軍艦島調査指令、日本海盆に消ゆ

    作者:一本三三七

     佐渡ヶ島の臨海学校から、2ヶ月弱が経過していた。
     佐渡ヶ島に向かって来ていた軍艦島は航路を変えて行方不明になり、エクスブレインの予知でもその行方がわからなくなっている。
     エクスブレインの予知は、現在のところ日本国内に限られている。
     もしかしたら、エクスブレインの予知範囲外で動いているのかもしれない。
     だが、それで諦める灼滅者では無かった。
     新潟付近の海岸では、今も、独自調査を行う灼滅者の姿があったのだ。

    「最近は軍艦島に関する予兆を見ないな……調査してみるか」
     満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)は、日本海を臨む漁村で、聞きこみ調査を開始する。
     最近は、絆を奪われた格闘家アンブレイカブルが日本海側を目指して逃走するなどの動きも見せているのだ、調査は必要だろう。
     この、きつねの呼びかけに応えたのか、多くの灼滅者が調査行動のために、この地にやってきたようだ。
     そして、おのおのの調査をまとめた報告のために漁村に集まったのは8人の美少女。
     まず、漁船の乗組員などに聞き取り調査をしていた、狩家・利戈(無領無民の王・d15666)が、興味深い報告を提示した。
    「存在するはずもない島を見たという漁船の船長を見つけたんだ。誰に話してもまじめに取り合ってくれないと、嘆いていたが、おそらく間違いないだろう……」
     その利戈の言葉に、草壁・夜雲(中学生サウンドソルジャー・d22308)も、大きくうなずいて同意を示した。
    「ボクも気になって調べたんだけど、この付近で調査に使えそうな船舶や可動式のクレーンなど結構な数が、神戸の会社経由で購入されて運びだされたみたいなんだ」
     運びだされた記録はあるが、運び込まれた記録は無い。
     つまり、この船舶やクレーンは、どこかに消えてしまっているらしい。
    「……確かに、怪しいね」
     右手に持った髑髏に手をかざしながら、何かを感じ取った比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が、無表情にそうつぶやく。
     なんということは無い相槌だが、柩が言うと、かなりの説得力があった。
    「……ぬーん。はっきりとは言えないけど、業大老サルベージされたのかな?」
     石見・鈴莉(偽陽の炎・d18988)も、腕を組んで考え込む。
     可能性は高い、そして、危険性も高い。
     なんとかしたいが、エクスブレインの予知にかからなければ、手も足も出ないのではないだろうか。
     そう皆が考えた時、リーファ・エア(夢追い人・d07755)が明るい声で、その考えを打ち消した。
    「それが、そうでもないんですよね♪」
     得意気に眼鏡をくぃっとしたリーファは、じゃじゃーんと彼女の集めた資料を皆の目の前に出した。
     そこには、軍艦島と思われる謎の島の目撃者の情報がまとめられていたのだ。
     利戈が見つけた船長と同様、誰に話しても信じてもらえなくて口を噤んでいたようだが、リーファのような美少女に話をねだられれば、口の回りも軽くなる。
    「この情報をまとめると、軍艦島の想定海域はだいぶ狭くなるのですっ!」
     力説するリーファに、アルクレイン・ゼノサキス(黄昏の天使長・d15939)も、力強くうなずいた。
    「同じ海域で目撃例があるということは、軍艦島が作業を行なっているということ。これはチャンスです」
     アルクレインの言葉に、8人の美少女たちも同意する。
     今こそが、チャンスである事は、誰であっても否定する事はできないだろう。
     だが、実行するには大きすぎる危惧もある。
    「惜しむらくは、エクスブレインの予知が得られないことだね」
     優雅な所作で着物の裾を揃えながら、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が、その危惧について発言すると、皆の顔を見渡すのだった。
     エクスブレインの予知が得られないということは、どの程度の危険があるかを知ることはできない。
     また、軍艦島にどのように潜入するかも、自分達で考えなければならないし、そもそも潜入できるという保証が何も無い。
     わかっていることは、この海域あたりに軍艦島が存在するだろうという情報のみで、移動方法さえ見つかっていないのだ。
     だが、その危惧を打ち消すように、利戈が口を開く。
    「俺が話を聞いた、漁船の船長だがな。自分の見た謎の島を探してくれるなら、船を貸してくれると言ってくれた。つまり、足はある」
     と。

     やるべきかやらざるべきか、進むべきか引くべきか。
     それを決めるのは、ここに集った8人の美少女たちの決断次第であるようだった。


    参加者
    満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    アルクレイン・ゼノサキス(黄昏の天使長・d15939)
    石見・鈴莉(偽陽の炎・d18988)
    草壁・夜雲(中学生サウンドソルジャー・d22308)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)

    ■リプレイ

    ●日本海の探索者
     空は青く澄み渡り、日本海の藍色の海は飛沫をあげて灼滅者達を迎えていた。
     この海のどこかに、軍艦島が存在する筈。
     エクスブレインの予知を得る事無く、軍艦島の探索という難事に挑む8人の灼滅者は、万全を期して用意した装備を船へと運び込んでいた。
     運び込む装備を点検するのは、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)。
     特に、軍艦島の地図、東北地方の地図、日本海の海図、日本海溝付近の海図と、地図だけでも数種類が用意されている。
     更に、
    「この探索計画が役に立てばよいのだけど」
     これまでに皆で集めた資料を、時間別地域別信憑度別にわけて整理したレポートは、出色の出来であろう。
     日本海で発見できなければ太平洋まで探索範囲を広げるという探索計画は、かなりの分量となっている。
     そのいろはの確認を受けて、草壁・夜雲(中学生サウンドソルジャー・d22308)が、人数分の水中スクーターとアクアラングを積み込む。
     かなりの大荷物になるが、軍艦島が海中に沈んでいる可能性も考慮すると、はずせない装備だろう。
    「何の目印も無い中で、軍艦島を見つけなければならないのだから、準備は万全を期さないと」
     夜雲のつぶやいた言葉に、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が水平線の方へと向けた目を細めた。
    「軍艦島……或いは、業大老の方向だけでもわかるような存在があれば良かったのだけれど」
     石見・鈴莉(偽陽の炎・d18988)も柩の言葉に頷きを返した。
    「柩さんの言うとおりだね。絆を奪われていない業大老の配下がいれば、もしかしたら、道案内くらいしてくれた可能性もあるけれど……」
     業大老の居場所を本能的に感じ取り、そちらに向かうような行動を取るダークネスがどこかにいないものか……。そう思った鈴莉であったが、無いものねだりをしても意味は無い。
     今は、出来ることを精一杯行おうと、気分を切り替え、出航の為の最終確認を行うのだった。

     出航後2日は、目撃情報があった場所を巡りつつ、集めた情報を精査する事に費やした。
     その甲斐もあり、もし、軍艦島がいるならば、このあたりだろうという海域が絞り込まれていく。
     そして遂に、海域図に書き込みや計算式を幾つも書き込んでいたいろはが、本格的な探索の開始を号令した。
    「ここからは、いつ、軍艦島を発見するかわからないんだよ。みんな、気をつけてね」
    「アルクレイン、頼んだぞ」
     いろはの号令に、準備を手伝っていた狩家・利戈(無領無民の王・d15666)が、アルクレイン・ゼノサキス(黄昏の天使長・d15939)の肩をポンと叩いた。
     その利戈の信頼に応えるように、アルクレインは微笑すると、タンッと甲板を蹴り上げると、箒にまたがり空へと舞い上がったのだった。
     ぐんぐんと高度をあげるアルクレイン。そして、上空50mの限界高度まで上昇すると、船の動きに合わせるように飛びながら周囲を望遠鏡で確認しはじめる。
     高度50mからの望遠鏡での索敵は、有効な探索方法を持たない灼滅者達にとって、最も大きな武器といえるだろう。
     勿論、良い事ばかりでは無い。
     こちらから確認できるということは、相手からも確認できるという事。
     アルクレインは、航空迷彩を施した服を装備しているが、空という逃げ隠れできない場所を飛行する彼女はかなり危険な立場だろう。
    (「いざとなれば、アルクレインを最優先で撤退させる……」)
     そう決意しつつ、灼滅者達の捜索は続く。

     アルクレインの探索と同時並行で、船内に残った灼滅者達は、船内で作戦の詳細を煮詰めていた。
     軍艦島発見後は、エクスブレインの予知情報無しで、敵の一大拠点に潜入せねばならないのだ。
     既に作戦は全て皆の頭には入っているが、更なる連携を磨くべく綿密な打ち合わせを行っていく。
     更に、いろはは、日本海溝の地図も持ち出して探索計画に余念が無い。
     ここで軍艦島を発見できなければ、その後は、太平洋沖の日本海溝にも足を伸ばさねばならない。
     日本海溝周辺の探索範囲は、日本海盆の比では無く、探索計画も、より一層練りこまなければならないのだから。
     整理された目撃証言を再検証していたリーファ・エア(夢追い人・d07755)が、軍艦島の移動予測ルートを地図上に引きながら息をつく。
    「海流はやはり関係ないようですね。軍艦島は自由に移動可能な拠点、流されるだけの浮遊物では無いですから」
    「海底に沈んだという業大老が、海流に流されたとしても、太平洋まで流されることはおそらくは……」
     そのような疑念も浮かぶが、エクスブレインの予知が無い以上、全ての可能性を網羅するべきという考え方は、決して誤りでは無い筈だ。

     そのような時間を過ごしていた時、甲板に出てアルクレインの様子を伺っていた満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)が、声を上げる。アルクレインから、緊急のハンドサインが出されたのだ。
     それは、軍艦島を発見したというサインでは無く、危険が迫っている退避というハンドサイン。
    「何があったんだ?」
    「とにかく、今巻き込まれそうな危険は避けるべきだね」
     即座に艦首を翻し、灼滅者達を乗せた小型船は海域からの離脱をはじめるのだった。

    ●海域離脱と再挑戦
     時間は少しさかのぼる。
    「日本海の上空は、やはり寒いですね」
     航空迷彩の服をはためかせ、アルクレインは、かじかむ指で望遠鏡をささえる。
     砂漠で砂粒を探すよりは全然マシではあるが、大海で小島を一つ探すのも、なかなか骨が折れる仕事だろう。
     日露戦争時には、ロシアのバルト艦隊を日本海軍は総力を挙げて探索したらしいが、自分達は、たった一人の目視確認で、それに匹敵する難事をやり遂げねばならないのだ。
    「あれは、また、漁船かしら。でも、距離に比べて船影が大きい気がします……」
     船影であるから、軍艦島ということは無い。
     だが、ただの漁船では無いシルエットに、望遠鏡を持つアルクレインの手に力が入る。
    「あれは……、間違いなく空母。それも、最新鋭の」
     専守防衛をうたう海上自衛隊に空母は存在しない。
     周辺国では中国海軍が空母を保持しているが、その可能性も彼女の目に映ったマークが打ち消した。
    「星条旗に似てるけど違う、中心に輝く$マーク。あのマークは!」
     そう、そのマークは、見間違いようもなくアメリカンコンドルの胸に輝いていたマークであったのだ。
     望遠鏡越しに更に目を凝らそうとして、アルクレインは目を見開く。
    「気づかれたのですか!?」
     空母の甲板に動きがあったかと思うと、飛行可能なダークネスたちが、次々に空母から飛び立ち始めたのだ。明らかに、こちらに狙いを定めているのだろう。
     アルクレインは、急いで、船に向けてハンドサインを送った。

    「アメリカンコンドルの空母が、この海域に……」
     アメリカンコンドルの空母を発見した灼滅者達は、アルクレインを船内に収容した後、海域を急速離脱した。
     飛行するダークネスは脅威だが、飛行速度自体はそれほどでも無いし、空を飛ぶ目標と違い、波間をすすむ小型船は視認しづらく、程なくダークネス達は撤退していった。
     敵影が去ったのを見届け、灼滅者達はアメリカンコンドルの軍勢について話し合う。
    「軍艦島と関係無い軍勢ということはありえませんね」
    「軍艦島に合流し、業大老のサルベージに協力しているのでしょう」
    「アメリカンコンドルはニンジュツの達人。軍艦島の姿を隠しているのかもしれない」
     柩の推測を受けて、リーファがそのニンジュツの一端を思い返す。
    「ブレイズゲート『日光慈眼城』を隠していたのでしたっけ」
    「が、頭隠して尻隠さず。アメリカンコンドルの空母が発見できたのならば、この周辺に軍艦島があるのは確実だぜ」
     強気に笑ってみせたきつねが、改めて全員の前に海図を広げた。灼滅者達は頭を寄せ合い、軍艦島があると予想される海域を絞り込んでいく。だが、ほどなくして彼女達は別の問題に思い当たった。
    「問題は、どうやって軍艦島に接近するかだね」
     鈴莉の言葉に、この一行の唯一の男子である夜雲が控えめに提案した。
    「ボク、上がダメなら下からいけばいいと思うんだ」
     そう、今こそ彼が持ち込んだ水中スクーターの活躍する時だろう。
    「確かに、水中からならば、軍艦島を発見することもできるかも」
    「軍艦島の跡地の情報を考えれば、軍艦島の底部分から内部に入ることも不可能では無いかも知れないだろう?」
    「たとえそれが出来なくても、予定通り、夜の闇に紛れて上陸する事ができれば……」
     それはそれで、潜入に成功できるならよし。眼鏡の奥のリーファの瞳が、きらりと光った。
     計画がまとまると、いろはは衛星携帯を操作し、学園へメールを送信する。
    (「報告はこれで良し。連絡しても危険だから戻るようにとしか言われないからね」)
     エクスブレインの予知による『成功への道筋』が確認されていない、今回の探索は、無謀な行為であるのは間違いない。
     だが、エクスブレインが予知できない情報であるからこそ、無理矢理でも自分達が調べてくる必要があるのでは無いか。8人の意志は、固かった。

    ●海中探索行
     夜の暗い海の上、ダイビングスーツに着替えた8人の灼滅者が海中に身を投じる。
     狭い船内でダイビングスーツへの着替えに手間取る場面もあったが、
    (「事故が無くてよかったよ」)
     夜雲も無事にスーツへの着替えを行う事ができて胸をなでおろしたようだ。
     そして、8人は、水中スクーターを起動させる。
     低いエンジン音が水中に響き、アクアラングを背負った灼滅者達が、ゆっくりと船から離れていく。
     再び、この船に帰ってくることができるだろうか。
     灼滅者達は、不安に思いつつも、暗い海の中を手探りで進んでいく。

    「俺の後ろについてくるんだぜ。距離を開けすぎたら危険だからな」
     先陣をきった、きつねが出すハンドサインに従って、列をなして進んでいく灼滅者達。
    「距離は、推定3~5kmというところだね」
     きつねに続いて進む柩はそう見当をつける。
    「この距離なら、1時間から2時間で接触だよね?」
     スクーターの時速から逆算する夜雲が柩に続き、最後尾には、全員の進路を確認するいろはが陣取った。
    「海流に乗れるようなコースを取ったから、バッテリーには余力が残るけど、無理は禁物だね」
     そして、8人は連なるように海中を進んでいった。
     いろはのコース取りが功を奏したのか、途中から追い風を受けているように、速度があがっていく。
     と、そこで、周囲を警戒していたリーファが、大きく腕を回して仲間達に危険を知らせた。
    「右前方、黒い影が近づいてきます!」
     ハンドサインで告げられる情報に、皆がそちらを注視した。
    「うわぁっ! なんなんだよ、これは」
     慌てふためく夜雲に落ち着くようにハンドサインを出したきつねは、
    「水中型のダークネスか、皆、戦闘態勢を」
     と、武器を引き抜いた。
     そのきつねを、今度は、鈴莉がハンドサインで制した。
    「慌てる必要はないんだよ。あれは、魚の群れ……きっとブリなのかな? うん、回遊中のブリの群れだね」
     と。
     確かに近づいてくる群れをよく見ると、全て魚型である。
    「海流に乗るコースを取ったということは、魚の回遊コースでもあるということでしょう」
     ほっと安心して、発見者のリーファも胸をなでおろす。
     そして、彼らの目の前まで泳ぎ来たブリの群れは、その眼前を通って彼方へと泳いでいく。
     その様子は、まさにダイバーにとって垂涎の的となるような迫力のある光景であった。。
    「壮観だな」
     利戈も、その勇壮な回遊に感心しきり。
    「電源を切って、この群れが通り過ぎるまで待つしかないだろう」
     そうハンドサインを出すと、何かを思いついたらしい、いろはが首を横に振った。
    「いや、これは僥倖だよ。どのみち、この海流を利用する予定だったのだから、途中まで、この魚群に紛れていけばいいんだよ」
     そのハンドサインを見た利戈は、確かにその通りと大きく頷いた。
    「なるほど、それでいこう」
     回遊するブリと共に暗い海の旅。
     ブリの泳ぐ速度は20kmを超えるためスクーターの速度では追い付けないが、そこは灼滅者の底力。
     うまく回遊するブリの力も借りて前に進んでいく。
    「ブリと接触したって、ボク達なら問題ない」
    「が、スクーターはそうはいかないから、ぶつかりそうになったら身を挺してでも守れ」
    「了解」
     この機転により時間と電源を節約した灼滅者は、海中に見える影……空母の船影と、より巨大な黒い影を確認した。
    「よし、ビンゴ」
    「いくよ」
    「ブリさんたち、ありがとーね」
     そして、海中を黒い影に向けて近づき始めた灼滅者達は、目の前の影がのそりと動くのに気づくことはできなかった。
     夜の海中の闇の中で静かに動く黒き影。
     それは、軍艦島海底部を覆うことで、軍艦島を移動させる動力ともなる、アガルタの口から生まれた奇怪な海草の塊であった。

    ●深海の死闘
     水中スクーターの電源を切り、ゆっくりと海中をすすむ灼滅者達。
     このまま軍艦島に取り付く事ができれば、見咎められずに潜入する事も不可能では無いだろう。
     軍艦島への距離をつめていく灼滅者たちのなかで、その異常に最初に気がついたのは、またもやリーファだった。
    「軍艦島の底部分、なんかゆらゆらしてないですか?」
     リーファの疑問に、鈴莉が首をかしげる。
    「海中に沈んでいる部分だから、藻でも生えてるのかな?」
    「もし、藻だとしたら上陸するのは面倒かもね、滑るから」
     夜雲は、持参したフック付きロープを確認しつつ、軍艦島の様子を確認する。
     いろいろと懸念はあるが、軍艦島に接近しない限り、どうにもならない。
     虎穴にいらずんば虎児を得ずと、どんどんんと軍艦島に近づいていく灼滅者達。
     近づくと、リーファ達が発見したゆらゆらが、海草の類である事がわかる。
    「日本では見ない海草のようだよね。アフリカ原産とかなのかな?」
     興味を引かれて近づいたいろはに、突如、海草の葉の一つが先端を槍のように尖らせて突き刺してきた。
    「くぅっ!」
     いろはが苦悶の声をあげると、すぐに利戈がフォローに入る。
     いろはを攻撃した海草は、この状況に冷静に対処した柩の影業によってすぐに灼滅されたのだが、動き出した海草は一つだけでは無かった。
    「緊急事態、何が起きた、確認を」
     ダイダロスベルトを展開したきつねが、周囲を確認すると、いろはを攻撃したような海草が、次々と軍艦島から離れて、こちらに向かってくる。
     更に、軍艦島の底部分が分離し、巨大な海草の塊が2つ、加速しながらこちらに向かってくるでは無いか。
     進むか、退くか。躊躇いかけた灼滅者たちにハンドサインを出したのは、鈴莉だった。
    「っ、早い。この速度だと逃げ切るのは難しいね」
    「そのようだね。なら、やるしかないか」
     その判断を受け、傷ついたいろはを含め全員が戦う意志を固める。
    「ここで逃げては、何のために来たのか分かりませんしね」
     いろはに続いて動いたリーファが、水中を揺らめく海草の塊へと、エアシューズを履いた足で一撃を叩き込む。塊は一瞬ぐずりと輪郭を崩すような動きを見せたが、すぐにその葉を槍状に変形させて繰り出してきた。それを主人に代わって身体で受けるビャクダンの傍らで、鈴莉が膨大な殺気をその身から放つ。黒き殺気に覆い尽くされた海草の塊に利戈が肉迫し、掴みかかろうとするが、海草はゆらゆらと動いてその手をすり抜けた。
     だが、その瞬間にアルクレインの放った風の刃が、海草の塊にざっくりと食い込む。激しく暴れる海草から後衛をかばったきつねが、小さく呻いた。壁をとにかく少しでも長く持たせようと、きつねは清めの風を呼んで前衛にまとめて癒しをもたらす。
    「増援に来られても厄介だ。極力素早く落としていくとしよう」
     冷静に敵陣を見据えた柩が敵の一体を影で飲み込むのに合わせて、夜雲が青色の交通標識を振りかざし、海草たちの攻撃を自分に引きつけようと試みる。光線に打たれた二つの塊のうち、一つがざわりと葉の先を夜雲に向けた。
    「あれは……」
    「クレーン?」
     灼滅者達の攻撃を受けてざわめく海草の向こうに、機械のような影を見つけたきつねと鈴莉が、一瞬顔を見合わせる。だが、詳しく確かめている余裕はない。
     手足に絡みつこうとする海草を何とか振り払って、リーファは目の前の塊に縛霊撃を叩き込んだ。打撃と同時に放った網状の霊力に絡め取られて、海草の塊は溶けるように消滅していく。
     残る一体を利戈がマテリアルロッドで殴りつけ、同時に魔力を流し込んで海草の塊を内側から爆破する。泡立つ水の中をアルクレインの唱えた魔法が、柩の射出した帯が、鋭く突き抜けていく。初手からいろはの列攻撃に巻き込まれていたこともあり、二体目の消耗は早い。
    「倒れるにはまだまだ早いぜ」
    「助かるよ!」
     きつねが祭霊光を放ち、夜雲が傷の癒えた腕でクロスグレイブを振りかぶる。細い腕からは想像もつかない勢いで繰り出された格闘術が、塊を大きくひしゃげさせた。
    「もうひと押し!」
     いろはがナイフに蓄積された呪いを解放し、海草を毒で蝕む。苦しがるように波打った葉が、それでも槍の形をとってリーファを狙った。縛霊手の手の甲でその一撃を受け流して、彼女は重い海水ごと敵を蹴り抜く。
    「これで……っ!」
     敵が大きくのけぞった瞬間、鈴莉が動いた。水を蹴って海草の脇を泳ぎ抜け、死角へと潜り込む。すかさず身体を反転させた勢いに乗せて繰り出した黒死斬が、塊の核とでも言うべき部分を正確に断ち割った。
     目の前の敵を灼滅したことにまずは安堵しかけた灼滅者たちだったが、すぐにその表情は硬くなる。今の戦闘に触発されたのか、何十、いや、何百もの海草の塊がこちらに向かって動き出してきたのだ。
    「まずいね。ここは退こう」
     他の灼滅者達も、柩と同意見だった。これだけの敵を前にして、たった8人での突破は不可能だ。軍艦島への上陸は、今は諦めざるを得ない。頷き合って、灼滅者達は元来た方向へと撤退を始めた。
     利戈も仲間達に続いて退こうとし、ふと振り返った。何か、強大なものの存在を感じたような気がしたのだ。決してすぐ近くにあるわけではない。それなのに感じられる、この覇気は……。僅かな時間考えて、利戈はひとつの可能性を想像する。
    「まさか、業大老なのか?」
     もしそうならば、既に軍艦島による業大老のサルベージが終わっているのかもしれない。何かあったのかと視線を向けてくる仲間達に、利戈はハンドサインを送ってから追いついた。

     船へと戻ったのち、灼滅者たちは利戈の感じた気配はやはり業大老ではないかと話し合っていた。近づいた際の島の様子を思い出しながら、いろはがゆっくりと一度頷く。
    「サルベージ作業が続行されている様子も無かったから、その可能性は確かにあるね」
    「それに、あそこに沈んでいたのは恐らく盗まれたクレーン。あれが、海中に投棄されているのなら、既に利用する価値が無くなったということだよね」
     戦闘中に見つけたクレーンの存在を思い返して、鈴莉がそう推測する。同じく海底にクレーンを見ていたきつねが、その後を引き取るように口を開いた。
    「クレーンがもういらないってことは、やっぱりそういうことだと考えるべき……だよな?」
    「恐らくな」
     答えて、利戈が軍艦島の方角へと目をやった。空からも、そして海からも狙えなくなった以上、今は退くしかない。仲間達と一緒に苦い表情を浮かべながらも、夜雲は気分を切り替えるように声を上げた。
    「とにかく、急いで戻ろう」
     頷かない者はいなかった。得た情報を、学園に持ち帰ること。それが、今できる最善の行動だろう。
    「アメリカンコンドルが軍艦島に合流している事。その情報だけでも、決して価値が無いわけではないよね」
     今回の探索は、決して無駄ではなかった。そのことを確かめるように、夜雲が言った。
     日本海の波間を縫って、一艘の船が進んでいく。8人の灼滅者達は、こうして学園へと帰還したのだった。

    作者:一本三三七 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:至難
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 39/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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