●温泉宿でリラックス
「うぅーん、気持ちいい」
はふぅと息を吐き出したのは、非常に魅力的な少女だった。温泉でのんびりした後に、マッサージを受けてうっとりとした表情を見せる。
この後は美味しいものを食べてゆっくりまったりしようと思っていた少女の耳に、嫌な音が響いた。閉じていた瞳を開けた少女は息を飲んだ。
「き、き、気持ち悪い!」
そこには三メートル弱くらいの大きな羽虫型べヘリタスがいた。迷う様子もなく真っ直ぐ飛来する羽虫に、少女は助けを求めようとした。
そしてぴたっと止まった。いったい自分は誰に助けを求めようとしたのか……。
淫魔である自分は大きな組織に入っていて、安全で快適な幸せ満喫ライフをエンジョイしていたはずだ。けれど、思い出せない。
誰に助けを求めればいいのか……。困惑している間に、羽虫が少女を転ばせる。
あわあわしている間に捕まってしまった淫魔は、連れ去られてしまったのだった。
●連れ去られた……
「大変なことが起こっちゃたよ!」
あわあわとみんなを見渡しながら、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)が口を開く。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
都内の路上ハグ会で、ラブリンスターが襲撃を受けたのだ。宇宙服の少年に連れ去られたラブリンスターは、さらにその絆まで奪われてしまったのだ。
しかし事件はこれで終わらない。絆を奪われて混乱する配下の淫魔たちを、羽虫型べヘリタスが襲い連れ去ろうとし始めているのだ。
ラブリンスターの行方も気なるところだが、まずはこの羽虫型べヘリタスの襲撃を迎え撃ってもらえたらと思う。ダークネス同士の争いで、一般人には被害がないとはいえ放置するわけにはいかない。
「まずは羽虫型べヘリタスのことを教えるよ!」
メガネの位置を直しながら、手元のノートに視線を移した。大きさは三メートル弱まで成長している。
大きくなったことに比例しているかは不明だが、戦闘力もかなり強力になっている。幸い、現れる羽虫型べヘリタスの数は一体のようだ。
温泉宿でマッサージのサービスを受けている淫魔を助けることになるのだが、戦闘が始まれば後はよろしく! という感じで、淫魔は逃げ出すだろう。
しかしうまく説得なり、やる気にさせることができれば一緒に闘ってくれる可能性もある。淫魔の戦闘力は高くないのだが、高くないと言っても、ダークネスだ。
淫魔であるユリアに参戦させることができれば、戦いはかなり有利になるだろう。みんなとユリアの力を合わせれば楽勝で羽虫型べヘリタスを灼滅することができるはずだ。
みんなは羽虫型べヘリタスが襲撃してくる少しだけ前に、ユリアとの接触が可能だ。時間にすると十分もない程度だ。
説得して参戦を希望する場合は、この間に試みてもらえればと思う。ユリアの助けは必要ない! という時は、羽虫型べヘリタスが襲ってきたのと同時に飛び出してもらえればと思う。
しかし説得しても絶対に参戦してくれるわけではない。ユリアをうまく乗せてやる気にしてあげる必要があるのだが、その気になってくれなければ間違いなく逃走するだろう。
羽虫型べヘリタスはシャドウハンターのサイキックと、魔導書に類似したサイキックを使ってくる。
「タカトはどれだけの力を持ってるのかな?」
宇宙服の少年を思って、まりんは首を傾げた。羽虫型べヘリタスが成長しているのを見るに、べヘリタス勢力の力が増していると思われる。
嫌な予感がすると、まりんが瞳を伏せるのだった。
参加者 | |
---|---|
クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377) |
満月野・きつね(シュガーホリック・d03608) |
メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367) |
ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689) |
霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884) |
ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114) |
伏木・華流(桜花研鑽・d28213) |
庭・瞳子(ケロベロスの猟犬・d31577) |
●接触
「大事な話があるから、席を外して欲しいのよ」
プラチナチケットによって、ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)を関係者だと思った女性はマッサージの手を止めた。
「どのくらいかしら?」
壁にかかった時計を見た女性に、ヴィントミューレが交代するからもう戻ってこなくて大丈夫だと応えた。すると怪しんだ様子もなく、女性は頷いて部屋から出て行った。
「えー、ちょっと! もう終わりなの?」
まだ始めたばかりじゃないと言いながら、台の上に横になっていたユリアが身を起こした。女性と入れ替わって入ってきた灼滅者たちのことも、全く気にしていない様子で肌を晒している。
「あれ? みんなでマッサージしてくれるの?」
ずらっと並んだ灼滅者を見て、ユリアが首を傾げながらガウンを羽織った。
「貴女が所属している組織とそのトップ、ちゃんと覚えておりマス?」
帽子の鍔に触れた霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)が、探るようにユリアを見る。
「当たり前じゃな……ん?」
言葉の途中でユリアが眉を寄せたのを見たラルフがクハハッ! と笑いをこぼしながら、さらに声をかけた。
「おや、何やら違和感を感じているようですネ」
「ちょっと、なに笑ってるのよ!」
むむっとユリアが顔をしかめて見せるが、さすが淫魔というべきか……非常に愛らしい。
「いえいえ……その原因の一端が、今から来るものにあるとしたら興味はございマスか?」
「今から来るもの?」
ふっと真剣な表情を見せたユリアに、ラルフが頷いてみせる。戯言として聞き流して撤退するのも、原因を探るために留まるのもユリアの自由だ。
「どうしマスか? 可愛らしいレディ♪」
可愛らしいと言われたユリアの表情が微かに変化する。その一瞬を見逃さずに、メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)が口を開いた。
そしてこれからここに現れるのが、ユリアを狙っていることを告げた。
「貴女を……いえ、貴女達を守る者は今は居ない」
整った顔立ちと銀糸のような綺麗な髪、そして極端なほどに白い肌。髪が揺れるたびに、右耳の三日月ピアスが見え隠れする。
メルキューレをじっと見た後、みんなを見渡したユリアの瞳が満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)をとらえる。
「ん?」
瞬きしたユリアに、ずいっと顔を近づけられたきつねが息を飲んだ。じーっと見られたきつねが言葉を選ぶ。
「俺たちだけじゃ勝てないかもしれないけど……」
誰かが襲われることがわかっているのに、放っておくことはできないと目の前に迫っているユリアに告げる。
「……いいわ、みんな魅力的だから話を聞いてあげる」
すっときつねから身を引いたユリアが何だかえらそうに台に座り直した。
「私が狙われていて、あなたたちが助けてくれるってことでしょ?」
だったら自分は逃げればいいだけと、自己完結しそうなユリアにクラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)が口を挟んだ。仮にここで逃げたとしても、勝敗がわからなければ常に狙われているかもしれないという思いに駆られることになる。
「これからずっとゆっくり気を休めることができないぞ?」
それでもいいのかというように、クラリーベルの青い瞳がユリアを見つめる。
「だから自分を襲ってきた相手がどうなるか見ていけ」
考えるように首を傾げたユリアに、伏木・華流(桜花研鑽・d28213)も声をかけた。ここで倒さなければ、間違いなく追い続けるという華流にユリアが嫌な顔をする。
「それでここに来るのって何なのよ」
「説明する手間は省けるわ」
鋭い眼差しで時計を見ていた庭・瞳子(ケロベロスの猟犬・d31577)が口にするのと同時に、大きく開け放たれた窓の方から羽音が聞こてくる。そして羽虫型べヘリタスが姿を現した。
「き、気持ち悪い!」
台の上を後ずさったユリアが悲痛な声を上げる。
「……出てきやがったな」
シャドウである羽虫の出現に、きつねが瞳を細めた。そんなきつねの横でラルフは笑ってはいるのだが、どこか瞳が冷めているように見える。
孵化したばかりのものもなかなかに愉快な見た目だったのだが……。それに輪をかけて愉快な見た目になっている。
思わず殺虫剤を噴射してやりたくなってしまうラルフだった。
「ということで、アノ虫ッコロを倒すのに協力してくれマセン?」
何が来るかわかっていたローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)だけに、平然とユリアに声をかける。個人的にファンクラブを作るくらいにラブリンスターに好意を抱いているローゼマリーだけに、可能な限り手を取り合えないかと模索する。
ダークネスである以上、いつかは戦うなんてことになってしまう可能性があるとしても、そんな未来が訪れないように努力したい。
「もちろん、私も全力でいきマス!」
絆が消えてしまってわからないとは思うが、ユリアのリーダーであるラブリンスターに助けてもらった恩もある。共闘しましょうと、ローゼマリーがユリアに迫るのだった。
●登場
「……よりによって何で虫型になってくれるかなぁ……」
実は虫が苦手なきつねだけに、シャドウへの恨みもあいまっていつも以上に苦い表情を見せる。
「激しく同意する! 気持ち悪い!」
きつねの呟きに激しく頷いたユリアが台から下りる。
「こんなのに付きまとわれるなんて冗談じゃないわよ!」
油断なく構える灼滅者たちと並んだユリアが真剣な表情を見せる。
「回復はしてあげるから、さっさと倒しちゃって!」
羽虫が完全に部屋に入り込んだのを見て、メルキューレが動いた。
「いと高き神よ、私は喜び、誇り御名をほめ歌おう」
力を解放したメルキューレが床を蹴るのと同時に、ラルフがどす黒い殺気を無尽蔵に放出する。
「ドジ踏んだら指差して笑ってやりますヨ、メルキューレ」
そんなラルフの軽口を聞きながら、メルキューレが殺気に覆われた羽虫に強烈な斬撃を決める。そして全く重さを感じさせずに、静かに着地した。
ふわりと遅れて落ちた髪をそっと払ったメルキューレが、いつも笑顔のラルフを見る。
「貴方が失敗して首を飛ばされないようお気を付けを?」
冷たく感じるメルキューレの言葉に、ラルフが独特な笑い声を上げる。からかえば首を刈ろうとしてきたりする親友だが、実際は何だかんだで息が合ってカバーしあえる仲なのだ。
「サポートは任せます」
そしてメルキューれもまた、何だかんだで信頼はしているのだった。予想していなかった攻撃に、羽虫が不気味な音を発しながら漆黒の弾丸を放った。
真っ直ぐにユリアに向かった弾丸を、ローゼマリーが代わりに受ける。衝撃に吹き飛ばされそうになるのを、何とか耐えたローゼマリーの耳に天上の歌声が聞こえた。
代わりに攻撃を受けてくれたローゼマリーを、ユリアがその歌声で回復していく。礼の言葉を返したローゼマリーがそのまま羽虫に向かって飛び出した。
雷を宿した拳で、思い切り羽虫を殴り飛ばす。シャドウに対して特に思うことはないローゼマリーだが、今回の様な一方的に蹂躙するようなやり方には嫌悪を感じる。
そんな思いが込められた拳は、容赦なく羽虫を床に転がした。
「サクラ、頼んだ」
残念ながらなぜか怠け者なウイングキャット、サクラに声をかけた華流は羽虫に向かって駆け出した。サクラはというと、後ろにいる仲間に向かってふわふわな尻尾を緩く振ってリングを光らせる。
怠け者でも懐いてくれればまだ……とは思うのだが、さらに残念ながら懐かない。かなりがっくりきている華流ではあるが、それが戦いに影響することはない。
殴りつけるのと同時に、網状の霊力を放射して羽虫を縛り上げる。
「思いっきりいかせてもらうぜ!」
ふわりと跳躍したきつねの手には、甘いような狂気のような武器が握られている。チョコを基盤として作られた交通標識には、糖分中毒注意とデコペンで描かれたようなデザインをしている。
全体的に甘いのに、甘さだけではない……のもそのはず。思い切り振り下ろされたチョコの標識は、羽虫を叩き潰す勢いだ。
何とかすり潰されるような事態は避けられた羽虫だが、距離を取るように注意深く飛行する。そんな羽虫を床から狙っていた瞳子の影が一気に下から斬り裂いた。
その間にクラリーベルが魔力を宿した霧を展開させて、ヴィントミューレが自らを覆うバベルの鎖を瞳に集中させていくのだった。
●羽虫
ヴィントミューレが放った死の魔法によって、羽虫の動きが鈍る。全ての体温や熱量を急激に奪っていく。
そんな羽虫にクラリーベルが迫る。クルセイドソードのEdel Blauで牽制しつつ、クロスブレイブで一気に畳み掛けた。
二人の攻撃に地面に落ちた羽虫だったが、前にいる灼滅者たちに向かって禁呪を放った。爆破が起きている間に羽虫が素早く起き上がる。
「しつこいデスシ」
地面に落ちようが転がろうが起き上がってくる羽虫に、ローゼマリーが呟く。回復は華流とユリアがしてくれているので、戦うことに専念できるわけなのだが本当にしつこい。
ローゼマリーが飛び出すのに合わせて、ビハインドのベルトーシカも攻撃を仕掛ける。ベルトーシカの攻撃をは避けられた羽虫だったが、ローゼマリーの拳が決まる。
殴りつけるのと同時に放射された網状の霊力に、羽虫は再び縛り上げられる。その間に華流が指先に霊力を集めて、仲間に放っていく。
華流と上手く分担して、ユリアもまた傷を癒していく。
「こんな手品はどうデスか?」
笑いを含んだラルフの声が響くのと同時に、影が大きく口を開けて羽虫を飲み込む。一瞬のうちに羽虫の姿が消える。
「本当にそのままいなくなれば立派な手品です」
そう応えたメルキューレが妖気をつららに変えて一気に放つ。貫かれた羽虫が影から逃れ、床に打ち付けられる。
会話しながらも、二人は見事に連携を決めていく。
「ダークネスの絆が奪えるのならば、灼滅者の絆はどうなのでしょう?」
油断なく羽虫を見据えたメルキューレが呟いていた。
「どうだろう」
命中率を考慮して、緋色のオーラを武器に宿しながらクラリーベルが考えるように瞳を細める。
「ともかくこいつは倒さなきゃだよな?」
ふらふらと飛行しながらも向かってくる羽虫を見て、きつねが声を出す。そして何とも可愛らしいお菓子が連なった帯を射出する。
交通標識もダイダロスベルトも、女の子らしい格好はしないがお菓子作りが好きだというきつねらしい武器だ。帯に貫かれた羽虫に、瞳子が霊的因子を強制停止させる結界を構築していく。
「一気にいかせてもらう」
凛とした声を響かせたクラリーベルが床を蹴るのと同時に、ヴィントミューレが魔法光線を発射する。ヴィントミューレの攻撃にバランスを崩した羽虫をクラリーベルがとらえた。
容赦のないクラリーベルの攻撃に、羽虫は床に落ちてゆっくりと塵となって消えていく。
「問答無用で襲撃した時点で既に結末は見えていたのよ」
羽虫が消えた場所を見て、ヴィントミューレがぼそりと呟くのだった。
●戦後
「あー、気持ち悪かった!」
まさか攻撃を一切しないで回復に回ったのは、気持ち悪いから近寄りたくなかっただけなのか……。ユリアが満足そうに伸びをしている。
「ところで……憧れの奴とか、いたりする?」
一気に確信に迫るような質問を避けて、きつねが遠まわしにユリアに問いかけた。ユリアの参戦のおかげで、まりんが言うとおり楽に勝つことはできた。
けれど問題はいろいろと残ったままだ。
「憧れ? 憧れ……憧れ?」
ぽっかりと何かが消えてしまっているのだが、ユリアにはそれが何か思い出せない。
「私たちはお前が覚えていない相手を覚えている」
クラリーベルの言葉に、助けを求めようとした何かがその覚えていない相手なのだろうかと首を傾げる。
「これが何かわかりマセン?」
ローゼマリーが以前にライブで手に入れたラブリンスターのサイン入りCDを差し出す。
「CD……でしょ?」
しかし絆を失ってしまったユリアにはCDという認識しかない。完全にラブリンスターのことが消えているのがわかったヴィントミューレが眉を寄せた。
タカトの狙いが少しでも見えればと思っていたきつねも同じように眉を寄せていた。アンブレイカブルの次は淫魔……見境がないというのがきつねの認識だが、はっきりした狙いは何も見えてこないのだった。
「何がしたいのか見えてこないですね」
絆を奪った先に、求めるものがあるのか、それとも力を得るための贄を欲しているのか。呟いたメルキューレが微かに首を振った。
いずれにせよ阻止するしかないのだ。
「今回の目的を達成できたことを良しとするしかないようだな」
黙って話を聞いていた華流が、ふぅと息を吐いた。
「そのようね」
仕方ないというように瞳子が頷いた。
「それじゃあ解散デスね」
ラルフの解散宣言を聞きながら、クラリーベルは今後のためにユリアとの繋ぎを取っておけないかと考えていた。
より多くを守るために、ラブリンスターとは永く手を組んでおきたいと思うクラリーベルなのだった。
作者:奏蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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