庭師法栽の裏切りバサミ

    作者:空白革命


    「人を襲わない? ばかげている」
     柄の長いナイフを両手それぞれに持った和服の男が、美しい松の木を切っていた。
    「きっと大僧正は、人間は弱くて純粋で善良な生き物だと思い込んでいるのでしょう。新入りにそう吹き込まれたのです」
     坊主頭の男が更に柄の長い、槍のような道具を振り回し、高い位置の枝を切り払っている。
    「僕らが最高の庭を造ろうとしているのに、人間どもはいちいちつっかかってくる。やれ伝統だやれマナーだと五月蠅いったないね」
     糸目の男が、頑丈そうな和バサミで松を幹ごと切断した。
     音を立てて倒れる木。その幹には、人の死体がくくりつけられていた。
     肩をすくめて笑う糸目の男。
    「力があるから振りかざす。まっとうじゃないか。どうせ灼滅者たちだって、力を振りかざして僕らを脅そうっていうんだろう? お互い様だね」
    「ああ、じつにまっとう」
    「私たちが力を振りかざすのを邪魔する義理はございませんね」
     そう言って、三人は広い庭を次々に切り捨て、いびつな庭へと変えていく。
     邪魔者があれば、同じように切り捨てるまでのこと。
     

     ある羅刹組織のトップ天海大僧正からの申し出を受け、それを拒絶してメッセンジャーを追い返したのは今から一月ほど前のことである。
     これによって関係は形式上決裂してはいるが、天海大僧正は一般人への攻撃を行なわず、また武蔵坂学園も先の眷属事件の折も天海派の羅刹を攻撃せずにことを納めていた。事実上の抑止状態である。
    「学園はあの後再び連絡を受けたんだが、天海大僧正は人間殺害の禁止、人間を苦しめる行為の禁止、灼滅者と遭遇した場合は撤退することという三つの命令を下していたんだが、それに反発した羅刹が勢力を離反するという事態になっているようなんだ」
     離反した羅刹は既に破門され、昨今急速に力を増す安土城怪人勢力に寝返っている。解き放たれた彼らが人間に危害を及ぼす危険は大きい。
     これ以上の被害が広がるまえに、特定した離反者たちを灼滅するのだ。
     
     今回特定した羅刹は三人組である。
     その名も法栽三兄弟。血はつながっていないが、いわゆる兄弟分の杯を交わし合った三人である。
    「元々寺の庭師をしていたが、思うような庭にできない不満がたまり、今回灼滅者に一方的な要求と共に追い返されておきながらも約束を守ろうとする姿勢に堪忍袋の緒が切れた、といった所らしい」
     端的に述べれば、それぞれナイフ型、槍型、ハサミ型の三タイプで構成されている。これでもなかなかに連携のとれたチームなので、油断は禁物だ。
    「と、まあ……天海大僧正を信用するわけにはいかないが、離反者が出るのも覚悟の上で停戦を進めているのは確かなようだ。後のことは、たのんだぞ」


    参加者
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    切金・凪(荼吉尼天・d04909)
    九重・木葉(蔓生・d10342)
    成身院・光姫(小穿風・d15337)
    篠宮・遥音(海緒の瞳に映るものは・d17050)
    氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)
    高梨・雪音(見習い神薙使い・d25550)
    櫻井・聖(白狼の聖騎士・d33003)

    ■リプレイ

    ●力のありかたふるいかた
    「元天海派の離反者、法栽三兄弟……連携に優れた羅刹ですか。手強そうです」
     花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)は資料をぱらぱらとめくりながら歩いていた。
     サイキックアブソーバー起動に始まる武蔵坂学園の台頭により、八人制灼滅者チームに勝てなくなった羅刹は単独行動をやめてチームを組み始めたが、今回はそういった経緯とは全くの別種。むしろ他のダークネス勢力と戦うための純粋なチームユニットと考えるべきだろう。寄せ集めの足し算ではなく、組み合わせの掛け算である。
     成身院・光姫(小穿風・d15337)は戦いの苛烈さを想像して顔をしかめた。
    「武蔵坂と戦略巡らせたり約束を守って見せたり難しいこっちゃ。ま、細かいこと考えるのは目の前のモン片付けてからやな。目の前の羅刹に勝てないことには始まらんし」
    「とはいえ、三兄弟(かれら)についても考えないわけにはいかないな」
     懐からメスを抜く氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)。
    「力があるからねじ伏せる。愚かしいほどにまっとうだ。僕らも同じくやってきたことだからな」
    「くかか。結局善も悪も同じもの。第三者のレッテルにすぎぬか」
     切金・凪(荼吉尼天・d04909)は愉快そうに笑って言った。
    「相容れぬなら衝突するのみ」
    「そうですね。際限ない力の行使は必ずしも正しいことではありませんが……」
     篠宮・遥音(海緒の瞳に映るものは・d17050)。開いた手を、小指から順に閉じていく。
    「今は彼らを後世へ残さないために、使いましょう」
     手を閉じると共に、足を止める。
     眼前には、ジグザグに切り裂かれた庭が存在していた。
     目を細める遥音。彼女を代弁するように、九重・木葉(蔓生・d10342)は無表情にぼやいた。
    「うわあ、悪趣味」
    「ボクは詳しくないけど、ナンセンスだって思うよ、うん。ちょっと、許せないかな」
     ベールを改めて被り直す櫻井・聖(白狼の聖騎士・d33003)。
     庭を一通り切り裂き終えた彼ら……法栽三兄弟がこちらへと振り返る。
    「おや、見なよ兄さん。灼滅者だ。武蔵坂かな」
    「この期を計れるのならば他にあるまい」
     三人はそれぞれのエモノを手にすると、並んで頭を垂れて見せた。
    「法栽根切。えものは庭バサミ」
    「法栽枝切。えものは高バサミ」
    「法栽花切。えものは和バサミ」
    「「貴公は?」」
    「武蔵坂学園灼滅者、八名だ」
     庭を右から左へ眺め、高梨・雪音(見習い神薙使い・d25550)は花柄の羽織を纏った。
     ごくりと息を呑む。
     ジグザグの庭に。
     それを作った三人の鬼に。
     そしてこの場に、息を呑む。
    「法栽三兄弟、お前たちを灼滅(と)めに来た!」
     袖から滑り落ちたカードが手で止まり、光を放つ。
    「覚悟」
    「「よしなに」」
     その場の全員がカードを翳し、自らの力を解き放つ。
     庭はこれより、戦場となる。

    ●かけあわせ
    「早速いこうか」
     木葉は自らの影からおびただしい両の葉や蔓をわき上がらせると、自らの縛霊手へと絡めた。
     仮想神木と化した縛霊手を中心に緑の光がほとばしる。
     と同時に、恋羽も影から大量の花をわき上がらせ、縛霊手を覆っていく。
    「まずは全員、手を封じさせて頂きます!」
     仮想聖域化した縛霊手を中心に黒い光を解き放つ。
     光は混じり合い、一瞬にして法栽三兄弟を覆っていく。
     勿論それで終わりではない。聖はロザリオを中心に手を組み、強く瞑目した。
    「確かにボクたちの力はあなたたちと一緒のもの。けどボクたちは誰かを守るためにふるうんだ。だから、負けるわけにはいかないんだよ、うん」
     祈りが形を成しプリズムの十字架が頭上へと浮かび上がる。仮想教会化した一帯へと光線を乱射し始める。
     光に包まれ、光線を浴びせかけられ。その上更にと侑紀が飛び込んでいく。
    「こちらも力でねじ伏せさせてもらおうか、こおり」
     メスを構え、斬撃を繰り出す。
     が、しかし。
     侑紀の刃は花切の和バサミに食い止められていた。
     いや、刃だけではない。木葉と恋羽、そして聖が放った光もすべて、花切によって全て食い止められていたのだ。
    「僕らを鬼の寄せ集めだと思ったのかい」
    「まさか。一山いくらの子鬼とも思っていない」
     メスと和バサミという異質な鍔迫り合いを挟んで、侑紀は眼鏡の縁を光らせた。
    「火力型と聞いていたから全クラもあるかと思っていたが、まっとうにポジションを縦に分けているとは。この分だと、思ったように進められそうにないな」
    「我ら相手にアドバンテージをとるだと? 十年早い!」
     根切は柄の長いナイフを中央の金具で組み合わせると、庭バサミにして構えた。それを地面へざくりと突き刺す。
    「法栽流庭術『根枯らし』」
     途端、地面から無数の穴が空き、毒を伴った霧がまき散らされる。
    「まずい、リカバリーを!」
    「わ、分かっている!」
     雪音はオーラを解き放つように腕を振り、霧を払う風を巻き起こした。
     羽織りが靡き、霧がわずかに散っていく。
    「なるほどあなたが要ですか」
     散った霧の中から。
     それも、雪音の背後から枝切が現われた。
     振り向き、目を剥く雪音。
    「最初に死んで貰います、法栽流庭術『咲きつぶし』」
     首めがけて繰り出される高バサミ。
     人間より太い樹幹すら斬るようなハサミだ。雪音の首など椿の花のごとく切り落とすだろう。が、しかし。
    「小結丸!」
     ハサミと雪音の間に割り込んだ小結丸(ナノナノ)が、ハサミを刃をずんぐりとした身体で受け止めた。
     胸のハートが強く燃え、ハサミの食い込みを押しのける。
    「ひゃん!」
     霊犬ぽちの刀が高バサミへ当てられ。
     霊犬豆大福の刀が更に当てられ。
     霊犬わんの刀も更に当てられ、三方から固定される。
     三匹の霊犬は同時に飛び、枝切を雪音のそばからはねのけた。
    「灼滅者の飼い犬風情が生意気ですよ! 法栽流庭術『雪下ろし』!」
    「わん、わん」
    「払って、豆大福!」
     霊犬たちは三匹そろって並び、枝切が大量に放つ氷の枝を六文銭整列射撃で迎撃した。
    「ぐっ……!」
    「ペットを舐めたらいかんよ」
     意趣返しというわけではないが、光姫が樹幹の裏から飛び出して枝切の背後へと回り込んだ。
     手の中に魔術式を組んだダーツを無数に持ち、一斉に投擲する。
    「特にうちのは大食らいやから、な!」
     ダーツだからといってまっすぐ飛ぶわけでない。魔術による推進と体術による軌道変化により、枝切へ四方八方から突き刺さる。
     対する枝切も高バサミを棒術のように振り回し、迫るダーツを払い落としにかかる。
    「武蔵坂学園……」
     花切は目を細めた。
    「雑魚の寄せ集めと思っていましたが、不思議と連携がとれている。常に同じチームで活動しているわけでもないはず。なぜ……」
    「よそ見をしている暇はありませんよ」
     遥音が腕を硬質化。まるでメタルクロウと同化したかのような爪を生やして襲いかかる。
     同じく腕を硬質化させて打ち払う花切。
     対して繰り出した和バサミを、槍の柄で受け止める遥音。
     そんな二人めがけて、凪が土煙をあげて突っ込んできた。
     紅蓮の巨大マチェットを強引に引きずり、時に石へぶつけて火花を散らし、かくして大上段から叩き込んでくる。
     身を転じ、和バサミで強引に受け止める花切。
    「切り結ぶ刃の下こそ地獄なれ。踏み込み行けば極楽、とな」
     凪は豪快に足を振り上げ、花切を蹴り飛ばす。
    「この程度ではなかろ? がっかりさせてくれるなよ」

    ●力のとめかたこわしかた
     孫子が述べた各個撃破とは分断された戦力を端から全勢力でもって潰していくことで倍の戦力を持った敵軍に対抗するという策だが、サイキック戦闘における各個撃破は意味が大きく異なる。
     彼らの各個撃破は一点に集中砲火をかけることで敵の頭数を減らし段階的に優位に運ぶという、戦争における基本戦法のことをさす。
     当然相手も同じことを考えるので、総合火力よりも頭数の多い方が有利になるものだが……法栽三兄弟の連携姿勢の前に、この戦法は早くも崩壊していた。
     かくして劣勢状態からスタートした戦いは今、乱戦の様相を呈している。
    「法栽流庭術『霜払い』」
     大量の雪結晶を刃に変えて放ってくる枝切。
     恋羽は足下から大量の影蝙蝠を解き放って防御するが、半分も防げていない。
    「痛っ」
    「我慢や。どうしたって火力で劣る。せやったら手数で勝負するっきゃないやろ!」
     足を酷く切り裂かれた光姫は、足を止めて連射をすることに集中していた。こうなってくると当たるか当てられるかの勝負だ。
    「でも、あれから落とすのが一番有利に運べる。やろう」
     木葉は全身に刺さった氷の枝を抜いて、手の中に剣を生み出した。
     影業の樹木が絡みついた剣で飛来する雪結晶を破砕する。
    「チャンスはあまりないよ」
    「では、一気に」
    「一か八か。ええわ、こっちも気合いが入るっちゅうもんや。後で小結丸にも美味いもんくわせたる!」
     光姫は最後の力を振り絞って跳躍。
     魔術で布を円錐状に捻り込むと、飛び込み蹴りの要領で急速に距離を詰める。
    「法栽流庭術――!」
    「遅いわ!」
     螺旋回転による蹴りで槍を破壊する光姫。
     咄嗟に構え直そうとした枝切の足下から、大量の影蝙蝠が飛び出していく。
    「しまった!」
     蝙蝠が腕や足にまとわりつく。
     動きが鈍る。
     鈍るだけだ。いや、鈍るだけでいい。
    「この庭を保っていた人の気持ち、わからせる」
     突撃した木葉が、緑の剣を振り込んだ。
     すれ違い、停止する。
     枝切は崩れ落ち、そして庭土の一部となった。

    「枝切……よくもやってくれたな、灼滅者!」
     庭バサミを二つに分解し、舞うように襲いかかってくる根切。
     豆大福やぽちたちが飛び回って刃を弾くが、動きは圧倒的に根切が上だ。
    「法栽流庭術『腑斬り』」
     霊犬たちをはねのけ、更に突き進む。
     聖はロザリオを強く握りしめ、オーラで庭バサミを押し止めた。
     いや、止まってはいない。突き刺さるまでの時間を遅くしただけだ。
    「回復を……」
    「あ、ああ!」
     雪音は急いで縛霊手の内蔵祭壇を展開。
    「回復対象が被らないようキュアは迅速に――」
    「今はそうじゃない!」
     聖に強い口調で止められ、雪音は肩をふるわせた。
    「ボクに回復を集中して。三分間だけしのいでみせる……うん」
     聖の額にはびっしりと汗が浮かんでいる。
     見るからにか弱い少女の聖だが、思えば雪音と同い年だ。いや、この場において年齢や性別など、もはや意味を成さないのかも知れない。
    「その間に絶対決めて」
    「わかりま――わかった! 耐えてくれ! 必ず決める!」
    「負け方の相談か? まず一人、頂くぞ!」
     庭バサミが聖の胸に突き刺さる。歯を食いしばり、祈りの力を強める聖。
     心臓が止まるまでの時間が、強制的に引き延ばされる。
     その背中に押しつけた祭壇が、それを更に引き延ばす。
     スローモーションで近づく死。
     そのさなか。
     ぽちが。
     わんが。
     豆大福が。
     根切の足下に集まっていた。そして頭上に小結丸が浮かび、ピラミッド状に彼を囲んだ。
    「何を――いや、まずい!」
     危機を察して離脱しようとするがもう遅い。聖が刃を素手で掴んでぴくりとも動かさないのだ。
     霊犬が彼の周りを高速周回。ナノナノが高速回転。かくして生まれた巨大な竜巻が、根切の全身を切り裂いていく。
    「くそ、灼滅、者、程度が……!」
     根切はフードプロセッサにかけた野菜のように、粉々に散った。

    「油断したね。もう灼滅者は、人間とはいえない」
    「くかか!」
     花切と凪が斬り合っていた。
     小学生が爪でひっかき合うのとは違う。お互いの肉体を切断しあっていた。肉を切り骨を断ち血と肉をまき散らす。殺し合いならぬ壊し合いだ。
    「よいぞよいぞ、我をもっと楽しませろ!」
    「暴力的で破壊的。もはや君らはダークネスと同じものだ。人間じゃあない」
    「だからどうした!」
     腕を切り落とす凪。逆に凪は片腕を失い、着ていた服など跡形も無い。
     対して花切は腕を巨大なハサミに変え、凪を切断。振り払う。
     入れ替わりに飛びかかる侑紀。
    「力の使い方だ。悪から生まれた力でも、僕らのこれは違うものになる」
     腕を突き出す。否、巨大な白蛇と化した腕を突き出した。
     花切はそれを切断。跳ねて転がる白蛇。
     が、しかし。地面を転がった白蛇がひとりでに花切の足へ巻き付き。足組織をへし折った。
    「ねじ伏せ方は同じでも。相手が違う。目的が。そうだね、こおり」
     やがて侑紀そのものが巨大な蛇となり、花切に巻き付いた。骨という骨をべきべきとへし折っていく。
    「『さあ』」
     声なき声で言う。
    「『いつも通り、ぶちかましてくれ。容赦なく』」
    「ええ、容赦はしませんよ」
     遥音が腕を硬質化させ、ゆっくりと歩み寄った。
     一歩進むたびに腕が膨らみ、二歩三歩とゆくたびに、それは巨大なものとなった。
    「壊れる覚悟を、してくださいね」
     振り上げたその時には、花切を影で覆っていた。
     白くて細い手で、耳にかかった髪を払う遥音。
    「では、さようなら」
     異形の腕を振り下ろす。
     それだけで、花切は潰された。
     地に落ちた花を踏むように。

     庭は荒れ、荒らした羅刹も無残に壊れ、美しかった庭は破壊の跡となった。
     だが。
    「根ははり、芽吹き、花は咲く。そして人が手を入れ、また美しい庭になる」
     そう言ったのは誰だったろう。皆、そう言ったように思う。
     日は暮れ、やがて明日は来る。
     何度か夜を越えた頃、ここもまた、美しい庭となるだろう。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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