卵の苗床にされるのも阻止できるので、戦果としてはこれで十分だろう。
     二つ目、それとも玉蘭とベヘリタスが戦闘を開始したのち、ベヘリタスを倒すか。この場合玉蘭は前回同様、身の安全を最優先するので共闘するようなことはせず逃走するだろう。
     三つ目、あるいはベヘリタスに玉蘭を倒させた後、残ったベヘリタスを灼滅する。敵同士での戦闘を行わせることで最も効率よく目的を達成できるはずだ。
     四つ目、ベヘリタスが現れてから玉蘭を灼滅する。ベヘリタスと同じ目標を攻撃することで速やかに玉蘭を灼滅し、ついで残ったベヘリタスを灼滅する。また、二連戦となるのですべての案のうち最も難易度が高いだろう。
    「……結果としては三つ目のものと変わらんけど、両方を灼滅者の手で倒す、ちゅう事に意義がある形になるんやろか」
     朱彦は考え込むような顔で口元に拳を当てた。
    「まあ、どの作戦でいくかは、参加メンバーの能力や希望も勘案して決定してほしい。一度助けた玉蘭の扱いの問題もあるだろうしね」
     羽虫型ベヘリタスがかなりの大きさに成長している所を見る限り、勢力としてもかなり大きくなっているものと考えるべきだろう。


    参加者
    花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)
    黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)
    時宮・霧栖(紅色の忘れ形見・d08756)
    和歌月・朱彦(宵月夜・d11706)
    春夏秋冬・初衣(泡雪ソネット・d15127)
    久次来・奏(凰焔の光・d15485)
    興守・理利(赫き陽炎・d23317)
    ミュスカ・トルテ(高校生人狼・d27433)

    ■リプレイ

     すっかり色づいた木々の間を冷たい風が吹き渡ってきて、笹藪に身を隠したミュスカ・トルテ(高校生人狼・d27433)は思わず肩をすくめた。
    「うおおさっすが山ん中は寒ぅ……! 寒いからってわけじゃないけど、ベヘリタスってなんか風邪薬の名前みたいだよね」
    「かぜ、ぐすり……ですか」
     ミュスカの言い分があまりよくわからなかったらしく、ことんと春夏秋冬・初衣(泡雪ソネット・d15127)が首をかたむける。もうすぐ来ますよって、おひいさんら前向いててな、と和歌月・朱彦(宵月夜・d11706)が小さく苦笑った。
    「ベヘリタスのこの執拗さ、一体どんな意味があるんでしょうか」
    「さあねえ。ベヘリタスに卵を産み付けられやすいタイプ、とかあるのかな? 何にせよ、しつこい奴にはお灸を据えてやらなくちゃ」
    「さて……どうにもわからん事がまだ多くて、かないませんわ」
     朱彦同様、以前玉蘭と相まみえた事のある興守・理利(赫き陽炎・d23317)と時宮・霧栖(紅色の忘れ形見・d08756)は、羽虫型ベヘリタスの執念深さに少々閉口気味の気配だった。
    「前に助けた、だから……せっかくだったらまた助けたい、ダネー」
     それはこのたびの依頼が玉蘭とは初見となる花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)も似たり寄ったりらしい。昔からしつこい男は女に嫌われる決まり……いや、『卵』が生物学的な生殖上のそれではないので羽虫型ベヘリタスが雄か雌かどうかなど誰にもわからないのだが。
     一災起これば二災起こるとはよく言うものの、不幸な巡り合わせか偶然か、標的とされているのか。
     あるいはベヘリタスの気を惹く何かが植えつけられでもしているのか、はたまた苗床として売られたか、何かの実験なのか。黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)の興味は尽きないが、もし三度目があれば体かソウルボード内を調査させてもらいたいところだ。
    「どのみち此度の件、いかようになるか気になるところじゃな。吉報の発端となるか、恩が仇で返ってくるか」
     楽しみだのう、と久次来・奏(凰焔の光・d15485)は頭から首すじへと頭巾のように巻いた布を口元に引き寄せうすく笑った。その指の間にはスレイヤーカードが鋭く光る。
     藪の鳴る音が急激に近づき、それへ被せるように何かの風切り音。
     金属音じみたおそろしく耳障りな笑い声、樹間から色づいた葉を巻き上げながら迫る巨大な羽虫。そしてそれから逃げるように走る満身創痍の胴着姿の女を見つけ、朱彦は目を細めた。
     灼滅者が身を隠したポイントのすぐ手前で、破砕音。ベヘリタスが連れてきた風から目元を守った初衣が顔を上げると、そこにあったはずの雑木林はきれいさっぱり薙ぎ倒されていて、もぞもぞと蛾のような翼を背負ったベヘリタスが身をよじっている。
     その反対側に、相対するようによろめき立つ緑色の胴着姿の女。
    「焔、舞え」
     そこへ割り込んだ奏の声に、玉蘭は愕然と第三者の存在に目を剥いたようだった。奏を中心に赤く赤く、火の粉が噴き上がる。
     まずは挨拶代わり、とばかりにチロルの杖が業火をまとい振り下ろされた。続けざまに足止めとして時間稼ぎのためのサイキックがベヘリタスへ嵐のように叩き込まれる。
    「お前達、は」
     ベヘリタスの視線から玉蘭を遮るように立つ璃羽の背中に、玉蘭が息を飲んだ。さらに霧栖をはじめ朱彦や初衣が玉蘭とベヘリタスの間に割り込み、満身創痍のアンブレイカブルを背中にする。
    「大きくなったとは聞いていたけど、もうこんなに……何食べたらこんなに成長するのやら」
    「前回の大きさでも十分に脅威でしたが、こんなものが大量発生しているとはぞっとしませんね」
     自らが薙ぎ倒した木々の間、そして灼滅者からの挨拶がわりの洗礼で押し戻された巨体を引きずるように、ベヘリタスが身体の向きを変えた。
     霧栖のすぐ後ろ、理利はすぐさま次の行動阻害に移れるよう油断なく身構えて玉蘭を見返る。
    「額傷のお前……前にも会ったな、他にも二人ほど見覚えがある。助けろと言った覚えはない」
    「貴方達の強者を求める欲求と、同じようなものですよ」
     顔を歪めるように呟いた玉蘭へ、理利は短く答えるにとどめた。
     一度助けた縁の他にも、詳しい事情もわからないまま灼滅するのは抵抗がある。殺せばそれで終わりだ、当事者が死んでしまえばそれを最後に本当のことは何もわからない。
    「やれやれ、女の子見つけて追いかけまわすなんてどんだけストーキングだよ!」
     お前モテないだろ! と、ずびしと指を突きつけたミュスカに、ベヘリタスは黄金の仮面を揺らしてげしゃげしゃと笑う。言葉の意味を解したとはとうてい思えなかった。
    「おっきい羽虫……なんか、ぞっとする……ダネ」
    「だが、まあ、的が大きくて助かるな?」
     ぶるるっとベヘリタスの異様さに身を震わせたチロルへ奏は軽く笑ってみせて、前衛陣の動きに従い深い藪の中から飛び出していく。
    「アンブレイカブルは武を尊ぶと聞きますが、あんたさん、またそうやって逃げはるん?」
     逃走のため後退するタイミングを計っているのか、周囲を視線だけで探る玉蘭に朱彦は尋ねた。
    「別に止めはしませんが、またベヘリタスに襲われてしまうんがオチやろね」
    「何が言いたい」
     さすがにアンブレイカブルとしての矜持を逆撫でする話題だったらしく、玉蘭が睨みかえしてくる。
    「特に何も。敵であるあんたさんを助けたい言うてる子もいましてねぇ、シン・ライリーはあんたさん達配下を一体どうする腹づもりだったんやろなぁ、と」
    「知らん」
     我らは使い捨てだ、と言って捨てた玉蘭に朱彦は一瞬瞠目する。
     別に彼女が今でもシン・ライリーを頭目と仰いでいるはずだと考えていたわけではないのだが、使い捨てにされた当人からそうと明言されてはさすがに無反応ではいられない。
     理利が迫るベヘリタスの足止めをしつつ、業大老の事を覚えているかと尋ねると玉蘭は首を傾げた。朱彦とのやりとりでシン・ライリーのことは覚えているとみて間違いないようだが、この差は果たしてどういう事なのだろう。
    「きま、す」
     まもなく一度距離をとったベヘリタスとの交戦状態に入る、と初衣が言葉少なに背後の朱彦へ向けて呟く。彼女の体躯からでは、今の成長したベヘリタスは視線だけではなく顎を上向けて見上げるほどに大きい。
     有象無象の影を前脚へ絡みつかせて殴り下ろさんとするベヘリタスから己が身を守りながら、もう時間がないと悟った霧栖が肩越しに玉蘭を振り返る。
    「軍艦島に行く理由は何!? 業大老と関係があるの?」
    「知らん」
     え、と霧栖が唖然とした。思わずベヘリタスからの攻撃を防ぐ手がお留守になりかけるが、慌てて立て直す。……理由もわからずただ焦燥に駆り立てられるまま向かっている、という事なのだろうか。
    「知らんが、行かねばならない――それだけだ。そこが軍艦島とやらかどうかも知らんが」
     何もわからなくとも、それでも行かなければならない、と強い口調で言いきる玉蘭に霧栖はごくりと喉を鳴らす。
     それほど駆り立てられているにも関わらずなぜ行き先を知らぬのか、という疑問はあるものの、もはやベヘリタスを相手にしながら悠長に質疑応答をしていられるほどの余裕があるはずもなかった。初衣や璃羽とも協力してベヘリタスの猛攻を凌ぎながら、どうにか声をあげる。
    「まあ、知らないものは仕方ないね――何かベヘリタスについてわかった時は、前渡したメモの番号から連絡してくれるかな!?」
    「さてな。情報には情報で報いるが相応というものだろう。お前達には命の借りが二つあるが、私はお前達に何も聞いておらん」
     要請に応じるかどうかの確約は取れなかったうえなかなか手厳しい返答ではあるが、命の借りが二つ、と表現したということはいずれそれを精算するつもりはあるのかもしれない。それにむしろ情報提供だけで借りを返した、などとこちらの労力に吊り合わないことを言い出さないぶん玉蘭は誠実な性格をしているとも言える。
     気を取り直すようにからりと笑い、霧栖は妖の槍を振るいながら前を向いた。
    「ま、今はそれでいいや。ともかく、ここで食い止めているうちに」
    「玉蘭、貴方たち以外のダークネスも狙われているようです。――道中、気をつけて」
     理利は単にこれがもはやシャドウとアンブレイカブルの間だけの話ではなくなりつつある、ということを言いたかっただけなのだが、言われた玉蘭はそこまで大きな話になっているとは思っていなかったようで、途端に神妙な顔になり軽く目礼を返してきた。
    「刺し違えてでも、という羽虫ではあるが……恩には着ないぞ、灼滅者」
    「三度目がない事を祈ります」
     獲物を追わんとするベヘリタスの歩みをどうにか食い止めながら、璃羽は玉蘭が藪を越えて姿を消す音を背中で聞く。
     庇うべき相手が去っていったことを知り、チロルは大きく息をついて妖の槍を正眼に据えた。
    「これで思いっきり、やれる、ダネ!」
    「助ける事で今後、別の形の被害が出る可能性がなきにしもあらず、ですが……まあ、これだけ貸しを作ればむやみに敵対したり悪さはしにくいでしょう」
     恩には着ないと玉蘭自身は言ったものの借りを踏み倒す気はなさそうなので、上からの指示でもないかぎり彼女が積極的に何かやらかす心配はないだろう。
     理利としても玉蘭を生かすということは後々の禍根を残すことでもあるのは、胸が痛むところだった。それをいつか後悔するかもしれない、もしかしたら、それこそ玉蘭が他のダークネスの走狗となる可能性だってまったくのゼロとは誰にも言えないのだ――件の黒きイフリートのように。
     しかし、起こるかどうかもわからない先のことを気に病んだところで何も進まず、そして解決もしない。目の前のことに一つ一つ、誠実に対処していって返ってきた結果がそれなら、それはそれできっと互いの間に暗くて深い川があったという、それだけの事だ。
     ひどく耳障りな、金属音に似たベヘリタスの笑い声にミュスカは眉根を寄せる。
     フォークを掻きあわせるような、決して生理的に好きになれるはずがない響きなのは勿論のこと、嘲笑とも特に意味のない笑いともつかない底知れぬ笑いは気味が悪い。
    「ま、護ると約束したからには――必ず護るよ」
     誇りある騎士のようにクルセイドソードを垂直に立て、ベヘリタスの侵攻を食い止める前衛陣に盾として光輪を配する。だが初衣の相棒、花月雪とミュスカの二人だけではとても回復量が足りていなかった。
     ペトロカースやシールドリング、それに一つなりとも回復手段を用意してきていれば戦況を好転させられたかもしれない、と璃羽はほぞを噛む。
     万が一の保険としてほとんどの前衛が回復手段をあらかじめ用意していたことで比較的よく踏みとどまっていると言えるが、メンバーのなかでも練度の高いチロルや理利に攻撃が抜けてしまうようになれば、結果は火を見るよりも明らかだ。
    「かと言って、大人しく撤退を選ぶわけにもいかぬしな」
     今ここにないものを願ったところで何にもならぬ、と腹を据えた奏は笑みを強めて螺穿槍を繰り出す。
     こちらの消耗が想定よりも早いのならばそれを上回る速度で相手を削りに行くのみ、さいわい奏の精度はメンバー中でも決して低くはない。練度の都合でさすがにチロルとはダメージ総量で少々水をあけられてはいるものの、そこは彼女よりも殺傷率の高いサイキックを揃えたことで方向性を違えたカバーができるだろう。
    「んんん、ベヘリタス……なかなか強い、だヨー!」
    「でも、まける……わけ、には」
     玉蘭との会話には加わらず初衣は健気にも最前線へ留まり続けているが、さすがに足元が危うくなりつつある。背後から正確にベヘリタスを穿つように飛んでくる奏の神薙刃は心強くあるが、己が立ち続けられなければ、どうなるか。
     それを思った瞬間、初心の眼前に漆黒の弾丸が迫る。胸底の深みによどんだ、昏い想念を凝集させ結実した、トラウマの塊。
     それに喰われたら自分がどうなるかなんて、そんなもの知っている。疎まれ軟禁され日の光も知らなかった日々が初衣の脳裏を濁流のように染め上げ、ヒッ、と息を吸うような悲鳴が漏れた。
     しかし間一髪、初衣をトラウマの闇が覆い尽くす前に朱彦の神霊剣で弾丸は霧散する。
    「初衣さん、そこまでや、ちょぉ下がって」
     朱彦が白い狩衣の袖で、ベヘリタスの視線から初衣を遠ざけるようにして一歩前へ出た。
     いまここで前衛が崩れることだけは避けたい。璃羽はせめてもの足掻きとばかりに、ティアーズリッパーで果敢に攻めたてる。かつて紅葉の森だったはずの瓦礫の山を駆け抜け、飛ぶことがかなわないならばいかにも鈍重そうな羽虫の足元を狙って影色の刃をきらめかせた。
     節足の脚がいくつか根元から飛び、金属音の悲鳴をあげてベヘリタスが巨体をよじる。
     その僅かなスキに、花月雪とミュスカが消耗の激しい初衣へ回復を集中させた。好機をさらに確かなものとするため、チロルはベヘリタスへむけて眠りを誘う歌声を紡ぎあげる。
     たとえダークネスとて、この歌声を無視できるはずがない。チロルにはその確信があった。
    「ストーカーなら、ストーカーらしく、さっさといなくなっちゃえ、だヨ!」
     ベヘリタスは巨大な蛾の翼を震わせ、ややもすれば離脱を試みたのかもしれなかった。しかしげしゃげしゃと笑うような声と、目の前の獲物を追いかけようとする虫の脚がそれを裏切る。
     手数を減らしさえすれば相手は一体、あとは数の有利にまかせて攻め抜くだけだ。一時は防戦に回るしかなかった霧栖も催眠状態に陥ったベヘリタスへ妖冷弾で追い打ちをかけ、天秤はリミットぎりぎりで大きく傾きだす。
     もはやろくな回避行動もできずに、奏の発言通り巨大な的と化したベヘリタスが、うぞうぞと身じろぎ千切れた脚を振り回し、しゃにむにサイキックを放って足掻いていた。
    「アンタに言うのは筋違いかもだけど、アタシ達灼滅者の絆、奪える物なら奪ってみなよ!」
     がらあきの腹へ叩き込まれた、霧栖の閃光百裂拳が羽虫の胴を破壊する。毒々しい文様と色彩に埋め尽くされた、ほとんど両断されたベヘリタスを、まるであとかたもなく焼却するように奏のレーヴァテインが呑みこんでいった。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ